AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

東洋医学人体構造モデルの改訂版

2024-11-29 | 古典概念の現代的解釈

私は、東洋医学人体構造モデルを作成しようとしている。肺が気のポンプであるとするならば、心は血のポンプに相当する。肺のポンプ図化は以前から提示していたが、同じ要領で心のポンプ図を作成したので紹介する。

肺ポンプを作動するための、シリンダーの柄は横隔膜につながっている。横隔膜の上下運動の結果、呼吸が可能となる。肺を動かしているのは、横隔膜運動といってよい。
同じことが心についてもいえる。心ポンプの働きにより、血の循環が可能となる。ただし心ポンプのシリンダーの柄はどこにもつながっていない。シリンダーを動かすことは生命維持にとって非常に重要なことに違いはないので、この心ポンプのシリンダーを動かす作用が心包だと私は考えている。

 肺=気ポンプ機械自体  
 気ポンプを動かす力(呼吸)は、横隔膜運動
 心=血ポンプ機械自体 
 血ポンプを動かす力(心拍)は、心包の作用 
 心包=心拍動作用

 以前も書いたが、死ぬと心拍が停止するというのは、心包機能が停止した結果である。 同様に考え、死ぬと体温低下するというのは、三焦機能が停止した結果である。

なお肝は従来、丸印として記号化していたが、肝の血を貯蔵するという機能をプールのようなイメージにみたて、大きな四角形に変更した。以上の作業で、五臓のイメージをシンボル化できたように思う。


 

※ダニエル・キーオン著「閃(ひらめ)く経絡」医道の日本社刊では独創的な東洋医学的アプローチを展開し、人体構造モデルを発表した。

→「閃く経絡」の人体五臓図の解釈(「閃く経絡」の読み解き その2)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/d8e9a3159d2c63513b06bdd18a2805e2


上歯痛の針灸治療 ver.2.1

2024-11-28 | 歯科症状

歯痛には次の3種類がある。 
①原発性歯痛:歯牙、歯周囲組織に器質的変化があるもの。最も多い。通称は虫歯。
②続発性歯痛:全身性疾患(白血病、敗血症、梅毒、糖尿病)の一部分症状。
③放散性歯痛:歯牙および歯周囲組織に隣接する器官の疾患により、歯にも原因があるように感じられる疼痛。眼、耳、鼻の疾患に由来することが多い。

針灸治療は、虫歯(齲歯)由来であれば、神経興奮そのものなので、あまり効果が期待できない。続発性歯痛であれば原疾患の治療を優先させる。しかしながら放散性歯痛のように、歯周囲組織に痛みの原因があれば、効果が期待できる。そしてこのタイプの痛みは歯科が苦手としている歯肉の充血も針灸の適応である。

 

1.客主人移動穴刺針(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:痛む歯を上にした側臥位。口を閉めさせておく。響いたら、口を閉じたまま「ウーッ」と発声させるように指示しておく。

②取穴:耳前頬骨弓の上縁を指で触診しつつ前方へ指を移動する。側頭動脈と頬骨弓との分かれ目より1.5寸で、一筋越せば指頭に陥没の部を触れるところ。
③刺針:寸3の#2にて、針を頬骨弓をくぐらせるようにし、針柄をほとんど皮膚に接触させるくらいにして、徐々に刺入、1~2寸刺して痛む歯に針の響きが得たら、針を揺り動かす。「ウーッ」と患者が言えば抜針。抜針後はただちに指頭で刺針部位を圧迫(青あざを予防)。もし出血斑ができたら、マグレインを貼ると退色が早くなる。

 

※近年、東洋療法学校協会編「経穴経絡学」では、客主人穴のことを上関穴と改称した。それなりに根拠はあるだろうが、客主人のニュアンスが失われたことが残念である。客主人の意味は、<頬骨を隔てて主人である下関穴と対照的な処で、主人と同じ重要な賓客>
といった意味になる。本稿では上関ではなく客主人と称することにした。ちなみに客主人の主治は、上奥歯痛くらいなのに対し、下関の主治は上奥歯痛・顎関節症Ⅰ型とⅢ型、顔面麻痺などが思いつく。使用頻度としては下関の方がはるかに高く、下関はやはり”主人”の価値があるといえる。

 

2.客主人移動穴刺針の治効理由

1)上顎神経刺激

上述の素霊一本針を行うと、針先は頬骨弓の深部で、上顎神経を刺激できるようだ。素霊の一本針では、水平刺しているようだが、上顎神経に近づけるためには針先は鼻尖に向けて斜刺した方がよい。上顎神経は、前歯槽神経や後歯槽神経に分岐するから、上歯痛(奥歯でも前歯でも)
効きそうだ。ただし虫歯には効かず、放散性歯痛に対する効果だろう。この場合の放散性歯痛とは、第一に側頭筋の過緊張があげられる。



2)側頭筋刺激

上記刺針で、刺入点直下にあるのは側頭筋であり、針先に当たるのも側頭筋である。側頭筋の深部には側頭頭頂筋(顔面神経支配)があるが、今日では退化していて役割を失っている。側頭筋の運動針は、側頭筋中に刺針した状態で、力を入れて咬む動作をさせることである。ちなみに側頭頭頂筋は表情筋に分類され、ウサギなどの動物が外敵を察知しようと耳介を動かす意味がある。



側頭筋にトリガーが発生すると。上歯痛が生ずることがあることがトラベルらにより確かめられている。
上前歯となるか上奥歯となるかは、側頭筋トリガーの位置により異なる。

 


下歯痛の針灸治療ブログ
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b079b179c8745443a182851a600501a0


歯周炎に対する針灸の限界(75歳、男性) 

2024-11-27 | 歯科症状

主訴:歯が浮く。左上奥歯が痛むので、固形物が食べられない。

現病歴
数日前から 噛む動作で、左上奥歯が痛む。歯が浮く感じがする。
歯科に行くと抗生物質を3日分投与され、これにより症状は1/3となるも、固形物が噛めず、ずっとお粥をたべているという。


所見
強い圧痛を、左上第1小臼歯と第2小臼歯の歯肉部に認める。
噛むように指示すると上下の前歯先端がぶつかるが、その時上下の奥歯は接触せず、痛むことはない。これは切端咬合とよばれ、上下の前歯が「毛抜き」のようにぶつかっている咬合不正である。固い物を噛むと奥歯が痛むというので、ティッシュを丸めて左奥歯の痛む処に置いて噛む動作をさせ、痛みを再現させることができた。


考察

歯が浮くとの訴えから、歯根膜炎を疑った。歯根膜炎の原因は、歯周炎のことも多いが単なる疲労でも生ずるので、治療できるのではないかと予想した。ただし抗生物質が有効だったことから、細菌感染症すなわち歯周炎を疑い、総合的に歯肉部に膿が貯まり、それが歯根膜を刺激しているなら治療困難だろうとも予想した。高齢者においては多少なりとも歯周炎は存在する。


針灸治療方針

歯肉炎の治療の基本は、歯肉マッサージとプラークコントロールである。針灸治療方針もその延長上にあるわけで、針灸ならではの劇的な好転ができるわけでもない。
針灸治療としては、痛む歯の処にティッシュを噛ませ、痛みを誘発。その時出現した頬部圧痛点数か所から細針で直刺し、歯肉内に入れることにした。この治療で、ある程度の歯肉の鬱滞を改善でき鎮痛効果は期待できる。ただし、本治療は、歯肉の内側(舌側)からの施術が困難な点にあるといえる。


      

治療効果
①まずは寸6#針で左上歯肉部の圧痛点数か所から刺針したが無効。
  この時の刺針は、頬部圧痛点から歯肉に入れ、針先は歯根にぶつけるようにした。

②次に痛む歯部にティッシュを噛ませ、痛みを誘発させた状態で上と同じ手技で数か所刺針し、噛む際の痛みは大幅に軽減した。

③他に圧痛点を探ってみると、左上犬歯そして左下小臼歯まで圧痛が移動したので、強く噛んだ状態にさせ刺針。するとやはり痛みは減ったが、また別の部位が痛むという結果で、何度か症状を追いかけて刺針したが、結局圧痛は最初の位置に戻ってしまった。

④痛む歯肉部ではなく、素霊の上歯痛の針として客主人から下方への斜刺(上歯槽神経傍刺。下歯痛の針として頬車(下歯槽神経傍刺)も追加したが、痛みを追いかけている状 態は変化なかった。      

⑤同様の治療を5日間で3回行った。治療直後は症状軽減したが、結局は痛みなく固形物を噛める程度の改善はなかった。
針灸の限界が明らかになり、治療中止とした。結局、歯科での抜歯を含む排膿処置が必要なケースだったのだろう。
結局、疾患名に対する針灸治療という安直な方法では、正しい治療に至らず、病態把握が正しい治療を導く唯一の道であることを改めて思い知らされた。

 


柳谷素霊著「秘法一本針伝書」上実下虚の針の考察

2024-11-19 | 末梢循環器症状

 以前から私は、柳谷素霊の「秘法一本針伝書」の、それぞれの刺針技法を自分なりに分析しているのだが、最後まで残ったが<上実下虚の針としての崑崙>だった。上実下虚は、東洋医学ではよく使われる所見の一つだが、針灸でその治療は可能か否かは別問題だ。素霊はどのような所見をもって上実下虚と判断したのだろうか。
ヒトは足が温かく頭が涼しい状態だと快適である。これが上虚下実で、類義語に頭寒足熱がある。これとは逆に頭がのぼせ、足冷のある状態を上実下虚とよぶ。
上実下虚をわかりやすく例えるなら、ヤカンの空焚き状態である。正常であれば丹田の熱で腎水が熱せられ、体温をつくり体幹内臓が正常に機能する条件をつくっている。しかし腎水が無くなれば、乾いた熱(火)が舞い上がり、赤目、赤ら顔、めまい、のぼせなどを生ずる。このような状況の治療には、対症治療としては頭を冷やすことだろうが、本治法としては腎水を注入(=脱水時の補液)が必要となるだろう。
 

