AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

上歯痛の針灸治療 ver.2.0

2024-07-31 | 歯科症状



歯痛には次の3種類がある。 
①原発性歯痛:歯牙、歯周囲組織に器質的変化があるもの。最も多い。通称は虫歯。
②続発性歯痛:全身性疾患(白血病、敗血症、梅毒、糖尿病)の一部分症状。
③放散性歯痛:歯牙および歯周囲組織に隣接する器官の疾患により、歯にも原因があるように感じられる疼痛。眼、耳、鼻の疾患に由来することが多い。

針灸治療は、虫歯(齲歯)由来であれば、神経興奮そのものなので、あまり効果が期待できない。続発性歯痛であれば原疾患の治療を優先させる。しかしながら放散性歯痛のように、歯周囲組織に痛みの原因があれば、効果が期待できる。そしてこのタイプの痛みは歯科が苦手としている歯肉の充血も針灸の適応である。

 

1.客主人移動穴刺針(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:痛む歯を上にした側臥位。口を閉めさせておく。響いたら、口を閉じたまま「ウーッ」と発声させるように指示しておく。

②取穴:耳前頬骨弓の上縁を指で触診しつつ前方へ指を移動する。側頭動脈と頬骨弓との分かれ目より1.5寸で、一筋越せば指頭に陥没の部を触れるところ。
③刺針:寸3の#2にて、針を頬骨弓をくぐらせるようにし、針柄をほとんど皮膚に接触させるくらいにして、徐々に刺入、1~2寸刺して痛む歯に針の響きが得たら、針を揺り動かす。「ウーッ」と患者が言えば抜針。抜針後はただちに指頭で刺針部位を圧迫(青あざを予防)。もし出血斑ができたら、マグレインを貼ると退色が早くなる。

 

2.客主人移動穴刺針の治効理由

1)上顎神経刺激

上述の素霊一本針を行うと、針先は頬骨弓の深部で、上顎神経を刺激できるようだ。素霊の一本針では、水平刺しているようだが、上顎神経に近づけるためには針先は鼻尖に向けて斜刺した方がよい。上顎神経は、前歯槽神経や後歯槽神経に分岐するから、上歯痛(奥歯でも前歯でも)
効きそうだ。ただし虫歯には効かず、放散性歯痛に対する効果だろう。この場合の放散性歯痛とは、第一に側頭筋の過緊張があげられる。



2)側頭筋刺激

上記刺針で、刺入点直下にあるのは側頭筋であり、針先に当たるのも側頭筋である。側頭筋の深部には側頭頭頂筋(顔面神経支配)があるが、今日では退化していて役割を失っている。側頭筋の運動針は、側頭筋中に刺針した状態で、力を入れて咬む動作をさせることである。ちなみに側頭頭頂筋は表情筋に分類され、ウサギなどの動物が外敵を察知しようと耳介を動かす意味がある。



側頭筋にトリガーが発生すると。上歯痛が生ずることがあることがトラベルらにより確かめられている。
上前歯となるか上奥歯となるかは、側頭筋トリガーの位置により異なる。

 


下歯痛の針灸治療ブログ
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b079b179c8745443a182851a600501a0


改訂版・針灸院における凍結肩の対応 ver.1.1

2024-07-29 | 肩関節痛

1.凍結肩の概説

五十才前後で肩関節痛が生じると、凍結肩に至ることがあり、一度凍結肩になると自然回復まで半年~2年かかるとされる。現代では、凍結肩とは癒着性関節包炎のことをさすようだ。
若年層では肩関節が老化していないので、そもそも炎症が生じにくい。一方高齢者で肩関節の炎症は生じやすいが、血行が悪いので炎症は拡大せず自然に消退する。ということで五十才前後の者に肩痛が生じると、凍結肩に至ることが多い。
すなわち肩腱板炎症→肩峰下滑液包への炎症拡大→滑液包の癒着→関節包全体の癒着と進行する。一端凍結肩になると、効果的な治療に乏しいが、半年~2年の経過で自然回復するとされる。なお凍結肩の自然回復の機序についてはまだ不明な点が多い。

