AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

鍼灸院でのベル麻痺・ハント症候群の予後推定と治療点の選択 ver.3.2

2024-12-03 | 頭顔面症状

1.末梢性顔面麻痺と症状の関係
       
顔面神経(広義)は、運動神経性の顔面神経(狭義)と知覚・副交感性の中間神経に大別される。各神経枝の障害で、顔面麻痺以外にも、聴覚過敏・味覚障害・唾液分泌障害・涙分泌障害などの症状を呈する。

   
末梢性特発性の顔面麻痺の大部分は、顔面神経管内の浮腫が原因だとされる。顔面神経管の直径は、管の上部~膝神経節部の直径は1㎜、茎乳突孔附近で直径2㎜と非常に細い。この管内のどの部分で顔面神経の浮腫が生じているかによって、症状は異なってくる。

     
顔面神経や伴走する中間神経から分岐した神経枝が圧迫されて機能障害を起こすこともある。中間神経の膝神経節を帯状疱疹ウィルスが侵す疾患をラムゼイ・ハント症候群とよぶ。ハント症候群では顔面麻痺に加え、耳介~外耳道痛も生ずる。 また第8脳神経を侵すとめまいが生ずる。

 
 

①鼓索神経分岐より末梢の障害:顔面麻痺のみで、ベル麻痺の典型。
②鼓索神経分岐部の障害:上記+口症状(唾液分泌減少と舌前方2/3の味覚消失)
③あぶみ骨筋神経の分岐部:上記+耳症状(聴覚過敏)
④大錐体神経節の分岐部:上記+眼症状(涙分泌減少)。顔面神経膝状神経痛(外耳部痛・耳介後部の激痛)はハント症候群で生ずる。

 


2.ベル麻痺 Bell palsy


1)原因

顔面神経膝神経節での単状疱疹ウィルス再活性化(70%の者に本ウィルスが存在)や神経炎→顔面神経管内での浮腫→神経損傷。

2)医療施設でのベル麻痺の治療

①初期治療

病・医院での治療は、発病当初は入院による副腎皮質ステロイド(一時的に生体の自然治癒力を増強させる方向で働く。抗炎症、浮腫改善)の10日間大量点滴療法を行う。入院不能な場合は外来によるステロイド内服漸減療法12日間が標準治療となる。ベル麻痺の原因は単状疱疹ウィルスなので、残存ウィルスを死滅させる目的で抗ウィルス剤が使われることも多い。
自然治癒率は約70%。ベル麻痺と診断された者の中には、通称<隠れハント症候群>(無疱疹性帯状疱疹)とよばれる病態が10~20%あるとされ、これらが治癒率を下げている要因となっているらしい。

    
麻酔科医は連日の星状神経節ブロックを推奨している。顔面部交感神経機能を遮断 → 相対的に副交感神経機能を更新させる → 顔面血流量を増加して自然治癒力を高める増強される、との観点。ただしエビデンスに乏しい。 
  
②予後不良者の治療

治癒まで3ヶ月以上かかると判定された場合、病的共同運動(4ヶ月以降:たとえば閉眼すると口が動き、口を開閉すると眼も閉じる)やワニの涙現象(食物を食べると涙が出る。これは唾液を出そうとすると涙腺分泌が刺激される)が出現しやすい。漠然と様子をみるのではなく、ステロイド追加投与さらには顔面神経管開放術(圧迫された顔面神経の周りの骨を取り除く手術)を行う方がよい。


3.顔面神経走行と顔面麻痺の針灸治療


1)針灸院での予後推定


一般に発症してすぐに針灸を求める患者は少ない。医療施設で治療を続けるも、発症後7~10日間は目立った効果が現れなないので不安になり、針灸にも通院してみようかと考えるようになるのだろう。予後良好の場合は3週問以内に回復が始まり8割は自然治癒するとされているので、発症1~2週後に針灸に来院すれば、タイミング的に自然回復時期に針灸治療を行っていることになり、患者には針灸治療でベル麻痺が治ったような印象を与えることになる。このことは針灸院の経営上有利なことではある。 

   
しかし残り2割は速やかには麻痺は回復せず、長い者で半年以上を要し、かつ麻痺が残存する。では8割の早期回復者と2割の回復に時間がかかる者の事前予想はどのようにすべきなのだろうか。

   
実はこれも分かっていて、発症7~10日で予後判定可能なNET(電気生理学的検査)検査が、予後の目安となる。
NETは、顔面神経本幹または分枝を電気刺し、顔面表情筋の収縮度合をみるもので、収縮が観察できる最小閾値と健側を比較する。これは針灸臨床で用いられることの多い低周波治療器で代用できる。顔面神経数カ所に直接刺針し、そこにパルスを流すようにする。健常者に行えば、顔面表情筋の攣縮が観察できる。しかし顔面神経に鍼が命中していない場合、表情筋攣縮はほとんど生じない(通電電流量を一定以上に上げると刺痛を訴える)

①NET(神経興奮性検査)で、異常を認めるものは治癒率が悪い。
②発症後、3か月過ぎているものは治癒率が悪い。
③新鮮例で、NET検査が良好なベル麻痺は、90%治癒する。
④治療は、頻回行うほどよいので、最初は毎日または隔日治療とし、改善の進行につれて週2回さらには週1回というように、間隔あけていく。
 
2)低周波置針通電治療の是非

   
かつては置針した低周波をつないだものだが、現在では筋攣縮しないほど高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するか、または通電せず単に置針するかになる。 というのは、低周波刺激をすることで後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じる など)が強化されすぎ、病的共同運動プログラムが助長されるという。
このことは分離=(巧緻)運動回復の妨げになる。
   
そもそも単なる置針と置針+通電との治療効果に差があるかどうかは有用性が確認されていない。しかし患者にしてみれば、通電してもらった方が<治療してもらった感>があるだろうから、高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するのも一つのアイデアだろう。



3)顔面神経に対する刺激点

  
顔面神経の顔面部走行は、翳風部から起こり、耳垂の直下を通り、顔面部に扇型に広がる。 翳風穴と耳垂が顔面に付着する部の中央(深谷流難聴穴)の2点に10~20分間の置針を行う。

①翳風刺針
耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部である。凹みの底の骨にぶつかるように刺入する。正しく刺入すれば無痛で針響もない。しかし刺入方向を誤ると強い刺痛を与えることも多い。技術的難易度の高い刺針となる。


②下耳痕刺針

耳垂が付着している頬部の中点。深谷伊三郎「難聴穴」(≒下耳痕穴)のことでもある。深谷氏の難聴穴は施灸する旨が書かれている。中国の新穴に耳痕穴があって、そのすぐ下方にあることから下耳痕と私が命名した。私の下耳痕は刺針しなくては用を足せない。というのは5㎜~1㎝刺針して顔面神経幹に当てるのを意図しているからである。顔面神経幹に当てても針響は得られないので、顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、パルス(1~2ヘルツ)通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。置針中はパルスはしない。
 

 

※下耳痕穴から直刺2㎝すると、舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は難聴耳鳴の治療に使うことが多い。
すなわち下耳痕穴は、浅層の顔面神経幹刺激として顔面麻痺に適応があり、があり深層の鼓室神経刺激することで難聴耳鳴に用いられる興味深い穴である。

 
③耳下腺神経叢刺針

顔面神経は、茎乳突孔から頭蓋外に出て、耳垂の深部を通過し、耳下腺神経叢中を走る。耳下腺神経叢の中で多数分岐し、それぞれの顔面表情筋方向に放射状に走行する。
耳垂部から顎角部にかけては顔面神経走行が密なので、経穴では、頬車~大迎の範囲に集中的に刺針すると顔面神経に命中しやすい。


 

4.顔面表情筋に対応する刺針

顔面表情筋に対する針灸は、顔面表情筋が多数ある中で、特に目の周囲や口裂周囲の筋群が  外観からの観察で繊細な表情をくみ取りやすく、これらの筋を中心にピックアップした、これは後述の<柳原40点法>に準拠した筋にもなっている

1)後頭前頭筋の前頭筋(額に横シワ、眼を見開く)→陽白
2)鼻根筋(眉間の横シワ)→印堂
3)眼輪筋
眼瞼部(眼を軽く閉じる) →睛明、瞳子髎、承泣
眼窩部(眼を強く閉じる、片目つむり) →四白など眼輪筋眼瞼部の外周
   ※眼を開けるのは上眼挙筋(動眼神経)
4)頬筋(頬ふくらまし、頬側面の食物を追い出す、トランペット吹く)→外地倉
5)口輪筋(口すぼめ、口笛)→地倉、水溝、上承漿
6)大頬骨筋(「イーッ」と歯を見せる)→ 顴髎
7)口角下制御筋(口を「へ」の字に曲げる)→オトガイ穴(=口角の下1寸)    
     

5.施術の目的と方法

1)施術目的
顔面麻痺になると顔面表情筋が動かないので筋萎縮する。すると神経が回復しても動きが復しなくなる。(完全麻痺になって1年から1年半ほどで後戻りしない表情筋委縮になる)

治療目的は、動かなくなった筋緊張をゆるめ、萎縮することを防止することにある。

2)麻痺筋に対する施術方法
40点柳原法を参考に、とくに眼症状(兎眼、ベル現象)、口症状(口すぼめ、口をイーっと引く、頬ふくらまし)のチェックを行い、動きの鈍い筋を探り出し、その問題筋に置針(10~30分)する。


6.顔面麻痺の評価

1)40点柳原法

顔面麻痺の評価として、「40点柳原法」が広く普及している。顔面の主な表情を10カ所選び、4点=健側と明らかな差がない、2点=筋緊張と運動性の減弱、0点=喪失とする。
0~8点=完全麻痺、10~20点=中等度麻痺、22~40点=軽度麻痺と評価。

 

2)私流簡易評価法
 
40点柳原法」は実施に時間を要するので、経過を追うのも大変である。もっと手軽にかつ定量的(ミリ単位)に表記できるものとして、筆者は次の4点で経過を追うようにしている。

①兎眼の上下瞼間の長さ(眼輪筋)
②イーツと歯を見せた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(大頬骨筋)
③口をすぼませた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(口輪筋)
④口をふくらませた状態で、頬を軽く叩いた時、息が漏れないか(頬筋)


7.ラムゼイ・ハント Ramsay Hunt 症侯群  

顔面麻痺を起こす最多の疾患はベル麻痺だが、次いで多いのがハント症候群である。  


1)原因

顔面神経膝神経節に潜伏感染した水痘・帯状疱疹ウィルスの再活性化による顔面神経障害。

2)症状
顔面麻痺症状+耳症状(外耳道や耳介の痛みと小水疱)を起こす。ときに聴神経を侵してめまいを生ずることもある。

①末梢性顔面麻痺

②聴神経症状:難聴・耳鳴・めまい     ※聴神経とは、内耳神経の別称のことである。
③中間神経膝状部神経痛:外耳道(軟口蓋部)や耳介の痛みを伴う小水疱(帯状疱疹)


3)予後

全体としては自然治癒率40%。うち完全麻痺(上記①②③症状あり)の場合、自然治癒率10%、不全麻痺(上記①と③のみ)の自然治癒率は66%。
ハント症候群はベル麻痺に比べ、侵害部分は広汎なため、自然治癒率は低い。
※針灸治療法自体は、ベル麻痺と変わらないが、ベル麻痺以上に頻回に施術する必要がある。