1.「一本針伝書」崑崙の刺針法

一本針伝書の崑崙の取穴と刺針:
①<立位で全身に力を入れつつ崑崙あたりでアキレス腱の前縁に張ったスジ様のものを爪先で前後に探れば、ビンビンとする細い索状のものが触れる。このものの前際が崑崙である。穴位より内方に向けて、索状の際を、針尖を通過させるようにし、足踵中に入れるように刺入する。>
→→「ピンピンとする細き索状のものの前際」 とは長拇趾屈筋腱の前縁.。「足跟中に入らせるように」  で、跟腱とはアキレス腱のことで、アキレス腱方向に刺入する。ここでは踵骨部の長拇趾屈筋腱の傍を通過させ、踵骨に命中するようにする。「立位にて両手や腹に力を入れて」とは筋緊張により促通しやすい条件にせしめ、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を誘発させる。脛骨神経に当てるのであれば、膀胱経ではなく腎経側から刺入した方がよく、太谿あたりを刺入点とすべきだろう。

②<立位にて両手や腹に力を入れて....>
→筋緊張により促通条件を増し、崑崙あたりに刺針して、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を発動させ、同筋緊張を緩める。なお長拇趾屈筋は、下 腿後側深部筋で、腓腹筋やヒラメ筋の深層にある。フクラハギがつる原因筋の一つ。

③<一退三進、四方をせん別するように針灸。なお響きあれば弾振する。響きが上に応じて頭に至れば大いに効果あり。また弾振連続すれば、次第に上部の鬱滞する気血下降し、頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である。術者は患者の顔や脈に十分注意し、患者の顔が蒼白となったり、脈が細沈(≒触れにくくなる)ならば直ちに針を抜去して患者を正座または仰臥せしむる。
→→「せん(金+賛)」とは突き通すこと。針を乱針術のように刺入し、響きを得るようにするというが、頭にまで響きを得ることは実際は困難である。素霊の文章表現でも
<頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である>としていて、頭が冷えるように手技針せよとは書いていない。めったに起こらない現象だからに違いない。その一方で、立位で崑崙に強刺激の針をする際、顔面蒼白とが脈が弱くなるなどへの避ける対処法を記している。これは迷走神経反射である。すなわち脳貧血を起こす一歩手前まで誘導すると考えるに至った。すなわち結構リスクのある治療法といえるのではないだろうか。この脳貧血は明らかに頭に至る響きとは異なる現象だろう。

 

2.冷え性の原因と針灸治療

上実下虚は、下肢冷と上逆の合併といえる要素がある。冷え性の治療については、本ブログでも書いてきたが、再掲載する。
機能的な冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らないの三つ。うち、衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。

冷え性に対する針灸治療 ver3.3
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b0cd645261ae6728f3964824e827a558


1)熱の製造不足

 原理的には基礎代謝上昇ホルモン(甲状腺ホルモン)に働きかける。
甲状腺機能低下症では、冷え・脱毛・色黒、易疲労など腎虚症状になる。
針灸治療では、身体をすっきりさせ、疲労回復を治療目標にする。
 
2)熱がまわらない  →対処法:腰仙部を加熱することで、足を温める

①腰仙部の長時間温補(筆者の方法)
治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルなどで覆い放熱を予防する。深部までの加熱を行うため照射間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である。その加熱要領は、ローストビーフを焼くコツに似ている。火を肉の芯まで通さねばならず、それには長時間の弱火がよい。短時間の強では肉の表面が焦げ、中はナマ焼け。
この時重要なのは、足は直接温めないことである。腰仙を温めることにより、患者自身の動脈血流増加により足部膚温を上昇させることが大切。逆にいうなら足部皮膚温が上昇するまで、腰仙を温め続ける。

②仙骨部へのこんにゃく温灸  (浅野周:北京堂鍼灸HPより)
コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。コンニャクを取り出しタオルにくるむ。伏臥位で患者の仙骨部に置き、20~30分間程度温める。ただし本法では置鍼の併用困難。

③腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。壮数は多いほどよいということだが、実際追試してみると、足部温度を上昇するほど灸の壮数を重ねることは困難だった。 
     
3.冷え性の針灸の原理
 
1)針灸刺激の非特異的作用

皮膚刺激により、末梢血流改善や筋緊張改善が生じ、また刺針部に発赤(フレア)が生じる。針灸に限らず、寒冷時に手をこすり合わせると少し手は温まる。拍手を続けても手は温まる。この機序は軸索反射で説明できる。冷え性の対処法として、手掌をこすり合わせるだけでなく、筋や関節を刺激することも有効。

岡本雅典氏の見解:患者の手指足指の間に術者の指を入れ、ひっぱりつつ強く掌屈・背屈させる。私も体験してみたが、かなり痛かった。その程度強くやらないと効きが悪いらしい。関節受容器は関節包や関節靭帯の機械的な変形を感知。受容器にはパチニ小体、ルフィニ終末、靭帯受容器、自由神経終末がある。 
・ルフィニ終末:関節運動の最終域で活性化し、特に他動運動に反応する傾向がある。      
・パチニ小体:運動中の機械刺激に対して反応するが、非運動中は反応しない。
 
2)グロムス機構の操作



上図②は、井穴刺激で、指末端グロムス(詳細後述)のある処である。③は手指間グロムスである。

①グロムス機構
    
末梢血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という構造になる。しかしこの流れとは別に末梢毛細血を経由ぜず、細動脈→細静脈あるい細動脈→細動脈へとショートカットするルートが手指や足指に存在する。この部位を動脈吻合(=グロムス機構)とよぶ。

動静脈吻合は表皮から1㎜奥にある。動静脈吻合の基本的役割は余分な熱逃がすこと。動静脈吻合の開閉制御は交感神経による。
 暑い日→動静脈吻合を開放して末梢血流を増やし放熱量を増加させる。核心温の上昇防止の意味。この時の動静脈吻合不全では熱中症になる。
 寒い日→動静脈吻合を閉じて末梢血流量減らし、熱の放出を防ぎ、核心温の低下防止。その代償として四肢の「冷え」生ずる。


②グロムスを刺激する針灸アイデア

足や手の冷えでは、正常皮膚温と冷えのある部の境界が触診で明瞭になる。ここがグロムスが開き、グロムス装置以下の血流が減少している結果である。この温度境界部分を刺激してグロムスの開閉を人為的に操作することを試みたのだが、無効だった。
その結果、四肢グロムスを刺激することよりも、核心温度を下げないことが重要である。基本的には防寒衣類、手袋やマフラーなどで対応、それに加え治療室内では室内を十分暖房しておき、その上で腰仙骨部の温補をする。立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位をとらせると、基本的に身体は副感神経優位になり、結果として足の温かくなるから、冷え症の治療は仰臥で行うべきである。
就寝時の足冷対策として普通に行われるのは、靴下を履いたまま寝ること、電気毛布や足部にアンカを使用することだろう。これらは足冷の治療にはならないが、入眠しやす   くはなる。
 寒冷時、就寝前に風呂に入ることは、脳の加熱を促進させる行為なので、睡眠時には余剰の熱を手足から放散する必要がある。この結果、布団に入った瞬間からポカポカと手足が温かく、快適な睡眠が得られやすくなる。
   

※就寝時の足冷えに足先を膝窩に持って行き、自分の体温で温める方法   
私は普段は冷え症を自覚しないが、寒い時期に夜布団入る時、足が冷たく感じ、なかなか足が温まらな  いので寝付けなかった。ある時冷たくなった足尖を、対側の膝部に当てた状態で、はさみ込むように膝屈曲させてみると、気持ちよい温感が指先に感じられた(伝導性の熱移動)。1~2分経ち、足先が温まったら、反対側足指も同じようにする。数回にわたって左右交互に足先を温ることで足が温まる。 


3)不眠と冷え性の関係

睡眠の意義は脳の加熱を防ぐことにある。睡眠時には脳血流量が減るが、延髄の深部温設定も下がる。この指示に従い、余剰の熱は手足か放散される。この熱が布団に伝わり、布団が暖かくなり、手足も温まる。身体が副交感神経優位体勢となって眠る体勢が整う。足冷が強い者は、四肢から放熱できるほどの熱量が十分ない(四肢から放熱するなら、核心温度が下がり過ぎる)


3.のぼせ(逆上)                                                  

のぼせは東洋医学では陰虚火旺で、腎水不足により火力が強くなり過ぎた状態である。上衝ともいいう。治療は補腎であり、同時に脾を強めて腎に水を回すことを考える。興味深い見方ではあるが、実効性がある理論なのだろうかと常々考えている。
のぼせとは、「頭顔面に限局したほてり」といえる。顔面や頭部の血管が拡張して起こる現象になる。脱水による発汗不足が体温上昇やほてりを感ずることはあるだろうが、これは危機的状況で、輸液による水分補給が必要。

江戸時代には、長寿の灸として足三里に灸することが流行した。<外台秘要>には「人、四十にして三里に灸せざれば、目暗きなり」と記載されているという。当時、中風(脳卒中)になるのは、ノボセが原因だとされ、足三里の灸は、気を下にさげる効果があるということで、長寿の灸として推奨された。


 
1)機能性のぼせの3大原因


①熱い風呂

熱い湯船に長時間首までつかっている時、誰でものぼせてくる。これは首から下の身体が温められ、ここから放熱はできず、代償的に顔や頭から盛んに熱を放散しようとして、浅層静脈の血流量が増加している状態。熱中症も同じ。老人では暑さを感ぜず、喉の乾きも自覚できないから熱中症になりやすい。(視床下部の口渇中枢機能低下)
  
②更年期障害(最も多い)

更年期または卵巣・子宮の摘出手術後精神緊張に伴う自律神経異常。
周期的発作的に生じるのぼせ・発汗異常は更年期障害特有。
卵巣からの女性ホルモン分泌不足←下垂体前葉からの性腺刺激ホルモン分泌増大して、もっと女性ホルモンを出せと命令→しかし更年期では卵巣機能低下して女性ホルモンが出ない→もっと性腺刺激ホルモンを出せと命令。この時、下垂体前葉では、波状にパッパッと分泌。これと同期してノボセ・ほてり・発汗異常発現するという。
更年期障害対する女性ホルモン注射→対症療法として、のぼせ・ほてり・発汗亢進に効果的。
  
