AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

手根管症候群の針灸治療 ver.2.2

2024-03-22 | 上肢症状

1.手根管症候群の概要   

手根管とは、手根骨と屈筋支帯(旧称は横手根靱帯)の間隙をいう。ここを縦走する正中神経が圧迫刺激され、圧迫部から末梢の正中神経麻痺が生じた状態。透析患者、閉経前後と妊娠・出産を機に多発する。

正中神経麻痺は、高位麻痺と低位麻痺(肘から遠位での神経絞扼障害)があり低位麻痺がほとんどである。低位麻痺の代表疾患が手根管症候群になる。円回内筋症候群も正中神経低位麻痺になるがマレな疾患。

※透析アミロイドーシス:透析中、手がしびれると訴える。ある種の線維状のタンパク質が屈筋支帯に沈着して太くなり、正中神経を圧迫。

 

2.手根管症候群の症状・理学検査

1)ファーレンテスト Phalen test     
手首を強く屈曲(掌屈)させる際の痛み。

 

2)正中神経低位麻痺症状

走行部(小指以外の指端)の痛みと異常知覚(ピリピリ、ジンジン)。母指対立筋の筋力低下、短母指外転筋の筋力低下、母指球萎縮。     

 

3.手根管症候群の治療  

1)局所治療点である労宮穴

手掌中央で、第3第4指屈筋腱の間に労宮穴をとる。労宮と手関節掌側横紋の中央 (=大陵穴)を三等分し、大陵に近い側の 1/3を「労宮移動穴」と定める。労宮移動穴から直刺すると、手掌腱膜→手根管(内部に正中神経と長・短手根屈筋腱)→虫様筋に入る。


この治療の直後は手のしびれは若干改善するのが普通だが、症状は間もなく元に戻りやすい。 局所治療に併せて腕神経叢や斜角筋を刺激することも行われるが、針灸が有効か否かは不明。手根管症候群の病理は屈筋支帯による手根管の圧迫にあり、筋々膜刺激ではどうにもならないのかもしれない。

 

2)手の腱に対するグライディングエクササイズ Gliding Exercise(滑走訓練)

手指には、長指屈筋と深指屈筋という 2つの屈筋腱がある。これらの腱は鞘内でまとめられ、その下の骨の近くに押さえつけられている。関節の動きを生み出すため  に、腱はこの鞘内だけでなく個別に滑る必要がある。この訓練は、前腕屈筋側にある浅指屈筋・深指屈筋を強圧した状態で行うと、腱がより伸張されるので治療効果が増す。この治療原理は、バネ指の運動療法、ヘバーデン結節の運動療法と治療と同種のものである。

 

 

 


腰背部刺針、四つの狙い処 総集編 ver.1.2

2024-03-09 | 腰背痛

 

背部一行刺針(棘突起肺胞5分)刺針と、棘突起外方1寸刺針、さらに棘突起外方3寸からの刺針の相違について整理した。断片的には、これまでも当ブログ内で部分的に説明したものだが、それぞれの違いについても比較検討してみた。私見も多く入っているので、初学者向とはいえないが、本質的な内容を問うものとなっている。

1.固有背筋の種類
     起始・停止とも腰背部にある筋を固有背筋とよぶ。固有背筋は次のように分類されている。


             
     

2.浅層筋
 
固有背筋は浅層筋は起立筋で、起立筋は抗重力筋として作用する。起立筋は棘筋・最長筋・腸肋筋の3種類あるが、これら3筋間はしっかりとした筋膜(ファッシア)で隔離しているわけではないので、筋膜癒着による痛みは起こらない。たとえば最長筋と腸肋筋の筋間はファッシアがないので、ファッシア癒着による痛みは起こりようがない。

起立筋浅層は胸腰筋膜浅葉に覆われるが、腰痛症で腎兪や大腸兪に圧痛はあまり出ないことから、起立筋筋膜は腰痛との関連は薄いと私は理解するようになった。
起立筋を覆う浅層ファッシアや皮下筋膜をターゲットとして1㎝程度の多数浅刺置針をすることはある。背中全般のコリ、体調不良、あるいは不眠症というような、交感神経緊張症に対するリラクセーション目的の治療に使うのが自分流である。


