AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

仙腸関節異常の病態生理と針灸治療技法の完成 ver.1.5

2024-11-07 | 腰下肢症状

私はこれまで、何回か仙腸関節刺針についてブログに書いてきた。これは10年以上にわたる学習と臨床の段階的成果なのだが、今振り返ると古かったり、同じような内容を別のところで断片的に書いていたりで、まとめて見ることも難しくなってきた。そこで今回は、仙腸関節刺針について、これまでの報告を整理する一方、過去の断片的内容を削除することにした。


1.仙腸関節異常の概念

整体やカイロの治療で、たびたび仙腸関節の異常が指摘されるが、整形外科ではあまり注目されていない。一部の医師の間ではAKA療法(エイケーエイ療法 Arthr oKinematic Approach 関節運動学的手法)または、博多節夫医師によるAKA博多法が行われている。AKA療法は仙腸関節の隙間を手で広げたり、関節面同士を辷らしたりすることで動かなくなっていた仙腸関節の動きを回復させるようにするものだが、術者自身の手指の感覚で微妙な力加減を要するもので、独学で習得することは難しい。当院にもAKA療法を受けたという患者がこれまでに何人か来院していて、その治療法で改善はなかっととのこと。結局AKAとても万能でないことを示唆するものとなっている。

仙腸関節の遊びは3ミリほどあり、少しグラついている状態が正常である。このグラつきは中腰姿勢で最も大きい。中腰姿勢で腰を捻ったりして異常な外力が仙腸関節に加わると、関節の遊びを越え、関節面は少しずれた状態で固定してしまう。古い雨戸を引っ張り出そうと変に力を入れた途端、雨戸は中途半端な位置のまま、動かなくなるのと同じ状態である。

2.症状

関節のズレた状態そのものは痛みをもたらさないが、間もなく周囲の筋や靱帯が異常興奮し、仙腸関節部に鈍痛を覚えるようになる。人によっては下肢の大腿部や足首に関連痛を感じ、むしろ関連痛部位を苦痛として感じる者がおり、診断を難しくさせている。

3.診断

ただし関連痛部位には圧痛所見はないこと。仙腸関節部に顕著な圧痛(これをワンフィンガーテストとよぶ)があること。静的腰痛(同じ姿勢を続けていると痛む)であることなどから、本症であることを推察できる。なおパトリックテストは正常であることが大部分なので参考にならない。
要するに神経学的に説明のつかない下肢症状とワンフィンガーテスト圧痛(+)であれば、仙腸関節機能障害を疑う。そして仙腸関節部を刺激して症状が改善することが治療的診断になる。



4.私の針灸治療の発展

1)初期:患側下の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針

脊柱骨盤模型で観察すると、仙骨腸関節は意外と深い処にあり、その関節刻面は台形になっていることを再発見した。骨盤背部から仙腸関節関節面に刺入するには、左右の上後腸骨棘と同じ高さにある仙骨棘突起を結ぶ直線の中点を刺入点とし、外下方に斜め45度方向に4~5㎝入すればよいことを確認した。なお鍼をその角度で刺入するには、患側を下にした側臥位またはシムス肢位で実施するのがやりやすいので、この方法で実際の仙腸関節機能障害を疑う患者に試してみた。

この刺針でうまく症状部に一致した再現痛が得られれば効果大だが、響かないことの方が多く、この場合には治療効果はほとんど得られなかった。


2)改良その1:患側上の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針

前記の方法でなぜ効かなかったのかを考えてみると、仙腸関節に力学的ストレスが加わらず、この周囲筋が緩んだ状態になっている処に刺針してはダメだと思い、今度は仙腸関節刺針に運動鍼を併用するため、患側上の側臥位で仙腸関節刻面(正確には骨間仙棘靱帯)への刺針(置針10分)に替えてみた。この体位で仙腸関節に入れるには、切皮した鍼を斜め上前方45度の角度で入れる必要があって、多少面倒だったが、慣れてくるとスムーズにできるようになった。

さらに所定の処に鍼先が達した後、患側(上になった下肢)の大腿前面を自分の腹に近づけ、そして遠ざける自動運動を10回実施させた。この時、仙腸関節は少々動くことになり、施術者は患者の動きに合わせて鍼を雀啄した。
この工夫により、治療効果は驚くほどになった。

 

 

 

3)改良その2:股関節屈伸自動運動から、股関節外旋運動への変更

仙腸関節の動きは、大腿前面を腹に近づける動作(股関節屈曲)よりも、側臥位で横になった大腿を立てる運動(股関節外旋)の方が、より大きいのではないかと考え、股関節外旋自動運動に変更した。「殿と踵を動かさないように固定し、膝を立てたり横にしたり」と説明して、患者の足首を押さえながら膝を立て、再び横に戻すという動作を指導するとよい。なお刺針自体は前記と同じである。
この運動方法に変更して、治療効果が改善したとは思えないが、前記の大腿屈伸運動は、当院のようにベッドが壁に寄せて設置している場合には、施術者側にもっと近づいて横になるように体位変更が必要となることあって、少々面倒だった。これが解消できたことは実地面で助かっている。


3)改良その3:後仙骨靭帯刺針(村上栄一・黒澤大輔両氏による)

十年ほど前、私はMPS研究会に入会していた際に知った技法を紹介する。
これまで主に骨間仙棘靭帯を、仙腸関節痛の原因としてきたが、最近になって仙棘靭帯よりも後仙骨靭帯の関与の方が大きいとの説が出てきた。これまでの自分のやり方で、十分な治療効果を得られてきたので、それ以上の刺針技法は不要だと思ったが、手持ちの切り札は多いに越したことがない。そこで後仙骨靭帯刺激に応じた手法を検討することにした。
骨間仙棘靭帯刺針で効果の薄い症例に対しては、やや後正中よりに斜刺し仙骨面にぶつけるような針をしてみたい。

ベッドの手前に立たせ、両手をベッドの上において、上体を30度屈曲位置で安静させる。仙腸関節上内方から斜め外下方に23Gブロック注射 針を入れて、骨間靱帯に入れる。痛みが症状部に放散すれば成功。この後に局麻液を注射する。



最近、2ヶ月来の左上殿部~大腿外側という症例を経験した。先ずは患側上の側臥位で2寸針を使って患側上の仙腸関節運動鍼法を行ったが、患部に響かせることはできず、治療効果も乏しかった。そこで今度は村上栄一・黒澤大輔両氏の立位前屈30度で、両手をベッドにおく姿勢で鍼灸鍼で刺激してみた。すると患部にズンと響かせることができ、症状も非常に軽減した。
    
立位状態前屈位で仙腸関節を刺激する方法は、仙腸関節周囲の筋や靱帯が張り詰めた状態にあるせいか、従来の私の方法に比べ、症状部に響きを与えやすい印象をもった。本法では2㎝ほど斜刺すると抵抗のある組織に当たるが、抵抗ある中を刺入していき、症状部に響きを得ることができれば成功である。   



最初は、立位前屈では、ベッドの横で、ベッド向きに立たせ、両手掌をベッド天板につけるように行ったのだが、これでは効果が劣った。ベッドに両手をつけさせるのではなく、ベッドは無関係で、できるだけ深く前屈させ、手は患者本人の膝~下腿にもってくるように変更した。この肢位にさせた状態で、患側仙腸関節に1㎝間隔で2寸#8中国針を3本刺入、雀啄10秒実施し抜針。このように刺針体位をマイナーチェンジしたことにより、つらかった腰仙部鈍重が、急激になくなるのだった。十年以上の試行錯誤で、ついに完成形に達したと思った。

 

6.仙腸関節矯正手法  

前述した鍼の技法は、仙腸関節に溜まった筋痙攣や疼痛を、針によって一過性に軽減するものであって、あくまでも対症療法である。本治法は、仙腸関節のズレたまま固まった状態を、ズレのない状態に戻すことであるが、仙腸関節の筋や靭帯を針で緩めている状態であれば、何かのきっかけでロックがはずれて正常に復しやすくはなるだろう。そのきっかけをつくるのが次の仙腸関節ストレッチ体操である。

1)左右の仙腸関節を開くための徒手矯正


 

仙腸関節を背面からみると、仙骨は腸骨にハの字型にはめ込まれている。仙腸関節は上体を前屈する(これを仙骨前傾とよぶ)と少し緩むので、前方(腹側)に動きやすくなる。また上体を反らす(仙骨後傾)ときつく噛み合うことになる。仙腸関節のズレの多くは、上体前屈時の仙腸関節が緩んで関節が動きやすくなった時に生ずる。

 

2)仙腸関節のひねり是正の徒手矯正

積極的に仙腸関節のひねりによるゆがみを矯正するには、健側下肢を引くようにベッドに載せ、下腹を突き出すような重心移動を行う。この姿勢を1回1~3分間保持する。(最初は1分間くらい)この場合、健側の右仙腸関節は締まる動きとなるが、左仙腸関節は開く動きとなる。

 


 

3)骨盤矯正ゴムベルト療法(商:リフォーマーベルト)