③精神緊張:精神緊張時には大脳に一度に多量の血液が流れ、また脳内深部温が上昇して顔や耳が赤くなり熱っぽくなる(脳深部温上昇に対する放熱効果。恥をかいた時や、不慣れなスピーチをする時など。このような場合、対処法として顔面を冷たい水で冷やすとよい。

 
2)足が火照って眠れない状態

   
四肢は、断熱材である皮下組織と、血行豊富な真皮、血行のない表皮の三層構造になっている。寒い時期は真皮に行く血行は乏しいので皮膚温は冷たいが、皮下組織の断熱材があるので四肢深部温は比較的温かい。


一方、暑い時期は手掌や足底など動静脈吻合の豊富な部位から余剰の熱を放出するので、手は温かいが、これも程度を越えると、手足が火照るという症状が生ずる。

とくに火照りは、就寝前に意識する。というのは人間の体温は、日中活動時には高値にセットされており、脳内温度も同様に覚醒状態が続くにつれて高くなる。しかしこの状態が続くとやがて脳内はオーバーヒートを予防するため、意識を鈍化させることで脳内血流量を減少させようとして眠くなる。

脳内血流量の減少をさせるための方法として効率的なのが、手掌や足底から放熱で、その結果として手足のほてりが生ずる。この対策にはアイスノンなどを首の下に置く方法もあるが、これを中断すると余計ほてるかもしれない。
関節症の治療は一般的に温めるが、近年では非常に低温の冷気を吹き付ける治療がある。これは一旦、冷やすことにより、二次的な生体反応として温まる反応を利用しており、この反応は深部も温まり長持ちする。
足がほてる際、足を熱い湯中に入れた後、まもなく足のほてりを感じなくなることを経験した。つまり足のほてりセンサーの誤作動をリセットするのだろうと思えた。

                    

令和6年11月16日、針灸学校教員メンバーを中心としてベテラン勢4名で国立市「しんさく」で飲み会を実施しました。お題は「一本針伝書」の上実下虚の針についてでした。
写真左から順に、寺師健、似田敦、岡本雅典、筒井宏史(敬称略)。

 


上天柱刺針と下玉枕刺針のねらい目の違い ver.1.1

2024-11-16 | 歯科症状

筆者は以前から上天柱刺針と下玉枕刺針の違いに注目していた。この度、筆者の推測を裏付ける症例を体験したので報告する。

1.上天柱

後頭骨の後下方の下項線には後頭下筋の一つである大後頭直筋の骨付着部がある。大後頭直筋へ刺針するには、C1-C2後正中から外方1.3寸に天柱穴をとり、その上方約1寸でC1-後頭骨間に上天柱(奇穴)から深刺する。上天柱から深刺直刺すると、僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋と入ってゆく。大後頭直筋は、頭蓋骨-C1の屈曲伸展に関与し、頸椎に対する頭蓋骨のブレ防止の機能をもつ。したがって本筋の緊張では動揺性めまいや眼精疲労を生ずることがある。
 
なお天柱穴から直刺深刺する意味は分からなかった。これは天柱が無意味といのではなく、どこに天柱を取穴するかという解釈の違いによるものだろう。


 

2.下玉枕
 
後頭骨の後下部で下項線の上1~2寸上方には上項線があり、頭半棘筋が停止する。上項線から上には、表情筋としての前頭-後頭筋があるだけで、頸筋はない。上項線の直下には下玉枕がある。頭半棘筋は、Th3棘突起を起始として後頭骨上項点に停止する強大な筋で、下に向いてしまう顔面を引っぱり上げる役割があり、また頭蓋骨の重量を支持する役割もある。

下玉枕から直刺すると薄い頭半棘筋停止部に入り、その下に筋はなく骨があるのみ。したがって下天柱は深刺はできず、右玉枕からの刺針は、左玉枕方向に斜刺することになる。

1)症例(78歳、女性):慢性メニエール病による項部の強いコリを伴うツマリ感。

2週間に1回、上記症状で長期来院し、上天柱・風池・完骨・太陽・通天に中国針刺針、20分置鍼。治療後は症状大幅に軽減している。現在めまい発作は起きないが、軽度難聴が出現。
ある時、いつもの刺針点とは別の処に鈍痛がするというので、その位置を診ると、左下玉枕であった。浅層に骨があるので、下玉枕を刺入点として右下玉枕方向に1寸ほど刺入、頭半棘筋の停止あたりに、他の治療穴と同時に置鍼20分した。治療後は症状軽減していた。


2)症例(42歳、男性)顎関節症Ⅲb型と後頸緊張症状の症例報告


①現病歴
5年ほど前から辛くてどうしようもなくなると当院に来院するようになった。現在、年に数回来院する。主訴はいつも同じで、左顎関節の動きが悪く後頸部痛があること。開口すると、左顎関節が詰まり、滑らかに動かないという。開口時のクリック音なし。左顎関節症Ⅲb型と判定した。

顎関節円板の慢性的な脱臼に対する針灸治療は、下関から聴宮方向に斜刺深刺し、外側翼突筋上頭の顎関節円板に付着するあたりを狙うのが私の治療パターンになる。寸6#2で実施すると反応が弱かったので2寸#8の針で刺し直した。10秒ほど置針すると、ちょうど悪い処に響いているとの訴えがえられた。5分間置針して抜針。

※下関から直刺深刺すると外側翼筋下頭刺激になり、Ⅰ型顎関節症による開口制限によく効く。

すると今度後頸部の頸板状筋あたりがつらいというので、下風池(C2棘突起下外方1.3寸)から直刺。ちなみに頭板状筋は、C1C2間の回旋機能を担当している。
その直後から、後頭下部がつらく感じると訴えた。そこで座位にして私の常套法である上天柱部深刺を行った。たいていの患者は、この治療で満足するのだが、本患者は面白いことに「そこが頸筋の最上部ですか?」と言った。私は「さらに上方にも筋があるから、そこに刺針しますか?」との質問に、「やってみて下さい」ということで、下玉枕から頭半棘筋停止に向けて刺入、直刺すると骨にぶつかるので、対側の下玉枕へと斜刺した。10秒ほど置針していると、「頸が次第にゆるんでいるのが分かる」と言った。結局この患者は、この針で満足したようだった。


②症例を通じて学んだこと


以前から顎関節と頸椎には密接な関係があることを、整体やカイロプラクティック分野で指摘されてはいたが、内容が宣伝に偏り、エビデンスも不十分なので距離をおいていた。ただ本症例の治療を経験してみて、両者間に関連性のあることが理解できた。その理論的背景には次のものを発見した。

a.開口すると、C2に対してC1が前方に辷るとされ、顎関節症で円滑に開口できない場合、C1C2間の歪みは大きくなる。すなわち顎関節症は上部頸椎アラインメントを乱す方向に働くようだ。


b.頸椎と頭蓋骨の接合部を支点とすると、頭蓋骨の重心はやや前方にあるので、この状態では顔が下に垂れてしまう。後頭骨を下方に引っぱる筋があることで頭蓋骨の重量バランスが保たれる。  後頭骨を下方に引っぱる筋とは、後頭下筋および頭半棘筋である。上天柱は大後頭直筋の起始であり、下玉枕は頭半棘筋の起始である。

 


仙腸関節異常の病態生理と針灸治療技法の完成 ver.1.5

2024-11-07 | 腰下肢症状

私はこれまで、何回か仙腸関節刺針についてブログに書いてきた。これは10年以上にわたる学習と臨床の段階的成果なのだが、今振り返ると古かったり、同じような内容を別のところで断片的に書いていたりで、まとめて見ることも難しくなってきた。そこで今回は、仙腸関節刺針について、これまでの報告を整理する一方、過去の断片的内容を削除することにした。


1.仙腸関節異常の概念

整体やカイロの治療で、たびたび仙腸関節の異常が指摘されるが、整形外科ではあまり注目されていない。一部の医師の間ではAKA療法(エイケーエイ療法 Arthr oKinematic Approach 関節運動学的手法)または、博多節夫医師によるAKA博多法が行われている。AKA療法は仙腸関節の隙間を手で広げたり、関節面同士を辷らしたりすることで動かなくなっていた仙腸関節の動きを回復させるようにするものだが、術者自身の手指の感覚で微妙な力加減を要するもので、独学で習得することは難しい。当院にもAKA療法を受けたという患者がこれまでに何人か来院していて、その治療法で改善はなかっととのこと。結局AKAとても万能でないことを示唆するものとなっている。

仙腸関節の遊びは3ミリほどあり、少しグラついている状態が正常である。このグラつきは中腰姿勢で最も大きい。中腰姿勢で腰を捻ったりして異常な外力が仙腸関節に加わると、関節の遊びを越え、関節面は少しずれた状態で固定してしまう。古い雨戸を引っ張り出そうと変に力を入れた途端、雨戸は中途半端な位置のまま、動かなくなるのと同じ状態である。

2.症状

関節のズレた状態そのものは痛みをもたらさないが、間もなく周囲の筋や靱帯が異常興奮し、仙腸関節部に鈍痛を覚えるようになる。人によっては下肢の大腿部や足首に関連痛を感じ、むしろ関連痛部位を苦痛として感じる者がおり、診断を難しくさせている。

3.診断

ただし関連痛部位には圧痛所見はないこと。仙腸関節部に顕著な圧痛(これをワンフィンガーテストとよぶ)があること。静的腰痛(同じ姿勢を続けていると痛む)であることなどから、本症であることを推察できる。なおパトリックテストは正常であることが大部分なので参考にならない。
要するに神経学的に説明のつかない下肢症状とワンフィンガーテスト圧痛(+)であれば、仙腸関節機能障害を疑う。そして仙腸関節部を刺激して症状が改善することが治療的診断になる。



4.私の針灸治療の発展

1)初期:患側下の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針

脊柱骨盤模型で観察すると、仙骨腸関節は意外と深い処にあり、その関節刻面は台形になっていることを再発見した。骨盤背部から仙腸関節関節面に刺入するには、左右の上後腸骨棘と同じ高さにある仙骨棘突起を結ぶ直線の中点を刺入点とし、外下方に斜め45度方向に4~5㎝入すればよいことを確認した。なお鍼をその角度で刺入するには、患側を下にした側臥位またはシムス肢位で実施するのがやりやすいので、この方法で実際の仙腸関節機能障害を疑う患者に試してみた。

