AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

肋間神経痛の針灸治療 ver.3.2

2023-12-04 | 胸部症状

1.肋間神経痛の原因

特発性は比較的若い女性に多く、左側の第5~第9肋間領域に多い。成書には、特発性は少なく大部分は症候性であると記されているものが多いが、針灸に来院する患者の大部分は特発性であり、帯状疱疹による肋間神経痛も来院する。


2.肋間神経の走行と神経支配

①第1~第6肋間神経

肋間を胸骨縁に向かって走行し、前胸の肋骨に相当する部の肋間部の筋運動と、深部知覚を支配する。その皮枝は前胸壁皮膚知覚を支配する。皮枝には外側皮枝の外側枝と内側枝、皮枝の外側枝と内側枝がある。
②第7~第12肋間神経
途中までは肋間部を走行するが、腋窩線あたりから内腹斜筋と腹横筋の間を走行し、腹白線に至る。腹壁筋の運動と深部知覚を支配する。その皮枝は鼡径部を除く腹壁の知覚を支配する。要するに腹部の大半は肋間神経支配になる。
 


3.旧来の針灸治療法

   
特発性(原因不明)の肋間神経痛は、これまで神経の刺激によるものと考えられていた。そして神経が深層から表層に出る部が治療点だとされていることから、脊柱点・外側点(側胸点)・前胸点を取穴するのが定石だった。まあこの治療点を刺激しても大した効果は得られず、ゆっくりと改善するのが常だった。これでは自然治癒なのか鍼灸の効果なのか判然とせず、悔いの残る治療となることも多々あった。
  
①脊柱点:脊柱外方3㎝の処。胸神経後枝が表層に出る部。
②側胸点(外側点):前腋窩線上。前枝の外側皮枝が表層に出る部。
③前胸点(胸骨点):胸骨外方3㎝。前枝の前皮枝が表層に出る部。
第6肋間神経以下は腹部肋間神経痛として現れ、前胸点に相当する圧痛点は腹直筋外縁に出現し、「上腹点」と称する。

実際にはある範囲全体がまんべんなく痛むようで、特定の圧痛点を見いだすのは困難であることが多い。教わったことと違っている事実を知り愕然とした

 

 

 

 

4.特発性肋間神経痛の新しい方法

近年、特発性肋間神経痛は胸椎の椎間関節や肋椎関節の機能異常や炎症によるものだと認識されるようになった。椎間関節は脊髄神経後枝支配なので、問題となる関節は肋椎関節と胸椎部の回旋筋群系(後枝支配)であるが、肋椎関節の関節症が真因だとしても、結局は回旋筋群系のトリガーが活性化して肋間神経(=胸部脊髄神経前枝)痛を起こすことになる。
胸椎背面の筋構造は次の通りである。
   
1)背部一行の最浅層に脊柱起立筋の棘突起側の筋として棘筋がある。棘筋は頸椎~胸椎に存在する。
2)棘筋の下層は回旋筋群系で、椎体の横突起と棘突起を結ぶことから、横突棘筋ともばれる。横突棘筋は、浅層から深層にかけて順に、半棘筋、多裂筋、長(短)回旋筋になり、どれも脊髄神経後枝支配。胸椎は左右の回旋性に富むので、長(短)回旋筋が発達している。
3)横突棘筋の語呂:浅層から深層に向けて、は(半棘筋)だ(多裂筋)か(長短の回旋筋)

 

上図で、脊柱起立筋(棘筋、最長筋、腸肋骨筋)は肋間神経痛にはあまり関係がない。棘筋の深層にある回旋系筋が関係する。胸部回旋筋群は、浅層から深層に半棘筋、多裂筋、長短の回旋筋になる。とれもこれらの回旋筋の筋膜癒着が、おそらく肋間神経痛に関与している。

回旋筋のオリジナル語呂:浅層から深層方向に、は(半棘)だ(多裂)か(回旋)

5.肋間神経痛の針灸治療
 
症状部に応じた短背筋群に対して刺針する。座位で棘突起外方1寸(1.5 ~2㎝)から2~3㎝深刺して緊張して硬くなっている回旋筋々膜まで針先を入れる。最深部の短背筋群の硬結に対して、細かな雀啄手技を行い、症状のある肋間神経痛部に響かせる。