リフォーマーベルドはそれなりの効果があるが、XL・L・M・Sとい4種類のサイズが市販されていて、常時ラインアップを揃えておかないと肝腎な時に役立たない。送料の関係で不足分を一枚だけ買い足すことは割高になり、面倒なので当院では取り扱いを中止し、前述したような仙腸関節徒手矯正を行うことにした。どうしても必要な場合、患者自身ネットで注文するようにお願いした。


①生ゴムでできたバンドを、左右の上後腸骨棘を中心軸として覆うように巻きつける。
②腸関節の上に親指を入れ動かせる程度のきつさにする。
③肩幅程度に足を広げて立つ。腰を水平に、大きく円を描くようにゆっくり回す。朝晩2回、左回しと右回しをそれぞれ50回行なう。腰を回す時、膝をあまり曲げず、足を浮かさず回すのがコツ。運動時以外はゆるく巻いておいてもよい。就寝時はベルトをはずす。

 




 


坐骨神経痛における下腿部治療点の検討  ver.2.3

2024-06-18 | 腰下肢症状

1.坐骨神経痛における標準的な下肢治療穴

坐骨神経痛による下肢痛では、腰部の大腸兪や殿部の梨状筋部に圧痛点が出現することが多く、そのまま鍼灸の治療点となる。これは症状を腰殿下肢症状をもたらしている原発部なので当然である。 
それに加え、下肢症状部位の圧痛点にも施術することは、広く行われていることである。経絡派では、下腿前面は胃経、外側は胆経、後側は膀胱経、内側は脾経と腎経などと分類し、現代鍼灸派は、坐骨神経またはそ坐骨神経分枝の神経または神経支配筋を刺激することになる。一般的に使用する穴は次のようになるだろうが、なぜその経穴を選択するかとの問いに対し、圧痛硬結が好発する部だからという程度の回答で済ましているのが現状であろう。

1)大腿後側:殷門・承扶(坐骨神経)
2)下腿前側:足三里・上巨虚・条口・下巨虚(深腓骨神経)
3)下腿外側:陽陵泉(総腓骨神経)、懸鍾(浅腓骨神経)、丘墟(浅腓骨神経)
4)下腿後側:委中、承山、承筋(脛骨神経)
5)下腿内側:地機(脛骨神経)
※下腿後側症状と下腿内側症状は、ともに脛骨神経症状(神経痛または運動神経支配の筋緊張)を治療している。

 

2.神経狙いか、筋狙いか

問題となるのは、神経に刺針すべきか、支配筋に刺針すべきかという古くからある疑問である。知覚神経は上行性であり運動神経は下行性なので、腰殿部における神経圧迫は、下肢知覚神経症状を生ずることはないが、運動神経症状を生ずる。加茂整形外科医師は、臀部の坐骨神経ブロック点に刺針すると、下肢に電撃様針響が得られるのは、坐骨神経の知覚神経線維ではなく、運動神経線維刺激による下肢筋の痙縮であるという。これは現在注目をあつめているMPS(筋膜症候群)の考え方である。要するに下肢部の鍼灸施術は、神経狙いではなく、筋狙いでいくという方針が妥当だろう。となれば神経線維が筋へと枝を伸ばしている部、すなわち筋のモーターポイント部分が適切な治療点だといえる。
私の坐骨神経痛における下肢施術も、次第に神経を狙わず筋狙いになってきた。



3.腓腹筋への刺針 

下腿三頭筋は、腓腹筋内側頭、腓腹筋外側頭、ヒラメ筋がらなる。腓腹筋は、踵から膝をまたいで大腿骨までつながる2関節筋であり。足の底屈作用と膝関節屈曲作用がある。
腓腹筋刺針をするための多用する穴は、内合陽と外承山がある。

1)内合陽
代田文誌・倉島宗二・塩沢幸吉の3者が合議した上、新穴として定めた。委中穴の下方2横指に合陽穴を定め、その内方2横指の部。坐骨神経痛や膝関節症の場合の圧痛の好発部位だとしている(以上、代田文誌「鍼灸治療基礎学」)。本穴は腓腹筋内側頭上にある。脛骨神経末端が腓腹筋内側頭部に付着する部で、本筋のモーターポイントに相当する。

当時の解剖学的知識では、ここを座骨神経痛の治療穴と誤って解釈したのはやむを得ないが、内合陽の直下に坐骨神経(あるいはその分枝)はない。膝窩筋に対する施術であり、適応は膝窩筋炎の治療穴になる。膝立位にて膝窩筋を伸張させて施術すると効果的である。


2)外承山
承山の外方2横指で、筆者がよく用いる圧痛点である。腓腹筋外側頭のモーターポイントに相当し、臨床的意義は前記の内合陽穴と同じ。

 

 

4.ヒラメ筋への刺針 

1)ヒラメ筋と腓腹筋
ヒラメ筋は腓腹筋と同じくアキレス腱から分離し、脛骨と腓骨に直接つながっている単関節筋であり、足の底屈のみに働く。膝関節の非伸展時(腓腹筋が弛んでいる)に、足関節を動かすのはヒラメ筋の作用である。たとえば膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をしすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。
鍼灸臨床でヒラメ筋を緊張させた状態にして刺針するには、まず仰臥位でにして、股関節外転、膝関節屈曲で、大腿前面を腹に近づける姿勢にする。その肢位で、脛骨内縁の圧痛を調べると地機穴の硬結を指先に感じとることができる。

2)地機の取穴と意味

地機の取穴は、「内果上8寸で脛骨後縁の骨際」とある。下腿内側長を1尺3寸と定めるので、下腿内側を3等分し、ほぼ上から1/3の処になる。
股関節外転かつ膝関節45度屈曲位、すなわち一方の足底を他方のフクラハギ内側に付けた姿勢(パトリック試験をするその手前の姿勢)をさせ、曲げた下腿内側の反応を調べていくことにする。指頭は脛骨際を容易に触知できるが、地機の高さに相当する部だけは、筋肉が邪魔して骨がうまく触知できないことに気がつく。その筋肉は誰でもシコっていて、軽く押圧しただけでも非常に痛がる。

 

 

5.長腓骨筋への刺針、陽陵泉

総腓骨神経は膝窩尺側に下降(浮ゲキ・委陽)し、腓骨頭直下(陽陵泉)に回る。次に長腓骨筋を貫いた後、すぐに浅腓骨神経と深腓骨神経に分かれる。腓骨頭前下際で、この長腓骨筋部に陽陵泉をとる。陽陵泉刺針では総腓骨神経を刺激できるが、それでは足三里の用途と同じになるので面白みがない。

下腿外側の胆経沿いに響きを与えるためには、教科書陽陵泉(腓骨頭内下方)に取穴するのではうまくいかない。そこから1㎝足三里に近づいた位置を取穴してベッド面に直刺するとよい。これは長腓骨筋TPsに対する刺針と捉えることもでき、こちらの方が本命だろう。

 

6.短腓骨筋への刺針、懸鐘

外果の上方3寸で長・短腓骨筋前縁に懸鍾(=絶骨)をとる。長腓骨筋の代表穴が陽陵泉であれば、短腓骨筋の代表穴は懸鐘(別名絶骨)といえる。懸鐘の語意は踵骨を後方からみた形が釣鐘のようであり、それを吊す部という意味だろう。また指頭で擦上すると、今まで触知できていた腓骨が急に指に触れなくなる。このことをもって古人は絶骨と命名したのだろう。

指に触れなくなるのは、腓骨が短腓骨筋と長腓骨筋腱に覆われるからで、私は長腓骨筋腱の前縁で短腓骨筋中に懸鐘を定めている。この筋腱の下を下腿筋膜に覆われて腓骨神経が通過している。懸鐘に圧痛がみられるのは、坐骨神経痛の付帯症状である浅いわゆる腓骨神経痛時に多いが、下腿外側の下方で、懸鐘付近に限局しみられる例を最近経験した。これはおそらくインターセクション症候群(筋・腱が交叉する部の過使用にともなう癒着・炎症による痛み)だと思われた。なお治療自体は懸鐘あたりの圧痛点への刺針施灸で容易に改善に向かった。

 

 

 

 

 

 

7.足根洞窟、丘墟

外果の前下方の陥凹部に丘墟をとることになるが、正確な位置は明瞭ではない。しかし丘墟の「墟」という漢字は、くぼみのことなので、すなわち丘墟とは丘のくぼみの意味をすることから、筆者は、距骨と踵骨の間にある足根洞部に取穴している。この部に筋構造はないが、骨間距踵靱帯がある。 古東整形外科・内科のHPによれば、水色で示した部分に神経終末が集合しており、 「足の目」ともいわれるぐらい、地面から足に伝わる微妙な感覚をキャッチし、脳に伝えているということである。一般的には陳久性の足関節捻挫で痛みを生じやすい部である。 ただしその直下には浅腓骨神経が走行しているためか、浅腓骨神経の分枝である中間背側皮神経痛時には圧痛が出現しやすい。

 

