AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

下肢~足の筋膜症アプローチ(その4)モートン病

2024-09-30 | 下肢症状

1.病態

足の5つある中足骨の基部は深横中足靱帯により固定され、足底の横アーチを形成している。横アーチの下には足趾間の知覚をつかさどる内側足底神経・外側足底神経などが走行している。

モートン病の痛みはこれらの神経興奮によるもので、足裏の足趾にピリピリした感じが出現する。足底趾神経圧迫は、第3趾第4趾の間に最も多い。その理由は、内側足底神経と外側足底神経枝が交わる部位という解剖学的特徴による。ただし他の足趾間にもモートン病は生じる。

 

モートン病の誘因となるのは開張足である。開張足になると中足骨間が開大し、深横中足靱帯が伸張する。するとこの靱帯を貫通する足底神経が絞扼され、神経痛を生ずるようになる。圧迫されている部の近くには仮性神経腫と呼ばれる神経腫ができ、この神経腫は痛みを生じる。  

 

2.症状
跪座位(座位で踵を上げて床に足趾を押しつける)にすると足底神経が深横中足靱帯に圧迫を受け、足裏の趾先の方にビリビリと痛みが放散する。歩行時に床から繰り返し地面反力が加わるので、痛みのため歩行を続けることができない。

3.治療

1)傷防止パッドによる足神経の免荷

足底の足趾間にある圧痛点を確定し、その圧痛を挟むように百均の床キズ防止フェルトシール(百均ダイソー、直径2㎝、厚さ5㎜)などを貼りつける。
この時、跪座位にして放散痛が軽減する位置を探し出すようにする。歩かせてみて、まだビリビリと痛みが放散するのなら、痛みが軽くなる部位を探して、パッドの位置を微調整して貼り直す。パッドは就寝前に取り外す。下写真は、筆者がかつて罹患した左第2第3趾間のモートン病で、後述する床キズ防止パッドを貼って速やかに改善した。

筆者の罹患したモートン病(左第2第3趾間)時の床キズ防止フェルトシール治療

 

2)足趾の関節の底屈ストレッチ
モートン病では開張足になっているので、足の横アーチを回復するべく、術者が患者の指を強く底屈させ、足趾を底屈訓練を行う。
自宅療養として患者自身立位で足趾を底屈ストレッチを行わせる。

 

3)後脛骨筋腱の伸張

足趾の関節の底屈は、下腿後側深層筋である後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋の収縮による。これら3筋が正常に筋収縮していれば開張足にならず、モートン病にもならない。下腿後側深層筋が収縮力できないのは、下腿後側深層筋腱の滑走性が低下している理由による。つまり足根管部の絞扼障害が起きている

治療は、後脛骨筋を狙って承筋刺激をすることもできるが、承筋からの刺針では、ヒラメ筋→長母趾屈筋→後脛骨筋とかなりの深刺になってしまう。したがって水泉穴あたりの後脛骨筋腱を持続強圧しつつ、患者に足関節と足趾の関節の背屈・底屈運動を20回程度、素早く行わせる方法がよいだろう。
水泉(腎):内果最高点とアキレス腱の間の陥凹部。動脈拍動部に太渓をとり、その下1寸。踵骨隆起の内側上部陥凹部で足根管部に相当する。つまり水泉穴は、足根管部刺激の代表穴になる。

※足根管の構造と足根管症候群(参考)             

足内果と踵骨を結ぶ帯状組織を屈筋支帯とよび、屈筋支帯と足根骨に囲まれたトンネル様スペースを足根管とよぶ。足根管中を脛骨神経、後脛骨動・静脈、後脛骨筋腱・長趾屈筋腱・長母指屈筋腱が通る。脛骨神経は足管管を通過した後、足裏に回り、内側・外側足底神経、脛骨神経踵側枝となる。足管管症候群とは、足根管部で神経および動・静脈が絞扼され、足裏にしびれや痛みが生じた状態である。

      


下腿から足の筋膜症アプローチ(その2)外反母趾 ver.1.1

2024-09-28 | 下肢症状

1.外反母趾の概要
1)定義           

母趾がMP関節で小趾側に曲がり、第1中足骨と母趾基節骨の角度(HV角 Hallux  vaigus  angle)が20度を越えた状態。外反母趾は中高年の女性に多い。

 

※バニオンbunion :第1中足骨頭の内側部分の隆起。摩擦により生じた滑液包炎。発赤・腫脹・疼痛。

 

2)外反母趾の病態生理
   
深横中足靱帯(MP関節の近位部の足根骨と足根骨を結合する靱帯)のゆるみ

    ↓
足の横アーチ消失して開張足。靴幅が狭く感じる
          ↓
第2趾MP関節底部趾基部で接地し、床を蹴って前進するという習慣(接地部に鶏眼や胼胝が好発)
    ↓
歩行時に母趾屈曲力(長・短母趾屈筋収縮)を必要としなくなり、浮き趾になる。
    ↓
母趾の存在がかえって歩行の妨げになり、徐々に母趾が外反する。

 

3.外反母趾の治療
 
1)運動療法


ゴムバンドを両足の母趾にかけて離す動作に力を入れるホーマン体操が有名で、軽度から中等度の外反母趾に対して痛み軽減の効果が期待できる。
また足の趾でグーチョキパーを作って趾を開く母趾外転筋運動、タオルギャザー訓練も行われる。
日常的に鼻緒のあるサンダルを穿くと母趾と第2趾で鼻緒を挟もうとする力が働くので治療的効果がある。

2)キネシオテープによる外反母趾の矯正法

キネシオテープ矯正の直後から、外反母趾はかなり矯正されるが、変形が治るわけではない。それに加え上ゴムの収縮力が失われ、伸びきってしまうと効果もなくなるので、持続効果はせいぜい2~3時間である。皮膚に直接テープを巻くことは、接着剤が皮膚の角質層を剥がすことになるので連用にも適さない。要するにキネシオネシオテープの用途はあくまで応急処置になる。

外反母趾のキネシオテープ法はいろいろ考案されている。以下はその1例で、私が常用している方法である。

幅約2.5㎝、長さ7㎝と15㎝の2本のキネシオテープを用意する。
テーピングの始点は、母趾基節骨の内側。母趾を小趾側に外旋させながら、母趾背面へとテープを巻いてゆく。

長期連用には、矯正用インソール(クツの中敷き)の使用がよい。

 

 

3)浮き趾に対する長母趾屈筋筋力訓練

長母趾屈筋は、文字通り母趾を屈曲させる機能がある。外反母趾になると、母腹で床を後に蹴って前に進む運動がしづらくなり母趾屈筋も使わなくなって、母趾は浮き趾状態になる。
長母趾屈筋筋力を復活させるには、術者は患者の足腹側から母趾IP関節を押さえつけ、患者にこれに逆らうように母趾を強く屈曲するよう指導する。 
長母趾屈筋は起始が腓骨体下部後面、停止が母趾末節骨底。