上図は、遺体解剖から描いたもので、横突棘筋に刺入する。横突棘筋とは、半棘筋、多裂筋、長短の回旋筋の総称で、横突起とその上方の棘突起を結んでいることから、この名称がつけられた。
どれも小さな筋なので、この3筋のどれに刺入すべきかは判断きない。2~3㎝刺入して、硬い筋膜に到達したら、それを緩めるためこまかな上下動の手技針をしたり置針する。


なお第7~第12肋間神経は、横隔膜辺縁を知覚支配しているので、棘突起外方1寸から深刺は、刺針刺激が肋間神経に沿って側面~前側に響くというより、横隔膜中へ響くように感ずる。
これが柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の五臓六腑の膈兪針と脾兪針の原理だと思われた。

 

6.特発性肋間神経痛に対する傍神経刺について

肋間神経痛の治療は、反応ある胸椎(第5~9肋間が多い)に対応する肋横突関節および関節周囲の肋間筋に対する施術を行う。この治療法は、木下晴都氏の創案した「肋間神経痛に対する傍神経刺」そのものである。(木下晴都:肋間神経痛に対する傍神経刺の臨床的研究、日鍼灸誌、29巻1号、昭55.2.15)

①2寸#5針を使用
②症状にある胸椎棘突起から外方2横指(3㎝)を刺入点とする。
③10°内方にむけて直刺4㎝。この時、気胸には十分注意する。
④5秒留めて静かに抜針  
⑤最初の2~3回は毎日、その後は隔日、または1週間に2回程度の施術とした。
⑥102例の肋間神経痛患者に対して傍神経刺をおこなったところ、91%が優、6%が良、3%が不変、悪化例はなかった。うち優の結果を得た93例をみると、発症1~7日の52例では平均2.9回治療。8~15日の18例では4.6回、16~30日の12例では7.9回、3ヶ月以上経過した4例では11.5回だった。

 

上記の報告は非常に内容が充実していて、刺針方法は今回の私が説明しているものに似ている。ただし上図「肋間神経痛の傍神経刺」は間違いがあるので、これを指摘しておきたい。
これは椎体の外縁を通り抜け、肋骨間をすりぬけるように刺入している。針は外肋間筋にまで刺入することになっているが、これは肋間神経に影響を与えることを目的としているからで、刺針深度も4㎝と深い。外肋間筋のすぐ深部には肺実質があるから気胸事故も起きるかもしれない。この図は肋骨や胸椎横突起が描かれていないので、その危険性が分かりにくくなっている。

7.横突棘筋を刺激するとなぜ肋間神経痛が生じるのか

今回私が説明しているのは、横突棘筋(脊髄神経後枝支配)の癒着を緩めることを目的とした刺針なので、木下の考えとは異なるものである。木下晴都の活躍した時代は、MPSの考え方が存在しなかったのでやむを得ないことであるが、筋膜性疼痛症候群(MPS)研究会会長の木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、ギザギザ底部(=椎間関節)のfasciaの重積のようだという見解をした。「L5の根症状がある場合は、大抵L5/S1facetの上か下のギザ ギザの底部にfasciaの重積が見られる。そこに圧痛が出る。上下の椎間関節を結ぶ、ギザギザの底部の fasciaに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出る。出ない場合は、ちょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、たいてい神経根に沿って広がる」と記載されている。この内容を本態性肋間神経痛にあてはめると、胸椎椎間関節の横突棘筋あたりに筋膜の癒着がみられ、そこに針をもっていき、この癒着を剥がすようにすると肋間神経に沿う痛みが出ると表現できるだろう。

バージャーは、脊椎の関節包を刺激すると、刺激部とはことなる部位に痛みが生じることを実験的に証明した。下図では、胸椎椎間関節の関節包を刺激すると、肋間神経に痛みが放散している。また木村の腰椎椎間関節部あたりの筋の癒着は、坐骨神経痛様の下肢症状を示すという主張にも合致している。

結局胸椎部の後枝支配である横突棘筋の筋膜が癒着すると、肋間神経痛様の放散痛が生じるという内容になる。肋間神経は混合性神経で神経痛を起こすこともあれば内・外肋間筋の筋緊張をもたらすこともある。横突棘筋のトリガーが活性化した結果、内・外肋間筋の筋緊張を生じ、これを患者は痛みとして認識するのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


右下肋部打撲への円皮針治療を通しての教訓(自験例 68才、男)