8.前脛骨筋への刺針 

足三里~下巨虚 下腿前面脛骨筋上には胃経の、足三里・上巨虚・条口・豊隆・下巨虚といったツボが並んでいる。前脛骨筋は深腓骨神経が運動支配支配するが、深腓骨神経が前脛骨筋中に送る分枝は多数あって、上記経穴はどれもモーターポイントとして作用している。鍼灸臨床にあたっては、上記経穴を順に調べ、最大圧痛硬結点に刺針するようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


陰部神経痛の病態と現代鍼灸治療 ver.3.1

2024-06-03 | 腰下肢症状

1.陰部神経の解剖生理
  
陰部神経叢は第2仙骨神経~第4仙骨神経の前枝から構成されており、尾骨に向かって下降する。仙棘靭帯をくぐって大坐骨孔を出て、すぐに仙結節靭帯をくぐって小坐骨孔中に入る。

陰部神経はその後に、会陰神経、後陰茎神経(♂)、後陰唇神経(♀)、陰茎背神経(♂)、陰核背神経(♀)、下直腸神経、骨盤内臓神経などに分岐し、その運動と知覚を支配している。
陰部神経は、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動を支配しており畜便・畜尿時に漏れを防ぐ役割と、 排便・排尿時に意志により、大小便排出を我慢する役割がある。また生殖器を支配している。
肛門、外生殖器の皮膚知覚もつかさどっている。また陰部神経の末梢枝は下腹を上行するので、中極からの深刺では陰部に針響を送ることができる。これは膀胱炎や尿道炎の治療に用いられている。

2.陰部神経痛の原因と症状

原因:長く座っている。座っている姿勢が悪い。自転車によく乗る。出産。お尻を強打。

症状:慢性的な肛門の痛み、肛門の奥の痛み、会陰の痛み、性器の痛み、骨盤の痛み(尾骨も含む)


3.陰部神経刺針の適用と技法

 
1)陰部神経刺針の基本


患側上の側腹位。上後腸骨棘と座骨結節内端を結んだ中点をとり、その1寸下方に陰部神経刺激点をとる(三等分して、坐骨結節側から1/3とする方法もある)。3寸8番針で皮膚面に対して直刺し、陰部に響かせる(陰部に響かない場合、響くまで試行錯誤)。響かせた後、通常5~10分間ほど置針。

 

 

2)仙棘靭帯を目標にした陰部神経刺針

陰部神経が絞扼されやすい部の一つとして仙棘靭部で陰部神経が通過する部がある。
前述の「陰部神経刺針の基本的方法」の深刺直刺することで、仙棘靭帯あたりに鍼先を誘導できる。

 

3)陰部神経が内閉鎖筋を覆う筋膜を走行する際に通る陰部神経管(アルコック管)での絞扼
  
①病態


内閉鎖筋下方の内側に位置するトンネル状構造の組織をアルコック管という。陰部神経管内には、陰部動・静脈および陰部神経が通っている。陰部神経は生殖器に行く枝と肛門に行く枝に分かれるが、肛門に行く枝はアルコック管内を横断する。したがってアルコック管刺針は、肛門症状に適応するかもしれないが、生殖器症状(EDを含めて)に適応はないことが知れる。

アルコック管部自体に問題があるのではなく、内閉鎖筋が緊張を強いしてアルコック管が圧迫されて陰部神経の神経絞扼障害が起こりやすいとされている。 

 

 

 



高野正博医師(大腸肛門センター高野病院)は、このような肛門の奥が痛むと訴える患者に、直腸内指診をすると、圧痛ある索状の陰部神経を触れ、患者はその痛みがいつもの痛み症状と同じことを認めると記している。陰部神経痛時には、排便障害(便が出しにくい、残便感) が生じる例もある。本刺針は、骨盤神経(S2,3,4)の副交感神経症状である排便障害にも関与している。なおこれまで肛門奥の鈍痛は、肛門挙筋痛と考えられてきたものだった。また慢性前立腺の障害を疑われることもあった。

 

②肛門挙筋とアルコック管部への刺針 

3寸#8にて長強穴外方3㎝からの直刺深刺すると、肛門挙筋→内閉鎖筋部のアルコック管部あたりに至る。実際に何例か患者に使ってみたが、この刺針は、間欠性跛行症状に効果はないようだ。(脊柱管狭窄症による間欠性跛行には陰部神経刺針が効果的だが、持続作用はせいぜい1週間)。肛門奥の痛みに対しては、やや有効だという印象がある。やや有効というのは、初回来院時の症状よりも痛みは軽減したが、まだまだ肛門奧の痛みが残存している状態である。肛門奧の痛みは、どの医療施設でも決め手になる治療法がないので、鍼灸は今後の技術的工夫により、もっと有力な治療法となるかもしれない。いずれにしても肛門奧の痛みの病態生理が不明なので、今一つ自信をもって施術できないことが苦痛である。

肛門挙筋刺針に対しては、当初は赤ちゃんがオシメをかえる時の姿勢のように仰臥位で両下肢を腹に近づける体位(術者の胸で下肢に覆いかぶさる)をさせたが、この体位を持続させることは患者にとってきつく、羞恥心のあるものだった。最近では腹臥位でお尻を突き出す形(ジャックナイフ位)に変更し、施術に伴う苦労が大幅に減った。


椅座位で生ずる右大腿後側痛に、大殿筋トリガーポイント刺鍼が有効な例(85歳、女性)Ver.1.2

2024-05-11 | 腰下肢症状

1.症例(85歳、女性)

主訴:右大腿後側痛

現病歴:
当院初診15日ほど前から、思い当たる理由なく、右大腿後側痛が出現した。仰臥位時や立位、歩行時には痛まないが、椅子に座ると痛み出現し、我慢できないという。


理学所見:
症状部である大腿後側中央の殷門穴あたりに強い圧痛あり。坐骨神経ブロック点の圧痛なし。下腿から足部にかけての圧痛も目立たなかった。

当初の診断:
痛みが下腿にないこと、坐骨神経ブロック点すなわち梨状筋にも圧痛ないことから、ハムストリング筋の限局的なトリガーポイント陽性と判断。


初期の鍼灸治療:
側臥位で坐骨神経ブロック点・殷門・下腿坐骨神経走行沿いの経穴に刺鍼するも効果もないので、殷門付近の局所集中置鍼を行い、筋の完全弛緩目的で20~40分ほど置鍼してみたが、治療効果は術後1時間程度しか保てなかった。同治療を繰り返すと、徐々に効いてくるのではないかとも思って、1ヶ月間に20回この治療を行うも前進はみられなかった。


2.大殿筋トリガーへの針灸治療として

「痛みを再現する動作をさせて反応点を見出し、刺激する」という鉄則を思い出した。

ベッドに座らせると、やはり大腿後側でベッドに押し付けられる部が痛むというので、その姿勢のままやや患側殿部をベッドから浮き上がらせた姿勢をとらせ、大腿後側に指を差し込んで圧痛を診てみた。すると圧痛は大腿後側になく、承扶(殿部と大腿後側の境界)あたりにあった。要するに大腿後側痛は放散痛部位にすぎないらしかった。

承扶の圧痛を発現させた肢位で刺鍼することは難しいので、側臥位で再び承扶を押圧してみると圧痛はなくなっており、仙骨外縁に新たな圧痛を発見できた。
この仙骨外縁は梨状筋症候群で、しばしば圧痛をみることが多いが、今回の仙骨外縁の圧痛は単に下向きの力で押圧しただけでは発見できず、大殿筋起始部から仙骨外縁を強く押し付けるようにして初めて強い圧痛点反応となって把握できた。針も大殿筋起始から仙骨外縁にぶつけるように刺鍼し、やっと持続効果を得ることができた。


 

3.同様の症例に遭遇(62才、女性)

数年後62才女性で、3週間前から両側の下殿部が痛むとのことで来院。近くの整形を受診して座骨神経痛といわれ、湿布を渡されたが効果なかったという。
この時は、当方も経験を積んでいたので、直ちに大殿筋のトリガー活性症状であると診断できた。ただし仙腸関節部の圧痛も強く、仙腸関節機能障害も合併しているかと思えた。治療は、側臥位にて仙腸関節運動針を行い、側臥位で承扶あたりの圧痛点に中国針を手技針した。
これで症状は少し改善した。
大殿筋が緊張して収縮して痛むのだがら、大殿筋を伸張して施術するため、立位出できるだけ深く前屈する姿勢をさせた状態で、承扶あたりの圧痛点に軽い手技針を実施し、症状はさらに改善。承扶に置針した状態で静かに数歩歩行させるという運動針を行って抜針。これでほぼ症状消失した。

本症例を通して気づいたことは、2つある。
1)仙腸関節の圧痛は、仙腸関節機能障害だけでなく、大殿筋トリガー活性でも生ずること。このことは、上図を見れば、その通りの状況である。すなわち大殿筋のトリガーポイントは3箇所あり、①仙骨との付着部付近の中央(=仙腸関節部)、②座骨結節の後方付近(=承扶)、③尾骨下部付近(会陽)、であるという。
本例は、②の承扶に最大疼痛部があった。

