AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

腰痛に関する最近の筆者の考え ver.1.1

2024-08-09 | 腰背痛

何といても腰痛で来院する患者は非常に多い。針灸治療も手慣れた感じで行うことになるが、今更ではあるが新たな発見があるので、昨今の知見を総括してみたい。


1.背部一行の圧痛好発部位

第1胸椎以下の背部一行(棘突起外方3~5分外方)の圧痛を触診すると、胸椎全域と胸椎と腰椎の接合部、および腰椎と仙椎接合部に圧痛が出現することが多いことに気づく。

 

 2.胸椎間は回旋可動性、腰椎は前後屈可動性
 

椎間関節の関節刻面の傾斜により脊柱の運動方向が決定される。胸椎は左右の回旋運動(上体を後にひねる動作)が可能である反面、屈伸運動(上体の前かがみや上体反らし動作)ができないので、上体回旋運動による力学的ストレスが胸椎部の椎間関節に加わることで、椎間関節性変化を生ずるのであろう。上体の激しい回旋時、Th12胸椎は左右に動くが、その下にあるL1椎体間は可動できないので、Th12/L1椎間関節は力学的な歪みが生じて椎間関節性腰痛が起こりやすい。

同様のことは腰椎と仙椎間にもいえる。腰椎は前後屈できるが、仙骨は一つの骨に癒合していて
可動性がない。強い前屈・背屈ではL5/S1椎間関節の椎間関節症が起こりやすくなる。

3.背部一行にある障害を受けやすい筋

この椎間関節に加わる力学的ストレスによる障害は、そのすぐ近傍にある筋の無理な伸張を強いる。一般的に脊柱起立筋のように長大な筋は上手に力を逃すことができるのに対し、椎間関節近傍にある深部筋(横突棘筋と総称)は、椎間関節の変化を直接受け、筋長も短いので力を逃すことができづらく、筋筋膜症性変化も引き起こす。すなわち筋筋膜性腰痛を生じる。

その問題となる深部筋は、脊椎の可動性に対応したものとなる。胸椎では左右回旋に可動するので、この過剰可動を制止するため長・短回旋筋にストレスが加わる。腰椎部では前背屈に可動するので、この可動を制止するため多裂筋にストレスが加わる。
建物を増築した場合、元からある建物と増築部分の境界が地震に弱くなる。それは地震に伴う建物の揺れ周期が両者間で異なるので、継ぎ目が脆弱になるからである。これと同様のことが胸椎-腰椎間、および腰椎-仙椎間でいえる。
頸椎-胸椎間でも同じ現象が起こるので、大椎や定喘(C7/Th1棘突起間の外方1寸)
などは頸回旋時痛に際する治療点となる。


3.背部一行圧痛時の診断名

すなわち椎間関節性腰痛と筋筋膜性腰痛は、背部一行部にある筋においては重複した概念になる。そしてその椎間関節症は、先に示したように、胸椎全般と、Th12/L1間と、L5/S1間に起きやすい。

 




4.椎間関節直接刺について


繰り返して記すが、腰痛は、背部一行の圧痛のある触知をもって、椎間関節性腰椎であると判断することはできない。筋の問題にしても椎間関節の問題にせよ、脊髄神経後枝内側枝の鎮痛を図るという意図からは、背部一行刺針は有効なことが多い。


では捻挫時に局所の関節に直接刺針すると、よく効くのと同じように、椎間関節症に対して棘突起から外方2㎝ほどの部を刺入点として、筋中を貫き、椎間関節の骨にぶつかるまで深刺する方法も考案されている。ドーンという強い針響が得られるとのことだが、2~3番針程度の太さで行うのであれば針響も適度なものとなる。柳谷素霊の秘法一本針伝書中の「五臓六腑の針」もこの機序を利用したものであろう。

ブログ:柳谷素霊「五臓六腑の針」
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/4def4967b4651eb11221c8cf63c3a6ee

 


5.背部三行刺針

1)腰方形筋、腰仙筋膜深葉の痛み

背部三行とは、起立筋外縁と腰方形筋のつくる筋溝をいう造語である。筋筋膜性腰痛として腰仙筋膜深葉、それに腰方形筋性やなどの深部の腰痛で、この背部三行の刺針目標となる。穴としては胃倉、外志室、外大腸兪あたりになる。3寸ないし2.5寸の5~7番針程度が必要である。

