1.三陰交の適応と治効理由
三陰交は足内果の上方3寸の脛骨内縁を取穴する。足の三陰經である脾経・腎経・肝経の交会する部なので、三陰交と命名された。古来から産婦人科症状に対して、三陰交刺激が多用されてきたという。
※このような經絡走行からの説明が成立するとすれば、前腕屈筋側にある三陽絡は手の三陽経(大腸経、三焦経、小腸経)が交わる処なのに、治療穴としては比較的マイナーである理由は何故なのだろうか。
1)S2デルマトーム上にあること
デルマトームとしては八髎穴と同じような使い方ができる。
子宮体部はTh12~L2、子宮頚部はS2~S4、卵巣がTh10、卵管はTh11~Th12との脊髄分節が支配している。この観点からは三陰交や八髎穴(次髎や中髎)の産婦人科領域の治療対象は子宮頸部であると思われた。
2)伏在神経支配であること
三陰交のある下腿内側領域の皮膚は伏在神経が知覚支配している。伏在神経は大腿神経の終末枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)を構成する。
腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みの際に刺激する用途がある。伏在神経は皮膚知覚支配なので、興奮性を調べるには、皮膚を撮診(皮膚をつまむようにして過敏点を調べる)を使うとよい。三陰交には、灸や皮内針などの皮膚刺激が適する。なお三陰交は筋肉は長指屈筋や後脛骨筋(ともに脛骨神経の運動神経)で脛骨神経が深部を走行している。
以上の検討から、三陰交を含む下腿内側の皮膚痛覚異常は、腰神経叢刺激を行うことが妥当であり、たとえば外志室穴からの腰仙筋膜深葉刺激(大腿神経刺激でもある)などを行う方法がある。
※上の2つの診察着眼点の利用法(初学者のために)
身体表面は、デルマトームと末梢神経分布という2種類の診察要因がある。今回の例ではデルマトームがS2、末梢神経分布が伏在神経ということになった。初学者にとっては、どちらを診察の基準におけばよいのか迷うかもしれないので捕捉説明したい。症状が脊髄を介して出現するものはデルマトームを基準とし、たとえば神経根症状や内臓症状がこれに該当する。末梢神経症状の場合はもちろん、末梢神経分布を基準とする。たとえば胸廓出口症候群や手根管症候群時の上肢症状や梨状筋症候群の下肢症状がこれに相当する。
ところで月経痛は一見すると内臓症状すなわちデルマトームを治療根拠とするかのように見えるが、実は体性神経症状である。一昔前のテレビCMで<頭痛・歯痛・生理痛にセデス>というスローガンがあった。セデス・ボルタレン・ロキソニン等は鎮痛剤で体性神経痛に使う(一方腹痛は内臓痛であり、腹痛改善には鎮痙剤としては古くからブスコパンを使う)。そして体性神経痛に対して鍼灸は有効なのである。腰痛や膝痛は体性神経痛の典型といえる。
2.三陰交刺激の適応
1)三陰交皮内針は、下腹痛を軽減する
月経痛の治療で、腰部反応点のみに皮内針治療をすると、たいていは腰痛・下腹痛ともに消失するが、なかには下腹痛のみ残存することがあり、このような場合には三陰交に皮内針を追加することで下腹痛は消失できると高岡松雄は記している。
尾崎昭弘らは、月経期女子の硬い内側の脛骨縁や腓腹筋上に痛覚閾値低下することを明らかにし、このような被検者の腎兪や大腸兪に刺針すると、経時的に上昇することが明らかにした。さらに腰部の圧痛は、三陰交刺針すると、大腸兪よりも腎兪の方が疼痛閾値が高まった。
<尾崎昭弘ほか著「鍼刺激により女子の下腿と腰部の疼痛閾値(圧痛)の変化に関する研究、明治鍼灸医学、創刊号:65-74(1985)>
2)三陰交には月経困難症の予防効果がある
①機能性月経痛は、思春期の若年女性に多くみられる。子宮頚部の緊張が硬く強い場合、月経血を通すには子宮頚部を無理にこじ開ける結果、痛みが生ずる。このような場合、子宮頚部の緊張をとることができれば月経痛も改善するので、三陰交刺激が有効となることが多い。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながることを危惧しているのだろう。
②日産玉川病院の遠藤美咲、奥定香代子らは20名の月経困難を訴える看護師に対し、週1回皮内針を交換する方法で、3周期の改善度を調べたところ、著効10%、有効45%、やや有効30%、無効15%となり、半数以上の者にして月経困難症を半分以下に抑えることができた。普段体調が良い者ほど効きがよく、治療前の月経困難症の程度が軽い者ほど有効性が高かった。(医道の日本誌)