2)大殿筋収縮している際の伸張痛は単に承扶に刺針するよりも立位前屈で行うと効果的であること。その立位前屈も、両手掌をベッドにおいて上体を支えるよりも、ベッド等を使わず、手を自分の下肢の方にもていき、深く前屈させた方が有効であることも実感した。後者の体位の方が、大殿筋を強く伸張されるからであろう。

 

 


グロインペインと針灸治療 ver.2.0

2023-05-13 | 腰下肢症状

グロインペイン症候群 groin pain  syndrome とは鼠径部痛症候群の英語名で、  groinとは「股間」のこと。

グロインペインはスポーツとくにサッカー選手に多く、ランニングやボールを蹴る動作で出現する。変形性股関節症では外殿部痛とともに鼠径部痛を訴えることがある。その一方で鼠径部痛の原因追求が難しい場合も少なくない。アスリートの鼠径部周囲に出現する慢性障害ということになるが、真の原因を特定しにくい。キック動作やランニングやなどの繰り返しの運動によって、鼠径部、股関節周辺、骨盤に機械的ストレスが  加わって痛みとなる。1~2ヶ月の安静で改善することが多いが、緊張が高い鼠径部の筋への押  圧刺激やストレッチだけでは改善しないこともある。

 

1.ドーハ分類

世界中の股関節専門家が2014年11月カタールのドーハにて提唱したgroin painの分類。

 

2.上前腸骨棘周囲の痛み(足のつけねの痛み)
   
股関節周囲の疼痛,ひっかかり、クリック可動域制限(外転、屈曲)など。股関節外旋筋には中殿筋と小殿筋があるが、小殿筋は大転子の前方に停止している。一方、大腿直筋の起始は右図のように3つに分岐していて、大腿直筋第3頭が小殿筋と連結している。
このことから外殿部痛を生ずる小殿筋の緊張は大腿直筋緊張に連動し、鼠径部とくに足のつけ根の痛みを生ずることが判明した。
  

 

針治療は、臥位にて小殿筋刺針および大腿直筋起始(髀関穴)に、対する刺針が効果的となる。髀関は下前腸骨棘で、縫工筋と大腿筋膜張筋の間にとる。下前腸骨棘は上前腸骨棘の下方1寸内方1寸の処にある。

 

3.鼠径部の痛み

変股症では、鼠径靱帯外1/3の処(=外衝門)にある腸骨神経ブロック点に圧痛をみる。この圧痛は腸骨筋の緊張を意味している。腸骨筋は、鼠径靱帯下を横断して大腿骨小転子に停止しているので、股関節と腸骨筋の間で摩擦されて炎症や癒着が起こりやすい。とくに腸腰筋が短縮している時、鼠径部痛をきたすことがある。        
鼠径部から腸骨筋に刺入するには、股関節にぶつかるまで深刺し、癒着を剥がすように局麻剤を注入するが、かなり力を入れないと剥がれなかった(木村裕明医師)という。これは腸腰筋膜下ブロックとよばれる方法である。(下図×印)   

つまり腸骨筋は、股関節との間で摩擦されて炎症や癒着が起こりやすい。とくに腸腰筋が短縮している時、鼠径部痛をきたすことがある。

 

 

 

4.恥骨外縁の痛み

股関節内転筋の主動作筋で恥骨外端から起始している。パトリックテストの肢位をすると、隆起してつまみやすくなる。股関節外転不十分な者に対して、陰廉や足五里から刺針して長内転筋を弛めると、外転角が増す(あぐらがかけるようになる)ことが多い。大腿内側に刺針する時、患側下の側臥位で健側の膝を立てた肢位で行うと、経穴上鍼響きを与えやすいようだ。治療ポイントは主に長内転筋で、足五里や陰廉など。

  

 

 



 



  




 

 

 

 


<下肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.2.1

2021-07-11 | 腰下肢症状

柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」には、下肢内側の病の鍼の記載がないが、現代鍼灸での方法を説明することにした。


1.大腿内側痛の概要 


1)大腿内転筋の解剖

大腿内側には次の5つの大腿内転筋群がある。すなわち恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋であり、いずれも閉鎖神経支配である。なお閉鎖神経とは、腰神経叢から起こり、骨盤の閉鎖孔を貫通して大腿内側の皮膚と大内転筋の運動を支配している。

 

 

2)閉鎖神経痛の治療

L4棘突起下外方4寸で腸骨稜上縁に力鍼(りきしん)穴をとる。ここからの腰椎突起方向への深刺で腰神経叢刺激になる。閉鎖神経(L2~L4)は腰神経叢から出る枝なので、理論的には深刺で、大腿内側に響かせることができる。健常者でこれを再現することは難しいのだが、閉鎖神経痛患者では、本神経が過敏になっているので、
理論的には可能である。


3)大腿内転筋の筋膜痛

5種類の大腿内転筋のうち、とくにどの内転筋が緊張しているかをまんべんなく押圧して調べる必要があるが、患側を下にした側腹位で、押圧すると圧痛が捕まえやすくなると思う。(少し強く押圧するだけで患者は非常に痛がるので注意)

①大腿内転筋で、最大の筋力をもつのは大内転筋である。
→陰包付近の圧痛を調べる

 

②長坐位で開脚し、上体の前屈を行うと、大腿内側恥骨寄りに太く隆起した筋緊張を感じる。これは長内転筋である。

 

この筋を緩めるには、局所である足五里や陰廉などに刺針したまま運動鍼を行うとよい。具体的にはパトリックテスト肢位で刺針し、股関節の内転外転運動を行うようにする。


2.閉鎖神経痛の症例(57才、男性)

主訴:左大腿内側痛
現病歴:
元来健康だったが、2週間前、自宅でエアロバイクのペダル漕ぎトレーニングをやり過ぎたせいか、左大腿内側に痛みを感じるようになった。私のブログ<グロインペインの鍼灸治療>を読み、これかもしれないと思って当院来院した。職業柄、日中は立ち仕事をしている。
所見:左大腿内転筋群と内側広筋上に圧痛あり。同範囲の撮痛も陽性。鼠径部に圧痛なし。
      立位で腱側の下肢を床から挙げ、患側のみで立つと、ふらつき、膝折れする。
アセスメントと治療:
 ①鼠径部周囲に圧痛がないのことで、グロインペインを否定。
 ②圧痛は左大腿内側中央に広がる→大腿内転筋群の筋膜症。   
   治療は、患側下にしたシムズ肢位で、大腿内側圧痛点数カ所に置針5分。
  (この肢位にすると大腿内側圧痛を把握しやすい)
  ③立位患側片足立ち困難→ シムズ肢位で左大腿四頭筋とくに内側広筋の筋膜症。
  症状をもたらしているのは大腿内転筋だが、内側広筋まで影響を受けていることによるのだろう。
    治療は、仰臥位股関節屈曲かつ膝関節屈曲位置にして四頭筋伸張肢位にて血海・下血海に置針。 (この肢位で四頭筋刺激するとⅠb抑制され、反射的に筋弛緩できる)
治療効果:
 治療直後は、いくらか痛み減少した程度。3日後の再診時もいくらか症状軽くなった程度。

第四診
  大腿内転筋と内側広筋への刺針は前回通り。  
 大腿内側にラケット状に知覚過敏(=撮痛陽性)があること、大腿内転筋群は閉鎖神経支配なことから、閉鎖神経興奮を考えた。閉鎖神経は腰神経叢から起こり、大腿内転筋を運動支配するとともに、大腿内側の皮膚知覚を支配している。今回の症状は、ペダル漕ぎ運動で内股に刺激を与えすぎたせいだろうか。
 

治療:
閉鎖神経は、腰神経叢の分枝なので腰神経叢刺激として外志室刺針を実施。
この結果、症状は半分以下となっている。
局所である大腿内側の大腿内転筋刺激が効いたのか、大腿内側の皮膚刺激が効いたのか判然としないが、大きなカテゴリーでは閉鎖神経症状になっている。
 
※閉鎖神経の筋支配ゴロ:「閉鎖病棟、大胆!町内で外泊」
閉鎖病棟(閉鎖神経)、大(大内転筋)胆(短内転筋)、町内(長内転筋)で外(外閉鎖筋)泊(薄筋)

 

他の治療の検討:

本症例では実施していないが、閉鎖神経の神経絞扼障害部位が閉鎖孔を貫く部位だとすると、この部に鍼先を誘導しなければならないだろう。それにはシムズ肢位にて、3寸#8を使い、坐骨結節の内端を刺入点とし、骨の内面に沿わせて深刺する。鍼は仙結節靭帯を貫通し、内外閉鎖筋・閉鎖膜中に入れることは可能である。

 

3.中殿筋トリガーポイント由来の大腿内側痛(67才、男性)