起立筋は、体幹を下るにつれ、先細りになるのに対し、第12肋骨と腸骨稜間にある腰方形筋は逆に、体幹を下るにつれ広がっている。ゆえに下部腰椎部では起立筋の外方に腰方形筋がはみ出てきている。腰方形筋緊張による腰痛は、上後腸骨稜の外方で、腸骨稜上縁に沿うような痛みも出現しやすい。これは筋の骨付着部症としての脆弱性があるためだろう。立位上体前屈位にせしめ、腸骨稜縁の圧痛点に刺針。上体の屈伸運動を行わせると効果的である。


2)大腰筋性腰痛

大腰筋性腰痛が注目され出したのは最近である。何らかの原因で腸腰筋の持続的収縮が起こると中腰姿勢状態になり、上体を伸展させる際に、ひどく痛む。中腰姿勢の持続は、バランスをとるために腰背部筋の緊張を惹起するようになり、背部筋の筋筋膜性腰痛も合併するようになる。

大腰筋の伸張持続が極端な場合、このままでは筋が断裂すると筋・腱紡錘中の受容器が判断し、反射的に脱力(腰くだけ状態。立つことができない)になるとする説がある。治療は、側腹位、3寸#5~10の針を用い、ヤコビー線の高さで、起立筋外縁(痩せた者では横突起の直前)を刺入点とし、椎体側面方向に7~8㎝刺入。針先が患部へ響くと、ズーンと重く響くような感覚が腰全体に広がる。腰が抜け、立つこともできない者は、大腰筋の脱力を意味している。この状況から本来の筋トーヌスまで回復するには、1時間程度の置針が必要である。


三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針 

2024-08-06 | 頭顔面症状

1.三叉神経第3枝の神経走行       

三叉神経第3枝(=下顎神経)の機能は、卵円孔を通った後、運動枝と知覚枝に大別できる。
運動枝は頭蓋外に出て咀嚼筋(咬筋、内側・外側翼突筋、側頭筋)に分布する。
知覚枝は、耳介側頭神経、下歯槽神経、舌神経、オトガイ(=頤)神経など下顎や舌付近に分布する。

 

2.下歯槽神経               

1)解剖

下顎骨内を走り、下顎の粘膜、歯髄、歯根の知覚をつかさどった後、オトガイ孔より皮下に現れ、オトガイ神経となる。

2)下歯槽神経刺針<裏頬車刺針>
 
下歯槽膿神経は下顎孔から骨トンネル内に入り、オトガイ孔から下顎骨の表に出てくる。
下歯槽膿神経この骨トンネル走行中に下歯痛に知覚枝を送っているので、下歯痛の原因となる。

卵円孔を出た下歯槽神経は、下顎骨内側の下顎孔から下顎管トンネル中を走行し、オトガイ孔から骨外の出て下顎から下唇の知覚を担当する。したがって下歯槽神経を刺激できるのは、本神経が下顎孔に入る手前に限られる。これはツボでいうと裏頬車に相当する。

 

3) 裏頬車(素霊、下歯痛の一本針)刺針の技法

側臥位で、歯にタオルを噛ませる。下顎角の内縁に触知するゴリゴリとした筋肉様(内側翼突筋)と骨の間を刺入点とする。2寸 #2で下顎骨内縁から刺入針が口角に向かうよう刺入。針響を下歯に得る、とある。

下歯槽神経刺激。裏頬車の下方で下歯槽神経は、下顎管中に入るので、頬車の代用として裏大迎の使えない。
     
※下歯槽神経の走行:
下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、頬車水平刺に含まれる。
 一本針伝書で裏頬車から刺針して「耳に響く場合・・」とあるには、おそらく舌咽神経の分枝である鼓室神経を刺激した結果だろう。鼓室神経は「鼓膜と鼓室の知覚を支配するので、こういうことも起こる。

3.舌神経

  ※舌咽神経:分枝に鼓室神経があり、鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は鼓室神経叢を      形成し、三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでな   く、時には耳まで痛くなるのは本神経の興奮による。

