AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

足三里穴と脳清穴の相違点 ver.2.1

2022-04-20 | 経穴の意味

1.足三里穴 

1)足三里灸の効能<健脚と胃腸障害>

それまで人々は自分の生活圏から外に出ることもなかったが、江戸時代になり識字率が向上し瓦版が入手できるようになると、人々は旅に出かけるようになった。当時の旅人はみな健脚で1日に男は40㎞、女は32
㎞歩いたという。ちなみに大名行列のスピードは1日32㎞(八里)と決まっていた。それは宿代を浮かすためでもあった。松尾芭蕉は著書「おくのほそ道」の中で、旅立つ際は足三里に灸する旨の記載がある。このようなイメージもあって足三里には健脚の効能があるとされるようになった。しかし中国では足三里の効能に健脚は見当たらない。

江戸時代の旅人の心配事は、旅の途中で病に倒れることだった。昔に冷蔵庫はなく食物の長期保管も困難だったことから、旅人にとって<食あたり>は体力を消耗することも多く、命取りだった。足三里の灸は、それを予防する意味があったとの見解がある。


2)ツツガムシ病

最近になって当時の旅人はツツガムシ病を恐れたためではないかとの意見が出てきた。ツツガムシ病は、かつては風土病の一つとされた。夏になると川沿いの草原に入った農民や旅人の間に,突然高熱(38~40℃)を発し,身体中に赤い発疹が現れ,せんもう状態になり,10人に4~5人は14~15日から20日のうちに死んでいくふしぎな熱病だった。これがこんにちのツツガムシ病である。潜伏期間 約5~14日で、 発熱・発疹・ツツガムシの刺し口が三徴候。 適切な抗菌治療が行われない場合の致死率は3~60%。
予防としては、感染が流行する時期には山間部に立ち入らない。立ち入る際には、皮膚を露出しない服装をして虫除けをする。地面に寝転んだり、腰を下ろしたりしないなど。
まあツツガムシ病に対して、足三里の灸もあまり効果はなかっただろう。


3)長寿としての足三里の灸

江戸時代の「百姓万平一族」の記録によると、百姓の万平という爺さんとその奥さんが240歳くらいまで長生きし、その息子夫婦が190歳、孫夫婦が130歳を超え皆元気だったという。長寿のお祝いに万平爺さんは将軍徳川家斉に招かれ、家斉は長寿の秘訣を聞いてみた。すると万平「両足の三里に灸するのみ」と返答したという。万平一族の三里へのお灸方法として、
万平一族は生涯、月初めの8日間、左右の足三里に8~11壮足三里に灸を続けたという。

 鎌倉時代の吉田兼好著、徒然草148段に「四十以降の人、身に灸を加へて、三里を焼かざれば、上気の事あり。必ず灸すべし」とある。上気とはのぼせのこと。年をとると気が上にのぼるので、平時から下げるため足三里に灸するべきだという。気が上にのぼると目がよく見えなくなってくる。鎌倉時代の四十才は、すでに高齢者の年齢である。年齢的に腎陰虚となり腎水が不足すると、丹田の炎が鍋を空焚き状態にし、熱風が身体上部を襲う。目がよく見えなくなるだけでなく、熱風が脳に入ると中風(=脳卒中)にもなりやすい。この上に舞い上がる熱風の方向を下向き変える意味で足三里に灸をするという理解になるだろうか。


※腎陰虚と腎陽虚に関する私の理解

腎は体幹底部にある鍋で、摂取した水分が溜まっている。丹田の火がこれを熱し、三焦容器内を蒸し器状態にする。腎容器に溜まった水分が少ない状態を腎陰虚とよぶ。この状態で鍋を熱すると空焚き状態となり、熱風が上昇し、諸内臓や五官に悪影響を与える。腎水が十分にあるが、丹田の火が弱い場合、十分に加熱できないので、蒸気量が減ってくる。これを腎陽虚とよぶ。


4)足三里の局所解剖

教科書での足三里の取穴は外膝眼の下3寸にとっている。前脛骨筋上にあり、深部に深腓骨神経が通る。しかしこの取穴では下肢先に針響を与えることは難しい。脛骨粗面の直側で1㎝ほどから直刺すると響きが得られやすいと思う。



2.脳清穴

1)脳清穴の針は長拇趾伸筋腱に入れるのが正解か?