2年前から右下半身に力が入らず、坐位→立位の際、立ち上がるのが困難になった。疼痛は右大腿内側なので、閉鎖神経痛を疑い、外大腸兪や腰宣へ置針するも、深部に筋硬結を見いだせず針響も得られなかった。やむを得す低周波通電をするも効果なし。第2診でも同様の治療を行うも無効だった。
第3診目で、大腿内側痛は腰部ではなく臀筋からくるのかもしれないと思い、大殿筋・中殿筋・小殿筋のトリガーポイントの放散痛図を改めて見てみると、中殿筋の放散痛は大腿内側にも生じていることを発見。患側上の横座り位にて、中殿筋に深刺すると、筋の硬いコリを感じ、また大腿内側に放散する針響も得られたので、抜針。直後から立ち上がりが楽にできるようになった。

 

 

 


「秘法一本鍼伝書」②<下肢後側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.1.1

2021-03-03 | 腰下肢症状


1.「秘法一本鍼伝書」下肢後側痛の鍼(力鍼と裏環跳)

1)取穴法 
伏臥にさせ、腸骨稜上縁を外方から脊柱の方に指でなでると腰斤と接する処に浅い陷凹を感ずる。この部はおよそ脊柱から四寸のところで、指に左は∟の反対の形に、右は∟形に脊柱の両側にある筋状硬結物に突き当たる所がある。此の部を強く按ずれば陷凹がある。これをA穴とする(昔は力鍼穴といった)。

また小野寺氏の十二指腸胃潰圧診点に該当するところ所謂裏環跳穴をB穴(裏環跳穴)
とする。脊柱から八寸位の処である。
※小野寺氏十二指腸胃潰圧診点:上前腸骨棘と上後腸骨棘の中点から下方3㎝の処
                                          

 

2)用鍼 
3寸の3~5番の銀鍼または2~3番の鉄鍼を用いる。

3)患者の姿勢 
患者をして伏臥せしめ、ザブトンを鎖骨部に敷き、これに軽く胸をつけしめ、上肢は緩く上方に曲げながら伸ばす。又は両拳を重ねてこれに前額をおく。両足は正しくのばし、全身いずれのところにも力を入れさせぬようにする。口を半開きにし、呼吸は口でするようにする。

4)刺鍼の方向 
A穴の刺入方向は脊柱と四五度くらい、皮膚と三十度ないし四十度くらいの角度で刺入。鍼尖が骨に当ったならば、それは真穴に当っていないので、刺鍼転向する。真穴に当れば足先まで響く。
B穴は鍼尖を内上方に向ける。これも骨に当るようでは深すぎると知るべし。皮膚との角度はA穴とほぼ同じ。

5)技法 
刺入した鍼を静かに進退動揺させながら刺入する。A穴では骨の上側、B穴では内側に向くようにする。鍼響が大腿後側に響くのが普通。

6)深度
二寸から三寸に硬い所から軟らかいところに達する。

7)注意 
鍼響があったら、手で合図するように患者に言っておく。応用は広く、坐骨神経痛、膝関節リウマチによる膝膕部の疼痛、冷湿による大腿後側強剛感、腓腸筋痙攣、脚気等。補助法として、殷門穴、浮?穴、委中穴、下委中穴、後中?穴には散鍼する。

 
2.現代鍼灸からの解説

1)A点(力鍼)

 

力鍼(りきしん)穴は、L4棘突起下外方4寸で腸骨稜上縁にある。腰方形筋上に位置する。なお腰方形筋は腸骨稜と腸腰靭帯に起始し、第12肋骨とL1~L4の椎体の肋骨突起に停止する。

力鍼穴から斜め内側に2~3寸深刺すると、腰方形筋をかすめて大腰筋に入れることができる。大腰筋刺針を行うには、普通は伏臥位にてL4、L5椎体棘突起の外方3寸(腸骨稜縁)からの内方に向けて深刺して大腰筋中に刺入するので、力鍼穴刺針そのものだといえるが、大腰筋刺針をするための患者体位は、患側上の側腹位で患側大腿を腹に近づけるよう、股関節と膝関節を屈曲させると、大腰筋が触知しやすくなる。大腰筋刺針では腰神経叢を刺激できるので、腰神経叢を構成する神経枝支配領域への鍼響を送ることができる。

 

腸腰筋トリガー活性化すれば、腰部・鼠径部~大腿前面に放散痛が出ることが知られている。腰神経叢から起こる閉鎖神経を刺激すれば、大腿内転筋群の緊張や大腿内側皮膚の知覚に刺激を与えることができるが、確実性に乏しい。なお力鍼刺針では仙骨神経叢を刺激できないので、下腿に至る針響は得られにくい。得られるとすれば仙骨神経叢に波及するほどの、腰神経叢の強い過敏性があるある場合であろう。  

 

 2)B点(裏環跳)

裏環跳とは、中国式環跳の位置でもあり、と同時に坐骨神経ブロック点の位置でもある。
大殿筋を通過して梨状筋を刺激し、梨状筋走行下の坐骨神経走行領域に広汎な針響を送ることができる。

 

 

座骨神経ブロック点刺針時の体位は、次のように梨状筋の緊張を伸張させた体位(シムズ肢位)で行うと針響が得られやすい。

 

3.ハムストリング筋緊張もしくは小殿筋緊張による大腿後側痛

大腿後側に限局する運動時痛であれば、単純にハムストリング筋(=大腿二頭筋長頭や半膜様筋)の緊張による痛みが最も関係する。もし大腿後側だけでなく下腿症状もあれば梨状筋症候群や坐骨神経痛を考え、坐骨神経ブロック点刺針を行うのが普通である。

ハムストリング刺針に際しては、伏臥位で大腿後側の筋緊張部に刺針し、膝関節屈伸運動を5~10回行わせるとよく効く。これで効果ない場合、大腿後側痛は小殿筋放散によるものと判断し、側臥位にて大転子上方1~2寸から3寸#8で深刺し、シコリに当てる。この時、大腿後側の症状部に響けば良い効果が得られる。

これで効果ない場合、小殿筋放散に由来することも考え、側臥位にて小殿筋Ⅱ対して3寸#8で深刺し、シコリに当てる。この時、大腿後側の症状部に響けば良い効果が得られる。


腰部神経根症に対する大腰筋刺針と坐骨神経刺針 ver.1.3

2020-10-11 | 腰下肢症状

本タイトルは2006年6月23日に投稿したものだが、現時点の常識に合わせ、少々改変して報告する。

1.腰部神経根症の概念
臨床的にはL5S1L4(多い順)神経根の圧迫により下肢の痛みや知覚鈍麻を起こしている病態。神経根圧迫の原因としては20~40才では腰椎椎間板ヘルニア(線維輪の膨張や髄核脱出)によるものが多い。高齢者では変形性脊椎症(骨棘による神経根圧迫)によるものもある。

2.診断
L5やS1の神経根症であればSLRテストで60度以内で、疼痛は下肢に放散する。L4の神経根症の頻度は非常に少ないが大腿神経伸展テストで大腿部に痛み放散する。ほかにデルマトームに従った知覚鈍麻が出現。

3.病態生理
坐骨神経は混合性神経である。この神経が腰部や殿部のヘルニアや筋により圧迫され、神経絞扼障害を起こすと考えられていた。しかし運動神経は下行性で、知覚神経は上行性なので、腰殿部で坐骨神経の知覚成分を圧迫しても下肢には痛み症状は出現しない。ゆえに坐骨神経痛症状を呈しているのは、運動線維成分が下肢の運動支配筋 (前脛骨筋、長短腓骨筋、下腿三頭筋など)を緊張させ、それぞれの筋が二次的に筋膜症を生ずるとみなされているようになった。これがMPSの考え方になる。
ゆえに腰殿部筋のコリを緩めることが本質的な価値をもつ治療へと見方が変化した。


4.鍼灸治療
基本的には下記の1)または2)の施術が効果あって無駄がない。1)は腰痛+臀痛+下肢痛の場合で、2)は腰痛ななく、臀痛+下肢痛の場合である。

1)大腰筋・腰仙筋膜刺針
L5やS1の神経根症の症状は坐骨神経痛が出現する。坐骨神経痛は仙骨神経叢(L4~S3前枝)の主要枝であるから、L4やL5の神経根部に刺針することは、高い技術が必要だが理論上は可能である。このような神経根刺針は、直後の治療効果は別として症状改善に寄与するかは疑わしい。腰部筋で坐骨神経の近傍にあるのが大腰筋と腰仙筋膜で、これらに対する刺針(シムス肢位にて行う外志室深刺)により症状部に一致した響きが得られれば、効果大になる。大腰筋に入れるか、腰仙筋膜に入れるかは、術者はコントロールできないが、効果の違いはさほどないと思っている。

※上図で、腰方形筋と大腰筋の接触部あたりに閉鎖神経と大腿神経が描かれている。この2つは腰神経叢の主要枝で、閉鎖神経は大腿内側の皮膚と筋を知覚・運動支配し、大腿神経は大腿外側~中央の皮膚と筋を知覚・運動支配している。すなわち大腿の外・前・内側の症状は外大腸兪の深刺で改善することがあることを示している。閉鎖神経痛と大腿神経痛は同時に起こることもある。