3.深層筋(棘突起外方5分)
棘突起外方5分は、昔から背部一行あるいは夾脊(ないし華佗夾脊)と名づけられた。

第1胸椎棘突起から第5腰椎棘突起までの、棘突起から外方5分(あるいは棘突起直側)から直刺深刺すると、針は浅層で棘筋を貫通して深層で半棘筋・多裂筋・長短の回旋筋それぞれの起始部に入る(腰椎部に棘筋はなく、その代わりに多裂筋が発達しており、多裂筋刺針になる)。支配神経は、脊髄神経後枝内側枝。

専門医の間でも急性腰痛の原因筋として多裂筋が問題だとする見解がみられるようだが、腰椎の棘突起傍の圧痛を調べると、Th12/L1間とL5/S1間を除き、他の腰椎棘突起傍5分には圧痛がみられることはめったにないという事実があるので、私としては多裂筋を急性腰痛の主因と考えることはできないと考えている。

背部一行で圧痛が多発するのは胸椎部で、ここは長・短回旋筋である。胸椎は左右の回旋可動域が大きいので、過剰な回旋のストッパーとしての機能が長・短回旋筋に与えられている。

胸椎の正常可動域を越えた回旋では、長・短回旋筋に伸張ストレスが加わり、これが痛みの原因となるだろう。半棘筋は頸椎~胸椎に分布しているが、頭や頚の重量を支持する意味があるので、胸椎運動との関わりは、長・短回旋筋ほど密接ではない。
 

脊椎一行に圧痛は多発するが、椎体棘突起の側面を母指腹でこすりつけるように押圧した際、圧痛を伴うグリグリした肥厚を触知する部が治療点となる。健常部はこのような肥厚はみられない。正常であれば皮下組織の上層と下層は身体の動きによって滑走するのだが、この間のファッシアの癒着があると、上層のみつまみあげることができず、上層と下層ともにつまむので分厚くしかも撮痛を感ずる。これは撮診法による撮痛部であることを示し、浅層ファッシアの癒着部であることを示している。胸椎背部一行の皮膚知覚支配は、脊髄神経後枝内側枝であり、深部の半棘・多裂・長短の回旋筋も同様に後枝内側枝が運動支配している。


胸椎の棘突起外方5分から深刺して長短回旋筋に刺入すると、後枝外側枝興奮による背痛だけでなく、前枝症状である側胸腹部~前腹部の痛みまで改善できることは、解剖学的に考えにくいことだが、私はこの現象を数十年観察してきた。たとえば本態性肋間神経痛による側~前胸部痛が、多裂筋刺針で改善できるケースが非常に多いことを確認した。

この数十年、慢性虫垂炎と診断された右下腹に限局した痛みも、Th12/L1レベルの夾脊刺針で改善できたりする。 横突棘筋の圧痛と、症状部の位置関係は、脊髄神経の後枝皮枝の走行に従うことを発見した。撮痛帯を調べると、結果として背部一行上の圧痛点を始点として外下方60°(あるいは45°)方向に出現する。

このような反応パターンで最も臨床で遭遇するのが、メニュエ症候群(旧称メイン症候群、Th12/L1間椎間関節症を原因とした腸骨陵上部の放散痛)といえる。実際の針灸臨床では、症状部を確認したら、その内上方60°の棘突起傍の反応を調べ、その圧痛点に刺針するという逆の手順で行う。

 

4.深層筋(棘突起外方1寸)

腰背部の深層筋は椎体の棘突起~横突起間にあるのが特徴で、その起始停止より横突棘筋と総称される。横突棘筋は、浅層から深層の順に、半棘筋・多裂筋・長短回旋筋となる。
 棘突起の外方1寸から深刺すると、まさしく横突棘筋を刺激できる。横突棘筋を刺激するなら、前述の棘突起外方5分からの深刺と大差ないと思うだろうが、外方1寸からの深刺には、体幹前前に回り込むように響くという性質がある。この機序については、後述の「本態性肋間神経痛の針ちりょうについて」を参照のこと。一方、棘突起外方5分からの深刺では遠くまで響くような針響はまず起こらない。