 


三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針 

2024-08-06 | 頭顔面症状

1.三叉神経第3枝の神経走行       

三叉神経第3枝(=下顎神経)の機能は、卵円孔を通った後、運動枝と知覚枝に大別できる。
運動枝は頭蓋外に出て咀嚼筋(咬筋、内側・外側翼突筋、側頭筋)に分布する。
知覚枝は、耳介側頭神経、下歯槽神経、舌神経、オトガイ(=頤)神経など下顎や舌付近に分布する。

 

2.下歯槽神経               

1)解剖

下顎骨内を走り、下顎の粘膜、歯髄、歯根の知覚をつかさどった後、オトガイ孔より皮下に現れ、オトガイ神経となる。

2)下歯槽神経刺針<裏頬車刺針>
 
下歯槽膿神経は下顎孔から骨トンネル内に入り、オトガイ孔から下顎骨の表に出てくる。
下歯槽膿神経この骨トンネル走行中に下歯痛に知覚枝を送っているので、下歯痛の原因となる。

卵円孔を出た下歯槽神経は、下顎骨内側の下顎孔から下顎管トンネル中を走行し、オトガイ孔から骨外の出て下顎から下唇の知覚を担当する。したがって下歯槽神経を刺激できるのは、本神経が下顎孔に入る手前に限られる。これはツボでいうと裏頬車に相当する。

 

3) 裏頬車(素霊、下歯痛の一本針)刺針の技法

側臥位で、歯にタオルを噛ませる。下顎角の内縁に触知するゴリゴリとした筋肉様(内側翼突筋)と骨の間を刺入点とする。2寸 #2で下顎骨内縁から刺入針が口角に向かうよう刺入。針響を下歯に得る、とある。

下歯槽神経刺激。裏頬車の下方で下歯槽神経は、下顎管中に入るので、頬車の代用として裏大迎の使えない。
     
※下歯槽神経の走行:
下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、頬車水平刺に含まれる。
 一本針伝書で裏頬車から刺針して「耳に響く場合・・」とあるには、おそらく舌咽神経の分枝である鼓室神経を刺激した結果だろう。鼓室神経は「鼓膜と鼓室の知覚を支配するので、こういうことも起こる。

3.舌神経

  ※舌咽神経:分枝に鼓室神経があり、鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は鼓室神経叢を      形成し、三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでな   く、時には耳まで痛くなるのは本神経の興奮による。

※辛味=痛覚
カプサイシンなどの辛味は、本来動物に「食べてはいけない」という警告を与えるものだが、人によっては辛いものを好む者がいる。辛味は、三叉神経経由で脳に情報が伝わり、痛みとして認識される。この痛みを和らげるため、脳はエンドルフィン分泌を増大するので、辛味で多幸感が得られ、病みつきになる者がいる。

1)解剖
 
三叉神経第3枝の主要枝である下顎神経は下顎孔に入る手前で舌神経を出す。

舌神経は、舌前2/3の知覚を支配している。ちなみに舌前2/3の味覚を支配するのは鼓索神経で鼓索神経は顔面神経と合流する。
末梢性顔面麻痺を起こすベル麻痺では、しばしば味覚障害を起こすことがあるのは鼓索神経も麻痺したことによる。鼓索神経には同時に涙腺や唾液腺に分布している線維も含まれており、涙や唾の分泌にも関係する。
      

※舌咽神経:舌咽神経は舌の後方1/3を知覚・味覚ともに支配するが、その分枝である鼓室神経は、舌咽喉神経の分枝に鼓室神経があり、鼓室神経は鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでなく耳まで痛くことがあるのは本神経の興奮による。

 舌咽神経は、内耳迷路から神経枝が伸びていることも確認されている。なわち舌咽神経刺激は、中耳炎の痛みだけでなく、めまい・耳鳴も関係するという。
舌咽神経を針灸刺激するには、難聴穴(深谷伊三郎が命名)から3㎝程度直刺すればよいことを発見した。なお耳介下部で耳垂の基部に「耳痕」をとり、耳垂下端で頬との境界まで線で結ぶ。その中点に難聴穴をとるこれは鼓室神経(舌咽神経の分枝)を刺激した結果だろう。鼓室神経は外耳道~鼓膜を知覚支配している。
深谷は「難聴穴から半米粒大灸7壮+完骨+少海」と記載しており、針は使っていない。灸刺激では鼓室神経を直接刺激できないので、当然ながら針響は起きない。私は、難聴穴から直刺2~3㎝で鼓膜に響くことを発見した。

柳谷素霊の「秘法一本針伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨(移動穴)刺針の記述があった。中耳炎時の鼓膜の痛みだろう。鼓膜を知覚支配するのは鼓室神経で、まさしく深谷の「難聴穴」と同部位をさすと思えた。

私が難聴穴を使ったきっかけは、解剖学書で浅層に顔面神経も走行することを知ったからだ。顔面神経は茎乳突孔(=翳風)を出た後、耳垂直下の耳下腺中を通過し、顔面表情筋へと枝を送る。したがって翳風への刺針パルスをすると顔面表情筋の攣縮を観察できるが、茎乳突孔部の顔面神経へ刺入するのは、方向が少しでもずれると著しい刺痛を与えるので実施するのが難しく、翳風の代用として私は難聴穴を使うことにしている(ただし顔面痙攣時は茎乳突孔部の顔面神経に刺激する以外、有効な手段がないので翳風へ深刺タッピング手技を行っている)。ベル麻痺時に難聴穴から1~1.5㎝直刺してパルスを流すと、顔面表情筋の攣縮を観察できる。顔面神経は基本的に運動神経なので針響起きない。何人か難聴穴から刺針パルス通電を行っているうち、たびたび耳中に響くという訴えを患者から受けた。
つまり、難聴穴は浅層に顔面神経が通り、深層に鼓室神経が通るという立体交差構造であることを知った。
ちなみに耳介周囲のツボで、耳中に響かせることのできるのは、この難聴穴以外にないようだ。

ブログ:顔面痙攣の針灸 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/135a9ffea3f625a5918e2668247bbf37

※耳垂中央からの深刺すると耳中に響くことを発見したので、私はこの部位を「下耳痕」と名づけたが、その後に深谷が「難聴穴」とよび素霊が「完骨」(移動穴)としているのを知り、それ以降は下耳痕との呼名を止めることにした。

ブログ:ベル麻痺に下耳痕置針 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/32b9f9a0816988958ffd8ee837d6cdd6


 


2)舌神経刺激刺針
 
下歯槽神経刺針と同じく裏頬車からの刺針では舌神経を刺激できない。舌神経を刺激するには、下顎骨後縁の央の舌根穴から直刺する。舌骨上筋刺激になる。舌根穴(=上廉泉)は舌の起始になる。舌骨上筋は舌咽神経支配が知覚支配しており、舌痛症と関係する。刺針すると舌根や咽喉に針響を与える。舌痛患者はあまり来院しないので、治療経験もわずかだが、舌根骨刺針の治療効果には手応えを感している。

 

4.咀嚼筋枝

三叉神経第Ⅲ枝は咀嚼筋を運動支配する機能もある。咀嚼運動障害の代表が顎関節症である。
顎関節症分類で、筋緊張によるものをⅠ型顎関節症といい、咬筋、外側翼突筋の過緊張による場合が多い。
咬筋の代表治療穴は「大迎」、外側翼突筋の代表治療穴は「下関」になるだろう。

素霊の示した頬車水平刺は、内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激になると思えた。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽神経の直接刺激にはならない。
   

5.おとがい(頤)神経ブロック点

位置:口角の下方を探ると、下歯、下顎骨と触知できる。この下顎骨の縦幅の中点にオトガイ
孔をとる。
刺針:おとがい孔を刺入点とする。45°下方(顎方向)に向けて、さらに45°針を持ち上げて斜刺すると、オトガイ孔を貫通できるおとがい神経の上流にあたる下歯槽神経は下歯に知覚枝を送っているが、オトガイ孔へ刺針しても、下歯痛への効果はあまりない。
 

オトガイ孔は意外な方向で開口しているので、骨孔を貫通させることは案外難しい。それに加え、オトガイ孔の骨孔を貫通できたとしても、オトガイ神経の顔面分布領域は小さいので、臨床で使う機会は少ない。

     

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 


三叉神経第Ⅰ枝・Ⅱ枝関連の顔面骨孔への刺針

2024-08-04 | 頭顔面症状

ブログ:三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e89102ce9c94e2ecc5f9728dd5b6ab7f

 

A.三叉神経第Ⅰ枝

1.三叉神経第1枝の神経走行と骨孔

三叉神経第1枝(=眼神経)の主要枝は眼窩裂孔を通って眼窩に入り、前頭神経として走行し、主要枝は眼窩上切痕(=魚腰穴)から眼窩上神経として前頭部~登頂にかけての皮膚に分布する。また前頭神経は、滑車上神経の分岐し、攅竹穴あたりから前頭正中の皮膚も分布する。



                        

2.攅竹(膀)

取穴:眉毛内端。眼窩上切痕から滑車上神経が現れる部。
深刺時の解剖:内眼角(睛明)から眼窩内刺針として深刺すると、針先は上眼窩裂に至る。上眼窩裂は、眼球運動をつかさどる3つの脳神経(動眼・滑車・滑車・外転神経)が出る孔である。
 そのすぐ上には視神孔がある。視神経孔は視神経管が通り、視神経は視覚をつかさどる。
臨床関連:針痛に過敏すぎる患者に対し、代田文誌は本来の治療に先立ち、攅竹に単刺し、針に対する過敏反応の軽減をはかったという(追試しても目立った効果はないようだが)。攅竹刺針の適応は第一に眼精疲労で、皮膚をつまんで刺絡する部でもある。刺絡した刺痛により交感神経緊張して瞳孔散大するので、眼がスッキリするのだろう。
   
3.魚腰(奇)
位置:正中から2.5~3㎝外方眉毛中央。眼窩上切孔(または眼窩上孔)のある処で、眼窩上神経が出る。
刺針: 魚腰が眼窩上神経ブロック点にほぼ一致する。 眼窩上切孔から直角に1~2㎝刺入する。

眼窩上神経ブロック体験例:
かつて私が洗面所で転倒して額を強打してたはずみに上眼瞼破裂創となった。つまり片側の上まぶたがぱっくりと口を開いた。病院内の事故だったので、あわてて外科に駆け込み、上眼瞼を縫合してもらった。その際に経験したのが眼窩上神経ブロックで、局麻剤の刺痛はあったが縫合時は無痛だった。

 

 4.挟鼻(新)


 取穴:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央にとる。
鼻毛様体神経の分枝の一つを前篩骨神経とよび、鼻腔粘膜をつかさどる。ワサビを食べ過ぎると鼻にツーンとくるのは、ワサビの揮発成分が鼻毛様体神経を刺激した結果である。
しかしワサビを舌奥の舌咽神経支配部分に入れると、あまり辛さは感じず、鼻にツーンともこない。


 刺針:挟鼻穴を毫針や鍉針で十秒ほど刺激し続けると、鼻粘膜刺激により鼻粘膜が交感神経優位となり、鼻甲介の海綿体の充血を改善できるので、鼻が開通する。挟鼻を刺激しつつ、強く数回鼻から息を吸わせてみると開通が自覚できる。鍉針は、針先をライターなどで50℃程度にあぶった状態で押圧した方が反応が出やすい(岡本雅典氏)。
夾鼻よりも攅竹刺入点として鼻方向に水平刺する方法もあるが、挟鼻の方が技術はやさしい。
    
   
  

B.三叉神経第Ⅱ枝

1.三叉神経第2枝の神経走行と骨孔
   
正円孔を通り、主要枝は眼窩下縁から眼窩下孔(=四白穴)を通過して顔面表層に現れ、頬上部、鼻翼、上唇を支配する。上顎神経の分枝は歯槽孔を通過して上歯槽神経となり上歯槽を知覚支配する。  

        
  


2.眼窩下神経ブロック点 =四白(胃)

位置:眼窩下孔(=四白)は瞳孔線上で、眼窩下縁の直下1㎝の陥凹部にとる。
刺針:眼窩上孔を刺入点とし、外眼角方向に向けて3㎝ほど刺入すると針は下眼窩裂へ達する。すなわち三叉神経第Ⅱ枝である上顎神経は、下眼窩裂を通り、眼窩下神経となり、眼窩下孔(=四白)から顔面表層に現れる。
応用:下眼窩と眼球がつくる陥凹で、外眼角から内眼角に向かう線の外側1//4に球後穴がある。球後は中国では内眼病で用いられる。

3.球後(新) 刺針注意!    

