AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

慢性足関節捻挫に足根洞(=丘墟)刺+腓骨筋群刺 Ver.2.1

2015-05-22 | 下肢症状

2012年6月12日に「慢性足関節捻挫に足根洞(=丘墟)刺針」と題したブログを発表したが、一部に誤りがあり、その後の知見も増えたので、上記タイトルとして書き改める。


急性足関節捻挫による靱帯損傷が治りきっていない状態というのが、狭義の慢性捻挫である。この状態で、激しい運動や足首に負担のかかる姿勢を行えば、痛みが出現する。「治りきっていない」という意味には、次の2つがある。


1.靱帯の緩みが原因となる場合 
    靱帯断裂    ※急性捻挫の痛み自体は数日~数週間で消失
        ↓
   切れた靱帯線維間が、瘢痕組織で埋まる
     ↓
   靱帯が緩む(ゴムのように伸びる訳ではない) ※「関節不安定症」状態(靱帯損傷の数%)
        ↓
    普段は痛まないが、わずかなきっかけで捻挫を繰り返しやすい
        ↓
     靱帯再建術  ※術後は9割以上が治癒するが、残り数%は本手術でも完全には回復しない。
 

2.関節とくに足根洞の固有知覚の異常が原因となる場合   


靭帯の機能不全が軽度な場合でも捻挫を繰り返すことがある。それは、主に関節の固有知覚(関節の位置や関節にかかる力を感じる=バランス感覚を担う神経群)の異常が考えられている。足部の関節の固有知覚は、靱帯や関節包などのほかに、とくに足根洞窟部は神経終末が集合しており、足部の固有知覚に重要な役割があることが知られるようになった。

 1)足根洞の構造と機能
足の外果の斜め前下方で、距骨と踵骨のつくる骨溝を足根洞(丘墟穴に相当)とよぶ。足根洞は漏斗状で、内部には骨間距踵靱帯と、下伸筋支帯から分岐した3本の線維束がある。この線維束は、伸筋の緊張が、下伸筋支帯を介して、距骨-踵骨間に一定の動きあるいは安定性を与える生体力学的な機能をもつと考えられている。

 

2)足根洞の機能異常
       
足の外果の斜め前下方で、距骨と踵骨のつくる骨溝を足根洞(≒丘墟穴)とよぶ。足根洞は漏斗状で、内部には骨間距踵靱帯と、下伸筋支帯から分岐した3本の線維束がある。足根洞内部には、神経終末が集約されており、「足の目」ともいわれるほどに地面から足に伝わる微妙な感覚を感受するセンサーがある。

 「足根洞」で捉えた足の感覚は、脊髄を上行して脳まで伝わり、脳が解析した感覚は脊髄を下行して腓骨筋に伝わる。つまり、足根洞部→反射弓→腓骨筋緊張という反射弓で制御されている。
    
もし足根部の神経終末が何らかの原因で傷を受けている場合、足はつま先が下垂し、かつ内反足傾向になるので、足先を床に引っかけやすくなるので、足関節外側捻挫を起こしやすくなる。 
  

3.慢性足関節外側捻挫の治療

1)足根洞症候群としての針灸治療
   
ペインクリニックでは、このような慢性足関節捻挫に対しては、足根部へのブロック注射が効果をあげている。針灸でも太い針で、足根洞底部に到達するような深刺を行い骨膜刺激を行うとよい。単に仰臥位で丘墟から直刺深刺してもあまり響かないので、跪座位 (両足の指を立て、踵の上に腰を下ろした姿勢)、または俗にいう和式トイレ座り (足裏を地面につけてしゃがむ姿勢)にて刺針すると響くようになる。
  

 


 


2)腓骨筋群の筋力増強訓練と治療点
       
前距腓靭帯が傷ついた足首であっても、腓骨筋群(長・短腓骨筋)などが足関節をしっかりと支えているとぐらつかずに歩行できる。腓骨筋群を鍛えることが捻挫の再発を防ぐことにつながる。その訓練方法には、長座位になって両足の外側をゴムで連結し、足を外旋 (踵を支点として足母趾を遠ざける)させる方法などが知られている。
針灸治療では、長・短腓骨筋に対する刺針として、陽陵泉・懸鍾などが局所治療点となる。
   

 

 

 

3.殿部の下肢内旋筋群に対する坐骨神経ブロック点刺
    
足の内反訓練が慢性捻挫の予防につながるのであれば、話しを一歩進めて、殿部深部筋(梨状筋など)増強目的で訓練するのも良いアイデアかも知れない。殿部深部筋の収縮力低下によるものであれば、筋力を復活させるには坐骨神経ブロック点刺針(=梨状筋刺針)をすることが効果的になる可能性もある。 

 

 

 

 

 

 

 


女性の機能性不妊症の針灸治療と治療成績

2015-05-17 | 産婦人科症状

全国には婦人科疾患の針灸治療を謳った針灸院が少なからず存在している。月経痛などは速効性があるのであまり問題はない。逆子の治療は短期間なの治療の成否とは関係なく問題は少ないだろう。しかし不妊症はどうだろうか。結果が出るまで数ヶ月以上を必要とし、かつ結果が成功・失敗の二択になる。高額な治療費をもらっている以上、治療者としては結構な冒険だろう。それでも妊娠する確率が、ある一定以上であれば、治療失敗もやむを得ない面があると思うが、実際はどんな具合なのだろうか。