 

1)本態性肋間神経痛の針治療につて

本態性肋間神経は、肋間神経走行部周囲筋(内・外肋間筋)が緊張し、神経を絞扼した結果、
その部より末梢を走行する神経痛だとされていた。しかし改めて基本に立ちかえると、知覚神経は上行性である。たとえば足関節捻挫の痛みは上行性の知覚神経を通って中枢に伝わって、脳が「痛い」と認識される。これと同様に考えると、肋間神経痛は実は筋のトリガーポイント活性の結果として出現した筋の放散痛だろうとする認識がある。これがMPS(筋々膜性疼痛症候群)の考え方になる。肋間神経痛様症状は、横突棘筋のトリガー活性が主因で、その放散痛がたまたま肋間領域に現れたと理解する。

このあたりの詳細については以下のブログを参照のこと。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/2e5b7fa2601d28e0eab6ad97849b80ed

2)咳嗽、喘息に対する針治療について

成書をみると、咳嗽や喘息といった副交感亢進状態となった胸部症状に対して、座位でTh1~Th5棘突起の外方1寸から深刺(または多壮灸)するという治療法が数多く書かれていて、定番治療となっているかのようである。座位で施術するのは、交感神経優位に誘導するための方法。そこに上部胸椎の背部一行に強刺激を与える。肺や気管支の内臓体壁反射中心帯はTh1~Th5なのでこれ体壁内臓反射をねらった施術であると同時に、強刺激することで交感神経優位にするねらいがある。

ところでTh1~Th5棘突起の外方1寸からの深刺は、横突棘筋への刺激を目的としているのだが、このような刺針をすると、脊柱に沿って下方に響いたり前胸壁に響いたりする。これも横突棘筋を刺激した放散痛といえる。


3)柳谷素霊の五臓六腑の針について


膈兪~脾兪付近の高さの横突棘筋に刺入すると、肋間に沿って回り込むような響きが得られるが、肋間神経支配である横隔膜辺縁部を刺激できることが重要である。Th7~
Th12の高さの胸郭深部には、横隔膜停止部が付着している。横隔膜の閾値は低いので、横隔膜に響かせることができる。
横隔膜への針響は、被験者にとっては未経験なことが多く、胸に響いた、胃に響いた、みぞおちにに響いたなどと表現する。柳谷素霊が「秘法一本針伝書」で示した五臓六腑の針(膈兪、脾兪、腎兪)は、この横隔膜神経に響かせたものであると説明できる。腎兪は横隔膜辺縁部ではなく、横隔膜脚を刺激するという意味がある。


                     

             

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/4def4967b4651eb11221c8cf63c3a6ee

 

5.背部3行線(棘突起の外方3寸)
  
背部3行線とは膀胱経背部2行線のことで、志室・胃倉などが並ぶラインである。
志室の取穴は、解剖学的には腸肋筋と腰方形筋の筋間を取穴する。腸肋筋は脊髄神経後枝支配、腰方形筋は分類適には腹筋の一部で腹筋は脊髄神経前枝支配。両者の筋間には胸腰筋膜深葉という強靱な筋膜が発達していて、深部に腰神経叢もあるので、この2筋間を刺入点として針を横突起に向けて刺入すると、広範な針響を与えることができる。
主な適応は慢性腰痛の他に、下腹部・鼠径部・陰部・大腿前面・大腿内側症状に適応があり、尿路結石疝痛の鎮痛にも有効である。

下図で、起立筋浅層には棘筋・最長筋・腸肋筋の3筋であるが、腰部においては棘筋に代わり多裂筋が発達してるのが興味深い。

 

