AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

成書にみる便秘の局所治療穴

2024-11-05 | 腹部症状

 まずは便秘の基本的分類を示す。

この分類で、針灸適応となるのは痙攣性便秘で、これは過敏性腸症候群の便秘型でもある。
過敏性腸症候群の便秘型は、大腸運動を支配する迷走神経の過緊張のため腸が痙攣し、下方に押し出せない状態。いわば急性便秘の状態で腹痛(+)。兎糞便(コロコロと硬い)。グル音増強。左下腹のS状結腸部に強い痛みがあるなどの症状や所見がみられる。尿路結石や胆嚢症での、中腔器官の痙攣による痛みは針灸でも効果あるのと同じで、痙攣性便秘も針灸の適応になる。

弛緩性便秘は、腹痛(-)で本人にも切迫感がない。基本的に慢性便秘であり、大腸刺激作用のある市販の便秘薬を使っている者も多く、いわば刺激されることに慣れていて、針灸も反応しづらい。針灸が
効きづらいのは直腸性便秘も同様である。糞便が直腸に入ると、直腸内壁が伸張しその刺激は骨盤神経を経て脳に伝わり便意を感ずる。しかし排便を我慢する ことが習慣になっている者は、機械的な刺激によっても便意を感じにくくなる。直腸を刺激しても、その刺激が脳に達しないので便秘が起こらないのである。
木下晴都は、便秘の針は難しく、針灸が奏功したとしても一回の排便させる効果しかないと記している(最新針灸治療学)。

効く効かないとは無関係に、私の所有している針灸書から、便秘の治療穴について書かれているものを整理してみた。この類の作業は、これまで何回となくやってきた。同様のテーマの前作は< 便秘に関する局所針灸治療点の検討 ver.3.0>  だったのだが、新たな知見があったので新たに書き改め、前作は破棄した。

           


    1.腰部

大腸の上行結腸と下行結腸は後腹膜に固定されていて、腰部後壁と大腸間に後腹膜は存在しない。この臓器を刺激するには、腹部ではなく腰部からの刺激が適する。
一般的に上行結腸は便秘の治療点とならず、下行結腸刺激を刺激目的では、左大腸兪・左腰宜(ようぎ=別称、便通穴)などを刺激する。これらの穴から刺針すると、腰部筋→後腹膜→下行結腸に入る。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(Th12~L3の高さ)があるが、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜上縁(L4の高さ)から実施することで、腎臓への誤刺を回避できる。 

1)便通穴=左腰宜(ようぎ)   

L4棘突起左下外方3寸。起立筋の外縁で、腸骨稜縁の直上に腰宜をとる。木下晴都は、左腰宜を便通穴と名付けた。やや内下方に向けて3㎝刺入するとある。腰方形筋→下行結腸と入っていく。ただし3cmm程度では下行結腸に達しないかもしれない。横突起方向に斜刺すれば腰仙筋深葉の広範な響きは得られるだろう。

森秀太郎著「はり入門」での刺針深度は「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。
代田文誌著「針灸治療の実際」には、「便通外穴」の記載がある。本穴は、木下晴都の便通穴の外方3cmでL4棘突起下の外方8cmとしている。


2.腹部 


1)天枢


森秀太郎が便秘の治療で最も重視しているのが天枢への雀啄針だった。森の天枢刺針は、臍の外方1.5寸を取穴(教科書的には臍の外方2寸)、15~30㎜直刺する。針は腹直筋→大網→壁側腹膜→内蔵側腹膜→腸間膜→小腸と入ることになる。

中国の文献には、天枢から深刺した場合、下腹から下肢へ引きつれるような針響を得て初めて効果が出ると説明したものがある。大網と臓側腹膜には知覚神経がないことから、この響きは壁側腹膜(体性神経とくに肋間神経)ないし腸間膜刺激となる。なお腸間膜の知覚は迷走神経支配だとする文献があった。 肋間神経を刺激しても下肢への引きつれるような針響を得ることは難しく、この下腹から下肢へ引きつれるような針響というのは腸間膜刺激になるかもしれない。刺針目標が腸間膜だとすれば、かなり深刺が必要だろう。

2)左四満 

       

学校協会教科書の四満は、臍下2寸に石門をとり、その外方5分としている。柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では臍下2寸に石門をとり、その左外方1寸の部としているので、ほぼ同じ位置とみなしてよかろう。

素霊は「実証者の便秘には、2~3寸#3で直刺2寸以上刺入して上下に針を動かす。この時、患者の拳を握らせ、両足に力を入れしめ、息を吸って止め、下腹に力を入れさせる。肛門に響けば直ちに息を吐かせ抜針する」
「虚証者の便秘には、寸6#2で直刺深刺。針を弾振させて肛門に響かせる。この時患者の口は開かせ、両手を開き全身の力を抜き、平静ならしめる」と記している。つまりは導引と思える技法を併用している。    
四満移動穴刺針は、解剖的には天枢と同様、腹直筋→壁側腹膜→大網→臓側腹膜→腸間膜→小腸と入る。素霊も「いずれも肛門に響かないと効果もない」と記している。解剖学的には前述の天枢と似ている。

尿道に響かせるには、中極から恥骨方向に斜刺するとほぼ確実に響くのに対し、肛門に響かせるには天枢や左四満足から直刺深刺する(再現性が難しい)という区別があるようで興味深い。
なお、中脘の位置は胃と横行結腸の中間あたりになるようだが、横行結腸はぶら下がって位置が移動するため、意図して横行結腸に針で当てるのは難しい。


3.左鼠径部

 
1)秘結穴   



木下晴都は、標準の左腹結(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待されないと記している(「最新針灸治療学」)。木下の取穴は、仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴すなわち標準腹結より外側になる。3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、針先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。
私は、この針は、腸骨筋刺針になるかもしれないと考えた。下行結腸は深部にあるので、仰臥位で刺入するのは困難である。
腸骨筋は、意外にも骨盤内で広い体積を占めている強大な筋である。この部に糞塊を触知できる弛緩性便秘の治療に使えるだろう。   


2)左府舎

森秀太郎は左府舎は恥骨上縁から上1寸の前正中線上に中極をとり、その左外方4寸で、鼠径溝の中央から一寸上に左府舎をとるという。寸6#6番針でやや内方に向けて10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る(「はり入門」医道の日本社)とある。
郡山七二は、上前長骨棘から恥骨結合までの10cmあまりの鼠径溝から2~3本。3センチ程度入れるとS状結腸に達する(「現代針灸治法録」天平出版)と記している。

下行結腸と直腸は体幹深部にあるが、S状結腸は鼠径部のすぐ下に位置する関係で、脱腸が好発する部にもなっている。左鼠径部からの刺針で、S状結腸に達することができる。


4.仙骨部


直腸性便秘に対して、直腸刺激を考えている。直腸は、大腸の最も肛門に近い部分で、肛門から約20センチメートルの範囲をいう。直腸性便秘は排便は一応正常であるが直腸部に糞塊が残り、常時残便感を強く感じる。


1)会陽刺針の検討

 
結腸~S状結腸は、副交感神経(骨盤神経)により運動支配されているので、S2~S4骨盤神経をねらって、次髎~下髎を刺激してみたが、あまり治療効果は得られなかった。そこで
支配神経に働きかけるのではなく、鈍感になった肛門挙筋(体性神経である陰部神経支配)を直接刺激をしたら効果あるかもしれないとの発想から、会陽穴からの刺針で肛門に響かせることを試したことがある。会陽は激は一般的には内痔核で頻用するツボになる。

しかし会陽から体幹上方に直腸の長さとなる10~20cmも刺入することは現実的ではない。したがって直腸壁に直接刺針する方法はないと考えるに至った。

 

 


肛門奥の痛みに肛門挙筋刺針が有効だった症例の考察 ver.1.5

2023-12-02 | 腹部症状

2022.10.4発表ブログ

近、肛門奥の痛みを訴える患者(51才、男)に対し、治療1回目から大幅に鎮痛できた経験をした。本患者は、10年来、肛門奥の鈍痛でとくに小便時に肛門の違和感を感じる。右8左2の割合で痛むとのこと。これまで色々な医療施設を受診したが、症状の改善はなかった。その中で最も効果あった治療は、直腸へ局麻注射で数字間の鎮痛を得た。私のブログを見て自ら内閉鎖筋刺針を希望してきた。そこで内閉鎖筋刺針を行い、症状軽減した。ただし詳しく問診すると、肛門奥の痛みは鎮痛できたが、肛門表面の痛みは改善していないとのことだった。肛門奥の痛みは肛門挙筋の筋緊張によるもので,肛門挙筋刺針で改善したが、肛門表面の痛みはまた別の種類(外肛門括約筋もしくは陰部神経の痛み)ということだろうか。(内肛門括約筋は体性神経支配ではないので痛みを感じない)

これまで肛門奥の痛みは何例も治療にあたってきたが、効果が出せず色々な方法を試していたが、やっと結果が出た。そこでこれまでも書いてきたことではあるが、肛門奥の痛みについて整理してみたい。