位置:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。
解剖:「球後」は眼球の裏側という意味。球後から直刺深刺すると下眼窩裂に達する。針尖を上内方に少し向け、眼球裏に達するほどの深刺をすると、毛様体神経刺激になるが、毛体神経刺激の臨床的意味は不明であるが、眼球裏には毛様体神経節、長・短・鼻毛様体神経などがあるので、眼に対する副交感神経刺激になるだろう。

 

4.客主人(=上関)(胆)斜刺
 
位置:頬骨弓中央の上縁。
刺針:客主人から下方に向けて3㎝以上斜刺すると、針先は上顎神経が上歯槽膿神経に分岐する処の近くに至る。針響は上歯に至る。この部は側頭筋筋膜部でもあり、側頭筋緊張により放散性の上歯痛をきたす場合の治療点となる。
           
 

ブログ :上歯痛の治療  ver.2.0
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/7083c92196f0d9741ae4e56e4cee5586


太陽穴の局所解剖と瀉血意義 ver.1.2

2024-08-02 | 頭顔面症状

1.頭痛薬「乙女桜」の話

伝統的に、コメカミの具合が悪いと頭痛になると考えられたようである。かつて我が国では頭痛の民間治療として、コメカミに米粒やすりつぶした梅干をテープで貼り付けたりしていた。これにヒントを得て、明治時代末期には、コメカミに頭痛膏「乙女桜」(サロンパスを小さくしたようなプラスター剤)を貼ったりもしていた。昭和の時代、おばあさんが貼っているのをたまに見かけたものだ。
現代でも同様の貼薬である「点温膏」や「おきゅう膏」が市販されている。


※上は町の電気屋のおばさん役のタレント。電球を買いに来た客に電球を売る前、電球が切れていないか、店のソケットに入れて、本当に光ることを確かめた後に客に手渡した。その時のやりとりをCMにしたもの。当時の電球は輸送途中のショックでフィラメントが断線することがよくあったため。松下電器は輸送中の少々の衝撃にも耐える梱包方法を発明し、それ以降、買った電球が光るのは当たり前となった。


2.牧畜民チャムスに伝わる「ンゴロト」


ケニアの牧畜民チャムスに伝わる伝承医学には、「ンゴロト」(弓矢式瀉血)という方法がある。通常の瀉血では治らない激しい頭痛の際には、矢じりの先数ミリを残して布のテープを巻きつける。患者の首を革ひもで絞め、こめかみに血管が浮き上がってきたところを、左右とも近距離から弓矢でいる。首の革ひもをといて、出血を弱める。血が止まるまで放置する。頭痛がするときは、こめかみから血が飛び跳ねるが、余分な血を抜くと、血管に適量の血液が流れるようになり、頭痛は鎮まるという。



3.側頭部局所解剖の特殊性

昔から頭痛の際には、コメカミ刺激が行われていたが、なぜコメカミに注目したのだろうか。この理由を局所解剖から探ることにした。

1)側頭筋の局所解剖
太陽穴から直刺すると、まず頬部脂肪体をつらぬき、続いて側頭筋中に入る。側頭筋の浅層には側頭部脂肪体がある。側頭部脂肪体は表層。裏層ともに筋膜があるので、側頭筋部は弾力に富み、指頭で押圧するとグリグリと可動する。粗な組織である上に、静脈血流に富むので、静脈鬱血になりやすい。

 

バッカルという言葉は、顔の頬の部分をいう。バッカルファットとは、頬骨弓上下にあり、側頭筋や咬筋の浅層にある脂肪塊のことである。バッカルファッドがあると側頭部から頬部にかけて凹凸が減るので。若々しい外見になる。バッカルファッドが多すぎても少なすぎても老けてみられる要因になることがあるので、美容外科の対象となる。

経絡走行からは、頬骨上部で側頭筋部の脂肪ファットは三焦経に、頬骨下部で咬筋部の脂肪ファッドは胃経所属になる。

 

2)コメカミ瀉血の適応症
    
頭痛や眼の疲れを訴える場合、太陽穴付近が鬱血しているようなら、瀉血して放血させることがある。粗な組織の中に静脈が走っているので、止血しづらいので多量に放血できる。さらに浅層には浅側頭頭動・静脈があって、眼球自体の栄養血管である眼枝を分岐しているからか、眼がすっきりする効能もある。眼がすっきりとするのは、鬱血を改善したというより、痛覚刺激により瞳孔散大したことによるのではないか? 
  

3)坂口弘(細野診療所医師)の経験

   
瞳子髎から耳のほうへ少し寄って一面に圧痛がある。ここへ太い針を刺す。私は注射針にてヤトレンカゼインを薄めたものをごく少量注射する。多くは針を抜くとタラタラと出血する。なるべくこの出血を十分出すように絞る。充血と流涙で目が開けられなかった者が、帰途にはパッチリとあくといったケ-スがよく見られる。(坂口 弘:得意とする疾病とその治療法、「現代日本の鍼灸」、医道の日本社、昭和50年5月) 

※ヤトレンカゼイン:戦前の医学で、感染症に対して使われた注射液。牛乳のタンパク質を原料とする。

   

 


ベル麻痺に下耳痕置針 ver.1.1

2023-03-13 | 頭顔面症状

 1.ベル麻痺の病態と症状

ベル麻痺とは特発性末梢性顔面表情筋麻痺のことをいう。原因不明だが、顔面神経管の末端や茎乳突孔付近の浮腫による、顔面神経圧迫が想定されている。

2.ベル麻痺の症状と鑑別

突発的で急激に発症し、顔面麻痺中で最も高頻度。片側の顔面表情筋の麻痺。

・額のシワ寄せ可能→中枢性顔面麻痺(片麻痺など)
・顔面麻痺発症の数日前に顔面痛あり外耳道に水疱→ハント症候群
・両側性の顔面麻痺→ギランバレー症候群

    ※ギランバレー症候群の症状語呂:「獅子両面の手袋買いに」   
 獅子(四肢運動麻痺)両面(両側性顔面麻痺)の手袋(手袋足袋型の知覚麻痺)買いに(蛋白細胞解離)
 四肢の運動麻痺(脱力)、両側顔面神経麻痺、手袋足袋型の知覚障害、蛋白細胞解離

3.ベル麻痺の経過と予後

真性のベル麻痺であれば3週間以内に回復が始り、約7~8割は自然治癒するとされている。治癒率を下げている原因は、ハント症候群である。ベル麻痺と診断された中は、隠れハント症候群(疱疹がない「無疱疹性帯状疱疹」)が含まれているらしい。ベル麻痺の2割程度は完治しないのに対し、ハント症候群では3~4割完治しない。

ベル麻痺の発病当初は、副腎皮質ホルモンの毎日の点滴、場合により毎日の星状神経節ブロック。期間が経つにつれ、間隔をあけていく。

  


4.ベル麻痺の針灸治療

麻痺筋のモーターポイントもしくは顔面上の顔面神経走行部に刺針し、10~20分間のパルス通電するという方法が最もよく行われている。非鍼灸治療群と比較しての有効性は証明されていないが、施術者・患者とも効いているという実感はある。
もしベル麻痺発症して1週間後から鍼灸治療を開始するならば、発病後8割は3週間以内に改善が始まるということなので、単なる自然治癒を鍼灸治療のお手柄だと誤認することにもなるだろう。鍼灸治療家としては有難いことである。


顔面神経は、茎乳突孔(翳風)から頭蓋外に出て、耳垂の深部(下耳痕)を通過してから、いくつかの分枝に分かれ、それぞれ顔面表情筋モーターポイントまで走行しているので、私は耳垂からいくつかある麻痺筋を直線で結び、その線上の要点を治療点として選ぶようにする。

ベル麻痺のパルス通電治療で筋を攣縮させる治療そして無理な顔面表情筋の訓練は、一部の医師から批判されている。治癒過程で共同運動を促進させることが、分離運動を不能にするという指摘からである。この立場からは軽いマッサージや温熱治療を推奨している。一方別の医師は、多少の共同運動が出現することはやむを得ないという見解をしている。パルスによる筋の単収縮が、パルス周波数に追従できないほど速くすること(たとえば100ヘルツ)で行えば、パルスの副作用を防止するとの見解もある。いろいろな意見があるので困る。

必須治療は下耳痕穴パルスである。ここは顔面神経が枝分かれする手前なので、針の深度角度の調整により、顔面のどの麻痺筋をも攣縮させることが可能である。翳風も同じことがいえそうだが、翳風から顔面神経に当てるのは技術的に難しく、無理に行うと患者に強い痛みを与えがちになるので使うことは難しい。



※下耳痕穴の刺針深度と2つの用途

耳垂が頬部と付着している線の中央にとる。本穴は浅層に顔面神経が通り、深層には鼓室神経が通っている。したがって顔面神経麻痺の治療に際しては、1~2㎝刺入。パルス機のコードを針につなぎ、電流を流しながら刺針転向法を行い、目的とする顔面筋に攣縮を与える位置を探す。針先が顔面神経に当たっていることを確認できたら、パルスのスイッチを切り、10~20分間置鍼する(通電しない)。
難聴耳鳴の際には、下耳痕から2~3㎝深刺して鼓神経に命中させる。きちんと命中できれば鼓膜や鼓室に響きが得られる。その後、パルスはせず、30~40分程度置針する。

 


 

 

 


片頭痛に対する知見と鍼灸治療の考察 ver.1.1

2022-05-15 | 頭顔面症状

1.三叉神経血管説の概略

何らかの原因で、視床下部のセロトニン分泌量が減少すると、三叉神経末端からCGRP
(血管拡張物質)を放出され、血管拡張により炎症が拡大。セロトニン減少の原因させる原因は不明だが、遺伝性体質の他に、ストレスや疲労、月経周期、天候などの影響がある。