脳清穴は新穴で、解谿の上2寸、脛骨の外縁にとる。筆者は、運動した後でもないのに原因不明で、たまに鈍重感を感じる部でもある。この脳清穴に鈍痛を感じる時、足母趾MP関節の動きとともに足関節の動きの悪さを自覚することから、筆者は脳清穴を
長母指伸筋腱上にとることにしていた。深部に深腓骨神経がある。しかし目立った刺針効果は自覚できなかった。その名称から推察すると、脳をすっきりさせる処なのだろうとも考察するが、精神的ストレスのあまりない時も重く感じる時があって、脳清穴の反応の意味は不明であった。

解谿の上2寸から長拇趾伸筋腱に刺入するには、針を45°腓骨外方に斜刺する必要がある。直刺するなら、すぐに脛骨にぶつかってしまう。

運動針の方法も独特になる。足三里は、前脛骨筋上なので、足関節の底屈背屈動作をさせる。脳清は、足母趾の底屈背屈動作をさせる。もっとも脳清穴斜刺では、深腓骨神経に命中すれば、足背までズンとした響きが得られれば、それ以上の針響増強法は必要はない。響きが得られなかった際、足母趾の自動運動を、ゆっくり数回実施させる。自動運動を始めたとたん、足首に鋭い響きがくることが多いので、その動作は徐々に大きくしていくなどの配慮が必要である。

3)脳清は第三腓骨筋に刺入しているのではいか?

脳清穴について、何の情報も得られない中、ある時第三腓骨筋をトリガーポイントとする放散痛範囲が、筆者が自覚する鈍痛部位に似ていることを発見した。

しかし足関節背面における第三腓骨筋腱は、足関節背面ではなく足関節の外方で、足外果の上方を通過している。そこで意識的に外果上方にある腱を触知すると、意外なことに圧痛があることを発見した。 第三腓骨筋は下肢の筋肉で足関節の背屈、外反を行う。 腓骨下部の前面から起こり、第5中足骨基底部で停止する。足関節捻挫は外反捻挫よりも圧倒的に内反捻挫が多いが、もし第3腓骨筋がなかったのなら、さらに内反捻挫が増えたことだろう。長腓骨筋・短腓骨筋に続く3番目の筋ということで第三腓骨筋と名付けられたのだろうが、長腓骨筋・短腓骨筋が浅腓骨神経なのに対し、第三腓骨筋は前脛骨筋などと同じ下腿伸筋群に属し、深腓骨神経支配になる。


頭針法がなぜ効果をもたらすのかの一考察 ver.1.1

2022-04-19 | やや特殊な針灸技術

1.頭針法に関する成書の貧困について
 
頭皮に刺針することで、頭痛のみならず、非常に多様な疾病や症状を治療する方法を頭針法とよぶ。頭針にはいくつかの流派があり、それぞれ独自の頭針チャートをもっていて、ある疾病の時にはこの部分を刺激するという法則が定められている。しかしながら流派にり指定された刺針点が異なることや微妙なコツもあって、追試してみても容易には治療効果が観察できないという困った問題がある。
さらに勉強しようとする者の意欲を削ぐことになるのは、生み出され理論化された過程が説明されていないので、やってみて効いた、効かなかったというレベルに問題が終始するほかないことである。こうした論理性の欠如は、耳針法とまったく同じもので、中国人特有の思考回路かと思っていたら、山元敏勝著「山元式新頭針療法」でも同じような内容なので非常に失望した。


耳針チャートにはノジェ式と中国式の2種が代表的だが、基本的には母胎内にいる胎児は頭を下にして手足を縮こまっているが、その形が耳介に反映されているという風になっている。にわかには信じがたいが、そういうこともあるかもしれないとは思うことができる。
頭針チャートでは大脳皮質の機能局在が元になっているらしいが、脳は頭蓋骨で覆われており、大脳皮質局在と頭皮が対応関係にあることはにわかには信じがたい。


2.頭針の機序
 
偏頭痛と血管刺激部位の関係は、RayとWolfによって詳細に検討されている。それによれば脳の表在性の動脈刺激部位と頭痛部位の関係は、あたかも頭蓋骨が存在しないごとく、血管直上付近の頭皮に出現(直径5㎝ぐらいの範囲)し、脳底部の動脈では、耳と眼やこめかみの高さで帯状に出現することが確認されている。

一方頭皮上を刺針すると、刺針部を中心とした大脳皮質の血流改善が観察されている。これは三叉神経を仲介した反応だと推定されており、頭皮刺激が直下の大脳皮質に直接影響を及ぼしているとは考えられていない。なお山元式新頭針法は、別称頭髪際刺針とよばれており、文字通り前頭髪際を中心に治療点を求めるもので、三叉神経の分枝である前頭神経刺激だといえるかと思う。

つまり障害部位の大脳皮質の血流を増すことが治効を生むのだと仮定すれば、頭皮への刺針は、ある程度の効果をもたらすことが予想される。その施術点を求めるには、三叉神経支配領域であることが必要条件であるが、それ以上のことは不明である。ただ頭針チャートが何通りもあるように、かなり大きな面積をもつものだと予想される。


最近、パーキンソン病に対し、耳介上方のブヨブヨした感じの処に、横刺捻転手技をすると症状軽減し、また血中ドーパミン量が増加傾向にあることが確認されている(水島丈雄:パーキンソン病の鍼灸治療、医道の日本、平成15年12月号など)。三叉神経を刺激することで、脳内物質の分泌に変化がみられることは、今後の針灸の発展方向に大変な影響をもたらすことになるだろう。

 