水色→生理的な関節液  オレンジ色→炎症  黒色→ 癒着


広義の五十肩症状は、疼痛と運動制限が2大症状となるが、痛みは関節包や筋腱の炎症による痛みに関係し、運動制限は関節包の癒着に関係するので、その症状の推移は二相性である。
凍結肩は、運動制限のある状態で、肩関節の自動ROMと他動ROMはともに制限を受ける。
ROM制限があることは凍結肩の必須条件だが、痛みはある場合とない場合がある。

 

痛みがあるケースでは、経過とともに痛みは減少するのが普通だが、いつまでも痛みが引かない例もある。このようなタイプは肩関節の可動域制限と疼痛のWパンチで非常に苦しむ。少しでも腕を動かすとズキンとする強い痛みである。この痛みは針灸での鎮痛させる程度を越えているように思える。おそらくこの病態は癒着性関節包炎に移行せず、肩峰下滑液包炎で留まっている状態であり、整形でもらう強力な痛み止めを使い、何とかこの病期を乗り越えるしかないようだ。
 
凍結肩になると、整形外科に通院するのが普通だが、保存療法で効果的な治療法があまりない。そこで患者は、何かよい治療はないものかと針灸院を訪問することも多い。
無論、針灸院でも特効的な治療があるわけでない。とはいえ、せっかく来院したのだから、少しでも改善できる治療を行ってみたいところだ。そうした意味で、次の方法は試みる価値がありそうだ。

 

2.凍結肩の針灸治療
 
1)「次どこ方式」の刺針
 
凍結肩は本質的には滑液包や関節包由来の痛みなので、直接的に働きかける針灸治療がない。ただ特定の筋に対する施術ではなく、「痛むので動かさない」ことで生じた浅層ファッシアの癒着に注目すると、「次どこ方式」が使えるだろう。
どこが痛むかを患者に指で示させ、そこに単刺する。疼痛部は施術するたびに大きく移動するので、次に今度はどこが痛むのかを再び患者に聴取、指で示すところにさらに単刺する。患者が痛む所を示せなくなるまでこのパターンを繰り返す。
「次どこ方式」は昔からある治療技法らしいが、このユーモラスな命名は、三島泰之著「身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊(2001年3月)で知った。


2)代田文誌の灸治療


私が代田文彦先生に、凍結肩治療はどうすべきかを質問をしたら、「親父(文誌)は肩関節をぐるりと回り込むように灸治療していた」と答えてくれた。これは灸点の一つ一つを局所治療点と捉えず、罹患部の一定範囲に対する治療効果を狙う。換言すれば灸による長期的刺激を前提として”場の改善”を狙ったものといえるだろう。


3)凍結肩の関節裂隙刺針


「痛みの針灸治療」医道の日本社刊(昭和49年1月)という本がある。これは当時我が国を代表する現代針灸派針灸師9名の共著で、五十肩の項は塩沢幸吉が担当している。塩沢は、五十肩の針灸治療をライフワークとしていた。何しろ今から50年前の本ということで、凍結肩や腱板炎も混同した内容なので病態把握に甘さがある。
しかし肩甲上腕関節関節裂隙刺針を紹介している。このくだりと引用してみる。
 
「関節腔に対してはなるべく深刺する。五十肩の場合は肩関節前面において、上腕骨頭と肩甲骨関節の関節間隙をねらって、2~3カ所深く強く刺針すると、上肢の内旋・結帯運動が拡大される。他に肩峰下・肩関節後面・腋窩より、それぞれ肩関節口腔へ直接刺針する」 


 
 