普段仕事で緊張している時は、脳内セロトニンも多量に分泌されているが、週末に寝すぎなどリラックスしすぎると、脳がセロトニンを出す必要がなくなったと判断して量を減らしたために片頭痛が起きやすくなる。したがって片頭痛の予防には、リラックスするのではなく、リフレッシュするような活動をするほうが効果的だということで、坂井文彦医師は、後に示す片頭痛体操を考案した。

2.片頭痛薬の発達

1)従来的消炎鎮痛剤
いわゆる「痛み止め」。片頭痛の痛みは神経因子+血管因子の複合であるが、この神経因子に対する作用のみになる。血管因子に対しては無処置であるから、鎮痛効果に乏しい。

2)酒石酸エルゴタミン
一世代前の片頭痛の特効薬。30年前頃筆者が病院勤務だった頃は、「カフェルゴット」服用が定番だった。主成分はカフェインで、これには血管収縮作用がある。拡張しようとしている血管を、拡張させないという予防効果がある。しかし拡張し、拍動性頭痛となった後は、それを改善させるだけの力はない。カフェルゴットはトリプタン製剤の普及に伴い需要が減り、2022年販売終了した。

3)トリプタン製剤
現在の主流薬。 片頭痛が始まるときは、三叉神経からCGRPが脳の表面の硬膜に向かって放出。すると硬膜は、炎症と血管拡張をおこし、片頭痛発作が起こる。トリプタン(商品名イミグラン) は、三叉神経からCGRPを放出させるのを止める画期的な薬で1988年発売された。三叉神経終末からの血管拡張物質(CGPR)放出を止める作用がある。すなわち血管因子の痛みの連鎖を停止させる作用がある。拍動性の痛みも鎮痛できる。

4)レイボー錠
2022年商品名レイボー錠が販売開始。三叉神経からCGRPを放出させるのを止めるという点ではトリプタンと同じだが、トリプタンのように血管収縮作用がないので、虚血性心疾患狭心症などの患者でも使うことができる。

 

3.片頭痛の鍼灸治療各説
  
緊張性頭痛の圧痛点は後頸部やコメカミ部に出現することが知られ、この部の刺激で治療効果が得られることは周知のことだった。一方、片頭痛に対しては薬物療法で治療するのが定石だった。しかしわが国における頭痛の第一人者ともいえる坂井文彦医師は、片頭痛時も後頸部に圧痛点が出現することを発表し、以来圧痛点に関心の目が向けられるようになった。


1)C3の高さの頭板状筋(=下風池)の治療

坂井は、ある患者の診察から、C3C4の頭板状部のしこりが続くと片頭痛が起こりやすくなることを発見した。なおこの部位はツボでいう下風池に相当している。これまで緊張性頭痛時に好発する圧痛点は、今回の圧痛点よりも下方に位置するものだった。片頭痛に、なぜ下風池に圧痛点が出現するのだろうか、坂井は次の仮説を立てた。

①「片頭痛圧痛点」は、片頭痛の脳血管から首の表面の神経に伝わってくるのではないか。換言すると、脳の中で起こっていることが神経を通じて体の表面まで伝わってきた場所ではないか。

②片頭痛に悩む人の脳には、痛みの記憶回路ができてしまい、それが「片頭痛の圧痛点」 として首に反映されているのではないか。そして、片頭痛の記憶が増えてくると、脳は 記憶の引き出しから、「片頭痛で痛い」という信号を出しやすくなる、その信号を探知するための窓口が「片頭痛の圧痛点」であろう。

後頸部を治療点にするという点では緊張性頭痛と片頭痛に共通性はあるが、その一方で緊張型頭痛は逆に軽い運動や散歩をしたほうが血行がよくなり症状が緩和するのに対し、片頭痛は  身体を動かしたりマッサージしたりすると痛みがひどくなることがよくある。片頭痛がリラックスするような動作でかえって悪化するのは、脳がセロトニンを出す必要がなくなったと判断し、量を減らしたために起きる。
したがって片頭痛の治療は、単にリラックスするだけでなく、ストレッチ体操などリフレッシュするような活動をするほうが片頭痛の予防には効果的になる。
 

2)片頭痛体操(坂井文彦) 
 
非発作時に行う。朝夕一回づつ、それぞれ2分間程度の体操で首の硬さがほぐれる。頭板状筋を収縮させる動作は、片頭痛を悪化させる要因になってしまう。頸を左右に回す代わりに、体幹を左右に振ることで、頭板状筋のストレッチ動作を行わせようとするものになっている。
非発作時の片頭痛患者の後頸部に筋硬結・圧痛点を術者が指で圧迫すると、鈍痛ときに鋭い痛みを感ずる。このような場合、圧痛点を押圧しつつ頸部回旋のストレッチ状で圧痛点を押圧すると、筋硬結・圧痛が消失するという。

3)下風池に刺針しての頭板状筋回旋ストレッチ法

確かに上の方法は、患者が自宅で行うには良い方法だろうが、鍼灸院内で行わせるとすれば、治療者の技術が関与するものであってほしい。そこで、坐位にて下風池から頭板状筋の圧痛硬結に刺針後、術者は被験者の頭をホールドしながら同筋をストレッチさせるように回旋した後、雀啄刺激するのが良いと思う。

頭板状筋の機能は、頭蓋骨の伸展もあるが、主作用は左右回旋である。頭板状筋はC3~Th3あたりの棘突起を起始として、風池~完骨の後頭骨から側頭骨乳様突起に停止する。したがって、頭板状筋停止部に対する主治療点は、下風池(C3棘突起外方2寸) が妥当になる。

 


4)天柱ブロック


※天柱穴:C1C2椎体間の外方1.3寸、頭半棘筋、大後頭直筋刺激。

間中信也(脳神経外科医)は、頭痛56症例に対し、診断名別に天柱ブロックの効果を検討した。疾患名に関係なく、半数程度の患者に天柱ブロックが効果的なのが判明した。片頭痛に対しては8例中2例に頭痛がほぼ消失した。効果の持続時間は、数時間10%、半日~1日30%、数日36%、1週間12%、それ以上8%、不明(不定)4%だった。これは局所麻酔の有効時間をはるかに上回る治療効果だった。 
 (間中伸也著、頭痛診療ツールとしての鍼灸技法の応用、臨床神経 2012:52:1299-1302)


   


5)三叉神経-大後頭神経症候群としてC1~C3後頸椎部への刺激  

片頭痛の痛みは、神経性因子と血管性因子の複合である。前者に対する治療とは、脳動脈に分布する三叉神経の治療をいう。頭蓋内については針灸で直接的にアプローチはできないから、  三叉神経-大後頭神経症候群の治療と同じように扱う。
それには頸にある上位頸神経(C1~C3)へ刺激を加え、上位頸神経の興奮を取り除くような針が有効だとする見解がある。

坂井は「C3の高さの頭板状筋の圧痛点を押圧する」というが、なぜ片頭痛時に、この下風池に圧痛が現れるのかの機序は説明されていない。また間中信也の天柱ブロックも、天柱に行う必然性はあまりないようだ。これが鍼灸師的発想であれば、後頸部に多く刺針することになるのだろう。治療効果は別として、どのツボがなぜ効いたのか分からないことになるのだ。

 


 
6)足趾間刺針とグロムス機構刺激 

   
筆者が病院の東洋医学科に在籍した鍼灸初学者の頃、鍼灸症例検討会の報告資料(先輩達の残した症例報告数千例)を熱心に読んでいた時期があった。そして「上衝タイプ(のぼせて赤ら顔)の強い頭痛には、足指間の最大圧痛部を刺激すると頭痛が改善した」との報告が多いことに驚いた。 


一方。自分なりに患者の足趾間圧痛を多数触診して判明したのは、足指間の最大圧痛点は、第3第4指間に出現することが多いことだった。圧痛が多いのは、この部が内側足底神経と外側足底神経が合わさるところで神経腫が存在しやすい部によるものだろう。神経腫そのものは病的なものではないが、過敏点になりやすいという事実がある。ただしこの部は正穴が存在しないので、筆者はこれを内侠谿と名付けた。実際の臨床では内侠谿に限定することなく、足趾間の最大圧痛点に2~3分間置針する。これだけで痛みが取れてくることを多数確認できた。



「頭が割れそうだ」という入院患者に対し、左右の内侠谿のみに置針すること数分で、痛みがなくなった例を数例経験した。ただし日常の鍼灸臨床で弱い慢性頭痛に対しては、あまり効果がなかった。
針灸が効果あるか否かは、治療時の頭痛が拍動性か非拍動性かに関係し、非拍動性のタイプは有効となる場合が多いように思う。                                              

   
足趾間の圧痛点に刺針で頭痛が改善する理由は、グロムス機構の機序が考えられる。グロムス機構については、代田文誌・石川太刀雄の活躍していた時代に、さんざん論じられた。
グロムス機構とは、動脈脈吻合あるいは動動脈吻合部のことをいう。一般的に血液循環は動脈→毛細血管→静脈と移行するが、全部の血流が毛細血管まで達するのではなく、一部は小動脈から小静脈へとショートカットする。この血行動態の変化を起こす水門に相当するのが、
グロムス機構である。グロムス機構の性質として、例えば1カ所の水門が閉じると、それが全身のグロムスの水門も閉じられるという仕組みがある。つまり足母趾部グロムス水門を閉じると、脳内のグロムスも閉じ、血流減少するという機序が考えられるということである。

 

 


コメカミ部痛に対する内侠谿の効果 ver.1.1

2021-04-25 | 頭顔面症状

私が20代後半だった頃に病院で治療していた鍼灸治療報告ファイルが手元にある。今読み返すと中には思い出深いものがあり、結構低周波パルス治療を行っていたこと、奇経治療に凝っていたこと、頭の症状を足でとるという遠道刺にも興味があったこともわかる。とくに内侠谿(私自身が命名。足背第3中足骨と第4中足骨間の基部)刺針に抜群な効果を感じとっていた。

1.緊張性頭痛に内侠谿置針が効果あった症例

症例1 34歳・男性  指輪加工職。

40年前の症例である。1年ぶりに4日前から理由なく左側頭部~左眼の痛みが出てきた。痛みは一日中、重苦しく続く。吐気・嘔吐なし。この訴えの他に、右申脈穴あたりが痛くなってきた。

診断:陽蹻-督脈証、側頭中心の緊張性頭痛

治療:奇経治療の陽蹻督脈パターンを思いつき申脈・後谿にパルス通電10分実施。これで眼の奥の痛みは改善したが痛みは上の方に移動して今は左側頭~頭頂部が痛むという。そこで左内侠谿に置針5分すると、これらの痛みもなくなった。

 

症例2 50才・男性 会社営業職

一週間前から右こめかみから頭頂・前頭にかけて頭痛する。しめつけられるような痛み。
発症2日後、30℃の熱が出たので風邪かと思い内科受診し、セデスGを処方された。この薬を飲むと一時的に頭痛は消失するが、平熱になり服薬中止するとはやり頭痛がするとのこと。

