最近、経穴の語源について調べているのだが、そうこうしているうちに経穴の中に星や星座と関係する経穴がいくつかあるのを発見したので、354正穴の中からピックアップしてみた。昔の中国人の考え方の一端を知ことができて感慨深い。とくに前胸部の胸骨に特徴的なツボが並んでいる。
1.紫宮(任)
華蓋の下1寸にある。紫宮穴は心臓の位置にある。古代中国では、天帝が住んでいる星すなわち北極星を紫微星(しびせい)とよんだ。紫微とは、価値のある星の意味。紫が尊いということは、道教の思想である。北京にあったかっての中国皇帝の住まい(故宮)のことを紫禁城と称した。これは、紫微城の地を一般人の立ち入りを禁ずるというところからきている。一方、それ以前からあった五行説では五方(東西南北と中央)ので中央にあるのは黄だとして、中国黄帝以外に黄色の服は着てはいけないとの規則をつくった。
紫色染料の原料として、アクキガイ科の巻き貝の内臓からとれる分泌腺を利用してきたのだが、1gの染料を採るのにアクキガイ科の巻貝が約2000個必要だった。大変高価なものだったので王様や貴族など、ごく少数の富裕層の服飾にのみ使用された。紫が尊い理由は、貝からとれる染料(これを貝紫とよんだ)が高価なもだという理由による。ちなみに聖徳太子のつくった冠位十二階の最高位も紫だが、こちらは植物の紫根を染料にしたので安価だった。紫根は現代では、紫雲膏の原料として知られている。
紫微星は一つの星ではなく、北極付近の星々のことを指している。紫微星の北には北斗七星、南には南斗六星がある。
2.華蓋(任)
華蓋穴は、胸骨角(胸骨柄と胸骨体の接合部の骨隆起)中央にとる。
華蓋とは、五臓六腑の中で最も高い位置にある肺のこをいう。ただし華蓋は高貴な身分の者の頭上にかざした、上質の絹でできた傘をさすことが多い。
上図中央の人物は、黄色の服(皇帝以外に着用禁止)や冕冠(べんかん。四角い板の端から珠暖簾のようなもの)から秦の始皇帝だと思われた。冕冠の意味は、世の中の端々の嫌なことを見ないようにするためだとする意見がある。自分からは相手が見えるのに、相手から自分の顔が隠され見えないという役割があると思う。
と思われる。
ちなみにキノコの一種のキヌガサタケ(衣笠茸)は絹傘茸とも書く。華蓋の形状に似ていることからつけられた名前であろう。
3.璇璣(任)
華蓋の上1寸にある。
①璇(せん)と璣(き)は北斗七星を構成する星で、どちらも美しいとの意味がある。
ちなみに天枢とは北斗七星の一番目の星、
②回転仕掛けの天文器械。渾天儀(天体の位置を観測するために用いられた器械)の別称。
4.天枢(胃)
天枢穴、臍の外方2寸にある。
北斗七星の七つ星のうち、最も紫微に近い星も天枢とよぶ。これはどういうことだろうか。
「枢」は、もともと回転扉の回転軸部をいう。現在では金属製の丁番(=ちょうつがい)が当たり前に使われるが、昔は金属は高価で金属加工技術も低かったこので、丁番に代わる方法を工夫した。扉の片側に凸状の出っ張りをつけ、片方を凹の部分と噛ませることで扉を開閉させていた。凹凸の部品は枢で、和名は「くるる」とした。この回転のしくみが元となり、回転の軸となるものを枢とよぶようになった。
一方、臍の高さは、お辞儀をする際に上半身を前屈する境界となる。すなわち天枢は身体を上半身と下半身を分ける境目線としての意味があるのだろう。
これが回転軸という意味になった。天枢とは動く部分と動かない部分の境界というのが語源だろう。
5.太乙(胃)
天枢穴の上2寸、下脘穴の外2寸。
太乙は北極星をさすが、なぜ甲ではなく「乙」なのか不明。中国語の発音では、太乙と太一は同一なので、太一から変化したのだろうか。太乙も太一も、中国の古代思想で、天地・万物の生じる根源。太極という意味もある。太極は万物の根源であり、ここから陰陽が生じるという易学における根源の概念である。
6.箕門(脾)
①箕門穴は、大腿内側の上1/3で縫工筋と長内転筋の間、大腿動脈拍動部に取穴する。箕門膝を曲げて足を外転させた姿勢で取穴する。その姿が箕(み)に似ていることから命名。箕は竹で編んだザルのような農具で、米などの穀物の選別の際に殻や塵を揺すって外に取り除くために用いた。ちなみに蓑(みの)はワラで作った雨具のことで別物。
②古代中国で「箕星(みぼし)」は南斗六星から柄を除いた四角形の部分をいう。南斗六星は北斗七星に比べて暗く規模も小さいものだが、はるか昔の夜空は暗く空気も澄んでいたから、容易に発見できたことだろう。
7.太白(脾)
足の第1中足趾節関節の後、内側陥凹部。
①古代中国の金星。太陽、月に続く3番目に明るい星として認識されていた。その光が白銀を思わせるところから太白と呼んだ。本来は明けの明星を啓明,宵の明星を長庚または太白と呼んで区別した。
②中国には太白山と名前のついた山が多数あるが、西安(唐の都長安のこと)の西の宝鶏市にも太白山(標高3767m)がある。ここは太白峰の別名がありかつて道教の聖地たっだ。この太白山は西安から見て「宵の明星金星、すなわち太白星がその山上に輝く位置、そして沈む位置」にあることから命名。
③太白金星のこと。中国伝統神話に登場する白髪の老人で金星の神様。中国の民族宗教と道教の神。天界と地上との伝令役で、孫悟空を天界に案内した。もともとは若い女性の神様(西洋の美の女神ビーナスを連想させる)だったが、時代を下ると老人の神様ということになってしまった。しかし老人になってからの方が人気がでてきた。
8、日月(胆)
9肋軟骨付着部の下際に期門(肝経で、肝募)をとり、その直下5分に日月(胆経上で胆募)をとる。期門穴と日月穴は1㎝ほどしか離れていない。たとえば期門に針や灸をすれば、その作用は日月にも波及するだろう、その逆もしかり。このことが日月という穴名にも関係している。
日月で、日(=太陽)は胆、月は肝をさしているが、天体としての太陽・月との結びつきは弱い。
唐の文人韓愈は、「肝胆相照らす」という成句を創案した。これは「教養ある立派な二人がいて、互いに相手に感化されつつ、心底親密な関係」という意味である。五行での肝は戦略構想を計画し、胆はそれに基づき決断実行するということ。すなわち肝は計画、胆は実行ということ。
期門と日月は、車の両輪のように協調しつつ、疾病に対処するといった意味になるだろう。