今回の玉川東洋医学交友会開催時から、山田勝弘先生に代わり、私がOB会会長となったことをご報告申し上げます。交友会開催の準備として玉川病院東洋医学科OB住所録を整備し、すでに当該の方々にはネットまたは郵送にて住所録をお送りしました。しかしながら移転先不明方も何件がでてきました。お名前、ご住所、電話番号、メールアドレスを当方にお知らせ頂ければ、改訂版住所録をお送りします。令和6年4月25日 似田敦
令和6年4月20日、9年ぶりで新宿にて玉川病院東洋医学交友会を実施しました。玉川病院研修生はのべ百名ほどいたのですが、研修生制度がなくなってすでに22年が経過し、住む場所も置かれた立場も異なり、集まる機会も減りました。7年前、代田文誌・文彦両先生の墓参りを兼ね、中央線の高尾駅に集まったのは30名を越えたのに、今回は12名と半減以下となり、淋しさを感じます。とはいえ、ある意味で立派なものだといえるかもしれません。集合写真を撮ったので、記録として当ブログに残すことにしました。
2015.5.12 代田文彦先生十三回忌法要
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/89915d838cfae4e1a7b547a7cb86db57
玉川交友会開催の翌日、パソコン内のデータを検索していたら、1982年頃の玉川東洋医学科の集合写真が出てきました。まだデジカメが普及していなかった頃。
代田文彦先生も現役、本田徹先生も写っています。代田先生と本田先生の間で赤いポロシャツを着ているのが29才の私。それにしても皆、若い。人生これから。
心霊写真?
左下段にいるのは山田先生。その上にいる黒い服が菊池先生、その右隣で首を出しているのが佐藤先生です。ところで菊池先生の両肩に置かれた手は、いったい誰のものでしょうか? 写真を鮮明化して推理しました。佐藤先生の右にいる盛山先生(白ワイシャツ姿)の右腕が佐藤先生の右肩にかかり、佐藤先生の右腕が菊池先生の右肩にかかっているのではないかと。盛山先生も佐藤先生も右手首に腕時計をしているようです。