AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

尿路結石の疝痛は、側臥位での外志室深刺が効く理由 ver.1.1

2023-11-25 | 泌尿・生殖器症状

1.尿路結石の概要

尿路とは腎杯、腎盂、尿管、膀胱、尿道に至るまでをさす。尿路結石は腎臓の腎盂で尿の成分の一部が結石を作り、尿路の中に存在している状態で 尿管などにつまると激しい痛みなどをおこす。95%は上部尿路結石(腎杯~尿管)である。

 

2.尿路結石疝痛の疼痛反応の意味 


  
三主徴は、突然の激痛・血尿・結石排出。尿路結石は突然生ずる激しい痛みが特徴。

1)腰痛~鼠径部痛

尿路結石の痛みは腎盂内圧の上昇および尿管壁の急激な伸展刺激のため、突然に排尿困難+腰痛が出現。内臓体壁反射は、Th11~L2デルマトーム領域で、片側の腎臓~側腹~下腹部~睾丸あたりの疝痛となる。腎臓~尿路は交感神経優位な内臓なので、Th11~L2の交感神経デルマトーム(=臨床上は体性神経デルマトームの利用可)反応が出現すると考えがちだが、そういう訳ではない。

脊髄のL1~S2領域は、内臓体壁反射を起こさないからである。なぜ内臓体壁反射が起こらないのか。それはこの部分の脊髄は下肢の知覚・運動を担当していて、仕事量が多く内臓反応を呈する余裕がないのである。内臓の病的反応としてL2に入力された反応は、それを交感神経反応として体壁に反映されることなく、L2の前枝・後枝の体性神経反応として出現することになる。L2前枝は、とくに腸骨下腹神経あるいは腸骨鼠径神経として鼠径部~大腿内側に痛みが放散する。体性神経痛ということは、針灸が得意とする整形外科的な腰痛と同じ性質の痛みなので、針灸が非常に効果があるのも当然である。

 

   

尿路結石疝痛の薬物療法は、一般的な腹痛止めであるブスコパン(抗コリン剤で、鎮痙作用、消化管運動抑制作用)などの鎮痙剤はあまり効果なく、鎮痛剤が効果あることも、この考察を裏付ける。

 

2.尿路結石の針灸

体性神経性の痛みには針灸は効果を発揮する。筆者は側臥位で志室外方に生じた最大押圧部位に深刺して強刺激を与え、体性神経性の痛み(筋々筋膜痛)を緩和させるようにしている。これは腰神経叢刺激になっている。筆者は病院での研修時代、尿路結石疝痛3例に行い、すべて鎮痛できた。なお外志室への刺針や持続強圧指圧によっても速効する。代田文彦医師は、医師になりたてで薬物治療の経験があまりない頃、尿路結石の患者の志室に持続圧痛して鎮痛させた経験を話してくれた。

代田文彦医師は、「鎮痛させることが結石排石につながるかどうかは、確認する方法がないので不明だが、感触としては排泄につながるのはないか」と語っている。患者が尿路結石疝痛鎮痛後に、小便をした際、たまに小さな結石が出たのを視認するケースがあり、このような申告を聴けば即刻退院となる。


3.文献

①90%は上部尿路系結石であり、仙痛は結石の部位に関係なく、第3腰椎横突起の高さで 大腰筋外側線近傍に圧痛が出現し、この押圧により速効する。鎮痙・鎮痛剤が無効だった者でも速効 し(有効率100%)、再発率も少ない 疼痛部位も志室外方の側腹部であることが多い。
田中亮「東洋医学の泌尿器.科的疾患の応用」(日本医事新報、昭54.6.23)
 
②針を受けた腎疝痛の患者群は、より速やかに鎮痛効果が始まり、副作用もなく、標準的な鎮痛処置を受けた患者群と同様の疼痛緩和が得られた(Lee 1992)  (Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「鍼による科学的根拠」医道の日本社 2001.6)


勃起障害(ED)の針灸治療 ver.2.3

2023-11-24 | 泌尿・生殖器症状

1.勃起とその消退の機序
 血中の化学物質により勃起がコントロールされる。次の3つの化学物質が関与する。
         
①「cGMP」で勃起が起る。cGMPとは、環状グアノシン-リン酸の略で陰茎中の血管拡張物質。 

②「PDE5」で勃起が萎える。 PDE5とは、ホスホジエステラーゼ5の略。
前立腺や尿道の筋肉を緩める作用がある。勃起状態を消退させる作用もある。バイアグラは、PDE5の作用をブロックすることで勃起状態を持続させる。

