AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

鍼灸師のためのⅠ型アレルギー疾患に対する現代薬物治療の進歩

2022-02-25 | 特定疾患

アレルギー疾患の代表ともいえるのが、Ⅰ型アレルギーに属する IgEの抗原抗体反応によるものであり、その代表的疾患には気管支喘息、アトピー性皮膚炎、関節リウマチなどがある。これらの疾患に対する治療は、かつては治療効果を得るためステロイド剤を服用せざるを得ないことが多く、そうなるといつステロイド依存からの脱却するかいという新たな問題も起きてきた。それも困るので、ある一定の苦痛は我慢させることにして患者との折り合いをつけてきた。それに困った患者の中には、現代薬物療法を受けつつも鍼灸を受診する者もいた。鍼灸は効くことも効かないこともあった。効かなければ困るという場面で、必ずしもこの要望に応えられてない。鍼灸が効果的だったというより現代医学治療への不満から別の方法を模索した結果に過ぎないだろう。
 
現代医学は進歩するので、これまで治せなかった疾患であっても、新しい治療薬を使うことで、今現在では治せるようになったりもする。近年では前述のⅠ型アレルギー疾患の薬物療法もその好例といえる。30年ほど前まで、関節リウマチや気管支喘息の患者は、現代医療にかかる一方、鍼灸を受診する者も割合いた(アトピー性皮膚炎を鍼灸で治すのはさすがに難しかった)ものだが、近年になって減ってしまった。すなわち残念ながら鍼灸の適応症が相対的に減ってしまったのである。

 

1.関節リウマチの現代薬物治療 

1)旧来の治療としての消炎鎮痛剤+ステロイド内服

   
これまでは、薬はできるだけ使わず様子をみて、改善しなければ消炎鎮痛剤、次いで抗リウマチ薬(メトトレキサートなどの免疫抑制剤)、悪化すれば強力な抗炎症薬であるステロイド薬という順番で薬を使った。これは強い薬には強い副作用があるとの考えが根底にあったからである。

 
2)免疫抑制剤と生物学的製剤 

  
1990年頃からRAは発症後の最初の2年間で、骨破壊が進行することが判明し、薬の使い方も大きく変化した。身体の中でリウマチを悪化させるタンパク質の存在が究明され、そのタンパク質の作用と症状を抑えて関節の破壊を食い止める免疫抑制剤(抗リウマチ剤)や生物学的製剤が開発され治療に使われるようになった。従来の方法では、免疫抑制剤を使うタイミングが遅すぎるという見解による。免疫抑制剤は遅効性なので効果発現まで数ヶ月を要する。

  
①第一選択薬としてメトトレキサート(商品名リウマトレックス内服薬)などの免疫抑制剤。

  
②それで効果不足なら、メトトレキサートに加え、
生物学的製剤のエンブレル(皮下注射)・レミケード(点滴注射)・シンポニー(皮下注射)使用。4週間に1度の皮下注射となるが、3割負担で5000円超程度(これでもずいぶん値段が下がった)。
     
ある病院のデータでは、2000年頃の慢性関節リウマチの寛解率は6%だったが、2014年には60%に達した。 

※寛解:病気が進行しないよう、勢いを押さえ込んだ状況

※生物学的製剤(バイオ薬)とは
バイオテクノロジーにより、生物がつくりだすタンパク質などから生成された薬(従来薬は、化学的に合成されたもの)。細胞から分泌される蛋白質の一つにサイトカインがある。これは他の細胞に情報を伝える働きをもつ物質であるが、リウマチ患者ではサイトカインの働きが過剰になってリウマチが悪化する。生物学的製剤には、このサイトカインの作用を抑える薬や、リンパ球の活性化を抑える薬がある。副作用は易感染。


2.アトピー性皮膚炎の現代薬物療法

 
1)旧来の治療としてのステロイド外用薬とタクロリムス外用薬

   
ステロイド外用薬とタクロリムス軟膏を軸とした薬物療法により寛解導入し、増悪する可能性のある患者さんに対してプロアクティブ療法などを行うことで寛解維持につなげるという流れが一般的。

 
①ステロイド外用薬

炎症反応を鎮める対症療法。肥満細胞から放出されるヒスタミン等による真皮の血管透過性が亢進し、痒みや浮腫や膨疹となる。ステロイド剤には、この抑制作用がある。
   
※ステロイドの目的:
ステロイドはIgE抗体を減少させることができる。すなわち人体が有害だと認識したアレルゲン(=異種蛋白質)と反応させなくすることで強力な抗炎症作用を生む。ただし根本治療にはならない。免疫力低下により感染症に対して脆弱になる。
  
②免疫抑制剤タクロリムス水和物(プロトピック軟膏)

ステロイド外用薬は長期使用には適さないが、タクロリムス外用薬にはホルモン作用もないので皮膚萎縮や毛細血管拡張などの副作用がなく、炎症がある程度軽快した後の維持療法として用いるのに適している。顔や首のかゆみや皮膚炎には、ステロイド外用薬よりもプロトピック軟膏の方がよく処方されるようになった。
しかしその他の部位はステロイドが併用されている。これはプロトピック軟膏の吸収率が悪いので、ステロイド外用薬と一緒に使ってうまくコントロールしている。
 
