岡本雅典 氏 レポート 2022年7月18日
A.気管支喘息の症例報告
普段から体月2回ほど身体のメンテナンスで来院する48才男性。ある日の来院時、「今回また喘息発作が治まり、呼吸が浅くて息苦しい。いつもこの状態が1カ月ぐらい続く」と訴えることがあった。
その時は、仰臥位にて迷走神経刺激目的で天突に2寸♯5の鍼で、鍼体を90度くらいに曲げ、胸骨の裏に這わすように刺針。「喘息には天突」というのは教員養成科での授業で教わったもの。天突から直刺しなかったのは、気管壁へ直接刺激するのを回避する意味。
固いところに当たったら「響きましたか?」と問うとYes と返答するような具合に行った。得気が得られたらそれ以上深刺せず、また廉泉には寸6#5で刺針し、両者をクリップでつないで1ヘルツ20分間の通電を行った。廉泉刺針は、喉の奥への響きを得やすく呼吸が楽になるかもしれぬという思いからで、迷走神経刺激の意図もある。刺激が不足するようならば、徐々に100ヘルツまで上げていった。1~2分間ほど通電していると、「呼吸が深くなって、楽に呼吸できる」と喜んでいただいた。
喉を湿らすために、寸3♯1で両側の顎下腺にも鍼刺し、ここにもパルスを流した。
その後の来院の際にも天突水平刺や簾泉刺針をしたが、パルス通電はしていない。これは天突に水平刺しただけでも「呼吸が深くなる」という効果が得られたため。このような治療により、これまでリバウンドの経験はない。定喘や治喘は一度も使っていない。
なお41才、女性で同様の症状を訴える患者に対しても天突から胸骨裏への水平刺が有効だった。
※周波数の使い分けについて、現在の僕は1Hzは気管支喘息発作後、深く呼吸が出来るようにする。(2診目以降はパルスなし)、10Hzは花粉症などで喉がイガイガする場合。
100Hzは風邪で喉が痛い場合といったように一応使い分けているが、厳密に比較検討したものではない。
B.気管支喘息の薬物療法から考える鍼灸治療の整理
1.気管支喘息に対する現代薬物療法の概略
40年前頃までは、気管支喘息で鍼灸に来院する患者は珍しくなかった。当時の治療はステロイド内服が中心だった。しかしステロイドには強い副作用があることから、過度には使わせず、ギリギリの処でコントロールされていた。予想外の大発作が起こると、呼吸困難となり、救急車で病院に搬送されるのが常だった。
しかし現在、気管支喘息で鍼灸に来院する者はマレとなった。その意味するところは、現代医療が進歩し、代替医療として鍼灸に頼る必要が薄れた結果でもある。
治療の2本柱は、吸入ステロイド薬+気管支拡張剤である。治療の重点は気管支の炎症を軽くして気管支の腫れを引かせる方に置かれるようになった。炎症改善にはステロイド剤が最も効果的である。その投与法はステロイド錠の内服ではなく、気道狭窄の度合いを調べ、必要十分な量のステロイドを吸入する方式に変わった。これによりステロイドの使用量は数十分の一程度と激減したので、昔ほど副作用をあまり心配する必要がなくなった。
気管支拡張剤とは、交感神経β2刺激剤のことである。発作時は副交感神経優位になっているので、気管狭小し気管分泌物も多くなり呼吸困難になっている。この自律神経バランスを交感神経優位にする目的で気管支拡張剤を点滴する。
2.気管支喘息に対する鍼灸治療法の整理
以下は、似田敦著「現代鍼灸臨床論」の中から大幅に引用させて頂いた。自分の行った治療が気管支喘息の鍼灸治療体系の中で、どういう位置づけになるのか知ることができる。
1)交感神経優位を目的にする施術
気管支喘息の鍼灸治療は、ステロイド剤のような強力な抗炎症作用はないので、発作時に必ず効くという保証がない。鍼灸治効の基本原理は、副交感神経優位の状態を交感神経優位に誘導させるという意味では、上述の気管支拡張剤的といえるだろう。それには2つの方法が広く行われている。
