1.足三里穴
1)足三里灸の効能<健脚と胃腸障害>
それまで人々は自分の生活圏から外に出ることもなかったが、江戸時代になり識字率が向上し瓦版が入手できるようになると、人々は旅に出かけるようになった。当時の旅人はみな健脚で1日に男は40㎞、女は32㎞歩いたという。ちなみに大名行列のスピードは1日32㎞(八里)と決まっていた。それは宿代を浮かすためでもあった。松尾芭蕉は著書「おくのほそ道」の中で、旅立つ際は足三里に灸する旨の記載がある。このようなイメージもあって足三里には健脚の効能があるとされるようになった。しかし中国では足三里の効能に健脚は見当たらない。
江戸時代の旅人の心配事は、旅の途中で病に倒れることだった。昔に冷蔵庫はなく食物の長期保管も困難だったことから、旅人にとって<食あたり>は体力を消耗することも多く、命取りだった。足三里の灸は、それを予防する意味があったとの見解がある。
2)ツツガムシ病
最近になって当時の旅人はツツガムシ病を恐れたためではないかとの意見が出てきた。ツツガムシ病は、かつては風土病の一つとされた。夏になると川沿いの草原に入った農民や旅人の間に,突然高熱(38~40℃)を発し,身体中に赤い発疹が現れ,せんもう状態になり,10人に4~5人は14~15日から20日のうちに死んでいくふしぎな熱病だった。これがこんにちのツツガムシ病である。潜伏期間 約5~14日で、 発熱・発疹・ツツガムシの刺し口が三徴候。 適切な抗菌治療が行われない場合の致死率は3~60%。
予防としては、感染が流行する時期には山間部に立ち入らない。立ち入る際には、皮膚を露出しない服装をして虫除けをする。地面に寝転んだり、腰を下ろしたりしないなど。
まあツツガムシ病に対して、足三里の灸もあまり効果はなかっただろう。
3)長寿としての足三里の灸
江戸時代の「百姓万平一族」の記録によると、百姓の万平という爺さんとその奥さんが240歳くらいまで長生きし、その息子夫婦が190歳、孫夫婦が130歳を超え皆元気だったという。長寿のお祝いに万平爺さんは将軍徳川家斉に招かれ、家斉は長寿の秘訣を聞いてみた。すると万平「両足の三里に灸するのみ」と返答したという。万平一族の三里へのお灸方法として、
万平一族は生涯、月初めの8日間、左右の足三里に8~11壮足三里に灸を続けたという。
鎌倉時代の吉田兼好著、徒然草148段に「四十以降の人、身に灸を加へて、三里を焼かざれば、上気の事あり。必ず灸すべし」とある。上気とはのぼせのこと。年をとると気が上にのぼるので、平時から下げるため足三里に灸するべきだという。気が上にのぼると目がよく見えなくなってくる。鎌倉時代の四十才は、すでに高齢者の年齢である。年齢的に腎陰虚となり腎水が不足すると、丹田の炎が鍋を空焚き状態にし、熱風が身体上部を襲う。目がよく見えなくなるだけでなく、熱風が脳に入ると中風(=脳卒中)にもなりやすい。この上に舞い上がる熱風の方向を下向き変える意味で足三里に灸をするという理解になるだろうか。
※腎陰虚と腎陽虚に関する私の理解
腎は体幹底部にある鍋で、摂取した水分が溜まっている。丹田の火がこれを熱し、三焦容器内を蒸し器状態にする。腎容器に溜まった水分が少ない状態を腎陰虚とよぶ。この状態で鍋を熱すると空焚き状態となり、熱風が上昇し、諸内臓や五官に悪影響を与える。腎水が十分にあるが、丹田の火が弱い場合、十分に加熱できないので、蒸気量が減ってくる。これを腎陽虚とよぶ。
4)足三里の局所解剖
教科書での足三里の取穴は外膝眼の下3寸にとっている。前脛骨筋上にあり、深部に深腓骨神経が通る。しかしこの取穴では下肢先に針響を与えることは難しい。脛骨粗面の直側で1㎝ほどから直刺すると響きが得られやすいと思う。
2.脳清穴
1)脳清穴の針は長拇趾伸筋腱に入れるのが正解か?
脳清穴は新穴で、解谿の上2寸、脛骨の外縁にとる。筆者は、運動した後でもないのに原因不明で、たまに鈍重感を感じる部でもある。この脳清穴に鈍痛を感じる時、足母趾MP関節の動きとともに足関節の動きの悪さを自覚することから、筆者は脳清穴を長母指伸筋腱上にとることにしていた。深部に深腓骨神経がある。しかし目立った刺針効果は自覚できなかった。その名称から推察すると、脳をすっきりさせる処なのだろうとも考察するが、精神的ストレスのあまりない時も重く感じる時があって、脳清穴の反応の意味は不明であった。
解谿の上2寸から長拇趾伸筋腱に刺入するには、針を45°腓骨外方に斜刺する必要がある。直刺するなら、すぐに脛骨にぶつかってしまう。
運動針の方法も独特になる。足三里は、前脛骨筋上なので、足関節の底屈背屈動作をさせる。脳清は、足母趾の底屈背屈動作をさせる。もっとも脳清穴斜刺では、深腓骨神経に命中すれば、足背までズンとした響きが得られれば、それ以上の針響増強法は必要はない。響きが得られなかった際、足母趾の自動運動を、ゆっくり数回実施させる。自動運動を始めたとたん、足首に鋭い響きがくることが多いので、その動作は徐々に大きくしていくなどの配慮が必要である。
3)脳清は第三腓骨筋に刺入しているのではいか?
脳清穴について、何の情報も得られない中、ある時第三腓骨筋をトリガーポイントとする放散痛範囲が、筆者が自覚する鈍痛部位に似ていることを発見した。
しかし足関節背面における第三腓骨筋腱は、足関節背面ではなく足関節の外方で、足外果の上方を通過している。そこで意識的に外果上方にある腱を触知すると、意外なことに圧痛があることを発見した。 第三腓骨筋は下肢の筋肉で足関節の背屈、外反を行う。 腓骨下部の前面から起こり、第5中足骨基底部で停止する。足関節捻挫は外反捻挫よりも圧倒的に内反捻挫が多いが、もし第3腓骨筋がなかったのなら、さらに内反捻挫が増えたことだろう。長腓骨筋・短腓骨筋に続く3番目の筋ということで第三腓骨筋と名付けられたのだろうが、長腓骨筋・短腓骨筋が浅腓骨神経なのに対し、第三腓骨筋は前脛骨筋などと同じ下腿伸筋群に属し、深腓骨神経支配になる。