医師による観血的治療で、凍結肩の関節包癒着に対し、硬くなった関節包をメスで切開する<肩関節関節包切開術>がある。この手術は通常全身麻酔下で行われ、入院を要する。これによりADLは術後から大きく改善できる(ただし痛みが残存することがある)。塩沢の関節腔刺針は、この手術療法と似ている。
 
これは根拠のある施術法になりそうだと思って、何例から凍結肩患者に肩甲上腕関節関節裂隙刺針を行ってみた。しかし0番や1番針でも骨膜に針先をぶつけると患者は非常に痛がり、十分な治療ができなかったせいか、治療効果もなかった。実際の臨床では実施困難な刺針技法なのかもしれない。


3.治療院内で実施したい肩ROM改善のための徒手矯正法
私が治療院内で行っている運動療法を示す。アイロン体操や棒体操など患者一人で自宅でもできるものは記さない。治療院で行うものは患者一人ではできず、施術者が関わることが必要になる。

1)華岡青洲の肩関節脱臼整復の応用


江戸時代の外科医、華岡青洲は朝鮮朝顔(=曼陀羅華(まんだらけ))と数種類の薬草を配合した飲薬として、全身麻酔薬「通仙散」(別名、麻沸散)を創出した。
これを患者に内服せしめ、1804年世界初の乳癌手術を行った。しかし青洲は通仙散の製造法を門徒にも伝えることはなく、彼の死後は製造できなくなった。

上図は青洲の肩関節脱臼整復の図である。凍結肩の関節腔拡大目的で行う場合、脱臼整復とは異なり、一気に力を入れるのではなくゆっくりと力を入れゆっくりと力を抜く。これを数回行う。術者が腰をかがめれば、患者の足は浮き上がる程度に強く牽引する。この整復は、肩関節が外転90°未満の場合では用いることができない。また治療者と患者間にあまりに身長差があっても実施が難しい。
  
  


②仰臥位での肩関節腔拡大手技

    
術者の片足先を患者の脇の下に挟み、術者は両手で患者の上肢を保持し、肩関節腔をゆっくりと引っぱる。徐々に引っぱり徐々に力を抜く。これを数回繰り返す。
引っ張る時には外旋運動を加える。


 

上図は、肩関節のモビリぜーション
他動的に関節を動かし、関節の柔軟性を高めるリハ手技)

 

 

 

 


結髪・結帯制限の針灸治療技法

2024-07-28 | 肩関節痛

前回のブログでは「結髪・結帯制限の針灸治療理論」を解説した。 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/72356f24985fdae94cc1f9ac836d4583

今回は、効かせるための技法について説明する。針灸の技法は、施術者により異なり、どれか一つが正解ということはない。ここでは私の普段やっている方法を説明することになる。効かせるコツがあるとすれば、施術肢位が治療効果に関わることがあげられる。症状を出現する体位にさせ、痛む部位を患者自身の指頭で示させ、その点を刺激するということが大原則になる。肩甲骨や上背部など患者の指頭が届かない処は、術者が押圧し、きちんと圧痛硬結を探すことが重要である。次に重要となるのは、施術後に再び痛む動作をさせ、術前術後の症状の改善具合を聴取して治療効果を判定することが重要である。通常は改善することが多いが、それでも10が0となるほど著効することはめったにない。先の治療で残存する症状部位を指頭で押さえてもらうことが「二の矢」としての治療につながる。
本稿では、施術体位について詳しく説明している。これも治療効果と関係してくる。


1.結髪動作制限に対する治療点

1)肩甲下筋      
①肩甲下筋の過緊張
肩甲下筋:起始→肩甲下窩、停止→小結節 作用→上腕の内旋
肩甲下筋は肩腱板の中では唯一の内旋筋で、外転90°での内旋運動は手掌を相手に向けての敬礼動作となり、事実上の結髪動作動になる。肩甲下筋が過収縮していれば、内旋ができない。



