1.現代の歯周病の診療
1)歯周炎の原因
①老化:30才を過ぎれば、誰でも多少は歯周炎は生じている。歯周炎の最大要因は老化。他に、強く咬む習慣など。
②糖尿病:糖尿病では口内の血流も悪くなるので唾液の分泌も減り、歯垢がつきやすくなるで、細菌易感染から歯周病を悪化させやすい。歯周病になると歯周ポケット内の歯垢部細菌を白血球が退治しようと集合する。集まってくるが、この時、白血球が歯周病菌の出す毒素に触れることでTNF―αと呼ばれる物質を放出する。TNF―αには血液中のインスリンの働きを妨げてしまう作用がある。歯周病の治療をすると血糖値も少し改善する。
2)歯周炎の症状
歯肉のむずがゆさ、歯肉縁の発赤と出血、唾液粘稠性の変化、口臭といった症状を生ずる。
※歯垢(=プラーク)が歯の表面ではなく歯周ポケットにできると細菌にとって格好の住み家となる。
歯槽膿漏の治療として歯石除去は基本である。歯石とは歯垢が石灰化して固くなったもの。
3)歯科での歯周病の治療と予防
①歯磨きブラッシングにより歯肉マッサージをすること。歯ブラシすると血が出るところ、押圧して痛みがあるところを重点的にラッシングする。毎日行うことで、歯茎を引き締め、歯磨き時に出血しにくくなる。歯磨きは、歯周病の原因菌数を減らすことが目的であって、原因菌を完全に消し去ることできず、再発を繰り返しやすい。効果不十分であれば外科処置となる。
②歯石を取り除く。歯垢(プラーク)は放置しておくと次第に硬くなり硬い歯石になる。歯を取り除くには、デンタルブラシやデンタルフロス(フロスとは細い糸の集合体)を使い、歯磨きブラシだけではとれない歯間の歯苔を除去する。
③糖尿病があれば、その治療を行うことが歯周炎の治療にもなる。
2.歯周病に対する鍼灸治療
1)江戸時代以前の歯科治療方針
①耐え難い歯痛では抜歯
当時は麻酔などなかったから、冷やしたり痛み止めの漢方薬を虫歯に塗布したりして何とか我慢した。どうしても我慢できないほどの痛みは抜歯する他なかった(当然無麻酔で)。ただし徹底的に我慢すると歯や神経が崩壊して痛みはなくなるという。
②歯茎の腫れや出血では歯肉を切って血や膿を出した
江戸時代の歯槽膿漏の治療法は、腫れた歯肉に鍼を刺し、膿を出す孔を開けることで鎮痛させたという記録がある。孔から膿を逃がすことが治療の一つとして選択された。江戸時代以前、「おでき」は熱毒が体内にとどまり、外に逃がせない状態と考えられた。外に出すには皮膚に鍼で孔を開けたり打膿灸で膿ませて膿を出すことだった。桜井戸の灸(面疔に合谷の多壮灸)というのは、顔面にできたオデキの毒を合谷から排膿させるという治療原理である。これは桜井戸の灸に限らず、打膿灸の治効原理になる。
③虫歯地蔵への参拝
江戸時代以前には、虫歯の痛みをなくしてもらおうと、虫歯地蔵も各地に建てられた。煎った大豆を供えて平癒を祈ったという。煎ると殻が割れるが、その割れ目から歯中に入った虫を外に外に逃がそうとする願いがあったと思われた。
私は令和3年の5月初旬に、奥多摩にハイキングに出かけたが、旧五日市街道沿いに虫歯地蔵尊を発見して少々驚いた。質素な石仏だった。
3.現代の歯科の鍼灸治療
1)歯肉に対する直接刺針
歯周炎に対する現代歯科での治療は、歯石の除去と自宅での歯ブラシでの入念な歯肉マッサージと歯間ブラシの使用であって、現代に至っても特効的な治療方法があるわけでない。歯肉に物理的刺激を与えるという意味で歯肉に対する鍼灸局所治療は、次のように行う。
①どこが腫れているのかを患者に聴取、その圧痛部を患者自身の指頭で指示してもらう。
②術者はその圧痛を確認後、1番針を使って圧痛点から数本直刺し、顔面皮下組織→口腔前庭→歯肉→歯槽骨と入る。