 

4)浮き趾の針灸治療
     
外反母趾そのものに対する針灸はないので、浮き母趾を改善することで歩行時に母趾腹で床を蹴る歩行動作改善を目指す。
長母趾屈筋は、下腿部ヒラメ筋の深層で腓骨の直下にある。 座位で下腿外側ほぼ中央、腓骨下縁の陽交~懸鐘を刺針点とし、腓骨下縁をかすめるように2~3㎝直刺する。刺入後、母趾の屈伸自動運動を実施。長母趾屈筋腱に加わる牽引力を緩和させる意図がある。陽交は、長母趾屈筋の腓骨起始部で伸縮しないので、光明~懸鐘が治療穴として適切になる。
陽交(胆):外果の上7寸、腓骨前縁に外丘をとり、その後方で腓骨後縁で長腓骨筋とヒラメ筋の筋溝に本穴をとる。深部に長母趾屈筋がある。
光明(胆):外果の上5寸
陽輔(胆):外果の上4寸
懸鐘(胆):外果の上3寸

 


下腿から足の筋膜症アプローチ(その3)足底筋膜炎

2024-09-28 | 下肢症状

1.足底筋膜炎の概要 

1)解剖
①足底の筋は、表在性の足底筋膜に覆われている。足底筋膜は踵骨隆起から起こり、足の指に至って足底の縦のアーチ維持に貢献している。
②足底筋膜に加わる張力の反復により、足底筋膜の付着部に牽引ストレスが作用し、また足底筋膜の微小断裂を起こす。長距離走の選手に多い。


 

2)症状
痛みの直接原因は足底を走行する脛骨神経分枝の神経痛による。
①足底部の脛骨神経分枝刺激
歩行開始時や走行中に、踵骨前縁(失眠穴前方)や土踏まず部(足心穴)が、ビリビリと痛む。 

※足心穴とは何となく聞いたことのある奇穴だが、本穴がどこに位置するかを明記している資料はなかなか見つからなかった。中国の記事で<足根穴は湧泉穴の別称>との記述はあったのだが、足心と湧泉は明らかに位置が異なる。困っていたが、ついに間中喜雄訳「奇穴図譜」(医道の日本社編)に、<湧泉の後方1寸の陥凹部>と記述されているのを発見した。

※外側ばね靭帯(底側踵舟靱帯):距骨を下方から支持し縦アーチ維持に貢献。 踵骨-舟状骨を結ぶ。臨床的重要性は低い。

  
②起床直後の母趾背屈時痛
この微小断裂は、夜間就寝中に治癒機転が働いて固まるが、翌朝に固まった損傷部に体重が加わると、痂皮(カサブタ)が引き伸ばされて破れるように、微小断裂部が破れて激痛となる。

3)経過と予後
スポーツ再開までには数ヶ月の安静が必要(治癒に半年以上かかる例が10%)

3.足底筋膜炎の病態生理と針灸治療

1)治療目標

下腿三頭筋が収縮して踵を離床するタイミングは、足関節の背屈可動性に依存している。正常では、十分な足背屈ができるので、歩行時の後足は十分後方に行った時点で、踵は離床する。
この段階から足指を屈曲して床を蹴るのが生理的である。
もし下腿三頭筋が過緊張していて足の背屈可動性が不十分な場合、早い段階で踵は 離床する(したがって歩幅は狭くなる)。このような歩行を長らく続けていると、足指を屈曲させるのに強い筋力が
必要になり、足底筋膜に負担がかかる。治療は、過収縮している下腿三頭筋の緊張を緩めることになる。


 

2)治療方法

①立位で踵立ちさせた状態で、下腿三頭筋を収縮させ、圧痛(承山など)に刺針する。

乳児は、下腿三頭筋と足底筋膜は種子骨を介して連結している.。種子骨の代表は膝蓋骨であるが、運動方向を変える機能がある。つまり下腿三頭筋の長大な腱という機能で足底筋膜が存在している形になる。生後1年になると乳児も独歩行できるようになり、その頃には種子骨が踵骨と一体になり、足底筋膜と下腿三頭筋は完全に分離される。このような成長の変化から推測できるように、足底筋膜と下腿三頭筋は関連があり、下腿三頭筋が緩むと足底筋膜も緩むと考える。

 

②局所治療:刺痛を与えないようできるだけ細針を使い、足底の圧痛点に浅刺する。結構な痛みを与えるので要注意。置針した状態で、足趾の屈伸運動をすることで運動針効果をねらう。

 

③自宅療法:座位で患側下腿を健側大腿の上に乗せ、自分で下腿三頭筋を強圧、そしてねじるような力を加える。


3)足底筋膜炎のキネシオテーピングの一例 


  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下腿から足の筋膜症アプローチ(その1)全体像

2024-09-24 | 下肢症状

1.前腕筋の構造と針灸治療理論
 

下腿の筋構造と筋膜症状について記す前に、前腕の筋構造と筋膜症状について整理する。前腕には手関節と手指関節を動かす筋が収まり、下腿は足関節と足趾関節動かす筋が納まるという構造的共通性があるためである。
 
前腕部の屈筋には浅層と深層に分かれ、浅層は手関節背屈作用がある。深層は指を 屈曲作用がある。たとえばバックハンドテニス肘には、短橈側手根伸筋(手三里外方)を施術するとよい。第2~5指バネ指に対しては、浅・深指屈筋(郄門の内方で 心経上)への施術を行う。つまり前腕症状はもちろん、手指症状であっても、前筋に対して針灸施術することになる。

前腕屈筋で、浅層筋は手関節の屈曲に関係し、深層筋手指の屈曲に関係する。

バネ指の針灸治療ver.3.3  https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e5b5616ff27ed725e4841034d9eee012

 

2.下腿筋の構造

①外反母趾→長母趾屈筋力低下(陽交)  
②足底筋膜炎→下腿三頭筋緊張(承山)
③モートン病→後脛骨筋腱緊張(水泉)+局所パッドによる免荷
④後内側型シンスプリント→長趾屈筋と後脛骨筋の筋膜癒着(三陰交),長趾屈筋とヒラメ筋間の筋膜癒着(地機)
⑤前外側型シンスプリント→前脛骨筋と長腓骨筋間の筋膜癒着(足三里移動穴)


下腿筋の障害により、外反母趾・足底筋膜炎・モートン病・シンスプリントなどの筋膜症が生ずる。今回は総括的な説明を行い、腿~足の筋膜症それぞれに対する治療の全体構成を観ていくことにした。これだけの説明では簡略化されすぎ、理解しづらいことだろうが、今後は各疾患の病態把握や針灸治療理論について、一つ一つ取り上げる予定でいる。 

