AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

バックハンドテニス肘の針灸治療 ver.2.2

2024-10-10 | 上肢症状

1.バックハンドテニス肘の概要

1)症状:
テニスでバックハンドで球を打つたびに痛みが出る。雑巾絞り動作(前腕回外筋負荷)でも起こりやすい。
 
2)所見
外側上顆の腱起始部圧痛(++)、伸筋々腹(おもに短橈側手根伸筋)の圧痛
中指伸展テスト(+):手掌を下にして前腕をベッド面につける。検者は被験者の中指を軽く押圧しつつ患者に中指を反らすよう指示。手三里付近の痛みが出れば陽性。
中指伸展テストそしてトムゼンテストやチェアテストなどのバックハンドテニス肘の理学テストは、短縮性筋収縮を再現しているので、バックハンドテニス肘の真因である伸張性筋筋収縮とは違ったものといえる。ただし実際の診療では、バックハンドテニス肘の診療に非常に役立つものである。
 

3)病態


 
①テニスで相手からの返球をラケットで受け止める際、手関節は背屈するのて前腕屈筋は伸張状態になるが、この衝撃を受け止めるには短橈側手根伸筋が強く収縮する。
すなわち筋長は伸びているのに筋は緊張する。これを伸張性筋収縮(=エキセントリック筋収縮)とよぶ。
  

 

②エキセントリック筋収縮による筋損傷

エキセントリック筋収縮は筋に負荷がかかるので、筋力を増やすには適するが、筋の微細損傷を生じやすい筋収縮形態になる。
なお
通常の筋収縮は緊張すると筋長は短くなる。これを短縮性筋収縮(コンセントリック収縮)とよぶ。コンセントリック筋収縮は、筋への負荷が比較的少ないので、筋線維を損傷しづらい。
eccentricは<奇妙な>という意味。鉄棒懸垂で肘を曲げて身体を上げつつあるのは短縮性筋収縮であり、肘を伸ばして身体を下ろしつつある状態は伸張性筋収縮である。


③短橈側手根伸筋の特徴

長・短橈側手根伸筋の共通起始は上腕骨外側上顆である。長橈側手根伸筋停止は第2中手骨底、短橈側手根伸筋の停止は第3中手骨底である。この停止位置の違いにより、長橈側手根伸筋は単に手関節背屈作用、短橈側手根伸筋は橈背屈作用になる。バックハンドで球を受ける際、前腕は橈背屈運動となるので、短橈側手根屈筋への負荷が大きい。
 
なお腕橈骨筋は上腕の筋に分類され、肘屈曲機能になる。手関節の運動とは無関係なので、テニス肘やゴルフ肘とは無関係。

 

 ②短橈側手根伸筋の負荷         
   

2.手関節背屈時痛に対する手三里移動穴運動針 

中指伸展テストを実施し、その時に出現する手三 里付近で短橈手根筋上の圧痛点(手三里の5㎜~1㎝尺側)を発見して刺針する。置針したまま、肘伸展位で手関節の背屈運動針を5~10回程度行わせる。学校協会教科書での手三里は「
曲池穴の下2寸、長・短橈側手根伸筋の間にとる」とあるが、ここでは短橈側手根筋中にとり、刺針している。   
    

上の断面解剖図では、手三里を刺入点として短橈側手根伸筋→回外筋に刺入している。しかし回外筋の収縮時症状では使うが、バックハンドテニス肘では使わないかもしれない。

3 前腕回外痛に対する孔際運動針 

バックハンドでテイクバック(後に引く動作)ら球をインパクト姿勢に移する際、前腕は回内位となり、円回内筋は伸ばされながらも収縮、つまり伸張性筋収縮となる。前腕運動が最大のパフォーマンスを発揮しようとすると、ワインのコルクを引き抜く動作のように、前腕屈曲と前腕回外は同時に行われる。(ちなみにボクシング時、ストレートパンチの力を強めたい場合、前腕伸展動作と同時に前腕回内が同時に行われる)

上写真で、バックハンド姿勢で、テイクバック時からボールをインパクトする際まで、前腕は強く内旋しているのが理解できる。

 

治療は、前腕回外位にて伸張状態にあ る円回内筋で孔最あたりの圧痛点へ刺針し、前腕の回外の運動針を行うとよい。円回内筋は上腕骨内側上顆と前腕屈筋側中央で橈側中点を結んだ線上にあり、代表穴には孔最 がある。(本稿p2図参照)
※孔最(肺):前腕前橈側、前腕長を1尺2寸と定めた場合、太淵穴の上7寸。尺沢穴の下5寸で腕橈骨筋上。深部に円回内筋がある。なお尺沢は肘窩横紋の上で上腕二頭筋腱の橈側。腕橈骨筋中にとる。

手三里の反対側に円回内筋がある。ここを「裏三里」を定め、孔最刺針の代わりに使う方法もある。

 

  

 

 


バネ指手術の体験 ver.1.1

2024-08-01 | 上肢症状

1.術前の経過

2年程前から、理由なく起床直後に左母指のバネ現象が生ずるようになった。ただし基礎疾患として7年前頃から糖尿病があった。脱力時には痛みはないが、母指の曲げ伸ばするために、カクンカクンとして母指が動かしづらいので、絆創膏を母指IP関節に巻いてIP関節の動きを制限して過ごした。やがてバネ現象は自然消失したが、今度は母指IP関節が完全伸展できなくなった。母指の屈伸動作を行うと、母指MP関節掌側横紋の示指寄りに鈍痛が残るようになった。すなわち第3期のバネ指状態になった。母指の完全伸展ができないことは我慢ができても、母指球の鈍痛には我慢ができなかった。この鈍痛は湿布しても効果なかった。

痛みに我慢できなかったので、これまで整形外来に2度行き、腱鞘内への鎮痛剤注射を行う処置をうけた。注射直後は効果を実感しないが、数週間でじんわりと効いてくるとのことだが、まさにその通りだったので驚いた。しかし2~3ヶ月で元にもどることも多いという。一応計2~3回注射して、それでも効果ない場合、手術に踏み切るとの段取りになるという。腱鞘内への注射そのものが非常に痛く、局所注射が腱鞘を傷つけることになるなどの理由から、注射回数にも限界があるとのこと。


 2.(参考)バネ指のスタジウムと処置法

1)第1期:
関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。
  
2)第2期:     
①バネ現象陽性
が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲する。かろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。
②モーニングアタック出現
夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。
③MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知
治療は、腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)  

3)第3期 
バネ現象は消失するが、指の完全屈伸はできなくなる。日常生活で非常に支障をきたす。関節拘縮状態。 輪状靱帯の開放手術。手術以外に方法がない。


3.輪状靱帯切開手術

私のバネ指は、第3期となっていた。腱鞘への局麻注射も7ヶ月間に計3回たので、手術しか選択肢がなくなった。腱鞘への注射は、クリニックの外来で行ったが、手術となると手術設備のある病院になる。この医師は母体が同じクリニックと病院日替わりで勤務している。クリニックでは病院に宛てに紹介状を書いていた。書いた人と受け取る人は同じなのに、上の人から「書かないといけないんだって」とブツブツ文句を言っていた。

否応もなく平成29年9月15日、輪状靱帯切開術を受けた。手術室に入ると入口のナースが、「あの先生は、自分宛てに自分でご高診依頼状を書くんですよ」と妙なことを話してくれた。ところでバネ指の所見は腱が肥厚していて、輪状靱帯を切開すると、その輪状靱帯に覆われた部分だけ細くなっていたという。A1靱帯を切除し、A2靱帯入口部分も切ったとのこと(両靱帯を2つとも切除することはできない)。手術方法の選択はもちろん医師に一任したのだが、2㎜ほど皮膚切開してガイドナイフを使って腱鞘切開するという新方法ではなかった。しかし腱鞘を目視して切開できたことが、A1靱帯完全切除、A2靱帯入口の部分切除という臨機応変な対応をとることができた。A1靭帯を切開する時、腱が太くなっていて輪状靱帯をつまんで切開するのに手こずっていることが、医師の独り言から伺えた。

皮膚切開は10㎜ほど。手術は正味20~30分で、手術室に入っていたのは60分ほどだった。YouTubeでは簡単に済んだという動画があったが、私も安直に考えていたが、予想外に本格的な手術だった。

輪状靱帯を切除したということは、腱鞘が癒着しやすい状態になったことを意味するので、これを防止するため、術後は母指の曲げ伸ばしをしっかり行うこと、との指導を受けた。
術後2~3時間して麻酔がとれてきた。これで母指伸展も正常になると思い込んでいたが、意外なことに母指伸展可動域の改善はほとんどなかった。ただし母指球の鈍痛はなくなった。
   
その翌日から、右手に包帯を巻きつつ、鍼灸治療業務を何とか行った。母指を動かす度に傷口に痛みを感じていたが、経過と共にその痛みも軽減した。術後4日目に術後チェックをうけたが経過良好とのこと。

 

 

 

 