③月経痛はプロスタグランジン産生による子宮頸部平滑筋の収縮によるとされるが、末梢神経ではS2以下の脊髄神経興奮が症状をもたらしていることが多いとする研究もある。針による月経痛鎮静作用は、子宮収縮の程度を弱めるのではなく、関連痛の鎮痛によるもので、脊髄神経の興奮緩和が針の治効理由である。ゆえに、陰部神経刺針点・中髎・中極などの刺激が効果的となる。
3.類似の穴との比較
1)至陰
足の第5指爪甲根部外側1分に至陰をとる。至陰はS1~S2デルマトーム領域である。子宮体部はTh12~L2デルマトーム、子宮頚部はS2~S4応が現れるとされる。すなわち子宮頚部と子宮体部の中間的存在で、ここでは子宮全体に関係すると捉えることにする。
至陰へ施灸すると、子宮動脈と臍動脈の血管抵抗が低下することが観察される。この現象は、子宮筋の緊張が低下したことを示唆している。つまり、至陰の灸は子宮筋の緊張を緩め、子宮循環が改善することにより、胎児は動くやすくなり(灸治療中に胎動が有意に増加することが確認されている)、矯正に至るのではないかと推察される。
(高橋佳代ほか:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について、東京女子医大雑誌、65,801-807,1995)
2)裏内庭
①足の第2指を深く屈曲させ、足指腹の中央が足底皮膚に触れた部に裏内庭をとる。内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛に効果があるとする説は広く知られている。裏内庭は主にL4~L5デルマトーム領域だが、裏内庭の外側にはS1~S2デルマトームがある。一般に肛門に近い病変ほど症状が激しくなるので、裏内庭は直腸~下部大腸の病変をカバーする。同じことは三陰交にも言え、子宮頸部平滑筋の緊張による痛みに効果あるのではないだろうか。
②食中毒時に裏内庭に施灸しても熱くは感じないので、熱く感じるまで(百壮ほど)、多壮灸をするという旨が伝わっている。しかし筆者が牡蠣の急性食中毒で腹痛下痢になった際、裏内庭に灸したが、数壮目からすでに熱くなったため、施灸中止した経験がある。
3)失眠
①不眠のことを中国語で失眠とよぶ。失眠穴は踵中央に取穴する。不眠症と踵骨とは現代医学的にどう考えても関連性はないようだが、頭蓋骨とは対極の部位に踵骨があり、足裏側から踵骨をみると、踵骨隆起に頭蓋骨のような半球様と滑らかさがあるので、整体観的に踵と頭蓋骨は関係があるかもしれする考えたかもしれない。何例か患者に失眠の灸を試み、効果ないので行わなくなったが、症例集積を読むと効果のあった例が提示されている。難しいのは、日中に治療室で失眠に灸を行い、その夜に睡眠効果を発揮するという時間差の問題がある。
②通常は温灸を行う。踵や手掌は角質層が厚いので、土鍋を火で温める時のように、施灸時の熱感が到達しにくい。施灸して最初は熱く感じないが、数壮後に突然熱くなるので注意が必要である。
③踵脂肪体萎縮症
失眠は、踵脂肪体萎縮(=踵脂肪褥炎)の際、歩行時痛が出現し、痛みのため歩行困難になりやすい。
脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。踵のクッションである脂肪体が薄くなって弾性を失った状態。踵脂肪体減少の原因は不明。通常はテーピングにて薄くなった踵中央部の脂肪を盛り上げる施術が直後効果もあって、テーピングを続けることで自然と痛みは軽減する。
④利尿作用
踵中央にある失眠穴に灸刺激すると尿量が増えることが深谷伊三郎(「お灸で病気を治した話」に記録されている。足ツボ療法では足のむくみがとれるともいわれているが、これも利尿作用と関係しているのだろう。ただし腎不全で下肢浮腫がある患者に対して失眠灸をしてみたが、やはりというべきか効果はなかった。
フェリックスマン著「鍼の科学」には、足部とくに踵部と泌尿器の関係が興味深いことが記されている。「尿道と足とは、おそらく同一または隣接したデルマトームに属しているのだろう。多発性硬化症患者の踵を鍼で刺すと、排尿が起こることを観察している」とある。多発性硬化症は中枢神経疾患であって、頻尿に傾くのは上位排尿中枢(延髄)の機能低下した結果、下位中枢興奮を制御できなくなった結果であろう。