①仰臥位での天突刺針
天突刺針は、30年以上昔から、天突から胸骨裏にむけて水平刺(事実上は斜刺)する方法が知られていたが、仰臥位で上背部にマクラを入れ、頸を過伸展位にさせるのが大変なのか、中国でも天突から直刺する方法に変わったようだ。天突から胸骨裏へ斜刺する場合、針は縦隔中に入る。縦隔は結合識に満ちていて刺激には鈍感。壁側胸膜を刺激せず、臓側胸膜も刺激しない。ただ大動脈を刺激できる。これは大動脈壁に分布している迷走神経の刺激が治療的意義をもつだろう。天突水平刺というと、気管壁刺激のイメージとなりがちだが、気管は大動脈の奧になる。
仰臥位で天突水平刺が効いたとする場合、座位で大椎強刺激と同じように、副交感神経優位の身体を交感神経優位に誘導した意味があるのだろう。
②肺気管支の脊髄神経断区としてTh1~Th5(とくにTh1~Th3)の高さの起立筋施術として治喘、定喘、肺兪など(伏臥位)への刺針がある。
本来、肺・気管支は副交感神経優位作動性なので、基本的に内臓体壁反射は生じにくい。そのため交感神経優位の胃の治療に中脘や脾兪、同じく交感神経優位の心臓の治療に心兪や巨闕などという兪募穴治療パターンは使いづらい。
③人為的に交感神経優位の情況を作り出すため、強刺激治療や座位での治療を実施する。これには欠点もあり、強刺激になりすぎ、数時間後(とくに夜間)にリバウンド(発作の再発)しやすくなることがある。自律神経は振り子のようなもので、自然に振れ動いている限り問題ないが、人為的に大きく振り子を動かすと、反対方向にも大きく動いてしまうのである。
④このような失敗を防ぐため、筑波大の西条一止先生は太い鍼で短時間(単刺施術)・少数穴治療という考え方を誕生させた。イメージ的には、熱いバスタブに短時間入る感覚である。熱いバスタブに長時間入ると火傷するので問題外。ぬるいバスタブに長時間入ると副交感神経がさらに優位となるので逆効果。ぬるいバスタブに短時間入るならば、風呂に入る意味はそもそもなくなる。パルスをすると、どうしても長時間置針になるので、短時間治療という原則からは外れる。ただし軽度の喘息発作では、振り子の振れ幅も小さいのでパルスをしても、リバウンドについては心配するに至らなくてすむ。
2)首コリ肩こりの治療
故・高岡松雄医師は、気管支喘息患者発作時に皮内針治療を実施したところ、同じ患者でも、効く場合と効かない場合のあることを経験し次の結論を得た。患者によっては、アレルゲンや感染によって発作が起こるのではなく頚肩部の筋のコリが発作の誘因になっている場合がある。コリを緩めることで発作が楽になることもある」。アレルギーが発作の誘因ならば皮内鍼治療の効果はないとの解釈を提示した。
(高岡松雄「痛みの治療」医道の日本社)
3)灸痕による異種蛋白療法
40年ほど前の医道の日本誌に、「ガットグートつぼ療法」の記事が載っていた。ガットとはガットギターのガットのこと(昔のギターの弦は羊の腸を原料としていた)。グートは小腸のこと。すなわち羊や豚の小腸を細くしたものを、注射注射器で体内に入れる治療法である。ガットグートは体内で自然に溶けて消滅する。要するに埋没針療法の一種である。
これは減感作療法と似た面をもつ。身体の中に異物が入ってくると、身体は退治しようとして、アレルギー反応が起きる。しかし、その異物は大した悪さをしないことが分かると、同じような刺激にあっても以降は過敏反応を呈さなくなる。そこで用いられるのが手術用の糸や絹糸の埋め込みである。