2)生物学的製剤とJAK阻害薬

  
バイオテクノロジーの進歩により、免疫システムのうちアトピー性皮膚炎の発症・憎悪に関わる部分だけを狙い撃ちにする医薬品が開発された。

  
①デュピクセント(一般名デュピルマブ)

2018年アトピー性皮膚炎の10年ぶりに登場した注射薬。アトピー性皮膚炎治療薬としては初の生物学的製剤(バイオ医薬品)。根本的な治療薬となることが期待されている。2週間に1度皮下注射する。3割負担で一本2万円と高額。3ヶ月~1年以上続ける。
  
②コレクチム軟膏(一般名デルゴシチニブ)

2020年6月から使用可能になったJAK阻害。外用薬として誕生したことが画期的。

※JAK阻害:生物学的製剤は、それぞれの薬剤が1種類の特定のサイトカインを細胞の外でブロックして細胞に炎症を起こす刺激が入らないようにする。これに対して、JAK阻害薬は複数の種類のサイトカインに対して、サイトカイン受容体からの刺激を細胞のなかで遮断して炎症を抑える。。



3.気管支喘息の現代薬物療法

 
1)治療の二本柱としての吸入ステロイド薬と気管支拡張剤

   
気管支喘息治療の2本柱は、吸入ステロイド薬と緊急処置としての気管支拡張
(=交感神経β2刺激剤)だった。ステロイドを使用するのは、気管支喘息は気管支の炎症が本体だと判明したことから、治療の重点は気管支の炎症を軽くして気管支の腫れを引かせる方に置かれるようになった。炎症改善ならばステロイド剤が最も効果的だからである。

ただし現在の治療は、発作が出てからでなく、気道狭窄の度合いに応じて、必要十分な量のステロイドを吸入するように変化した。ステロイド剤を内服する場合に比べ、吸引すると使用量は1/100以下となり、副作用の弊害をほとんど気にしなくてもよいようになった。

気管支拡張剤(商品名インタール、テオドールなど)というのは、β2刺激剤のことで、交感神経とくに気管支に分布する交感神経を刺激する目的で吸入で使用。気管支を拡張させる効能がある。

 
2)抗IgE療法ゾレア

   
2009年からは、重症の喘息患者には新薬オマリズマブ(商品名ゾレア)の皮下注射が行われるようになった。ゾレアは、喘息などの即時型アレルギー反応を引きおこす元であるIgEに直接結合し、IgEの働きを遮断する作用がある。アレルギー物質が体内に取り込まれても、それに反応するIgEが働きをなくしてしまうので、アレルギー反応を消滅させることができるという。


ゾレアは2週間または4週間ごとに医療機関を受診して、皮下に注射する。
治療は原則として16週間(4回または8回投与)行い、そこで効果があったかどうかを判定して、その後も投与を続けるかどうか総合的に判断する。1ヶ月1万円程度と高額な薬
 

3)気管支サーモプラスティ療法 Broncial Termoplasty (気管支加熱治療)

   
本治療は、使用している薬物治療と併用して行う。喘息発作は、特定の刺激に反応して、気管支の周りにある筋肉が強く収縮し、気管支が狭くなることで現れるのだから、内視鏡を使ってカテーテルで気管支を1時間65℃に温めて筋肉を薄くすることで、筋肉が収縮する力を弱めようとするもの。刺激があっても気管支が狭くなりにくくなり、喘息症状が緩和される。気管支全体を3回に分けて治療し、それぞれ短期間の入院。

※気管支喘息の鍼灸治療理論として、気管支拡張に導くため交感神経優位に誘導→座位での上背部刺激がある。


慢性副鼻腔炎と花粉症の針灸治療 ver.1.3

2022-02-24 | 耳鼻咽喉科症状

  当院にたまに来院していた女性患者は、近くの整形外科の理学療法室で無資格ながらアルバイトをしていた。その人が私に慢性副鼻腔炎に鍼灸は効くか、と質問したのできちんと自宅施灸すれば効果があると返答した。しばらくして理学療法室の同僚の若い男性を副鼻腔炎を治してくれといって連れてきた。私は上星に直接灸3壮を行い、挟鼻穴(下記参照)に単刺して治療を終えた。そして上星には毎日自宅施灸するように指示した。この男性は毎日、自分で鏡をみながら上星の灸を続けたところ、数週間後にはついに鼻汁が止まった。それを見ていた女性患者はよほど驚いたらしく、鍼灸学校に入学したのだった。


1.副鼻腔とは


1)前頭洞、上顎洞、篩骨洞、蝶形骨洞の4種ある。うち上顎洞が最大。

2)副鼻腔の構造と特徴

鼻腔に接する頭蓋内の空洞で、開口部が鼻腔とつながる。
上鼻道の開口:篩骨洞(後部) 
中鼻道に開口:上顎洞、前頭洞、篩骨洞(前部、中部)
下鼻道に開口:鼻・涙管 
蝶形骨前洞窟に開口:蝶篩陥凹
  