③勃起の反応は、性的興奮により「NO」(一酸化窒素)産生が引き金となる。


2.勃起と関係する筋

EDに関係する筋としてPC筋とBC筋が注目を集めている。 
 
1)PC筋


肛門の筋は骨盤神経(副交感神経支配)で肛門内側にある内肛門括約筋と、陰部神経支配の肛門外側にある肛門挙筋に大別される。肛門挙筋は、体性神経なので、自分の意思が関与する。肛門挙筋3種類あり、肛門から近い側から、恥骨腸骨筋・恥骨尾骨筋・腸骨尾骨筋になり、それぞれ独自の役割がある。
勃起と関係するのが恥骨尾骨筋で、PC筋(Pubococcygeus Muscle)ともよばれている。

PC筋は、ペニスが勃起するときに、海綿体に血液を送るポンプの働きをする。精液を出す時には律動的に動く。

2)BC筋

球海綿体筋をBC筋(Bulbocavernosus Muscle)と略す。ペニスが外に出ているのは全体の 3/4で、根元1/4は、骨盤底筋群の隙間に埋まっている。この根元にあるのがBC筋で、ペニス全体を下支えしている。球海綿体筋が強いとペニスの根元もしっかりして上向きのペニスとなり簡単には「中折れ」を起こさない。

球海綿体筋には尿道から尿や精液を押しだす役割もある。球海綿体筋が鍛えられることで射精の勢いが強まり、射精時の快感が増すとされる。 球海綿体筋が弱ると、尿のチョイ漏れを起こす。

3.PC筋・BC筋に対する物理的刺激



PC筋に対する局所刺激点は肛門の刺激になる。会陰穴である。BC筋は会陰穴の10㎝ほど前方で陰嚢との境界部になる。この部に相当する奇穴はあるのかと、陸痩燕・朱功著、間中喜雄訳「奇穴図譜」医道の日本社、昭46.6.10刊をみると、<陰嚢下横紋>という穴を発見した。BC筋の刺激点とはペニス基部の刺激になる。

男性であれば理解可能かと思うが、意思で肛門を引き締めようとすればPC筋が作用し、小便終了時にペニス内に残存する尿を外に出そうとすればBC筋が作用する。PC筋とBC筋は完全に独立して機能せず、同時に筋収縮することも多い。

ツボはある椅座位でこのあたりにゴルフスボール(直径4㎝程度)などをあてがい、上体を前傾させると、PC筋・BC筋の押圧刺激になる。リズミカルに数分間、前傾したり元の姿勢に戻したりの運動を行うことででPC筋・BC筋を鍛えることができる。  


4.PC筋とBC筋の筋力トレーニング
PC筋とBC筋の筋力トレーニングの意義は、筋力増強ではなく、血行改善になる。  

①PC筋のトレーニングとしてオシッコを止める動作を5秒ほどかけて行い、今度はオシッコをするような動作を5秒ほどかけて行う。締める、緩めるの動作をゆっくり10回行い、毎日3~5セット続ける。

  
②BC筋を意識しながら5秒ほどかけて肛門を力強く締める動作をする。今度は肛門をゆっくり緩めていく。締める、緩めるの動作をゆっくり10回行い、これを3~5セット毎日続ける。

  
③椅座位で、上体を前傾斜すると骨盤底筋が座面に当たる。この辺りにゴルフボールををあてがい、前屈動作を反復する。PC筋・BC筋指圧効果が得られる。


5.EDの針灸治療

PC筋・BC筋を直接刺激するには、会陰穴からの刺針になるが、治効のエビデンスが不足している。PC筋・BC筋への刺針には筋力トレーニング効果はないが、血行改善効果はありそうだ。このためには置針やパルス針が剥いているのかもしれない。 
  
1)針灸とバイアグラの効果の比較研究 
 
辻本孝司は、針灸とバイアグラの効果を比較し、「EDに対する中髎刺針は有効だが、その効果はバイアグラに及ばない」との結論づけた。それは次のような内容である。

ED患者26名に対し、2寸#8の針を中髎に5㎝刺入し、回旋刺激を10分間施行。治療は週に1回で、平均11回施術した。著効と有効を合わせると有効率は62%だった。有効例は、心因性(著効33%)よりも、内分泌性(著効88%)や静脈性(60%)の方が高かった。しかしバイアグラの有効性は50mgで70~80%で、重篤な副作用もみられないことから、針治療よりもバイアグラ内服の方が効果的である。バイアグラが効果なかったという者の大半は、内服方法に誤解があるからで、服薬指導と数回の針灸治療で改善させる。(辻本孝司:EDの治療-バイアグラと針に求められるものは,針灸OSAKA.vol.19 No.1.2003.Spr)
 