1.肛門奥の痛みについて

これまで肛門奥の痛みを、慢性前立腺炎だろうと判断し、それには陰部神経刺針という方式で行ってきた。しかし慢性前立腺炎だという診断は不確かなものである。病態はあまり解明されておらず、非細菌性で、 <前立腺に由来すると考えられる頻尿、排尿痛、排尿時不快感、残尿感、下腹部~会陰部~鼡径部の不快感など多彩な訴え>といった訴えを慢性前立腺炎の類だろうとしているらしい。
 
一方、特発性肛門痛といった病名のあることも知った。それは「排便とは無関係に突然肛門が痛くなる。長く座っていると肛門が痛くなる」といった訴えがあるも、肛門診察では明確な所見は認めないというもので、治療に決め手を欠くという。本症の原因として、肛門挙筋の筋肉の痙攣が考えられているという。これをとくに肛門挙筋症候群というらしい。なお肛門挙筋は体性神経である陰部神経支配。



2.陰部神経刺針は仙棘靭帯を目標にしているのか
 
陰部神経刺針として陰部神経刺針点から深刺して針先を陰部神経に命中させ、肛門、肛門奥、性器などに響かせる方法が代表である。(陰部神経刺針の方法について本ブログに紹介済)。この方法が効果あるのは、梨状筋症候群のトリガー活性で坐骨神経痛様症状を生ずるのと同じように、陰部神経が縦走する仙棘靭帯を目標に刺針しているのではないかと考えるに至った。実技的にも陰部神経刺針と仙棘靭帯刺針の技法はほぼ同一になる。




3.陰部神経に影響を与える筋・靭帯には、前術の仙棘靭帯以外に、仙結節靭帯・内閉鎖筋・肛門挙筋がある。

1)仙結節靭帯と内閉鎖筋
 
骨盤下方の陰部神経は、内閉鎖筋と仙結節靭帯にサンドイッチされて走行している。
仙結節靭帯に緊張があれば、坐骨結節の内上方5㎝あたりに圧痛が出現するので、これが治療点となる。
内閉鎖筋は深いので殿部からは触知できない。①仰臥位で膝を立てさせる、②術者は坐骨結節を確認し、坐骨結節の内縁を深々と押圧して圧痛硬結の触知に努める。触知できれは、硬結目指して3寸8番針で5㎝ほど刺入する。

これで触知できない場合、患側大腿を高く挙上させ載石位をとらせ、同時に膝裏に術者の肘を入れて股関節屈曲姿勢を保持。パンツを下の方にずらすが、誤解を避ける意味で、肛門や性器を露出させないこと。トランクス型のパンツではパンツを下ろさず、裾のから指を潜らせ、坐骨結節の内縁を深々と押圧して圧痛硬結を触知する。触知できれは、3寸8番針で5㎝ほど刺入する。アルコック管・内閉鎖筋方向に水平刺する。誤って直刺すると坐骨神経に影響を与え下肢に響きを与えてしまう。

上述の砕石位にさせて内閉鎖筋刺針を行うことは、患者の下肢の体重を術者の肘で押しつけている訳で、術者側の力を結構必要とする。力を入れた状態で内閉鎖筋の圧痛硬結を探り、刺針することは大変体力を使う。そこで私は、以下の肢位をすることを思いついた。以来、ずいぶんやりやすくなった。
なお刺針方向は仙骨に沿うように斜刺する。直刺した場合、大腿後側に響くが後大腿皮神経を刺激した結果で、大腿後側痛に適応がある

患者にとって最も羞恥心が少なくて済むのは、ジャックナイフ位だろう。

2)肛門挙筋症候群
   
特発性肛門痛では、肛門挙筋の痙攣による痛みが関係しているという見解がある。肛門挙筋は陰部神経(体性神経)支配となる。
肛門挙筋を刺激する目的で、私は尾骨外端の外方3㎝あたりから5~7㎝直刺深刺している。この刺針の体位も、砕石位のような体位で行うので、結果的には先に記した内閉鎖筋刺針とよく似た方法になる。両者は結局同じこをとをしているのかもしれない。


痔疾の針灸治療 ver.3.0

2023-09-15 | 腹部症状

本内容は、令和5年10月15日奮起の会「下部消化器症状」で使用する現代針灸実技テキストからの抜粋になります。

1.痔疾の基礎的原因

肛門部における炎症を起こす攻撃因子が、肛門周囲の免疫力を上回った場合に痔となる。攻撃因子としては排便異常とくに便秘があり、免疫力低下因子としては疲労・ストレス・冷え・飲酒などがある。痔核・痔瘻・裂肛が、痔の三大疾患になる。

基本的訴え:内痔核→出血、外痔核→排便時痛、裂肛→排便時痛、痔瘻→痒み
※痔を「ぢ」と書くのは誤りで、正しくは「じ」である。「痔」は肛門静脈腫瘤ことで、それ自体は健常者にもあって疾患を意味しない。


2.痔核(いぼ痔)

1)病態生理(肛門上皮滑脱説)

痔核とは、血管が拡張・蛇行した静脈瘤様病変で、大便の摩擦により静脈瘤の支持組織が滑脱した結果が内痔核だとする。現在主流の学説である。

※旧説:血管起源説

人間は直立するので、静脈環流は四足動物より悪くなる。とくに直腸~肛門管の静脈(上・中・下直腸静脈)には静脈弁がないため、粘膜下の内痔静脈叢が鬱血し、静脈瘤を形成しやすい。排便痔の肛門周囲の静脈叢伸縮→静脈血管の弾性消失→静脈鬱血(血栓)という機序。排便時のイキミにより、直腸下部と肛門にある静脈血流が一時的に止まり、これが静脈瘤ができる原因となるという説。しかし今日では、肛門部の静脈瘤は誰にでもあり、それは便のストッパーとしての役割を果たしていることが明らかとなった。


2)分類と症状


痔核は歯状線を境として外痔核(少数)と内痔核(大部分)に大別され内痔核の方が圧倒的に多い。歯状線から内側は腸粘膜なので知覚はない。ゆえに内痔核は痛むことはないが、圧迫されにくい部なので出血は止まりにくい。内痔核は1度(軽度)~4度(重度)に細分化される。歯状線から外側は陰部神経の知覚支配なので、外痔核は痛むが、圧迫される部位なので出血は止まりやすい。 

※脱肛とは直腸や肛門の一部が肛門外に脱出することで、内痔核が進行して、それを覆っている粘膜ごと肛門外に脱出した状態である。
※アルコールを飲むと痔が悪化するというのは、静脈腫の血流が良くなり、腫瘤が拡大するため。かつて上直腸動脈から肝臓に行く静脈血液量が問題視されたが現在は否定されている。

3)現代医学的治療



①内痔核


1度:温罨法や鎮痛座薬治療


2度:内痔核硬化療法。注射薬であるALTA(商品名:ジオン注)を内痔核に注射して、核内に流れ込む血液量を減らして痔を硬くし、直腸粘膜に癒着固定させる。注射は内痔核(知覚がない)部    に行うので、痛むことはない。2~3日の入院が必要。


3度以上:結紮切除術。腰椎麻酔下で、内痔核に注入動脈を根元の部分でしばり、痔核を放射状に部分的に切除。1〜2週間程度入院が必要。

※昔の内痔核の手術は、ホワイトヘッド手術といい、痔核だけでなく、周囲の肛門上皮も全てリング状に取り除いてしまうものだった。この手術は非常に痛いため、患者に怖れられていた。  後遺症として腸の粘膜が、かなり手前まで下がってくる脱肛状態となり後遺症も問題だった。
 

②外痔核:硬化療法が使えないので、局所麻酔して痔を切開摘出。 


2.痔瘻

1)病態生理

肛門小窩(歯状線の凹んだ部分)に糞便が付着

→炎症を生じて肛門周囲に膿が溜まり非常な痛みと発熱(=「肛門周囲膿瘍」状態)
→膿疱が破れて後、管状の空洞(瘻管)ができる
→この瘻管から細菌侵入し炎症を惹起する。

2)症状:肛門掻痒感、下着が汚れる
3)現代医学治療:管の入口と瘻管を結紮する手術以外にない。針灸不適応。


3.裂肛(切れ痔)

1)病態生理

排便の際の肛門部外傷。とくに硬い便をいきんで排泄する際に生じやすい。破れるのは歯状線と肛門縁間にある1.5㎝くらいの部位。

 排便時刺激による会陰神経の興奮
 →内括約筋の痙攣
 →これがトリガーとなりさらに陰部神経興奮し続ける。

2)症状と現代医学的治療

排便時の激痛と出血。排便後もしばらく続く痛み

外傷程度が軽い場合は便を軟らかくしておけば自然治癒する。
しかし硬い便を繰り返し出すと同じ部位が何回も切れ、肛門潰瘍となり肛門が狭くなり、このためさらに切れやすくなるという悪循環が生じる。この場合には潰瘍部分の切除が必要。