2022-08-19 | 胸部症状

10日前に懇親会に出席した。酩酊しての帰り道の際、右下肋部をどこかにぶつけたらしい。打撲部は擦り傷はないが、わずかに内出血がある。発赤・腫脹なし。起きている時は自覚症状ないが、横になる際、寝返り時に打撲部が痛む。しかしそのうち自然治癒するだろうと放置していた。

しかし1週間経っても症状に変わりはないので、強い圧痛点を3カ所選び、円皮鍼をしてみた。そのまま横になってみたが痛みはなく、寝返りの際もほとんど痛みを感じなかった。
これで略治するだろうと予想したが、円皮鍼をした2日後から以前の半分程度の痛みがぶり返した。そこで再び圧痛点を探り、最大圧痛点5カ所に円皮鍼を追加した。その結果、前回ほどの著効は得られず、症状も7割減程度であった。
 このような症例は決して珍しいものではないが、次の2つのことに思い至った。

コメント
1.強い症状は少数穴に短時間治療、弱い症状にはツボ数を増やし、長時間治療になる傾向

代田文彦先生は次のように話してくれた。
限局した強い痛み→局所への少数穴治療で大幅に痛み減少
やや広い範囲の弱い痛み→やや広い範囲への多数穴治療で、小幅に痛み減少

 

2.円皮針・皮内針の治療理論

30年以上前、中国から初輸入された円皮針は針体長2㎜、太さは和針の#8程度だった。しかし現在、わが国の円皮針は長さは最長でも1.5㎜程度、太さは和針の#1~2程度となっている。つまり真皮層は刺激するが、その深部にある皮下結合組織層を刺激しないようにしているらしい。表皮の厚みは0.2㎜、その深部の真皮の
厚さは平均2㎜となっているからだ。

真皮には血管や神経があるので、刺針によりこれらの組織を刺激する。末梢神経に弱い刺激を与えると、ゲートコントロール理論により強い痛みを鎮痛できる。また血管を刺激すると内出血するが、その損傷再生過程で、組織の改編が行われる。

あえて皮下組織に針先を入れないのは、円皮鍼を身体に入れている間、皮下筋膜(浅層ファシア)を刺激することでチクチクするのを避けるためだと考えた。

※昔、「医道の日本誌」におもしろい記事が載っていて記憶に残っているので紹介する。皮下鍼を開発したという針灸師の先生がいた。この皮下鍼というのは皮内鍼とよく似た形をしているが鍼体長は5㎜~1㎝程度(現在でも市販している)。それだけの製品なので、ちょっと長い皮内針に過ぎないという意見が出たのも当然であった。そこでこの針灸師は大御所である柳谷素霊に「皮内針の定義とは何ですか?」と質問した。素霊は「皮膚(表皮と真皮)内に針先を長時間留めておく針なり」と答えた。この答えを聞いた針灸家は「皮下針というのを考案したが、これは皮内針とは違いますね?」と念をおした。素霊は「違います」と返事したという。大家にお墨付きをもらったことで、”皮下鍼”という新単語が生まれた。

 


虚血性心疾患に対する針灸治療の検討 Ver 1.4

2022-08-05 | 胸部症状

開業針灸にとって、虚血性心疾患に施術することは、十分な配慮を要するが、患者は現代医療の管理下にあるならば、針灸治療そのものは禁忌ではない。

1.虚血性心疾患の痛みの機序


1)交感神経による心臓の支配は、左T1~T5に関係があり、なかでも左T1~T3の関与が最も大きい。この範囲内で、交感神経性デルマトームと体性神経デルマトームの体壁に反応が出る。

2)左Th1分節に入る交感神経が強い場合には、腕神経叢を介して、とくにC8Th1支配領域である左上肢尺側に放散痛をもたらすことがある。

3)心臓に関係する最大の傍脊神経節は、星状神経節である。交感神経興奮の程度が強ければ、星状神経節(下頸神経節)や上・中頸神経節まで興奮し、頭顔面症状を呈する。

4)心臓は横隔膜隣接臓器なので、横隔膜神経を興奮させ、C3C4デルマトームやミオトーム上、すなわち頸肩のコリや痛みを生ずる。


2.心疾患の体壁反応

心疾患により生じた胸部や上背部の筋緊張を緩めることは、心臓への悪影響を減らす役割がある。
石川太刀雄著「内臓体壁反射」によれば、皮電点分布の統計では下記のようになるという。虚血部位による反応点の大きな違いはあまりないようだ。皮電点は、皮膚の交感神経興奮度を電気的に調べる器械である。撮診は、皮神経の疼痛過敏帯を調べる方法だが、交感神経興奮が交通枝を介して体性神経を興奮させた場合には同様の結果となると筆者は考えている。また撮診法に熟練すれば、軽度の皮下浮腫帯の存在も把握できるので、この場合には交感神経反応を捉えていることになるであろう。

