1.症例提示
1)症例1 86才、女性
往療患者。かなりの肥満体。家の中を移動していてつまづき、転倒して左殿部を床に強打。以来、3週間歩行不能の状態。日常生活はほとんどベッド上で過ごし、大小便は、ベッド横のポータプルトイレでやっと用を足している。立位不能。3週間前以前は、どうにか50m程度の散歩はできたという。
診断:中殿筋痙縮
治療:中殿筋の過収縮であることは、圧痛より明瞭だった。坐骨神経の異常興奮ないことから、側臥位にて、大転子の上方2㎝の部の中殿筋にむけ、10番針にで2寸深刺し、5分置針。他に圧痛点に円皮針して治療終了。数秒間の立位姿勢保持が可能となった。
経過:上記治療を2回行い、殿痛は半減し、立位は可能となるが、歩行は不能状態。要するに上記治療は有効であるが、歩行という負荷までは耐えられない状態である。そこで、ふとリフォーマーベルト(商品名)の使用を思いつき、次回往療時から試みることにした。中殿筋を圧迫することで中殿筋可動性を減らし、股関節の不安定性を減らすとする考えからである。これまでと同様の鍼治療を行い、立位の状態で、リフォーマーベルトを骨盤に巻いた。すると、数歩のができるようになった。
リフォーマーベルトを装着して自宅にて歩行訓練を一日3回5~10分間ほど行うと、リハビリ効果が得られ、その2週間後には、50m程度の歩行ができるまでに回復した。
2)症例 96才、女性
2ヶ月前にL3を圧迫骨折、以来腰殿部が痛く、杖歩行でどうにか10歩前後歩ける程度だとのことで、家人に連れられ当院受診。診ると、腰椎上に圧痛はなく、L3圧迫骨折はすでに癒合しているようだ。圧痛は左殿部の、中殿筋部に強く限局してみられた。
診断:左殿筋痙縮
治療:左側臥位にて、上記の要領で中殿筋に深刺し、5分間置針。立位にして歩行を指示するも、足が前に出にくい状態だったので、リフォーマーベルトを骨盤に巻くと、ただちに数十歩の歩行かできるようになった。
3)症例 92才、女性
6時間正座し続けた後、立とうしたら、左臀部~大腿外側が痛み、また膝蓋骨上方が割れるように痛むようになった。歩くことも、立ち上がることもできない。整形外科で腰にブロック注射3カ所実施するも改善なし。
診断:左中殿筋痙縮
治療:上記2例と同様に、2寸4番針にて、側臥位にて中殿筋へ置針した。すると治療直後は、立つことはできても、始めの一歩が踏み出せず歩行困難。また治療後半日もすると再び歩けなくなるという状態を何回か繰り返した。そこで上記と同じくサポーターを装着すると、一瞬は杖歩行可能となった。しかし痛みが強くてやはり歩行困難。その間、時々神経ブロック注射受けてはいるが、ほとんど効いていない。
なぜ効果的な治療ができないのか悩んだが、ある日整形で股関節のX線撮影をすると、大腿骨頸部骨折があることを発見された。その数日後手術し、2ヶ月後無事退院。以来、臀部痛は消失している。
2.症例解説
1)中殿筋の機能と障害
中殿筋と小殿筋は、腸骨外縁と大転子を結び、股関節外転作用がある。上殿神経(仙骨神経叢の枝)支配。ちなみに大殿筋は、腸骨仙骨外縁と大腿骨を結び、股関節伸展作用である。下殿神経(仙骨神経叢の枝)支配。
下肢症状を伴う殿部痛では、まず坐骨神経痛を考える。しかし下肢痛がなく、殿部痛単独の場合には、上殿神経または下殿神経の興奮を疑う。上殿神経や下殿神経は運動性の神経であり、支配筋の緊張状態、そしてトリガーポイントを形成することがある。
なお中殿筋麻痺ではトレンデレンブルグ徴候陽性、つまり患肢のみで立位を保持しようと思うと、健側骨盤が降下する現象が認められることはよく知られる。本症例の場合、麻痺ではなく、筋のコリ(=短縮)である。
2)症例3の診断ミスについて
症例3は、私は当初は左中殿筋痙縮として、この病態に対する針治療を行った。しかし経過は予想を下回り、症状不変。結局、大腿骨頸部骨折が真因だったのだ。突然発症したとはいえ、めだった外傷はなく、整形で神経ブロック注射もしていたので、予想外の事態となった。
率直にいって、このあたりが開業針灸の限界だと思う。針灸治療に原因があるのではなく、医療機関外で働く針灸師の環境問題、主として法規の問題となる。PT、ATなみの待遇で、病院で実際に鍼灸治療ができる環境が必要であろう。
3)リフォーマーベルトについて
リフォーマーベルトとは、生ゴム性で伸縮に富む骨盤矯正の補助運動器具である。しかしそれだけでなく、中殿筋緊張コリ(=短縮)に伴う歩行困難にも効果的に作用する例があることを発見した。何とかでも自力での歩行ができるきっかけをつかめれば、歩行訓練により、歩行の安定性の改善や歩行距離の延長が得られるようになる。
※筆者のリフォーマーベルトは、「からだはうす」で購入。各サイズある。6本6000円前後。