2)陰茎背神経刺針

①曲骨の針響と治療効果(日野勝俊:「はりきゅう」治療でしぜんな妊娠あんしん出産、2006年11月)

日野勝俊は「正常男性に曲骨から刺針をすると、ペニスの先まで針響を感じるが、重症のEDでは刺針した部位のみの刺激感のみになる。しかし繰り返しの治療で、ペニス先端部近くまで針響が届くようになる」記している。一般的なEDの場合には症状に応じて、週に
1~2回程度の治療を4ヵ月間続けて経過をみる。効果がすぐに現れるケースでは、初回の治療直後から、遅い時でも2ヵ月ぐらいで症状の改善が認められるとのこと。
※曲骨や中局へ針してペニスに響かせる方法は、急性・慢性膀胱炎での常套法(慢性膀胱炎には中極に10壮程度の多壮灸がよい)なので、EDに対しても効き目がありそうだ。そう思って、筆者はこの方法を10例以上行ってみた。しかしED治療に効果あることの感触は得られなかった。
  

②玉泉穴刺針

亀頭など性器の触覚を支配しているのは陰茎背神経なので、以前からこの刺激することがEDの改善になるとして行われている。一般的には下腹部正中の恥骨あたりで、曲骨・中極・大赫などを刺激する。このあたりに刺針すると針響きがペニスの尖端まで伝わることが多い。ただし前記したツボの直下には陰茎背神経や陰部神経がなく、腸骨下腹神経(これは腰神経叢L1~L3)となる。下腹部筋膜の刺激を介して陰茎背神経に響いたのだろうと推測した。陰茎背神経に針を当てるには、陰茎背神経ブロック点(陰茎基部直上から左右それぞれ1㎝の部)かた直刺した方が確実ではないだろうか。ちなみに陰茎基部直上には「玉泉」穴が定められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


頭部ツボ名の由来

2023-11-17 | 古典概念の現代的解釈

経穴の学習は大変だが、その中にあって最も難しいのが頭部になるだろう。頭部の経穴は、取穴となる目印が少なく、ツボ名自体も抽象的なものが多い。そこで今回、自分の学習を兼ねて、頭部の経穴の由来を整理してみることにした。ツボ名の由来には合谷、百会、手三里など各人一致した見解をみる穴も多いが、絡却・本神・懸顱・天衝・浮白・承霊など漠然としたイメージにしか浮かばない経穴もあり、こうした経穴の語源はやはり各書で意見が異なっている。結局何が正しいのは今となっては分からいので、最も興味深く印象に残る意見に従った。なかには書物の記述に満足できず、漢和辞典を調べた上、自分の考えを記した部分もある。

 

1.頭顔面経絡の流注概念

①頭顔面には督脈と6本の陽経が集まっている。陽経のうち、ツボが多数存在しているのは、膀胱経・胆経・三焦経それに督脈である。

②膀胱経:後頭部~頭頂部~前頭部(前頭~帽状腱膜~後頭筋)の矢状領域
③胆経:側頭部の側頭筋領域。陽がよく当たる処。
④三焦経:耳と側顔面の頬骨上域支配→老人になると耳遠くなり、頬上部(こめかみ部)がこける。頬上部がこける原因、加齢や栄養不良による側頭部脂肪体の減少。
⑤膀胱経:後頭部~頭頂部~前頭部(前頭~帽状腱膜~後頭筋)の矢状領域
  