 

1)下腿三頭筋と足底筋膜炎
  
下腿後側の屈筋には、浅層に下腿三頭筋(ヒラメ筋と左右の腓腹筋)があり、ともにアキレス腱に停止し、足関節を底屈する機能がある。

下腿三頭筋が収縮して踵を離床するタイミングは、足関節の背屈可動性に依存して る。正常では、十分な足背屈ができるので、歩行時の後足は十分後方に行った時点で 踵は離床する。
もし下腿三頭筋が過緊張していて足の背屈可動性が不十分な場合、早い段階で踵は離床する。このような歩行を長期間続けていると、足指を屈曲させるのに強い筋力が必要になり、足底筋膜に負担がかかる。
治療は、過収縮している下腿三頭筋の緊張を緩めることが重要である。それには、立位で踵立ちさせた状態で、下腿三頭筋の圧痛(承山など)に刺針する。


2)外反母趾と長母趾屈筋


外反母趾になると母趾腹で床を蹴って前に進むことはできず、第2趾MP関節底趾基部で接地し、床を蹴って前に進む習慣動作(接地部に鶏眼や胼胝が好発)になる。
床を蹴るのは示指MP関節部あたりになる。治療は、長母趾屈筋の筋力を増強させる運動法(タオルギャザーや鼻緒のあるサンダルの使用)を行い、治療穴としては下腿の長母屈筋刺激を目的として陽交を刺激する。
針灸治療は、外反母趾そのものに対する治療ではなく、浮き趾に対する治療になる。下腿外側ほぼ中央で、陽交穴あたりから長母趾屈筋に対して刺針する。


3)モートン病と後脛骨筋

 
モートン病の誘因となるのは開張足で、開張足になると中足骨間が開大し、深横中足靱帯が伸張する。するとこの靱帯を貫通する足底神経が絞扼をうけ、神経痛をずるようになる。  

 踵を上げて床に足趾を押しつけるようにすると足底神経が深横中足靱帯に圧迫をけ、足裏の趾先の方にビリビリと痛みが放散する。歩行時に床から繰り返し刺激が加わるので、痛みのため歩行を続けることができない。後脛骨筋は下腿後側の深層筋に分類され、本筋収縮は足関節底屈機能になる。下腿後側深層の母趾屈筋・趾屈筋には足趾屈曲機能があり、下腿三頭筋と協調して歩行やランニング、ジャンプ等の運動を実行する。
下腿後側屈筋の浅層筋と深層筋の筋膜癒着して滑走障害が起こり、下腿から足にかけての種々の症状を生む。治療は、この滑走障害を改善することにあるが、後脛骨は下腿後側の深部にあって運動針を行いづらいので、足根管部にある脛骨筋腱部(=水泉穴)を強圧しつつ、患者の足趾の底背屈運動を実施する。


4)後内側型シンスプリント  

 
① 長趾屈筋と後脛骨筋間の滑走障害 

下腿後側深部筋には、後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋があり、これらの腱はどれも足果の下方の足根管を通って足趾に停止している。その機能は足関節底屈作用(つま先立ち)であり、足関節底屈運動過多になれば痛みは増強する。踵を上げて(足関節底屈)走行するこのと多いランニングやジャンプの際、癒着した筋が滑走障害を起こして痛みを感ずる。
 園部俊彦氏(運動と医学の出版社代表)によると、後内側シンスプリントは長趾屈と後脛骨筋間の滑走障害が多く、後脛骨筋関連の内側下1/3周辺に痛みが現れるという。
したがって仰臥位で、太渓~三陰交あたりから2寸針で脛骨下縁に向けて直刺刺し、長趾屈筋・後脛骨筋を刺激する。置針したまま足の自動運動を行わせるこで、滑走性を回復させる。
  

②長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害(低頻度)   
長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害が原因となる場合もある。ヒラメ筋は足関節の底屈作用、長趾屈筋は足趾の底屈作用。足や足趾屈曲の際にこれら筋膜の滑走が起こるのが正常である。癒着が生ずると滑走できないので、腿内側下部に筋膜痛が生ずる。仰臥位で脛骨内縁の地機あたりの圧痛点を刺入点する。2~3寸針を使って、腓骨下端方向に向けて直刺深刺し、足関節屈伸およ足の回内回外の自動運動を行わせる。
地機(脾):足内果の上10寸(学校協会旧教科書では上8寸)、陰陵泉下3寸。
  

③前外側型のシンスプリント(低頻度)
前脛骨筋や長母趾伸筋間の癒着による滑走障害。足関節が背屈(足趾を足背 向ける)すると痛みが増強する。足三里は前脛骨筋中に取るが、本治療穴(足三里移動穴)は足三里と長趾伸筋の筋溝に刺針する。そのままゆっくりと足関節の底背屈・回内回の自動運動を行わせる。

 

 

 


脳清穴の臨床応用例 ver.2.0

2024-09-19 | 経穴の意味

「脳清」という奇穴があることを知ったのは、月刊誌「針灸OSAKA」の特効穴特集の記事による。今から40年も昔のことであった。特別に運動した訳でもないのに、私はたまにこの部位に鈍痛を感じることがあった。この圧痛反応は、足三里の圧痛とは無関係だったこと。また「脳清」という名称が脳や精神に効きそうなイメージもあり現在でも興味をもっている。

 

1.脳清穴について
       
足関節背面には内側から順に、前脛骨筋腱、長母趾伸筋腱、母趾伸筋腱の3腱が並ぶ。これら3筋腱は歩行やランニング等で協調的に機能する。臨床上しばしば観察するのは、脳清穴部の鈍痛を訴える例で、長母趾伸筋力が低下し母趾背屈力ができない状態である。長母趾伸筋の大部分は前脛骨筋と長腓骨筋に覆われ、その遠位部のみ表層で確認できる。したがって長母趾伸筋腱を刺激するには脳清穴(解渓の上2寸)あたりが適切である。脳清穴直下にすぐに脛骨があるので、直刺できず、腓骨方向に45度斜刺すると2㎝程度は刺入できる。深腓骨神経に強い響きを与えることができる。
うまく響かない場合、置針したまま母趾の屈伸運動を少しずつ行わせると響く。いきなり母趾屈伸自動運動をやらせると、強烈な針響が起こるので患者は驚く。

 

 

2.前外側型のシンスプリント

1)病態
シンスプリントは後内側型が多いが、前外側が痛むタイプもある。前外側型は前脛骨筋や長趾伸筋間の筋膜癒着による滑走障害による。針灸治療は、足三里やや外方など、下腿前面の前脛骨筋が長趾伸筋に接する部の圧痛を探して刺針。そのままゆっくりと足関節の底背屈・回内回外の自動運動を行わせる。この2筋の筋間に刺針しつつ、足関節の屈伸運動を行わせることで、癒着を剥がすことを狙う。


2)脳清反応は、前外側型のシンスプリントに由来するのか?