※辛味=痛覚
カプサイシンなどの辛味は、本来動物に「食べてはいけない」という警告を与えるものだが、人によっては辛いものを好む者がいる。辛味は、三叉神経経由で脳に情報が伝わり、痛みとして認識される。この痛みを和らげるため、脳はエンドルフィン分泌を増大するので、辛味で多幸感が得られ、病みつきになる者がいる。

1)解剖
 
三叉神経第3枝の主要枝である下顎神経は下顎孔に入る手前で舌神経を出す。

舌神経は、舌前2/3の知覚を支配している。ちなみに舌前2/3の味覚を支配するのは鼓索神経で鼓索神経は顔面神経と合流する。
末梢性顔面麻痺を起こすベル麻痺では、しばしば味覚障害を起こすことがあるのは鼓索神経も麻痺したことによる。鼓索神経には同時に涙腺や唾液腺に分布している線維も含まれており、涙や唾の分泌にも関係する。
      

※舌咽神経:舌咽神経は舌の後方1/3を知覚・味覚ともに支配するが、その分枝である鼓室神経は、舌咽喉神経の分枝に鼓室神経があり、鼓室神経は鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでなく耳まで痛くことがあるのは本神経の興奮による。

 舌咽神経は、内耳迷路から神経枝が伸びていることも確認されている。なわち舌咽神経刺激は、中耳炎の痛みだけでなく、めまい・耳鳴も関係するという。
舌咽神経を針灸刺激するには、難聴穴(深谷伊三郎が命名)から3㎝程度直刺すればよいことを発見した。なお耳介下部で耳垂の基部に「耳痕」をとり、耳垂下端で頬との境界まで線で結ぶ。その中点に難聴穴をとるこれは鼓室神経(舌咽神経の分枝)を刺激した結果だろう。鼓室神経は外耳道~鼓膜を知覚支配している。
深谷は「難聴穴から半米粒大灸7壮+完骨+少海」と記載しており、針は使っていない。灸刺激では鼓室神経を直接刺激できないので、当然ながら針響は起きない。私は、難聴穴から直刺2~3㎝で鼓膜に響くことを発見した。

柳谷素霊の「秘法一本針伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨(移動穴)刺針の記述があった。中耳炎時の鼓膜の痛みだろう。鼓膜を知覚支配するのは鼓室神経で、まさしく深谷の「難聴穴」と同部位をさすと思えた。

私が難聴穴を使ったきっかけは、解剖学書で浅層に顔面神経も走行することを知ったからだ。顔面神経は茎乳突孔(=翳風)を出た後、耳垂直下の耳下腺中を通過し、顔面表情筋へと枝を送る。したがって翳風への刺針パルスをすると顔面表情筋の攣縮を観察できるが、茎乳突孔部の顔面神経へ刺入するのは、方向が少しでもずれると著しい刺痛を与えるので実施するのが難しく、翳風の代用として私は難聴穴を使うことにしている(ただし顔面痙攣時は茎乳突孔部の顔面神経に刺激する以外、有効な手段がないので翳風へ深刺タッピング手技を行っている)。ベル麻痺時に難聴穴から1~1.5㎝直刺してパルスを流すと、顔面表情筋の攣縮を観察できる。顔面神経は基本的に運動神経なので針響起きない。何人か難聴穴から刺針パルス通電を行っているうち、たびたび耳中に響くという訴えを患者から受けた。
つまり、難聴穴は浅層に顔面神経が通り、深層に鼓室神経が通るという立体交差構造であることを知った。
ちなみに耳介周囲のツボで、耳中に響かせることのできるのは、この難聴穴以外にないようだ。

ブログ:顔面痙攣の針灸 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/135a9ffea3f625a5918e2668247bbf37

※耳垂中央からの深刺すると耳中に響くことを発見したので、私はこの部位を「下耳痕」と名づけたが、その後に深谷が「難聴穴」とよび素霊が「完骨」(移動穴)としているのを知り、それ以降は下耳痕との呼名を止めることにした。

ブログ:ベル麻痺に下耳痕置針 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/32b9f9a0816988958ffd8ee837d6cdd6


 