胃倉は下中背部でTh12/L1棘突起間の外方3寸にある。このあたりは筋構造が複雑な外縫線部(側腹筋と背筋の接合部で筋が複雑に入り組んでいる)部なので筋膜癒着が起きやすい。胃倉は慢性背痛の他に胆石症の鎮痛に効果がある。

6.まとめ

1)背腰痛は脊髄神経後枝興奮症状なので、背部一行(棘突起外方5分)刺針を用いる。後枝内側枝興奮の原因は、横突棘筋ファッシアの癒着による滑走不良の結果である。
この部の圧痛があると、腰背部の脊髄神経後枝皮枝走行部の撮痛帯もでてくる。このことは、背部一行(棘突起外方5分)刺針は浅層ファッシアの興奮性を軽減する作用があるといえるだろう。

2)体幹前面が痛むのは脊髄神経前枝興奮症状されるが、これは横突棘筋のトリガー活性した筋放散 痛だろうと考えている。針治療としては棘突起外1寸から深刺して横突棘筋に刺入する。
この好例として、本態性肋間神経痛に対する横突棘筋への刺針があげられる。これは横突棘筋の深層ファッシアの興奮性を軽減する作用といえるだろう。

3)Th7~Th12の高さの横突棘筋刺針は、横隔膜辺縁部を支配する肋間神経支配なので、この範囲の棘突起外方1寸からの深刺は、横隔神経を刺激し、横隔膜に響く。これを被験者は胃に響く、あるいはみぞおちに響くなどと表現することが多い。 この刺法を柳谷素霊は、五臓六腑の針と称したのであろう。

4)棘突起外方3寸の流れは、中背部では外縫線、腰部では胸腰筋膜深葉の存在により筋膜癒着の好発部位である。筋膜を刺激して滑走性を回復させる目的で、胃倉や志室から刺針する。胃倉も志室も脊髄神経後枝支配筋と前枝支配筋をしっかりと分離するような強靱な深層ファッシアが存在している。この癒着を改善する効果があると思われた。

 


立位前屈時痛と立位背屈時痛の浅層ファッシアの状態

2024-03-05 | 腰背痛

私の背腰殿痛に対する治療は、背腰殿部の反応を診るため側腹位にして、背部一行線や背部三行腺の反応点を探して刺針することを先行させる。その後、ベッド傍に立たせ、痛む動作をさせる。多くは上体を前屈・回旋させて痛みの程度を自己チェックさせる。これで症状が消失したら好都合なのだが、実際には症状半減する程度のことが多い。追加で治療を続けることになるが、”二の矢”としての治療は立位で行う。
一般的に腰痛は立位で感ずるものである。痛む姿勢にして、痛む処に治療点を求めるのが治療の原則だからである。

1.立位前屈時の痛み
 
1)最大前屈姿勢にての圧痛点施術

立位でできるたけ深く前屈させることで、背腰筋を伸張すなわち浅層ファッシアを伸張させる。この時、椅子やベッドなどに手を添えて上体を支えないようにする。添  え手を置くと、背腰筋への伸張負担が減るので正確な圧痛点を調べることができなくなる。

手は下肢に添えるようにする。そして術者は患者に、「もっと深く腰を曲げて...」と促し、「どこが痛いのかを指さして...」と誘導する。指で示した部に刺針して軽く手技針をする。さらに「今はどこが痛みますか。指で示して下さい」と質問する。すると先ほどの痛む部位とは別部位を示すので、そこにも刺針して軽く手技を行う。3~5回、このような応答を繰り返すうちに、患者は痛む場所を示せなくなる。これで治療終了である。
  
2)腸骨陵での腰方形筋付着部症
   
腸骨陵で、腰方形筋が起始している部が、筋付着部症となっている場合がある。この病態は、立位前屈位で、腸骨陵上縁の圧痛点を調べることで判定する。代表的な圧痛点には、腰宜(ようぎ)や力針(りきしん)がある。立位前屈位で、圧痛点に刺針、雀啄する。ここは筋が強靱なので、寸6#2のような細い針よりも、寸6#4以上の太い針を使うのが適している。腰神経叢や胸腰筋膜を狙っている訳ではないので、深刺する必要はない。
筋付着部を刺激することで、1b抑制は働き、腰方形筋の筋緊張が緩む。