この刺針でうまく症状部に一致した再現痛が得られれば効果大だが、響かないことの方が多く、この場合には治療効果はほとんど得られなかった。


2)改良その1:患側上の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針

前記の方法でなぜ効かなかったのかを考えてみると、仙腸関節に力学的ストレスが加わらず、この周囲筋が緩んだ状態になっている処に刺針してはダメだと思い、今度は仙腸関節刺針に運動鍼を併用するため、患側上の側臥位で仙腸関節刻面(正確には骨間仙棘靱帯)への刺針(置針10分)に替えてみた。この体位で仙腸関節に入れるには、切皮した鍼を斜め上前方45度の角度で入れる必要があって、多少面倒だったが、慣れてくるとスムーズにできるようになった。

さらに所定の処に鍼先が達した後、患側(上になった下肢)の大腿前面を自分の腹に近づけ、そして遠ざける自動運動を10回実施させた。この時、仙腸関節は少々動くことになり、施術者は患者の動きに合わせて鍼を雀啄した。
この工夫により、治療効果は驚くほどになった。

 

 

 

3)改良その2:股関節屈伸自動運動から、股関節外旋運動への変更

仙腸関節の動きは、大腿前面を腹に近づける動作(股関節屈曲)よりも、側臥位で横になった大腿を立てる運動(股関節外旋)の方が、より大きいのではないかと考え、股関節外旋自動運動に変更した。「殿と踵を動かさないように固定し、膝を立てたり横にしたり」と説明して、患者の足首を押さえながら膝を立て、再び横に戻すという動作を指導するとよい。なお刺針自体は前記と同じである。
この運動方法に変更して、治療効果が改善したとは思えないが、前記の大腿屈伸運動は、当院のようにベッドが壁に寄せて設置している場合には、施術者側にもっと近づいて横になるように体位変更が必要となることあって、少々面倒だった。これが解消できたことは実地面で助かっている。


3)改良その3:後仙骨靭帯刺針(村上栄一・黒澤大輔両氏による)

十年ほど前、私はMPS研究会に入会していた際に知った技法を紹介する。
これまで主に骨間仙棘靭帯を、仙腸関節痛の原因としてきたが、最近になって仙棘靭帯よりも後仙骨靭帯の関与の方が大きいとの説が出てきた。これまでの自分のやり方で、十分な治療効果を得られてきたので、それ以上の刺針技法は不要だと思ったが、手持ちの切り札は多いに越したことがない。そこで後仙骨靭帯刺激に応じた手法を検討することにした。
骨間仙棘靭帯刺針で効果の薄い症例に対しては、やや後正中よりに斜刺し仙骨面にぶつけるような針をしてみたい。

ベッドの手前に立たせ、両手をベッドの上において、上体を30度屈曲位置で安静させる。仙腸関節上内方から斜め外下方に23Gブロック注射 針を入れて、骨間靱帯に入れる。痛みが症状部に放散すれば成功。この後に局麻液を注射する。



最近、2ヶ月来の左上殿部~大腿外側という症例を経験した。先ずは患側上の側臥位で2寸針を使って患側上の仙腸関節運動鍼法を行ったが、患部に響かせることはできず、治療効果も乏しかった。そこで今度は村上栄一・黒澤大輔両氏の立位前屈30度で、両手をベッドにおく姿勢で鍼灸鍼で刺激してみた。すると患部にズンと響かせることができ、症状も非常に軽減した。
    
立位状態前屈位で仙腸関節を刺激する方法は、仙腸関節周囲の筋や靱帯が張り詰めた状態にあるせいか、従来の私の方法に比べ、症状部に響きを与えやすい印象をもった。本法では2㎝ほど斜刺すると抵抗のある組織に当たるが、抵抗ある中を刺入していき、症状部に響きを得ることができれば成功である。   



最初は、立位前屈では、ベッドの横で、ベッド向きに立たせ、両手掌をベッド天板につけるように行ったのだが、これでは効果が劣った。ベッドに両手をつけさせるのではなく、ベッドは無関係で、できるだけ深く前屈させ、手は患者本人の膝~下腿にもってくるように変更した。この肢位にさせた状態で、患側仙腸関節に1㎝間隔で2寸#8中国針を3本刺入、雀啄10秒実施し抜針。このように刺針体位をマイナーチェンジしたことにより、つらかった腰仙部鈍重が、急激になくなるのだった。十年以上の試行錯誤で、ついに完成形に達したと思った。

 

6.仙腸関節矯正手法  

前述した鍼の技法は、仙腸関節に溜まった筋痙攣や疼痛を、針によって一過性に軽減するものであって、あくまでも対症療法である。本治法は、仙腸関節のズレたまま固まった状態を、ズレのない状態に戻すことであるが、仙腸関節の筋や靭帯を針で緩めている状態であれば、何かのきっかけでロックがはずれて正常に復しやすくはなるだろう。そのきっかけをつくるのが次の仙腸関節ストレッチ体操である。

1)左右の仙腸関節を開くための徒手矯正


 

仙腸関節を背面からみると、仙骨は腸骨にハの字型にはめ込まれている。仙腸関節は上体を前屈する(これを仙骨前傾とよぶ)と少し緩むので、前方(腹側)に動きやすくなる。また上体を反らす(仙骨後傾)ときつく噛み合うことになる。仙腸関節のズレの多くは、上体前屈時の仙腸関節が緩んで関節が動きやすくなった時に生ずる。

 

2)仙腸関節のひねり是正の徒手矯正

積極的に仙腸関節のひねりによるゆがみを矯正するには、健側下肢を引くようにベッドに載せ、下腹を突き出すような重心移動を行う。この姿勢を1回1~3分間保持する。(最初は1分間くらい)この場合、健側の右仙腸関節は締まる動きとなるが、左仙腸関節は開く動きとなる。

 


 

3)骨盤矯正ゴムベルト療法(商:リフォーマーベルト)

リフォーマーベルドはそれなりの効果があるが、XL・L・M・Sとい4種類のサイズが市販されていて、常時ラインアップを揃えておかないと肝腎な時に役立たない。送料の関係で不足分を一枚だけ買い足すことは割高になり、面倒なので当院では取り扱いを中止し、前述したような仙腸関節徒手矯正を行うことにした。どうしても必要な場合、患者自身ネットで注文するようにお願いした。


①生ゴムでできたバンドを、左右の上後腸骨棘を中心軸として覆うように巻きつける。
②腸関節の上に親指を入れ動かせる程度のきつさにする。
③肩幅程度に足を広げて立つ。腰を水平に、大きく円を描くようにゆっくり回す。朝晩2回、左回しと右回しをそれぞれ50回行なう。腰を回す時、膝をあまり曲げず、足を浮かさず回すのがコツ。運動時以外はゆるく巻いておいてもよい。就寝時はベルトをはずす。

 




 


成書にみる便秘の局所治療穴

2024-11-05 | 腹部症状

 まずは便秘の基本的分類を示す。

この分類で、針灸適応となるのは痙攣性便秘で、これは過敏性腸症候群の便秘型でもある。
過敏性腸症候群の便秘型は、大腸運動を支配する迷走神経の過緊張のため腸が痙攣し、下方に押し出せない状態。いわば急性便秘の状態で腹痛(+)。兎糞便(コロコロと硬い)。グル音増強。左下腹のS状結腸部に強い痛みがあるなどの症状や所見がみられる。尿路結石や胆嚢症での、中腔器官の痙攣による痛みは針灸でも効果あるのと同じで、痙攣性便秘も針灸の適応になる。

弛緩性便秘は、腹痛(-)で本人にも切迫感がない。基本的に慢性便秘であり、大腸刺激作用のある市販の便秘薬を使っている者も多く、いわば刺激されることに慣れていて、針灸も反応しづらい。針灸が
効きづらいのは直腸性便秘も同様である。糞便が直腸に入ると、直腸内壁が伸張しその刺激は骨盤神経を経て脳に伝わり便意を感ずる。しかし排便を我慢する ことが習慣になっている者は、機械的な刺激によっても便意を感じにくくなる。直腸を刺激しても、その刺激が脳に達しないので便秘が起こらないのである。
木下晴都は、便秘の針は難しく、針灸が奏功したとしても一回の排便させる効果しかないと記している(最新針灸治療学)。

効く効かないとは無関係に、私の所有している針灸書から、便秘の治療穴について書かれているものを整理してみた。この類の作業は、これまで何回となくやってきた。同様のテーマの前作は< 便秘に関する局所針灸治療点の検討 ver.3.0>  だったのだが、新たな知見があったので新たに書き改め、前作は破棄した。

           


    1.腰部

大腸の上行結腸と下行結腸は後腹膜に固定されていて、腰部後壁と大腸間に後腹膜は存在しない。この臓器を刺激するには、腹部ではなく腰部からの刺激が適する。
一般的に上行結腸は便秘の治療点とならず、下行結腸刺激を刺激目的では、左大腸兪・左腰宜(ようぎ=別称、便通穴)などを刺激する。これらの穴から刺針すると、腰部筋→後腹膜→下行結腸に入る。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(Th12~L3の高さ)があるが、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜上縁(L4の高さ)から実施することで、腎臓への誤刺を回避できる。 

1)便通穴=左腰宜(ようぎ)   

L4棘突起左下外方3寸。起立筋の外縁で、腸骨稜縁の直上に腰宜をとる。木下晴都は、左腰宜を便通穴と名付けた。やや内下方に向けて3㎝刺入するとある。腰方形筋→下行結腸と入っていく。ただし3cmm程度では下行結腸に達しないかもしれない。横突起方向に斜刺すれば腰仙筋深葉の広範な響きは得られるだろう。

森秀太郎著「はり入門」での刺針深度は「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。
代田文誌著「針灸治療の実際」には、「便通外穴」の記載がある。本穴は、木下晴都の便通穴の外方3cmでL4棘突起下の外方8cmとしている。


2.腹部 


1)天枢


森秀太郎が便秘の治療で最も重視しているのが天枢への雀啄針だった。森の天枢刺針は、臍の外方1.5寸を取穴(教科書的には臍の外方2寸)、15~30㎜直刺する。針は腹直筋→大網→壁側腹膜→内蔵側腹膜→腸間膜→小腸と入ることになる。