2)舌神経刺激刺針
 
下歯槽神経刺針と同じく裏頬車からの刺針では舌神経を刺激できない。舌神経を刺激するには、下顎骨後縁の央の舌根穴から直刺する。舌骨上筋刺激になる。舌根穴(=上廉泉)は舌の起始になる。舌骨上筋は舌咽神経支配が知覚支配しており、舌痛症と関係する。刺針すると舌根や咽喉に針響を与える。舌痛患者はあまり来院しないので、治療経験もわずかだが、舌根骨刺針の治療効果には手応えを感している。

 

4.咀嚼筋枝

三叉神経第Ⅲ枝は咀嚼筋を運動支配する機能もある。咀嚼運動障害の代表が顎関節症である。
顎関節症分類で、筋緊張によるものをⅠ型顎関節症といい、咬筋、外側翼突筋の過緊張による場合が多い。
咬筋の代表治療穴は「大迎」、外側翼突筋の代表治療穴は「下関」になるだろう。

素霊の示した頬車水平刺は、内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激になると思えた。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽神経の直接刺激にはならない。
   

5.おとがい(頤)神経ブロック点

位置:口角の下方を探ると、下歯、下顎骨と触知できる。この下顎骨の縦幅の中点にオトガイ
孔をとる。
刺針:おとがい孔を刺入点とする。45°下方(顎方向)に向けて、さらに45°針を持ち上げて斜刺すると、オトガイ孔を貫通できるおとがい神経の上流にあたる下歯槽神経は下歯に知覚枝を送っているが、オトガイ孔へ刺針しても、下歯痛への効果はあまりない。
 

オトガイ孔は意外な方向で開口しているので、骨孔を貫通させることは案外難しい。それに加え、オトガイ孔の骨孔を貫通できたとしても、オトガイ神経の顔面分布領域は小さいので、臨床で使う機会は少ない。

     

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 


三叉神経第Ⅰ枝・Ⅱ枝関連の顔面骨孔への刺針

2024-08-04 | 頭顔面症状

ブログ:三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e89102ce9c94e2ecc5f9728dd5b6ab7f

 

A.三叉神経第Ⅰ枝

1.三叉神経第1枝の神経走行と骨孔

三叉神経第1枝(=眼神経)の主要枝は眼窩裂孔を通って眼窩に入り、前頭神経として走行し、主要枝は眼窩上切痕(=魚腰穴)から眼窩上神経として前頭部~登頂にかけての皮膚に分布する。また前頭神経は、滑車上神経の分岐し、攅竹穴あたりから前頭正中の皮膚も分布する。



                        

2.攅竹(膀)

取穴:眉毛内端。眼窩上切痕から滑車上神経が現れる部。
深刺時の解剖:内眼角(睛明)から眼窩内刺針として深刺すると、針先は上眼窩裂に至る。上眼窩裂は、眼球運動をつかさどる3つの脳神経(動眼・滑車・滑車・外転神経)が出る孔である。
 そのすぐ上には視神孔がある。視神経孔は視神経管が通り、視神経は視覚をつかさどる。
臨床関連:針痛に過敏すぎる患者に対し、代田文誌は本来の治療に先立ち、攅竹に単刺し、針に対する過敏反応の軽減をはかったという(追試しても目立った効果はないようだが)。攅竹刺針の適応は第一に眼精疲労で、皮膚をつまんで刺絡する部でもある。刺絡した刺痛により交感神経緊張して瞳孔散大するので、眼がスッキリするのだろう。
   
3.魚腰(奇)
位置:正中から2.5~3㎝外方眉毛中央。眼窩上切孔(または眼窩上孔)のある処で、眼窩上神経が出る。
刺針: 魚腰が眼窩上神経ブロック点にほぼ一致する。 眼窩上切孔から直角に1~2㎝刺入する。

眼窩上神経ブロック体験例:
かつて私が洗面所で転倒して額を強打してたはずみに上眼瞼破裂創となった。つまり片側の上まぶたがぱっくりと口を開いた。病院内の事故だったので、あわてて外科に駆け込み、上眼瞼を縫合してもらった。その際に経験したのが眼窩上神経ブロックで、局麻剤の刺痛はあったが縫合時は無痛だった。

 

 4.挟鼻(新)


 取穴:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央にとる。
鼻毛様体神経の分枝の一つを前篩骨神経とよび、鼻腔粘膜をつかさどる。ワサビを食べ過ぎると鼻にツーンとくるのは、ワサビの揮発成分が鼻毛様体神経を刺激した結果である。
しかしワサビを舌奥の舌咽神経支配部分に入れると、あまり辛さは感じず、鼻にツーンともこない。