診断:側頭中心の緊張性頭痛。

治療:内侠谿に置針10分すると症状消失。しかし翌朝には激しい頭痛となりセデス服用したという。もっと強い刺激量が必要なのかと思い、内侠谿と太衝に置針パルス10分、さらに内侠谿に3壮灸した。さらに内侠谿には自宅施灸も指示。以降、頭痛は2~3割程度と軽減している。

 

症例3 53才・男性  会社員(入院中)

自律神経失調症で当病院の内科入院している。ちょっとした拍子に体調が急変する。代田文彦医師は胆嚢ジスキネジーとも診断した。
今回が頭全体がガンガンするという。赤ら顔でのぼせ傾向が強い。眼の痛みは訴えていない。

診断:上衝体質にともなう側頭中心の緊張性頭痛

治療:左右の内侠谿に置針していると、2~3分後から額の痛みがとれてきたというが、頭髪部の痛みはあまり変化しない。やむを得ず局所である頭皮圧痛点に10カ所ほど置針してみると、頭髪部の痛みも軽くなった。しかし今度は後頸部~頭の付けねが、ひきつるように痛むというので、崑崙に置針5分でこの症状も消失した。


 症例4 42歳・男性  トラック運転手

20年間毎日、8時間以上、トラックを運転している。20年ほど前交通事故にあい以来慢性頭痛となった。種々の検査を受けたが診断がつかず、結局交通事故後遺症とされただけだった。医師からもらった内服薬はほとんど効かなかった。
頭痛は一日中存在するが、車を運転していて昼頃には我慢できなくなり、やむを得ず仕事を中断することもある。左右のこめかみから前頭部にかけての重苦しい痛み。とくに左こめかみの痛みが強い。

診断:側頭中心の緊張性頭痛+ムチウチ後遺症

治療:圧痛ある左右の内侠谿に置針。2~3分後に頭痛90%消失。他に風池手技鍼、肝兪置針。灸は内侠谿・肝兪。  翌日再来時には初回治療前と比べて痛み1/2となったとのこと。初回と同治療により痛みほぼ消失。

 

2.内侠谿の臨床応用

1)内侠谿の位置

足背部第3、第4中足骨間の底。内側足底神経枝と外側足底神経枝が合わさる部。モートン病の神経圧迫好発部位である。足背の中足骨間には行間、陥谷、侠谿とツボが並んでいるが、第3・第4指間には正穴がない。そこで私は、この部位を内侠谿と称することにした。
一度、現在来院中の患者全員に足指間の圧痛を調べたことがあったが、4つの指間穴で最も圧痛陽性の頻度が高かったのは、この内侠谿であることが判明した。

2)内侠谿の適応

①コメカミあたりの側頭筋の緊張性頭痛で、強い痛みほど効果を発揮する。内侠谿は、後頭部の緊張性頭痛には効果に乏しい。

②足指間に強い圧痛があれば、内侠谿にこだわらず行間・陥谷・陷谷・侠谿などに刺針することもあるが、最も圧痛が現れやすいのは内侠谿である。置針数分で効果が出る。

③内侠谿刺針のように、頭痛に対して足部を刺激するというのような遠道刺は、上衝傾向(湯船に長くつかりすぎ、のぼせているような状態)の者で側頭や頭頂の皮膚に赤みがある者で、針響を強く感じる者が効果ある印象を受けた。単に鍼を末梢神経に当てて響かせるというのではなく、末梢動脈壁を刺激し、グロムス機構を介して末梢血管の血流を調節しているというのが治効の考察。

※グロムス機構:
動々脈吻合または動静脈吻合のこと。末梢血管血流は、動脈→小動脈→毛細血管→小静脈→静脈というように巡行するが、手足の末梢には、毛細血管に行く手前で、小動脈→小静脈、あるいは小動脈→別の小動脈へとショートカットする仕組みがあり、これをグロムス機構とよぶ。グロムス機構が作動すると、そのグロムス機構より末梢にある血流量は減少し、寒冷時などでは末梢の冷えを感じる。一カ所のグロムス機構の開閉は、他所のグロムスにも影響を与える。たとえば寒冷時に右足を湯につけると、間もなく左足も温かくなるだけでなく、手指も温かくなる仕組みがある。

なおグロムス機構の鍼灸応用について記したのは、石川太刀雄著「内臓体壁反射」や代田文誌「鍼灸臨床録」など。

 

 


眼瞼痙攣の病態と針灸治療の適否 ver.1.3

2021-02-23 | 頭顔面症状

A.顔面痙攣  
 
1.症状

   
一側の顔面が長期間、強く痙攣する状態。目の周り(特に下瞼)の軽いピクピクした痙攣で始まり、次第に同側の上瞼・頬・口の周りなどへ広がる。痙攣の程度が強くなると、顔がキューとつっぱり、引きつれる状態になる。ひどい場合、耳小骨のアブミ骨筋(顔面神経支配、鼓膜に張力を与えている)が過剰刺激され、カチカチという耳鳴が生ずることもある。

   
当初は緊張した時などに時々起こるのみだが、徐々に痙攣している時間が長くなり、一日中ときには睡眠中も起こるようになる。
自分の意思とは関わりなく顔面が動く、ということで気ぜわしく対人関係や仕事に苦労する。ストレスなどでも誘発される。自然に治癒することはほとんどない。
 
2.原因<神経血管圧迫>


脳血管の異常走行により、脳幹より出る顔面神経に脳の血管がぶつかり、動脈拍動のたびに顔面神経が刺激されている状態。脳血管異常走行の原因としては、加齢、脳動脈硬化、先天的動脈奇形など。

 

3.現代医学の治療
  
1)ボツリヌス菌毒素注射

      
ボトックス(ボツリヌス菌希釈液)の眼瞼や口角周囲の痙攣部への注射。持続効果は3ヶ月前後で、繰り返しの注射が必要になる。 


※ボツリヌス毒素は、食中毒をおこして随意筋を麻痺をさせ、重症では横隔膜運動も麻痺して致死的になる。この作用を利用し、本菌を使って筋の運動麻痺を起こさせるのがボトックス注射。
ボツリヌス菌毒素注射は、美容整形として皮筋を麻痺させることで、顔面のシワとりにも用いられる。

※顔面シワ取りのボトックス注射で自死に至った例:30代女性。ある医者に頼みもしないのに(サービス精神からなのか)シワ取り目的でボトックス注射をされた。その直後から顔面の一部が動かなくなり違和感を感じるようになった。この状況を医者に伝えると、自然に良くなるといわれた。しかしいつまで経っても症状は変わらず、その医者も自分を避けるように逃げまわるようになった。症状が改善しないので、色々な医療施設をめぐった。当院にも来院し、3~4施術するも無効と判定し来院中止。その数年後、弁護士からこの患者が自死したことを知らさた。現在裁判の準備中だということだった。私も資料としてカルテを提出した。
ボツリヌス注射の薬効は施術して数日でジンワリと効いてくるはずので、直後から顔面麻痺したとなれば顔面神経に重大で不可逆的な損傷を与えたのだろう。一生忘れがたい経験だった。

 

2)手術「微小血管減圧術」
   
顔面神経を圧迫している血管位置を少しずらせて固定させる手術で、根本療法になる。手術後遺症として、数%~10%程度の者に聴力の障害がおこる(顔面神経と内耳神経と並走行している。手術中に内耳神経にストレスがかかるのが原因)。
三叉神経痛と眼瞼痙攣の手術原理はよく似ている。 
 

4.針灸治療

   
かつて代田文誌は、顔面麻痺に対する鍼灸は、無効と記していた。しかし30年ほど前に、ペインクリニックにおいて若杉式穿刺圧迫法が考案された。本法は針でも応用できるか否か試してみた。すなわち茎状突起の傍の顔面神経孔(=翳風)への針タッピング術の開発により、痙攣の程度を減ずることができることを知った。と同時に限界も示した。顔面神経孔から顔面神経が出てくるが、本神経は基本的に運動神経なので知覚はなく、針が命中しても痛みや響きはない。そこで針先が顔面神経に当たったか否かは、低周波通電した際、顔面表情筋が攣縮するかどうかで判定する。

翳風の名前:「翳」とは鳥の羽に隠された部位のことで、翳風とは風を避けるための羽の意味となる。翳風は外耳や耳垂に隠された位置にあることで、このように例えたのだろう。 
  
1)神経ブロック 若杉式穿刺圧迫法

    
関東逓信病院ペインクリニック科では顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を創案した。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1 回程度治療を行う症例が大部分である。ブロック後の痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復する。

  

2)顔面神経直接刺激する針治療

   
① 2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。
② 翳風を刺入点として茎状突起に針先を誘導する(方向を誤ると、強い刺痛を残す)
③ 針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再びふた3分間タッピング刺激。治療時間は20分程度。

上記の治療を行うと痙攣が軽減することが多かったが、その持続期間は数日間であり、その後は再び針治療が必要になるという点で、本家のような治療効果が出せないことをしった。刺針方向を間違えると強刺痛があることも実施を難しくさせた。患者にとって手間と経済的負担が大きいだろう。

 


B.眼瞼痙攣 

1.眼瞼痙攣患者の苦い経験

私は針灸学生時代に、眼瞼痙攣は顔面痙攣の軽いもの、あるいは顔面痙攣の初期だと教わった記憶がある。代田文誌の著書にも、顔面痙攣は鍼灸で難治だが、眼瞼痙攣ならば改善することがある旨が書かれている。しかしこれは誤った記載だった。そもそも眼瞼痙攣というからには、眼瞼がピクピクと痙攣する病態だと早合点していたのも間違いだった。

ある日、上瞼が上がらず前が見えないという患者(30歳、女性)
が来院した。テレビを観るには、音声でだいたい把握しておき、時々横目で画面をチラリと見るのだという。私は眼瞼痙攣だとは把握できず、初回時はヒステリーだと考えた。

珍しい症状だったので、色々調べてみて、数回治療後に、この症状が本態性眼瞼痙攣であることを発見した。もっとも診断ができても治療は効果なく、この眼瞼痙攣患者は、鍼灸を二十回ほど受けたが、ほとんど成果が得られなかった。念のため中医鍼灸ではどうかと思い、中医鍼灸の専門施設にも紹介したが、これも成果に乏しかった。


その後、別の眼瞼痙攣患者が来院した。この患者も針灸はあまり効果なかったが、そうした中でも最も効果あったのは1.5吋#30中国針にて、眉の1㎝ほど上方から、眉と平行に水平刺し、滑車上神経や眼窩上神経に響きを与えたものだった。施術直後は眼が開いたが、効果持続時間は2~3時間だった。一時的に交感神経緊張状態に誘導したのが効果の理由だと思えた。

顔面痙攣も針灸で治療効果をあげることは容易ではないが、眼瞼痙攣はそれ以上に難しいことを実感した。顔面痙攣の類似疾患に、眼瞼ミオキアがある。これは自然治癒しやすいので、本疾患で針灸治療効果を判定することはできないだろう。

 