2.前頭部~頭頂部のツボ

①神庭(督) 脳は元神の府であり、「庭」は前庭(神社の拝殿に相当すると思う
) ※本神穴と呼応している。
②上星(督) 天空の星を見上げた時、星に最も近い場所。
③顖会(督) 顖=大泉門のこと
④前頂(督)  百会のすぐ前にある穴   
⑤百会(督)  多くの経絡が集まる部位。
⑥後頂(督)  百会のすぐ後にある穴
⑦曲差(膀)  「曲」=曲がる、「差」=不揃い。睛明からここまで膀胱経の流れは一直線ではなく、曲がることを示している。      
⑧五処(膀)  五処は承光の前、曲差の後にある。五処の両脇には上星と目窓がある。本穴を含めたこの5穴はどれも眼疾患に効果がある。さら五処は
 胱
経の5番目の穴である。  ※膀胱経の流注:①睛明→②攅竹→③眉衝→④曲差→⑤五処...
⑨眉衝(膀) 眉頭の上方の髪際にある。眉毛を動かすとこのツボまで、突き上げるような動きがある。
⑩承光(膀) 天からの光を拝受するツボ。目に効くことを示す。 
⑪通天(膀)  天に届くほど高いこと。頭頂部の意味。
⑫絡却(膀) 「絡」は絡脈のことで小さな静脈、「却」は退却。眼の充血を消す効能がある穴。頭頂導出静脈関連?
⑬頭臨泣(胆)太陽経膀胱経最初の穴である睛明と少陽胆経最初の穴(内眼角)である瞳子髎(外眼角)は、ともに泣くと涙が出る処。本穴はこれら2穴
       の
上方で、瞳孔線上。
⑭目窓(胆) 「窓」は光を入れる窓のこと。眼疾患を治し、眼の窓(瞳孔)を散大させる。
⑮正営(胆) 「正」=正確、「営」=営(現代でいう血液)。脳が正確に血を動かし全身に栄養を回している処。    
⑯本神(胆) 神庭(拝殿)の横にあるのが本穴で、本殿に相当する。外方には骨に段差があって、頭維をとる。正門(神庭)→本殿(本神)→御神体(頭維の奧にある脳)という境内は神社の様式である。古代中国に神社はないが、代わりに道教寺院がある。道教寺院は、神仙思想すなわち仙人のようになって長寿を得るための修行の場だった。しかし現在中国にある道教寺院はすっかり観光化してしまった。もっとも観光化したからこそ中国共産党を脅かすものではないと判断され、当局の弾圧を免れたのだろう。
 この段差から骨中に入り、奧には御神体(=脳)がある。脳は元神の府である。

上の写真は、埼玉県坂戸市にある台湾系の道教寺院。日本国内にも道教寺院が数カ所あるが、「聖天宮」が最大規模である。
漢詩<月落烏啼霜満天(月落ち烏啼いて霜天に満つ)で知られる寒山寺も、中国蘇州にある道教寺院である。


⑰頭維(胃) 「頭」は頭部、「維」は額の髪とヒゲをつないでいる部分。

⑱強間(督) 後頭部の人字縫合にある部。小泉門部。

3.後頭部のツボ

①瘂門(督)  瘂=唖(おし)。声を出せない者のこと。発声するのに要となる部位

②完骨(胆)  完骨=乳様突起
③玉枕(膀)  玉=頭蓋骨のこと 寝る時にマクラが当たる部位。
④天柱(膀)  天を支える柱。天とは頭蓋骨のこと。頸椎を天柱骨とよぶ。
⑤脳空(胆)  「空」は孔や陥凹。脳戸の横で、外後頭隆起上の陥凹部に挟まれている。
⑥脳戸(督)   出入りする処を「戸」と呼び、脳の気が出入りする場所になる。
⑦風府(督)   風邪があつまるところ。風邪は頭項部を冒しやすい。
⑧風池(胆)   後頸部の陥凹部で風の吹きだまり。
                                                        