3.体性神経を刺激すること

心疾患における体壁反応は、第一義的には交感神経興奮に由来するが、針灸治療では、圧痛や硬結反応を重視するので、二次的に生じた脊髄神経興奮による症状に重点をおくのが普通であろう。針灸の治効機序は、脊髄神経刺激→交通枝→交感神経へ影響ということで、交感神緊張の減少にあるという説が支持されている。
治療点の選択は、心疾患であるといっても、肋間神経痛の治療と同じように、とくに体性神経が深層から表層へ出る部の圧痛硬結に施術する。皮膚や筋の痛みを緩和することで、心臓に由来する痛みも改善できることがある。ただし針灸で症状が軽減したからといって、心臓神経症などの機能性の疾患だとみなす論法は通用しない。

3.筋や皮膚への刺激が心臓に与える影響 

1)TravelとRinzlerは狭心症や急性心筋梗塞の患者9名に対して、胸部の痛みを誘発 する部位の真上にあたる皮膚にプロカイン局麻剤を浸潤させたり、エチルクロライドで 表面を冷却させると、多くの場合痛みが長時間にわたって完全消失することを見いだした。(フェリックスマン著「鍼の科学」医歯薬出版)

2)一方、Pastinszkyらは、ネコの左側胸部皮膚に刺激性溶液を4週間塗布し続けることで、皮膚や皮下組織に紅斑や浮腫を生ぜしめ、潰瘍も生ぜしめるに至ったが、これにより大部分のネコでは陰性T波、房室ブロック、徐脈、不整脈、脚ブロックなどの心電図変化が生じた。心筋の毛細血管は拡張し、心筋の幾本かの繊維には微小壊死がみられたことを報告している。(フェリックスマン著「鍼の科学」医歯薬出版)

3)大胸筋トリガーポイント活性は、体性-内臓反射による心機能障害を引き起こす。
上室性頻拍の原因は胸骨と乳頭線の中央にある右第5第6肋間の左大胸筋のTPは心疾患患者の61%にみられる(トラベルとサイモンズ)。 
※上記部位は、歩廊穴に相当している。

4.その他の針灸治療の文献

1)内関刺針

中国では、内関穴に手技針を行うことが広く行われている。実際に内関穴に中国鍼の30号で手技針をすると、非常に強い響きになる。生きるか死ぬかという緊急時には試みられるだろうが、わが国の針灸の環境下では、このようなケースは針灸守備範囲外となる。
理論的には、T1交神経は頚部交感神経節→鎖骨下動脈→上肢動脈血管壁へと走行するので上肢の動脈血壁に影響を与える刺激が有力な手段となる。すなわち内関穴刺針は、星状神経節刺(加えて大椎一行深刺)とは同じ作用機序になる。 
    
虚血性心疾患患者3名の左内関に1番針を刺入し2分間雀啄し10分間置針を行ったところ、平均6%程度の冠拡張がみられたが、ニトログリセリン舌下錠5mgでは平均15%の冠拡張がみられた。つまり内関はニトロに及ばなかった。なおこの時、ニトロでは血圧、心拍数ともに増加するが、内関では変化ない。
しかし不安定狭心症1名(安静にしていても頻繁に発作出現)では内関刺針で狭心発作は消失し、運動負荷耐久も向上した。この患者は亜硝酸剤等の薬物療法でコトロール困難な患者であった。針治療は冠動脈拡張という直接効果と、治療中止後も良好な経過を得るという長期効果の2つに分けて考えた方がよい。不安定狭心においては自律神経の不均衡が症状発現に大きく関連していることを考えると、治療はこの不均衡を調整する働きがあると思われる。
(岡孝和ほか「狭心症の針治療」日本東洋医学雑誌 第38巻2号  1987)