 刺針:挟鼻穴を毫針や鍉針で十秒ほど刺激し続けると、鼻粘膜刺激により鼻粘膜が交感神経優位となり、鼻甲介の海綿体の充血を改善できるので、鼻が開通する。挟鼻を刺激しつつ、強く数回鼻から息を吸わせてみると開通が自覚できる。鍉針は、針先をライターなどで50℃程度にあぶった状態で押圧した方が反応が出やすい(岡本雅典氏)。
夾鼻よりも攅竹刺入点として鼻方向に水平刺する方法もあるが、挟鼻の方が技術はやさしい。
    
   
  

B.三叉神経第Ⅱ枝

1.三叉神経第2枝の神経走行と骨孔
   
正円孔を通り、主要枝は眼窩下縁から眼窩下孔(=四白穴)を通過して顔面表層に現れ、頬上部、鼻翼、上唇を支配する。上顎神経の分枝は歯槽孔を通過して上歯槽神経となり上歯槽を知覚支配する。  

        
  


2.眼窩下神経ブロック点 =四白(胃)

位置:眼窩下孔(=四白)は瞳孔線上で、眼窩下縁の直下1㎝の陥凹部にとる。
刺針:眼窩上孔を刺入点とし、外眼角方向に向けて3㎝ほど刺入すると針は下眼窩裂へ達する。すなわち三叉神経第Ⅱ枝である上顎神経は、下眼窩裂を通り、眼窩下神経となり、眼窩下孔(=四白)から顔面表層に現れる。
応用:下眼窩と眼球がつくる陥凹で、外眼角から内眼角に向かう線の外側1//4に球後穴がある。球後は中国では内眼病で用いられる。

3.球後(新) 刺針注意!    

位置:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。
解剖:「球後」は眼球の裏側という意味。球後から直刺深刺すると下眼窩裂に達する。針尖を上内方に少し向け、眼球裏に達するほどの深刺をすると、毛様体神経刺激になるが、毛体神経刺激の臨床的意味は不明であるが、眼球裏には毛様体神経節、長・短・鼻毛様体神経などがあるので、眼に対する副交感神経刺激になるだろう。

 

4.客主人(=上関)(胆)斜刺
 
位置:頬骨弓中央の上縁。
刺針:客主人から下方に向けて3㎝以上斜刺すると、針先は上顎神経が上歯槽膿神経に分岐する処の近くに至る。針響は上歯に至る。この部は側頭筋筋膜部でもあり、側頭筋緊張により放散性の上歯痛をきたす場合の治療点となる。
           
 

ブログ :上歯痛の治療  ver.2.0
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/7083c92196f0d9741ae4e56e4cee5586


太陽穴の局所解剖と瀉血意義 ver.1.2

2024-08-02 | 頭顔面症状

1.頭痛薬「乙女桜」の話

伝統的に、コメカミの具合が悪いと頭痛になると考えられたようである。かつて我が国では頭痛の民間治療として、コメカミに米粒やすりつぶした梅干をテープで貼り付けたりしていた。これにヒントを得て、明治時代末期には、コメカミに頭痛膏「乙女桜」(サロンパスを小さくしたようなプラスター剤)を貼ったりもしていた。昭和の時代、おばあさんが貼っているのをたまに見かけたものだ。
現代でも同様の貼薬である「点温膏」や「おきゅう膏」が市販されている。


※上は町の電気屋のおばさん役のタレント。電球を買いに来た客に電球を売る前、電球が切れていないか、店のソケットに入れて、本当に光ることを確かめた後に客に手渡した。その時のやりとりをCMにしたもの。当時の電球は輸送途中のショックでフィラメントが断線することがよくあったため。松下電器は輸送中の少々の衝撃にも耐える梱包方法を発明し、それ以降、買った電球が光るのは当たり前となった。


2.牧畜民チャムスに伝わる「ンゴロト」


ケニアの牧畜民チャムスに伝わる伝承医学には、「ンゴロト」(弓矢式瀉血)という方法がある。通常の瀉血では治らない激しい頭痛の際には、矢じりの先数ミリを残して布のテープを巻きつける。患者の首を革ひもで絞め、こめかみに血管が浮き上がってきたところを、左右とも近距離から弓矢でいる。首の革ひもをといて、出血を弱める。血が止まるまで放置する。頭痛がするときは、こめかみから血が飛び跳ねるが、余分な血を抜くと、血管に適量の血液が流れるようになり、頭痛は鎮まるという。