しっかりと押手を強くして刺入していくと、簡単に歯肉部に響かせることができる。
③歯肉の血行促進を目的に単刺するか、雀啄により患部に軽く響かせた後、置針するなどの施術を行うのが普通
※圧痛点は口裂の上下一横指の頬部や下顎部に出現する。
下図は、木下晴都「最新鍼灸治療学」からの転用だが、上歯の反応点は外鼻孔の高さであり。下歯の反応点はもっと顎に近い部位になるだろう。私が考えた施術点の図を後に加えてみた。
2)歯周炎に対する女膝の灸
①女膝の位置と灸治法
歯周病に対する特効穴としては、女膝(じょしつ)が知られている。女膝は女室と表記することもある。このツボの位置は、アキレス腱停止部にあり、歯茎との関係は不明だが、形が似ているものは何かしらの関係性があるとする東洋医学的整体観から考察すると次のことはいえるだろう。踵骨を後からみると、前歯と似た形をしている。歯は上半分が歯肉から出て、下半分は歯肉に埋まっている。その境界の歯茎から血や膿がでるのが歯槽膿漏ならば、その境界部分こそ患部であり、位置関係を踵骨に当てはめれば、女膝に相当することになるのではないだろうか。
江戸後期の浅井惟亨著『名家灸選』の中に女膝の記載がみられる。現代文に訳すと次の通り。
骨槽風(=歯槽膿漏)を治する法:足の後かかとの赤白肉の際で、女膝とよばれているところ。左右に各50壮灸すると、一ヵ月にして効き目がある。かって歯茎に孔があき、膿血がだらだらとたれていた者を救った経験がある。
山本俊男「鍼灸特効穴一発療法」源草社 1999.5)では次のような記載がみられる。
女膝施灸時の体位は、患者を伏臥位にさせ、足関節を最大限に底屈、踵後方にできる皺あたりを指で探ると、踵骨の上際中央付近に小さな凹みがあって、症状を持った患者であれば、顕著な圧痛があるので、ここが灸点になる。毎日10壮ずつ施灸すると炎症が治まってくる。
この文章から女膝の位置を推定したのが下図である。伏臥位で足関節を底屈すると、踵骨後部にる凸部やアキレス腱停止部である踵骨隆起が触知しやすくなる。
②女膝の名称
「膝」とは今日でいう膝関節に留まらず、折り畳んだ部分を「襞(ひだ)」とよびどの関節であっても膝とよんだという説が有力である(ネット「語源辞典」より)。女膝穴は足関節部にあるが、ここを膝と呼んでも差し支えない。
歯周病は、女性の方が男性よりもかかりやすい。掛かりやすい。その原因として考えられているのが、プロゲステロンやエストロゲンなどの女性ホルモンである。女性ホルモンには、歯茎の腫れや出血を起こしやすくする性質がある。女性ホルモンの分泌が増えるのは、初潮を迎えた頃や妊娠中で、ホルモンバランスが乱れるという点からは更年期も歯周病にありやすい。特に更年期は、口内での唾液の分泌量が低下して口の中が乾きやすくなるので、歯周病の進行がより一層進みやすくなる。以上のことからとくに「女」膝という名称になったと考察した。
正座のことを女膝ということがあるという。男膝との熟語はないようだが、正座以外の楽な姿勢で座ることだろう。正座姿勢では、足関節は強く底屈している状態なので、女膝穴の取穴に適しているといえるのではないか。
③女膝が水毒を治す
女膝は水毒を治すとされる。歯茎が腫れている状態を浮腫と捉えると、女膝の適応症と考えることもできる。
肩が凝ると歯が浮く感じがする者がいるが、頸肩のコリの治療が歯肉に対する治療に関係する場合がある。この場合は肩井や天柱などに対して鍼灸を行う。しかし頭蓋骨後面と踵骨後面を相似形と考え、天柱の代わりとして崑崙に施術するという考え方もある。崑崙と女膝は非常に近い部位にある。
