1.なおさん注射
開業医の枝川直義(故人)は、筋緊張部位に希釈ステロイド希釈液を注射する方法で、さまざまな機能性の愁訴の治療にあたっていた。このことは、枝川が著した単行本「ドクトルなおさんの治療事典」や医道の日本記事「なおさん」(昭和59年1月号~昭和62年2月号に連載)で知ることができる。とくに後者の「なおさん」は、鍼灸師向けに、ユーモアあふれる文章で書かれていて面白く読める。
※「なおさん」は、治すのだ、という意味にも「治さない」という意味にもとれ、さらに直義という彼の名前と通ずるところがある。これも枝川のユーモアだろう。
2.頸部筋のコリがもたらす非整形外科症状
枝川が記した項部筋(頭半棘筋・頭板状筋)と側頸筋((前斜角筋・中斜角筋・肩甲挙筋など)の緊張がもたらす症状が多様なことには驚かされる。基本的には、これらの部の筋の圧痛の有無により最終的な治療点を決定している。
斜角筋といえば、胸廓出口症候群の一つである斜角筋症候群がよく知られているのだが、それに留まらず留まらず、非整形外科的症状を生ずることは興味深い。
個々に症状個々に対する治療点を整理するが、項筋をK、側頸筋をSと表記する。
1)耳鳴(一側性):K+S
2)くしゃみ、鼻水:K+S
3)鼻閉:K+S
4)咽痛・微熱:K+前頸部(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、輪状甲状筋、下咽頭収縮筋など)
5)口内炎:K+S+胸鎖乳突筋下顎部の前縁(顎二腹筋後腹か?)+その前方の頸筋(外頸静脈の走行部)
6)眼痛、コロコロ感:K+S+側頭筋+肩井穴付近の僧帽筋+肩甲間部筋
7)悪寒(発熱なし):K+肩甲間部筋
8)こじれた風邪症状:K+S+頸前方の諸筋
9)発作性の動悸:K+S+肩甲間部筋
10)期外収縮:K+S+左Th1~Th3背筋
3.斜角筋のコリを診る体位の工夫
枝川の使うのは、副作用が問題とならないほどの微量のステロイド希釈液であるが、やはりステロイドを入れた方が効き目があるという。鍼灸師は、これを真似できないが、筋を伸張状態にさせた状態で刺針するという促通法を併用することで、これに近い効果が出せると私は考えている。
項部の半棘筋や頭板状筋への刺針は、要するに天柱や風池から深刺するということで、これまでも数多く語られてきた訳で、この技法については、改めて記すまでもないだろう。これに対して、斜角筋への刺針法は、胸廓出口症候群としての神経絞扼障害のほかは、あまり注目されなかった。前・中斜角筋の図を示す。
この斜角筋を伸張させるには、トラベル著「トリガーポイントマニュアル」の伸張法が参考になる。斜角筋を診るには、後頸三角(僧帽筋、僧帽筋、鎖骨に囲まれた三角領域)を広げた方がよいので、トラベルは患側の手を尻の下に入れる体位の工夫をしている。その上で健側の手を頭に当て、患者みずから頭部を回転・側屈させて、前・中・後斜角筋を伸張させるという。
側臥位にすると斜角筋自体には刺針しやすいが、伸張状態にはできないので、トラベル図の方法が合理的になる。