異物を皮下に埋め込む方法は日本の鍼灸師には禁じられているが、その代用として透熱灸があると浅野周氏は記した。これは皮膚を焼いて蛋白質を変性させることにより、異物を皮下に埋めたのと同様の効果がある。ただし皮下に異種蛋白ができなければならないので、上質モグサでは効果が乏しい。灸頭針用の質の悪いモグサを使い、米粒大の灸をすえる。浅野氏による喘息に対する施灸による異種蛋白療法は次のように行う。
伏臥位。大椎~至陽(督脈上の棘間穴の中から、圧痛の強い2穴を選択)、左右の肺兪と左右の膏肓(できるだけ肩甲骨を開かせてその内縁)を選択。計6点を選ぶ。灸頭針用もぐさを使用。底辺直径2~3㎜、高さ5㎜大の艾炷をつくり、上記穴に9壮づつすえる。9壮×6ヶ所=54壮になる。熱さは1壮で30秒間ほど続く。粗悪もぐさを使う処が治療のカギ(異種蛋白をつくる)である。10日前後または発作時に、再び同様に施灸する。3回程度の治療で改善するのが普通で、1年に3回治療というパターンを継続する。10日毎ならば何回すえてもよい。
ただし似田がこの方法を試してみようと、喘息患者に大椎の透熱灸を行い、人為的に火傷をつくったことがあったが、あまり手応えはなく残念な結果に終わった。異種蛋白療法として施灸痕を考える方法は、興味深いものだが、神経痛や筋肉痛の鍼灸治療などどは異なり作用機序は複雑になる。今後とも喘息のタイプ別の分類、体位や施灸刺激量などを試行錯誤による検討が必要だろう。
4)ヒストキシンからヒートショックプロテインへ
「異種蛋白(ヒストキシン)療法は、興味深いものではありが、実効性は疑問にある」と私(似田)は以前から思っていた。ヒストトキシンという単語が生まれたのは1930年頃で、以後は研究の進化みられていない。これに対して、現在は医学界でヒートショックプロテイン(Hsp)が注目されてきた。灸の火傷作用の効果は、Hspによるものではないか?
Hsp70について、分かっていることを簡単にまとめる。
①Hspは細胞が様々なストレスを受けた際に細胞の中で作られて放出される蛋白質で、なかでも熱に反応するのがHsp70という。Hsp70には炎症を抑制する作用がある。
②ただし自己免疫疾患(アレルギーや膠原病など)の場合には却って症状が悪化することもある。
③Hsp70を分泌させることが、免疫システムに対して良い影響を与える。たとえば40℃の湯船に20分つかると、体温は核心温度1℃上昇するので免疫反応を活性化するという。④直接灸は熱いが熱量的には大したことはないので、たとえば気管支喘息に大椎に7壮の半米粒大灸をしたからといって、Hsp70が上昇して治効をもたらすかどうかの疑問は残る。これが打膿灸になると話は別で、打膿灸の治効はHsp70増加によるものかもしれない。
5)気管支サーモプラスティー(BT;bronchial thermoplasty)の開発
気管支を物理的に熱することで重症気管支喘息の発作を緩解させようとする治療法が開発され、2015年4月に日本でもこの治療法が保険収載された。これを気管支サーモプラスティー(BT)とよぶ。気管支鏡の先から高周波電流を出し、これにより気管支壁を65℃に加熱する治療である。肥厚した気道平滑筋を薄くし、筋肉量を減少させ、喘息発作を緩和させる。気管支に熱を加えても基本的には痛みや熱さは感じない。この治療原理もヒートショックプロテインといえるのではなかろうか。
6)次回発作までの期間を長引かせる全身治療
発作時の治療は現代医療に任せ、鍼灸は次回発作までの期間を長引かせること。すなわち発作が起こりにくい身体にすることが重要だといわれている。これは方向性としては妥当だが、実際の施術方法まで示すものではない。
上写真:外国人向け指圧講習会2022年。下段中央が筆者(高野山宿坊にて)
岡本 雅典
あはき師、元東京医療専門学校講師
オフィス:The 立川鍼灸院 治療室ホスピターレ
東京都立川市柴崎町3-3-3 櫻岡ビル4F
電話 042-526-0766