3.側頭部局所解剖の特殊性

昔から頭痛の際には、コメカミ刺激が行われていたが、なぜコメカミに注目したのだろうか。この理由を局所解剖から探ることにした。

1)側頭筋の局所解剖
太陽穴から直刺すると、まず頬部脂肪体をつらぬき、続いて側頭筋中に入る。側頭筋の浅層には側頭部脂肪体がある。側頭部脂肪体は表層。裏層ともに筋膜があるので、側頭筋部は弾力に富み、指頭で押圧するとグリグリと可動する。粗な組織である上に、静脈血流に富むので、静脈鬱血になりやすい。

 

バッカルという言葉は、顔の頬の部分をいう。バッカルファットとは、頬骨弓上下にあり、側頭筋や咬筋の浅層にある脂肪塊のことである。バッカルファッドがあると側頭部から頬部にかけて凹凸が減るので。若々しい外見になる。バッカルファッドが多すぎても少なすぎても老けてみられる要因になることがあるので、美容外科の対象となる。

経絡走行からは、頬骨上部で側頭筋部の脂肪ファットは三焦経に、頬骨下部で咬筋部の脂肪ファッドは胃経所属になる。

 

2)コメカミ瀉血の適応症
    
頭痛や眼の疲れを訴える場合、太陽穴付近が鬱血しているようなら、瀉血して放血させることがある。粗な組織の中に静脈が走っているので、止血しづらいので多量に放血できる。さらに浅層には浅側頭頭動・静脈があって、眼球自体の栄養血管である眼枝を分岐しているからか、眼がすっきりする効能もある。眼がすっきりとするのは、鬱血を改善したというより、痛覚刺激により瞳孔散大したことによるのではないか? 
  

3)坂口弘(細野診療所医師)の経験

   
瞳子髎から耳のほうへ少し寄って一面に圧痛がある。ここへ太い針を刺す。私は注射針にてヤトレンカゼインを薄めたものをごく少量注射する。多くは針を抜くとタラタラと出血する。なるべくこの出血を十分出すように絞る。充血と流涙で目が開けられなかった者が、帰途にはパッチリとあくといったケ-スがよく見られる。(坂口 弘:得意とする疾病とその治療法、「現代日本の鍼灸」、医道の日本社、昭和50年5月) 

※ヤトレンカゼイン:戦前の医学で、感染症に対して使われた注射液。牛乳のタンパク質を原料とする。

   

 


バネ指手術の体験 ver.1.1

2024-08-01 | 上肢症状

1.術前の経過

2年程前から、理由なく起床直後に左母指のバネ現象が生ずるようになった。ただし基礎疾患として7年前頃から糖尿病があった。脱力時には痛みはないが、母指の曲げ伸ばするために、カクンカクンとして母指が動かしづらいので、絆創膏を母指IP関節に巻いてIP関節の動きを制限して過ごした。やがてバネ現象は自然消失したが、今度は母指IP関節が完全伸展できなくなった。母指の屈伸動作を行うと、母指MP関節掌側横紋の示指寄りに鈍痛が残るようになった。すなわち第3期のバネ指状態になった。母指の完全伸展ができないことは我慢ができても、母指球の鈍痛には我慢ができなかった。この鈍痛は湿布しても効果なかった。

痛みに我慢できなかったので、これまで整形外来に2度行き、腱鞘内への鎮痛剤注射を行う処置をうけた。注射直後は効果を実感しないが、数週間でじんわりと効いてくるとのことだが、まさにその通りだったので驚いた。しかし2~3ヶ月で元にもどることも多いという。一応計2~3回注射して、それでも効果ない場合、手術に踏み切るとの段取りになるという。腱鞘内への注射そのものが非常に痛く、局所注射が腱鞘を傷つけることになるなどの理由から、注射回数にも限界があるとのこと。


 2.(参考)バネ指のスタジウムと処置法

1)第1期:
関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。
  
2)第2期:     
①バネ現象陽性
が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲する。かろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。
②モーニングアタック出現
夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。
③MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知
治療は、腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)  

