1.大椎の位置
私の大椎穴の取穴は、基本的にはC7/Th1棘突起間であり、今日の基準だと思われる(代田文誌先生は大椎はC6/C7棘突起間を取穴していた)。大椎は背部督脈上の穴や背部膀胱経上の取穴基準点となるので、経穴の位置を統一したい者にとっては困ったことではある。もっとも臨床的には、大椎穴近辺の圧痛所見をもって、そこを大椎と定めるだろうから、針灸治療的にはあまり混乱は起きないであろう。
2.大椎一行としての治喘と定喘
大椎穴はすぐ直下に骨があるので、刺針して響かせることは難しい。実際には大椎穴ではなく、大椎一行を治療穴として用いることが多い。大椎一行には、治喘と定喘がある。私は、治喘は大椎穴の外方5分、定喘は大椎穴の外方1寸としているが、異説が多い。私の病院研修時代、定喘というツボは耳にしたことがなかったのだが、現在の学校教育経穴教科書には、定喘はあっても治喘は載っていない。定喘と治喘は同一のものであるという者 までいる。
3.代田文誌著「鍼灸臨床ノート第4集」から<治喘の穴 昭47.6.7>の内容から
以下の内容は、現在でも私(似田)の治療に大きな影響を与えている。代田文誌先生は、「快速針刺療法」を読み、「治喘」の存在を知った。従来、この穴を文誌は大杼一行として捉えていた。なお「快速針刺療法」は手帳サイズの薄い本にすぎないが、光藤英彦先生も所持していた。その本の余白には、光藤先生の手によって細かく書き込みを入れていたものたが、愛媛県立中央病院に行った後にも病院に、その本は残されていた。
1)「快速針刺療法」からの抜粋
穴位:大椎穴の傍ら2分~3分のところ。すなわち第7頸椎と第1胸椎の間の骨際の処。
主治:喘息、咳嗽、脊柱両側の痛み、後頭部の痛み
針法:直刺1~1.5寸
針感:しびれて腫れぼったい感じが下方に伝わり、背部または腰部に達する。
注意:脊椎から遠くなりすぎてはいけない。肺臓を刺傷して気胸をおこすのを防ぐためである。
2)代田文誌の体験例
文誌先生が風邪をひいて、身柱・風門に灸したがよくならず、慢性化して咽痛と夜間咳嗽が出現、寝ていると苦しいまでになった。そので自分自身で治喘に刺針したところ、少し症状が楽になったので、息子の(代田)文彦に、針尖を脊柱に沿って下方に向け、1寸5分ほど刺入してもらった。すると針の響きが脊柱に並行して下方に5寸ほど響いていった。今度は針を抜いて直刺1寸ほどしてもらうと、針の響きは頸の方から咽の方に達した。すると間もなく咽が楽になり、咳が鎮まってきて、体を横にして眠ることができた。こうした体験後、大椎一行から下向きに3㎝ほど斜刺するやり方は、文誌の常套法となっていった。
3.現在の私の治喘刺針の意図
1)椎間関節症の治療
椎間関節刻面傾斜角が、上下椎体間の動きは決定している。例えば腰椎は屈伸運動は可能だが回旋運動ができない。すると上体を回旋時、胸椎回旋のアラインメントはTh12/L1椎体間で遮断され、この椎体に大きな歪みが生じて椎間関節症状態になることが多いであろう。
頸椎: 回旋○ 屈伸○
胸椎: 回旋○ 屈伸×
腰椎: 回旋× 屈伸○
仙椎・尾椎:回旋× 屈伸×
脊柱は頸椎・胸椎・腰椎・仙椎と尾椎という4つの構造体グループでできているが、建物の建て増し部分との接合部が地震に脆弱なように、構造体の境目に力学的な歪みが生じやすい。頸椎は回旋・屈伸ともに可動性があるが、胸椎は回旋可能だが屈伸に可動性はない。つまり頸部の屈伸運動において、C7/Th1椎体間で動きがストップされ、歪みがこの部に加わりやすいと思われる。頸部の屈伸運動障害時の治療には、脊柱回旋作用のある回旋筋・半棘筋が刺激目標になるので、大椎穴よりも、その直側である治喘穴あたりから深刺する方が効果的になる。
2)交感神経優位化の治療
肺や気管(支)の内臓体壁反射は、心臓とは逆に、「交感神経<副交感神経」の臓器であり、起立筋や大胸筋の反応は比較的弱く、これらの部のコリ痛みを緩めても症状の改善につながりにくい。要するに内臓-体壁反射としての体壁反応は弱く、体壁-内臓反射による治療効果も弱い。
咳嗽喀痰に対する鍼灸治療は、交感神経優位にすることが症状緩和になると考える(たとえば、喘息発作時には、両手を熱い湯につけると症状緩和する。熱いシャワーを大椎部にあててもよいが、脱ぐのに手間取る)ので、促通手技として座位にし、上背部とくに治喘穴に対して強刺激施術を行う。
<治喘>
位置:大椎穴(C7、Th1棘突起間)の外方5分(実際には直側)
刺針:刺針:#3~#5針にて、3㎝刺入して強刺激の雀啄。この間、患者に命じて軽く数回呼吸させる。頸部交感神経を興奮させることで副交感神経亢進を是正。
4
.星状神経節ブロックと大椎周囲刺激の共通性
1)星状神経節ブロックの治効理由にたいする疑問
星状神経節ブロックは、頭部頸部を支配している交感神経の活動を抑えることで、相対的に副交感神経活動を優位にし、頭部顔面部の血管壁を拡張することで血流増加をまねき、このことが自然治癒力の増強を図るといった意味がある。
代田文彦先生は、この見解に異論があった。星状神経節ブロックでは、普通は局麻剤とステロイド剤の混合薬液を注射するが、実際にはブロック針を刺すことだけでも薬物を使った時と同様の効果が得られるという事実がある。刺針刺激は、局所を麻痺させるのではなく、局所を刺激するという真逆の作用なのに、同じような効果があるのは何故なのだろうか?
2)大椎と星状神経節刺針
筆者も玉川時代、星状神経節ブロックの真似をして、星状神経節刺針を結構行っていたが、治療効果が不明瞭(星状神経節に針先が命中したか否かを確認することが難しいこともある)であったこと、前頸部から刺針する関係で患者が嫌がる傾向にあったことなどから次第に行わなくなった。
星状神経節刺針に代えて行ったのが、座位での治喘深刺だった。治喘刺は星状神経節刺と同等の効果があり、治療のやりやすさを考慮すると、治喘の方に分があると思っている。
その理由として、①星状神経節刺部位と治喘は、座位側面からみると、ほぼ同じ高さに位置すること、②星状神経節ブロック時の薬液浸潤は上部胸椎領域にも広がるという事実による。