前脛骨筋は足関節背屈作用、母趾伸筋は足母の趾背屈作用がある。両腱は下腿前面下方~足関節背面にかけて併走しているから、腱膜が癒着して滑走障害を起こすことがあるかと判断した。

当初、なぜ特異的に脳清穴あたりの鈍痛を生ずるのか不明だったが、やかてこれは「前外側型シンスプリント」の診断名になるのではないかと考えるようになった。シンスプリントの典型は、「後内側型シンスプリント」であり、この場合硬い内側の三陰交付近を中心に痛むものだが、「前外側型シンスプリント」というパターンもある。すねの前面と外側の筋膜(前脛骨筋、長母趾伸筋)に牽引ストレスが作用して痛みを生じ、付着する脛骨骨面の骨膜にも牽引ストレスが作用して痛む状態である。足関節背屈がしづらくなる。脛骨筋の障害では、脛骨前面の胃経から中封に沿って重苦しく痛むが、我慢できないほどの強い痛みになることはあまりない。後内側型シンスプリントに比べて治療に反応しやすい。


3.脳清刺針の症例と考察

1)症例1(T.O. 63才男性)

①主訴:足首を回しにくい

②現病歴
来院時の主訴は、坐骨神経痛と上殿部コリ。ともに仙骨神経症状なので、坐骨神経ブロック点刺針と中殿筋刺針で改善しつつあった。なお中殿筋は上殿神経の運動支配であり、上殿神経は仙骨神経叢の枝でなので、同じ仙骨神経の枝である坐骨神経痛時に同時に出現することが多い。
本患者は、他に「足首を回しにくい」との訴えもあり、治療数回目からは、こちらの方が主訴となった。

③考察
足首の動きが悪いという訴えから、拮抗関係にあるべき下腿後側筋や下腿前面筋の緊張を調べてみる(これはⅠa抑制を考えている)と、確かに圧痛点は多数見つかったが、どこを押圧しても痛がるといった状態だったので、特異的反応点を見出すことは逆に難しかった。

そこでどの姿勢をすると最もつらいかを問診すると、「正坐しようとすると、下腿前面がつつっぱって痛むので、上体を前傾させ、体重があまり下腿にかからないようにしている」との回答が得られた。

④治療
これは前脛骨筋を十分にストレッチできない状態であると考え、仰臥位で条口あたりから前脛骨筋に2寸4番にて刺針、その状態で足関節の上下の運動針を実施した。直後に正坐させてみると、上体の前傾程度が少し改善し、下腿前面の痛みは消失し、代わりに足背部の衝陽あたりがつっぱって痛むということであった。
 
足指を底屈する動作で痛むのだと捉え、再び仰臥位にして脳清穴から長母指伸筋腱と長指伸筋腱に刺入し、その状態で足指の底背屈の自動運動をさせた。その直後に正坐させてみると、上体の前傾がほぼ消失し、正しい正座姿勢ができるようになり、下腿前面や足背の痛みも消失した。

⑤分かったこと
・正坐が苦手という者は、膝関節部痛のことが多いが、負荷をかけた際の足関節の伸展痛や、足指関節伸展痛が原因のこともある。
・前脛骨筋の負荷伸展障害は、前脛骨筋部に刺針しての運動針(足関節底背屈運動)で有効になるケースがある。長母趾伸筋・長指伸筋の負荷伸展障害は、脳清穴に刺針しての運動針(足指の底背屈運動) で有効になるケースがある。

 

2)症例2(S.A.43才男性)

①主訴:足関節が痛くなって正座姿勢がとれない
以前から上記状態が存在する。痛むのは、足関節背面~下腿前面の下方。

②考察
正座姿勢時に、足母指MP関節が強く屈曲されるが、その動作で長母指伸筋腱が強制伸張される。この時の痛み。すなわち長母指伸筋の過収縮が本態。

本例は脳清運動鍼の適応であろう。ただし、これまでこの刺針は仰臥位で行うのが常だったのだが、この症例の数日前、理由なく私自身の脳清の重だるさを感じることがあってた。こういうことは過去に何回かあった。そのたびに長座位(足を伸ばしての座位)になっっ自分の脳清に刺針し、母指の底背屈運動を行った。よく響くのだが、脳清部のダルサに対してはあまり効果を実感できなかった。ここで今回は、椅座位で脳清に刺針した状態で、爪先の上げ下げ自動運動を行ったところ、初めて効果を実感できることになった。

③治療
座位または立位で脳清刺針し、爪先の上下自動運動を5回行わせて抜針。その直後にベッド上で正座させてみると痛みなく動作できるようになったとのことだった。

④分かったこと
同じ運動鍼でも、自分の体重を利用するといった、負荷をかけた運動鍼でないと、十分な効果は得られないらしい。なお、「脳清」という漢字イメージから受ける、脳をすっきりさせるような治療効能はないようだ。

 

 

 


第9期針灸奮起の会「整形外科の現代針灸」実技講習会、終了しました。

2024-09-16 | 講習会・勉強会・懇親会

針灸臨床を初めて早や40年が経過しました。先輩方の模倣からスタートした治療でしたが、少しづつ自分なりの治療体系を構築し続けて現在があります。私の治療もベースは現代針灸ですが、現代針灸治療を実践されている先生方は他にも大勢いらっしゃるわけです。そこで私の現代針灸スタイルを、AN現代針灸 (英語名 AN modern acupuncture)と標榜 することにしました。AAとは  ATSUSHI NITADAすなわち似田敦のことです。この変更に伴い、本ブログは「現代針灸治療」から令和6年7月6日より「AN現代針灸治療」とタイトルを変更しました。

先回の令和5年春には、第7期針灸奮起の会「五官科の現代針灸」を、同年秋には「内科症状の現代針灸」の針灸実技講座を実施しました。今回は一周回って元に戻り令和6年「整形外科の現代針灸」の実技講座を行います。講習会の内容も次第に洗練されてきました。以前、参加されたことのある先生方でも満足されることと信じています。
今回の整形外科実技では、これまでの整形の現代針灸内容を取捨選択する一方、新規内容を取り入れています。病態生理と病態把握に立脚した現代針灸治療をご披露し、この技術をお伝えすることが目標です。重要なことは効かせる技術ですが、効かせる技術とは、秘伝ということもなく現代針灸の初歩的理論の中に含まれるものです。初学者対象の講習会が多い中にあって、奮起の会は臨床に勤しむ中堅の先生方を受講対象にしています。これまで奮起の会に参加された先生方の平均治療経験は、約十年です。
実技助手として小野寺文人氏、岡本雅典氏のベテラン勢も配置しました。受講生12名に対してスタッフ3名。受講生は2人がペアとなって実技練習をすることになるので、2ペアに1人が指導するという万全の指導体制です。