①腰宜:  立位で上体を強く前屈し、腰方形筋伸張肢位。L4棘突起下の外方3寸。即ち大腸兪の外方1.5寸。
腰宜穴から直刺すると下行結腸を刺激できる。木下晴都は、左腰宣を便通穴とよび、習慣性便秘の治療穴としていた。

②力針:立位で上体を強く前屈。L4棘突起下の外方4寸。2寸#4腸骨稜上縁から刺針。


2.立位伸展時痛の治療

腰痛患者の中には、中腰になって治療室に入ってくる者もいる。背中を反らすと痛むという。要するに立位背屈時痛である。このような場合、足指と壁の距離が10㎝程度離して壁に向かって立たせる。顔はどちらか一方を向かせ、胸と頬を壁に密着させるようにする。術者は背腰の起立筋を押圧し、何カ所か圧痛を探す。そして圧痛点に刺針する。その状態で、壁から離れて、上体の屈伸動作を行わせ、治療効果を確認する。効果不足なら、再び壁に向かって立たせ、再度圧痛点と探して刺針する。


3.浅層ファッシアの病理

筋の伸張時痛はファッシアが癒着して伸張時に滑走性の悪いことが筋膜症の原因とさ れている。一方、上体を反らす際の痛みの理由はこれまでうまく説明できなかったが、運動と医学の出版社編「筋膜はなぜ痛い?皮膚のシワ、突っ張りのメカニズム」YouTube動画 をみると、興味深い内容が示されていた。下写真のように分厚い本を縮めるような運動の際、ファッシアを引っ張り上げて剥がされる時のような機序で痛むのではなかとの見方である。
背中を屈曲する時の痛みは、癒着している浅層ファッシアが伸張する際の痛みであり。背中を伸展する時の痛みは、浅層ファッシアが剥がれる際の痛みという見解である。
どちらにしても、深層より浅層のファッシアの方が力学的ストレスが大きいので、深刺する必要はないだろう。

 

 


睡眠のトリビア ver.1.2

2024-03-02 | 精神・自律神経症状

1.睡眠の目的

睡眠の目的は疲労回復にあることに異論はないが、最終回答とはいえない。というのは「疲労とは何か」についての疑問にとって変わることになるだけだからだ。より本質的な回答として、眠りの目的は脳の深部温を下げるためとされている。
体温や脳の深部温は、心身の活動に比例しており、起床時に低く就寝時に高い。前頭葉が過熱すると能力が低下し眠気を生ずる。最初に起こる睡眠は、ノンレム睡眠 (詳細後述)で、脳深部の血流が減少して加熱を防ぎ、また深部体温を強く下げる作用がある。疲労は睡眠中に回復するが、その主役は成長ホルモンによる。

2.レム睡眠とノンレム睡眠

睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類ある。起きている間は目は素早く動いているが、眠ると目は動かなくなる。しかしながら90分もすると眠っているにも関わらず、あたかも起きている時のように目が素早く動く現象の起こることに気づき、睡眠の質に違いのあることを発見した。


1)ノンレム睡眠(徐波睡眠)  non-rapid eye movement sleep

ノンレム睡眠は、睡眠の前半に多く現れる。大脳皮質休息の意義があるので、夢をみない。一方、寝返りなど身体はよく動く。睡眠は、まずノンレム睡眠(徐波睡眠)から始まる。このノンレム睡眠には4段階ある。
段階1→段階2→段階3→段階4の順番に深くなる。眠りが浅くなる時は、段階4→段階2となり段階3と段階1はない。これら段階の区別は、脳波に占めるθ波δ波の比率による。