4.術後経過

術後2週間経て、抜糸を行った。改めて自分で触診すると、傷痕深部にシコリがあり、健側に比べて隆起していることが判明した。熱感と腫脹があることを医師に報告すると、抗生物質を5日間分投与された。抜糸して4日目になった現在、やはり熱感が少々残存している。傷痕内部のシコリも依然として存在している。安静時痛はなくなったが、母指を動かす際、MP関節掌側の痛みを若干感じる。母指IP関節の可動域は手術直後よりも改善したのだが、術前の症状を10とすれば、7程度にはなった。大幅に改善したというわけではない。健側と同様の可動域まで改善するのは約3ヶ月後だったが、成書を読み返すと、これも想定内のことといえた。

 母指を伸展すると母指MP関節部が痛むのは、オペ痕部に硬く分厚い皮下組織ができてしまって、それが母指屈筋腱を圧迫するためかと思ったが、触診してみるとオペ痕部が痛むのではなく、オペ痕よりも3㎜ほどIP関節に近い点に強い圧痛を2点発見した。銀粒を持っていなかったので、とりあえず米粒を貼って2カ所の圧痛点にテープ固定してみると、その直後から動作時の鈍痛は軽減したのでびっくりした。これもMPSの一部ということなのか。術前症状を10として3程度に改善した。だが別の痛点が出現してくる。

バネ指手術の症例数が多いことで知られる古東整形外科の「バネ指の手術を受けられた方へ」を読むと、手術後はスッキリと改善しない例もあるが、6ヶ月~1年の経過で、徐々に腫れが引いて、違和感が消失するといった内容であった。輪状靱帯に局麻注射をしても直後に痛みは改善せず、1週間~10日くらい後から徐々に効いてくるという治療経過、手術後後遺症が消えるのは6ヶ月~1年かかることもあるといった術後経過。バネ指は他の疾患と比べて、いろいろユニークな点が多いらしい。

術後2ヶ月経って、普段かかっている内科医に、ついでにバネ指をみてもらった。するとこれは腫れではなく、線維化だという。線維化だとすると、この分厚い皮下組織はもう治らないかもしれないとも思った。しかし術後3ヶ月が経過した12月下旬になってみると、母指球の重苦しい痛みや、母指運動時痛は術前の8割以上消失しており、普段バネ指だったことを意識することもまれになった。厚い皮下組織も術直後に比べて、1/3ほどにまで縮小している。そして術後2年した頃には皮下組織の肥厚もなくなった。常々思っていることだが、現代医学書の内容は、事こまかに事実に一致していることに驚かされる。このこと一つとっても現代医学の信頼性につながる要因となるといえる。

 

 


へバーデン結節の治療 ver.1.4

2024-05-18 | 上肢症状

1.病態
 
1)手指のDIP関節にみる変形性関節症。DIP関節基底部背側中央の伸筋腱付着部を挟んで、2つのコブ(結節性隆起)があるように見える。これは関節の炎症により関節包がゆるみ、摩耗した骨が周囲に骨棘を増生させて骨性の膨隆が生じる結果である。屈曲方向に曲がりはじめる。

 


2)ヘバーデン結節の症状は主に運動時痛だが、初期にはDIP関節が左右対称性に赤く腫脹し、自発痛を伴うことがある。 一方、3ヶ月が経過し、ある程度変形が進んで関節の動きが悪くなると、痛みがなくなる者が多いとされる。しかしいつまでも痛みが去らない者もおり、通院しても痛み止めや湿布を処方するばかりで、医者は頼りにならず、針灸で何とかならないかと来院する。

※ヘバーデン結節の語呂
①「女は40でへばる」 ヘバーデン結節は、女性の中年以降(40才)に多発する。
②指を上に向けて「ヘブン(天国)」。DIPはヘバーデン結節、PIPはブシャール結節


2.腱付着部症としてのヘバーデン結節

ヘバーデン結節部の圧痛点を探ると、DIP関節の2つのコブの間にあることが最も多く、他に左右側面に、そして時にはDIP関節掌側面中央にみることもある。時計の文字盤でいうと12時、3時、6時、9時以外の圧痛点は、あまりない。すなわち圧痛点は、いずれも腱や靱帯部分になる。

2つのコブの意味は、背側側腱付着部組織は隆起し、腱の骨付着部症がある。これは腱付着部  に微細な損傷をうけ、その修復機転としての軟骨化生、瘢痕性肥厚、石灰沈着、骨棘形成などが  発生している状態だとされるが、コブそのものに圧痛はないことが興味深い。痛みの正体は、変形に由来する関節包からくるのではなく、腱付着部症なのではないかとのの見方もできる。(辻田祐二良ほか:いわゆる「指曲がり症」(ヘバーデン結節)発症メカニズム、産業医学、1988)

腱付着部痛は次の機序で進展する。
指のDIP関節の変形
→関節包痛および関節変形にともなう腱痛(指背側にある指伸筋腱、指腹側にある浅・深指屈筋腱、 関節側面にある側副靱帯)付着部痛
→指の屈伸で痛む 
→痛むので指の屈伸運動をしなくなる。
→たまに屈伸運動する際には、以前よりも強い痛みを感ずる。


3.局所針灸治療

へバーデン結節の痛みは、筋腱付着部症と関節包の痛みの2種類あるが、腱付着部症の痛みが 主体になると考えられる。一般に施術直後は減痛できるが、持続作用は一両日なので自宅施灸を毎日行わせる。

1)DIP関節基部背面の左右に、2つのこぶ(へバーデン結節)が出現する。その中点に指伸筋腱が走行しており、鍉針でさぐって圧痛がある部に糸状灸。指伸筋腱の末節骨停止部に圧痛あれば、この部にも糸状灸。施術は、DIPとPIPとも屈曲させた状態で行うと、指伸筋腱が緊張するので、効果増大が期待できる。  
2)DIP関節側面の側副靱帯停止部に細針にて浅く刺針。その状態でDIP屈伸運動実施。
3)DIP関節側面の側副靱帯部に圧痛あれば糸状灸を行う。

   

4.遠隔針灸治療
  
指の背面にある指伸筋腱、および指腹側にある浅・深指屈筋腱に続く筋収縮をゆるめる目的で行う。これはⅠb抑制に相当する。すなわち腱を刺激すると腱の続く筋緊張が緩むと言う生理的現象を利用する。余分な筋収縮がなくなると、腱をひっぱる力も弱くなるので関が屈曲しやすくなる。
浅指屈筋腱(第2~第5指のPIP屈曲)と深指屈筋腱(第2~第5指のDIP屈曲)に続く浅指屈筋と深指屈筋は、下図の位置にある。浅指屈筋と深指屈筋に対する刺針は、手根管症状群と同様になる。ヘバーデン結節のPIP関節掌側面中央の痛みに対しては、浅指屈筋に対する刺針になり、郄門あたりから深刺する。

 

指伸筋腱の延長上にある指指筋に対する施術は、三焦経の四瀆(前腕中央)および三陽絡(四瀆の下方1寸)になる。手関節を背屈させた肢位で行うとよい。

 

 

5.手技療法   

1)指コロ指圧ローラー 

指伸筋腱、指屈筋腱、指でつまんでこするように上下にすべらせるような、商品名「指コロ指圧ローラー」(富永喜代医師考案)で刺激する。本製品はアマゾンで千数百円で入手できる。

2)指元圧迫しつつ指屈伸運動(Flexor Tendon Gliging Exercise)

代田文誌は、バネ指に対し、手首を締めつけるように押圧しつつ、指を屈伸運動させることがバネ指に効果あると発表した。これを追試してみると、ある程度の効果は認めるも、驚くほどの効き目はなかった。それでも患者が自宅で行わせるには適したものだった。筆者は文誌のやり方にヒントを得て、結節ができている腱の延長上にある前腕筋に刺入し、指の屈伸運動を行わせることを考案した。この効果は優秀で、現在でも筆者の得意とする治療方法となっている。

バネ指の針灸治療 ver3.3(2022.6/10)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e5b5616ff27ed725e4841034d9eee012

これと同じような考え方をヘバーデン結節の治療に応用できないかと考えた。
ヘバーデン結節のある指腹と指背の根元を、もう片方の母指と示指ではさむよう強圧しつつ、指の屈伸運動を行わせる。
これは昨夜、寝ている最中に思いついたばかりである。

上記原稿を書いた6日後に、ヘバーデン結節で来院中の患者が来院した。

症例 (50才、女性)
主訴:右小指ヘバーデン結節による痛み、左示指にもヘバーデン結節あり。
現病歴:当院初診(令和5年8月下旬)2~3ヶ月前に上記ヘバーデン結節による痛みを訴えて来院。
右小指ヘバーデン結節の圧痛点は、PIP関節背面中央(指伸筋腱上)、PIP関節掌側中央(指屈筋腱上)、左右の側副靱帯中央の4カ所にあり。左示指の圧痛点は背面、左右側面の3カ所にあるが、掌面にはない。ヘバーデン結節自体は存在するが、目立った隆起にはなっていない。