参加者の声(M.I先生):
針灸奮起の会!このような勉強会は学校でも一般の講習会でも無いです。遠方からご指導を受けられるのも納得します。
皆さん迷走している中、似田先生のご指導が暗闇のなかの光に感じられていると思います。こんなにご指導頂いている私ですが、まだちょっと闇の中でオロオロしております。患者情報とご指導頂いた内容がすぐ結びつくようにしなければと解っていても、後から『さっきのはこうだった~』と後悔してみたり。こうならないように先生のご指導を叩き込みます。


奮起の会マスコット「放心状態で考える君」

1.スケジュール開催時間:午後5時30分~8時頃
各回の定員:12名(定員になり次第〆切)

第1回 令和6年3月3日(日曜)  午後5時30分~午後8時 背腰痛 終了しました。 
第2回 3月17日(日曜)  午後5時30分~午後8時 腰下肢痛 終了しました。


 

第3回 4月 7日(日曜)  午後5時30分~午後8時 膝痛 終了しました。
第4回 5月19日(日曜)  午後5時30分~午後8時 頸痛  終了しました。 
第5回 7月21日(日曜)  午後5時30分~午後8時 肩関節痛 終了しました。
第6回  月  1日(日曜) 午後5時30分~午後8時 上肢症状 終了しました。
第7回  9月15日(日曜) 午後5時30分~午後8時 下肢症状 終了しました。

令和6年9月15日をもちまして第9期奮起の会(7回シリーズ)も、無事終了。記念に集合写真を撮りました。半年前(3月17日)の写真と比べると、服装が大きく違っていますね。
奮起の会の準備に追われ、8月下旬以降はブログに新規投稿できませんでした。ネタがなくなったワケではないので、今後はブログ投稿を再開する予定でおります。

 

「終講」といえば、東京都町田市にあるアルファ医療専門学校鍼灸学科で臨床鍼灸の講義・実技も7月23日に終講を迎え、上写真はその記念写真。撮影者は、鍼灸科学科長の寺田奈生先生。私の向かって右隣で目を閉じているのは実技助手の小野寺文人氏。彼とは、彼が鍼灸学校入学時から20年以上のおつきになりました。

 

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    東京都国立市中1丁目10-34       
  JR中央線国立駅、南口下車徒歩3分
     

3.持参品:筆記用具程度。各回オリジナルカラーテキストを配布し、針灸実技用の道具類は支給します。

4.会費:針灸有資格者7,000円、針灸学生6,000円  見学3500円(2名以内)

5.懇親会:講習会後、駅前の居酒屋にて。飲食費は実費で3000~3500円程度(当日受付)

6.受講お申し込み方法

参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと開催予定日、②氏名、③住所、④電話 ⑤eメールアドレスを、eメールまたは電話でお伝えください。 折り返しご連絡を差し上げます。参加費は当日現金でお支払いください。領収書発行します。 お申し込み〆切り日は各回とも開催前日午後3時頃までです。ただし参加者12名に達した場合、その時点で受付は終了します。なお各回ごとに見学者は2名以内でお引き受けしています。

あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 電話042(576)4418 
メールアドレスnitadakai825@jcom.zaq.ne.jp


講習会内容 

A.腰背痛
A4版,9ページ

A1基礎:撮診法の臨床応用
①撮診と浅層ファッシアの関係
②脊髄神経後枝走行と撮診法の関係
③撮診法に対応した背部一行刺針で、高い治療効果を生む理由

A2症状:膈兪~肝兪付近(胸椎部で肋骨がある部)に感じる痛み
  <胸椎後枝症候群>
①腰背筋痛は、浅層にある起立筋ではなく、深層の横突棘筋(半棘・多裂・回旋筋)に原 因がある。
②治療は、背部一行刺針(棘突起外方5分)から深刺する。刺針体位は、腹臥位よりも側腹位で行う方が効果的。

A3症状:脾兪~腎兪付近に感じる痛み 
 <メイン症候群(胸腰椎接合部後枝症候群)>
①胸椎は回旋可動性に富むが腰椎は回旋できないので、第12胸椎の回旋させる力は第1 腰椎椎体に受け流すことができず、力学的ストレスが生じやすい。これをMaigne 症候群(胸腰椎接合部後枝症候群)とよぶ、
②本症候群には側腹位。Th/ L1棘突起間直側への刺針が効果的である。
③上殿部痛は、メイン症候群ではなく、上殿皮神経痛の場合もある。後者では、腸骨陵を縦走する上殿皮神経のワレーの圧痛点を発見し、この部から水平刺して筋膜癒着を剥すことを考える。

A4症状:上体前屈時にL5~S1椎体間に感じる痛み
<腰椎-仙椎移行部多裂筋過緊張症>
①腰椎は前後屈の可動性に富むが、仙椎椎体は可動性は全くない。
に加わった前後屈の力学的ストレスは、仙椎に受け流すことができず、L5/S1椎間関節は強い力学的ストレスが生じやすい。
②この結果、L5/S1椎間関節と多裂筋がダメージをうけやすく。L5/S1一行刺針が効果的になる。

A5症例:志室あたりの起立筋外縁の鈍痛
<胸腰筋膜癒着または大腰筋筋膜症>
①脊柱起立筋(後枝支配)の外縁には腰方形筋(前枝支配)があり、両筋間には強大な腰仙筋膜(=胸腰筋膜)が発達している。この部の筋膜が緊張すると、腰部深部に広範な鈍痛を起こす。志室から腰仙筋膜に深刺入するとよい。
②腰仙筋膜深部には、腰神経叢があるので、ここから出る神経枝症状に対しても志室深刺が効果がある。大腿外側、陰部鼠径部、大腿前面、体内内側痛に対しても腰神経叢刺針を行う適応がある。
 
A6症状:下背部で起立筋外縁の鈍痛
<外縫線部の筋膜癒着>
①胃倉あたりは外縫線とよばれ、脊髄神経前枝支配筋と後枝支配筋の境界領域である。このあたりは筋構造が複雑であり、筋膜癒着が起こしやすい。
②側臥位で、胃倉から横突起方向に深刺すると、中~下背部に広範に針響を与えることができる。広範囲におよぶ背痛に適応がある。慢性背痛の他に胆石症の鎮痛にも効果がある。

