1.痙攣性便秘と急性下痢の共通項
結腸運動で、とくに蠕動運動が亢進すれば下痢になり、分節運動が亢進すれば痙攣性便秘になる。
下痢と便秘で症状は真逆だが、運動性亢進にともなう腹痛という共通項がある。
2.痙攣性便秘の針灸治療
針灸で管腔臓器の痙攣を止めることは比較的容易で、たとえば胆石疝痛は胃倉付近からの強刺激の針で止まり、尿路結石疝痛は志室付近からの強刺激の針で止まるのが普通である。同様に、結腸の分節運動亢進による便秘は、志室や腰宣(L4棘突起下外方3寸、腸骨稜上縁)あたりの深刺で有効になることが多い。
3.急性下痢の針灸治療
森秀太郎著「はり入門」によれば、腹鳴・腹痛を伴う下痢には、高い発熱を伴う感染性のものを除き、はり治療によって容易に止めることができる。(中略)刺針によって腹痛が少なくなり、腹部の不快感がとれれば下痢は止まると考えてよい、との記載がある。
要するに、下痢そのものに注目するのではなく、結腸の蠕動運動亢進の是正が針灸治療目標になる。
大腸の蠕動運動亢進は、仙部副交感神経の過緊張で生ずるので、次髎・中髎・膀胱兪あたりを、たんねんに刺針して軽い雀啄を行う。
4.小腸性下痢(吸収不良性下痢)の針灸治療
寝冷えなどで生ずる下痢・腹痛。腸内温度低下で小腸の吸収力低下。臍を中心とした箱灸、温罨法を実施。とくに臍部は皮下脂肪がなく腹膜につながっているので、この部の温熱刺激は低下した腸の核心温を上昇させるのに効果的な部だといえる。もっとも小腸性下痢は一過性なので、あまり問題とならない。
※臍上の塩灸では、効果を上げるのに1時間を要するので非効率的である(木下晴都「最新鍼灸治療学」下巻より)。
5.裏急後重(=直腸性下痢)
1)症状
腹痛があって、頻繁に便意をもよおすのに、ほとんど便が出なかったり、排便があってもわずかしかない場合をいう。トイレから離れられない状態になる。
2)病態生理
ある程度固くなった便塊がS状結腸下部から直腸に進入すると、腸の内圧が高くなり、それと同時に排便反射が生じ、便意をもよおして排便となる。この排便反射は直腸の刺激により制御されている。
裏急後重とは便塊の刺激によらない直腸‐排便反射が生じることであり、そのため便が出ないのに便意をもよおすようになる。炎症が大腸や直腸の近くに起き、肛門括約筋が痙攣した状態である。
直腸に炎症をおこす疾患としては、赤痢や潰瘍性大腸炎が重要で、常見疾患としては食中毒がある。
3)裏急後重の針灸治療
①裏内庭の多壮灸
位置:足裏。足第2指根部の横紋から、3分ほど足心側に上がった処。足の第2指の指球に墨をつけ、折り曲げて足底に墨が転写される部。
方法:通常は100壮以上。熱さを感ずるまで実施する。すぐに熱く感じるようであれば効かない。(深谷伊三郎)
考察:本穴はデルマトームでは八髎穴と等じ断区であって、治効も八髎穴と似ている。ただし八髎穴は自分で施灸できないが、裏内庭は自分自身でも施灸できる。
※裏内庭に灸して、熱さを感じなければ食中毒との診断が可能だとの俗説がある。しかし下痢していない者に裏内庭に灸しても半数は、熱く感じない。また食中毒者でも熱く感じる者がいる。
筆者が牡蠣による食中毒で、激しい腹痛と下痢が数日間続いたことがあった。この時、自分で裏内庭に施灸してみたことがあるが、3壮目から透熱した。頑張って左右の裏内庭に米粒大灸5壮を行ったが、治療効果は得られなかった事象がある。
②会陽-直腸刺針(郡山七二『針灸臨床治法録』)
伏臥位にて尾骨先端両側を取穴。針先を上に、そしてやや内側に向けて5㎝以上刺入すると、針の響きを肛門の深部直腸の下部にはっきり感ずる。裏急後重(しぶり腹)に適用。
※肛門付近への針響は、陰部神経枝である下直腸神経刺激と会陰神経刺激した結果であろう。