当初、本患者のPIP関節圧痛点に対して、ゴマ灸それぞれ2壮を行い、関連症状と思えるテニス様症状に対して、短橈側手根屈筋(手三里のやや尺側)に運動針を行った。自宅施灸を行わせ1~2週間に1度施術を行い、6ヶ月ほど経過した。
本日(令和6年2月24日)、次の方法で治療を試みた。治療直後効果は不明だが、③を自宅にて1回20回指の屈伸を1日2回以上をやってもらうことにした。
 ①局所へこゴマ灸、それぞれ1壮
 ②浅指伸筋(郄門の内方で心経上)へ運動針
 ③基節骨圧迫による患指屈伸運動


この原稿を書いている時点で、このエクササイズは私が考案したつもりでいたが、実際はすでにリハ分野では知られている方法で、Flexor Tendon Gliging Exercise (屈筋腱滑走訓練)という。腱の滑走は、現代のリハ訓練で重要視されている。指の屈筋腱には、浅指屈筋腱と深指屈筋腱の2つがあり、これらは腱内でまとめられ、その下の骨あたり押さえつけられている。関節の動きを生み出すには、腱は腱鞘内で個別に滑る必要がある(差動滑走)。腱の滑りが抑制されると、関節の可動域、筋力の低下、協調性の低下、手を使う能力の低下に影響を与えるようになる。適応症は手根管症候群だが、バネ指やヘバーデン結節にも有効だと思えた。

治療経過と効果

主訴がヘバーデン結節に伴う示指と小指の痛みに対し、治療院内で指導し、自宅でも1日4回、1回20回の指の屈伸運動を行わせた。患者は頑張ってこの運動法を忠実に実施した。当初この運動効果は判然としなかったが、3ヶ月経った頃にはっきりと治療効果が現れた。患者自身の口から、「ずいぶん痛みが減った」と回答した。
本患者は、その後も指の屈伸運動を続け、さらに1ヶ月後は痛みがほぼ消失。私が関節部を触診しても、どこにヘバーデン結節があるのか圧痛点が確認できないまでになった。

別の患者で、変形性膝関節症およびオペ後遺症(下腹部痛・肋間神経痛)を訴える者がいて、あるときヘバーデン結節の痛みを訴えた時があった。これは程度が軽かったこともあり、一回の上記運動法で痛み消失したこともあった。
 


手根管症候群の針灸治療 ver.2.2

2024-03-22 | 上肢症状

1.手根管症候群の概要   

手根管とは、手根骨と屈筋支帯(旧称は横手根靱帯)の間隙をいう。ここを縦走する正中神経が圧迫刺激され、圧迫部から末梢の正中神経麻痺が生じた状態。透析患者、閉経前後と妊娠・出産を機に多発する。

正中神経麻痺は、高位麻痺と低位麻痺(肘から遠位での神経絞扼障害)があり低位麻痺がほとんどである。低位麻痺の代表疾患が手根管症候群になる。円回内筋症候群も正中神経低位麻痺になるがマレな疾患。

※透析アミロイドーシス:透析中、手がしびれると訴える。ある種の線維状のタンパク質が屈筋支帯に沈着して太くなり、正中神経を圧迫。

 

2.手根管症候群の症状・理学検査

1)ファーレンテスト Phalen test     
手首を強く屈曲(掌屈)させる際の痛み。

 

2)正中神経低位麻痺症状

走行部(小指以外の指端)の痛みと異常知覚(ピリピリ、ジンジン)。母指対立筋の筋力低下、短母指外転筋の筋力低下、母指球萎縮。     

 

3.手根管症候群の治療  

1)局所治療点である労宮穴

手掌中央で、第3第4指屈筋腱の間に労宮穴をとる。労宮と手関節掌側横紋の中央 (=大陵穴)を三等分し、大陵に近い側の 1/3を「労宮移動穴」と定める。労宮移動穴から直刺すると、手掌腱膜→手根管(内部に正中神経と長・短手根屈筋腱)→虫様筋に入る。


この治療の直後は手のしびれは若干改善するのが普通だが、症状は間もなく元に戻りやすい。 局所治療に併せて腕神経叢や斜角筋を刺激することも行われるが、針灸が有効か否かは不明。手根管症候群の病理は屈筋支帯による手根管の圧迫にあり、筋々膜刺激ではどうにもならないのかもしれない。

 

2)手の腱に対するグライディングエクササイズ Gliding Exercise(滑走訓練)

手指には、長指屈筋と深指屈筋という 2つの屈筋腱がある。これらの腱は鞘内でまとめられ、その下の骨の近くに押さえつけられている。関節の動きを生み出すため  に、腱はこの鞘内だけでなく個別に滑る必要がある。この訓練は、前腕屈筋側にある浅指屈筋・深指屈筋を強圧した状態で行うと、腱がより伸張されるので治療効果が増す。この治療原理は、バネ指の運動療法、ヘバーデン結節の運動療法と治療と同種のものである。

 

 

 


腕橈骨筋痛に対する針灸治療

2023-11-08 | 上肢症状

75才男性

主訴:右前腕橈側部の運動時痛

現病歴と考察
会社停年後、トレーニングによる体づくりに努力を続けている。最近、右上腕橈側部が痛むとのことで来院した。上腕橈側部痛で最も多くみるのはバックハンドテニス肘だろうと考え、右手三里のわずかに尺側の短橈側手根伸筋を押圧して圧痛もあったので、テニス肘だと判断。この圧痛点に刺針し、手関節背屈動作5回、さらに針を刺した状態のまま回外動作5回を行わせ抜針して初回治療を終了した。ちなみにテニス肘では手関節背屈痛と回外動作痛がともに出現しやすいが、偶然にも手三里の深層として回外筋があるので、手三里(長・短橈骨手根屈筋の筋溝ではなく、短橈骨手根屈筋上)の針だけで、両方の運動針が可能になる。

経過
1週間後に来院、右上腕橈側部の痛みはやはり痛むとのこと。前回の治療には自信があったので意外だった。右上腕橈側の圧痛点をもう一度調べ直してみると、短橈骨手根屈筋上ではなく、腕橈骨筋上に圧痛硬結を発見した。この症状は、腕橈骨筋の運動時痛だと判断して、腕橈骨筋の運動針を行なった。すると圧痛点が移動して今度は、腕橈骨筋の起始部(肘髎穴のやや上方)あたりが痛むというので同様に運動針を行った。腕橈骨筋の運動針は、肘関節屈伸(術者は軽い抵抗を加えて)を5回行い、治療を終了した。後日さらに来院した際に、右腕の調子を問いただすと、あれ以来痛むことはなく、トレーニングを継続できているとのことだった。

考察
腕橈骨筋はその筋長の大部分は前腕部に位置するのだが、分類的には上腕屈筋に属する。従って腕橈骨筋の機能は、肘関節屈曲である。一方、腕橈骨筋に隣接する長・短橈骨手根伸筋は前腕伸筋に分類され、その機能が手関節背屈なので、運動針の方法がまったく異なってくる。本患者のトレーニングの一つとしてテーブルに肘をつき、鉄アレイを握って肘の屈伸運動するのをルーチンとしているという。この運動過剰により腕橈骨筋の筋膜癒着を起こしたのではないかと思えた。


魚際と合谷の局所解剖と意図するもの

2023-04-11 | 上肢症状

1.合谷刺針
 合谷から教科書通りに刺入すると、まず第1背側骨間筋に入り、続いて母指内転筋に入る。この2筋は意外なことに、ともに尺骨神経支配である。ゆえに尺骨神経麻痺時に、骨間筋萎縮と母指内転筋萎縮によってフローマン徴候(+)が出現する。

手掌部・小指球部・手背部の筋は尺骨神経支配で、母指球は正中神経支配が主だが、例外的に母指内転筋のみが尺骨神経支配である。脳卒中後遺症で手指の痙縮が強く、指が伸びない患者に対し、合谷から小指方向に向けて深刺すると、速効的に指が伸びるようになることを経験するが、これは骨間筋の痙縮を解除した結果であろう。

 なお合谷部周囲の皮膚は橈骨神経支配である。すなわち合谷施灸は橈骨神経刺激、合谷刺針は主として尺骨神経刺激となる。

合谷への皮膚刺激として有名なのは次の2つである。

かつて桜井戸の灸があった。面疔(顔面にできた桜井戸の灸は、 患側の合谷穴に100壮~200壮灸をすえた。50壮くらいで、面疔のズキズキする痛みが止まってくるが、そこで灸をやめると、また痛みだすので続けてすえる。すると再び痛みが泊まって、そのうち面疔部分から自然に排膿される。(深谷伊藤三郎「家伝灸物語」より)

柳谷素霊の喉の一本鍼というのは、正座させ、丸竹を握らせた状態で、腹に力を入れ腕にも力を入れ、寸3の2番で合谷部の硬結下縁に傾斜させて刺針、反復的に1分~3分刺針。抜針を皮膚が赤くなるまで繰り返すというものであった。ただしここでいう”喉”とは、咽のことらしく、とくに扁桃炎に効果ありと記載されている。