眼瞼痙攣となる疾患には、顔面痙攣の初期、眼瞼ミオキミア、本態性眼瞼痙攣がある。

2.眼瞼ミオキミア   
  
1)病態生理と症状

    
眼瞼ミオキミアはまぶたの一部(下眼瞼が多い)が痙攣する。通常片眼に起こる。一方、本態性眼瞼痙攣は両眼の上下眼瞼とも等しく痙攣する。ミオキミアは不規則で持続時間が長い小さな不随意運動で、自覚的にはピクピクとした感じが一般的である。下位運動神経に異常な電気活動が生じるため、その支配下にある筋線維が安静時に群発して興奮することによって起こるとされる。これが眼輪筋で起こると、眼瞼ミオキアになる。顔面神経が支配する眼輪筋の一部に異常な興奮が発生することで生じる。通常数日から数週間で、自然に治まる。   
※ミオキミアとはは不規則で持続時間が長い小さな不随意運動のこと。

2)原因
   
顔面神経が支配する眼輪筋の一部に異常な興奮が発生することで生じる。
特段の原因はない。健康な人でも長時間書類を注視したり、パソコン操作などがもたらす眼精疲労や、寝不足の際に一時的に感じられることがある。
  
3)木下晴都の針灸治療

    
木下晴都は春先に3年間、毎年眼瞼振戦を経験してたが、3年目の時に自身に次の治療を行い、著効を得たという。振戦を起こす右下眼瞼3点に、3~4㎜刺入した後、刺激を強める意味で針を左右に回旋するという旋捻を5~6回行って抜き取る手技だった。翌日は振戦依然と存在したが、3日間続けると全く消失した。患者にも実施し、すべて症状の回復が早いことを確認した。

 

2.本態性眼瞼痙攣

1)原因

パーキンソン病と同じく、大脳基底核の運動制御システムの障害。間代性・強直性の攣縮が両側の眼輪筋に痙攣が起こる。40歳以降の女性に多い。
※大脳基底核=大脳皮質の底にある白質中の灰白質部分。随意運動の発現と制御の役割。

2)症状

初期:まばたきが多く、目が開けにくい、眼がショボショボするのでドライアイと誤診されやすい。眼瞼が痙攣するというより開けにくい。
進行期:両側性に、羞明感、目の乾燥、目を開けていられない、下眼瞼のピクピク感出現。次第に上眼瞼に拡大。左右両方に進行性の眼瞼痙攣が出現。
重症時:眼を開けていられない。視力があるにもかかわらず生活上は盲目と等しくなる。

下眼瞼のピクピク感といった症状が現れ、次第に上眼瞼に拡大。左右両方に進行性の眼瞼痙攣が出現し、開瞼障害をきたして、視力があるにも拘らず生活上は盲目と等しくなることがある。進行は緩徐だが、自然軽快はまれ。
  
3)治療

初期症状には、痙攣した眼瞼部に対してのボトックス(ボツリヌス毒素希釈液)注射を数カ所に行うことが有効。薬液量が少なすぎれば効果不十分で、多すぎれば患側口角も麻痺し食事に際して飮食物が漏れてしまう。ただし運動麻痺が起こるのは、注射数日後からであって、症状改善度をみながら薬液量を調整するということができない。運動麻痺は3ヶ月程度続く。瞼が開けられなくなれば有効な治療に乏しく、眼輪筋を切除する治療しかない。この手術により眼は開けやすくなるが、ボトックス注射の回数が減るわけではない。針灸治療は、ほとんど無効である。

 

 


三叉神経痛と針灸治療(仮性三叉神経痛を中心に)

2020-02-28 | 頭顔面症状

針灸師の守備範囲は結構広く、四方にアンテナを広げているつもりでいても、いつの間にか各分野の新知識に遅れをとってしまいがちになる。今回もそのようなケースであった。ある日三叉神経痛の患者が来院した。これまで三叉神経痛は針灸不適応だと思っていたのだが、この患者に対しては、予想外なことに1~2回の施術で症状消失をみたのだった。嬉しいことである反面、どういうことなのか疑問に思って調べ直してみた。


1.現在と一昔前の三叉神経痛の分類の違い

一昔前の三叉神経痛の分類では、本態性三叉神経痛と症候性三叉神経痛に大別していた。本態性とは原因不明な場合をいうが、このタイプの三叉神経痛の9割は橋付近の血管による三叉神経圧迫が原因だと特定されたので、もはや本態性という名称はふさわしくない。そのためだろうか、いつの間にやら真性三叉神経痛という名称に変わった。
 
一方、症候性三叉神経痛というと三叉神経領域の帯状疱疹とか齲歯痛が思いつくが、実際には原因不明であることも非常に多い。ただし真性(=本態性)三叉神経痛と違う点は、押圧しても痛みを誘発するポイントがないこと、ビリッビリッとした耐え難い数秒間の痛みではなく持続性の鈍痛であることなどがあった。そこでネットで調べてみると、かつての症候性三叉神経痛は、現在では仮性三叉神経痛と呼ばれていることを知った。仮性三叉神経痛の8割は原因不明だという。

2.真性(特発性)三叉神経痛 
話の順番として、真性三叉神経痛について総括する。
  
1)原因
40~50歳代の女性に多く見られる原因不明の三叉神経痛とされてきた。しかし今日では三叉神経痛の9割が橋付近の血管による三叉神経圧迫が原因だとされるに至った。なお発性叉神径痛と思われた1割で脳腫瘍が発見されてる。            
  
2)症状
痛みは顔の右か左かどちらか一方におこる。痛みの部位は、上顎部・下顎部・鼻翼外に出ることが多く鼻や口唇の周りなどを触ることにより激痛(風に当たっても痛いという)が誘発される。これをPatrickの発痛帯とよぶ。夜間睡眠時は、これらの発痛帯に刺激が加わらないので、痛み発作は起こらない。
発作時は、鋭い電気の走るような激しい痛みが、発作的(2~10秒)に、繰り返し起こる。洗顔、歯磨き、ひげ剃り、化粧、食事、会話などにより痛みが誘発される。
※Patrick発痛帯:無痛状態時に刺激されると必ず疼痛を発現する部位。口角、口唇、鼻翼鼻唇溝、眉、歯肉などの特定部位。
   

3)三叉神経痛の現代医学治療
①「微小血管減圧術」手術
約9割以上が脳幹出口部における三叉経の“神経血管圧迫”であり、これに対ては、脳外科的に神経を圧迫している血を神経か剥がし、圧迫を解除するのが根本療法になる。有効ほぼ100%だが、再発することもある。

②薬物療法
抗痙攣薬カルバマゼピン(商品名:テグレトール)が第一選択。多くの症例に効果あるが、服用を中止すると再び疼痛が生じる。本剤は本来は抗テンカン藥で、てんかん発作痙攣を抑制するが鎮痛効果はないはずである。しかしこの中枢神経興奮抑制効果を利用して叉神経痛など一部の末梢神経痙攣痛に対し、痛みの発症以前の痙攣を抑制する目的で処方れる。元々が痛みの発症する前に使われるので、痛みのあるなしは関係がない。
    
近年ではリリカ(一般名プレガバリン)など使われるようになった。リリカは末梢神経障性疼痛の治療薬であり、三叉神経痛、帯状疱疹後神経痛に適応がある。従来の鎮痛剤であるロキソニンやボルタレンなどの消炎鎮痛剤は無効。


③針灸治療の意義
真性三叉神経痛発作時は、パトリックの発痛帯に触れると、耐え難い痛みが誘発するので 顔面を施術すること自体が難しい。現代では鎮痛効果のある治療薬も出現しているので、治療効果的にもあえて針灸を行う意義は乏しくなった。



3.仮性三叉神経痛とは
   
症候性三叉神経痛はそのままとして、現在では原因不明なものの大部分は、顔面の筋膜症と考えられている。顔面部の筋膜症であれば、患者が指で示す圧痛点に深刺置針5~10分で一時的に症状改善でることが多い(治るわけではない)。
 
1)顎関節症Ⅰ型の針灸治療

Ⅰ型顎関節症とは、咬筋や外側翼突筋の過緊張によるものが多い。咬筋緊張に対しては頬車・大迎の緊張部に刺針し、外側翼突筋に対しては下関直刺が有効となる場合が多い。  

2)耳鳴・難聴および耳痛の針灸治療
    
三叉神経第Ⅲ枝の分枝である耳介側頭神経は、側頭部皮膚知覚を支配しているだけでなく、外耳道知覚、鼓膜知覚、顎関節知覚にも関与している。これは顎関節症により二次的外耳道や鼓膜症状が出現することを示唆している。針灸臨床上、顎関節症を治すことが難耳鳴の治療につながることを経験している。

 耳介~外耳道の神経痛は三叉神経第Ⅲ枝痛だが、Ⅲ枝の分枝の耳介側頭神経痛によるもので、これを「神経性耳痛」とよぶことがある。現代医療では、この治療に耳介側頭神経ブロックを行うことがある。この方法が針灸でも流用できる。和髎(耳珠前方で、頬骨弓直上に浅側頭動脈の拍動を触れる。同動脈に伴走して耳介側頭神経が走る部)、または和髎の方1寸から、側頭部に響かせるように斜刺する。
 
3)舌痛症の針灸治療                                               

舌神経(三叉神経第Ⅲ枝の枝、舌前2/3知覚を担当)を刺激する。それには裏頬車~裏大迎から刺針し、内側翼突筋緊張などを緩めるよう刺針を左右計4カ所程度行う。または下顎骨前面の内側縁の顎舌骨筋(前廉泉穴の傍)から直刺し、舌の起始部へ直刺する。治療効果が長持ちしない場合、刺針部に円皮針を追加する。



4)筋膜症としての仮性三叉神経痛の針灸治験症例

 
真性三叉神経痛は、発作時は顔面に触れることができないので、勿論顔面部の針灸治療を行うことは困難である。その一方で非発作時は、そもそも針灸治療が意義あるものかも判然としない。
しかし仮性三叉神経痛の大部分は、筋膜症ではないかとする見解があり、私の治療経験からも、
針灸治療は結構有効なのではないかとの印象を受けた。患者が指指す顔面部位に十分に深刺するのがコツで、有効な場合、筋緊張の抵抗の中をグイグイと針を入れていくという手の下感があるようだ。


①症例1 72才、女性
  
二十年以上前から左鼻翼外方に部分的に重苦しい感じがあり、左鼻も詰まるという。病医院でも治療は必要ないとして、無処置であった。寸6、2番で患者の指示する部に骨にぶつかるように斜刺深刺(直刺したのではすぐに骨に当たってしまうので刺針感がほしいので斜刺した)して置針5分。症状軽減した。
本例は、完治させることはできないが、こうした鍼をすると症状は毎回大幅に軽減した。
 

②症例2 37才、女性

   
当院初診10日前から左耳前~頬部に強い痛み出現。痛みは発作性ではなく持続性。強く歯を噛みしめると、左下奥歯が痛む。近医受診し、三叉神経痛の特効薬であるテグレトール処方され、以来痛みは7~8割ほど軽減されている。

痛み部位は三叉神経第2枝領域なので、眼窩下孔刺針、下奥歯痛ということで咬筋と内側翼突筋、おとがい孔に刺針。使用鍼はすべて寸3の0番針で、5分間置針。すると痛みほぼ消失。強く噛むと左下奥歯がまだ痛むというので、咬筋に対する運動鍼を行い症状大幅に軽減した。