3.頭針が有効となる条件
 
このような知見のもとに自己流に等しい頭皮刺激を行っても、実際にはあまり効果が得られないだろう。というのは、①一定の刺激量、②促通手技の併用、③一定以上の置針時間といった条件も満たす必要があるからである。

①一定の刺激量とは、中国針程度の太さ(和針10番相当)の使用である。

②促通手技とは、患部に刺激を与えるということである。頭皮針の創始者、朱明清氏の方法は、これが非常に徹底している。たとえば片麻痺で歩行困難の患者に対しては、座位にして頭皮針を行うが、頭皮針で手技針を行う一方、麻痺側の足底を、繰り返し床に叩きつけるような自動運動を併用したり、耳疾患の患者では頭皮針の手技針を行いつつ、外耳口に指を入れ、指を前後に動かしたり、外耳口を塞ぐように耳介を折り曲げ、指で叩いてその音を聞かせるようにする。これらは一言で言うと導引術を併用しているといえる。

※導引とは何か
中国医学には治療医学と養生医学があり、治療は薬と鍼灸、養生は食養生と気功から成り立っている。この気功の前身が導引吐納法で、導引とは身体をゆり動かし気の通路である経絡がスムーズに流れやすくする体操法のこと、吐納とは呼吸法のこと。人の心は常に静かであるべきだが、身体は常に動かしていた方がよいという思想にもとづく。


③治療の直後効果は速効的だが、手技を終えてもすぐに抜針はしない。すぐに抜くと元の症状に戻るらしい。1時間以上置針し、重症者には半日置針することもあるという。なお治療直後効果ない者は、置針しても無駄である。






ゴルフ肘の針灸治療 ver.2.1

2022-04-07 | 上肢症状

1.症状

ゴルフ肘ゴルフクラブのインパクト時、効き手の肘内側が痛む。 上腕骨内側上顆部の運動時痛

2.病態

 
1)ゴルフのスイングは、まず前腕を回外してクラブを持ち上げる。次にクラブを振り下ろすが、その際に利き腕(多くは右)の前腕は回内傾向になる。これは円回内筋が収縮し
、その起始である上腕骨内側上顆に牽引ストレスが働くことになる。

※長掌筋の機能
 手根部を曲げ,同時に手掌の腱膜を引く働き をする。ヒトでは必要ないので退化している。  
サルが木の枝にぶら下がったり、ネコが随意に  爪を出すのは、長掌筋よる。

 

※前腕が回内してしまう理由として、クラブの右手の握りで、母指。示指・中指を曲げてクラブを持つ習慣にあるという。この握りでクラブを振ると、前腕は回内してしまう。環指・小指に力を入れてクラブを握ると、自然と中指も曲がるようになる。

2)ゴルフクラブのスイングは、体幹のひねり(胸椎の回旋と骨盤のひねり)を効かすべきだが、腕だけでクラブを振るなら、前腕の回内を入れてインパクトしてしまう。

 

3.針灸治療   

1)手関節屈曲は、主に橈側手根屈筋と尺側手根屈筋の収縮による。なお橈側手根屈筋のみ収縮すれば手関節は橈屈し、尺側手根屈筋のみ収縮すれば手関節は尺屈する。これら両筋は上腕骨内側上顆を起始とし、筋緊張負荷が過多になれば運動時痛を生ずる。
    
橈側・尺側手根屈筋の圧痛点を見い出すには、被験者の手を掌屈させ、橈側・尺側手根屈筋するよう指示する一方、検者はこの運動をさせないように力を加えることで、筋収縮状態に誘導する。この姿勢で筋中の圧痛点を見い出して刺針するという方法が成書に記載されていた。
これは前腕屈筋を収縮状態にしていて施術する方法になる。
 

上腕骨内側上顆部の少海には強い圧痛がみられるので、刺針したまま手関節屈伸の運動針を行う。ゴルフ肘治療における局所治療としての少海反応点の触知は意外に難しい。下図で示した部位ではなく、上腕骨内側上顆部のわずかに肘頭寄りに限局的な強い圧痛となって出現すると思う。このことを知らないと、反応点を触知できないことになるだろう。

kono

 

 

2)仰臥位で前腕下にマクラを入れ、手関節を過伸展状態にする。この姿勢で、橈側・尺側手根筋上の圧痛点に刺針するという方法もある。これは前腕屈筋を伸張させて施術する方法になる。


この方法は、自宅で行う予防エクサイズとしても応用できる。

健側の指で、患側の手掌をつかんで、手関節を背屈するのがよい。
指をつかんで
手関節を背屈させるならば、浅・深指屈筋のストレッチになってしまうため。


3)円回内筋刺針

       
被験者の腕を回内するよう指示、検者はこれに抵抗を加える。その状態で円回内筋の圧痛を調べる。円回内筋は上腕骨内側上顆と前腕橈骨外縁中央を結んだ位置にある。代表穴は
孔最。 
※孔最:前腕前橈側、太淵穴の上7寸、尺沢穴の下3寸腕頭骨筋上。深部に円回内筋がある。