2.魚際刺針
 
魚際刺針は母指対立筋(文献によっては短母指屈筋)への刺針となり、正中神経支配である。皮膚も正中神経が支配する。
母指内転筋は、魚際と合谷の中間点にあるので、魚際や合谷のいずれからでも第1中手骨縁に刺し、母指内転筋運動鍼をすれば母指内転筋症に効果を発揮できることが多い。


小指バネ指と神門の関係 症例報告(32才、男)

2022-06-10 | 上肢症状

今回の症例は、病態把握が二転三転したものである。こういうケースもたまに来院するのだが、症例報告レポートとして提示するには複雑になるのであまり好まれない。今回は、私の病態把握の迷いにも触れつつ、どう収束したがについて記録する。

 

1.第一診察

本患者は、テレビゲームが好きで、長時間コントローラーを操作するためか右手三里の違和感、手関節の背屈しづらさを訴えてた。まずバックハンドテニス肘を考えたが、上腕骨外側上顆に圧痛なく、テニス肘テストでも異常はみられなかったので、テニス肘診断は否定的。右雲門の圧痛があり、右大胸筋の緊張強いことから、今度は過外転症候群を考えた。まず雲門から小胸筋に置鍼5分を行った。すると今度は右陽谿が痛むという。局所に撮痛あり、フィンケルステインテスト陽性なことから、ド・ケルバン病と判断し、陽谿に集中浅刺針も行った。

 

2.第二診(前回治療の1週間後)

前回の治療で、症状が少なくなってきたようだ。現在、最もつらいのは、右前腕心経ルートだということで、尺側手根屈筋収縮を考えた。手関節屈曲時に痛むという。ただし尺側手根屈筋痛というのはこれまであまり目にかかった記憶はなく、豆状骨あたりが痛むという割に、尺側手根屈筋の停止である豆状骨・有釘骨・第五中手骨底を触診したが圧痛は発見できず、自信をもった病態把握ができなかった。
治療は、手関節伸展位にした状態で尺側手根屈筋および腱の運動針を実施。これはⅠb抑制による筋弛緩を目的としたもの。また痛む局所には豆状骨内縁には半米粒大灸3壮と円皮針を併用した。

たぶん代田文雑誌著「鍼灸治療基礎学」の影響からか、神門(ないし澤田流神門)の灸治は便秘に効くとされているが、その治効の信憑性は怪しい。あまりにも効かないことが多いのだ。まあ今回は尺骨手根屈筋の停止ということで灸点をおいてみた。


3.第三診(前回治療の1週間後)

「両側の小指の曲げ伸ばしでカクカクする」という新しい症状を訴えた。診ると軽度のバネ現象を認めたので、小指バネ指と診断できた。

するとこの小指バネ指は尺側手根屈筋腱の痛みと関係するのだろうかという疑問が生じた。指の屈曲し過ぎ+手関節の屈曲し過ぎということで関連があるようにも思えるのだが、患者の痛みは尺側手根屈筋腱上になく、その内側なのでこの考察は成立しがたい。

尺側手根屈筋腱内側には何があるかを局所断面解剖図で調べてみると、手根管があり、この部から直刺深刺すると手根管縁に命中することを理解した。すなわち小指を屈曲する深・浅指屈筋腱を刺激できる部位であった。これまで尺側手根屈筋緊張症状と思っていたものが、実は深・浅手根屈筋の緊張症状だったと思われた。(次回治療で、神門から第5浅・深指屈筋方向に向けて斜刺するとてみるとさらに効果があがった)

 

4.小指バネ指の治療としての裏支正運動針

これまで私はブログに「バネ指の針灸治療 ver.3.3」として2022年6月10日で発表した。かいつまんで要旨を説明すると第2~第5指バネ指では、浅指屈筋腱と深指屈筋腱の緊張過多によるものだから、浅指屈筋・深指屈筋の筋緊張がゆるめば、それらの腱も自動的にゆるむとする考えであった。その治療ポイントは、前腕心経ルート上の中点(裏支正穴)に置鍼し、適度に第2~第5指の屈伸運動を行わせるというものである。

本症例も裏支正運動針を実施し、バネ指が相当軽くなっている。

 

 


バネ指の針灸治療 ver.3.3

2022-06-10 | 上肢症状

本原稿は約3年前に発表した「バネ指の針灸治療」を全面的に改定したものである。

1.手の指の腱・腱鞘・靭帯の構造 

指に向かう深指屈筋腱と浅指屈筋腱は、運動量が大きく力も強大なので、他の組織との摩擦を 防ぎ、滑りをよくするため、遠位中手骨から指先までを腱鞘で覆われている。 さらに指の掌側には、腱の浮き上がり防止のため、滑車装置である輪状靱帯(靱帯性腱鞘)が   腱鞘を補強している。輪状靱帯は、示指~小指それぞれに5カ所(母指は2カ所)ある。

バネ指の原因として最も多いのがA1輪状靱帯によるもので、次いでA2輪状靱帯に多い。A3~A5輪状靱帯とC十字靱帯はバネ指を起こさない。




 3.バネ指の概要

1)病態生理  

指の屈曲動作は前腕部の指屈筋が収縮し、その筋から指の末節骨・中節骨に停止した腱が体幹側に引っ張られることで行われる。この腱と靱帯への機械的刺激が過度になっても、通常は一晩休めば炎症は鎮まる。しかし自然修復できる限度を超えた刺激が繰り返されれば、徐々に輪状靱帯は肥厚し、腱を締めつけるまでになる(これが狭窄性腱鞘炎状態)。 輪状靱帯に腱が繰り返し衝突することで腱の一部にシワが寄り、シワは次第に大きくなって結節に発展する。


2)分類・症状・所見  

<第1期>    
MP関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。  


<第2期>     
腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)をした直後は効果を実感しないが、数週間でじんわりと効いてくる。この効果は9割の者が実感できるが、やがては元にもどることも多い。腱への注射は腱を傷つけることでになるので、2ヶ月に1回計2~3回注射して、それでも元にもどる場合は手術に踏み切る。   

①バネ現象陽性
指が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲する。かろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。   

②モーニングアタック出現
夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。   

③MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知  

 

<第3期>       
関節拘縮状態。 バネ現象は消失するが、指の完全屈伸はできなくなる。日常生活で非常に支障をきたす。A1輪状靱帯の開放手術以外に方法がない。        重症の場合、A1切開とともにA2手掌側の下半分を切開することもある。A1とA2両方を完全切開することは、指屈曲時に腱が浮き上がってくるので実施できない。

 

 

2.代田文誌先生の運動療法
 
代田先生は、得意とする針灸が非常に多い方だったが、バネ指を苦手とし、独自に考えた運動療法を行っていた。成書よりその方法を転記する。「障害指の屈筋を中心に、患者の手首を術者の片手で固く握りしめ、その状態で患者に全力で指を十回~数十回屈伸するよう命じる。すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然自力で屈伸できるようになる」

記方法を筆者は追試してみた。確かに効果はあるが満足する程度ではないこと。またやはり針での治療法を知りたいと思っていた。
 
以下は筆者の考えた方法である。代田文誌先生の運動療法よりも効果的であるようだ。 


3.バネ指の針治療
 
バネ指にも軽症と重症がある。対する鍼灸の治療効果は、当然のことであるが、軽症の方に適応がある。具体的には他指で補助することなく、屈曲した指の再伸展できる者に効果的である。

1)母指バネ指の針灸
    
母指バネ指の症状は、母指IP関節の屈曲時にポキッとして自動的に折れ曲がる現象と、屈曲状態にあるIP関節を伸展した際のポキッとした自動伸展現象(重症の場合、自力では再伸展不能)となることである。
    
母指バネ指では、長母指屈筋腱上に結節ができる。長母指屈筋の走行は、は前腕骨間膜を起始とし、母指末節骨に停止している。仮にこの筋の筋トーヌスも筋長も生理的範囲内であれば、腱に加わる伸張力は弱くなり、再伸展の際に結節が存在したとしても、輪状靱帯にぶつからなくてすむのではないだろうかと考えてみることにした。
     
具体的には、前腕屈筋側中央に郄門をとり、同じ高さの肺経上に治療点を定める。そこから長母指屈筋に向けて斜し、母指屈筋の運動針を指示する。長母指屈筋中に刺入できていれば、母指の動きと同期して針柄が上下に動くことを観察できる。


  

 

 

母指バネ指治療に使う部位には正穴がなく不便なので、既存の正穴位置をヒントに、裏偏歴と名付けた。正穴の偏歴は前腕橈側、手関節横紋屈筋側の橈側(=陽谿)から曲池穴に向かい上3寸の大腸経なので、その裏側である肺経沿いにあるから、裏偏歴とよぶことにした。

2~5指治療に使う治療部にはで使うにも正穴名がなく不便なので、既存の正穴位置をヒントに、裏支正と名付けた。正穴の支正は前腕尺側、手関節横紋から尺側手根伸筋の上5寸の小腸経にある。その裏側である心経沿いにあるので裏支正と呼ぶことにした。

 

2)第2~第5指バネ指の針灸
    
親指以外の4本指でDIP関節屈曲は深指屈筋、PIP関節屈曲は浅指屈筋、MP関節屈曲は虫様筋というように役割分担されていて、比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働き、握りしめたり細い物を握る時は虫様筋が主に働く。ただし実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。



バネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。深指屈筋中に刺入できていれば、母指の動きと同期して針柄が上下に動くことを観察できる。(臨床上、浅指屈筋中に刺入しても治療効果はあがる)
 

4.バネ指腫瘤部への局所刺激と小鍼刀の検討

バネ指の運動障害の原因は、A1輪状靱帯部における腱の圧迫が最多なので、輪状靱帯を切開して腱の通りをスムーズにしてやればよい。輪状靱帯を切開しても、腱は安定した位置にあるので、指の曲げ伸ばしの動作に支障は起きないという。

かつて注射針によるばね指手術(局所麻酔注射後、腫瘤部に注射針をか刺して、鍼先を小刻みに動かすことで小分けして輪状靱帯を切断する)も行われてきた。この技法は、屈筋腱損傷などの合併症が報告されていて、現在では医療施設ではあまり行われないが、中国では小鍼刀(鍼先がマイナスドライバーのようになっている鍼)が考案され、輪状靱帯を突っついて押し切るばね指治療も行われているようだ。エコー装置を使えば針先と腱鞘の位置関係が確認できる。この方法は、法的に日本での鍼灸術の範疇に入るかどうかは微妙であし、」また無麻酔で施術することになるので患者にとってはかなり苦痛だろう。しかし通常の豪針で、輪状靱帯を鍼先で少々突いただけでは、輪状靱帯の圧迫は取り除くことは難しい。

腫瘤部に円皮針の貼り付けや施灸により効果があることもある。これは局所刺激としての限定的効果であろう。

   

 

 小針刀を使ったバネ指(板機指)治療の動画

 https://www.youtube.com/watch?v=w60t6_Ox3VA

 

 

  

 


ゴルフ肘の針灸治療 ver.2.1

2022-04-07 | 上肢症状

1.症状

ゴルフ肘ゴルフクラブのインパクト時、効き手の肘内側が痛む。 上腕骨内側上顆部の運動時痛

2.病態

 
1)ゴルフのスイングは、まず前腕を回外してクラブを持ち上げる。次にクラブを振り下ろすが、その際に利き腕(多くは右)の前腕は回内傾向になる。これは円回内筋が収縮し
、その起始である上腕骨内側上顆に牽引ストレスが働くことになる。

※長掌筋の機能
 手根部を曲げ,同時に手掌の腱膜を引く働き をする。ヒトでは必要ないので退化している。  
サルが木の枝にぶら下がったり、ネコが随意に  爪を出すのは、長掌筋よる。

 

※前腕が回内してしまう理由として、クラブの右手の握りで、母指。示指・中指を曲げてクラブを持つ習慣にあるという。この握りでクラブを振ると、前腕は回内してしまう。環指・小指に力を入れてクラブを握ると、自然と中指も曲がるようになる。

2)ゴルフクラブのスイングは、体幹のひねり(胸椎の回旋と骨盤のひねり)を効かすべきだが、腕だけでクラブを振るなら、前腕の回内を入れてインパクトしてしまう。

 

3.針灸治療   

1)手関節屈曲は、主に橈側手根屈筋と尺側手根屈筋の収縮による。なお橈側手根屈筋のみ収縮すれば手関節は橈屈し、尺側手根屈筋のみ収縮すれば手関節は尺屈する。これら両筋は上腕骨内側上顆を起始とし、筋緊張負荷が過多になれば運動時痛を生ずる。
    
橈側・尺側手根屈筋の圧痛点を見い出すには、被験者の手を掌屈させ、橈側・尺側手根屈筋するよう指示する一方、検者はこの運動をさせないように力を加えることで、筋収縮状態に誘導する。この姿勢で筋中の圧痛点を見い出して刺針するという方法が成書に記載されていた。
これは前腕屈筋を収縮状態にしていて施術する方法になる。
 

上腕骨内側上顆部の少海には強い圧痛がみられるので、刺針したまま手関節屈伸の運動針を行う。ゴルフ肘治療における局所治療としての少海反応点の触知は意外に難しい。下図で示した部位ではなく、上腕骨内側上顆部のわずかに肘頭寄りに限局的な強い圧痛となって出現すると思う。このことを知らないと、反応点を触知できないことになるだろう。

kono

 

 

2)仰臥位で前腕下にマクラを入れ、手関節を過伸展状態にする。この姿勢で、橈側・尺側手根筋上の圧痛点に刺針するという方法もある。これは前腕屈筋を伸張させて施術する方法になる。


この方法は、自宅で行う予防エクサイズとしても応用できる。

健側の指で、患側の手掌をつかんで、手関節を背屈するのがよい。
指をつかんで
手関節を背屈させるならば、浅・深指屈筋のストレッチになってしまうため。


3)円回内筋刺針

       
被験者の腕を回内するよう指示、検者はこれに抵抗を加える。その状態で円回内筋の圧痛を調べる。円回内筋は上腕骨内側上顆と前腕橈骨外縁中央を結んだ位置にある。代表穴は
孔最。 
※孔最:前腕前橈側、太淵穴の上7寸、尺沢穴の下3寸腕頭骨筋上。深部に円回内筋がある。

 

 

 

 


    

 


母指CM関節症と母指内転筋症の針灸治療 

2021-12-29 | 上肢症状

元のブログタイトルは、「母指CM関節症には母指内転筋停止部の刺針」だったが、筆者は母指CM関節症と母指内転筋症を混同していたので、上記タイトルに変更するとともに、本文を大きく変更した。

1.母指CM関節症
 
1)局所解剖


母指は、末梢側からIP→MP→CMの3関節からなる。
CM関節とは、carpo-metacarpal  joint すなわち中手手根関節のことであるが、第一中手骨と関節するのは大菱形骨で、本関節は大菱形骨(鞍(くら))中手骨(人)がまたがっているような形状をしていることで母指の大きな関節可動性を可能にしている。母指球には多くの筋が停止するので、親指には大きな力を入れることができる。そうした中にあって母指CM関節症にとって臨床上重要となるのが、母指内転筋や母指対立筋である。


①母指内転筋


第2中手骨を起始とし、母指MP関節部に停止する筋で、母指を内転(示指側に近づける)作用がある。手の合谷部においては、手背側と手掌側の中心に位置する深部筋である。規定の合谷位置ではなく、第一中手骨際に寄った処になる。深刺して第一背側骨間筋を貫き、母指内転筋に入れる。

②母指対立筋

母指対立運動(母指頭と小指頭を接触させる動作)の際の、母指運動の筋肉の動き。
魚際(手掌部。第1中手骨中点の橈側、赤白肉際に取穴)が刺針点。
魚際の名称は、母指球を魚に例えた時、そのヘリに位置するところからきているという。魚際から直刺すると、短母指外転筋→母指対立筋→短母指屈筋→母指内転筋と、母指球構成4筋を刺針できる特異的な部位。母指球筋のオーバーユース時、魚際に圧痛硬結が出やすいことが理解できる。

 

 

 

 

2)母指CM関節症の病態生理
本症は変形性関節症の一種で、更年期以降の女性に多い。
靱帯弛緩 →関節滑膜の炎症・腫脹→軟骨摩耗 →関節包弛緩 →関節部の骨棘形成と亜脱臼 →母指基部が出っ張る 
 

3)母指CM関節症の症状
ビンのフタを回す、洗濯バサミや爪切りをはさむ、手をついて立ち上がる、といった動作で痛みが出やすい。
 

4)現代医学的治療
安静により痛みが改善する者も多い。手術が必要となる者は2~3割。リハでは母指内転筋ストレッチが重要。
 
5)針灸治療

母指CM関節症の、部分症状としての内転筋症や母指対立筋症にたいしては針灸が著効。詳細後述。


2.母指内転筋症
 
1)病態
母指CM関節停止部筋に緊張はあるが、変形や亜脱臼がほぼない状態。母指内転筋症との名前はマイナーだが、母指CM関節に変形や脱臼のない初期の母指CM関節症とみなすことができると思える。要するに軽度な母指CM関節症。

2)症状
母指内転動作を酷使する理容師や美容師や庭師が障害を受けやすい。負荷をかけた母指内転運動で、合谷(第1・第2中手骨底間)が痛む。
     

3)初めての母指内転筋症の経験と考察

合谷深部ないし魚際深部が痛むと訴える患者が、これまで何例も来院していた。私が鍼灸初心者だった頃、患者の訴える症状部である合谷、あるいは魚際に刺針したが、さっぱり改善せず苦労した。かなり後、それは母指CM関節症という疾患であることを知った。しかしCM関節にしてはCM関節の脱臼所見がないのが不思議だった。

ある時、またも同様の患者が来院した。通常の刺針では治せないことを自覚していた。合谷の浅い押圧では圧痛がなかったので明らかに表層筋ではない。となれば問題となる筋は、母指内転筋(=合谷)だろう。母指内転筋は、通常合谷から深刺しても当たるが、母指内転筋の停止部に当てるとなれば、第一中手骨際から深刺する必要があり、刺針した状態で母指を内転運動するよう指示。すると症状部に一致した再現痛が得られ、直後から症状も大幅に改善した。

