AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

小児鍼の歴史と疳の虫の治療 ver.1.2

2023-08-26 | 小児科症状

筆者は2011年5月27日、「小児かんの虫の鍼灸治療」と題したブロクを発表したが、最近、長野仁・高岡裕「小児鍼の起源について 小児鍼師の誕生とその歴史的背景」(神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野ゲノム医療実践学部門)平成 22 年 7 月 20 日受理の論文(ネット上で公開)を読む機会があり、小児針に対する今日の常識的理解が誤りであることを知った。この論文の知見を含めて、小児針法について書き改めることにした。小児鍼の歴史は、小児特有の胎毒や丹毒に対して、刺絡することが原点だったが、明治時代になって鍼師が鋒鍼(刃物のような鍼)を使うことが禁止されたため、按摩針とよばれた擦ったり叩いたりする軽刺激の鍼に変わったという経緯があったという。

長野仁、高岡裕:小児針の起源について
http://jsmh.umin.jp/journal/56-3/56-3_387.pdf

 
1.乳幼児の二大疾患であった胎毒と丹毒
   
かつて、わが国では胎児が胎内にある時、胎内の毒物により病気になった状態を、胎毒や丹毒によるものとされた。胎毒は毒が体内に留まった状態、丹毒は毒が皮膚に発した場合であった。

1)胎毒
 
    

本態
かつては胎児の間に蓄積した毒が、出生後の体内に残存することによる。戦国~江戸時代初期には、幼児~幼児期に起こる大半の病気の原因になると考える説もあったほどだった。
②症状
脂漏性湿疹。新生児黄疸・高熱。拡大解釈されて頻繁な発熱、自律神経不安定(夜泣き、熱性けいれん=ひきつけ)
③治療
散気を目的として刺絡。
 

2)丹毒

①本態
連鎖菌による膿痂疹。年齢、季節を問わずに生じ、黄褐色の厚い痂皮と周囲の発赤を特徴とする。かつては胎児の間に蓄積した毒が、出生後の皮膚に発現したものとされた。最近では乳幼児よりも免疫力の低下した高齢者に多くなった。俗名とびひ。飛び火するように、身体のあちこちに痂疹が出現し、他者に接触感染しやすい
②症状
悪寒発熱を伴って境界鮮明な浮腫性の紅斑が顔面や下肢に皮膚に発生する
③治療
かつては刺絡したが現在では鍼灸禁忌。皮膚科で抗生物質治療が行われる。抗生物質の服用が必要になる。
 
3)丹毒と散気(チリゲ)
   
チリゲとは中国医書に所出のないわが国特有の概念である。丹毒の和俗名を散気(または塵気)とよんだ。チリゲとは、本来は丹毒という皮膚病の別称であり、小児疳の虫のことをいうようにもなった。さらには灸点を意味することにもなった。つまりチリゲは皮膚病→疳の虫→チリゲの灸というように意味が変化した。今日、チリゲというと小児疳の虫の治療で行う身柱穴の灸というように意味が限定されてしまった。

※江戸時代後期の石坂宗哲著「鍼灸茗話」によれば
、「ちりけ」は、兪穴の名前ではなく、元々は小児喘息の病名のことをいうとある。


2. 疳の虫
 
1)概念                               
   
かんの虫は民間用語であり漢方では疳という。「疳」は肉食甘物を食べるものに因を発する。具体的には、母親が肉類過食等で与えた結果、母乳成分に異変がある場合、または乳児に歯が生えた後も母乳を与え続ける場合によるとされる。
     
また「癇」との意味もある。これは痙攣を主症候とする病変をすべて包括する概念で、癇癪(かんしゃく)の癇である。おもちゃ売り場の床にひっくり返って大声で泣き叫ぶなど。
   
※乳幼児の離乳前後(生後8~10ヶ月)に多い。子供に乳歯が生え始めるは生後6ヶ月前後であり、2歳頃までに完成する。歯が生えてきた後も母乳を与え続けることは、子供に疳が生ずるので好ましくない。現代では、離乳は5か月頃から始める、母乳を完全に離すのは生後8~10か月までがよいとされている。
 