A7補講:八髎穴への刺入技法と治療点の選択
①次髎穴の後仙骨孔から針を入れて貫通させるコツを紹介。
②仙骨神経叢はL4~S3の高さから起こるので、代表治療点としてはS2(次髎)を選穴する。陰部神経はS2~S4から出る体性神経なので、代表治療穴としてはS3(中髎)を選択する。端的にいえば、整形疾患では次髎を使い、泌尿婦人科疾患では中髎。
②ただし実際には、神経枝は後仙後仙骨孔から仙骨骨膜に沿うように広範に分布しているので、後仙骨孔内に入れる必要はなく、むしろ仙骨骨膜刺激を目的とする水平刺を行った方が効果的である。


B.腰下肢痛
A4版,10ページ

1症状:片側の殿部~大腿後側~下腿(前面・外側・後面)が痛む。知覚低下部はない。
<梨状筋症候群>
①梨状筋症候群の真因は、坐骨神経痛ではなく、坐骨神経周囲の梨状筋ファッシア興奮による筋膜痛である。坐骨神経ブロック刺針(中国流環跳)刺針が効果的になる。
②腰椎椎間板ヘルニアは、腰部神経根症状ではなく、腰部椎間関節部の筋膜重積症状である。腰椎椎間関節部~横突棘筋への刺針が効果的である。

B2症状:上外殿部から大腿外側が動かすと痛む。
<中・小殿筋緊張症>
①臀部筋すべては知覚支配はないが、運動成分はあり、トリガーポイントが発生。
②とくに中・小殿筋の筋緊張は臨床で頻回に遭遇するので、側臥位で日本流環跳から深刺すると効果的である。難治性の中殿筋緊張では、横座り位で施術すると効果絶大になる。
③上殿部の強い痛みは、中・小殿筋の痛みではなく、上殿皮神経痛の場合があり、この時トリガーポイントは腸骨陵の腰宜穴あたりに出現する。

B3症状:上殿部外側の痛み・鼠径部痛。歩行時の鼠径部に感じる違和感
<変形性股関節症>
①変形性股関節初期は、 筋緊張で股関節変形に起因した筋膜痛によるものなので、日本流環跳から深刺により速効で鎮痛できるが、変形が進行すると効果は持続しない。短い場合はせいぜい1~2日間にとどまる。自発痛があるような進行期であれば、針灸無効である。
②初期~中期の変形性股関節症では、筆者考案の徒手矯正手技が有効だ。

B4症状:同じ姿勢を続けている時に生ずる腰部の鈍重感と下肢不定症状
<仙腸関節機能障害>
①大多数の腰殿痛は、運動時痛だが、仙腸関節機能障害は静的腰殿痛、すなわち同じ姿勢を続けていると痛くなる。筋膜や靱帯の持続的負荷による痛みの悪循環が正体。
②仙腸関節の関節裂孔底まで刺針し、股関節の屈曲外転自動の運動針が効果的。

B5症状:5分間ほど歩行すると足が前に出にくくなる。 腰をかがめて数分間座っていると、再び歩けるようになる。
<馬尾性間欠性跛行症>
①間欠性跛行は、動脈性と神経性があり、前者は下肢閉塞性動脈硬化症、後者は馬尾性間欠性跛行症でともに難治である。しかし中には陰部神経を圧迫が、間欠性跛行をもたらす場合もあり、針灸適応になる。   
②陰部神経が仙棘靱帯の狭隘部分で圧迫されている場合、この局所への深刺が効果的である。
③内閉鎖筋中をアルコック管が通過する部位での陰部神経絞扼が症状をもたらしていることもあり、アルコック管刺針が適応となる。(ただしアルコック管部の陰部神経絞扼の場合、肛門症状は生ずるが間欠性跛行症状はない)

 

C.膝関節痛
A4版,11ページ

C1症状:慢性的な膝関節前面が痛む。鶴頂穴圧痛(+)。
<大腿直筋過収縮>
①膝関節痛は、大腿四頭筋力低下ではなく、四頭筋の膝蓋骨停止部の過緊張で、痛みを生じていると仮説。
②仰臥位膝関節屈曲位で鶴頂穴を刺激すると効果的。この治効はⅠb抑制理論で説明できる。

C2症状:膝蓋骨外縁(外膝蓋)または内縁(内膝蓋)の痛み。
<外側広筋または内側広筋の過収縮>
①前述C1症例と同様に、外膝蓋や内膝蓋の痛みは大腿膝蓋関節の関節痛によるものではなく、外側広筋、内側広筋の停止部痛である。
②仰臥位膝屈曲位にて外膝蓋や内膝蓋を刺激すると痛みが軽減する。外膝蓋穴や内膝蓋穴から膝蓋大腿関節裂隙に刺入する意味はない。
③膝蓋関節圧迫テスト(+)は、関節痛ではなく四頭筋伸張痛の結果である。

C3症状:膝関節前面の痛みで、内・外膝眼圧痛(+)
<膝関節包緊張症>
①内・外膝眼穴の圧痛は、膝関節包の過敏状態を示す。膝痛で膝を動かさない→関節周囲の筋力が低下→膝関節の動作不安定→関節包が牽引→さらに関節の痛みと炎症を生じる。
膝下脂肪体の増殖は、外的刺激から膝関節を保護する目的がある。
②内膝眼、外膝眼への刺針は、仰臥位で行うより立位で四頭筋に力を入れさせて行うと治療効果が増す。すなわち膝関節包緊張状態にさせての関節包刺針が効果的。
   
C4症状:膝関節内側の鵞足部の痛み
<鵞足炎>
①大腿内転筋群が集合腱となって脛骨内縁部に停止する部を鵞足とよび、伏在神経が皮膚知覚支配している。浅層ファッシアの癒着により伏在神経が興奮した状態。
②鵞足部撮痛(+)は、伏在神経痛によるものでり、圧痛点の皮膚刺激(皮内針など)が有効になる。
③鵞足炎ではハンター管症候群は合併しやすく、ハンター管症候群には陰包刺針が有効。
④鵞足部から下行する伏在神経内側下腿皮枝は、三陰交や地機の皮膚知覚を支配するので、
婦人科症状に多用するこれらの穴は、伏在神経痛軽減意義があるのだろう。

C5症状:膝窩が鈍く痛む
<膝窩筋腱炎>
①大腿四頭筋筋力低下すると膝折れを生じやすくなる。これを防止するため腿四頭筋は瞬時に緊張するが、この結果は脚が棒のように伸びて滑らかな歩行ができなくなる。
②棒のようになった脚を元に戻して膝ロックを外し、歩行可能にするが膝窩筋の役割だろう。
④膝窩筋が過収縮すると、歩行時の膝窩鈍痛を感じることがある。この時の膝窩筋のコリは膝90°屈曲の膝立ち位にさせ、膝窩筋の緊張を触診し、コリ中に刺針すると効果的。
                                           