中国の文献には、天枢から深刺した場合、下腹から下肢へ引きつれるような針響を得て初めて効果が出ると説明したものがある。大網と臓側腹膜には知覚神経がないことから、この響きは壁側腹膜(体性神経とくに肋間神経)ないし腸間膜刺激となる。なお腸間膜の知覚は迷走神経支配だとする文献があった。 肋間神経を刺激しても下肢への引きつれるような針響を得ることは難しく、この下腹から下肢へ引きつれるような針響というのは腸間膜刺激になるかもしれない。刺針目標が腸間膜だとすれば、かなり深刺が必要だろう。

2)左四満 

       

学校協会教科書の四満は、臍下2寸に石門をとり、その外方5分としている。柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では臍下2寸に石門をとり、その左外方1寸の部としているので、ほぼ同じ位置とみなしてよかろう。

素霊は「実証者の便秘には、2~3寸#3で直刺2寸以上刺入して上下に針を動かす。この時、患者の拳を握らせ、両足に力を入れしめ、息を吸って止め、下腹に力を入れさせる。肛門に響けば直ちに息を吐かせ抜針する」
「虚証者の便秘には、寸6#2で直刺深刺。針を弾振させて肛門に響かせる。この時患者の口は開かせ、両手を開き全身の力を抜き、平静ならしめる」と記している。つまりは導引と思える技法を併用している。    
四満移動穴刺針は、解剖的には天枢と同様、腹直筋→壁側腹膜→大網→臓側腹膜→腸間膜→小腸と入る。素霊も「いずれも肛門に響かないと効果もない」と記している。解剖学的には前述の天枢と似ている。

尿道に響かせるには、中極から恥骨方向に斜刺するとほぼ確実に響くのに対し、肛門に響かせるには天枢や左四満足から直刺深刺する(再現性が難しい)という区別があるようで興味深い。
なお、中脘の位置は胃と横行結腸の中間あたりになるようだが、横行結腸はぶら下がって位置が移動するため、意図して横行結腸に針で当てるのは難しい。


3.左鼠径部

 
1)秘結穴   



木下晴都は、標準の左腹結(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待されないと記している(「最新針灸治療学」)。木下の取穴は、仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴すなわち標準腹結より外側になる。3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、針先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。
私は、この針は、腸骨筋刺針になるかもしれないと考えた。下行結腸は深部にあるので、仰臥位で刺入するのは困難である。
腸骨筋は、意外にも骨盤内で広い体積を占めている強大な筋である。この部に糞塊を触知できる弛緩性便秘の治療に使えるだろう。   


2)左府舎

森秀太郎は左府舎は恥骨上縁から上1寸の前正中線上に中極をとり、その左外方4寸で、鼠径溝の中央から一寸上に左府舎をとるという。寸6#6番針でやや内方に向けて10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る(「はり入門」医道の日本社)とある。
郡山七二は、上前長骨棘から恥骨結合までの10cmあまりの鼠径溝から2~3本。3センチ程度入れるとS状結腸に達する(「現代針灸治法録」天平出版)と記している。

下行結腸と直腸は体幹深部にあるが、S状結腸は鼠径部のすぐ下に位置する関係で、脱腸が好発する部にもなっている。左鼠径部からの刺針で、S状結腸に達することができる。


4.仙骨部


直腸性便秘に対して、直腸刺激を考えている。直腸は、大腸の最も肛門に近い部分で、肛門から約20センチメートルの範囲をいう。直腸性便秘は排便は一応正常であるが直腸部に糞塊が残り、常時残便感を強く感じる。


1)会陽刺針の検討

 
結腸~S状結腸は、副交感神経(骨盤神経)により運動支配されているので、S2~S4骨盤神経をねらって、次髎~下髎を刺激してみたが、あまり治療効果は得られなかった。そこで
支配神経に働きかけるのではなく、鈍感になった肛門挙筋(体性神経である陰部神経支配)を直接刺激をしたら効果あるかもしれないとの発想から、会陽穴からの刺針で肛門に響かせることを試したことがある。会陽は激は一般的には内痔核で頻用するツボになる。

しかし会陽から体幹上方に直腸の長さとなる10~20cmも刺入することは現実的ではない。したがって直腸壁に直接刺針する方法はないと考えるに至った。

 

 


「秘法一本鍼伝書」にみる急性淋病の針治療について

2024-11-03 | 泌尿・生殖器症状

1.淋病の名称由来

淋病の英語名は gonorrhea で、(勃起することなく)精液がどくどく流れるという意味。これは外尿道口から膿が大量に出ることから名付けられた。日本語の淋病は、尿道の強い炎症のために内腔が狭まり、小便の勢いがなくなり木々の葉からポタポタと雨が滴り落ちるのを表現したもの。女性の淋病では、おりものの増量や不正出血、下腹部痛、性交痛などが現れることもあるが、半数以上は自覚症状が出ない。

江戸末期、荻野吟子は富豪の息子と16歳で強制的に結婚させられたが、放蕩だった夫から淋病をうつされた。以来
排尿開始時の激痛となりウツ状態となり、これがきっかけで18歳で離婚、実家に戻された。その後、i淋病の治療を入院を含めて続けたが、男性医師に性器を診察されるのが非常に苦痛で、せめて女性医師ならばという願望が生まれた。明治初期は、そもそも女性が医師になる道は閉ざされていたが、この逆境をバネとして、女性の医学の進出の道を自ら切り開き、35歳でわが国で女性初となる医師免許を取得した。東京の本郷で婦人科「荻野医院」を開業したが、人々に奇異な目でみられ経営にも苦労が絶えなかったという。(荻野ぎん「日本医家伝」吉村昭、講談社、2002.1.13)


2.かつての淋病の認識


柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の中に「急性淋病の鍼」の記述がみられる。

淋病(=淋菌性尿道炎)は、性病なので針灸で治るとは到底思えないが、本書が発刊したのは1946年4月であり、実際の執筆は当然それ以前になる。淋病の治療薬ペニシリンが我が国に普及したのは1940年代なので端境期となり、情報が混乱していたのだろう。当然ながらペニシリン以前にも、性病に対していろいろな治療が行われていて、その中に針灸も含まれていたことだろう。抗結核剤が開発される以前、肺結核の治療に灸治療が行われ、ある程度の治効果があったことが知れるが、これと事情は似ている。代田文誌も青年期に、肺結核に侵されたが、養生・精神修養・信心そして薬草と灸療によって健康体にまで回復できた。

ペニシリンが発明される以前の西洋医療でも、水銀を飲んだり水銀蒸気を吸引したりする治療が行われた。水銀は銀色に輝く液体ということで神秘的な力を秘めた物質とみなされたらしく、また水銀は殺菌効果があるため、疥癬などの皮膚病には確かに効果もあったから、同じく皮膚の損傷を起こす梅毒にも適用できると考えられたのだろう。
水銀による治療では、流涎や下痢が出現するが、これが体内の毒物を排出するのに有効だとされたが、実際に流涎や下痢は、水銀中毒そのものの症状である。中毒による中毒死が起こるので大変危険な治療だった。


3.膀胱炎症状と鑑別すべき疾患

1)膀胱炎がいつまでたっても治らないという場合、膀胱炎以外の疾患を疑う必要がある。膀胱炎類似疾患には膀胱炎の他に、前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
    
2)膀胱炎で鑑別すべき疾患には、膀胱炎・前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
膀胱炎の3大症状は、①頻尿・②排尿終了時痛・③尿白濁(死滅した白血球)である。排尿終了時痛は、炎症を起こした膀胱が排尿により急激に縮まり、排尿終了時に染みることによる。

淋菌性尿道炎は尿道の強い炎症のために、尿道内腔が狭くなり痛みと同時に尿の勢いが低下する。

膀胱炎の場合、尿道口から白い膿が大量に出るということはなく、尿を容器に入れて観察すると白濁している。この白濁は細菌尿による。
淋病の類似疾患にクラミジアがある。どちらも外尿道口からの細菌の侵入による尿道炎で、ともに性病。どちらも菌の種類が異なるだけで、症状はほとんど同じ。

※梅毒は膀胱炎と全く異なる症状で、痛むことはないので、今日では針灸に受診することはまずなかろう。


3.一本鍼伝書「急性淋病の針」について


1)一本鍼伝書の内容


本書には次のように記述されている。仰臥位で両脚を伸展、身体に力を入れさせる。刺針時は口を閉じ鼻で呼吸し、拳は握る。伸展した脚に力を入れさせる。中極~関元から下方に向けて斜刺。吸気時に針を進め、息を止める。その後に徐々に息を吐かせる。
針響は、尿道に響くをもって度とする。
おおよそ1寸~1寸6分で響く。響けば抜針する。長く強く刺激すれば萎陰症になることがある。寸6ないし2寸針。1~2番針。

       

 

中極ないし関元から下方に向けて斜刺して尿道に響くことは膀胱炎やEDの治療としてよく使われる。響く理由は、陰茎背神経(陰部神経の枝)刺激と思えるが、陰茎背神経は、恥骨の下にもぐって走行しているので、針先を恥骨裏にもっていっても、針先は陰茎背神経に達しないようだ。陰茎背神経の細い枝が下腹部分布しているのだろうか? 
なお
<中極に針すれば陰茎背神経に放散する>との記載を発見したのは、七条晃正著「電探による針灸治療法」医道の日本社、昭35年4月1日刊(絶版)であった。ただし実際に尿道に響かせることは難しくはない。
この針治療は、標準的な急性膀胱炎の針治療であり、素霊のいう急性淋病の針は、実際は急性膀胱炎の針といえよう。淋病の排尿終了時痛に対しては、戦前は効果的な治療法が乏しい中にあって、症状を一時的に軽減する程度の価値はあったのだろう。 前立腺肥大の初期の排尿困難に対し、中極の針がある程度効果があるのと同じである。