3)第3期 
バネ現象は消失するが、指の完全屈伸はできなくなる。日常生活で非常に支障をきたす。関節拘縮状態。 輪状靱帯の開放手術。手術以外に方法がない。


3.輪状靱帯切開手術

私のバネ指は、第3期となっていた。腱鞘への局麻注射も7ヶ月間に計3回たので、手術しか選択肢がなくなった。腱鞘への注射は、クリニックの外来で行ったが、手術となると手術設備のある病院になる。この医師は母体が同じクリニックと病院日替わりで勤務している。クリニックでは病院に宛てに紹介状を書いていた。書いた人と受け取る人は同じなのに、上の人から「書かないといけないんだって」とブツブツ文句を言っていた。

否応もなく平成29年9月15日、輪状靱帯切開術を受けた。手術室に入ると入口のナースが、「あの先生は、自分宛てに自分でご高診依頼状を書くんですよ」と妙なことを話してくれた。ところでバネ指の所見は腱が肥厚していて、輪状靱帯を切開すると、その輪状靱帯に覆われた部分だけ細くなっていたという。A1靱帯を切除し、A2靱帯入口部分も切ったとのこと(両靱帯を2つとも切除することはできない)。手術方法の選択はもちろん医師に一任したのだが、2㎜ほど皮膚切開してガイドナイフを使って腱鞘切開するという新方法ではなかった。しかし腱鞘を目視して切開できたことが、A1靱帯完全切除、A2靱帯入口の部分切除という臨機応変な対応をとることができた。A1靭帯を切開する時、腱が太くなっていて輪状靱帯をつまんで切開するのに手こずっていることが、医師の独り言から伺えた。

皮膚切開は10㎜ほど。手術は正味20~30分で、手術室に入っていたのは60分ほどだった。YouTubeでは簡単に済んだという動画があったが、私も安直に考えていたが、予想外に本格的な手術だった。

輪状靱帯を切除したということは、腱鞘が癒着しやすい状態になったことを意味するので、これを防止するため、術後は母指の曲げ伸ばしをしっかり行うこと、との指導を受けた。
術後2~3時間して麻酔がとれてきた。これで母指伸展も正常になると思い込んでいたが、意外なことに母指伸展可動域の改善はほとんどなかった。ただし母指球の鈍痛はなくなった。
   
その翌日から、右手に包帯を巻きつつ、鍼灸治療業務を何とか行った。母指を動かす度に傷口に痛みを感じていたが、経過と共にその痛みも軽減した。術後4日目に術後チェックをうけたが経過良好とのこと。

 

 

 

 

4.術後経過

術後2週間経て、抜糸を行った。改めて自分で触診すると、傷痕深部にシコリがあり、健側に比べて隆起していることが判明した。熱感と腫脹があることを医師に報告すると、抗生物質を5日間分投与された。抜糸して4日目になった現在、やはり熱感が少々残存している。傷痕内部のシコリも依然として存在している。安静時痛はなくなったが、母指を動かす際、MP関節掌側の痛みを若干感じる。母指IP関節の可動域は手術直後よりも改善したのだが、術前の症状を10とすれば、7程度にはなった。大幅に改善したというわけではない。健側と同様の可動域まで改善するのは約3ヶ月後だったが、成書を読み返すと、これも想定内のことといえた。

 母指を伸展すると母指MP関節部が痛むのは、オペ痕部に硬く分厚い皮下組織ができてしまって、それが母指屈筋腱を圧迫するためかと思ったが、触診してみるとオペ痕部が痛むのではなく、オペ痕よりも3㎜ほどIP関節に近い点に強い圧痛を2点発見した。銀粒を持っていなかったので、とりあえず米粒を貼って2カ所の圧痛点にテープ固定してみると、その直後から動作時の鈍痛は軽減したのでびっくりした。これもMPSの一部ということなのか。術前症状を10として3程度に改善した。だが別の痛点が出現してくる。