 


側頭筋緊張に対する運動針

2020-02-11 | 頭顔面症状

1.側頭部痛をもたらす放散痛

側頭痛をもたらす筋膜症には、局所として①側頭筋膜痛の他に、②後頸~後頭筋膜や③胸鎖突筋膜など、3方向からの放散痛が関与する<吹きだまり>のようなところである。さらに側頭筋が緊張すると、顎関節部や上歯に放散痛を起こすことも知られている。

 

2.側頭筋の筋硬結の触診

側頭筋の起始は側頭骨の側頭面全体、停止は下顎骨の下顎枝である。支配神経は三叉神経第3枝。三叉神経というと顔面知覚を支配しているが、三叉神経第3枝は、例外的に咀嚼筋も支配していることも広く知られていることである。
 
側頭筋は薄い筋で、その底には側頭骨があるので、指で擦りつけるように触ると、筋線維を触知できる。その筋線維の方向は、下顎骨下顎枝から放射状に側頭部全体に広がるので、この流れを意識して筋線維を横断するように擦ると、何ヶ所か筋硬結を感ずる場合が少なくない。
 

3.側頭筋の運動針法
   
側頭筋の筋硬結は噛みしめると明瞭になる一方、噛みしめる強さによって移動する。
よって、先ずは弱い力で噛みしめるよう患者に命じて硬結を繰り、つぎに強い力で噛みしめるよう命じ硬結を繰るようにする。その時出現した硬結を指頭で押さえておき、まとめて1㎝~2㎝横刺する。横刺した状態で、三たび噛みしめ動作を行わせるようにするとよい。
側頭部圧痛点は、下図のごとく、外眼角と上耳介側を結んだライン上に出現しやすいように感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下顎の突き出しができない患者の針灸治験

2016-05-17 | 頭顔面症状

72才、男性

1.主訴:前頸部~顎下部の痛み


2.現病歴:数年前から次第に上記症状出現。

3.理学検査

顎下症状部の、顎二腹筋前腹の圧痛あり。咬筋や側頭筋の圧痛なし。

咬合は正常。しかし下顎の突き出し力不十分で、下前歯を上前歯の手前に出せない。


4.診断


顎二腹筋の過緊張。これによる下顎の突き出し運動不能


5.解説


口の開閉は通常は顎関節の蝶番関節運動だが、大きく開口するには、顎関節の前方滑走が必要であり、この運動には外側翼突筋の収縮が必要である。ゆえに外側翼突筋が弛緩していて収縮できなければ下顎の突き出しができない。

 
一方、外側翼突筋の拮抗筋は顎二腹筋であるが、顎二腹筋が過緊張状態であっても、下顎の突き出しができなくなる。

 本症例が下顎の突き出しができないのは、外側翼突筋の弛緩によるものでなく、顎二腹筋の過緊張によるものであろう。そのため前頸部~顎下部の痛みが生じているのだろう。

 

6.針灸治療

1)顎二腹筋の圧痛硬結への運動針

 

 下顎三角中央の陥凹を押圧すると感じる筋ばりで、ここに喉頭隆起上際で舌骨との間に廉泉穴(任脈)を取穴。そのやや外方が顎二腹筋前腹を触れる 
顎二腹筋の後腹は、舌骨と乳様突起の結んだ線上にある。下顎角の後で胸鎖乳突筋前縁の天容(または下翳風)を取穴。置針した状態で下顎の突き出し運動実施。
   


2)外側翼突筋への運動針

主な治療点は顎二腹筋だが、これと拮抗筋である外側翼突筋へも刺針しておくことにした。外側翼突筋刺針は、下関深刺直刺以外に適切な部がないのではないか。



7.治療経過

 
こうした愁訴や所見は初めてだったので、自信をもった治療ができなかったが、上記治療を行った。週2回治療で、治療3回目頃から下顎の突き出しが完全にできるようになり、顎下の痛みも大幅に軽くなった。こんなに完璧に治療効果が出せるとは予想しなかった。
嬉しい誤算だった。


8.参考


外側翼突筋収縮は、下顎の突き出し作用の他に、下顎の左右の横ずらし運動作用もある。これは奥歯で穀物を磨り潰すのが目的。内側翼突筋も左右の横ずらし運動作用がある。

ちなみに内側翼突筋は咬筋の深部に位置する。本筋の触知はディスポゴム手袋をはめた示指と母指で、一指を患者の口から中に入れて被験者の頬を挟むよう圧迫するようにして頬裏の圧痛硬結を調べるとよい。
内側翼突筋に対する治療点は、下顎骨内縁に沿うような刺針であろう。この刺針法については、柳谷素霊著「秘法一本針伝書」中の下歯痛の治療に紹介されている。

 


 


全身筋骨格症状に対する下関深刺 Ver.1.2

2015-11-10 | 頭顔面症状

 

1.顎関節症Ⅰ型に対する針灸治療の基本

顎関節症Ⅰ型は、顎関節周囲筋の過緊張による筋の伸張時または開口制限ということであった。この周囲筋というのは咀嚼筋のことだが、調べてみると咬筋の問題が中心となるらしかった。

そこで顎関節Ⅰ型に対する針灸治療は、主に咬筋のコリ部を触知し、置針または口開閉の運動針をしていて、そこそこの効果をあげていた。なおⅠ型以外の顎関節症は、針灸はあまり効かないと考えていた。


2.全身骨格症状と顎関節症の関連


昔から顎関節の異常は、全身の筋骨格障害に異常をもたらすという話は知られていた。ある時、当時通院していた歯医者にそのことを聞いてみると、「話には聞くが、自分としてはそういうケースは経験したことはない」とのことだった。顎関節が全身に関係するといったことは、、「便秘に神門の灸が効く」という格言と同様に、珍しいので面白がって報告するのだろうと思った。


3.脊柱側湾症に由来した肋骨の左右不対称の症例(38才、男性)

 
幼少の頃から身体の骨格が歪んでいた。とくに右前面の下部肋骨が陥凹いている。背部は右起立筋の緊張が顕著。顎関節症、股関節症もある。主訴は左肩甲骨内縁の痛みとコリ。脊柱の歪みが根本にあると考え、背部一行に深刺置針し、他に症状部にも置針した。すると治療数時間は歪みが改善された感じはするも、数日間は持続しないとのことだった。この患者は、整形外科やペインクリニック以外にも、AKA仙腸関節矯正や山元式新頭針法、種々の民間療法も試みていた。それなりに効果あるというが、いずれも一時的効果しかなかった。

 
当院通院もトータルで何十回にもなった頃、ここがつらいといって、咬筋部(四白、顴髎、大迎、頬車あたり)を自分で指し示した。こうしたことは以前にもあり、とりあえず患者の示す圧痛点に置針したのだが、その時ふと外側翼突筋のことが頭をよぎった。顎関節症のゆがみが全身に波及しやすいとされるのは、外側翼突筋の問題だという見解を思い出した。


4.外側翼突筋について

1)機能

口を開くには、下顎の蝶番運動を行うが、さらに大きく開口するには、下顎を前方に滑走する運動が必要になる。この「下顎の突き出し」は外側翼突筋独自の運動で、他の3つの咀嚼筋がどれも閉口作用なのと異なる点である。
※まず口を開き、この状態から強く下顎を突き出すと、顎関節あたりに軽い痛みと緊張を感ずるが、これは外側翼突筋の収縮によるものであろう。






開口時下顎関節頭は回転し、 「下顎の突き出し」時、下顎関節頭は回転とともに大きく2横指ほど前方に滑走するので、顎関節円板に負担がかかっている。
「下顎の横ずらし」は、内側翼突筋と外側翼突筋の共通機能である。「下顎の横ずらし」の意義は、穀物などの固い食べ物をすりつぶす役割である。

 
2)診察方法


外側翼突筋は、他の3の咀嚼筋(側頭筋、咬筋、内側翼突筋)と比べて最も小さな筋で、顎骨内縁を擦り上げるように触知して圧痛をみるのがやっとである。しかし口内から指を入れての触診は可能である。触診する手にディスポのゴム手袋をつける。口内に示指を入れて、上顎の歯の、左右にある最も奥にある歯(第2大臼歯、親知らずがあれば第3大臼歯)を確認。 さらにその奥まで指を伸ばし、今度は歯茎と頬の間の粘膜に指を入れる。頬と歯茎の間に指が入ったら、示指の指腹を上に向けて、頬粘膜の最も奥の当たりを、上に押圧。そのあたりが外側翼突筋の位置。軽く触ったり押しただけで痛いときは、外側翼突筋が痛んでいる可能性がある。

 

3)刺針法

   
外側翼突筋深刺の元祖は、木下晴都の聴関穴(木下晴都の下歯痛に対する傍神経刺)になると思われる。聴関穴というのは、聴宮穴と下関穴の中間に位置するということで木下が命名したが、現在の標準的な下関穴の位置にほぼ一致している。

仰臥位でやや口を開いた状態にさせ、この標準下関から2寸針を使って3.5㎝直刺し、咬筋深葉を貫いて外側翼突筋中に刺針するというもの。2寸4番針を使って追試してみると、記載通り3.5㎝直刺でコリのある筋に命中できた。それ以上深刺すると骨にぶつかる。なお直刺でなく、針を傾けて刺入すると2~3㎝の深さで骨にぶつかってしまい、外側翼突筋にまで入らない。




 

ツボに当たったことを確かめた後、運動針(開口させた状態で下顎の突き出し自動運動10回)と、その後置針30分を行った。

4)刺針効果 
 
コリに当たると、患者もツボに当たったことが納得できるようだ。耳中に響いたり、上歯に響いたり、首から背中に響いたりするという。治療後10分くらいすると、背中の血流がよくなったことを自覚でき、非常に気持ち良いという。こんな経験は初めてで、効果持続時間も数日以上で、これまで5年間受けてきた種々の治療中、ベストだということだった。


5)感想


インターネットでいろいろ調べてみると、線維筋痛症に対して外側翼突筋に対するトリガーポイントブロックなどが効果ある例が報告されている。 本筋は他の筋と違って筋紡錘がないという。これは本筋の筋トーヌスが自動的に調整され難いことを意味している。咬み合わせの異常など→外側翼突筋の持続的緊張 →中枢の興奮と混乱→全身の筋緊張といった機序が考えられるということである。外側翼突筋深刺の適応症は意外と広いのかもしれない。


 


舌痛症の針灸治療 Ver.1.2

2014-09-14 | 頭顔面症状

1.序

以前、<東洋医学の穴>を主催しているマサさんから、「今度針灸のQ&Aという企画を始めるので、とりあえず舌痛症の針灸治療について何か書いて欲しい」との連絡が入った。私の針灸臨床歴もそこそこ長いが、舌痛症の患者とは出会ったことがない。当然針灸治療について考えたこともないのでお断りした。しかし私の祖母(故人)が舌が痛いといって熱心に病院に通ったが、一向に良くならかったことを思いだし、その後から舌痛症について、その疾患自体とその鍼灸治療につい調べてみた。  