2)少沢刺絡

急性の心臓症状に対しては、旧来から少沢や少衝からの井穴刺絡がよいとされている。これは中国より我が国で信じられているものだが、緊急事態の情況なので実際には実施することはもちろん、こうした場面に出会う機会はほとんどないと思われるなか、次の発表が参考になる。

急性心筋梗塞者に少沢穴刺絡(左右)を試みたところ、心電図、血圧、臨床症状がともに改善した。(萩原正識ほか「急性心筋梗塞と鍼灸治療とくに刺絡について」全日本鍼灸学会誌 33巻、4号)

代田文彦先生から聴いた話。玉川病院で先生が当直していた夜、鍼灸師の先生も見学にきていた。その晩、心筋梗塞だったかの患者が搬送された。するとやはり鍼灸の先生から、「小沢から刺絡したらどうか」という意見があり、代田先生は「やってみたらどうか」と答えた。話はそれで終わり。それで終わったのは、効果なかったからなのだろう。

 

6.筆者の行っている治療

かっては内臓体壁反射の中核部位である左C6~C7棘突起の傍点からの深刺を行っていた。これは「後頚部第6~7棘突起の外側で椎骨すれすれに直刺4㎝以上が最良」だとする郡山七二の見解を参考にしたものである。左Th1~Th3の高さの起立筋部、左乳根穴、左天池穴あたりに治療点を求めることもある。刺針すると、数分後から左胸部の苦しい感じがとれてくることが多い。

当院来院するのは非急性なので、現在では左右のTh1~Th5の短背筋筋膜まで刺入、5分程度の置鍼が中心となっている。短背筋筋膜のTP活性化すると、あたかも肋間神経痛のように痛みが回り込む(=放散痛)ということを根拠としている。


1)96才、男性(元開業医)


狭心症のたびたびの発作あり、冠状動脈狭窄もあることから、2年前に冠状動脈ステント手術をした。しかし左前胸部、左上背部に重圧感が時々生ずる。左前胸部全体と、左背部Th1~Th5の高さに撮痛を求める。これが心臓-体壁反射の反応だと解釈して、仰臥位・伏臥位にて反応点にそれぞれ5分間置針。すると直後から重苦しさが軽減。1週間後再来、以前の撮痛帯は大幅に軽減するも、今度は左C7~Th3の高さの上背部が凝るという。

この範囲に撮痛があり、同じ高さの棘突起直側に強い圧痛点があったので、棘突起直側刺を実施し、治療直後より症状軽減。
結局、上記症状は、出没を繰り返すが、鍼治療するたびに軽減する。患者自身も、心疾患発作の予兆を鍼灸で食い止められていると感じている。

 
2)46才、男性(会社員)

数年前から、時々動悸がする。ホルダー心電図をすると、1日数回期外収縮が生じているのが判明した。医師は心配しなくてもよいとうが、不安感が強いという。
別の針灸院に通院したこともあったが効果が実感できなかったというので、片道2時間かけて来院した。
左前胸部胸骨~乳頭線の間第3~肋骨下縁に撮痛を認めたので、数カ所に寸6#2で1㎝程度の置針5分間実施。左Th2~Th7棘突起の高さにある起立筋部の撮痛もあったので、反応点数カ所に1ン㎝程度の置針5分。さらに反応点の最も顕著な数カ所を選んでせんねん灸を実施。同部に毎日のせんねん灸(自宅施灸)を指示。
以来、2週間に1回程度来院。動悸の回数は1週間に数回程度と、大幅に減少している。

 

3)90才、女性

以前から左を下にして寝ると左胸部の苦しさを感じていた。医師から狭心症だといわれ、ニトロ舌下錠やニトロ貼布薬を頓服的に使用している。こうした薬を使うと、苦しさは減るのだが、完全になくなる訳ではなく、漠然とした苦しさがあるという。本患者は、つらくなると時々当院の針治療を受け、その都度数日間は、狭心痛から開放されている。

 

 

 

 

 

 

 