バネ指手術の症例数が多いことで知られる古東整形外科の「バネ指の手術を受けられた方へ」を読むと、手術後はスッキリと改善しない例もあるが、6ヶ月~1年の経過で、徐々に腫れが引いて、違和感が消失するといった内容であった。輪状靱帯に局麻注射をしても直後に痛みは改善せず、1週間~10日くらい後から徐々に効いてくるという治療経過、手術後後遺症が消えるのは6ヶ月~1年かかることもあるといった術後経過。バネ指は他の疾患と比べて、いろいろユニークな点が多いらしい。

術後2ヶ月経って、普段かかっている内科医に、ついでにバネ指をみてもらった。するとこれは腫れではなく、線維化だという。線維化だとすると、この分厚い皮下組織はもう治らないかもしれないとも思った。しかし術後3ヶ月が経過した12月下旬になってみると、母指球の重苦しい痛みや、母指運動時痛は術前の8割以上消失しており、普段バネ指だったことを意識することもまれになった。厚い皮下組織も術直後に比べて、1/3ほどにまで縮小している。そして術後2年した頃には皮下組織の肥厚もなくなった。常々思っていることだが、現代医学書の内容は、事こまかに事実に一致していることに驚かされる。このこと一つとっても現代医学の信頼性につながる要因となるといえる。

 

 


下歯痛の針灸治療 ver.1.2

2024-08-01 | 歯科症状

1.針灸適応となる歯痛
歯の激痛に対して、針灸で止痛させることは難しい。しかし関連痛による歯痛(放散性歯痛を含む)による歯痛は効果がある。歯肉痛にも効果がみられる。上歯痛・下歯痛それぞれ2回に分けて考えてみる。


2.下歯痛の治療

歯痛の鍼灸治療で、筆者が参考にしているのは、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」であり、また木下晴都創案の傍神経刺である。今日で入手できる歯痛の傍神経刺の載っている成書として「最新鍼灸治療学」がある。
 
1)頬車水平刺(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:上歯痛の場合と同じ。但し上歯と下歯とのあいだに手拭いをまるめて噛ませるようにする。こうすれば穴が益々明かとなる。
②取穴:下顎骨隅を指でナデ上げるようにする。初めは軽く、除々に強くなでると骨の欠け目がある。上にゴリゴリした筋肉様のものがある。この下の陷凹部を穴とする。
③刺鍼:鍼尖が口吻の方向に向くようにし、鍼尖をして下顎骨中(内に非ず、外に非ず、骨中を標的に)に刺し透すやうな心得で刺入する。手技は上歯痛の場合と同じ。 深度は1~1.6寸位。
④注意:刺入しているうち、鍼尖が骨に当ったときのように硬く感ずる、手ごたえがあっても緩やかに旋撚しつつ刺入する。このように刺入せば入るものである。且つ鍼響の感があるものである。但し、耳の中に鍼の響がある場合には鍼尖を下方に向ける(刺鍼転向)、痛む歯に鍼響あれば手をもって合図させる。響いたならば除々に抜除し、後を揉まない。

2)裏頬車水平刺に対する筆者の見解
通常の頬車は、下顎骨の表層を取穴するのに対し、素霊は下顎骨の裏側で、頬車水平刺は内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激をしているようだ。”骨の欠け目”というのは、下顎骨と内側広筋のつくる陥凹だろう。そこで素霊一本針での頬車を、裏頬車と称することにした。

ペインクリニックで用いる下歯槽神経ブロックは下顎の下方から水平刺する口腔外アプローチと、口腔内の歯肉から刺針する口腔内アプローチがある。刺入部位は3者とも異なるが、刺針目標なるのが下顎孔あたりになるのが興味深い。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽膿神経の直接刺激はできない。

 ※下歯槽神経の走行:下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、狭車水平刺に含まれる。 
 

 

3)聴関穴(木下晴都の下歯痛に対する傍神経刺)について

聴関とは、聴宮と下関の中間にあることから木下が命名した。しかし聴関穴は、今日の標準経穴位置から検討すると「下関」にほぼ一致しているので注意すべきである。
この部から2寸鍼を使って3.5㎝直刺する。これには咬筋深葉を貫いて外側翼突筋中に刺針狙いがある。(このさらに深部には、三叉神経第3枝の出る卵円孔があり、ペインクリニックでは上顎神経ブロックとして使用される)

この発想はいいとしても、下関から3.5㎝深刺するとなれば、実際には用いづらい施術法といえよう。

 

 
上歯痛の針灸治療

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