大部分の副鼻腔の開口部は洞の下方にあるので、分泌物も溜まりにくい。しかし上顎洞は上方に開口部があり、分泌物や膿が貯留しやすい。 

 


 

2.副鼻腔炎の)病態生理

  
慢性鼻炎により鼻粘膜が充血、肥厚
    ↓   
副鼻腔開口部付近の粘膜も肥厚し、充血する。
    ↓
副鼻腔開口部が閉鎖され、血流により副鼻腔は陰圧になり、
貯留物が排泄できない。
(本来は副鼻腔に溜まった分泌物は、生理的に外に排出される)  
    ↓
感染が起きる。
 

3.副鼻腔炎の症状

   
慢性副鼻腔炎時は、同時に慢性鼻炎も存在している。症状は慢性鼻炎に似るが、膿性鼻漏が多量で、異臭があり、鼻周囲の圧痛出現する点が異なる。ときに鼻茸を合併。前頭洞の副鼻腔炎では攅竹附近は、前顎洞の副鼻腔炎では四白附近に重い感じがあり、押圧すると副鼻腔内圧上昇するとされ、鈍痛増悪する。

R/O 上顎癌:

50才以上で鼻の癌では上顎癌が最も多い。
その7~8割は慢性副鼻腔炎をもっている。血性鼻汁となる。


 

4.現代医療

抗生物質、上顎洞洗浄、ネブライザー。しかし根本的治療法に乏しい。


5.針灸治療

  
慢性鼻炎があれば慢性副鼻腔炎も存在している。両者の共通症状は、鼻汁(粘性~黄色粘性) と鼻閉。慢性副鼻腔炎では前頭部鈍痛や頬部鈍痛を訴えるのに対し、慢性鼻炎では、これらの訴えに乏しい。  

鼻炎(花粉症などの鼻アレルギー含む)と副鼻腔炎の治療は、針灸では治療は同様に行ってよい。鼻炎と副鼻腔炎とは、鼻粘膜に連続性があり、神経支配も同一であることによる。花粉症は季節性アレルギーで、症状のある期間は比較的短いが、症状自体は強いので、針灸でも効果不足になりがちである。

1)鼻周囲の三叉神経第1枝刺激 

  
鼻腔と副鼻腔は三叉神経第1枝が支配している。この神経を刺激すれば、鼻交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。


上鼻甲介付近の炎症や腫脹では、三叉神経を介して頭重が起こるとされる。慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎の者は、前頭部の前頭髪際付近に圧痛がみられることが多く、圧痛があればこの圧痛点である顖会(前髪際を入ること2寸)や上星(前髪際を入ること1寸)に長期的に透熱灸をすることが多い。
  
これは三叉神経を刺激することで、鼻腔や副鼻腔に持続反復刺激を与えている。頭髪中に施灸するので、灸痕が目立たず長期施灸を可能としている。施灸により、長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。

     
①攅竹から睛明方向への水平刺
前頭神経(三叉神経第1枝の分枝)→鼻毛様体神経

②挟鼻(鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央)直刺。
鼻毛様体神経刺激。本神経は、知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。
揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。
 

 

2)大後頭-三叉神経症候群として後頭神経刺激
   
三叉神経線維は三叉神経脊髄路というルートを持っている。外部から入力された感覚は、三叉神経節を経た後、三叉神経脊髄路を経由して、すなわち一度、第2頸髄の高さまで一度下行してから、再び上行して脳に行く。
下行時には大後頭神経と連絡しているので、大後頭神経と三叉神経の間に、密接な関係を生ずる。眼精疲労時には後頭部痛も生じやすいのもこの理由による。天柱に刺針すると、三叉神  経刺激症状(特に第1枝の眼神経)に影響を与える。大後頭神経が興奮して三叉神経症状を生  じたものを、大後頭神経-三叉神経症候群とよび、ペインクリニックでの通称も天柱症候群とよばれる。針灸臨床では、眼精疲労、鼻閉に天柱刺針を用いることが多い。


3)顔面関連痛をもたらす筋刺激
山田智子先生の発表による)

①急性副鼻腔炎患者で座位で頸部前屈すると顔面痛増悪する例があった者に、伏臥位で頸部前屈されても顔面痛増悪がなかったこと。②頬骨筋を収縮させた状態(イーッと歯を見せる)では、顔面部圧痛増悪したこと、③項部と上顔面部に針灸治療を行って、副鼻腔炎治療に効果をあげていること、などから顔面症状は、後頸部筋(後頭下筋、頭半棘筋、頸半棘筋、頭板状筋、頬骨筋、咬筋など)のトリガー活性の結果かもしれない。後頸部や顔面部の筋刺激の有効性が示唆される。<山田智子(六ヶ所村尾鮫診療所):第3回プライマリ・ケア学会>

6.その後の見解の変化
上記文章を発表した3年半後のこと。奮起の会鍼灸実技学習会後の懇親会で、参加者の先生方の話をお伺いできた。

1)A先生の話

鼻漏である自分に対し、上記図を参考にして左右の挟鼻穴から円皮針(パイオネックス)を入れると、即座に鼻汁が止まることを確認し、以降は患者にも使っているとのこと。その際、ただしく取穴は挟鼻穴にきちんと当たらないと効かない。1回の円皮針を入れておく期間は、鼻部の皮脂の分泌量によって異なり、ずれてきて1日持たない者から1週間程度もつ者まで色々。左右挟鼻に円皮針を入れておくことは、とくに外出時に格好が気になる場合、マスクで隠すようにすればよいとのことを話していただいた。