2)原因と症状
   
原因:神経性素因、騒がしい環境、栄養の不適切。ただしその主因は、精神と身体の急速な発育にために生ずるアンバランスによって生ずるとされる。 小児精神身体症に相当。
   
症状:不機嫌、夜泣き、不眠等の神経症状があり、顔面に一種の精神興奮状態を示す。
 

3)疳の虫封じ(まじない)について
    
かつて本邦では疳の虫の治療として、民間の呪医や僧侶などによって虫切り、虫封じ、疳封じなどの施術が行われた。乳児の手のひらに真言、梵字などを書き、粗塩で手のひらをもみ洗いして、しばらく置いてみると指先から細かい糸状のものが出ているのが見えるといい、これが虫であるとされた。実際は手を洗う水の中に真綿が少量混ぜてあり、乾いてくるとそれまで見えなかった真綿が見えるようになる。要するに暗示療法である。

 

 

3.小児針法
 
1)小児鍼の歴史 
   
中国には小児鍼という考え方はなかった。乳幼児に対し、わが国では磁器の破片を用いて細絡から刺絡するような強刺激が普通に行われていたが、江戸時代には古代九鍼の一つである鋒鍼(現代でいう三稜鍼)が用いられるようになった。しかし1883年に医師免許規則が公布されるにおよび、鍼師が皮膚を切開することは禁止され、1912年(大正元年)からは鍼灸業は免許制となったことで、医師以外は治療として刃物にのような鍼は使えなくなった。
   



ちょうどその頃、小児鍼の治効の現代医学的理論づけを行ったのが藤井秀二医師(大阪大学小児科)で、鍼に関しての初の博士号取得となった。藤井の実家は小児針治療を行っていたが、そこで行われていたのは、これまでの小児鍼とは異なり、小児按摩のような刺さない鍼であってあったことから、今日広く普及しているような軽刺激の方法(按摩針)に変わっていった。「小児鍼」という名称を定着させたのも藤井だった。それ以前は、「小児はり」といったような名称だった。


2)藤井秀二の小児鍼の治効理論
 
小児に対する針灸治療には、小児針を用いることが多い。小児針の適応年令は、生後20日から 4~5歳で、それ以上では成人と同様の亳針法でド-ゼをきわめて弱くする。

藤井の小児針の治効理論とは、「小児は自律神経が成人に比べて変動しやすく、自律神経が不安定になりやすいことに注目。小児針の治効は、皮膚知覚刺激を介して交感神経の不安定を  調整する点にある」とした。(藤井秀二:「小児はり」について知られざれる事項、医道の日本、昭和50年1 月号)
点への刺激よりも面への刺激を行うのは、内臓体壁反射理論的方法だと理解できる。

藤井秀二は、毫鍼を示指と母指で少し先が出るように摘まんで垂直にたたいていたが、後に「藤井式物療器」を考案した。この製品は小児鍼の一種であるが、極細純金製の集毛針を皮膚に押し当てるが、針は軟らかくすぐに曲がってしまうので取扱には慎重を要した。今から30年ほど前までは、その藤井式物療器は市販されていて、当時でも2万円ほどしたことを覚えている。

 

 

4.かんの虫の針灸治療

 かんの虫に対する小児針は、小児のいわゆる健康増進の治療と同じであり、生後1か月頃から 5歳頃までを中心に行われる。身柱や頭項部を中心に全身的に行う。小児針だけで効果に乏 しい場合には、ちりげの灸(身柱穴への灸で気を散らす)や細い豪針にて全身的に浅刺する。
  小学生ではボディブラシ、乳幼児では歯ブラシを使用。以下の部位を3~5分以内で終わる ように、軽くリズミカルにサッサッと擦る。 施術部の発赤や発汗をもって度とするのが原則ともいうが、藤井によれば、これではド-ゼ過多に陥りやすいという。 

 

健康増進目的では、月初めごとに3日間連続して行う。特に異常のない小児に施術を受けると、その子供はその月中は元気で健康を維持できるという事実を大衆が知っていた。かんの虫の治療回数では、疳症状の弱い時は3回、強い時は5回、かん症状の取れにくい場合には7回前後、毎月反復して実施する。

 米山博久の経験によれば、不眠・不機嫌1~3回、夜泣き2~5回、奇声3~5回、食思不振 1~5回程度で十分であり、幼稚園児まで毎月継続することがよいという。(米山博久著:私の鍼灸治療学、医道の日本社、p78、昭和60年1月)

 


5.トーマス式小児針について

近年、トーマス・ウェルニッケ小児科医(ドイツ国際日本伝統医学協会会長)は、次のような見解を示した。
胎児が生まれる際、狭い産道を身体が一回転して通過するため、頸椎に異常をきたし、特に上位頸椎周辺の際を走行する脳神経である迷走神経・舌咽神経・舌下神経・副神経  (これら4つの脳神経の始点は延髄)への圧迫が、疳症状につながる。
したがって、頸椎周辺が 固定化される(要するに生後3~5ヶ月)以前に、小児針治療を開始することが大切であるというもの。