4.痔核の針灸治療
痔疾で針灸が有効なのは、痔核と軽度の裂肛のみだだろう。そして軽度の裂肛であれば針灸に来院しなくても何とかなるから、実際には痔核治療のみであろう。痔瘻は針灸は効果ない。

1)肛門周囲圧痛点からの刺激 (国分壮・橋本敬三共著「鍼灸による速効療法」医歯薬1965年4月)
 痔核は肛門周囲に分布する静脈鬱血を改善させ、併せて肛門挙筋(陰部神経運動支配)の過緊張を緩め、肛門付近の皮膚を知覚支配している陰部神経興奮を緩和する方針で行う。
 
①鬱血した痔静脈に対する直接刺激
仰臥位でズボンとパンツを膝あたりまで下ろすよう指示。患者は大腿を持ち上げ、術者は肘で患者の下腿後側を押さえてこの体勢を保持。術者はゴム手袋を装着して、患者の肛門周囲を押圧し、硬結圧痛(=静脈腫瘤のあるところ)を発見。このシコリめがけて太く長い針で刺入する。するとズキッと響くが、抜針後の痛みは大幅に軽減する。要するに痔静脈の鬱血が改善される。
灸治療では、有痕灸は使わない。太い線香や蚊取り線香、たばこ灸などで肛門周囲のしこり部を加熱する。ある程度火を近づけると、ポカポカして気持ち良く感ずるが、さらに火を肛門に近づけるとアチッといって驚くので火を遠ざける。これを5~6回繰り返す。 
   
②患者心理的に肛門周囲の痔核を触診することがしづらい場合、仙骨骨外端に長強穴をとり、そこから外方3㎝。直刺で2寸ほど深刺する。肛門挙筋中に入る。この刺針は肛門静脈叢にも影響を与え、静脈鬱血を改善さえる作用もある。普通は10分間程度置針する。
 

2)孔最の灸

①澤田流孔最の取穴 
前腕長を1.25寸と定めた時、尺沢の下3寸。標準孔最の2.5寸上方。孔最のツボ反応は痔核の位置によって上下に移動する。指先の按圧感によって、その最高過敏点の硬結を取穴する(代田文誌)。

②適応
痔痛・痔核・痔出血・痔瘻・裂肛。脱肛には効かないこともある。灸治が適する(代田文誌「鍼灸治療基礎学」より)。

③孔最刺激の肢位(三島康之「今日から使える身近な疾患35の治療法」より)
痛みを我慢する姿勢は、歯を食いしばり、上下肢を含め全身に力を入れた状態になる。昔の排便スタイルはでは、膝を相当窮屈にまげた姿勢で、手は自然と結ばれ、前腕は屈筋に力が入った姿勢で、前腕屈筋群では、孔最穴あたりから手首に向かって一番力が入った状態になる。この体位で孔最を刺激するとよい。

④左右の沢田流孔最の移動反応(小島福松:痔疾、現代日本の鍼灸 医道の日本300回記念)
左右孔最の調べて、圧痛や硬結の多い方が患部である。まず硬結を目標に5~7壮施灸する。そしてその灸痕は、翌日になれば必ず移動している。毎日移動している硬結を求めて、その中心に施灸する。そのうち硬結の移動が止まる。この時が治癒の近づいた時である。痔痛が除かれても孔最の穴の移動している間は血齲したとはいえない。だいたい2~5週間くらいを要する。3ヶ月要した例もある。

 

 


腸症状に対する遠隔治療穴の原理

2023-09-02 | 腹部症状

※本ブログ内容は、令和5年10月15日、針灸奮起の会「内科症状の現代針灸」、<第2章、中・下部消化器症状の現代針灸>の原稿から抜粋したものです。

1.下腹部臓器の体壁反射表の見方
    
  
①内臓は交感神経と副交感神経という2つの自律神経で制御されている。どちらが優位であるかは定まっており、胸腰系内臓は交感神経優位、頭仙系内臓は、副交感神経優位になる。
  
②上表の見「虫垂・上行結腸:Th9~Th11(+)前、骨盤神経(-)」との意味は、Th9~Th11デルマトーム交感神経優位であり、体幹前面に反応は出現する一方、副交感経支配は優位ではないことを示す。

③ Th9~Th11デルマトーム交感神経反応は、皮膚のザラツキ、冷え、発汗などの皮膚所見となり、診察上見逃されやすい。しかし交感神経興奮がある閾値を超えると体性神経に刺激が漏れ出すので、体性神経デルマトーム反応である皮膚の痛みやコリなどの所見として反応が出現し触知しやすい。

④体性神経デルマトームとは末梢神経皮枝分布のことで、神経が深層から浅層へ現れる部に反応が現れやすい。そえは背部では起立筋、腹部では腹直筋上にコリや痛み反応として現れる。この皮枝をつまむと、皮下筋膜が癒着している部ともいえる。 

⑤なお、交感神経デルマトームと体性神経デルマトームは体幹では同じ分布としてよいので、実際には交感神経デルマトーム図は使われず、体性神経デルマトームで代用されている。

⑥「虫垂・上行結腸」「小腸(空腸・回腸)・大腸(横行結腸・下行結腸)」の体壁反応を図示すると次のようになる。

 

⑦交感神経反応は、体性神経反応に漏れ出すと説明したが、体性神経の神経の主要枝を刺激るので、腹部内臓では、Th12より上位ではでは肋間神経が興奮となり、L1~L3は腰神経叢反応として腰部と大腿前面に反応が現れる。
たとえば血海はL3デルマトーム上なので、血海には小・大腸の反応が現れる。梁丘はL4デルマトームで、仙骨神経叢領域(L4~S3)となるが、これも腰神経叢反応の誤差範囲なので、小・大腸の反応が現れるとしてよいだろう。


  


⑧ 冒頭の表で「S状結腸~直腸 L1~L2(-)、骨盤神経反応(+)」とは、交感神経反応として鼠径部に現れることになるがこの反応は優位はなく、副交感神経優位なので、仙部副交感神経反応として、八髎穴に反応が出現する。
骨盤神経を含む副交感神経反応は、体性神経反応のように圧痛硬結は現れない。下図では骨盤内体性神経刺激点として多用する陰部神経刺針や陰部神経刺激目的の中極刺針もつけ加えた。

今回のブログは内臓治療について記しているわけだが、内臓に響かせる針というのは、体性神経の知覚成分を刺激した結果といえるだろう。内臓を自分の意志である程度コントロールできる部分は、運動神経コントロールとしての呼吸運動(横隔神経)と尿便我慢(陰部神経)の2つしかない。これに内臓に響いたような感覚が得られる肋間神経が加わる。

 

 

 

2.柳谷素霊による胃カタルに対する梁丘刺針の技法
  
梁丘穴は胃痛に効き、血海が婦人科で血に関係する病に効くという話を耳にすることは多いが、実際の針灸治療に使えるほど効果が高いのだろうか。効く確率は実際は意外に低いのではないかという気持ちもある。効かせるには、コツがあるのかもしれない。柳谷素霊著「胃カタルの鍼灸法」柳谷素霊選集下よりの中で、梁丘の刺針ついて書かれている箇所がある。以下引用文。


胃カタルとは現代の胃炎に相当するが、とくに嘔吐を繰り返すものをいう。

大腿外側の大腿直筋の外縁で、下肢を伸ばしてウンと力を入れると凹むところに梁丘を取穴。下方から上方に向けて、大腿直筋外縁下に針尖が入るような気持ちで斜刺する。この時、患者には息を吸わせ、なるべく手足をキバるよう力を入れさせて刺入、針を進ませるのは吸気時行い、呼気時には針を留め、または力を抜く(呼吸の瀉法)。このようにして徐々に進め針響きが腹中に入ると患者が訴えれば、病の痛みが次第にうすらいでくる。腹中に響かない場合、弾振(ピンピンと針柄をゆっくりと弱く弾ずる)すれば、やがて疼痛は軽減する。


胃倉・魂門の刺激目標

2023-08-30 | 腹部症状

※本ブログ内容は、令和5年10月1日針灸奮起の会「内科症状の現代針灸」第1章、上腹部消化器症状でも紹介予定です。

筆者は 2022-06-26のブログで「急性胆嚢痛に対する胃倉の刺針技法と理論」と題した内容を報告した。しかしその後進展があったので、そのブログを消去するとともに、改訂版として本稿を発表することにした。

1.胃倉
代田文誌が行って有名になった方法に、胃痙攣や胆石症による強い腹痛に対して、胃倉(Th11棘突起外方3寸)に刺針するものがあった。なおここでいう胃痙攣とは、現代では急性胆石痛の痛みだとされている。中背を刺激するのではなく、なぜ胃倉を特効穴とする理由についての説明はされていない。昭和の鍼灸治療書は、アセスメントがないのが普通だった。

2.魂門 
話は変わるが、私はかって胆石の激しい痛みに対して、側臥位にして魂門(Th9棘突起外方3寸)から脊柱棘突起方向に向けて深刺して、良い結果が出ていて、失敗した経験がなかった。魂門刺針の治効理由として、志室からの腰神経叢刺針と同じようなものだとみなしていた。むろん高さ的に魂門からの刺針では腰神経叢に当てることはできないが、肋間神経刺激になる。腰神経叢刺針は内科方面では高い確率で尿路結石疝痛を頓挫させることができるので、これと同じような性質になるのだろう。