4)女膝への透熱灸の効果(細江久美子氏)
女膝への灸が効果あるとすれば、それはどのような感じなのだろうか。疑問に感じていた時、代田文彦監修、日産玉川病院生情報会著「針灸臨床生情報②」の中に、「女膝の施灸で歯肉が引き締まる例(45才、女性)の症例報告を発見した。かいつまんで紹介する。
数年間から歯槽膿漏で歯のグラツキ、歯肉がブヨブヨする感じがあった。症状は右側に強い。歯科治療は受けているが歯槽膿漏に対しては効果は乏しい。胃腸機能を高める全身的治療に加え、最後に女膝へ透熱灸を行った。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時、歯槽膿漏の具合を聴取すると、「歯肉がギュッと締まって、歯肉が少しピンク色になった。リンゴもかじることができた」とのこと。今回も女膝に透熱灸を実施。この治療直後も歯肉はピシッと引き締まった。ただしその効果の持続性は長くない。毎日施灸を続ければ効果が長くなるかもしれない。
5)膀胱炎に対する女膝の灸
松本丈明著「膀胱炎の針灸治療-女膝について-」日鍼灸誌、23巻3号(昭和49.7.15)には、膀胱炎に対して女膝の灸が効果あった旨が記載されている。一般的治療としては寸6#3針で曲骨(実際には曲骨と中極の間)を刺針点とし、恥骨下をくぐらすように2~3cm斜刺し、針響が尿道に感ずる程度に刺入する。これと併用して、排尿痛に対して女膝の灸(米粒大7~15壮)をする。女膝の取穴は、踵部中央で足甲部と足底部の境界線(赤白内線)の上にとる。女膝の灸は、腹臥位でつま先を立てた状態で行うという。
女膝の灸単独治療が奏功した例として、自分の親戚の女性が、血尿と排尿痛で苦しんでいた際、女膝に米粒大15壮を実施すると、ほとんど即効した例を経験したこと。また急性膀胱炎による排尿時痛、残尿感に対し、女膝9壮を行い、1回治療で排尿痛軽減した例を紹介した。
これまで、私は女膝=歯槽膿漏と記憶していたが、膀胱炎にも効果あることを知った。また女膝の取穴は、足関節を底屈するのではなく、背屈しているという違いもある。両者の共通項は、粘膜充血の改善といえるだろう。
<コメント>
桂蓮アップルバウム(2020.11.11)初めてコメントします。アメリカ住まいのケイレン・アップルバウムと申します。
女膝について初めて知りました。
それに歯茎との関連性も初めて知って,そう言えば、歯茎に炎症が会った時、
足のアキレス腱辺りが冷たくなり、いくら温めても冷気がしたことがありました。
それで、足の裏のマッサージをしたら気がつかないうちに口内炎も起こらなくなりました。
私はその関連性については全く分からずにすぎてしまいましたが、今この記事を読んで納得しました。
記事を全部読むことを目指して今日から頑張ります。4.女膝への施灸で、歯肉が引き締まる例(細江久美子氏)女膝への施灸が、歯周炎に対して実際どのような感じで効果あるのか疑問だった時、代田文彦編、玉川病院生情報会著「鍼灸臨床生情報」②の中に、上述タイトルの症例報告を八件したので、かいつまんで紹介する。45才女性。歯槽膿漏で歯が浮いてぐらつき、歯肉がブヨブヨするとのこと。胃腸機能をためるような全身的な治療を行い、最後に女膝を透熱するまで灸をすえた。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時にその効果を問うと、「歯肉がギュッと締まって歯茎が少しピンク色になった。リンゴをかじることもできた」とのことで、その時も女膝に同様の透熱灸を行った。2診目の治療後も歯肉はピシッと引き締まった。ただし持続効果は乏しい。。肩が凝るとのことで来院。。、