①座って眠った場合、第3段階には移行しない。非常に疲れた状態で第3~4段階に移行した場合、ソファに横に寝込むか、転げ落ちてしまう。

②自然に目覚める時は、1度のノンレム睡眠から覚醒状態になるので気分がよい。急に叩き起こされるなど、4度のノンレム睡眠から覚醒すれば非常に気分が悪い。 
③ノンレム睡眠がとれないと眠りは浅く、病気にもかかりやすい。カゼをひきやすく、ガン細胞の発生を抑制できなくなる。これは免疫細胞であるNK細胞がノンレム睡眠のときに最も活動が活発になるため。


2)レム睡眠 rapid eye movement sleep
    
レム睡眠時の脳波はθ波(ノンレム睡眠の第1段階と同じ)だが、瞼の下で眼が動くので、REM(Rapid Eye Movement 急速眼球運動)睡眠とよぶ。レム睡眠の役割は身体休息にあり、この間骨格筋は弛緩して、その間あまり寝返りなどの動きはないが、精神は活動して夢をみる。夢は見るが、筋はゆるんで動けないのでおもわぬ事故は防げている。生理的な日中活動時は、基本的に交感神経優位状態であるが、このレム睡眠は、きつく巻かれたゼンマイを緩めるように、副交感神経優位状態にする役割がある。
    
入眠後約90分でレム睡眠に移行。約90分周期でレム睡眠が起こり、1回平均20分間持続する。一晩にこの周期を3~4回繰返すが、レム睡眠は明け方に近づくほど時間は長くなる。睡眠の25%がレム睡眠。レム睡眠の比率は、新生児に長く、加齢とともに割合は減少する。

①レム睡眠時、成人男性は生理的に一晩に3~5回勃起する。これは性的刺激とは無関係。「朝立ち」は、最後のレム睡眠のタイミングで目ざめた場合に生じている。
②早朝覚醒や短時間睡眠では、レム睡眠は不足してくる。脳の疲労回復はできても、身体の疲労回復は充分ではないので、自律神経失調をきたしやすい。仮に1回90分未満の睡眠を計8時間分とっても、レム睡眠時間は不十分である。
③筋肉が弛緩して動けない状態「金縛り」は、レム睡眠から急に覚醒した場合に生ずる。

       

 

3.天然の睡眠薬メラトニンと松果体
 
①生物には中枢に体内時計がある。この機能をつかさどっているのが松果体で、松果体から分泌されるメラトニンは、強い光では分泌が減り、暗くなると分泌を増やすことで、天然の睡眠薬として作用する。しかしながら現在主流のベンゾジアゼピン系睡眠薬に比べ、メラトニン薬は、依存性はないものの睡眠誘導作用は弱いという欠点がある。
  
②松果体は、脳の深部中央にあり、松果(=松ぼっくり)の形をした、直径8ミリほどの内分泌器官だが、大脳が進化発達して巨大化した結果、押しやられて脳の中心部に位置し、視覚機能は退化していった。しかし脳の中心にあることで、第六感としての機能だとする見解が生まれた。開眼(かいげん)という言葉は、この第三の眼の能力が身についた、すなわち悟ったという意味になる。

手塚治虫の漫画「三つ目が通る」では、主人公の少年には左右の目の他に額にも目があるが、普段は絆創膏で隠している。無邪気な性格だが、絆創膏をはがすと古代人の力を受け継いだ超能力者と変貌するのだった。


③17世紀のフランスの哲学者デカルトは精神と身体とは完全に交流がないとする人間観を主張する一方、精神と肉体の相互作用を松果体の役割だと考えた。大脳半球は左右に分かれているが、当時の解剖から松果体は中央に一つしかない(現在は、松果体も左右2つあることが判明)ことで、精神と肉体の統合に関係していると推察したのだった。

興味深いことに、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂の中庭には、松ぼっくりのモニュメントが鎮座している。

下写真は、地元にある一ツ橋大学図書館の外壁で、ここにも松ぼっくりの装飾を発見した。



③仏像の白毫(びゃくごう。間のやや上に生えているとされる白く長い毛。光を放ち世界を照らす)やヒンズー教のシバ神の額にある第三の目などの神性と松果体との関連は不明。インドの既婚女性ヒンズー教徒がする、ビンディー(前額部への赤く小さな丸模様をつける)は、元来は貞操を守る風習からのものであるが、今日では一種のオシャレとして既婚未婚を問わず行われている。