2)梨状筋刺針
殿部の最大圧痛点である坐骨神経ブロック点(中国の環跳穴)への置針、それに下肢症状部への置針(パルス鍼でもよい)で10~20分間を行う。すると数日間は良好な状態に保てることが多く、この効果を持続する目的で下肢症状部への自宅施灸を行わせる。
坐骨神経ブロック点刺針:側腹位(シムズ肢位)で実施することが重要。上後腸骨棘と大転子を結んた中点から、3㎝直角に下した点を刺入点とする。2.5寸#5~#8の針で直刺、電撃様針響を下肢に与える。



あえて少しずらして坐骨神経傍の梨状筋に刺針することで電撃様針響をあたえない方法もあって、両者間には治療効果の差はない。しかしながら、響きに過敏な者では電撃様針響は受け入れられない一方、電撃様針響を与えないと鍼灸師の技術が低いとする思い込みの患者もいるので、患者の好みの問題だといえる。


5.患者指導
神経根症は安静が非常に重要である。安静にすることで、次の効果が生まれる。

①局所の炎症が治まることで浮腫も消退して、神経圧迫の程度が軽減する。
②長期的には自ら神経根部の神経が位置を変化させることで、神経圧迫の度合も軽くなる。
③白血球がヘルニアを貪食する。

3週間の安静でもあまり改善しない場合、手術も考慮するが、実際に手術に至る例は100例中数例にとどまる。
腰椎神経根症では、下肢の知覚鈍麻を訴える例も多いが、知覚鈍麻に特化した治療というものはなく、痛みを軽減することで次第に知覚鈍麻も軽くなることを期待する。ただし痛みよりも知覚鈍麻は治しにくい。


「秘法一本針伝書」①<下肢前側の病の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.1.1

2019-03-18 | 腰下肢症状

「秘法一本鍼伝書」は、柳谷素霊自身の臨床経験に裏打ちされた治療技法を集めたものである。古典派の大御所でありながら、古典理論に基づいていないという意味で、現代鍼灸派にとっても研究対象となると考えている。平易に書かれているが、奥深い内容をもっている。ある程度実力のある者は、自分のやり方と比較することで、勉強になる点を多々発見するだろう。これまで本ブロクでも部分的には取り上げてきたが、内容は不十分である。
このたび「秘法一本鍼伝書」の中から、<下肢後側痛の鍼><下肢外側の病の鍼><下肢前側の病の鍼>の3項目を取り上げ、3回シリーズとして現代鍼灸の立場から検討していくことにした。

※「秘法一本鍼伝書」は1959年に医道の日本社から出版されたが、長期間絶版状態になった。しかし2013年9月8日に(学)素霊学園から再版された。

1.「秘法一本鍼伝書」下肢前側の病の鍼(居髎)
(読みやすくするため、現代文のように若干文章を変えた)

1)取穴法
上前腸骨棘の最前側端に2本の腱様の硬結線状がある。外側のものは太く、内側のものは細い。その2筋の間を指頭で下圧するように押さえると陥没するところがある。これが本穴の居髎穴である。
※居髎は、教科書では上前腸骨棘と大転子を結んだ線上の中点にとる。大腿筋膜張筋中になる。

2)用鍼
3寸で2~5番の銀鍼、あるいは2~3番の鉄鍼

3)患者の姿勢
両足をのばして力を入れ、上体が動揺しないようにさせる。こうすれば前記した太い筋と
細い筋の間の陥没がますます深く顕著に指頭に感ずるものである。

4)刺針の方向
上前腸骨棘に鍼体を接触させながら、上方より下方に陥没の中央を目標に刺入する。すなわち腹壁に沿うようにして刺入する。

5)技法
鍼を静かに上下しつつ、進退動揺させながら刺入する。最初手に鍼尖のさわりが軽く感じるが、漸次硬物にあたるような感じがある。ニョロニョロするものに当たると鍼響があるものである。この鍼響が下肢前側に響くと効果ある。
細い筋との間の陥没がますます深く顕著に指頭に感じる。

6)深度
おおよそ2寸内外である。ただし皮膚に鍼尖を接したのみでも鍼の響きあるものもある。7)注意
もし響きがないときは鍼をゆるやかに上下させる。あるいは刺針転向法を行う。
なお膝中痛み、あるいは力のない時には鍼尖を膝蓋の中央に入れるようにして刺入する。補助鍼として、痛みには瀉法、力ない時には補法の鍼をする。


2.現代鍼灸からの解説

上前腸骨棘の最前側端には外側に大腿筋膜張筋腱、内側に縫工筋腱がある。
この腱間を潜るように深く押圧すると大腿直筋がある。押圧部あたりは大腿直筋のトリガーポイントに相当し、大腿前面~膝蓋骨に痛みを生ずることが調べられている。

 

 

 刺針して大腿に響きを与えられない場合、所定の鍼を刺入したまま大腿直筋のTPを活性化させるために、患側大腿を少し挙上させて大腿直筋を緊張させた姿勢を保持してもらい、鍼の上下動の雀啄を行うと所定の響きを与えやすい。

上記の居髎刺針の深さは、2寸内外だが、「皮膚にと鍼尖を接したのみでも鍼の響きあるものもある」とも書かれている。これは縫工筋緊張により大腿外側皮神経が絞扼された結果だろう。

 

「膝中痛み、あるいは力のない時には鍼尖を膝蓋の中央に入れるようにして刺入する。補助鍼として、痛みには瀉法、力ない時には補法の鍼をする」との記載が文末にみられる。この技法と同様な意図(四頭筋緊張を緩める目的)で現在私が行っているのは、膝蓋骨直上の大腿直筋刺針で、鶴頂穴刺針になる。仰臥位膝屈曲位で、あらかじめ四頭筋を緊張させた状態で刺針するのがコツである。この技法は、すでに触れた。


「秘法一本鍼伝書」③<下肢外側の病の鍼>の現代鍼灸からの検討

2018-08-13 | 腰下肢症状

1.「秘法一本針伝書」下肢外側の病の鍼(環跳)

1)取穴法
患側を上にした側腹位で、なるべく腹壁に大腿をつけるようにする。上前腸骨棘の外下方で曲がり目に太い筋がある。この筋の後側にゴリゴリするところがある。ここを指で押さえると大腿の外側に響く処がある。これを環跳穴とする。

2)用鍼
3寸の2番ないし5番の銀鍼、あるいは2番ないし3番の鉄鍼をもちいる。

3)患者の姿勢
前記した体位にせしめて取穴。患側の膝頭を両手で抱き、腹壁につけるようにすればなおよい。

4)刺針方向
皮膚に対して直刺。

5)技法
刺入した鍼を静かに状芸に進退動揺させながら刺入する。

6)注意
全身に力を入れ息を吸いこみ、そのまま止めて息を腹に貯えるようにする。かつ口を閉じ、鍼の響きがあれば直ちに抜く。下肢後側が痛み場合と同じ。
補助法として、丘墟穴、外丘穴、中涜穴に刺針する。


2.現代鍼灸からの解説 
 
ブログ「大腿外側痛の針灸治療」参照。本ブログと内容が一部重複している。
 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/03c8b1fc1f9c88bc3814afbb3daad2a8

環跳の位置は現代でも2通りある。素霊の下肢外側の病の鍼の「環跳」は下記①の方法による。

①側臥位で股関節と膝関節を屈曲。その時できる鼠径部横紋の外側、大転子の前上陥凹部にとる(学校協会テキスト)、
②側臥位、大転子最高点と仙骨裂孔を結ぶ線を三等分し大転子から1/3の陥凹部にとる(韓国の標準テキスト)。

 
素霊の環跳刺針では、では中殿筋が伸張されて筋トーヌスが高まっている状態で中殿筋中に刺針できるので、針響が生じやすくなる。
中殿筋は、基本的に股関節外転筋で、大腿骨頭を骨盤に引きつけて歩行を安定させる作用がある。

本筋の緊張では腸骨稜に沿う痛み他に大腿外側に放散痛を生じる。
また中殿筋の深部には小殿筋がある。その機能は中殿筋に準ずるが、小殿筋放散痛は大腿後側にとどまらず、膝関節を越えて下腿後側や外側まで生じるという特徴がある。
つまり症状が大腿外側までならば中殿筋を、膝を越えて下腿にまで及べば、さらに深刺して中殿筋の奥の小殿筋にまで刺入するとよい。

 

 

 

 

 

 

 


 


大腰筋性腰痛の症状と鍼治療 ver.1.1

2018-06-04 | 腰下肢症状

1.腸腰筋の基礎知識
    
大腰筋とは、大腿骨から腰椎のそれぞれ全部の間に走る筋で、腸骨筋は骨盤から大腿骨の   間に走る筋。腸骨筋は走行途中で大腰筋と同じの束(腱)になり大腿骨に付着しているので、2筋合わせて腸腰筋とよばれる。

起始:浅頭は第12胸椎~第4腰椎までの椎体および肋骨突起。深頭は全腰椎の肋骨突起。
停止:大腿骨の小転子、支配神経:大腿神経,作用:股関節の屈曲(大腿の前方挙上)

