1.慢性胃炎という概念の変容
現代医学では、胃十二指腸潰瘍の病態生理はかなり解明され、治療法も理にかなうものになってきた。危険因子である胃酸分泌を継続的に減らす目的でのH2ブロッカーの投与と、胃粘膜を侵し防御因子を弱くするピロリ菌に対する抗生物質投与という2段構えの治療が奏功している。
その一方、非潰瘍の胃病変の理解はあまり進まず、胃の粘膜の炎症と臨床症状が一致しないため、漠然と慢性胃炎・胃アトニー・胃下垂といった、場当たり的な病名がつけられていたのだが、ここにきて、FD(機能性胃腸症)あるいはUND(潰瘍のない消化管症状)といった概念が導入され一定の成果をあげている。健常者では、食物は近位胃(食道に近い胃部)にいったん蓄えられ、遠位胃(十二指腸に近い胃部)にゆっくりと内容物を送り出している。しかしUNDでは遠位胃に食物が蓄えられる。この蠕動運動の乱調が、胃のもたれなどの不快症状をつくることがわかってきた。
2.胃部痛の病態生理と鍼灸治療
胃の活動は自律神経の変動により次のように生理的変動を示す。急性ストレス時には交感神経緊張状態になるが、慢性ストレス状態では副交感神経緊張状態になることが知られている。
(急性ストレス時) (慢性ストレス時)
交感神経↑状態 小←蠕動運動→大 副交感神経↑状態
交感神経↑状態 少←胃液分泌→多 副交感神経↑状態
しかし自律神経が失調状態になると、このようなリズムが崩れる。
1)胃・十二指腸潰瘍の針灸治療
胃液分泌は、副交感神経緊張状態で増加するのが生理的である。しかし慢性になると交感神経ストレスが胃液を分泌を増大するようになる。針灸治療はリラクセーションすなわち副交感神経優位状態に移行することを目的に、背部兪穴置針などリラクセーションを目的とした針灸を行う。
ここまでが「畑を耕す」治療に相当する。植物を植え育てる内容に相当するのが胃のデルマトーム治療である。他稿に記した通り、Th5~Th9デルマトーム範囲の、腹直筋と起立筋の圧痛硬結を刺激することになる。
2)UNDの針灸治療
蠕動運動低下は、生理的には交感神経緊張状態で生ずるが、慢性ストレス状態では交感神経亢進かつ副交感神経亢進自律神経失調状態で生ずる。両方の自律神経が緊張している状況では、いわゆる瀉法(≒強刺激)を行う。
代田文誌は、「全身の筋肉を刺激することが必要で、たとえば上腕二頭筋をつまんで引き上げるようにする。すると非常に痛がるが、胃の具合は改善する。また側胸部から側腹部にかけて刺激すると、患者はくすぐったいので全身の力を入れる。我慢させてこれを行うと、腹筋にも力が入る。そうすると急にゴロゴロと音がして胃が収縮し...」(鍼灸治療要訣、第四回東方医講習会に於いて、東方医学)と記している。
また柳谷素霊は「伏臥位または仰臥位にせしめ、腹に力をいれさせた状態で脾兪一行に深刺」秘法一本針伝書)する方法を紹介している。
佐藤昭夫は実験動物において、腹部や背部刺激よりも、四肢刺激(合谷や足三里)で蠕動運動亢進する傾向(実験動物の1/3)があることを明らかにした。
上記が「畑を耕す」治療に相当する。「植物育成」的治療は前項と同一になる。