②側臥位にて膏肓(肩甲下筋)水平刺 

膏肓(膀):Th4棘突起下外方3寸、肩甲骨内縁。菱形筋中にとる。
側臥位で、肩関節をやや外転させた状態で、膏肓を刺入点とし、肩甲棘基部(曲垣穴)に向けて、肩甲骨-肋骨間を3寸程度刺入すると肩甲下筋に入る。膏肓の肩甲骨内縁を刺入点とし、針先を上腕骨頭に向けて、肩甲骨と肋骨の間隙から刺入し、菱形筋→前鋸筋と貫き、肩甲下筋中に入れる。2寸以上刺入すると肩甲骨の裏に強く響く。これは肩甲下筋のトリガーポイントに当たったのだと考えている。この響きを気持ち良く感じる患者もいる。


 

③肩甲下筋刺激の増強法
うまく響かない場合、他動的にゆっくりと肩を外転させると運動針となり治療効果が増強する。

2)大円筋
①大円筋の過緊張
大円筋:起始→肩甲骨下角、停止→小結節稜 作用→上腕の内旋・内転
大円筋の過緊張は、肩関節の内旋時に大円筋が伸張されて痛み、結髪動作を困難にする。

大円筋が上腕を内旋させるのに対し、小円筋は上腕骨を外旋させる。したがって大円筋刺針(肩貞)は結髪制限に対して使用するのに対し、小円筋刺針(臑兪)は結帯制限に対して使用することが多い。肩貞と臑兪は肩甲骨外縁に並んでいるので、長針で透刺をするやり方もある。

※学校協会教科書では、肩貞は腋窩横紋の後端から上1寸に、臑兪は肩甲棘外端の下際陥凹部としている。本稿では肩貞を腋窩横紋の下で大円筋上にとり、臑兪を腋窩横紋下で小円筋上にとる。 
    

②肩貞刺針               
肩貞(小):腋窩横紋上端から上1寸。  大円筋中。
大円筋を伸張させながら、肩貞から大円筋に刺激を与える。
側臥位で肩甲骨外縁の大円筋起始部を圧迫しつつ触診し、圧痛硬結を発見、この圧痛が刺入点となり、肩甲骨外縁に向けて刺針する。


 

上図:大円筋起始は肩甲骨外縁にあるから、側臥位にてこのヘリを押圧して、グリグリした硬結を見出し、刺針する。

 

③大円筋刺針の増強法 立位にての大円筋トレッチ
 立位で結髪動作をさせ、健側の腕で患肢を引っ張ってさらに外転させる。この動作で肩甲骨-上腕骨間にある大円筋を強く伸張させている。この姿勢のまま、大円筋刺となる肩貞や肩甲骨下角あたりに刺針する。ヨガでの「ネコの背伸のポーズ」でも大円筋のストレッチとなる。

 

2.結帯動作制限に対する治療点

1)棘下筋
①棘下筋の過収縮    
棘下筋:起始→肩甲骨内縁  停止→上腕骨大結節  支配神経→肩甲上神経運動支配
結帯動作(肩関節の伸展+外転+内旋)制限では、内旋筋である大円筋と肩甲下筋の筋力が弱まって生じているのではなく、拮抗筋である外旋筋(=棘下筋と小円筋)が過収縮状態にあり、これが伸張を強いられて痛みと可動域制限が生じている状態である。

②天宗運動針 
天宗(小):肩甲棘中央と肩甲骨下角を結んで三等分し、上から 1/3の処。棘下筋中。
棘下筋のトリガーポイントは教科書的な天宗の位置に限らず、棘下窩のいろいろな部分に複数出現することがあるので、丹念に触診して圧痛を見出すこと。    
強度な結帯制限では圧痛は肩甲骨下角に近づき、結帯制限軽度な者は肩甲棘に近づくという研究報告がある。 