 

 2.腰神経叢症状を生ずる腸腰筋緊張

腰神経叢はL1~L3脊髄神経前枝で構成されるが、腸腰筋中を走行しているので、腸腰筋が緊張すると腰神経叢症状を生ずることも多い。具体的には大腿前面、大腿外側痛、大腿内側痛を生ずることがある。また腸腰筋停止部は大腿骨停止部なので、鼠径部から大腿小転子部の痛みを生ずることがある。

3.大腰筋性腰痛の症状
   
①Th12~L5の脊柱傍の痛み(腸骨稜に圧痛なし)
②大腿痛とくに鼠径部、大腿前面の痛み
③大腿骨小転子付近の圧痛
④大腿挙上困難
⑤中腰姿勢が痛み少なく、無理に上体を起こすと腰痛増悪(腸腰筋伸張痛)
何らかの原因で、大腰筋の持続的過収縮が生じると、中腰姿勢となる。中腰姿勢が続くとバランスをとるため、二次的にアウターマッスルである腰背筋の収縮をきたし、腰背筋の筋々膜痛としての症状を呈するようになる。
⑥朝起きたときに痛むことが多い。←持続収縮状態にある腸腰筋を、上体を起こすなどして無理に伸張した。
⑦背腰筋緊張状態の合併がない場合、腰部起立筋に顕著な圧痛はみられない。

 

4.大腰筋刺針(似田) 
    
伏臥位にてL4、L5椎体棘突起の外方3寸(腸骨稜縁)からの内方に向けて深刺して大腰筋中に刺入する方法が一般的である。

 

だが、筆者はそれを側腹位で実施している。この方が大腰筋を触知しやすく、刺針も容易になる。側腹位、3寸#5~10の針を用い、ヤコビー線の高さで、起立筋外縁を刺入点とし、椎体横突起方向に7~8㎝刺入する。針先が患部へ響くと、ズーンと重く響くような感覚が腰全体に広がる。大腰筋を包む腰仙筋膜深葉が刺激された結果である。
       
側腹位で大腰筋が触知しづらい場合、上になっている側の大腿部を自分のお腹に近づけるよう、強く股関節を屈曲させるようにすると、さらに大腰筋を触知しやすくなる。
  

5.大腰筋刺針アドバンス(大腰筋を緊張した状態にしての刺針)
     
大腿を挙上しづらいという訴えに対し、立位で踏台に患足を乗せた姿勢にする。その姿勢を保持した状態、上述の大腰筋刺針を行う。ときには置針した状態で、健足を少々宙に浮かせ、患足に全体重をかける。その状態にして、すでに刺入してある大腰筋刺針を軽く上下に動かすと、大腰筋が硬く緊張するのを刺手に感じとることができるので、雀啄手技を加えて抜針する。

 

 


 


殿部深部筋のMPSと坐骨神経痛

2017-05-05 | 腰下肢症状

筆者は、2011年3月28日に「梨状筋症候群の針灸治療」とするブログを発表したが、内容的に古くなったので、「殿部深部筋のMPSと坐骨神経痛」とのタイトルに変更して内容を刷新することにした。ブログ「梨状筋症候群の針灸治療」は削除した。


1.殿部深部筋筋膜症と坐骨神経痛 

これまで緊張した梨状筋が、坐骨神経を圧迫刺激し、坐骨神経痛を現す病態を梨状筋症候群 とよばれてきた。しかし臀部で坐骨神経を圧迫しても坐骨神経の知覚成分は上行性なので下肢痛 をもたらさない。ゆえに梨状筋下あたりの坐骨神経周囲の筋膜(fascisa)の緊張が、下肢への放 散痛をもたらしたと考える方が、実際的である。
   
2.梨状筋症候群

1)骨盤外旋筋と梨状筋症候群

骨盤深層には梨状筋・内閉鎖筋・上双子筋・下双子筋・大腿方形筋・外閉鎖筋という6個の 股関節外旋筋がある。これらは股関節骨頭を安定させる働きがある。
これらの筋膜症により坐骨神経の下肢症状をもたらすものは、梨状筋が有名である。これは梨状筋筋膜症による症状である。

※梨状筋:骨盤部深部筋の一つ。第1~第4仙骨孔を起始とし大転子に停止。仙骨神経叢支配。股関節外旋作用。

 


2)梨状筋症候群の診断

本診断をつけるには、神経根症状がないこと、腰痛がなく臀下肢症状のみのこと、Kボンネットテスト陽性などの観点から本診断名をつける。 

※K.ボンネットテスト Katayama's Bonnet test
方法:患側の股関節と膝関節を屈曲させ、つぎに患側の足関節を健側下肢の外側に移動させ、さらに膝関節部を押さえて健側方向に圧迫(内転)させる。このとき坐骨神経に沿った疼痛の誘発が認められるものを陽性とする。

意義:坐骨神経痛でも、根症状がない場合、本テスト陽性であれば梨状筋症候群を疑う。
    
注意:K.ボンネットは梨状筋症候群のテストだが、ボンネットテストは腰部神経根テスト。

 

 

3)坐骨神経ブロック点刺針(梨状筋刺激を介して)

針治療では、3寸針をつかって梨状筋中に直刺置針(5~10分間)を行い、筋膜症の過敏性を緩和せしめるようにする。非常に効果的な方法である。梨状筋に刺針すると電撃様針響が下肢に得られることがあるが、これが梨状筋中に針が入っていることの指標になるが、こうした針響が得られなくても、治療効果は大差ないという。
    
位置:側腹位にて、上後腸骨棘と大転子を結んだ中点から3㎝下した点を取穴。
  
刺針:2.5寸#5~7針を用いて直刺2寸前後。針は、大殿筋→梨状筋と刺入。
   

 

 

3.内閉鎖筋の坐骨神経と陰部神経刺激

1)内閉鎖筋の解剖学的特性 

梨状筋緊張はその深部を縦走する坐骨神経を刺激するが、内閉鎖筋緊張は、坐骨神経を下から押し上げるストレスを生ずる。内閉鎖筋は、閉鎖孔を起始として大腿骨頭の内側を停止とするが、その走行は坐骨結節を越える部分で大きく折れ曲がっていて立ち座りの際に力学的ストレスを受けやすい。

 

2)内閉鎖筋緊張の診断

内閉鎖筋の緊張の有無を調べるには、被験者を側腹位にさせ、坐骨結節の裏側を強く触診するようにする。非根性坐骨神経痛や泌尿器症状があれば本筋過緊張を一応疑ってみる。

 

 

3)陰部神経刺針(内閉鎖筋刺針)
 
陰部神経刺針を行うと、当然ながら陰部に針響を与える場合が多いが、この刺針では小坐骨孔を通過する辺りで、内閉鎖筋を同時に刺激していることになる。内閉鎖筋の緊張は、骨盤内臓症状(仙骨部痛、尾骨痛、直腸肛門痛、括約筋不全、排便障害、下腹部症状泌尿器症状)をもたら可能性があるとされている。


 

これに該当すると思われる患者愁訴の一例を、ネットで発見したので以下に引用する。

40歳代の主婦。右の外陰部から肛門の辺りにビリビリとした痛みがあるのと椅子に座ると右の坐骨がジーンと痛くなり太ももの裏側にも痛みがあるので整形外科を受診。骨盤と背骨のレントゲンを撮り、骨には異常が無く梨状筋症候群だろうと診断された。殿部で神経が枝分かれしいるので陰部の方にも症状が出ているとの事。外陰部の痛みということもあり、婦人科も受診。視診でも異常がな無く子宮や卵巣も正常である事から陰部神経痛だと診断。現在整形外科でもらった鎮痛剤と筋肉を柔らかくする薬を服用するも、痛みが取れない。


 

 

 

 


立位前屈位での仙腸関節刺針法

2017-04-10 | 腰下肢症状

1.これまで私は、仙腸関節機能障害に対して次の方法で施術を行い、それなりの効果を得ていた。それは患側を上にした側臥位にして、上後腸骨棘とS2棘突起を結んだ中点を刺針点とし、斜上方45度の角度で刺入し、仙腸関節部に刺入。上になった側のの股関節の自動屈伸運動を行わせるという内容だった。

   これまでの私の仙腸関節運動鍼法
http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=882579bfb8fe43626b5e6d2a7314b354&p=1&sort=0&disp=50&order=0&ymd=0&cid=2bfeba63627c61527b1b9fa6d027817b

 

2.このたび村上栄一・黒澤大輔両氏が、私と異なる方法で、仙腸関節ブロックを行っていることを知った。
①ベッドに両手をつかせて上体を30度屈曲させる、②上後腸骨棘から内方1㎝、上方2㎝を刺入点とする、③23ゲージの鍼を用い、皮膚と30度の角度で下向きに斜刺し、鍼先が仙腸関節部を当てる、④症状部に一致した響きが得られたら、局麻剤を注射する、との内容だった。