2)B先生の話

鼻漏に対しては、鼻稜外側にある上唇鼻翼挙筋を指頭でこすると、プチプチとした手応えが得られる。
何回か縦方向にこすると、そのプチプチした感触がなくなると同時に症状もとれるとのこと。

 


 

2.花粉症に対して鼻孔付近へのワセリン塗布(イギリスの伝統治療)

イギリスでは鼻孔付近にワセリンを塗ることで昔から効果をあげているという。要するに鼻
粘膜に進入してきた花粉を鼻粘膜中の水分にふれされない工夫である。鼻の症状を抑えることにより目の炎症(神経反射)も治まることが知られていて鼻バリアをすれば目のかゆみ症状も軽減される可能性が高い。(NHKガッテン「今、ツラいあなたに!保存版 新発想の花粉症対策SP」 2019年4月3日より)

①.綿棒に少量のワセリンをつける
②鼻の穴の入り口周辺にぐるぐると綿棒で円を描くようにして3回程度回し塗る。
③最後に外側から小鼻を指で押さえ、中のワセリンを均等になじませる
はみ出たワセリンをティッシュで拭いて取り除けばOK!
⑤目安は1日3回~4回程度。ときどき鼻をかんで花粉がついたワセリンを拭き取る。



3.高野山、奥の院参道を歩くと花粉症発作は起こらないか(笑話

高野山には奥の院につづく約2㎞の参道がある。そして奥の院の裏手には空海が眠る御廟がある。あるブログを見ていると、花粉症の持病のある自分であるが、「この参道を歩いている間、くしゃみや鼻水は出ず、鼻は調子よかった。神聖な場所なので空気も澄んでいるからだろう」という文章を見つけ、思わず笑ってしまった。高野山の草木は切ることも抜くことも禁じられているので、植林されることもない。ゆえにスギ花粉が舞うことも少ないというのが普通の解釈だろう。宗教の期待感が判断を曇らせる。無関係なことに関連性を見いだそうとする愚。五行学説もその一つ。

 

 


平成30年1月4日柳谷素霊先生墓に参拝 ver1.1

2022-02-21 | 人物像

平成30年1月4日、現代鍼灸科学研究会の同志5名とともに、柳谷素霊先生のお墓に参拝した。柳谷素霊墓は、東京都東村山市の都立小平霊園にある。西武線の小平駅北口下車、徒歩5分で霊園の入口に到着、その後園内を5分ほど歩いて到着した。
墓石は、右から「柳谷家奥津城」と「柳谷素霊/妻正子奥津城」の二基で、正面右側に墓誌があった。奥津城(おくつき)というのは神道独特の表現で仏式でいう「‥‥之墓」といった意味である。神道では戒名がないので、墓石には生前の氏名が刻まれる。早速生花をお供えしようとすると、数日前にお供えしたと思える生花が既にあった。新年早々参拝した方がいたということだ。墓前には線香置き場がなかった。これも神道の流儀ということを後に知った。
参加者一人一人、手を合わせた。

当日午後3時30分頃に墓前に到着したのだが、墓石方向を見ることは西側に顏を向けるということになるが、冬の今頃はモロに逆光になってしまった。写真撮影には非常に苦労した。冬の間は昼頃までに参拝されるのがよいだろう。

※冬の午後からの墓参りは太陽が低いのでまぶしいのは定説だということだ!

 

 

 

墓石文章
墓誌に刻まれた文章は現代文なので理解しやすいものだった。
明治39年北海道函館市に生まる。藉名清助。幼少より父祖の道を習い17才にして鍼灸を得古典鍼灸医学の研究に専心昭和2年素霊塾を創設後進の育成と古典鍼灸医学の研ざんに一生を捧ぐ
昭和6年日本大学法文学部宗教科卒業 学士の称号を受く。
昭和7年アメリカ合衆国カンサス州立大学医学部に論文提出ドクターの称号を受く
昭和11年日本高等鍼灸学院を創立
昭和30年欧州各国の針灸界の招聘に應え日本最初の鍼灸医学の指導者として渡欧
昭和32年東洋鍼灸専門学校を創立
昭和34年2月20日再度渡欧を前にして病歿す 享年52才

 

 

なぜ神社には墓がないのか

仏教のお寺には墓地を併設していることも多いが、神道には墓地を併設することはない。神道はあくまで神様を信仰するためにあり、亡くなった神道信者を祀るためにはない。神道信者が亡くなると、遺体は穢(けが)れたものとして河原に放置され、自然に朽ちるのにまかせたものだった(=風葬)。一方、仏教では亡くなった者は自動的に釈迦の弟子となるとされているので、祖先を拝むことは、同時に釈迦を拝むことにつながる。