七条晃正(てるまさ):明治43年生まれ、医師。平田氏十二反応帯を利用した治療を実施した。また七条式灸点探索器を開発した。


2)膀胱炎の針灸治療理論


膀胱壁過敏症状に対して、この支配神経興奮が症状をもたらしているのだから、この神経痛を鎮痛させてやれば膀胱炎も治まるはず、という論理である。
ただし膀胱炎は細菌(多くは大腸菌)感染症である。針灸は細菌感染に対処できるはずがないはずなのに、効果的だという事実がある。
この理由として、代田文彦は冷えやストレスで膀胱が血行不良になり、免疫力低下したところに常在菌である大腸菌が悪さをするという風に説明した。そして膀胱が血行不良になった段階ですでに膀胱炎初期症状は出現している。この段階であれば大腸菌の前感染段階なので血行改善目的で行う針灸は効果がある。しかし尿検査で細菌尿が検出された段階では、針灸よりも抗生物質が効くと語った。


3)針灸の真価


針灸は膀胱炎初期症状に効くだけで、所詮抗生物質より効果が劣るのかといえば、慢性反復性膀胱炎では話が違ってくる。抗生物質の長期連用は耐性をつくるからである。

膀胱炎様症状が出て間もないなら、自宅で中極あたりに灸をすえることで、症状軽減するからである。
私は中極に何壮すべきかを試したことがある。ある慢性反復性膀胱炎の女性患者に対し、最初は米粒大3壮の自宅施灸を行わせたが効果なく、毎日7壮の自宅施灸をさせることで、膀胱炎発症を抑えられた例がある。

 

 

 


口内炎の針灸治療 Ver.1.5

2024-11-03 | 歯科症状

1.口内炎の原因

口内炎とは口腔内にできた炎症の総称で、部位別では舌炎・口角炎・歯肉炎などに分類し、性状別ではカタル性・アフタ性・潰瘍性・壊疽性などに分類する。.アフタ性口内炎は
最も多い口内炎で、口腔粘膜に生じる浅い潰瘍(びらん)のことをいう。直径数ミリのびらんが発生し、しばしば中心に白苔をもつ。周囲に10日ほどで消えるが再発を繰り返しやすい。食に際して痛む。アフタ性口内炎の診断には、単純性ヘルペスとの鑑別が必要である。単純性ヘルペスは数個でき、微熱出現する。なおベーチェット病では直径1㎝ほどの大きなアフタができる。

1)創傷性
       口腔の傷+唾液量減少 →  細菌を洗い流せず口内細菌増加→炎症→(潰瘍)口内炎
                 ↑
       ストレス・新陳代謝減少→口腔粘膜の新陳代謝低下→口内炎

口腔の傷の原因は、歯ブラシで傷つけたり、歯で粘膜を噛んだり、魚の骨などが刺さるなど。口内炎患者の口腔内では、常在菌が繁殖して炎症を起こしている。多くの場合は、唾液によって細菌が洗い流され、口内炎になる前に傷が治癒するのだが、唾液分泌が減少して口腔内乾燥すると口内炎になりやすい。

口の粘膜は絶えず新陳代謝で再生してるが、疲労やストレス時ではで新陳代謝が低下し、口内粘膜の代謝も減少し、悪化するとアフタができる。

口腔内乾燥の原因の一つに、声の出し過ぎや女性ホルモン不足がある。
更年期にみる口内炎を、とくに「更年期口内炎」とよぶ。


2)ビタミンB群不足


口内炎に対し、内科医では、まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(チョコラBBなど)を投与するという。

(ビタミンB2不足→口角炎、ビタミンB6不足→舌炎、口内炎)
または口内細菌を殺す目的でトローチを投与。
ビタミン不足が原因で、口内炎になるケースは、1~2割とされ、当然ながらビタミン不足でない者にビタミン剤を使うことは無意味である。まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(B6やB2)を投与。口内細菌を殺す目的でトローチを投与することもある。

※腸内細菌はビタミンB1、B2、B6、B12を合成するので、他疾患治療のための抗生物質の長期投与や下痢症では腸内細菌を殺すことになる。



3)免疫力低下


睡眠不足、過労、ストレスなど。ほかに抗生剤、ステロイドの長期服用による。



2.重篤疾患との鑑別


1)ベーチェット病

口内炎で重要なことは、単独で捉えてよいのか、それとも全身性疾患の部分症状なのかという点である。全身性疾患の代表に更年期障害とベーチェット病がある。
ベーチェットでは直径1㎝ほどの巨大なアフタ性口内炎が初発する。
 
2)口腔癌
口内炎から癌に進行するわけではないが、癌の初期状態に、口内炎によく似ている白板症(はくばんしよう) や紅板症(こうばんしよう)といった病変がある。

3)梅毒第一期
感染1ヶ月後→粘膜潰瘍(口内炎や外陰部、肛門部)3mm~3cm大が出現。痛み(-)なのが特徴。 1ヶ月後に自然消失。


3.口内炎の現代医学治療

傷や潰瘍で細菌が繁殖→白血球など免疫細胞が戦いを始める→この戦いで組織が破壊されることが炎症、すなわち痛みとなる。すなわち、口内細菌の繁殖を抑えることが根本的な治療になり、その他の治療は対症療法になる。したがって再発予防法といったものはない。


1)うがい
殺菌成分入りのうがい薬(イソジンなど)や洗口液を使ったうがいが効果的である。
20秒間のうがいを3回すれば、口内細菌量が1/10になる。

2)ステロイド系の塗り薬
免疫を抑制し、痛みを和らげる働き→原因をなくすのではなく、症状を緩和させる作用。病院で処方される口内炎の塗り薬の大半がこのタイプ。代表藥はケナログ。口内炎により、痛くて食事ができない場合、とりあえず痛みを抑える意義がある。

3)その他の殺菌・消炎成分入りの塗り薬
大半が市販薬がこのタイプ。塗った場所だけの局所的な殺菌効果である。

4)外科的治療
かつては口内炎部を硝酸銀で灼焼する方法が用いられたが、最近ではレーザー照射がこれに代わった。粘膜を灼焼して痂皮をつくり、外部刺激を遮断することで鎮痛を図る。口内炎部を、すべて痂皮で覆えば鎮痛できる(不完全では痛みは取れない)
  

4.口内炎の針灸治療


舌や頬粘膜、口腔底の痛みは、舌粘膜知覚刺激の結果であり、これは舌神経(三叉神経第Ⅲ枝の分枝。舌前2/3の粘膜の感覚支配)により中枢に伝達される。他に舌には鼓索神経(顔面神経の枝。舌前2/3の味覚支配。顎下神経節への副交感神経線維)が入る。

   
針灸治療は、項筋緊張緩和→C1~C3神経の鎮静→三叉神経第Ⅲ枝の鎮静→口内炎の鎮痛、という治癒機転を考える。要するに、項部のコリを緩めることが重要である。



1)線香の火の瞬間的接触
 
局所を焼く対症治療で、以前行われた扁桃炎に対する硝酸銀塗布と同じような意義がある。確かに施術直後から痛みを減らすことができる。これはレーザー治療と同じ考えである。
患者は瞬間的に熱く感じる。治癒機転を高めるという効果はあると思うが、口内炎部分を、まんべんなく焼く訳にいかないので、即座に鎮痛はできない(減痛はできる)。

2)交感神経興奮させる目的で、座位での大椎や治喘からの強刺激
   
3)肩髃刺針

長尾正人氏は口内炎の鎮痛に効果があるとして、「肩髃の一本」(医道の日本、平成10年7月号)を紹介している。肩髃穴に、2番針を1㎝ほど刺入、痛みがとれるまで雀啄または10分間置針する。5分以内の置針では効果はなく、7~10分間の置針で、ほぼ確実に数分で痛み消失するという。臂臑よりも効く。

筆者は、数例の口内炎患者に肩髃置針15分間を追試してみたが、明瞭な効果は得られていない。しかし中には「追試して効果があって驚いた」との意見もあった。肩髃刺針の有効性の根拠を推察するに、おそらく頸部交感神経節を刺激した結果、口腔粘膜の血流量が増加して治癒機転が働くのだろうと私は考えている。だとすれば肩中兪からの深刺でも同等の効果が得られると思われる。
 

4)ハスの灸

家伝の灸として「ハスの灸」が知られている。ハスとは長野県北部の狭い地域にみる方言で、化膿姓疾患のこと。植物のハスのことではない。歯バッスとは急性歯肉炎のことをいう。抗生物質のない時代のこと、当地域では「ハスには刃物を見せるな灸で治せ」といわれていたという。ハスの灸の取穴は不明瞭な部分はあるが、歯痛側の肩骨(=肩峰?)の前方2寸の圧して痛む処(肩髃?)。さらに(肩骨から?)背骨に向かって3寸の圧して痛む処(肩髎?)の2点である。この2カ所に米粒大の固ひねりの艾炷を2点交互に時々灰をとりながら20壮以上すえる。一言でうなら肩関節周囲の圧痛点への多壮灸治療で、除痛効果・排膿効果が期待できるという。(池田良一「家伝の灸-ハスの灸」歯肉炎の灸 全鍼誌 51巻3号 2001.5.10)

私は口内炎に対する肩髃の鍼の効果について、懐疑的であったが、ハスの灸の存在を知ることで、今では肩関節と口内炎・歯肉炎の顆に関連性があるようだと考えを改めるようになった。


5)口角炎に対するせんねん灸

1週間前から右口角炎となった。食事をすると口を大きく開けると痛み、かさぶた破けるので治癒なかなか軽快しない。口角炎には灸がよいことを思いだし、せんねん灸(息吹)を局所にすると、気持ち良い熱感を感じたので、もう一壮実施。直後から開口時の痛みは半減した。 
   


歯周病に対する局所刺針の方法と女膝の灸 ver.1.9

2024-11-02 | 歯科症状

.現代の歯周病の診療

1)歯周炎の原因
   
①老化:30才を過ぎれば、誰でも多少は歯周炎は生じている。歯周炎の最大要因は老化。他に、強く咬む習慣など。

②糖尿病:糖尿病では口内の血流も悪くなるので唾液の分泌も減り、歯垢がつきやすくなるで、細菌易感染から歯周病を悪化させやすい。歯周病になると歯周ポケット内の歯垢部細菌を白血球が退治しようと集合する。集まってくるが、この時、白血球が歯周病菌の出す毒素に触れることでTNF―αと呼ばれる物質を放出する。TNF―αには血液中のインスリンの働きを妨げてしまう作用がある。歯周病の治療をすると血糖値も少し改善する。