4.側頭部のツボ

①翳風(三)    翳とは、鳥の羽。鳥の羽により風よけとなっている部位。
②角孫(三)    角とは耳上角、孫とは小血管=孫絡のこと。
③頷厭(胆)  「頷」は頭を下げてうなづく。「厭」とはいやになる。頸が回らなかったり、うなづくことができないなどの症状を治す。
④頭竅陰(胆) 竅は強くひきしまった細い穴の意味。頭竅陰は頭部にあって眼、聾、舌強直、鼻閉、咳逆、口苦などの「竅」の病を治す。
 ちなみに足竅陰穴は足にあり竅の病を治す。
 ※人体の九竅:陽竅=耳孔(二)、目孔(二)、鼻孔(二)、口孔(一) 陰竅=前陰と後陰(二)
⑤曲鬢(胆)「鬢」=額の左右にある髪の生え際のこと。
⑥瘈脈(三)「瘈」はひきつけ、痙攣の意味で、「脈」は絡脈の意味。耳後浅静脈の上にあり、小児の痙攣やひきつけなどの病症を治す。
⑦顱息(三)「顱」=頭部。横向きに休息する際は、この部がマクラに当たる。
⑧懸顱(胆)「懸」=ぶら下がる。「顱」=頭部。側頭から出た髪毛がぶら下がる部位。
⑨懸釐(胆) 「懸」=ぶら下がる。「釐」=整える。側頭から出た髪毛を整える。
⑩承霊(胆)「承」は受ける、「霊」は神。本穴は頭の最も高い場所である「通天」の傍らにあり、神の思惟活動に関与している。
⑪率谷(胆)「率」は寄り添う。「谷」とはここでは側頭骨の縫合をさす。
⑫天衝(胆)「天」は頭頂にある百会穴のこと。「衝」はつきぬける。本穴は百会へとつきぬける道としての役割がある。
⑬浮白(胆)    脈気が軽く浮いて上昇し、天衝を経て、頭頂の百会に到る処。白は百に通じることから。
      
     
     

引用文献
①森和監修 王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著 土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典  ALL FOR ONE

 

 

 

 

 

 

 

 


円皮針こぼれ話 ver.1.2

2023-11-17 | 雑件

   皮内針は1950年代、周知のように赤羽幸兵衛により発明された。その頃の話は過去の医道の日本誌で知ることができる。 
 
医道の日本プレイバック(10)赤羽幸兵衛「皮内針法こぼれ話」(1976年)
        https://www.idononippon.com/topics/4313/
   
圧痛点にただ皮内針を貼り付ければよいというのではなく、症状部膚を緊張状態にしておき、圧痛点に皮内針をすると効果があるとの記述が一つの示唆を与える。

 

一方、皮内針にヒントを得たのか中国では円皮針を造りだし、1975年頃から中国から日本に円皮針が輸入され始めた。一袋10個入400円ぐらいだった。当時中国針も10本入800円~1000円程度と高額だった。その頃は、中国は近くて遠い国だったので、中国の物価事情もよく分からなかった。輸入ブローカーがボロ儲けしたのだろう。ちなみに医道の日本社製のステンレス皮内針(針体長6㎜、太さ0番)は、100本1700円だった。昔、針の製造工場を見学する機会があった。皮内針の製造は針金を入れるとオートメーションで加工されるのだが、小箱に入れたスポンジに並べるのは手作業だったので驚いた。
 
その円皮針はリング径2㎜、針長2㎜、太さ8番程度と大きく太いものだった。小袋のラベルには、華佗牌 撳針(きんしん)(中国語発音 チェンゼン)と書かれていた。「撳」は手で押すの意味。しかし我が国では馴染みのない漢字なので、医道の日本社が円皮針という名前をつけた。当時私は針灸学校通学の一方、医道の日本社新宿支店でアルバイトをしていた。すでに死去したが医道の日本社前社長の戸部雄一郎氏の妹君(薬剤師)も働いていて、その本人から「アタシが考えた名前なのよ」と教えてくれた。まさにぴったりなネーミングで、以来、一商品の名称を越え、わが国では一般名称として「円皮針」の名称が定着することになるのだった。なお初期の頃に、リング針という名称も誕生したが、こちらは普及せず自然消滅した。


皮内針を施術する時には、皮内針の他に、皮内針専用ピンセット、皮内針用テープ(マイクロポアを使うことが多い)が必要である。さらに皮内針用テープを切るためのハサミ、皮内針のマクラの作成など、いろいろ手間がかかる。痛みをほとんど与えず刺入するテクニック、刺入方向なども勉強する必要があって手間のかかるものだった。円皮針の場合も、円皮針を刺入した後、テープを1㎝長ほどにハサミで切って円皮針を固定する必要があった。この時のテープは皮内針用のものを流用できた。マクラを必要としないのは手間がかからずよかった。

今日ではテープつき円皮針が市販されるようになり、かっての皮内針の面倒くさい手技は不要になり、皮内針を行う機会はほとんどなくなった。このように書くとテープつき円皮針は良いことづくめのようにも思えるが、皮膚に対して円皮針を直刺するのが難しくなった。テープはしなやかなので、普通に刺すと直刺することは難しく、針体が斜めに入ると刺痛が出たり、施術直後は問題なくても、施術部が動いたりして数時間後に痛みが出た。直刺するには、しなやかなテープではなく、板のような硬質のテープを使う方法もあるが、そうすると皮膚になじまず剥がれやすくなる。セイリン社はしなやかなテープ(=3M社のメディカルテープ、マイクロポア)を使いつつ、樹脂でテープに針を直角に保持する構造にすることでこの問題を解決した。