深々と押圧して触知できる圧痛は私の2022-06-26のブログでは胃倉は下後鋸筋の筋膜痛に対する施術と推測した。当時としてはそれ以上調べようがなかった。

が、<下鋸筋は、呼吸のための肋骨運動の補助筋だが、薄い筋であってその作用は弱い>と書かれていたので、間違った解釈をしてしまったと反省した。

 

 

 

2.胃倉・魂門刺針は、何を目標として刺激しているのか

1)後鋸筋筋膜の重積

近来、筋肉そのものよりも筋膜に対する理解が著しく進歩して、筋と筋の境目で、筋膜が複雑に入り組んでいる処(=重積部)が、筋膜癒着を起こし、滑走性が悪くなりやすいことが知られるようになった。

このような観点から、もう一度胃倉や魂門の局所解剖学的性質をみると、後鋸筋あたりの筋膜が複雑な構造になっていることが知れる。トリガーポイントの書を読むと、このあたりが症状を起こすトリガーとなっているとの記載があった。すなわち後鋸筋の問題ではなく、後鋸筋あたりの筋膜癒着が症状を発生させている。このように推測すると、これまで胃倉と魂門を別物としていたのは誤りで、正体は同じもので、個体差による位置のズレの範囲内ということになりそうだ。

 

2)横隔膜停止部

横隔膜というと、薄い平たい膜を思い浮かべがちだが、実際には全体的に筋肉ででたドーム構造になっている。とくに第7胸椎~第12胸椎の範囲は起立筋の深層に横隔膜が存在している。それゆえ横隔膜はTh7の高さである膈兪にあると思うのは間違いで、第7胸椎~第12胸椎の高さにその起始がある。
 
柳谷素霊著「秘法一本針伝書」の五臓六腑の針では、膈兪と脾兪(それぞれ棘突起外方1寸)に横隔膜と胃疾患に対する治療穴としているのは、おそらく肋間神経刺激が横隔膜起始刺激になっていることに関係があるだろう。ただ横隔膜のすぐ上には肺があるので、気胸を回避するために、柳谷は棘突起の外方1.5寸の通常の背部兪穴の位置ではなく、外方1寸に取穴したのだろう。椎体の幅は、棘突起から外方1横指(1寸)であり、私はより安全性を高めるため、棘突起外方1寸を取穴し、棘突起方向に向けて直刺するようにしている。


また同書には、腎兪外方1寸を腸疾患の治療穴としているが、これは横隔膜脚部を刺激していると思われた。横隔膜脚部につては、石川太刀雄著「内臓体壁反射」にも記載があり、腰部に限局性の筋硬結が出現することを指摘している。

 

 

内臓は自律神経支配だが、横隔膜は体性神経支配なので、横隔膜に対しては針で響きを送ることができる。横隔神経への刺激は、被験者には内臓に響いたような感覚を与えるのだろう。

 

 

 


痔疾に対する孔最刺激の検討 

2023-08-07 | 腹部症状

1.孔最の語源

正穴名に「孔」の字が入っているのは孔最のみである。一般的にツボは穴という字が使われるが、あえて孔最と命名したからには
理由がありそうだと思った。「孔」の漢字は、「子」+「乙」に分解し、”小さな子が曲がった穴を通る”という意味がある。すなわち顖門(=大泉門すなわち顖会穴)のことで、骨と骨の隙間を示している。

孔と穴の違いについて、窪んだアナには「穴」、突き抜けたアナには「孔」を使うとの見解もあるが、例外が多いのでこの区別はあまり成立しない。ただ「孔」は、「瞳孔」「鼻孔」などで用いられるように、何かが通っているアナをいう。たとえば「針孔」は糸を通すという用途を示唆したアナのことである。
 
孔最を押圧すると橈骨と尺骨、そしてその両骨間のつくる大きな間隙も触知できる。この間隙を満たしているのは、肌肉しっかりと触知できる肌肉(腕橈骨筋など)や脈中を流れる血(橈骨動脈など)、脈外を流れる気(正中神経など)となるだろう。


2.孔最の位置


①標準孔最

肘から手関節横紋までを、1.25寸と定めた時、前腕前橈側、太淵の上7寸。つまり曲池の下5.5寸である。 
②澤田流孔最
尺沢の下3寸。したがって標準孔最の上2.5寸になる。代田は、実際の取穴は時と場合により上下に移動することが多く、指先の按圧感によりその最高過敏点かつ硬結点を取穴すると記している。

3.孔最の適応
 
「鍼灸治療基礎学」には孔最の適応症として、①痔痛、痔核、痔出血、痔瘻、裂肛、脱肛。ただし脱肛には効かないこともある。②肺尖結核や喘息にも反応が現れ、または治効がある。灸治が適するとある。孔最は肺経上の代表穴なので上記②の効能があると記すのは納得はできるが、
痔疾がなぜ効くのかの理由は分からない。
 いろいろな針灸治療書を調べてみると、痔に対する治療穴として孔最の名前があがっていないもの多い。結局孔最が痔に効くことの理由を求めるのは無理で、特効穴としての取り扱いなるのだろうか。
 
昔は形の似たものには共通の作用があるとする考え方があった。たとえば耳孔によく似た岩の割れ目を耳神様と崇め、耳の悪い者が供え物して合掌した。
虫歯地蔵も各地に建てられた。煎った大豆を供えて平癒を祈ったという。煎ると殻が割れるが、その割れ目から歯中に入った虫を外に外に逃がそうとする願いがあったと思われた。この類にについては以下の記事を参照のこと。

歯周病に対する局所刺針の方法と女膝の灸 ver.1.8

 

そこで妄想することになるが、孔最穴を深々と押圧すれば、橈骨と尺骨の骨間に指が入り、指の左右は軟らかい肉が隆起して二つの尻のようにも見える。また孔最は肛門に似ていると直感的にひらめいたのではないだろうか。


4.痔核治療の孔最刺激は、座位で強く手を握りしめる肢位にする(三島泰之)


三島は、孔最の主な適応症は痔出血と痔痛で、孔最の刺激を有効にするには、仰臥位で施灸するのではなく、坐位で強く手を握りしめた肢位で行うべきだと記した。針ならば太針を用いて5分~1寸、数分間の手技針を行う。
痛みを我慢する姿勢は、歯を食いしばり、上下肢を含め全身に力を入れた状態になる。昔の排便スタイルはでは、膝を相当窮屈にまげた姿勢で、手は自然と結ばれ、前腕は屈筋に力が入った姿勢となる。前腕屈筋群では、孔最穴あたりから手首に向かって一番力が入った状態になる。痔痛に耐えながらの排便姿勢、この延長上である」(「今日から使える身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊 2001年3月1日出版)。


5.痔疾に対する孔最刺激の方法(国分壮)

国分壮・橋本敬三共著「鍼灸による速効療法 運動力学的療法」医歯薬、昭和40年4月20日)では自分の治療ノウハウを率直に書いてあり興味深い。

①局所刺激

肛門周辺を押圧すると特定の位置に圧痛点を発見できる。その中心めがけて深く刺入する。この一針だけで痔痛はなくなり痛むことはなくなる。この圧痛点に直接灸するのは具合が悪い。太い線香や蚊取り線香を使い。圧痛点に徐々に火頭を近づける。はじめはポカポカとほのかに温かく快適であるが、さらに火を近づけるとアッと灼熱感を覚えて肛門がキュッと締まる。間髪を入れず火先を遠のける。これを5~6回施すと圧痛がとれる。翌日また圧痛があれば4~5日続ければ圧痛はとれる。


②孔最刺激

灸の治療は必ずしもモグサを必要としない。70℃くらいの温熱感がツボに的中すればよい。直接灸の場合はできるだけ細い艾炷でよい。要するに快適な感覚がツボ周囲に放散すればよい。温灸では刺激部位を広くとらねばならない。

 
6.結論

いろいろと調べると、痔に効くという効能は、痔核限定のようだ。しっかりと反応している孔最の反応を捉えることが重要で、その反応点が結果的に孔最や澤田流孔最の位置にこだわる必要はない。


内臓体壁反射からみた上中腹部消化器症状に対する針灸治療様式 ver.2.4

2020-12-05 | 腹部症状

1.上腹部消化器内臓

1)上腹部内臓の反応の特徴

上部臓器(胃、十二指腸、肝胆膵、脾、腎)は交感神経優位で、病的反応があれば交感神経が興奮する。それは腹腔神経節とTh6~Th9交感神経節を興奮させる。これらはその解剖学的位置から、前者を椎前神経節、後者を椎傍神経節ともよばれる。
椎前神経節の反応は心窩部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th6~Th9の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。体性神経性デルマトームは、末梢神経分布のことなので、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくる。