2)歯周炎の症状

歯肉のむずがゆさ、歯肉縁の発赤と出血、唾液粘稠性の変化、口臭といった症状を生ずる。   
※歯垢(=プラーク)が歯の表面ではなく歯周ポケットにできると細菌にとって格好の住み家となる。
     歯槽膿漏の治療として歯石除去は基本である。歯石とは歯垢が石灰化して固くなったもの。

3)歯科での歯周病の治療と予防
  
①歯磨きブラッシングにより歯肉マッサージをすること。歯ブラシすると血が出るところ、押圧して痛みがあるところを重点的にラッシングする。毎日行うことで、歯茎を引き締め、歯磨き時に出血しにくくなる。歯磨きは、歯周病の原因菌数を減らすことが目的であって、原因菌を完全に消し去ることできず、再発を繰り返しやすい。効果不十分であれば外科処置となる。
  
②歯石を取り除く。歯垢(プラーク)は放置しておくと次第に硬くなり硬い歯石になる。歯を取り除くには、デンタルブラシやデンタルフロス(フロスとは細い糸の集合体)を使い、歯磨きブラシだけではとれない歯間の歯苔を除去する。
  
③糖尿病があれば、その治療を行うことが歯周炎の治療にもなる。


2.歯周病に対する鍼灸治療

1)江戸時代以前の歯科治療方針

①耐え難い歯痛では抜歯

当時は麻酔などなかったから、冷やしたり痛み止めの漢方薬を虫歯に塗布したりして何とか我慢した。どうしても我慢できないほどの痛みは抜歯する他なかった(当然無麻酔で)。ただし徹底的に我慢すると歯や神経が崩壊して痛みはなくなるという。


②歯茎の腫れや出血では歯肉を切って血や膿を出した  

江戸時代の歯槽膿漏の治療法は、腫れた歯肉に鍼を刺し、膿を出す孔を開けることで鎮痛させたという記録がある。孔から膿を逃がすことが治療の一つとして選択された。
江戸時代以前、「おでき」は熱毒が体内にとどまり、外に逃がせない状態と考えられた。外に出すには皮膚に鍼で孔を開けたり打膿灸で膿ませて膿を出すことだった。桜井戸の灸(面疔に合谷の多壮灸)というのは、顔面にできたオデキの毒を合谷から排膿させるという治療原理である。これは桜井戸の灸に限らず、打膿灸の治効原理になる。


③虫歯地蔵への参拝

江戸時代以前には、虫歯の痛みをなくしてもらおうと、虫歯地蔵も各地に建てられた。煎った大豆を供えて平癒を祈ったという。煎ると殻が割れるが、その割れ目から歯中に入った虫を外に外に逃がそうとする願いがあったと思われた。

私は令和3年の5月初旬に、奥多摩にハイキングに出かけたが、旧五日市街道沿いに虫歯地蔵尊を発見して少々驚いた。質素な石仏だった。


 

3.現代の歯科の鍼灸治療

1)歯肉に対する直接刺針

周炎に対する現代歯科での治療は、歯石の除去と自宅での歯ブラシでの入念な歯肉マッサージと歯間ブラシの使用であって、現代に至っても特効的な治療方法があるわけでない。歯肉に物理的刺激を与えるという意味で歯肉に対する鍼灸局所治療は、次のように行う。

①どこが腫れているのかを患者に聴取、その圧痛部を患者自身の指頭で指示してもらう。
②術者はその圧痛を確認後、1番針を使って圧痛点から数本直刺し、顔面皮下組織→口腔前庭→歯肉→歯槽骨と入る。
 しっかりと押手を強くして刺入していくと、簡単に歯肉部に響かせることができる。
③歯肉の血行促進を目的に単刺するか、雀啄により患部に軽く響かせた後、置針するなどの施術を行うのが普通

※圧痛点は口裂の上下一横指の頬部や下顎部に出現する。
下図は、木下晴都「最新鍼灸治療学」からの転用だが、上歯の反応点は外鼻孔の高さであり。下歯の反応点はもっと顎に近い部位になるだろう。私が考えた施術点の図を後に加えてみた。

 


2)歯周炎に対する女膝の灸

①女膝の位置と灸治法

歯周病に対する特効穴としては、女膝(じょしつ)が知られている。女膝は女室と表記することもある。このツボの位置は、アキレス腱停止部にあり、歯茎との関係は不明だが、形が似ているものは何かしらの関係性があるとする東洋医学的整体観から考察すると次のことはいえるだろう。踵骨を後からみると、前歯と似た形をしている。歯は上半分が歯肉から出て、下半分は歯肉に埋まっている。その境界の歯茎から血や膿がでるのが歯槽膿漏ならば、その境界部分こそ患部であり、位置関係を踵骨に当てはめれば、女膝に相当することになるのではないだろうか。


江戸後期の浅井惟亨著『名家灸選』の中に女膝の記載がみられる。現代文に訳すと次の通り。
骨槽風(=歯槽膿漏)を治する法:足の後かかとの赤白肉の際で、女膝とよばれているところ。左右に各50壮灸すると、一ヵ月にして効き目がある。かって歯茎に孔があき、膿血がだらだらとたれていた者を救った経験がある。
 
山本俊男「鍼灸特効穴一発療法」源草社 1999.5)では次のような記載がみられる。
女膝施灸時の体位は、患者を伏臥位にさせ、足関節を最大限に底屈、踵後方にできる皺あたりを指で探ると、踵骨の上際中央付近に小さな凹みがあって、症状を持った患者であれば、顕著な圧痛があるので、ここが灸点になる。毎日10壮ずつ施灸すると炎症が治まってくる。
 
この文章から女膝の位置を推定したのが下図である。伏臥位で足関節を底屈すると、踵骨後部にる凸部やアキレス腱停止部である踵骨隆起が触知しやすくなる。

②女膝の名称

「膝」とは今日でいう膝関節に留まらず、折り畳んだ部分を「襞(ひだ)」とよびどの関節であっても膝とよんだという説が有力である(ネット「語源辞典」より)。女膝穴は足関節部にあるが、ここを膝と呼んでも差し支えない。

歯周病は、女性の方が男性よりもかかりやすい。掛かりやすい。その原因として考えられているのが、プロゲステロンやエストロゲンなどの女性ホルモンである。女性ホルモンには、歯茎の腫れや出血を起こしやすくする性質がある。女性ホルモンの分泌が増えるのは、初潮を迎えた頃や妊娠中で、ホルモンバランスが乱れるという点からは更年期も歯周病にありやすい。特に更年期は、口内での唾液の分泌量が低下して口の中が乾きやすくなるので、歯周病の進行がより一層進みやすくなる。以上のことからとくに「女」膝という名称になったと考察した。

正座のことを女膝ということがあるという。男膝との熟語はないようだが、正座以外の楽な姿勢で座ることだろう。正座姿勢では、足関節は強く底屈している状態なので、女膝穴の取穴に適しているといえるのではないか。


③女膝が水毒を治す


女膝は水毒を治すとされる。歯茎が腫れている状態を浮腫と捉えると、女膝の適応症と考えることもできる。

肩が凝ると歯が浮く感じがする者がいるが、頸肩のコリの治療が歯肉に対する治療に関係する場合がある。この場合は肩井や天柱などに対して鍼灸を行う。しかし頭蓋骨後面と踵骨後面を相似形と考え、天柱の代わりとして崑崙に施術するという考え方もある。崑崙と女膝は非常に近い部位にある。

4)女膝への透熱灸の効果(細江久美子氏)

女膝への灸が効果あるとすれば、それはどのような感じなのだろうか。疑問に感じていた時、代田文彦監修、日産玉川病院生情報会著「針灸臨床生情報②」の中に、「女膝の施灸で歯肉が引き締まる例(45才、女性)の症例報告を発見した。かいつまんで紹介する。

数年間から歯槽膿漏で歯のグラツキ、歯肉がブヨブヨする感じがあった。症状は右側に強い。歯科治療は受けているが歯槽膿漏に対しては効果は乏しい。胃腸機能を高める全身的治療に加え、最後に女膝へ透熱灸を行った。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時、歯槽膿漏の具合を聴取すると、「歯肉がギュッと締まって、歯肉が少しピンク色になった。リンゴもかじることができた」とのこと。今回も女膝に透熱灸を実施。この治療直後も歯肉はピシッと引き締まった。ただしその効果の持続性は長くない。毎日施灸を続ければ効果が長くなるかもしれない。

 

5)膀胱炎に対する女膝の灸
松本丈明著「膀胱炎の針灸治療-女膝について-」日鍼灸誌、23巻3号(昭和49.7.15)には、膀胱炎に対して女膝の灸が効果あった旨が記載されている。一般的治療としては寸6#3針で曲骨(実際には曲骨と中極の間)を刺針点とし、恥骨下をくぐらすように2~3cm斜刺し、針響が尿道に感ずる程度に刺入する。これと併用して、排尿痛に対して女膝の灸(米粒大7~15壮)をする。女膝の取穴は、踵部中央で足甲部と足底部の境界線(赤白内線)の上にとる。女膝の灸は、腹臥位でつま先を立てた状態で行うという。
女膝の灸単独治療が奏功した例として、自分の親戚の女性が、血尿と排尿痛で苦しんでいた際、女膝に米粒大15壮を実施すると、ほとんど即効した例を経験したこと。また急性膀胱炎による排尿時痛、残尿感に対し、女膝9壮を行い、1回治療で排尿痛軽減した例を紹介した。

これまで、私は女膝=歯槽膿漏と記憶していたが、膀胱炎にも効果あることを知った。また女膝の取穴は、足関節を底屈するのではなく、背屈しているという違いもある。両者の共通項は、粘膜充血の改善といえるだろう。

<コメント>
桂蓮アップルバウム(2020.11.11)初めてコメントします。アメリカ住まいのケイレン・アップルバウムと申します。
女膝について初めて知りました。
それに歯茎との関連性も初めて知って,そう言えば、歯茎に炎症が会った時、
足のアキレス腱辺りが冷たくなり、いくら温めても冷気がしたことがありました。
それで、足の裏のマッサージをしたら気がつかないうちに口内炎も起こらなくなりました。