慢性気管支炎と気管支喘息に対する治喘の強刺激 ver.1.1

2022-05-21 | 胸部症状

2006-04-08 01:48:16

1.慢性気管支炎の概要

気管支炎には急性と慢性がある。ただし急性気管支炎は医療機関での治療が効果的なので、針灸で取り扱うのは慢性にほぼ限られてくる。なお慢性気管支炎の診断は、検査数値では決まらない。主訴が咳嗽・喀痰であり、「痰の多い状態が年(特に冬場に)に3ヶ月以上毎日あり、2年以上続く場合」と定義される。
慢性気管支炎の病態生理は、文字通り気管支の炎症で、気管の改変が起こり、気管支の粘液分泌過剰となる状態である。40才以上の喫煙者に好発。
なお慢性気管支炎・肺気腫・気管支炎は呼吸通路の狭窄による呼吸障害という点で共通性があり、一括して慢性閉塞性肺疾患(COPD)とよばれる。

気管支拡張症との鑑別:咳嗽・喀痰は気管支炎と同じ。多量の痰と血痰が特徴。慢性気管支炎は気管支全体の破壊なのに対し、気管支拡張症は中等気管支の変性拡張。
肺気腫との鑑別:老人男性の喫煙者に多いという点は慢性気管支炎と同じ。ただし肺気腫の主訴は息切れで、樽状胸郭を認める。肺の老化現象で、肺胞壁の破壊により、終末気管支以下の肺胞壁が以上に拡大し、縮まない状態。


2.気管支喘息の概要

気管支粘膜が炎症を起こして腫脹している状態がベースにあり、わずかな刺激で気管支痙攣と浮腫を起こし、咳・喘鳴・呼気性呼吸困難を起こす疾患。35才以下に多いのが外因性(アトピー性)で、35才以上に多いのが内因性(感染性)である。
内因性の方が難治である。

喘息様気管支炎との鑑別:本来が気管支炎であり咳嗽喀痰が主。しかし気管支からの粘液分泌増大し、喘息様の呼吸困難があるかのように見える。小児に多い。風邪の二次感染で生じ、治癒しやすい。(本症を小児喘息と判断して針灸を行うと、針灸治療成績が極端に上昇する誤りを犯す)

心臓喘息との鑑別:左心不全が進行すると左心に溜まった血液を拍出する力が弱まり、結果として肺鬱血状態になる。また血液中の水分が肺に浸出(=肺水腫)して息切れや呼吸困難が生ずる。とくに夜間は全身に貯留した体液が血管内に戻り、循環血液量が増えるので心臓に負担がかかり、夜間発作性呼吸困難を生ずる。この別名が心臓喘息である。心臓喘息は呼気吸気性呼吸困難であり、サラッとしたピンクの泡沫状痰を呈する。気管支喘息は呼気性呼吸困難を呈し、無色透明のネバッとした痰が出る。


3.慢性気管支炎と気管支喘息の現代医学的治療

両者とも対症治療となる。慢性気管支炎で、痰が出る時には去痰剤を、呼吸が苦しい時には気管支拡張剤を、熱がある時は抗生物質を投与。タバコをやめさせることが重要。気管支喘息は、気管支の炎症を抑え喘息発作を予防する目的で、必要十分な量の吸入ステロイドを使用。それでも発作が起きた場合には気管支拡張剤を使用する。


4.慢性気管支炎と気管支喘息の針灸治療

1)針灸の需要
慢性気管支炎を医療機関でも治すことは難しいが、コントロールは可能なので、針灸の需要はあまりない。一方気管支喘息に対しては、20年ほど前までは盛んに針灸が行われたのだが、現代医療の進歩により、吸入ステロイドを使用するようになってから、針灸来院患者は激減している。

2)針灸の方法
肺と気管支は副交感神経優位内臓であり、交感神経優位臓器と異なり、理論上は臓器関連のデルマトームに異常所見は検出できない。
副交感神経優位の時に症状が悪化する。現代医療でも症状増悪時に、気管支拡張剤(交感神経刺激作用)を使うように、針灸でも身体全体として交感神経優位にすることが治療となる。針灸治療は、交感神経緊張を緩める(=リラクセーション)のイメージが強いが、ここでの治療は交感神経緊張を亢める(=リフレッシュ)治療が必要となる。
たとえば入浴でリラクセーションには、ぬるめの湯に長時間つかるのがよく、リフレッシュには、立って熱いシャワーを短時間浴びるのがよい。また咳を鎮め、痰を排出させやすくする方法として背中を強打することは日常よく行われることである(逆に、悪心ある者に対して嘔吐を促すには背中をさする。これは副交感神経優位にして胃の逆蠕動を誘発させる)。
針灸も同様で、リラクセーションには伏臥位や仰臥位での置針法がよく、リフレッシュには太い針や熱い灸の短時間刺激がよい。