2)横隔膜神経の反応
 
内臓は体壁組織に比べ、一般に反応に鈍感であり、わずかな病変であれば自覚症状や他覚所見も生じにくい。ただし横隔膜神経は体性神経なので敏感である。たとえば横隔膜隣接臓器(肺・心臓・胃・肝臓など)の病変では、本来の内臓の病的信号よりも、二次的に生じた横隔膜神経の興奮が強く出現することが多い。
上記の上腹部臓器の病変では、常に横隔膜神経の反応を考慮するべきである。横隔膜神経はC3C4からでる脊髄神経であり、本神経興奮ではC3デルマトーム反応として後頸部、C4デルマトーム反応として肩甲上部のコリや痛みが出現する。 たとえば胃が悪いと左頸肩のコリ痛みが出やすく、肝臓が悪いと右頸肩のコリ痛みが出やすくなる。逆に頸肩部のコリ痛みに対する施術が横隔膜神経を介して内臓治療に関係してくる。

3)上腹部消化器内臓の針灸治療パターン
 
針灸治療は、体性神経系に対する施術を直接目標としているので、次の3つの方向から施術する。
  Th6~Th9前枝の刺激 → Th6~Th9腹直筋(歩廊~滑肉門)
  Th6~Th9後枝の刺激 → Th6~Th9起立筋(膈兪~肝兪)

膜神経刺激 → C3C4デルマトーム(頸肩コリの治療)

  横隔

 

2.中腹部消化器内臓

1)中腹部臓器の反応の特徴

中腹部臓器(小腸、虫垂、左結腸彎曲部までの大腸。ただし文献によっては上行結腸までの大腸)も交感神経優位で、病的反応により交感神経が興奮し、上腸間膜神経節(椎前神経節)とTh10~Th12交感神経節(椎傍神経節)を興奮させる。
 
椎前神経節の反応は臍部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th10~Th12の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。すなわち、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくることになる。※ただし上腸間膜動脈神経節の反応は腹腔神経節を仲介するので、実際には臍部痛よりも心窩部痛を訴えるケースが多くなる。 

2)中腹部消化器内臓の針灸治療パターン
考え方は、上腹部臓器の針灸と同じだが横隔膜神経は関与しないので、次の2つの方向から施術する。
  
Th10~Th12前枝の刺激 → Th10~Th12腹直筋(天枢~大赫)
Th10~Th12後枝の刺激 → Th10~Th12起立筋(脾兪~三焦兪)
意外なことに、体幹前面においては、臍から下腹部領域が、中部消化器の治療に使われることになる。

3.アナトミートレインの浅前線との関係

以上が2006年に発表した「内臓体壁反射理論からみた鍼灸治療方針」だが、その通りの治療を行ったとしても、これは言うなれば「型」であって、実戦とな異なる。実戦では臨床でよりより効果を出すにはどんな考え方や技術でも使うべきなのだろう。こうした考えの中にあって、数年前からアナトミートレインという考え方が出現し、その中の浅前線が胃経走行に似ていることを知った。

アナトミートレインでは、足三里のある前脛骨筋と腹直筋は連絡しているので、腹直筋に影響を与えようとして足三里を刺激するという方法が成り立つ。ただしアナトミートレインは内臓は無関係なので、足三里を刺激したからといって胃に影響を与えることはできない。
一方胃経流注を考えれば、腹部の腹直筋を直脈が下する一方、支脈脈は鎖骨上窩(缺盆)から深く潜行して腹部の胃に入出し、鼠径溝(気衝)から表層に出て直脈と合流する流れになるので、足三里刺激で胃に影響を与えることができる理屈になる。

実際に足三里を刺激すると、百回に1回程度は胃や腸のグル音を聴取することができるという程度の関連性であって、胃の悪い患者に対して足三里の灸は有名なのだが、胃の悪い患者に自信をもって足三里を刺激するのかと自問してみれば、効かないと困るので体幹前面と体幹背面の刺激も並行して施術するということしか言えないのではないか。

私は足三里刺激→腹直筋、そして腹直筋刺激→胃に影響という論法を考えみた。足三里刺激→胃に影響を与えるという訳ではないので、足三里が確実に胃に影響を与えるというわけではく、それは腹直筋の状態次第になる。腹直筋が緊張していることが、反射板的作用となって胃に影響を与えると思った。したがって、腹筋を緊張させた状態で足三里に刺針して下腿に響かせることが胃に影響を与えるコツではないのかと考えた。


4.胃部症状に対する坐位での治療

上腹部症状の代表である胃症状に対し、諸先輩は坐位での治療が多いことに気づかされる。

1)柳谷素霊の五臓六腑の鍼<膈兪>
体位: 腹に力を入れさせ、姿勢は正座するも伏臥させるのもよい。(上背部刺針では正座させ、上体を脱力、息を静かに深く呼吸させる)
位置: Th7棘突起下で、棘突起から外方1寸内外。 
刺針: 寸3または寸6の2~5番の針で1~1.3寸ほど直刺。横隔膜に針を響きをもっていく。響きが至れば弾振後、抜針する。
適応 横隔膜症状、横隔膜痙攣


2)高岡松雄「医家のための痛みのハリ治療」座位での上腹部刺針(医道の日本社、昭和55年)

つわりの皮内針治療として、次のように記している。「つわりでは、日中きている時に吐き気や不快感が強いが、夜間就寝時には少ないことから、立位で反応点を診察する。壁に背中をつけた姿勢で上腹部を探すると、巨闕~中脘あたりの任脈を中心に圧痛点が発見できる。また壁に胸腹をつけた姿勢で腰背部を探すと脾兪~胃あたりで、胃の裏あたりに相当する起立筋上に圧痛点を発見できる。これらの反応点すべてに皮内針を貼る。」
似田註釈:つわりの針灸治療といっても、症状は悪心嘔吐中心であり、これは胃の不調の治療と同様に考えてよい。腹筋のしこりを緩めることが重要で、座位や立位にての腹直筋附近の反応点刺針は、実用的な方法となる。


3)橋本敬三「万病を治せる妙療法」より胃のつかえの治療
 
操体法では「胃のつかえ」は、現代医学ではうまく治療できず、その真因は上腹部腹直筋と中背部筋の筋緊張によることがあるとしている。一見すると胃症状と思えても、実際は体壁の筋緊張に由来している。下記の手技はPNFストレッチ(徒手抵抗ストレッチ。抵抗を加えながら筋肉を収縮させた後、抵抗をなくすことで、筋緊張を緩めるのに適している)の応用例といえる。足三里の刺激が胃に効くというのも、足三里の刺激→腹直筋緊張軽減→胃症状軽減といった機序になるかもしれない。換言すれば、足三里の刺激→胃症状の軽減という直接的な関係になっていないのではないか。

 

 


心下痞硬・胸脇苦満の病態生理と針灸治療

2019-12-10 | 腹部症状

1.腹証の現代医学的理解(代田文彦講義より)

腹証個々の定義と現代医学的解釈については、以下のブログですでに説明した。今回、天宗刺激に興味深い適応を見いだしたので報告する。

腹診に関する現代医学的理解 Ver.2.0 (2009.5.25)

 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/8f8c34c0042642f61920ba28da6cc282

 

 

1)心下痞硬
①所見
「 痞」とは塊があってつかえる状態をいう。心窩部が硬くなっており、押すと硬い抵抗が触れる。心下部がつかえるという自覚症状のみは、心下痞という。  

②解釈
腸管、食道、胃のスパズムの反応。もしくは太陽神経叢反応。下脘あたりの刺激で改善することがある。瀉心湯の適応。   
※心下満:心下痞硬と似ていて、心窩部(巨闕、上脘あたり)が自・他覚的に充実して苦しい状態。肝木病における井穴の主治として、古典的に有名。肝の疏泄が欝滞し、横隔膜に変調を起こした状態(心筋梗塞のこともある)に対し、これ を瀉して欝滞を改善させる。肝経井穴として大敦を刺激する。

2)胸脇苦満
①所見
心窩部から肋骨弓にかけて帯状に自覚的な重苦しさ張った感じを訴える。他覚的には肋骨弓下縁から手を内上方に押し上げるように挿入すると抵抗を感じる。自覚的な場合、他覚的場合、自他覚ともに見られる場合がある。肋骨弓下の両側に出現することや、右のみ左のみ出現することもある。(右の方が出現頻度が高い)

②)解釈
横隔膜隣接臓器(おもに肝胆)の異常により、横隔膜が緊張している状態。肝臓の異常による。なお古典でいう肝の病は、現代ではストレスに該当するので、胸脇苦満は心労でも生ずる。柴胡剤(大柴胡湯、小柴胡湯など)を使うが、それよりも中背部の鍼灸の方が早く治せると思う。



2.寺澤捷年の観察と経験(寺澤捷年:胸脇苦満の発現機序に関する病態生理的考察 日東医誌 Vol. 67 (2016) No. 1 p. 13-21)

1)心下痞硬の針灸治療
膈兪・肝兪・胆兪などの脊柱起立筋群の刺鍼で消失することを報告した。しかしこれらの刺鍼で胸脇苦満は消失しない。

2)胸脇苦満の針灸治療
①棘下筋の天宗への刺鍼で、胸脇苦満が消失し、さらに「しゃっくり(吃逆))」が消失することを経験。棘下筋がC5・C6に起始する肩甲上神経に支配され、横隔膜がC3・C4・C5に起始する横隔神経に支配されることから横隔膜からの内臓体性反射で「胸脇苦満」が起こるのではないか?   