1.女性の機能性不妊症について
 
1)女性の機能性不妊症の原因


受精卵が着床するためには、子宮内膜の血流量が豊富なことが重要な条件であることが知られている。その子宮内膜の血流量を減少させる要因にストレスである。ストレスがあると、鬱血の増大および末梢循環を減少させ、「冷え」をひどくする元凶となる。冷えが瘀血を生じて、子宮・卵巣・卵管の血流量を減少させると、おのずと卵胞の発育成熟も遅れて無排卵になる。同時に子宮頸管粘液の分泌機能に障害をきたして授精・着床障害を起こすことも考えられる。

 
2)不妊症に対して針灸ができること    


自分自身の生命が不安定な状況では、新しい生命を誕生させる余力がない。機能性不妊症では、基本的には母体がある一定以上に健康体である必要があるのだろう。不妊に対して針灸ができるアプローチとしては、子宮・卵巣に対する血流動態の改善と、ストレス改善が考えられている。具体的には次のようである。

  
①胚の質が改善

卵子自体の質の改善は困難だが、卵胞の発育不良の改善を目指すことができる。
  
②着床側の子宮内膜の環境の整備

子宮内膜が厚くならない場合にその改善を目指す。内膜が8ミリ以上と未満とでは、体外授精の妊娠率も有意に異なる事が知られている。内膜の状態は妊娠率を左右する。大切なのは子宮周辺の血行の促進が内膜の厚さに関与するという研究結果があることで、局所の血行促進は、針灸の得意とするところである。
  
③ストレスの緩和  

卵巣は視床下部から脳下垂体を経て、ホルモンによる指令を受けるが、ストレスが大きいと、この指令に不調和を起こす。ゆったりとした治療でストレスの緩和を行なう。


2.不妊症に対する針灸の治療成績


不妊の針灸治療を受けようとする者は、人工授精や体外受精を行っていることが多いので、針灸単独での治療効果は判然としないが、総合的にはだいたい5割程度の妊娠成功率であるとされている。現代医療での成功率が3~4割程度なので、1~2割程度の上積みが針灸の効果といえる。

 
1)越智正憲(産婦人科医)の見解

東洋医学だけでの機能性不妊症施術の妊娠率は5%以下に過ぎない。その理由は、機能性不妊症の90%以上は、卵管采でのピックアップ障害か精子の受精障害であって、これらの障害には東洋医学の効果は全くない。
(越智正憲:「概説 不妊症の検査と施術」医道の日本 第752号 
平成18年6月号より)
 
2)形井秀一の治療成績

約3年間に不妊患者20名に対して針灸治療を試みた。11回以上治療を受けた15例についての平均治療回数は27.4回、治療期間は平均11.7ヵ月だった。このうち妊娠に至ったのは4例だった。この4名はいずれも21回以上治療をした者だった。妊娠した4例の治療回数は13~27回で治療日数は95~274日であった。
(形井秀一:婦人科疾患に対する鍼灸治療「鍼灸臨床の科学」医歯薬出版、2000.9.25)
※単純にいえば、妊娠成功者は、4/20で、成功率5%になる。

3.針灸治療の方法 (三島泰之「身近な疾患35の治療法」医道の日本社)


針灸治療の成否は、もちろん最終的に妊娠できたか否かで判断するのだが、針灸を継続して実施するためのモチベーション保持には、成功への手がかりや手応えが必要であろう。


三島泰之は、治療が効果的に作用しているかどうかの目安が次のものになるという。

①長めだった生理周期が、28日型に近づく。
②基礎体温の高温期が長くなる。
③投与される薬剤量が減っても、同じ効果が得られる。
④骨盤の歪みの是正:腸骨稜の高さに左右差、脚長差
⑤腎虚所見の是正:下腹・腰・足の冷え、小腹不仁(下腹部の空虚)
⑥瘀血所見の是正:小腹急結、小腹硬満
   ※少腹急結左下腹部に擦過痛があり、索状物がある。瘀血証。桃核承気湯の適応。
     少腹とは、側腹のこと。
   ※小腹硬満:下腹部に堅硬な抵抗物があり膨満感がある。瘀血症で桂枝茯苓丸が適応となる。  
       小腹とは下腹、大腹は上腹のこと。

 


代田文彦先生13回忌法要の集い

2015-05-12 | 講習会・勉強会・懇親会

以下は、月刊誌「医道の日本」のニュースとして、筆者が平成27年4月中旬に投稿したもので、同年5月号に記事として誌面を飾った。ただし集合写真は小さなさなモノクロで載ったにすぎないので大判カラーで紹介する。さすがに医道の日本誌ニュースより前に本稿に載せることはルール違反だったので、これまで手元に保留していたものである。

                                                                     
平成27年3月29日、故・代田文彦先生(前東京女子医大教授、元日産玉川病院東洋医学科。平成15年1月23日死去)の13回忌法要として、元日産玉川病院東洋医学科研修有志が、高尾霊園(JR中央線高尾駅徒歩15分)の墓前に集合した。喪主は奥様の代田瑛子様。このお墓には、お父様である代田文誌先生の遺骨も納められている。
 
玉川病院東洋医学科の研修制度は昭和53年~平成15年の27年間の長きにわたり、文彦先生が中心となって行われた。鍼灸師にも生の現代医療に触れつつ、医療としての鍼灸を追究しようとした試みで、文彦先生の尽力なしには成り立たない企画であった。この試みに共感し在籍した針灸研修鍼灸師はのべ97名であった。うち今回の13回忌に集まったのは40名だった。これも代田文彦先生への人徳を示すものといってよいだろう。

 


代田文誌・文彦先生の墓前にて。人数が多いのでお墓が隠れてしまった。下段左から4番目は文彦先生実弟の泰彦先生。
その右隣が、奥様の代田瑛子先生(内科医)。

 

 墓参後の懇親会の席上。感激のあまり絶叫中。(寺師健先生 撮影)