強刺激という立場から治療点はどこでもよいが、星状神経節を刺激する目的も兼ねて、座位にて大椎や治喘を刺激するのが適切である。具体的には中国針を用いての速刺速抜を何ヶ所か行い、灸ならば小豆第大の艾しゅ5壮である。淺野周氏は、温灸用モグサをつかっての透熱灸を推奨している(「北京堂」ホームページ)。

注意すべきは全体としての刺激量である。強刺激の治療は、あっさりと5分間程度で終わらせるべきで、これを越えると刺激量過多となる。治療直後は、よく効いて感謝されても、その晩に悪化して信頼を損ねかねない。これは新人針灸師がよくやる失敗でもある。

刺激を与えている最中は深呼吸をさせると促通効果が得られて治療効果が増す。喘息の誘発因子が肩こりのこともあり、肩こりのある者では、この治療も併用した方がよい。 

5.追加:大椎を冷やす道具(2022.5.21)

喘息発作時には大椎や治喘・定喘に強刺激を与える治療が効果的なことが知られている。喘息発作時は副交感神経優位状態であり、患者は起座位になると呼吸が楽になる(交感神経優位に誘導)することを患者が無意識的に自覚しているからである。老人に多いことだが銭湯で熱い湯船に入る際、その湯を桶ですくって自分の頸肩に何杯もかけたものだった。これにより交感神経優位に誘導すると熱い湯船に入ることができるようになる。

これと同じ理由で、暑い時期に涼む方法として、大椎あたりを冷やすことが知られている。ただ冷やすといっても冷やした濡れタオルでは、すぐにぬるくなってしまう問題があった。本日ネット検索をしていたら偶然に大椎あたりを冷やす装置(レオンポケット3)がソニーから発売されていたことを知った。板状の半導体熱電素子の一種であるペルチェ素子を使うもので、ある方向に直流電流を流すと、素子の上面で吸熱(冷却)し、下面で発熱(加熱)する。ただし冷却効率は低いのでワインクーラーにはよいが冷蔵庫に使うには力不足である。ペルチェ素子の金属板を直接ちょうど大椎あたりに接触させることで涼感を得るというアイデア商品だが、ソニーが販売しているので驚きだ。これも大椎刺激の効果にお墨付きを得た感じ。








気管支喘息に対する胸部夾脊速刺速抜

2010-12-14 | 胸部症状

1. 30年ほど前は、日常的に気管支喘息の針灸治療が行われていた。通院レベルでの気管支喘息は、針灸か効いた印象をもっているが、入院患者(肺性心)レベルになると、針灸はまず効果はなかった。それどころか何人かの入院患者で、喘息に加え肩凝りが強いというので、肩背部への刺激をやや強めにすると、その時は楽になったと喜ぶのだが、その晩に限って喘息発作が起こった。要するに、鍼灸の適応となる第1の条件は、軽症の気管支喘息ということである。


2.高岡松雄医師(故)は、著書『痛みの治療』(これは名著)の中で、気管支喘息患者発作時の治療として皮内針治療を実施した結果、同じ患者でも、効く場合と効かない場合のあることを経験し、「患者によっては、アレルゲンや感染によって発作が起こるのではなく頚肩部の筋のコリが発作の誘因になっている場合がある。コリを緩めることで発作が楽になることもある」と結論した。
 要する鍼灸の有効となる第2の条件は、頸肩のコリの合併であって、これらのコリが喘息の増悪因子となっている場合である。鍼灸は、アレルギーの機序や感染源に働きかけることはできないのである。


3.なお気管支喘息と肩凝りの関係は、たまたま両者が合併するのではなく、互いに悪影響を与える関係のあるとが指摘されている。ベースとしての気管支喘息→呼吸運動の際の骨格筋の運動性変化→喘息発作、という流れである。呼吸筋に緊張があれば、これをトリガーとそて喘息発作を誘発することがある。
呼吸運動の際の骨格筋の運動性変化とは、腹式呼吸(横隔膜主体)から胸式呼吸(肋間筋主体)の呼吸筋運動の変化、気管支の炎症による体壁反射、咳嗽の際の横隔膜の疲労などである。

 