②棘下筋の硬結を緩める施術(3番針にて天宗あたりから肩甲骨に達するまで直刺約1.5㎝+電気温針器10分加熱)が横隔膜の異常緊張を解除するらしい。同じ理由で吃逆に対して棘下筋の硬結を緩めることで改善をみた。



3.症例:胃の蠕動運動自覚に天宗刺針が有効な例(一條俊行、37歳男性)

 

1)主訴
頸椎~T7の傍脊柱筋の痛みとコリ 、胃が動く感じ、左起肋部から心窩部にかけての圧迫感。
(顎関節症もあって顎の開閉でコキコキと音がする) 

2)診断
左下部頸椎~Th7の長短回旋筋の過緊張。心下痞硬は第5~7肋間神経の末端である心窩部のコリ由来。

3)治療1
伏臥位にて頸椎~T7背部一行置針40分間 。坐位にて督兪・膈兪に手技針(横隔膜に響かせる針)+せんねん灸。

4)経過
この治療で1ヶ月に4回通院後、来院休止していた。聞けばカイロに通院していたという。カイロ治療で骨や関節は整ったが、筋緊張は改善しないので、当院に再来したとのこと。

5)治療2
①これまでの治療は、心下痞硬の改善を狙いとしていたが、それに加え、胸脇苦満の治療を行うため、伏臥位で天宗に深刺直刺すると、患者は大いに驚き、自分が悪かったのはここだったと述べ、胃の勝手に動く感じは収まった。なお右天宗は早川点でもあり、早川点は胆嚢疾患の診断点として古くから知られている。

②天宗刺激でよく使うのが肩関節前面痛に対してである。天宗は棘下筋のトリガーポイントであり、その放散痛は肩関節前面~上腕にかけてであり、臨床で使用頻度が高い。天宗に刺針しつつ、肩関節を外転させるような運動をさせると、肩関節前面痛が軽減することは常套法ともいえる。だが天宗はこれだけに効くのではなく、新たな天宗の使い道を把握できた。

③天宗灸の古典的主治症に、乳腺症(乳管が詰まる)がある。ただし家内にこれをやったが灸を非常に熱がり、治療を拒否された。(やむなく急いで出産した病院にかけつけ、乳房マッサージを受けた。すると間もなく乳汁がシャワーのように吹きだすと同時に、みるみるうちに乳房が小さく正常な大きさになった。)私見だが乳房と肩甲骨は、整体観的に対称であることから、昔は乳房症状には肩甲骨その中心である天宗を使うとしたのだろうと思っている。 

 

 

 


奔豚の病態生理と一症例

2014-09-13 | 腹部症状

はじめに

昔、日産玉川病院で、漢方薬についての講義を、代田文彦先生直々に、週1回、毎回90分、1年間受けたことがあった。その中で、「奔豚」も学習した。豚がみぞおちで暴れ回っているというユーモラスな名称が面白く、使う漢方薬は黄土湯といって、かまどの土を原料として使うもの。その土も古く直火に長く触れたほど良いというこも面白かった。
ただし奔豚症の患者はめったに来くことがなく、それから30年近くたって、ついに当院に来院したのだった。

1.奔豚とは

奔豚とは、奔豚気病ともいい、胸腹部をちょうど子豚が走り回っているような感じがする者と理解されている。現代でいう、不安神経症で、不安要素が強い人や、ストレスが溜まった者などに多いとされている。しかし、一部の不安神経症で、なぜ奔豚症状が出現するのかという理由は、これで明かになっていない。


2.奔豚の病態生理の一考察


土佐寛順ほか(富山医科薬大学)は、奔豚気症患者に、発泡剤を服用させた後、胃X線検査を試みたところ、奔豚発作が誘発されたことを契機として、胃腔内に送気することで奔豚誘発試験法を考案した。非発作時は交感神経は亢進していないが、奔豚発作時は、交感神経過緊張状態(ノルエピネフィリン分泌亢進、エピネフィリン分泌亢進)する。

要するに次のような一連の病態生理が考察できるという。
体質傾向→交感神経緊張発作→胃部内圧亢進→奔豚症状(胸内苦悶、動悸など)
      ↑
 精神的ストレス   
 
なお、この体質傾向とは水毒症のことで、胃部内圧亢進すると吐水し、すると胃腔内圧が下がって奔豚は起こらないが、吐水できない状況で奔豚が惹起されるともいう。
なお土佐らは、奔豚症状に対して、苓桂味甘湯を投与して症状軽減したという。


3.機能性ディスペプシアと横隔膜反射

胃部内圧亢進は、機能性ディスペプシア(FD functional dyspepsia)と考えて差し支えないと思う。

胃潰瘍所見がないのに、胃症状を訴える者をFDというが、FD自体は、ありふれた病態である。胃内圧亢進が、特異的に奔豚を生ずるためには、横隔膜反射の過敏性が関与するのではないか、と筆者は考えている。 
 
ただ針灸来院時には奔豚発作が起きていないのが普通なので、針灸治療が、奔豚にどのように影響を与えるのか観察できない。


4.症例  T.M. 45才男性    
 
期外収縮が1日数回起こり、そのたびにドッキンドッキンという動悸がする。医師は、心配不要として様子観察状態。左乳頭と胸骨間に圧痛と、両背部Th1~Th5の高さの起立筋に緊張あり。


心臓に対する内臓体壁反射帯として 第1~第5胸骨傍の肋間筋と、Th1~Th5起立筋に10分置針.。横隔膜辺縁過敏による肋間神経反応を反応を考慮して、下部肋骨~上腹部反応点にも同様治療。、および同部の乾吸治療5分実施。

 
2回目以降の経過。

針灸するとしばらく奔豚発作は起きない。ただしつらいと思う症状は、大胸筋上部~左乳頭周囲前面~心窩部~上腹部と、転々と移動。背部は前胸部と比べて症状は弱いが、後頸部~中背部の間の筋部を移動している。
 
発作が起こると当院を受診するが、そのたびにしばらく症状が治まっている。
初診以来3年が経過したが、現在でも2週に1回ないし月1回来院中である。

 


余談:豚と猪

奔豚という用語は、『金匱要略』が初見である。金匱要略は2世紀~3世紀初に、中国で書かれた。当然ながら中国語である。ところで奔豚の「豚」とは、今日我々がイメージする豚と同じものだろうかという疑問がわいてきた。

豚肉を中国では猪肉という。日本に不慣れな中国人が、スーパーでまず戸惑うのが、この「豚肉」という表記であろう。猪は元来野生であるが、人間の食料に叶うよう、育ちが早く、肉量も多くなるように品種改良され、わが国では豚とよばれるものになった。ただし中国では、ずっと猪という漢字が使われている。ちなみに日本でいう猪は、中国では野猪という言葉になる。

豚という文字は、肉+豕(いのこ)からなるが、「いのこ」の別称は「いのしし」である。

中国で、豚という漢字は、もっぱら河豚(ふぐ)で用いられるのが普通である。ただ、海豚(いるか)という熟語もある。すなわち、ずんぐりした形の動物が、豕(いのこ)だするイメージがあるらしい。

奔豚の豚とは、まるまる太った猪という意味があるが、猪なので、きっと動きは敏捷なのだろう。

 

 

 

 


胃部症状に対する座位での左不容刺針

2014-04-04 | 腹部症状

.胃症状の内臓体壁反射

内臓は交感神経と副交感神経により支配されているが、上腹部臓器は交感神経の支配が強いことが知られている。

上腹部内臓の症状は、上腹部内臓病変→交感神経→脊髄交感神経節→交通枝→体性神経という内臓体壁反射により、該当する脊髄神経の前枝と後枝領域の皮膚や筋に痛みやコリの反応が出現する。 
胃十二指腸・肝胆・膵・脾のデルマトームは、Th6~Th9なので、この断区内の腹筋や背筋に反応が出ることになる。


2.胃の六ツ灸と柳谷素霊の工夫


胃を初めとする上腹部内臓病変に対する鍼灸治療は、胃の六ツ灸の部位で有名な、膈兪・肝兪・脾兪に鍼灸するのが、定石だといってよいだろう。しかし胃のもたれ、胃の不快感、悪心嘔吐などの非急性の上腹部症状に対して、自信をもって効かせられるとする鍼灸師は、案外少ないのではないか。というのは症状に自律神経が関与するものは、腰痛治療に代表されるような体性神経症状に比べて、治療に確実性がないからである。 
 
実際に鍼灸治療の効果を引き出すためには、技術的要素が非常に重要であって、たとえば柳谷素霊は、五臓六腑の針の一つとして、胃や横隔膜症状に対する治療として、患者を正座させて膈兪一行(柳谷は、背部の第7胸椎外方1寸と定めた)に刺針するという独特の方法を行ったのであるが、座位で上中部刺針を行うという記載はないようであった。