2.舌痛症の概要

1)自覚症状

舌の「ヒリヒリ」、「ピリピリ」した痛みやしびれるような感覚が何ヶ月も何年も続く。舌の外見的異常はなく、諸検査でも異常ない。食事で口中に食物が入ると痛みを忘れるという特徴がある。

 
2)原因


貧血(鉄欠乏性、悪性)、亜鉛欠乏症、齲歯周囲炎、口腔内乾燥(シェーングレン、薬剤性)、糖尿病性など原因究明できるものが全体の1/4。狭義の「舌痛症」とは、それ以外の3/4を占める心因性ないし原因不明のものをいう。

歯科治療などが契機となり、一時的な舌へのこだわりが長く続くことで知覚神経の回路が混線が生じているためだと解釈されるようになった。

3)舌痛症の現代医学治療
舌痛症の痛みは、幻肢痛と同様、抗うつ薬(SSRI)によって軽減あることが証明された。抗うつ薬を服用すると、早ければ4~10日目で舌の痛みが緩和し、理想的に治療が進展していけば、3~4週間後には痛みは7割方改善するという。

3.舌痛症の針灸治療(私見)
もし抗うつ剤投与により、比較的簡単に舌痛症が改善するのであれば、針灸を訪問する必要はないであろう。治らない患者は結構多いのである。
現代医学の知識では、舌の問題ではなく、脳の問題だとしているので、以下に示す針灸アプローチが通用するか否か不明だが、ネット検索しても現代針灸の治療法は載っていないようなので、僭越であるが書いてみることにした。

1)舌の知覚は、前2/3が三叉神経第3枝の末梢枝である舌神経が支配し、後1/3は舌咽神経が支配している。ゆえに舌痛の直接的な原因は舌神経の興奮と考えられる。
※味覚は、舌前2/3が顔面神経、舌後1/3が舌咽神経支配。
 
2)舌骨上筋群の緊張過多が、舌神経を刺激し、舌痛を生じていると捉えれば、舌骨上筋を触診し、そのコリを緩めるような刺針をすることが重要になる。上廉泉穴から顎二腹筋前腹に直刺すると、次いで顎舌骨筋→オトガイ舌骨筋→舌根部付近に刺入できる。
※上廉泉穴(新穴)の位置:前正中の舌骨直上に廉泉を取穴。その上方1寸。

4.舌痛症の治験(追記)

先に私は、これまで舌痛症の治療をしたことがないと書いた。しかしこのブログを見として、数週間前に来院した患者(
58才、女性)がいた。

1)主訴:右舌縁痛、右上歯肉痛

2)現病歴

9年前、歯科で上奥歯を抜歯後から上記症状出現。一日中、安静時も痛む。

いろいろ薬も服用したが、満足できる効果はなかった。神経ブロックも何回か行ったが無効。

3)所見

舌所見、歯肉など、口内に異常は発見できない。
右大迎の咬筋の圧痛(+)、右顎二腹筋の圧痛(+)、上承漿圧痛(-)

4)考察と治療

これまで私の舌痛症というと、舌先痛を念頭においていたので、上廉泉から、舌根部に向けて刺針するという方法がよいと考えていた。
しかし本症は舌縁痛ということなので、上廉泉刺針の適応はない。そもそも上廉泉に圧痛はなかった。

舌の前2/3の知覚は舌神経(三叉神経第3枝の分枝)、舌の後1/3の知覚は舌咽神経なので、本症は舌神経の神経痛が考えられた。なぜ舌神経を刺激するには、下図のように、大迎から下骨内縁に刺針する。要するに、「素霊の下歯痛の一本針(頬車水平刺)」のようなことを行うことにした。初回なので、寸6#2で10分間置針とした。
上歯痛抜歯をきっかけとして生じた、舌神経痛だと解釈したからであった。あるいは下歯槽神経やその分枝だえる舌神経興奮が、二次的に内側翼突筋緊張をもたらしたのだろうか。



他に、クルクミントローチ服用するよう指示した。
クルクミントローチはネット上で口内炎の治療として有名になっている。されている。クルクミンとはウコン、すなわちカレーの黄色の成分である。1日(3粒)~2日(6粒)で、殆どの患者が治癒するという。クルクミンは医薬品ではなく、機能性食品なので通販などで購入できる。なお口内炎に対して有効ということであるが、とくに舌痛症に対する評判はないようであった。


5)第二診(初診3日後)
症状不変。クルクミントローチ注文したとのこと。
前回訴えていなかったが、右上歯肉痛もあるとのこと。そこで木下晴都の上歯痛の傍神経刺を追加実施。素霊の下歯痛の一本針は継続実施。ただし使用は2寸#4とし、30分間の置針パルス通電とした。

6)第三診(初診7日後)
嬉しそうに「症状2割減」と話した。こんなに楽な感じとなったのは珍しいとのことだった。使用針中国針の2寸#8で、40分間置針パルスとした。クルクミントローチは昨日から服用開始しているとのこと。家庭用低周波治療器を購入して、自分で低周波治療を随時行ってみることを提案した。

一般に症状2割減というと、有効だったとの判断はされにくが、9年来の一日中痛む症状であることを考慮すると、針灸治療は、一定の役割があったといえる。

※ただし不完全である。舌痛症は、舌粘膜の知覚刺激過剰をいい、痛みの主体は、舌神経なのだが、鼓索神経(顔面神経の分枝、舌前2/3の味覚支配)や副交感神経線維も関与するという。これらの知覚神経の混線が問題だとする見解もあり、舌痛症の病態を複雑にしている。 

 

 


緊張性頭痛治療に効果的な天柱・上天柱の刺針体位 ver.1.2

2012-10-14 | 頭顔面症状

1.伏臥位にて行う天柱刺針では効果不足か?

張性頭痛では、天柱や上天柱からシコリを探し、そのシコリに命中するように深刺することが多い。そのシコリが何筋に所属するものであるかは通常は意識する必要はないだろう。その際の患者の体位は、通常は伏臥位で行われるが、針がシコリ中にしっかりと入っているにも関わらず、患者が満足する程度に頭痛が改善しないケースが時にある。そこで、パルスをかけてみたり、太い針に変更してみたり、灸を追加してみたり、終いには遠隔治療と称して崑崙、後谿を使ったりしても、効果なく、多くは徒労に終わるのである。

2.刺針姿勢の工夫  

こうした状況を打開するため、筆者は最近、患者に下記に示すような体位にさせ、刺針するようにしていて、非常に治療効果が上がることを確認した。

1)患者は椅座位。術者は立って、患者と向かい合う。
2)患者は下を向かせ、額を術者の上腹につける。術者は患者の天柱付近に指を添え、腹と指で頭を抱える感じにする。
)術者は、後頭隆起の下あたりを指先で探る。その時、指頭は後頭骨を触知している。
4)指と後頭骨間にグリグリしたシコリを発見することに努める。
5)シコリを発見したら、寸6#2程度の針で、直刺やや上方に向けてシコリ中に入れる。
6)シコリに命中したら、軽く雀啄して抜針する。

3.この刺針体位を実施しての印象 

針灸治療の効果を引き出すのは、ツボの選定は当然として、刺針体位も非常に重要となる。私がこのことに気づいたのは、自らの臨床経験によるところが大きいが、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」でも、効かすために姿勢についての細かな肢位の説明が書かれているので、自分の見解への自信を強めた。
※この十年来、筆者のカルテには、刺針点だけでなく、その刺針の際の刺針体位も記録している。

上記体位で天柱や上天柱にを探ると、とくに後頭骨の頚筋起始部の硬結が把握しやすく、結局緊張性頭痛というのは、筋付着部症の一種なのではないかと考えるようになった。針で筋緊張を緩めるには、緊張筋を活動(=緊張)させた状態で刺針することがコツなのだろう。

当院でも天柱・上天柱の針を使う機会は非常に多い。緊張性頭痛のほかにも眼精疲労、不眠、めまいなどが、まず思いつく。先日、眼精疲労患者を診る機会があった。この患者は仰臥位で太陽刺針、伏臥位で天柱刺針を行い、効果あるのだがせいぜい1週間すると元に戻るという。そこで上記方法で天柱・上天柱へ刺針すると直後治療効果、持続効果とも、これまでよりも良好な結果となった。(不眠、めまいに対しては未検討)

 


4.解剖学的な検討 

天柱に刺針すると、まず僧帽筋を刺入することになるが、僧帽筋の機能は、鎖骨と肩甲骨の動きに関わるものなので、基本的には頭痛症状と無関係。後頭骨の後正面と頸椎を結ぶ筋は、頭半棘筋と後頭下筋群である。うち頭半棘筋は頭の重量を支持し、後頭下筋は刻々と変化する頭位を延髄に伝達し、姿勢制御に関係している。ゆえに、電車の長椅子などでで座ってうたた寝している際、頭半棘筋が緩むほどの深い眠りになれば座っていられず、長椅子に倒れるようにして寝込むことになる。後頭下筋が過緊張では、頚性めまいが生ずる。
上に示した体位にさせて上天柱・天柱を指頭で探ると、後頭骨底付近の筋起始を触知しやすい。後頭下筋が直接に触知できないので、解剖学見地から、この筋シコリは、頭半棘筋によるものであろう。

 

 

5.めまい・不眠に対する効果(追補分)

上記は2012年9月28日報告内容であったが、同年10月13日現在、不眠やメマイ患者に対する本肢位での天柱刺針を何例か試行することができた。その結果は、予期していた以上に効果があることを確認できた。これまでも、メマイや不眠に天柱刺針を行っていたが、効くか効かないか、私自身予想できなかったのだが、本法では、コリの存在とその程度が指先でしっかりと確認でき、またしっかりと筋コリに命中していることが「手の下感」として実感できた場合、治療効果が発揮できることを知った。  

※この術式については、2012年11月18日の「現代科学針灸研究会」(東京都立川市市民会館)にて実技を披露する予定ですので、興味ある先生は、ご参加下さい。

 

 

   

 


 


緊張性頭痛に対するトリガーポイント治療の整理 その3

2011-11-09 | 頭顔面症状

1.緊張性頭痛における放散痛のイメージ
前回の「緊張性頭痛に対するトリガーポイント治療の整理 その2」で、筆者はトラベルらのトリガーポイントと放散痛の関係を図示したのだが、矢印が非常に多くなって見にくいものになったので、今回はさらに単純化し、経絡と結びつけて考えることにした。
 実際の針灸治療においては、放散痛の所在から逆にトリガーポイントを発見することになるが、最終的には指頭感覚で治療点を決定するべきである。

①膀胱経:後頭筋、後頭下筋、頭板状筋、頭半棘筋
②胆経:僧帽筋
③膀胱経+胆経:胸鎖乳突筋
④側頭部に限局:側頭筋

 

2.緊張性頭痛の関連症状
針灸治療に来院する患者は、頭痛単独を症状として来院することはまれで、多くの症状を同時にかかえて来院する者が多い。頸部や頭部の筋緊張は、頭痛だけでなく、頭顔面部を中心とする種々の関連症状をもたらす。
眼精疲労、顎関節症、頸肩コリ等は、緊張性頭痛と関連する症候群だともいえるので、下図のアンダーラインで示されたような筋の緊張を緩めることで症状が改善することが多い。