C6症状:中学生。脛骨粗面部の痛み    
<オスグッド病>
①成長期(10~15才頃)の運動ストレスが膝蓋腱付着部の脛骨粗面部に集中し、膝蓋腱が脛骨粗面部の脛骨靱帯を引っ張ることで生ずる骨軟骨炎で、疼痛は伏在神経膝蓋下枝神経痛による。
②局所治療:筋腱付着部症と捉え、膝蓋靱帯の脛骨粗面付着部のピンポイントとして出現する圧痛点を刺入点とし、浅刺斜刺。Ⅰb抑制として働く。
③膝蓋靱帯と脛骨間に、これを開けるような気持ちで術者の両手母指先を差し入れる。これがⅠb抑制として働き、四頭筋の緊張が緩む。
④仰臥位で膝屈曲にしても脛骨粗面の膝③大腿四頭筋を緩める目的で、拮抗筋であるハムストリングの緊張を高める。(Ⅰa抑制)

 

D.頸腕痛

A4版,11ページ

D1基礎:後頸部の筋構造
①頸は頸椎自体の前屈伸展・左右回旋の動き、および頭蓋骨の前屈伸展・左右回旋動きをする部でもある。
②頭蓋骨を可動させる筋は、後頭骨-C2間にある後頭下筋で、後頭骨-C1は前屈10°伸展25°ROMをもつ。C1-C2は左右回旋45°ずつのROMをもっている。
③頸椎と頭蓋骨を併せたROMは、前屈60°、左右回旋60°後屈50°  語呂:ハイとイイエは60°
④胸腰部浅層には棘筋・最長筋・腸肋筋という固有背筋があるが、頸椎はこれらとは異なり、浅層には板状筋(頭板状筋、頸板状筋)が回旋運動の主動力となっている。頸椎は左右回旋ROMが大きいので、板状筋という回旋専門の筋が発達したのだろう。
⑤胸腰椎浅層筋にある固有背筋は、上半身の重力を支持する抗重力筋としての役割をもつので、強い筋力を必要とする。頸椎における抗重力筋は頭半棘筋で、胸腰椎における抗重力筋と比べて、重力支持するものは頭蓋骨だけなので、強い筋力は不要なのだろうが頭半棘筋一つが大黒柱としての重積を担うこととなった。頭半棘筋がゆるむほどの泥酔状態では、電車のシートに座っていられず、倒れ込んでしまう。

D2症状:顔を下に向けづらい(顎を引けない)。 項部に痛みはないが凝りが強い。
<後頭下筋(とくに大後頭直筋)緊張症>
①後頭下筋は後頭下神経(脊髄神経C1後枝)が運動支配するのでコリを生ずるが、痛むことはない。後頭下筋が収縮不足では、顔を天井にむける動作(うがいなど)ができなくなる。
②大後頭神経と三叉神経(とくに第1枝)はC1~C3脊髄部で連絡している。ゆえに項部が凝る と眼精疲労が生じやすい。(大後頭三叉神経症候群)
③大後頭直筋への刺激は、上天柱から深刺する。大後頭直筋に達する手前で、針は頭半棘筋に入る。頭半棘筋は大後頭神経(C2後枝)を貫いており、C2後枝興奮では大後頭神経痛が生ずる。頭半棘筋自体は知覚支配がないので、痛むことはない。
④大後直筋への効果的な刺針技法は、座位で下を向かせた肢位で上天柱から深刺する。

D3症状:頭を左右に回すと痛む。
<頭板状筋緊張症>
①頭蓋骨の左右回旋は主にC1-C2の間の動きによる。この動きは主に頭板状筋の収縮による。本筋の代表刺針点は下風池が適切になる。
②下風池から刺入すると浅層にある頭板状筋を刺激できる。座位で患側の頭回旋筋を伸張状態にさせた肢位で、同筋に刺針すると効果的である。

症状D4症状:顔を下に傾けたデスクワーク姿勢を続けていると後頸~上背部が疲れる。
<頭半棘筋緊張症>
①頭半棘筋とは頸胸腰部の深層にある固有背筋(半棘筋、他裂筋、長短回旋筋)の一つである。頭半棘筋は、頭蓋骨の重量を支持する大黒柱の役割があり、また頸椎の前後屈の動きの主動作筋である。
②頭半棘筋の下には頸半棘筋があり、その下には胸半棘筋がある。これらの半棘筋は頭や頸は前方に垂れ下がるのを防止している。
③要するに、頸を前後方向に動かしにくい場合、後頭部~Th7の一行刺針が有効である。この一行刺針の高さは、脊髄神経後枝の撮痛帯を調べることで治療点を決定できる。
                                                                                    
症状D5:1週間前の交通事故後、その翌日からいわゆるムチウチ状態になった。痛むので頸を動 かすことが非常につらい。
<外傷性頸部症候群(頸部捻挫、むちうち症)>
①車に乗っていて後から追突された場合、胸鎖乳突筋の過剰伸展による筋微小断裂が生ずる自分の車が前の車に衝突した場合、後頸部の横突棘筋の微小断裂が生ずる。
②胸鎖乳突筋が瞬間的に伸張された直後から、二次的に短縮状態となる。短縮した筋を伸張させる動作で、痛みを生ずる。筋短縮には安静を守るといった合目的性があるので、受傷後1週間程度は安静が重要である。1週間経過後からは、胸鎖乳突筋を伸張させた肢位で刺針する。
③突然加わった外力に対しては、横突棘筋などの力を受け流す遊びがない短い筋ほどダメージをうけやすい。頸部一行刺針を行う。頸部一行の位置ぎめは、撮診法で行う。

D6症状:頸部が痛く、片側の上肢の感覚が鈍い。前中斜角筋に圧痛(+)
<(前)斜角筋症候群>
①胸郭出口部において、椀神経叢と鎖骨下動脈が圧迫されて生ずる上肢の痛みや痺れを胸郭出口症候群とよび、圧迫部位により、頚肋症候群、肋鎖症候群、(前)斜角筋症候群、過外転(=小胸筋)症候群の4つに分類されている。
②近年、MPS(筋筋膜性疼痛症候群)の考え方が発展しており、胸郭出口症候群に限らず頚部神経根症も、筋膜症のことが多いのではないかと認識されるようになった(筋の萎縮がみられれば、これまでの認識による神経根圧迫と考えてよい)。
③さらには椎体の横突起部(関節包)に刺激を与えることが、従来の神経刺激よりも有効だとする見解もみられるようになった。横突起付近は種々の筋が密になっている部なので、癒着が起こりやすいというのがその解釈である。
④針灸治療は、C5~Th1椎体の横突起付近の筋膜癒着部に刺入し、針響を症状部へ与えることになる。代表刺針点は、中国式天鼎(=腕神経叢ブロック点)および大椎一行になる。