なお書で調べると、CM関節症で障害を受けるのは母指内転筋であるが、母指対立筋のチェック(母指先を小指先に近づけ)、短母指屈筋のチェック(母指の掌側外転)も母指安定化に関わっているので、調べた方がよいと記されていた。

母指内転筋の停止は母指基節骨底内縁であり、母指内転筋付着部炎と判断した。結局、母指CM関節症といっても、痛み自体は筋付着部炎によることも多いことが予想され、針灸は有効と考えた。

後日、別の患者で、母指CM関節症が来院。高齢者で杖を持った状態で母指を捻ったとのこと。そのMP関節は変形していたのだが、上記合谷運動針を行うと、痛みは半減させることができた。

 

 

 

 

 

 

 


橈骨神経低位麻痺による下垂指の鍼灸治験

2021-07-04 | 上肢症状

1.橈骨神経の高位麻痺と低位麻痺

肘より上部である手五里付近の神経絞扼障害では橈骨神経高位麻痺になり下垂手となる。
橈骨神経は肘を過ぎたあたりで浅枝(知覚枝)と深枝(運動枝)に分かれるが、深枝走行で手三里あたりの神経絞絞扼障害では下垂指となる。

 



2.橈骨神経低位麻痺(=後骨間神経麻痺)
 
1)橈骨神経深枝(運動枝)は前腕背面の三焦経に沿って走行する。橈骨と尺骨間には骨間膜があり、橈骨神経深枝は骨間膜の後にあることから、後骨間神経の別称がある。橈骨神経深枝の運動麻痺を後骨間神経麻痺ともよぶ。 
 
2)橈骨神経低位麻痺を生ずる神経絞扼を受けやすい部をフロセ(Frohse)のアーケードとよぶ。回外筋入口の狭いポケットのような隙間があり可動性が少ない。そこに橈骨神経深枝が入るので、回外筋の緊張が橈骨神経深枝を絞扼し、運動麻痺が起こる。

 

 

3)橈骨神経低位麻痺では下垂指 Drop Finger が起こる。手関節の動きは障害を受けない。
下垂指の症状:指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる。ただし手関節、PIP・DIP関節は動く。橈骨神経浅枝は正常なので、知覚障害は生じない。

4)後骨間神経麻痺の原因は、ガングリオンなどの腫瘤、腫瘍、Monteggia骨折(尺骨の骨折と橈骨頭の脱臼)などの外傷、神経炎、運動過多による絞扼性神経障害である。麻痺の程度と予後はシェドンの分類に従うが、上肢の骨折や挫創などで神経断裂の疑いがなければ、1~3ヶ月保存療法で経過をみる。


3.橈骨神経低位麻痺による下垂指の鍼灸治験(46歳、男性、画家)
 
1)主訴:右指が伸ばせない

2)現病歴
当院初診の2週間前から、急に右指が真っ直ぐに伸ばせなくなった。とくに示指と中指が伸びない。手関節の動きは正常。握力も左45㎏、右41㎏と問題なし。5年以上前に右尺骨神経麻痺で当院受診し、軽快した既往がある。

3)診断:橈骨神経低位麻痺(後骨間神経麻痺)

4)治療方針
神経絞扼部と予想するに置針20分。患側曲池の下2寸。長・橈側手根伸筋の深部にあるフロセのアーケード部(回外筋付近)から4~6カ所選んで1~1.5㎝刺入。低周波通電を試行し、指が最もリズミカルに伸展するポイントを何ヶ所か見つけて置針低周波通電(1~2ヘルツ)を20~30分間実施。あたりをつけて1~2㎝刺針してパルスをつなき、指が伸展するポイントの発見に努める。たとえば環指が最も動いた状況であれば針を橈骨方向に刺針転向すると中指や示指は最も動くように変化させることができる。
補助的に橈骨神経高位麻痺の神経絞扼部である手五里や、天鼎から腕神経叢をねらって刺針。これらに対しても20~30分間低周波置針。
 
5)経過と意見
これまで週1回のペースで4ヶ月半治療した。現在、最も指が伸びなかった示指・中指ともに、検者の軽い抵抗に逆らって伸張筋力を獲得している。本患者はシェドンの分類では軸索断裂に相当すると思えた。外傷歴はないので神経断裂ではなく手術の対象にはならない。後骨間神経は知覚成分を含まないのでチネルサインでの神経断端部の確認はできなかった。
下垂指は下垂手と比べて障害範囲は狭いが、だからといって下垂手より治りやすいということはない。 

 

 

 


橈骨神経高位麻痺による下垂手の針灸治療 Ver.3.0

2021-07-03 | 上肢症状

今から5年ほど前に筆者は「橈骨神経麻痺には消濼の強刺激刺針」と題したブログを書いたが、今読み返せば、不備な内容になっていることを発見した。ここに全面的に書き換えることにする。

1.橈骨神経の走行の要点

 

 

2.上腕部橈骨神経

腕神経叢より起こり、上腕外側の橈骨神経溝を下行(代表穴は消濼・手五里)し、上腕骨外側上顆(曲池)に向かう。橈骨神経は前腕へ向かうすべての伸筋、外転筋、回外筋を運動支配し、手関節や指関節の動きに関与する。上腕外側部圧迫や上腕骨骨折、ハニムーン症候群(長時間、新婦を腕枕)
では、橈骨神経高位麻痺として下垂手になることが多い。

※下垂指:総指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる(手関節、PIP・DIPの動きは正常)
※下垂手:下垂指状態に加え、長短橈側手根伸筋(←手関節背屈作用)も麻痺し、手関節運動不能、MP関節運動不能、PIPとDIPの関節運動は正常。

橈骨神経高位麻痺では前腕橈骨側から手背部橈側皮膚の知覚低下が起こるが、前腕橈側は筋皮神経の皮膚知覚支配と重複しているので知覚麻痺は目立たない。しかし手根背側の合谷穴付近は橈骨神経の固有支配領域のため、限局した知覚低下をみる。

3.末梢神経麻痺の分類(シェドン分類)

C線維を除く末梢神経の構造は、有髄線維であって「ニシンの昆布巻き」のようになっている。昆布の中心にあるニシンが軸索、昆布自体が髄鞘である。末梢神経損傷の原因により、損傷の程度は異なる。損傷の程度は次の3つに分けられる。

 

1)ニューラプラクシー(一過性伝導障害)

圧迫などで一時的に神経が麻痺しただけの場合。軸索は正常だが、髄鞘(=エミリン鞘)が脱髄し、末梢に興奮が伝達されない。数日~数週間で回復する。長時間正座した場合に生じる足のしびれは、この最も軽いタイプ。


2)軸索断裂


軸索の連続性が損なわれているが、髄鞘の連続性は保たれている。断裂部から末梢はワーラー変性してしまう。髄鞘がつながっていれば、1日1㎜の長さで軸索が伸び、切断部末端側と出会えば神経は再構成される。これをつながって回復することが多い。打撲や骨折でよくみられる。

※ワーラー変性:
切断端部より遠位の軸索が、神経細胞体からの連続性が断たれ、切断された軸索や髄鞘が変性に陥る状態。

3)神経断裂

鋭い刃物やガラスで切ったり、刺したりして、神経が完全に切断されている。
近位断端から、再生軸索は伸長を開始するが、遠位断端までの間に間隙があることが多く、神経の自然回復は望めない。そのため、間隙を埋めるための神経縫合術、神経移植術が必要となる。

 

4.橈骨神経高位麻痺の針灸治療

1)病態把握

四肢の麻痺で最も高頻度なのは橈骨神経麻痺で、なかでも橈骨神経高位型の一過性伝導障害または軸索障害が多い。このタイプは、上腕外側中央部における長時間の神経圧迫によるものである。

針灸治療するに際しては、外傷歴の有無を確認する。神経断裂は外傷性なので、針灸の適応はない。


2)橈骨神経高位麻痺の針灸治療の方法と効果


「麻痺は虚証なので補法の鍼灸をする」という治療原則があるが、実際にはその通りにはいかないようだ。私は脳卒中後遺症の鍼灸である醒脳開竅法の方法と、「楊再春ほか著、今川正昭訳:神経幹刺激療法⑤、医道の日本(昭58年4月)」の記事に準拠し、圧迫が予想される部を中心として橈骨神経への直接刺針を行っている。


楊再春らの報告は次のようである。
患側上の側臥位。肘関節をやや屈し、手掌を下に向け、自然に胴の脇につける。圧迫原因部位である上腕外側中央部(消濼、手五里)に求め、太針で1寸ほど直刺して刺針転向法を用い、橈骨神経を直接刺激する。橈骨神経に針が触れると、前腕の伸展、手指の伸展が起こり、母指・示指・中指に向かう触電感が放散する。