  

 

 


④眉間は、中国医学では「闕」ともよばれ、古人は肺病の診察点として用いた。「闕」には要塞や都市を守る城壁の大きな門、そして門の間の通路という意味がある。闕はヒンズー教やヨガではチャクラの発する場所の一つとして知られている。チャクラとは体のエネルギーを補給、コントロールするポイントとされている。経穴でいえば、巨闕穴は左右肋骨に挟まれた場所であり、神闕は腹壁が壁のようにそそり立っている体内への入口という意味。

 

ちなみに「厥」は、体内における陰陽の不均衡をさしている。外界から導入されるべき気が滞って体内深部に入らない状況であって、行き場を失った気は体の上部や表に向かって発作を起こすことになる。欮(ケツ)はのぼせのこと。

一方、人相占いは、流派によって呼び名は種々あるが、眉間を印堂と称しているグループがいる。印鑑を押す部位との意味で、これはヒンズー教のビンディーと通じるものがある。なお印堂は鍼灸学ではツボの名称にもなっていることで鍼灸家ではお馴染みになっている。
  
4.不眠の分類


1)神経症性不眠と脳幹網様体興奮

延髄・橋・中脳内部にある脳神経核(白色)と神経線維(灰白色)がネットワークを形成している部分を脳幹網様体と称し、白質中に灰白質が散在する外見をしている。
大脳皮質が興奮して、下行性に網様体賦活系を刺激することで、不眠状態になったもの。その一方で、末梢からの知覚情報は、脳幹網様体を経由し、大脳皮質に伝達され認識される。末梢からの知覚情報には、体内刺激として痛みやかゆみ、体外刺激として身体運動などがあるが、これらはすべて網様体を通過する知覚情報インパルスとして捉えられ、このインパルス数が多いほど意識は明瞭になり、少ないと意識は不鮮明になる。
したがって睡眠誘導には、網様体を通過するインパルスの数を減らすことを考える。具体的には暑さ寒さ、明るさ、雑音を遮断する睡眠環境にすることや、思い悩まないことである。逆に眠気をさますためには、身体運動を行う。とくに歩行(大腿四頭筋)やアクビ(咬筋)は効果的である。 

2)老人性不眠と視床下部機能衰退

老人性不眠は、視床下部の機能衰退が関係している。視床下部の主な役割は、①哺乳類共通の自律神経中枢(体温調節、水分調節、食欲調節、睡眠調節)と、②生体時計(意識に応じた内分泌の活動調整)である。老人の生体時計は、24時間という覚醒と睡眠のリズムを刻むことは難しくなり、分断睡眠や昼寝、早朝覚醒が起きやすくなる。

 

5.不眠の日常的対処法
 
1)寝付きをよくするメラトニン分泌増大
   
眠る予定時刻の2時間前からは、明るすぎない照明にして、睡眠物質メラトニンの分泌を促す。(2時間ほどで充分な量にまで増え、眠くなる)。逆に寝覚めの悪い者は、起床時に眼に強い光を十分浴びる。
 
2)熟眠するACTH分泌増大
       
熟眠感を得るには、眠った後の最初のノンレム睡眠を深くすることが重要である。疲労回復、細胞修復してくれる成長ホルモンは、ほとんどが一回目のノンレム睡眠中に分泌される。
ノンレム睡眠を深くするためには、ストレスホルモン(副腎皮質刺激ホルモンACTH)が必要である。ストレス物質そのものは、眠りを妨げるが、ストレスのない状態に変化すると、ストレス物質は分解されて睡眠薬様物質に変わる。このことは多忙な仕事後や、深い悲しみの後にはぐっすりと眠れるという常識に科学的根拠を与えている。精神的なストレスを除けない場合は、運動ストレスを与えることで、精神的ストレスを軽減させることができる。これを眠る2時間前に行う。