症状D7症状:頸部が痛く片側の上肢がピリピリとしびれる。烏口突起内側の圧痛(+)
<小胸筋症候群(=過外転症候群)>
①胸郭出口症候群の一つに小胸筋症候群があり、小胸筋が緊張して、小胸筋と肋骨間を走行する椀神経叢と鎖骨下動脈圧迫されて起こる症状の痛みや痺れをいう。
②小胸筋の緊張を緩める目的で、中府あたりからの直刺を行い、上肢症状部へ響きを与える。

 

.肩関節痛
A4版,13
ページ

症状E1:肩関節の外転90°を超えると、肩関節~上腕・肩甲骨周囲に痛みが出現し、それ以上の外転できない。(他動外転では肩関節ROM制限はない)
<肩腱板炎とくに棘上筋腱炎(または棘上筋腱部分断裂)> 
①筋腱の障害があるとROM制限がおこる。たとえば肩腱板炎では自動 ROMは低下する。凍結肩では他動ROM制限が起こる。
②上腕外転作用があるのは、三角筋と棘上筋で、棘上筋腱の方が構造的に脆弱で、健付着部症を起こす。健付着部を刺激するとが治療になる。巨骨または肩髃から棘上筋腱部に刺入する。

症状E2:中華料理人。鍋を振る時、左上腕外側に痛みが出て力が入らない。    
<三角筋停止部症>
①上腕挙上しての継続作業は、三角筋粗面の健付着部症を起こす。局所である臂臑運動針が有効である。その時の刺針肢位は、上腕外転90°位にする。

症状E3:結髪動作をすると肩痛が生ずる。(他動的には可能)
<肩腱板障害(結髪動作制限)>
①運動制限の原因は主動作筋の筋力低下ではなく、その拮抗筋の過緊張(=短縮)にあり、それを伸張させようとする運動により筋の伸張痛が生ずる。
②結髪動作は、肩関節の屈曲(前方挙上)+外転+外旋の複合運動であるが、屈曲と外転は結帯動作をするための一連の動きなので必ずしも障害されている訳ではない。結帯動作制限の中核となるのは内旋筋で、この過収縮が症状を形成している。それに該当するのは肩甲下筋と大円筋なので、それぞれ肓水平刺(肩甲骨-肋骨間に入れる)や肩貞の運動針が有効となる。
③外転制限に対しては、症例1と同じように考え、棘上筋腱への刺針を併用する。

症状E4:肩関節前面~外側の動作時痛。結帯動作で痛み出現。結髪運動は可能。
<肩腱板障害(結帯動作制限)>
①運動制限の原因は主動作筋の筋力低下ではなく、その拮抗筋の過緊張(=短縮)にあり、それを伸張させようとする運動により筋の伸張痛が生ずる。
②結帯制限は、肩関節の伸展(後方挙上)+外転+内旋の複合運動であるが、伸展と外転は結髪動作をするための一連の運動なので必ずしもROM制限がある訳ではない。結帯動作制限の中核は、外旋筋の過収縮であろう。外旋筋過収縮しているのは、棘下筋と小円筋肩甲下筋なので、それぞれ天宗や臑兪の運動針が有効となる。
③外転制限に対しては、症例1と同じように考え、棘上筋腱刺針を併用する。

症状E5:五十代男性。肩の動きが悪く、結帯動作、結髪動作ができない。自動・他動とも外転70°制限。肩関節の痛みはほとんどない。
<凍結肩(癒着性関節包炎)>
①凍結肩は、急性期、慢性期、回復期という3期に分けられる。急性期は肩関節痛が主訴で関節可動域はあまり制限を受けていない。慢性期は疼痛みに代わり拘縮症状が中心で、肩関節可動域制限が現れる。回復期は、肩関節可動域制限が緩み自然治癒に向かう時期である。一連の経過には6ヶ月~2年を要する。
②凍結肩の急性期初期の段階では、凍結肩に移行するか否かは不明だが、五十才台が最も炎症が拡大しやすく凍結肩に移行しやすい。移行を食い止めるため積極的な運動療法が必要となる。
③五十肩の中心となるのは凍結肩期で肩関節包が癒着した状態(癒着性滑液包炎)である。
この段階になると、有効な治療法は乏しくなるが、少しでも肩関節拘縮を緩めるため、治療院内でも適切な運動療法が行われる。ここでは現在当院が行っている2つの方法を紹介する。
a.仰臥位にさせ、術者は患側上腕を引っぱりつつ、他動的な外転動作を繰り返すことで
癒着を緩める。術者の足は、患者の側胸部にあてるようにする。
b.患者は立位で、術者は患者の患側に移動。柔道の一本背負いの要領で、患者の腋窩を術者の肩甲上部にあて、患者の肘は軽く屈曲させ、上腕を術者がつかみ、腰を曲げる。すると患者の肩関節が引っ張られるとともに、足が浮き上がる。

 

F.上肢症状
A4版,14ページ

 症状F-1   テニスで、右バックハンドでボールを打ち返す際、右肘付近が痛む。
<診断>バックハンドテニス肘(上腕骨外側上顆炎)
  
症状F-2 ゴルフクラブでボールを叩く時、利き手の肘内側が痛む。
<診断>ゴルフ肘(上腕骨内側上顆炎) 

症状F-3 重いものを右手に持つと右側母指の橈側基部が痛む
<ド・ケルバン病(狭窄性腱鞘炎)>

症状F-4 右IP関節を屈曲した母指を伸展しようとしてもスムーズにできない。無理に伸ばそうとするとバネのように弾けて伸びる
<母指バネ指(弾撥指)>
  
症状F-5 右手の母指と示指でモノをつまむ時、右側合谷深部に痛みを感じる。
<母指内転筋症>
  
症状F-6 手掌全体とくに手掌側の母指・示指・中指にピリピリ感疼痛がある。
<手根管症候群>

症状F-7 50才女性。2~3ヶ月前から右示指のIP関節部が腫れて痛む。     
<ヘバーデン結節>

総括F-8  橈骨・正中・尺骨神経麻痺の学習ポイント


G.下肢症状
A4版,11ページ

症状G-1 歩行中に左足首をひねり、歩くと足外果の直下が痛む。痛みを我慢すれば、何とか歩くことができる。
<足関節外側捻挫>
  
症状G-2 両側の足母指基部が「く」の字型に曲がり、腫れて痛む。
<外反拇趾>                          、

症状G-3 ランニングをしていると土踏まずあたりが痛み、運動を続けられない。
<足底筋膜炎>
  
症状G-4 歩行時に、足の第3~第4指がビリビリと痛みが走る。
<モートン病>   

 症状G-5 陸上競技選手。短距離走直後に、下腿の脛骨後内側が痛む。     
<シンスプリント>