基礎体力のある若年者のニューラプラクシー型の急性橈骨神経麻に対し、上記方法を行ると、治療直後から大幅な筋力向上が得られ、1~2週間で全治した症例が過去に2例があった。ある程度の自信をもってパーキンソン病をかかえる老人の急性橈骨神経麻痺に対しても同様の治療を行ってみた。しかし今回はほとんど効果がなく、治療3回で中断した。結局その老人は2ヶ月ほどかかって自然治癒したのだった。この者は、おそらく軸索断裂型だったのだろう。


5.橈骨神経高位麻痺と誤診した症例

寝ていて起きたら橈骨神経高位麻痺による下垂手になったという患者(69才、男)で発症3ヶ月後になって来院した患者がいた。外傷歴がないので神経断裂型と判断したが、それにしても回復が遅い。 

筆者が考える低位型の針灸治療ポイントとは、神経絞扼部であるフロセのアーケード部分(手三里付近)あたりに刺針、ただし運動神経なので電撃様針響は得られない。他に高位型に準拠して侠白にも刺針。両穴には低周波置針通電20分実施。念のために腕神経叢部(天窓)にも低周波20分置針を行ってみた。週2回治療ですでに3ヶ月経過しているが、目立った回復はみられていない。それでも整形医師は「しばらく様子をみましょう」とのことである。

 その数ヶ月後、患者本人から電話連絡があった。神経内科専門医の見立てで、「神経性筋萎縮症」ということだった。これは難しい診断で、専門医が言うには、整形外科医で診断するのは難しいとのこと。整形外科医にその旨を報告すると、「お役に立てなくて、ごめんね」と言ったという。神経性筋萎縮症であれば、さらに保存療法で様子をみてよい。

神経性筋萎縮症について簡単にまとめる。

①概念
一側または両側上肢の激痛で始まり、1~3週間後、痛みが改善するとともに、上肢の挙上困難と萎縮を認める。多くは原因不明である。ウイルス感染が主病因と推測されている。診断は針筋電図による

②治療
治療は特別なものはなく、予後がよいことから投薬を行わずに経過観察してもよい。予後は、90%以上が良好に回復する。36%が1年以内、75%が2年以内、89%が3年以内に改善する。


末梢神経性「シビレ」の診かたと鍼灸治療 ver.1.1

2021-03-15 | 上肢症状

1.シビレのもつ三つの意味

患者の上肢や下肢がシビレルという訴えはしばしば耳にする。そうなると、そのシビレに関して、そのシビレは動きが悪い(運動麻痺)のか、感覚が鈍い(知覚鈍麻)のか、そともジンジン、ビリビリする(異常知覚)のかを分別しなくてはならない。

2.シビレの病態生理学
1)末梢神経の種類と機能のマトメ


    

有髄神経は無髄神経から進化した。有髄神経は動作がすばやい動物になって発達した。
有髄線維は随意運動に関与するA線維と自律神経に関与するB線維に分類される。A線維は太い方から順に、α、β、γ、δと細分化されているが、シビレを理解するたに必要なのは、Aβ線維→触覚、Aδ線維→速い痛み(fast pain)、および無髄のC線維遅い痛み(slow pain)の3種である。


2)触覚・痛覚の抑制機構(触ることで軽くなる痛み)

触覚を伝達する太いAβ線維は、痛覚を伝達する細いAδとC線維を、脊髄や視床のレベルで常に「抑制」している。「かゆい」ことは痛覚線維が持続的に、しかし「軽く」刺された状態と考えることができるが、掻くということは触覚を刺激することになり、痛系に抑制がかかり、痒みは軽減される。

※怪我をして痛い時に、その部分を思わず押さえたりさすったりするのは、触覚刺激をして痛覚が抑制できることを経験的に知っているため。
※深谷伊三郎考案の灸熱緩和器の原理が触覚刺激による灸熱感受性の緩和である。灸療中周囲皮膚を竹筒などで押圧すると熱さが減ったように感じる。


3)機械的圧迫刺激によるジンジン、ピリピリの抑制機構

長時間正座を続けると、まず足がジンジン・ビリビリ・ピリピリしてくる。さらに正座続けると足の感覚がなくなる。その時、立ち上がろうとすると、足が麻痺しているのにづく。正座を止めて足を崩して休んでいるうちに、またジンジン・ピリピリした感覚がてきて、次に正常の運動機能が戻ってくる。
混合性の末梢神経が機械的圧迫された場合、麻痺の起こり方として、太い神経ほどダメージを受けやすいという性質がある。      
   
                                  

①まず脚の触覚を伝達する有髄線維Aβが機能停止し触覚が低下してくる。脊髄での、触覚線維Aβによる、AδとCの痛覚線維の抑制がはずれるので、A線維担当のチクチク感とC線維の担当のジワーっと感が出現する。実際にはAδ症状が前面に出てくるので、C線維症状は意識されにくい。
  
②正座を続けていると、Aδも機能停止するので、C線維のジワーっとする痛みだが出現する。
  
③最後に無髄線維も機能停止し、ジンジン・ビリビリという「シビレ」も消失し、まったく「無感覚」になる。
  
④正座を止めた場合には、この過程の逆を辿る。まず無髄線維が回復して「ジンジ・ピリピリ」が再発し、脚が少しずつ動くようになり、最後に触覚線維による痛線維の抑制機構が回復してくる。

※薬物による神経刺激の場合は機械的刺激と逆になり、細い神経から機能停止する。歯時の麻酔時、痛覚はなくなるが、腫れぼったい感じがする。これは触覚が残るため。


3.絞扼性末梢神経障害 Entrapment Neuropathy

末梢神経が生理的狭窄部位で絞扼されることによって生じる神経障害の総称をいう。
絞扼性ニューロパシーによって、痛み・シビレ感・感覚過敏・感覚鈍麻・脱力感・筋緊・筋力低下・筋萎縮・麻痺などをきたす。

機械的圧迫刺激なので、Aβ→Aγ→C線維の順番に機能停止し、末梢神経分布領域の知覚低下が出現するとともに、ビリビリ、ジンジンといった異常知覚が出現する。機械的刺激が起こるのは、生理的狭窄部であり、そこを押圧することでビリビリとた電撃感を与えられる部位でもある。経穴と一致する部位も多い。
鍼灸治療では、神経を絞扼している筋の緊張を緩める目的で置針することが多いだろう。

1)上肢の絞扼性神経障害の代表疾患と代表穴
 
前・中斜角筋部→天窓
過外転症候群→雲門
円回内筋症候群→孔最 
肘部管症候群→小海
回外筋症候群→手三里
手根管症候群→労宮

2)下肢の絞扼性神経障害の代表疾患と代表穴
  
梨状筋症候群→坐骨神経ブロック点(=中国流環跳)
外側大腿皮神経痛→維道
ハンター管症候群→陰包
鵞足炎→鵞足部(陰陵泉移動穴)
総腓骨神経絞扼障害→陽陵泉
足根管症候群→照海


4.神経根症

1)神経根症でのシビレ
神経根症では脊髄神経根部の知覚線維と運動線維の両方が機械的圧迫を受ける。これにり神経根周囲の筋が緊張し、デルマトームに従った痛みと知覚低下が出現する。なおこ時の知覚低下は、ジンジン・ピリピリするような異常知覚とは異なり、知覚鈍麻になる。

2)好発する神経根症の部位
頸椎での神経根症は、頸椎椎間板ヘルニアによるものが多く、障害を受ける神経根は、L5~Th1の高さのデルマトームに痛みと知覚鈍麻が出現する。腰椎での神経根症は、L4~S1のデルマトーム(L5、S1が大多数)に痛みと知覚鈍麻が出現する。
     
3)神経根症の本治治療点の考察と問題点
症状から侵されたデルマトームが分かるので、障害神経根も推定できる。基本的に障害経根に刺針するのが本治治療になる。かし神経根刺針は腰椎の場合、L4神経根刺針はきても、L5やS1神経根刺針は腸骨の裏にあるので実施困難である。それに加え鍼灸ではX線透視下で神経根刺針を行うわけにいかないので、本当に神経根に鍼先が入ってるかどうかは分からないことである。

針治療でできることは、実際上は神経根周囲刺針だったり、腕神経叢、腰神経叢の筋膜への刺針だったりするだろう。しかしこうした不確かな刺針でも、神経根近くに鍼先もっていくと、上肢や下肢の症状部に放散痛を与えることができる場合が多い。

筋膜注射で有名な木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、筋膜の重積のようだという見方をした。「L5の根症状がある場合は、大抵L5/S1椎間関節tの上か下のギザギザ底部にfasciaの重積が見られ、そこに圧痛が出るという。上下の椎間関節を結ぶ、ギザザの底部の筋膜にに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出る。出ない場合はちょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、たいてい神経根に沿っ広がるという。


4)坐骨神経症状の本治的治療点

腰臀部痛と下肢痛を訴える例では、まず坐骨神経痛を考えるが、これには梨状筋症候群椎間板ヘルニアや変形性腰椎症による神経根症の2つに大別できる。

梨状筋症候群の場合、下肢症状は、末梢神経分布に従った痛み+異常知覚である。腰部経根症の場合、デルマトームに従う痛みと知覚鈍麻である。梨状筋症候群は梨状筋緊張による坐骨神経絞扼障害なので、下肢症状は知覚麻痺ではなくジンジン・ビリビリといった異常知覚になる。鍼灸治療は梨状筋に対して刺するとよい。他に梨状筋トリガー活性による関連痛が生じる。
 