鍼灸業界で有名な江島杉山神社は福岡にある宗像大社を分祀したものであって、その辺津宮に祀られた通称弁財天(=田心姫神)を祀ったもの。杉山和一は、本所一つ目に開設した盲人の職業訓練学校の創始者としての格付けにすぎない。和一が信仰した弁財天を江ノ島から本所一つ目に分祀したことから、<銭が増えるご利益がある>として江戸の名所の一つとして賑わった。


膏肓穴について ver.1.2

2022-02-15 | 経穴の意味

 1.位置と局所解剖

1)取穴

正座位で両肘をつけ、両手掌の上に顎をのせる。(開甲法)。
伏臥位では上肢を挙げ、額の前で手を合わせる。要するに肩甲骨を大きく開かせる姿勢。この体位にさせ、第4棘突起下外方3寸にとる。厥陰兪の外方1寸5分になる。

2)局所解剖 

上記体位で肩甲骨内縁から直刺すると、針は僧帽筋→大菱形筋→胸腸肋筋中に入る。それ以上深刺すると外・内肋間筋に達する。さらに深部には胸膜と肺実質がある。

なお棘筋・最長筋・腸肋筋を総称して脊柱起立筋という。治療対象とするのは大菱形筋もしくは胸腸肋筋であるが、”病膏肓に入る”といった重篤感のある心疾患と関係深そうなのは胸腸肋筋の方だろう。なおデルマトームで心臓を反映するのはTh1~Th7なので心臓反応点にもなる。
    

 

①大菱形筋が過緊張すると肩甲骨上方回旋しづらくなる。大菱形筋は肩甲背神経が運動支配する。知覚成分はないので本神経の興奮では位置不鮮明なコリ感を生ずる。

②胸腸肋筋は第7~12肋骨から起始し、第1~6肋骨へと停止している。胸腸肋筋は主に胸椎を反らす作用(体幹の伸展動作)があり、体幹を側屈させる作用もある。
胸腸肋筋の過緊張では、上部胸椎の背屈がしずらくなる。この胸腸肋筋の緊張緩和が施術目的とされることが多いようだ。なお胸腸肋筋は脊髄神経後枝により運動・知覚支配されている。

③膏肓穴あたりを押圧すると、深部に硬結を触知できることが多い。これは前述の大菱形筋や胸腸肋筋の筋緊張由来のこともあるが、深部にある第5第6肋骨の肋骨角は背部方向に出ているので、指腹と肋骨角にはさまれた組織は圧迫されやすく、圧痛硬結を触知しやすいことも関係している。

3)胸腸肋筋のトリガーポイント

膏肓あたりでの胸腸肋骨筋トリガー活性化すれば、上図のような放散痛を形成しやすい。左膏肓トリガー活性化では虚血性心疾患と誤診しやすい。逆にいえば、偽の虚血性心疾患では、左膏肓あたりの刺激で改善する可能性がある。

胃倉(Th12棘突起下外方3寸)あたりでの胸腸肋筋トリガー活性化すれば、左下方の側腹部と左下腹部に放散痛が得られることがある。代田文誌は、胆石疝痛時に胃倉刺激で腹痛頓挫すると記している。右胃倉の慢性的筋緊張は、慢性虫垂炎と誤診されやすい。逆にいえば疲れると左下腹に鈍痛が生じるといった訴えで、医師には慢性虫垂炎だが手術するほどではないといわれた場合、右胃倉刺激で改善することもあることを示唆している。筆者は過去数例、慢性右下腹痛を側臥位で右胃倉刺針して改善させた経験がある。

 

2.肩甲間部の冷え感

昔、中年女性患者が来院した。ある夜、肩甲間部を矢で貫かれた夢を見たことがあって、以来肩甲間部が冷えて苦痛だと訴えたことがあった。肩甲間部は人体の中で発汗しやすい部位として知られている。発汗後、低気温下では冷え感に変わるだろう。冬期は誰しも、意識すれば肩甲間部は冷えを感じるものだ。それまで肩甲間部の冷えを意識しなかったのに、矢で射られた夢をみてから、背中の冷えを強く意識するようになったのだろう。心臓の裏に位置するので不安なのだろう。対症治療は肩甲間部を温めることになる。これも広義には膏肓の反応といえるのかもしれない。

  3.膏肓の適応症と施灸

膏肓の適応と刺激方法とはどういうものだろうか。中国唐代の道士であり漢方医で<千金方>の著者としても知られる孫思邈(ばく)は、当時の医療では膏肓の取穴がきちんとできなかったからであり、このツボは万病に効く。600~1000壮すえることで、自分の身体補養になると言っている。  600~1000壮という壮数は、<医心方>にもあって、医心方中最も多い壮数となっている。


4.膏肓の語解

1)「膏」とは
月(肉)+高という語解。元々はあぶら肉、脂肪といった意味。おいしい脂肉といった意味。とくに心臓の下の部分、横隔膜あたりの脂肪という意味もある。ちなみに軟膏とは、薬効成分をあぶらで錬った薬のことををいう。
油とは水に溶ける植物性のあぶら、脂は皮膚や肉から出るあぶらで動物性のあぶらを広く表す。膏は肉のあぶらのみに使う。 