小児夜尿症の針灸治療

2011-06-07 | 小児科症状

1.小児夜尿症とは
4才以上の小児におこる尿失禁を遺尿とよび、とくに夜間に起こる遺尿を夜間遺尿(=夜尿)とよぶ。大部分は機能的原因である。   
夜尿症は、小学校低学年で約10%、小学校高学年で約5%にみられる。医療の必要性の有無は、年令と夜尿頻度より推定する。

 

2.夜尿の機能的原因
尿をためる膀胱の大きさと、夜間睡眠中に作られる尿量とのバランスが悪いことが原因である。幼児期は、まだこのバランスが整っていないので、幼児期にみられるおねしょは、発達途上にある生理的な現象とされる。
一方、学童期にみられる夜尿は、主として脳の下垂体機能など神経・内分泌系統における発達 の遅熟性によって尿量が調節できなかったり、膀胱容量が小さすぎて溜められなかったり、冷え 症状やストレスなどによってそのバランスが不安定になって生じると考えられている。

 

1)多尿型夜尿症   →ぐっしょり型夜尿症
睡眠時膀胱容量<夜間尿のタイプ。健常児は、膀胱に一定量の尿が溜まると、膀胱壁が刺激されて末梢神経から仙髄排尿中枢を通じて大脳皮質の排尿中枢に伝えられ、尿意を感じる。通常であれば自分から起きてトイレに行き排尿する。しかし夜尿症児は、膀胱が満杯との情報が大脳に伝わっても、脳が尿意を感じることが出来ず、覚醒までに至らない。
軽い睡眠でも深い睡眠でも、あるいはレム睡眠(夢をみる)でも夜尿をしているので睡眠の質とは関係がない。比較的身長が低く、二次性徴も遅れがち。

このタイプの発生原因には、就寝前に水分過剰摂取した場合と、抗利尿ホルモン分泌低下がある場合とがある。通常であれば、抗利尿ホルモンは夜間睡眠中に分泌増大し、製造される尿量は減少する(その分、濃い尿となる)での、夜間にはトイレに起きる必要はない。
※抗利尿ホルモン
腎の糸球体で濾過された水分は、尿細管、再度必要な水分等を再吸収する。このとき、抗利尿ホルモン    が少ないと尿細管での再吸収が不十分となって、薄い尿が多量に製造されてしまう。
子供にストレスが生じると、抗利尿ホルモンの分泌に影響して、夜尿となることが多い。
夜中に親が起こして排尿させると、睡眠リズムが乱れて抗利尿ホルモンの分泌が減って、ぐっしょり夜尿が固定してしまうことがわかってきた。  
 

2)膀胱型(膀胱容量低下型)夜尿症 →ちょっぴり頻尿型夜尿症
夜間睡眠時に膀胱容量が低下し、十分量の尿を膀胱に溜められないために起こる。この原因は完全には解明されていない。このタイプ日中は頻尿で、昼間遺尿(パンツにおしっこをちびらせる)の傾向がある。

①過活動膀胱
膀胱排尿筋が過活動を起こすと、睡眠時膀胱容量が小さくなる場合がある。膀胱に尿が十分量溜まる前に早期収縮し、膀胱容量の低下を招く。1回夜尿量が少ないのが特徴。
  
②不安定膀胱
膀胱に尿が溜まると副交感神経の作用によって膀胱が収縮して排尿の準備が進行する。膀胱に尿が少し溜まった時点だけで収縮が起きると頻尿になり、日常生活に支障をきたす事になるので、生理的には膀胱が尿である程度溜まるまで副交感神経の活動を大脳が抑制し、安定した蓄尿が維持されている。
この大脳による抑制が未熟で不十分だと、一時的な軽微な膀胱の収縮が発生し、一部の尿が排泄されてしまう。いわゆる『ちびり』として観察される。
このように抑制が不十分で収縮することを無抑制収縮と呼び、この様な膀胱を不安定膀胱と呼ぶ。不安定膀胱は実は誰でも経験していることで、幼児期には皆この状態にある。
 