神経根症には神経根周囲刺針を行う。これは患側上の側腹位にして、L5棘突起の高さ起立筋外縁から腰椎横突起に向けて深刺する。腰方形筋と大腰筋の境界である腰仙筋膜沿って刺針するとこの筋膜刺激による針響、横突起骨膜刺激による針響、神経根の周囲に対する針響などいくつかの要素が重なり、結局下肢症状部への響きが得られることを標にする。神経根症に対する坐骨神経ブロック点への刺針は、下肢症状部への鍼灸と同の対症療法としての価値にある。
 
参考文献:植村研一著「頭痛・めまい・シビレの臨床 病態生理学的アプローチ」医学院(1987年11月15日刊 )


指神経知覚麻痺の針灸治験

2017-03-20 | 上肢症状

知らない疾患のことは診断できず、治療方針もぶれる。このことをまじまじと実感した。反省を込めて報告する。

1.症例報告(36才、男性、ギタリスト)

1)主訴
左手の母指尺側と示指橈側部の感覚鈍麻

2)現病歴
普段からギタリストとして仕事していたが、ベースの演奏も要望され、練習を重ねていたら、当院初診4日前から左手の合谷あたりの感覚が鈍くなった。運動機能は正常で、握力も正常。母指球の深部が痛むという。なお病医院の診療は受けていない。

3)理学テスト

麻痺部の筋萎縮は判然としない。握力は左40㎏、右50㎏。
頸部神経根部の圧痛なく、押圧で上肢への放散痛もない。

4)当初の判断と治療

合谷部の知覚鈍麻として、橈骨神経知覚枝の麻痺を疑った。合谷の深部が痛むとの訴えからは、母指内転筋症も考えた。
治療は、橈骨神経知覚枝走行部である合谷・偏歴と、橈骨神経運動麻痺時の圧迫好発部である手三里、それに腕神経叢刺針を行い、パルス通電10分とした。
母指内転筋症の治療として合谷から魚際方向に深刺運動針も行った。
橈骨神経の軽い麻痺症状なので、数回の治療で改善するだろうと患者に伝えた。


5)治療経過

①第2診(初診3日後)~第3診(初診5日後)
・しびれ症状3割減となったというが、予想より治りが悪い。
・知覚麻痺部は、合谷ではなく母指尺側と示指橈側部の側面だという。
・示指の基節骨部橈側側面でチネルサイン陽性(軽く叩くと示指先に放散痛あり)があることが判明。知覚麻痺部分は、示指の圧痛点を患者自身に探してもらい、圧痛点に浅刺刺絡+円皮針を貼ってみた(円皮針はすがにチクチクして自分ですぐに剥がした)。

②第4診(初診20日後)
前回よりも症状の改善はみられないとのこと。さすがに治りが悪すぎると考え、ネット検索してみて、本患者の訴えに似ている病態を発見した。それは「指神経麻痺」だった。
この説明文よむと、自然回復すると書いてあったので、後で自分でも読むように指導した。

6)反省点

筋緊張や皮膚過敏であれば、術者の指頭感覚で主体的に短時間で診察できるのに、知覚麻痺では患者の問診が主体となるので、病態把握が甘くなった。初めは、橈骨神経知覚麻痺あるいは母指内転筋症と思ったが、実際には指部の指神経麻痺(正中神経の知覚麻痺)だったらしい。もっとも、局所施術そのものは妥当なところだろう。ただし前腕部は、手三里や偏歴への刺激よりも、大陵や内関を選穴すべきだった。


2.指神経損傷の概要

1)手の知覚神経支配


※手掌は正中神経と尺骨神経の皮膚知覚枝が知覚支配。


2)指神経損傷の病態と症状
   
手の指の特定部位に強い力が日常的に加わることで、この部を走行する指神経が圧迫(楽器演奏やボーリング練習)や損傷(カッターなどでの創傷)を受けたことで、指の特定部位の皮膚の知覚麻痺が起こる。運動機能は正常。知覚麻痺している部の少し上流に、チネルサイン(指先で軽く叩くと症状部に放散痛) 陽性。
            
 

 

3)治療と予後
   
いつまでも症状改善ない場合、神経切断を予想するが、この部の神経は非常に細いので、顕微鏡を使って神経断端を糸で縫合する必要がある。断裂して離れてしまっている場合、神経は自然には回復しない。
 ※本例はオーバーユースによる知覚神経麻痺なので、手術は必要なく、自然回復すると思われる。


フルート練習過多による指の屈伸障害が、「バネ指の針治療」で改善した例 

2015-03-03 | 上肢症状

    
1.フルート練習過多による指の屈伸障害に対する針灸治療 

51才女性。かつて音大でフルートを学習していた。最近、久しぶりにフルートの演奏会をす るということでフルートの猛練習を開始した。すると指のすばやい屈伸動作を行おうとすると、 両側の示指と中 指の指がつった状態になるという。どうにかしてほしいということで当院受診。このような訴えは筆者も初めてだったので、次のような順番で治療にトライした。


1)指間針は無効

   
患部に最も近い刺激という意味で示指・中指間の腰腿点刺針し、指の屈伸自動運動を行わせるも無効たっだ。


考察:手背側から指間基部刺針は、背側骨間筋(指の閉扇)→掌側骨間筋(指の開扇)刺激(さらに深刺すると虫様筋(DIP伸展)にも刺針)になる。本患者の訴える指の屈曲動作とは直接的な関連は乏しいのだろうか。

このように考察し、さらには次のような着想を得た。腰腿点刺針は、軽くグーを握る肢位で行うことが多いと思うが、そうではなく、指を伸ばした姿勢で刺針し、指の開扇・閉扇運動を行わせた方が腰痛治療に効果があるのでは?

2)指の井穴刺絡も無効


考察:一般的に糖尿病性末梢神経障害にともなう下肢末端の知覚鈍麻に対し、鈍麻指端から刺絡すると、一過性ではあるが、指先の知覚が復活して歩きやすくなることが多いが、今回は無効だった。神経症状には井穴刺絡は効果あるが、筋腱症状には効果が乏しいということだろうか?


3)「ばね指」としての治療で有効

 
指の屈曲障害という点で、本症はバネ指に似ていると思った。しかも第2第3指のMP関節に腱腫瘤がないだけ、バネ指よりも治療に反応しやすいのではないのか?

 
霊道の上方1寸の心経上の陥凹部位を刺針点とし、2寸4番針にて浅指屈筋・深指屈筋に向け 、斜刺1寸。刺針した状態のまま、軽い指の屈曲運動を数回実施して抜針。これで随分とスムーズに指が動くようになったが、もっと完全に治したいとのことで、同様の治療を中国針8番を使って実施。さらにスムーズになったととのことだった。


2.バネ指の病態生理と鍼灸治療のまとめ



1)浅指屈筋と深指屈筋は指屈曲作用

指を曲げるのは、浅指屈筋と深指屈筋の作用で、浅指屈筋はPIP屈曲作用、深指屈筋はPDP屈曲作用がある。ただしPIPやDIPの動きは律動的腱 固定とよばれ、ヒトが意識しなくても素早い動きが可能であって、このれがピアノやギターの素早い指の動きを可能にしている。この浅指屈筋と深指屈筋は、バネ指を起こす原因筋として知られている。

2)バネ指の重症度分類

第1期  安静
MP関節の手掌側に痛みや圧痛があり、指の運動時痛がある。バネ現象はなく関節の動きも正常。日常生活にほとんど支障がない。このまま自然治癒することもある。治療は安静。
  
第2期 腱鞘内への注射(局所にステロイド+局所麻酔剤)で9割に効果あり。

①バネ現象陽性
指が一定の角度に達すると、自動運動が障害され、これを自動的・他動的に強制屈曲させる時には、弾撥性に屈曲するかろうじて指は屈伸できるが、曲げた指がスムースに伸びない現象。重度バネ指でなければ、無理に伸展させると、轢音を発し、完全伸展可能。
   
② モーニングアタック出現

夜間就寝中に、無意識に指を屈曲するせいか起床後に指を再伸展させる際に強く痛む。
→これに対して、夜間は指の添え木固定するとよい。
    
③ MP関節掌側部の圧痛・運動痛。腫瘤を触知

  

第3期 輪状靱帯の開放手術。

指の屈伸が全く出来ず、自力では指を動かせない状態で、非常に支障をきたす。 


3)筆者の第2~第5指バネ指の針灸治療(再録)   

MP関節屈曲は虫様筋、PIP関節屈曲は浅指屈筋、DIP関節屈曲は深指屈筋が作用する。第2~第5指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できない結果である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となる筈だと考え、心経の霊道(神門の上方1.5寸)の上1寸あたりを刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行う。
置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動といった運動針を行わせる。 

※母指バネ指の治療は、列缺上方1寸ほどのところから、長母指屈筋に向けて斜刺。母指屈伸の運動針を実施。