2)「肓」とは
月(肉)+亡(見えない)という語解。体の内部の、よく見えない場所のこと。すなわち胸部と腹部の間のうす膜(≒横隔膜)のこと、あるいは横隔膜の上にあるあぶら肉のこと。


5.<病膏肓に入る>とは

中国の『春秋左氏伝』より。晋の景公が病気になり、秦から名医を呼んだ際、夢の中で病魔の二人が、「隣国から名医が来るから、お前は膏の下に、俺は肓の上に隠れよる」と言ったという故事に基づく。王を診察した名医が「病は膏の下、肓の上に入ったので既に施しようがありません」と匙を投げたという。今で言う心膜炎や胸膜炎、あるいは狭心症や心筋梗塞をさしているようである。

なお、病が非常に重く治療の施しようがない場合、よく薬石効果なしという。薬とは漢方薬、石とは鍼のことで、 砭(へん)と書いた。大昔の鍼は石でできていた。        


私説:膏肓穴は、自分の指では手が届きにくい場所にあることから、手で触れない →手当ができない →治療法がない というようになったのだろうか。この見解を代田文彦先生に言うと、苦笑いして「そうかい?」と返事しただけに終わった。普段忘れているようなつまらないことでも、ふと思い出すことがあって、二十代だった昔を思い起こされる。

 


右急性側腹痛の自験例(中部胸椎長・短回旋筋由来の激痛)ver.1.1

2022-02-07 | 腰背痛

62才、男性

2ヶ月前、右側腹部に激痛を生じた。その1週間くらい前からたまにチクチクした右側腹部痛はあったが、大したことはなかったので放置していた。

今回の右側腹部痛は床に横になっていた後、上体を起こそうとした瞬間に発症した。右手を床につけて上体を起こした姿勢のまま、動けなくなった。少しでも動かそうとすると激痛が右腹の帯脈穴あたりに走るので、あぐら座りにも、横になることもできなくなった。約一時間、楽に感ずる体位を探ったが無駄骨だった。自宅にあった鎮痛剤のロキソニンを飲んでも症状不変。やむを得ず救急車を呼んだ。10分後位で到着するとのこと。

右腹痛を生じたのは二階のリビングでだったが、救急車に乗るには、ともかく一階に行かねばならない。痛いのを我慢し、気力を絞って自力で立ち上がり、ゆっくりゆっくり階段を下った。階段を下り終えたところで到着した救急隊と出会った。さっそくストレッチャーに乗せられて病院に運ばれた。なお自分が患者となって救急車に乗ったのは初体験だった。
 
当直の外科医が診療にあたった。症状のある右腹部を圧迫しても痛みはないが、体動して腹筋を働かせるとズキンと痛む状態。レントゲンは正常、MRIでは内臓に異常はないが、右内腹斜筋か厚くなっているという。内腹斜筋は深層にあるので圧痛は目立たないともいわれた(本当かね?)。超音波検査異常なし。結局治療はボルタレン座薬を入れただけだったが、30分も経つと、自分で立つことができるまでに腹痛は軽くなり、そのままタクシーで帰宅。改めでボルタレン座薬の効き目を実感した。その8時間後に、再びボルタレン座薬を使ったが、以来痛みは消失している。



考察

あの痛みは何だったのだろうか。側腹部や腰殿部に圧痛はなかったでの、中背部はどうなのかと思ったが、自分の指では届かないので、決め手がない。そこで寝転がって背中の起立筋あたりにコーヒーの瓶をあてがい、自重で圧迫してみたところ、非常に圧痛ある部位を発見した。これは私が以前から主張している背部一行症状群に違いないと思った。伏臥位で家内に指圧してもらったが、素人なのできちんとしたツボを圧迫できなかった。しょうがないので円皮針を貼らせたが、今ひとつ。しかし症状は軽減した。毎日素人指圧してもらっていると2週間ほどで左腹痛は消失した。

MRIで発見した右側の内腹斜筋だが、帯脈を直角に押圧しても痛みは生じないのに、指先で引っ掻くように腹筋を擦りつけると、確かに圧痛ある筋のシコリを触知できた。この筋コリは結果であって、原因は、長・短回旋筋の緊張によるものだろう。なお今回は胸椎の高さの一行深部筋に過緊張が生じた。もし腰椎~仙椎の高さの一行深部筋に過緊張が生じたならば、多列筋の過緊張を疑う。前者は上体回旋時痛、後者であれば上体前後屈痛時が生じるが治療法は背部一行深刺ということで同じである。

今回の私の側腹痛のような病態は、実は野球の選手に多い。バットを勢いよく振る動作では、上体を強くひねることになるので、力学的ストレスが胸椎椎間関節に働く。「脇腹痛」「野球」のワードでネット検索すると、多数の記事が載っているのだが、腹筋の問題に終始しているものが多かった。これは整形外科での一つの盲点にもなっているように思える。

 


さまざまな適応がある中殿筋治療

2022-02-03 | 腰背痛

 


殿部痛を訴える者はもちろんのこと、殿部に症状のない者であっても、触診すると中殿筋の緊張がある患者は少なくない。この原因についてはいくつか理由がある。1は上殿痛(上殿皮神経痛)に対してTh12一行刺針が効いた例、2は上殿痛に対して立位で患側に体重をかけた体位で中殿筋への鍼が効いた例、3は中殿筋部痛で立てない症状に、中殿筋を固定ゴムベルトを装着して歩行可能となった例である。