3)混合型夜尿症
1)と2)が合併したタイプ。つまり夜間尿量が多く、睡眠時膀胱容量が低下したタイプである。実際にはこのタイプの夜尿症が圧倒的に多い。

3.予後
夜尿を放置した場合、小学校5~6年生(11歳~12歳)になって50%の確率で自然治癒する。また年齢にかかわらず毎年平均10~15%の夜尿症小児が自然治癒すると考えられている。
相川医師による夜尿症専門クリニックで夜尿症治療を行なった場合、治癒するまでの平均期間は1年6ヶ月だが、自然治癒率の場合は6年前後を要した。

4.夜尿症の現代医学的治療
1)薬物療法
効果がみられた時点で、持続投与し、一定期間後に徐々に減量する。
多尿型:
三環系抗うつ剤(トリプタノール、トフラニールなど)→尿意覚醒作用、尿量減少作用、抗コリン作用)
デスモプレシン点鼻薬(抗利尿ホルモン剤)
膀胱型:
抗コリン剤(ブスコパン、バップフォーなど)。膀胱括約筋を緩め、膀胱収縮を抑制して膀胱容量を拡大させる 
 
2)その他
面接療法:対して気にする病気ではないこと。本人に自信をもたせること。
生活指導:日中あまり興奮させたり疲労させない。夕食後は水分を控える。

5.針灸治療
1)針灸の有効性
夜尿症の治療、治る場合と治らない場合がある。通常は数ヶ月の加療が必要となる。夜尿症児童の改善の流れは、夜の早い時間帯にしていた夜尿が、徐々に朝方にシフトしていき、その後夜尿をしない日が出て、頻度も減少しつつ治癒へと向かうのが普通なので、治りやすさの目安は次のようになる。 
①重症:就寝後1~2時間に放尿:膀胱内に尿が十分貯溜されていないのに放尿する。
②軽症:真夜中や明け方に放尿:週1~2回という軽症タイプが多い。

2)夜尿症の針灸治療
北小路博司の研究により、夜尿症に対する中?刺針の効果は、膀胱容量を拡大させる作用らしいことが解明された。膀胱壁を交感神経優位に導くことで、尿道括約筋の活動を亢めることで膀胱容量が増え、夜尿発生に至る時刻を遅らせるらしい。

①Ⅰ型夜尿症に対する中?刺針の有効性
※Ⅰ型夜尿症(膀胱内圧上昇時にも、浅い睡眠に移行するも覚醒に至らないタイプ)Ⅱa型は脳波上、覚醒反応が生ぜず、深い睡眠のまま夜尿する。Ⅱb型は膀胱に生じる無抑制収縮を原因とした膀胱機能障害であり、深い睡眠のまま夜尿する。
薬物療法無効の8例。週1回施術で平均5回強治療。夜尿出現率が10%以上改善した者は4例、10%以下の無効例は4例だった。有効例はすべて初発尿意(膀胱にどの程度の尿が溜まったら尿意として自覚するか)が改善した。機能性膀胱容量の増大と初発尿意の延長が、夜尿症の改善に関係あるらしい。(北小路司「尿失禁」毎日ライフ 1998.6)
※最新の知見では、夜尿と睡眠の浅深は無関係であることが分かった。つまり上記成績は、Ⅰ型夜尿症に限定されるものではない。 

②仙骨間裂孔(長強)へ長鍼にて深刺。(森秀太郎・米山博久:小児針法、医道の日本社、p73、昭和50年6月)

③胆嚢症としての治療( 三木健次:難治性夜尿症の治療、医道の日本、昭和50年1月号)
夜尿症治療に対する三木健二次氏の考え方は唐突であるが、かつては鍼灸界の重鎮だった方なので、その記述は無視しづらい。
従来の夜尿症の治療に加え胆嚢症としての治療を加えた結果、著しい治療成績の向上をみたという。夜尿症の者の膀胱内圧が過緊張を示す(神経性過緊張性膀胱)が、こうした者は胆嚢痙攣が生じやすい(筆者註:ともに内臓平滑筋痙攣である)。こうした点から夜尿症と胆嚢症は体質的に同じ基盤の上に成り立つ疾病ともいえる。夜尿症は東洋医学的には胆の病証であり共通点があると記している。
代表治療点は、胸脇苦満(軽度)、右陽白の圧痛、リーブマン点(右C7棘突起直側)になる。

④全身の軽刺激
普段、夜尿をしない児童が、日中に非常に疲労したり、精神的ダメージを受けた日に夜尿するのは、日中に交感神経緊張過剰になったのを、揺り戻す意味で、夜間に副交感緊張過剰になった結果である。治療としては日中の交感神経緊張過剰な状態を改善すればよく、これを是正する目的で、小児鍼を始めとする軽刺激の針灸を行うことになる。