4.気管支喘息患者の症例

先日、久しぶりに気管支喘息の患者(42歳女性)をみる機会があった。もともと喘息持ちであるが、ステロイド吸入をせず、漢方薬治療のみで加療中であること。今回は重い荷物を運んだことが誘因となって咳と呼吸苦の発作が起こったとのこと。頸肩のコリが顕著なことである。本患者はアトピー性皮膚炎を合併しているので、アトピー性の気管支喘息だろうと推定した。要するにこの患者には針灸がよく効くことを予想した。

治療は、西條一止先生の述べるように、交感神経優位に導く目的で、臥位にて寸6#2針にて前胸部、上背部、後頸部の速刺速抜。次いで座位にて肩甲上部で肩井あたりの速刺速抜。さらに座位にて左右治喘穴への米粒大灸7壮である。夜間喘息発作が起きたら、項~上背部に熱いシャワーを短時間浴びるように指示した(これは効果あった)。
この治療を3日連続で行い、喘息自体はやや改善した。しかし患者の満足度は今一歩で、夫は本当に鍼灸は効いているのかと本人に聞く始末。そこで治療4回目から、伏臥位にて胸椎夾脊Th1~Th5速刺速抜の深刺(骨に当たるまで)を追加し、肩井~天柱あたりを強く深く持続押圧した。それ以降、咳と呼吸苦は治まっている。治療時間は指圧を含めて20分間程度。

この症例は、胸椎夾脊Th1~Th5速刺速抜が手応えを感じた。この鍼は、胸部脊髄神経後枝を刺激しているので、上背部のコリに有効なのは当然である。肺・気管支は、副交感神経優位な臓器なので、起立筋や大胸筋上のコリとして反応は現れにくい筈である。本症例は肩背部の強いコリを合併していたので。上述の夾脊刺針を行ったわけである。夾脊で深刺したのは胸部交感神経節に影響を与える狙いもある。

 

 


心臓疾患もどきに対する督脈基本5穴灸治療

2006-04-12 | 胸部症状
1.虚血性心疾患と胸壁神経痛の相違点
 心疾患に対して針灸の適応はほとんどない。しかし左胸痛を訴える者は、虚血性心疾患よりも胸壁神経痛の場合の方が多いことが知られる。虚血性心疾患では、姿勢に関係なく突然発作が起こる。数分で痛み消失すれば狭心症、30分異常痛みが続けば心筋梗塞を考える。
 
 一方、胸壁神経痛では、何日も前から痛む、押圧すると痛む、体動で痛むなどと訴える。医者に行って検査するも、心電図は正常なので、心配ないといわれるのが通例だが患者は不安になっている。

2.胸壁神経痛の針灸治療
 後胸壁の知覚・運動支配をするのは胸神経後枝、前胸壁の知覚・運動を支配するのは胸神経前枝すなわち肋間神経である。患者の疼痛部位を把握したら、肋間神経痛の治療と同じく、脊柱点・外側点・胸骨点に10分間置針するとよい。最も効果的なのは脊柱点(起立筋隆起の中央)の脊柱寄りで、棘突起の直側または外方1寸の部で、後枝刺激や椎間関節刺激あるいは肋横突関節刺激になる。
 「数年来の痛みが施術直後にピタリと緩解する」ほどの効果が得られるのが普通である。

3.深谷伊三郎は間違いか?
 深谷伊三郎は著名な針灸家として広く知られている。深谷先生の著作は非常に多いが、ライフワークの一つに、「督脈基本5穴の施灸治療」すなわち身柱・神道・霊台・至陽・筋縮への施灸、各15~20壮を行うというものがある。この治療パターンの適応症として、心臓神経症や神経症性の高血圧などを挙げている。(「灸治療の臨床研究 名灸師の足跡」鍼灸の世界社)
 深谷先生の心臓神経症の定義とは、心季亢進・心臓部不快感あるいは疼痛・腹部圧迫膨満感・恐怖症としている。これでは胸壁神経痛と重複する部分が多い。現在の心臓神経症とみなされる症状は、「動悸息切れ時に生ずる胸痛であり、体動とは無関係に起こる」である。胸壁神経痛が督脈基本5穴で改善する理由は、前述した通りである。今から40~50年ほど前に発表されたものなので、やむを得ない面は相当ある。しかし間違いは間違いとして、後に続く者が是正していかないと、鍼灸古典の二の舞になってしまう。