1.メイン Maigne 症候群(=胸腰椎接合部症候群)

Th12一行に圧痛があり、同時に志室にもが圧痛あれば、上殿部皮膚に過敏帯が出現する。これはTh12脊髄神経後枝支配領域で上殿皮神経との別称をもつ。Th12後枝は第12胸椎と第1腰椎の間から出る神経であるが、胸椎構造体と腰椎構造体の接合部なので脆弱性がある。胸椎は左右回旋の可動性があり、腰椎は屈曲回旋の可動性があるとされるので、この境界部分は力学的ストレスが加わる。治療はTh12一行刺針をすると速効できることが多い。これは鍼灸臨床で頻繁にみられるパターンなので、実用的な知識である。なおメインとは報告した研究者の名前。

※中殿筋の運動支配は、上殿神経であり、上殿神経の上流は仙骨神経叢である。座骨神経も同じく仙骨神経叢であって、中殿筋緊張症では殿部梨状筋刺針(=座骨神経刺針)が適応になることだろう。皮膚知覚支配と筋運動支配とでは異なることに留意されたい。


2.立位で体重をかけた際の上殿痛

中殿筋の機能は股関節外転と学校教育で習ったことと思うが、臨床ではそれとは別の知識が必要である。なお中殿筋の起始停止は次のようである。
起始:腸骨翼の殿筋面、腸骨稜の外唇、殿筋腱膜
停止:大腿骨大転子上縁

立位における中殿筋は、大腿骨と骨盤間を固定し、体幹を直立に保持する働きがある。
左右どちらかの股関節障害などで同側の中殿筋が筋力低下すれば、健側の骨盤を挙上できなくなる。これがよく知られるトレンデレンブルグ徴候である。
しかし鍼灸臨床でありがちなトレンデレンブルグ徴候が陽性化しない軽度の中殿筋筋力低下では、立位で患側に重心をかけると、患側の中殿筋の痛みが出現しやすいという現象がでてくる。
簡単にいうと、痛む側の中殿筋に重心をかけて立つと、その中殿筋が痛むことがあって、痛みを誘発した姿勢のまま、中殿筋部を触診して圧痛を発見し、シコリに刺針すると立位時の痛みがとれることの多いことを発見した。

最近、63歳男性の患者で、臀部外側が動作時に痛むという訴えて来院した。側臥位で触診し、中殿筋の圧痛を探ると、腸骨稜沿った反応点は現れず、中殿筋停止部付近に圧痛反応が出現した。そこで圧痛反応点に2寸#4で圧痛数カ所に5分間置鍼というパターンで5回ほど施術したが、意外にも改善しなかった。
そこで問診し直すと、「動いている時よりも立っている時の方が痛む」との返答をした。中殿筋は、前述したように体幹を直立に保持する働きもあるので、立たせて再び中殿筋の圧痛硬結反応を診た。
すると驚いたことに、いつもの腸骨稜沿った圧痛反応が出現したのだった。「悪い方に体重をかけると、よけい痛む」とも返答したので、上体を患側に傾け、中殿筋の圧痛点に刺針すると、さらに効果を増すことができた。

 

3.殿痛で歩行不能な高度老人性円背患者

8年ほど前の症例で、86歳女性で高度老人性円背患者に往診に出かけた。
(2012.3.24報告「中殿筋による歩行困難に対するリフォーマーベルトの適用」参照)
立つと中殿筋が痛く、歩くことができないという。かなりの肥満体だった。家の中では、手すりや壁をつかって、やっとの思いで伝わり歩きしている。排尿排便はポータブルトイレを使用。
本患者の主訴は歩行困難で、歩けるようにして欲しいとの要望だった。中殿筋筋力が低下していることはすぐに分かったが、中殿筋に刺針しても大した効果はなかった。

次回往診時には、股関節のぐらつきを抑える目的で、生ゴム性腰痛ベルト(商品名リフォーマーベルト)を上殿部~下腹を一周してきつく巻いてみた。するとぎこちないながら、治療直後から歩行可能ができるようになった。股関節のグラつきを減らそうと考えたからだが、効いたのかの考察は論理的ではなかった。現在ではなぜ効いたのか、次のように説明できる。

①円背姿勢では股関節伸展位にしづらい。(円背の代表的姿勢は股関節屈曲位)
②股関節伸展位にしないと、中殿筋は力を発揮できない。
③中殿筋の筋力低下では、股関節固定できないので歩行困難を生じやすい。

リフォーマーベルトは、普通は仙腸関節機能障害時に使用するが、上述したように中殿筋固定にも使える。

 

 


副鼻腔炎に歯周病が合併した患者に対する鍼灸治療 (73歳、男性)