3.座位での上中腹部刺針


正座位または椅座位で上腹部刺針を行う方法は、私の知る限り、高岡松雄著「医家のための痛みのハリ治療」によるものである。
高岡松雄(医師)は、つわりに対する治療として、壁に背中や胸腹をつけた立位姿勢で、上腹部と中背部の反応点を探して皮内針を行った。そうした体位で施術する意義は、「つわりでは、日中起きている時に吐き気や不快 感が強いが、夜間就寝時には少ないことから、立位で反応点を診察する」と記載している。

 

つわりは、胎盤性ゴナドトロピン分泌亢進→CTZ(化学受容体)刺激→延髄嘔吐中枢刺激→嘔吐運動という機序で生ずる。上記の皮内針治療で、鎮吐するのは、嘔吐運動に関与する腹筋や横隔膜の過敏性を改善したのだためだと私は考えたが、もしそうであるならば、何もつわりに限定しなくても、胃に関する不定愁訴を訴える者に対しても効果があるのではないか。そして壁に立たせるのであなく、もと一般的に座位や椅座位でツボ反応を探すことも有効なのではないかと考えを拡大させた。胃の病変→交感神経興奮→交通枝→肋間神経興奮というルートを想定したのだった。  



4.座位での上腹部反応刺針と既知のトリガーポイント


柳谷素霊は、胃症状に対して座位で膈兪一行を探って刺針したというが、なぜこの姿勢で上腹部を探らなかったのだろうか。ということで伏臥位で巨闕や中脘あたりの反応点に刺針しても効果が乏しかった上腹部症状を訴える43才女性患者に対して、座位で上腹部を探ってみることにした。

 
まず指頭にツボ反応が容易に捉えられることにまず驚いた。筋のグリグリが簡単に把握できる。

早速いくつかの上腹部反応点に1㎝ほど刺針し軽く雀啄して抜針した(座位で実施するので置針不可)。するとその直後から楽になったとの感想を漏らしたのだった。こんなにも速効性があるのかと当方も驚いたのだった。
 
トリガーポイントの創始者であるトラベルはによれば、「胸やけする」「お腹が張る」等の症状は腹斜筋上部のトリガーポイント(左不容移動穴)が活性化した結果だという。まさしくその記載の正しさを再発見した想いであった。私が触知した腹部反応も、腹筋上にみられたトリガーポイントだといえるだろう。ただしトラベルは左不容しか記していないが、実際には左不容と同時に、巨闕や上脘などのツボ反応もみられるので、同時に刺針する必要があるかと思う。これらの穴は結局は腹筋の骨付着部症でもあり、胃の六ツ灸よりもストレートに有効となる感触をもった。 



痙攣性便秘と各種下痢に対する針灸治療

2013-09-08 | 腹部症状

1.痙攣性便秘と急性下痢の共通項
結腸運動で、とくに蠕動運動が亢進すれば下痢になり、分節運動が亢進すれば痙攣性便秘になる。
下痢と便秘で症状は真逆だが、運動性亢進にともなう腹痛という共通項がある。

 

 

 2.痙攣性便秘の針灸治療
針灸で管腔臓器の痙攣を止めることは比較的容易で、たとえば胆石疝痛は胃倉付近からの強刺激の針で止まり、尿路結石疝痛は志室付近からの強刺激の針で止まるのが普通である。同様に、結腸の分節運動亢進による便秘は、志室や腰宣(L4棘突起下外方3寸、腸骨稜上縁)あたりの深刺で有効になることが多い。


3.急性下痢の針灸治療  

森秀太郎著「はり入門」によれば、腹鳴・腹痛を伴う下痢には、高い発熱を伴う感染性のものを除き、はり治療によって容易に止めることができる。(中略)刺針によって腹痛が少なくなり、腹部の不快感がとれれば下痢は止まると考えてよい、との記載がある。 

要するに、下痢そのものに注目するのではなく、結腸の蠕動運動亢進の是正が針灸治療目標になる。

大腸の蠕動運動亢進は、仙部副交感神経の過緊張で生ずるので、次髎・中髎・膀胱兪あたりを、たんねんに刺針して軽い雀啄を行う。


4.小腸性下痢(吸収不良性下痢)の針灸治療

寝冷えなどで生ずる下痢・腹痛。腸内温度低下で小腸の吸収力低下。臍を中心とした箱灸、温罨法を実施。とくに臍部は皮下脂肪がなく腹膜につながっているので、この部の温熱刺激は低下した腸の核心温を上昇させるのに効果的な部だといえる。もっとも小腸性下痢は一過性なので、あまり問題とならない。 
※臍上の塩灸では、効果を上げるのに1時間を要するので非効率的である(木下晴都「最新鍼灸治療学」下巻より)。

 


5.裏急後重(=直腸性下痢)

1)症状
腹痛があって、頻繁に便意をもよおすのに、ほとんど便が出なかったり、排便があってもわずかしかない場合をいう。トイレから離れられない状態になる。

2)病態生理

ある程度固くなった便塊がS状結腸下部から直腸に進入すると、腸の内圧が高くなり、それと同時に排便反射が生じ、便意をもよおして排便となる。この排便反射は直腸の刺激により制御されている。
裏急後重とは便塊の刺激によらない直腸‐排便反射が生じることであり、そのため便が出ないのに便意をもよおすようになる。炎症が大腸や直腸の近くに起き、肛門括約筋が痙攣した状態である。
直腸に炎症をおこす疾患としては、赤痢や潰瘍性大腸炎が重要で、常見疾患としては食中毒がある。

3)裏急後重の針灸治療


①裏内庭の多壮灸

位置:足裏。足第2指根部の横紋から、3分ほど足心側に上がった処。足の第2指の指球に墨をつけ、折り曲げて足底に墨が転写される部。

方法:通常は100壮以上。熱さを感ずるまで実施する。すぐに熱く感じるようであれば効かない。(深谷伊三郎)


考察:本穴はデルマトームでは八髎穴と等じ断区であって、治効も八髎穴と似ている。ただし八髎穴は自分で施灸できないが、裏内庭は自分自身でも施灸できる。


※裏内庭に灸して、熱さを感じなければ食中毒との診断が可能だとの俗説がある。しかし下痢し
ていない者に裏内庭に灸しても半数は、熱く感じない。また食中毒者でも熱く感じる者がいる。
筆者が牡蠣による食中毒で、激しい腹痛と下痢が数日間続いたことがあった。この時、自分で裏内庭に施灸してみたことがあるが、3壮目から透熱した。頑張って左右の裏内庭に米粒大灸5壮を行ったが、治療効果は得られなかった事象がある。



②会陽-直腸刺針(郡山七二『針灸臨床治法録』)

伏臥位にて尾骨先端両側を取穴。針先を上に、そしてやや内側に向けて5㎝以上刺入すると、針の響きを肛門の深部直腸の下部にはっきり感ずる。裏急後重(しぶり腹)に適用。
※肛門付近への針響は、陰部神経枝である下直腸神経刺激と会陰神経刺激した結果であろう。


マラソン時の脇腹痛の原因と対処法 

2011-09-21 | 腹部症状

マラソンなど持久走時に生ずるの脇腹痛の機序は、かつては肝臓や脾臓内の血液量が減少するためだとされてきた。それで一応納得していたのだが、このような理由であれば、なかには重篤疾患に移行する人もいる筈であるが、そうした事例は耳にしないことが不思議であった。このたび、テレビ番組によりその機序と対処法を知ることができた。テレビもたまには役立つことがあるということだ。


1.脇腹痛の原因
そうした状況下で、NHKテレビ「解体新ショー」(2008年7月11日(金)午後11:00放送)で、ランニングして脇腹が痛くなった者を、立位の状態で撮影できるMRIで腹部を撮影することで、痛む原因が明らかになった。
持久走中、大腸の蠕動運動が小さくなる一方、走る振動によって腹部で腸全体が大きく揺れるため、大腸内のガスが大腸の上部に上昇する。その際に大腸の左右の曲がり角(肝彎曲部や脾彎曲部)にガスが溜まりやすく、このガス塊が周囲の神経に刺激を与え強く痛むようになるという。運動を止めると大腸が蠕動を再開するので、ガスが分散し、痛みがなくなる。

2.脇腹痛の対処法     
第2日本テレビ「伊藤家ランド」では、「走った時のわき腹の痛みがすぐ消える裏わざ!」を放送した(Gyaoにで視聴)。脇腹が痛くなったら、ランニングしながらでも、痛くなった側の上肢を上へ挙げるというもので、その際に背中を痛くない側に曲げるようにすると、さらに効果が高まるとのことだった。この動作により、ガス塊が分散した結果であろう。