現在の円皮針は、セイリン社の円皮針(商品名パイオネックス)では、5種類のタイプが販売されている。そのどれもが、昔の中国製円皮針と比べて細く短い。5種類の規格があるとはいえ、すべて針長は1.5㎜以内になっている。この理由は円皮針を入れた状態で、皮膚が動いても痛みを与えないためだろうと推測した。

昔、月刊医道の日本誌を見ていたら、「皮下針」を考案したとする者が現れた。しかし知人等にそのことを話しても、少し長い皮内針に過ぎないとして、大した評価してくれなかった。そこで当時大御所だった柳谷素霊に「皮内針とは何か?」という質問をしてみた。すると素霊は、「皮内針とは小さく短い針を水平刺して針先を皮内にとどめるものなり」と返答したという。引き続き「皮下まで入れる針も、皮内針と呼んでいいものでしょうか」と質問を続けた。すると「皮下に入れるのは皮内針とはいえない」と答えた。この問答をもって、自分の考案した皮下針は、従来の皮内針とは異なることのお墨付きを頂戴したとユーモラスに語っていた。

表皮は0.2㎜、真皮は1~3㎜の厚みがある。皮内針とは針先が真皮にとどめるべく水平刺する。もし皮下組織に入るようなら、日常動作で、皮膚と皮下組織間にあるファシアがずれる際、チクッと刺痛を生ずることが多くなる。真皮の厚みは手関節・足関節より末端は薄いが、このあたりでは合谷穴を例外として円皮針を行うことはまずない。ということで真皮が2~3㎜の厚みのある身体部位に円皮針を使うことになる。針のメーカーであるセイリンも当然このあたりのことは研究しているだろうから、針先は皮下組織に到達しない深さということで最長でも針長は最長でも1.5㎜にとどめたのだろう。

 


腕橈骨筋痛に対する針灸治療

2023-11-08 | 上肢症状

75才男性

主訴:右前腕橈側部の運動時痛

現病歴と考察
会社停年後、トレーニングによる体づくりに努力を続けている。最近、右上腕橈側部が痛むとのことで来院した。上腕橈側部痛で最も多くみるのはバックハンドテニス肘だろうと考え、右手三里のわずかに尺側の短橈側手根伸筋を押圧して圧痛もあったので、テニス肘だと判断。この圧痛点に刺針し、手関節背屈動作5回、さらに針を刺した状態のまま回外動作5回を行わせ抜針して初回治療を終了した。ちなみにテニス肘では手関節背屈痛と回外動作痛がともに出現しやすいが、偶然にも手三里の深層として回外筋があるので、手三里(長・短橈骨手根屈筋の筋溝ではなく、短橈骨手根屈筋上)の針だけで、両方の運動針が可能になる。

経過
1週間後に来院、右上腕橈側部の痛みはやはり痛むとのこと。前回の治療には自信があったので意外だった。右上腕橈側の圧痛点をもう一度調べ直してみると、短橈骨手根屈筋上ではなく、腕橈骨筋上に圧痛硬結を発見した。この症状は、腕橈骨筋の運動時痛だと判断して、腕橈骨筋の運動針を行なった。すると圧痛点が移動して今度は、腕橈骨筋の起始部(肘髎穴のやや上方)あたりが痛むというので同様に運動針を行った。腕橈骨筋の運動針は、肘関節屈伸(術者は軽い抵抗を加えて)を5回行い、治療を終了した。後日さらに来院した際に、右腕の調子を問いただすと、あれ以来痛むことはなく、トレーニングを継続できているとのことだった。

考察
腕橈骨筋はその筋長の大部分は前腕部に位置するのだが、分類的には上腕屈筋に属する。従って腕橈骨筋の機能は、肘関節屈曲である。一方、腕橈骨筋に隣接する長・短橈骨手根伸筋は前腕伸筋に分類され、その機能が手関節背屈なので、運動針の方法がまったく異なってくる。本患者のトレーニングの一つとしてテーブルに肘をつき、鉄アレイを握って肘の屈伸運動するのをルーチンとしているという。この運動過剰により腕橈骨筋の筋膜癒着を起こしたのではないかと思えた。