    YouTube動画→    https://www.youtube.com/watch?v=W7dkEJndiGM

 
 

 

 

 

3.この新しい方法を、鍼灸鍼を用いて追試してみることにした。以下に治療成功例を紹介する。やってみて理解できたころは、このテクニックは、従来の方法にくらべて失敗(=症状部に放散痛が得られない)が少なく、また刺針の際の痛みも思ったほどでないことが分かった。鍼先が当たった硬い組織というのは後仙腸靱帯かもしれないが、上体を軽く前屈させるのは、この体位で仙腸関節が最も緩むからであろう。これまで主に骨間仙棘靭帯を、仙腸関節痛の原因としてきたが、最近になって仙棘靭帯よりも後仙骨靭帯の関与の方が大きいとの説が出てきた。これまでの自分のやり方で、十分な治療効果を得られてきたので、それ以上の刺針技法は不要だと思ったが、手持ちの切り札は多いに越したことがない。そこで後仙骨靭帯刺激に応じた手法を検討することにした。




 

症例1(60才、男性)

主訴:正座時の膝痛

現病歴:かなり前から正座ができなくなった。無理に正座しようしても左膝蓋骨周囲がつっぱって痛むのでできない。
理学テスト:膝蓋骨周囲の熱感・腫脹なし。膝蓋骨圧迫テスト正常、膝蓋跳動テスト正常。
初回疑診:四頭筋の緊張にともなう四頭筋付着部筋膜症。
初回治療:四頭筋付着部の筋緊張を緩める目的で、仰臥位膝屈曲位で、四頭筋をストレッチさせた状態で鶴頂穴など膝蓋骨上縁圧痛に刺針、置針した状態での膝関節屈伸運動数回実施。この施術で、治療前よりも膝を深く屈曲することができるようになった。

経過と2回目以降の治療
前回の治療をしたその日は膝を深く屈曲することができるが、翌日になると元にもどるとのこと。皮膚のつっぱりが可動域を狭くしていると考え、下梁丘や下血海を中心として点状刺絡(皮下筋膜刺激)。やはり治療直後は膝の屈曲具合はよいが、翌日になると効果がなくなるとのことだった。

そこでワンフィンガーテストが陽性だったこともあって仙腸関節機能障害を考え、従来からの私の方法(患側上の側臥位にて腸関節運動鍼)を行うも、目立った効果が得られなかった。
立位での仙腸関節刺針:前述した新しい方法で、2寸8番針にで仙腸関節刺針を実施してみた。刺針2㎝を過ぎた頃から抵抗感のある組織に達した。患者は下肢に響くという。なおも自然に止まる処まで鍼を深刺し、軽く雀啄して抜針した。その直後、ベッド上で正座姿勢を試行させてみると、今までにないほどの膝屈曲ができるようになった。

 



症例2(56才、女性)

主訴:左臀部から左大腿外側の痛み
介護職についたばかりで、以前は板金加工をして重い物を運ぶことが多かった。約2ヶ月から上記症状出現。
初回疑診:メイン症候群疑診
初回治療:2寸4番にて、患側上の側臥位で第12胸椎棘突起直側と、左中殿筋の圧痛点に刺置針5分行った。針したた刺針左臀部から左大腿外側が痛むとのこと。
治療効果:4日後再診。症状に変化なかった。

2回目疑診
どういう動作で最もつらくなるかを問診すると、立位で左足に重心をかけて上体を左に捻ると、この症状が出現するとのこと。左仙腸関節部のワンフィンガーテスト陽性(右は陰性)だったこともあって左仙腸関節機能障害を考えた。


2回目治療
立位でベッドに両手をつけさせ、上体状を30度前屈位。左上後腸骨棘あら内方1㎝上方2㎝の部を刺入点と定めた。2寸8番針にて30度の角度で下向き、かつやや外方にむけて刺入すると、2㎝ほど刺入したところで硬い抵抗感のある組織に達した。そこを貫くようにさらに刺入すると、症状部に響くとの訴えが得られたので、軽く雀啄して抜鍼した。その直後、症状を誘発する姿勢をしても痛みは起こらなくなった。

 

仙腸関節運動鍼術式の完成

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/43b0b0585dae0c516229bcf3fb549bf1

 


神経根症の痛みの針灸治療 Ver.1.1

2016-11-19 | 腰下肢症状

1.神経根症時にみる上・下肢痛は、筋々膜症由来である。
 
知覚神経は上行性で運動神経は下行性である。ゆえに腰殿部における神経の圧迫は、下肢に知覚神経症状を生ずることはないが、運動神経症状を生ずる。すなわち腰椎椎間板ヘルニアなどによる神経根症では、神経圧迫されたからといっても、下肢に痛みは生じることはないが運動神経症状が生ずる。

ただしこの運動神経症状は脳血管障害にみるような、下肢が動かないといった重度なものではなく、下肢の攣縮や筋力がやや低下する程度となる。
 
現実に腰椎椎間板ヘルニアでは、腰殿部の痛みのほかに、下肢痛を生ずることは非常に多いが、これは神経根が圧迫や刺激された症状ではなく、腰殿部筋々膜の興奮による放散痛によるものである。たとえば殿部の坐骨神経ブロック点に刺針すると、下肢に電撃様針響が得られるのは、坐骨神経の知覚神経線維ではなく、運動神経線維刺激による下肢筋の痙縮である(加茂淳医師)。



2.神経根症に対する針治療の考え方

いわゆる神経根症に対して、ペインクリニックでは神経根ブロックが行われてきて、一定の症状緩和を得てきた。ただし完治に至る方法ではなかった。

今から14年前の報告になるが、井上基治らは、この神経根ブロックの方法にならって4症例にX線透刺下で神経根部に刺針+通電刺激したところ、どれも著効が得られたという報告がある。この作用機序としては、神経を鍼で刺激→神経血流の増大→神経損傷の修復と考察している。(井上基浩 他「根性坐骨神経痛に対する神経根鍼通電療法の開発と有効性」明治鍼灸医学 第30号:1-8  (2002)

ブロック注射による薬液浸潤拡散により神経根部を刺激することは可能だとしても鍼灸での針では神経根部に届くというのは無理があって、実際には神経根周囲刺針であって、これも神経根周囲の筋緊張を緩めた効果が大きいだろう。要するに筋膜膜症というであれば、鍼灸が得意とする筋々膜性腰痛と同じように施術できる筈である。



3.神経根症の鍼灸治療点

たとえば神経根性坐骨神経痛の場合、障害ある神経根周囲を刺激することは技術的に難しいので、仙骨神経叢部あたりの筋々膜を針刺激したり、殿部ほぼ中央にある坐骨神経ブロック点(≒殿圧穴)に刺針して下肢症状部に響きを与えたり、神経根性腕神経叢神経痛の場合も前・中斜角筋を針刺激したりして上肢症状部部位に響きを与えると、症状が軽減することもあるが、本質に迫った治療とはいえないので、次回来院時には症状が元に戻ったと聴いてがっかりすることが多いのであった。

腰椎椎間板ヘルニアによる下肢症状が、筋膜性のものだとして、具体的にどの部分が問題なのだろうか。

筋膜性疼痛症(MPS)研究会代表の木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、ギザギザ底部のfasciaの重積のようだという見解を記していた。「L5の根症状がある場合は、大抵L5/sfacetの上か下のギザギザの底部にfasciaの重積が見られる。そこに圧痛が出る。上下の椎間関節を結ぶ、ギザギザの底部のfasciaに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出る。出ない場合は、ちょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、大抵神経根に沿って広がる」

 

 

 木村のfasciaの重積がみられる点というのは、これまでも私が行っていた椎間関節刺針部位(すなわち棘突起の外方1寸)と良く似ている。とくに症状部に放散痛を与えようとする場合、さらに外方に刺針点を求めるという点も、そっくりであった。ただし私の場合は、椎間関節症に対して椎間関節刺針を行っていた。神経根症の場合のことは、考えの範疇に入っていなかった。今後、神経根症の治療に際して、その上下肢関連する知覚神経症状に対して、椎間関節刺針を行う方向性が示された。

4.フェリクス・マン(Felix Mann)の見解

フェリックス・マン(1931.4.10~ 2014.10.2)はドイツ生まれで,幼少の頃からイギリスに在住した。科学的な見方をした鍼灸師だった。1977年に「鍼の科学」をイギリスで出版した。本著は1982年にわが国では西条一止、佐藤優子、笠原典之により翻訳され医歯藥出版社から発行された。

本書には、次のような興味深い記述がみられる。「頸椎椎間板症候群やそれに関連ある病気の患者では、第6頸椎の横突起を刺激するほうが、腕神経叢を形成している数本の神経を鍼で刺すよりも効果的である」

これがどのような病態を示すものは必ずしも明瞭でない。私は、この記載を追試しようと、最近上肢痛を訴える患者に対して、側頸部から第6頸椎横突起を刺激してみると、上肢症状部に放散痛を得ることができた。上肢痛または下肢痛を訴える神経根症を疑わせる症例に使えるのではないかと思った。