2022-02-01 | 耳鼻咽喉科症状

1.副鼻腔炎症例の鍼灸治療

3年前副鼻腔炎となった。耳鼻科で治療を受けると改善するが止めると元に戻ることを繰り返していた。左挟鼻穴を中心とした数カ所に置鍼5分間+糸状灸3壮、自宅でせんねん灸実施。この治療を開始すること数回で鼻の通りは改善し、治療5回目頃から左四白周囲の隆起も減少した。
なお副鼻腔炎でよく用いられる攅竹や上星・顖会穴に圧痛反応はなく、治療点に選穴しなかった。挟鼻部分は、三叉神経第1枝が走行しているが、挟鼻にきちんと刺激すると即効的に鼻が開通する。このことは三叉神経第1枝を介して充血状態にある鼻甲介を交感神経刺激し、充血を萎縮された結果だろう。鍼灸は慢性鼻炎だけでなく慢性副鼻腔炎にも効果が期待できる。副鼻腔炎時の膿性鼻汁であっても上星や挟鼻を刺激しているうちに粘性がとれ、鼻汁量が一時的に増加した後、鼻汁量自体が少なくなってくる。
※挟鼻穴の位置:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央を中心とした圧痛点。三叉神経第1枝の分枝の鼻毛様体神経が走行。ワサビを食べすぎて目から涙が出るのは本神経の刺激による。

 

2.副鼻腔炎の病態生理

慢性鼻炎により鼻粘膜が充血、肥厚
    ↓   
副鼻腔開口部付近の粘膜も肥厚し充血。
    ↓
副鼻腔開口部が閉鎖され、血流により副鼻腔は陰圧になり、貯留物が排泄できない。
本来は副鼻腔に溜まった分泌物は、繊毛運動により外に排出されるが、粘性の高い分泌物は排出されにくい。
    ↓
この状態が続くと感染が起きる。
 
慢性副鼻腔炎時は、同時に慢性鼻炎も存在している。症状は慢性鼻炎に似るが、膿性鼻漏が多量で、異臭があり、鼻周囲の圧痛出現する点が異なる。前頭洞の副鼻腔炎では攅竹附近は、前顎洞の副鼻腔炎では四白附近に重い感じがあり、押圧すると副鼻腔内圧上昇するとされ、鈍痛増悪する。

 


3.副鼻腔炎と歯周病との関連

 
この患者は2ヶ月に1回、歯科でプラークコントロール治療を受けていているが、歯科医に自分が副鼻腔炎持ちであることを告げると、X線撮影により左上歯の歯槽骨が不鮮明になっていることを観察、これにより副鼻腔炎は左上歯の歯周病から来ているのではないかといわれた。
本患者は現在歯症状はなかったが、この患者申告により、頬部を押圧して左上顎の奥歯あたりの圧痛腫脹を調べてみた。すると銀冠処置してあった左上顎第一小臼歯の歯根に相当する歯肉に圧痛を発見できた。ただし鍼管で歯を叩打しても痛みは出現せず、歯肉の腫脹もほとんどなかった。要するに歯周囲病の程度は軽かった。

私はこれまで副鼻腔炎と歯周囲炎は別個の疾患だとの認識でいたが、上歯臼歯の歯根末端は、上顎洞に非常に接近している(上顎洞に歯根が入り込んでいる場合もある)。上顎骨は比較的、海綿骨という骨質が「疎」であるため、細菌が広がりやすい傾向にある。この解剖学的特徴により次の2つのケースが起こりえる。
 歯性上顎洞炎:大臼歯部の虫歯を放置して溜まってしまった炎症が上顎洞内に入り込む
 鼻性上顎洞炎:上顎洞内にできた炎症が原因で、奥歯が痛くなる          

 

4.歯周病の鍼灸治療の併用

歯周病の標準治療は、歯肉のブラッシングおよび歯科での歯石除去とされる。歯周病にならないよう努力している人も少なくないが、大人の約8割、小児でも5割が歯周病だとされる。根本原因は免疫力の低下にあるといわれるが、そうなると却ってどうしたらよいか、わからなくなる。

歯肉病の治療には、歯肉のマッサージが効果あるので、これと同じように考え、圧痛ある歯肉に対して数カ所に5分間置鍼した。なおこれまで実施していた挟鼻中心の圧痛点への5分置鍼と糸状灸治療は継続して実施。
3日後再来。左第一小臼歯の歯根にあたる歯肉の圧痛はかなり減少した。鍼灸1回治療でで歯肉の圧痛が減ったので、歯科での歯周病治療は当面延期することとなった。

 

5.女膝灸の適応症 『名家灸選』

歯槽膿漏といえば『名家灸選』には女膝の多壮灸が効くと記されている。本書には女膝は、歯肉が腫れて出血しているものに適応があり、その作用は排膿を促すことにあると書かれている。本症例の適応外と思えるので使用していない。
※女膝穴位置:足の後かかとの赤白肉の際

現代では感染症に対して化膿させないことを重視している。しかし抗生物質のなかった昔は、化膿→排膿→治癒という流れが自然治癒への道筋として当たり前だった。排膿には、膿の出口をつくってやらねばならいので、その出口づくりが打膿灸の効能とみなされていた。桜井戸の灸として知られる面疔に対する合谷多壮灸も同じで、顔面の皮下組織にある膿を、合谷に膿の出口をわざとつくってやり、合谷から膿を出してやろうとする発想だと思えた。