私はその関連性については全く分からずにすぎてしまいましたが、今この記事を読んで納得しました。
記事を全部読むことを目指して今日から頑張ります。4.女膝への施灸で、歯肉が引き締まる例(細江久美子氏)女膝への施灸が、歯周炎に対して実際どのような感じで効果あるのか疑問だった時、代田文彦編、玉川病院生情報会著「鍼灸臨床生情報」②の中に、上述タイトルの症例報告を八件したので、かいつまんで紹介する。45才女性。歯槽膿漏で歯が浮いてぐらつき、歯肉がブヨブヨするとのこと。胃腸機能をためるような全身的な治療を行い、最後に女膝を透熱するまで灸をすえた。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時にその効果を問うと、「歯肉がギュッと締まって歯茎が少しピンク色になった。リンゴをかじることもできた」とのことで、その時も女膝に同様の透熱灸を行った。2診目の治療後も歯肉はピシッと引き締まった。ただし持続効果は乏しい。。肩が凝るとのことで来院。。、

 


柳谷素霊著、「秘法一本針伝書」肩甲間部のコリの針の考察 ver.1.4

2024-11-01 | 頸肩腕症状

以前から私は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」に注目しており、過去数回にわたり当ブログでも取り上げている。収録された各刺針技法の中に<肩甲上部のコリの鍼>と<肩甲間部のコリの鍼>がある。<肩甲上部のコリの鍼>は局所取穴に相当する僧帽筋への刺針であり、この刺針技法は江戸時代後期の針灸家、坂井豊作著「鍼術秘要」に記載されていて理解も容易である。
 
→ブログ:肩甲上部と側頸部のコリへの解剖学的針灸と坂井流横刺
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/03f5322af0896e295367fb82263cc375


一方、<肩甲間部の針>は納得できず、長い間放置状態にあった。しかし旧友の鍼灸師、寺師健氏との会話の中からヒントが得られた。これをきっかけに改めて調べることにした。


1.中斜角筋による肩甲背神経絞扼が肩甲間部症状を生ずる

一本針の中の<肩甲間部のコリの鍼>の取穴は、「鎖骨上窩で胸鎖乳突筋の中央の外側の小さな腱様のすじで、その筋を指頭で按圧痛すれば指に響くところ」と書かれている。素霊はここを缺盆としているが、現在の教科書缺盆はやや下方で、鎖骨上縁になると思う。私はこの記述から、胸郭出口症候群理学検査のモーレーテストと同じだと思った。。
なお胸鎖乳突筋の判別には以前からいくつもの理学テストが知られているが、現在有用性が認められているのは、モーレーテストとルーステスト(=3分挙上テスト)の2つのみである。この部を押圧して指に響くのは、腕神経叢を圧迫刺激するからで、前斜角筋症候群の診断に有用とされる。


 

 

素霊の<肩甲間部のコリの鍼>の刺針の意味は、腕神経叢刺激になる。この刺針ポイントは、従来から胸郭出口症候群とくに斜角筋症候群の治療穴中国式「天鼎」として使われてきた。中国式天鼎刺針では手先まで響くことが多いが、そこをあえて腕神経叢に当てず、腕神経叢近傍を通過して中斜角筋に入れるようにする。ちょうど坐骨神経ブロック点(=中国式環跳)刺針が、坐骨神経に当てて下肢へ響かせなくても、梨状筋近傍に入れることで梨状筋緊張をゆるようにしても治療効果は変わらないとされるのと同じ原理である。

腕神経叢を構成する神経は多数あり、肩甲背神経もその一つになるが、肩甲背神経は運動神経なので、天鼎から刺針してもビリッといった電撃様針響は得られない(ゆえにこれまで私は注目してこなかった)。寺師健氏の刺針位置は、モーレー点より少し外上方のように思えた。刺針肢位は座位で行うのだという。

下図は中国式天鼎から腕神経叢刺激を狙ったもので、前斜角筋や中斜角筋に対する刺激ともいえる。ここでは天鼎と称したが素霊は缺盆と称している。

 

肩甲背神経の走行をもう一度調べてきると、腕神経叢の上神経幹であるC5から出て、中斜角筋→後斜角筋→→肩甲挙筋および上後鋸筋の間に進入→小菱形筋と大菱形筋を支配となっている。

とくに中斜角筋の過緊張と肩甲背神経の牽引ストレスの増大により、肩甲背部痛が発生するとものと考えられるという。(巻末引用文献参照)
肩甲背神経は純運動姓で知覚成分を含まないため、疼痛は漲(ちょう)慢性で位置不明な深部痛を呈する。  その多くは肩甲内側に沿った鈍痛が特徴。治療は中斜角筋の肩甲背神経絞扼障害の改善を目的とするという。 なお中斜角筋の緊張しやすい運動は、重量物の持ち上げ動作の反復ということである。                           

漲:いっぱいになる。充満すること。

肩甲背神経を刺激しようと思えば、下図のように肩甲骨内上角の斜め上方(肩外兪あたり)から下方に斜刺するのが普通だろうが、肩甲背神経興奮の原因が中斜角筋の神経絞扼障害であるなら、天鼎(柳谷のいう缺盆)刺針の方に妥当性があるかもしれない。

引用文献:西野雄大ほか著:肩甲背神経圧迫に伴う肩甲背部痛を呈した一症例
:愛知県理学療法学会誌、第32巻第1号(2020年6月)

 

2.症例報告

2024年6月22日報告の上述のブログを見た小野寺文人氏は、私主催の2018年の現代針灸会での報告症例をメールで送ってくれた。この内容を、私はすっかり忘れていたが、まさしく今回の肩甲間間部のこりと中斜角筋の関係について鋭く切り込み、治療成功症例となっている。小野寺氏のメール内容は次の通り。

稲穂鍼灸/接骨治療院 小野寺文人  

【現病歴】 
数カ月前から洗濯物を干す際に左肩甲骨内側縁に凝りの様な違和感が出現、日が経つに連れて次第に痛みに変化、現在は痺れも出現する。 凝りが痛み・痺れと悪化傾向なので心配になり近隣整形外科を受診。 XP 検査(-)で肩関節周囲炎と診断、リハビリ(電気治療・マッサージ)に十数回通院したが治療効果が乏しく不安になり当院に受診。 

【所見】 
問診で両上肢を挙上して洗濯物を干す動作でよく症状を誘発すると聴取していたので実際患者に両上肢挙上お願いすると約30秒位で痛み・痺れが誘発(+)、この姿位はルースTest類似し更に頸椎右回旋を患者にお願いすると症状が増悪(+)。 

以前、医道の日本に掲載された「現代医学的な病態把握に基づいた東大式鍼灸治療の実際、胸郭出口症候群(その2):東京大学医学部付属病院リハビリテーション部鍼灸科、小糸康治先生」の記事の中に「C5から分枝した肩甲背神経は85パーセント確率で中斜角筋を貫通すると報告されている。」と記載されていたのを思い出した。 

しかし「上肢症状の他に肩甲骨内側縁の凝りや痛みを訴える患者は少なくないが、それらは中斜角筋部での肩甲背神経の絞扼による肩甲挙筋や菱形筋の症状であることが多いと考えられる。」と記載されているが疑問に思う事がある、それは肩甲背神経が純運動神経なので凝りや痛みを感じるのか? 

そこで①中斜角筋のトリガーポイントを調べると肩甲骨内側縁に関連痛が出現すると記載、これは中斜角筋のトリガーポイント活性による凝り・痛みでは?➁痺れは肩甲背神経が中斜角筋の圧迫/絞扼(胸郭出口症候群・腕神経叢圧迫型と類似)され出現したのでは?と考える。 

【診断】 
①肩甲骨内側縁の凝り・痛み:中斜角筋のトリガーポイント活性 
➁肩甲骨内側縁の痺れ:肩甲背神経が中斜角筋を圧迫/絞扼(胸郭出口症候群・腕神経叢圧迫型と類似) 
【治療と経過】 
仰臥位で頚部右回旋の姿位でC5/C6付近から中斜角筋に刺鍼し1HZ :15分低周波鍼通電。 仰臥位で斜角筋に1a抑制/1b抑制施術。 
以上の治療を3~5回行い、症状ほぼ消失。 

 

3.頸椎椎間板ヘルニア・斜角筋症候群にみる肩甲間部症状の病態把握       

椎間板ヘルニア等でみる神経根症状時の上肢痛も、神経根の圧迫でなく筋緊張症状であり、多くは椎間関節部の筋緊張による放散痛に由来するという。胸廓出口症候群時にみる上肢痛も、神経根障害自体のものでなく、神経走行途中の筋緊張症状による絞扼で生ずることが明らかになりつつあるので、これまで神経根症状あるいは神経絞扼障害とみなされていた疾患も、筋膜関連症状だと考えるようになるだろう。

斜角筋筋のトリガーポイント活性化すれば、上肢外側痛と肩甲骨内縁の痛みが生ずるが、この症状パターンは斜角筋症候群とよく似ていて、さらに頸神経根症状ともに似ていることから、斜角筋症状群や頸部神経根症は、実際には斜角筋の筋膜症を意味するのではないかと考える見方が出現した。
ただし頸部神経根症は、肩甲骨内縁の痛みという点では斜角筋トリガーの放散痛パターンに似るが、神経根症の上肢症状は、デルマトームに従う知覚鈍麻である。斜角筋症候群時の上肢症状は、このような分節性はなく、上肢の知覚過敏が出現する。

上の2枚の図は、斜角筋症候群と、頸椎神経根症の症状を示している。頸から上肢にかけて症状が出てくるのは当然として、興味深いのは、いずれも肩甲間部に症状がみられる点である。これは肩甲背神経興奮症状になるだろう。

 

4.肩甲間部の痛みの場合

肩甲間部にコリではなく、痛みを訴えるケースでは、腕神経叢由来の肩甲背神経ではなく、脊髄神経後枝痛を考えるだろう。顆部頚椎~上部胸椎部の横突棘筋の筋膜痛は脊髄神経後枝内側枝が運動・知覚支配している。後枝の治療点は、症状部位の斜め45度内上方(脊柱方向)の背部一行であって、結局肩甲間部のコリは、Th1~Th4棘突起の直側刺激で、ほぼ満足すべき治療効果が得られるだろう。