3.鼓脹の概要
1)鼓腸とは 
消化管にガスが充満した感覚があることを鼓腸とよぶ。鼓腸では、腹痛と腹部膨満を伴うことが多い。空気もガスの1種として、食物と一緒に飲みこまれる。増加したガスは胃に集まり、ゲップとして口から排出されるが、少量のガスはさらに腸にまで進み、肛門からおならとして放出されるか、消化管壁から吸収されて血液中に入り肺で排出される。正常な人では1日に10回以上おならが出るが、鼓腸があるとそれ以上多くのおならが出る。
※おならを我慢すると、その腸内ガスは血中に溶け込み、肺から排出される。その時、おならのニオイ成分は分解されているので、息が臭くなることはない)

消化管の細菌も代謝の分解産物としてガスを発生する。
鼓脹は以下のように分類される。

2)胃泡症候群(呑気(どんき)症、空気嚥下症)
食事の際の空気嚥下のほか、緊張すると唾を飲み込む回数が増える傾向にあり、この時、唾液とともに空気も嚥下し、胃泡が次第に大きくなる。食後の心窩部の膨満感。おくびを出すと楽になる。

2)脾弯曲症候群と肝湾曲症候群
食事の後でS状結腸が強く収縮して腸内ガスや糞便の通過を妨げると、左脾結腸彎曲部(横行結腸が下行結腸に移行する部)や肝湾曲部が伸展され痛みが現れる。上記のマラソン時の脇腹痛は、このタイプ。

 

3)小腸の栄養吸収力低下
小腸の栄養吸収力が低下すると、大腸に栄養分が入る。それを養分として腸内細菌が異常増殖し、これにともなって大腸内のガス貯留増大することがある。エビオスやビオフェルミンなどの薬が有効なのは、このタイプ。

 


胸やけの針灸治療

2006-04-28 | 腹部症状
1.胸やけの病態生理
 かつて胸やけは胃酸濃度に関係すると思われていたので、胸やけは、胃酸過多のを意味していた。しかし現在では胃酸濃度と胸やけは無関係なことが判明している。
 胃液が胃の中にある限り、胃粘膜が胃壁を保護しているので悪さをすることはないが、胃液が食道に入った場合、食道炎を起こす。ではなぜ胃液が食道に入ってしまうのだろうか。これには2つの原因が関与している。
 一つは胃の入口にある噴門が十分閉じないこと(閉鎖不全)、他の一つは胃の逆蠕動である。

2.胸やけの針灸治療
1)胃の逆蠕動に対する治療
 噴門の閉鎖不全を治療することはできないので、針灸は胃の逆蠕動の治療に目を向けるほかない。胃の蠕動は副交感神経緊張で増大するから、針灸治療方針は交感神経優位の土壌づくりになり、瀉法的方法をとる。
 余談だが、酒を飲み過ぎて気分が悪くなった友人がいたとしたら、自分はどういう行動をするだろうか。あま背中をさすることで嘔吐を促すようにするだろう。これは胃の逆蠕動を促進させる手技であって、胸やけの場合はこれと反対の刺激を行うのがよい。
 すなわち、座位にさせ腹に力を入れさせた状態での上背部強刺激、速刺速抜を行う。刺激点は胃のデルマトーム帯であるTh5~Th9なので、中心は膈兪穴あたりになる。

2)胸やけを感じる部位に対する局所治療
 胸やけを自覚する部位は、心窩部(巨闕~鳩尾)あたりである。患者に、胸やけを感じる部位を指さしてもらい、その部に強刺激の速刺速抜手技を行う。内臓体壁反射の機序を介して胃の蠕動運動の鎮静化を図る。

 

機能性胃腸症と胃十二指腸潰瘍の鍼灸治療法

2006-04-25 | 腹部症状

1.慢性胃炎という概念の変容
 現代医学では、胃十二指腸潰瘍の病態生理はかなり解明され、治療法も理にかなうものになってきた。危険因子である胃酸分泌を継続的に減らす目的でのH2ブロッカーの投与と、胃粘膜を侵し防御因子を弱くするピロリ菌に対する抗生物質投与という2段構えの治療が奏功している。
 その一方、非潰瘍の胃病変の理解はあまり進まず、胃の粘膜の炎症と臨床症状が一致しないため、漠然と慢性胃炎・胃アトニー・胃下垂といった、場当たり的な病名がつけられていたのだが、ここにきて、FD(機能性胃腸症)あるいはUND(潰瘍のない消化管症状)といった概念が導入され一定の成果をあげている。健常者では、食物は近位胃(食道に近い胃部)にいったん蓄えられ、遠位胃(十二指腸に近い胃部)にゆっくりと内容物を送り出している。しかしUNDでは遠位胃に食物が蓄えられる。この蠕動運動の乱調が、胃のもたれなどの不快症状をつくることがわかってきた。

2.胃部痛の病態生理と鍼灸治療
 胃の活動は自律神経の変動により次のように生理的変動を示す。急性ストレス時には交感神経緊張状態になるが、慢性ストレス状態では副交感神経緊張状態になることが知られている。
  (急性ストレス時)                 (慢性ストレス時)
   交感神経↑状態  小←蠕動運動→大  副交感神経↑状態
   交感神経↑状態  少←胃液分泌→多  副交感神経↑状態
 しかし自律神経が失調状態になると、このようなリズムが崩れる。

1)胃・十二指腸潰瘍の針灸治療
 胃液分泌は、副交感神経緊張状態で増加するのが生理的である。しかし慢性になると交感神経ストレスが胃液を分泌を増大するようになる。針灸治療はリラクセーションすなわち副交感神経優位状態に移行することを目的に、背部兪穴置針などリラクセーションを目的とした針灸を行う。
 ここまでが「畑を耕す」治療に相当する。植物を植え育てる内容に相当するのが胃のデルマトーム治療である。他稿に記した通り、Th5~Th9デルマトーム範囲の、腹直筋と起立筋の圧痛硬結を刺激することになる。

2)UNDの針灸治療
 蠕動運動低下は、生理的には交感神経緊張状態で生ずるが、慢性ストレス状態では交感神経亢進かつ副交感神経亢進自律神経失調状態で生ずる。両方の自律神経が緊張している状況では、いわゆる瀉法(≒強刺激)を行う。
 代田文誌は、「全身の筋肉を刺激することが必要で、たとえば上腕二頭筋をつまんで引き上げるようにする。すると非常に痛がるが、胃の具合は改善する。また側胸部から側腹部にかけて刺激すると、患者はくすぐったいので全身の力を入れる。我慢させてこれを行うと、腹筋にも力が入る。そうすると急にゴロゴロと音がして胃が収縮し...」(鍼灸治療要訣、第四回東方医講習会に於いて、東方医学)と記している。
 また柳谷素霊は「伏臥位または仰臥位にせしめ、腹に力をいれさせた状態で脾兪一行に深刺」秘法一本針伝書)する方法を紹介している。
 佐藤昭夫は実験動物において、腹部や背部刺激よりも、四肢刺激(合谷や足三里)で蠕動運動亢進する傾向(実験動物の1/3)があることを明らかにした。
 上記が「畑を耕す」治療に相当する。「植物育成」的治療は前項と同一になる。
 


下腹部消化器症状に対する針灸治療様式

2006-04-04 | 腹部症状
 下腹部臓器は交感神経優位群(小腸、虫垂、下行結腸までの大腸)と副交感神経優位群(S状結腸~直腸)に分けて捉えるべきであるが、前者の交感神経優位群は、別項の「中腹部消化器に対する針灸治療」のブログで説明した。また泌尿器臓器や婦人科臓器に関しては個別に解説する予定である。ここでは副交感神経優位群について記述する。

1.副交感神経優位内臓(S状結腸~肛門)の特徴
 S状結腸~直腸は、交感神経支配(L1~L3)は弱く、副交感神経支配が強いのが普通である。骨盤部臓器の副交感神経は、骨盤神経(S2~S4)により反応が伝達される。ただし副交感神経は体性神経系と連動していないので、圧痛や硬結とった明瞭なツボ反応は示さない。

2.陰部神経について
 内臓全般は自律神経が支配しているが、意志による制御ができる部分、すなわち脊髄神経が支配する部分がある。その脊髄神経とは、横隔膜神経(C3~C4)と陰部神経(S2~S4)である。横隔膜神経は、意志による呼吸調節をある程度可能にしている。また陰部神経は、その運動線維はシモの穴の括約筋を支配し、大小便の我慢を可能にしている。一方陰部神経の知覚線維の興奮は、シモの痛み(生理痛、排尿痛、排便痛)を生ずることになる。要するに骨盤内臓器症状を生じる主要原因となっているので、刺激する機会は非常に多い。

 陰部神経は、S2~S4から出て、肛門→膣口→性器と、体幹前面に回り込み、恥骨を上行して関元穴あたりで終わっている。臨床的には次りょう~下りょう穴の後仙骨孔(中心はS3の中りょう)や中極刺針を用いることが多い(確実に命中させるには陰部神経ブロック点刺針を行う)。
※陰部神経ブロック点刺針については、泌尿器科症状の項で詳細に解説する予定

3.下腹部消化器内臓症状に対する針灸治療様式
 骨盤神経刺激 → 中りょう
 陰部神経刺激 → 中りょう、中極、陰部神経ブロック点