③棘下筋刺針の増強法
過緊張状態にある棘下筋を刺激して伸張させる。座位で天宗刺針したまま結帯動作をさせる。患側上のシムズ肢位で、患側手掌をベッドにぴたりとつけ、肘を90°屈曲位で天宗   圧痛点に刺入したまま、肘の円運動をさせる。棘下筋に響きを与える刺激量を患者自身が調節できるのがメリットである。我慢できる痛みの範囲内で10回~30回、回旋するよう指示する。

 

 

2)小円筋
 
①小円筋の過収縮     

起始→肩甲骨の後面外側縁上部の1/2 停止→上腕骨大結節陵   神経→腋窩神経運動支配
小円筋が過収縮すると、内旋制限が生じる。これを無理に伸張しようとすると結帯制限が生ずる。
 
②臑兪運動針

臑兪(小): 腋窩横紋後端の上方、肩甲棘外端の下際陥凹部で小円筋中。臑兪は側臥位にて肩甲骨外縁を刺入点とし、骨にぶつけるよう刺入する。要領は大円筋刺針と同じ。

③臑兪刺針の増強法
座位で両手を腰にあてる。その際、母指は背中側に向ける。肘を手前に動かして、左右の肘頭を近づけ動作(肩関節内旋動作)を指示する。この時小円筋は伸張される。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結を診る。圧痛ある臑兪から小円筋に刺入。上記動作を側臥位で実施。患側の腰に手をあて、肩関節45°外転位とする。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結に対して刺針する。刺針したまま、患者の両肘を近づけるよう前方に動かすことで運動針となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


肩関節痛に対する「条口から承山への透刺」の適応 ver.1.4

2024-07-27 | 肩関節痛

1.五十肩に対する条口から承山への透刺の方法 

この刺針法は中国の清代以降に発見されたらしいが、わが国では1970年以降に、中国からの情報として知られるようになった。五十肩に対して健側の条口から承山に透刺(2穴を貫く)する方法で、条山穴と略称される。実際に2穴を貫くには5~6寸もの長針が必要である。


肩関節痛患者に対し、仰臥位または椅座位にさせて、4~10番相当の針を用い、健側の条口(足三里から下5寸、前脛骨筋中)から深刺する。そして針を上下に動かしながら、肩関節部の自動外転運動を行わせると、肩関節周囲への施術だけでは改善できなかった肩可動域制限も、半数程度の患者では可動域増大すことを経験する。なお元々は健側刺激となっているが、患側治療でも大差ない効果となる。しかし持続効果は短いのが欠点である。健側の下肢を刺激することが原法であるが、試しに患側を刺激してみたこともあったが、治療効果に大差なかった。


2.奏功要因

なぜ条山穴は、肩関節痛に効果があるかに解答することは困難だが、どういうタイプの肩痛に適応となるかを、台湾の中医師である陳潮宗氏は次のように報告した。

陳医師は、発症後1ヶ月以上を経過した者で、外転角100°未満、外旋45°未満、内旋45°未満であった14例の五十肩患者に条口-承山透刺を行った。その結果、肩甲上腕関節の外転可動域は、ほとんど改善しない(平均1.7°)が、肩甲胸郭関節の上方回旋可動域が改善(平均6.7°)したと発表した。(條口透承山穴治療五十肩、中国中医臨床医学雑誌 1993.12)
陳医師の治療成績が、あまり芳しくないのは、凍結肩状態にある患者を選んだためだろうが、結果的にこの結果が本研究の信憑性を増している。結局、条山穴透刺は、肩甲上腕関節の動きではなく、肩甲胸郭関節の動きに効果がるようた。

五十肩で上腕が十分には外転できないのは、肩関節包の癒着の問題を別にすれば、筋緊張が強すぎて短縮状態にある筋を、無理して伸張させようとした状態である。それは肩甲上腕関節の主要外転筋である棘上筋と三角筋中部線維と、肩甲骨上方回旋の主動作筋である肩甲下筋と大円筋である。このたび条山穴刺針が肩甲骨の可動性を改善した結果、肩の外転可動性が増すことが判明したので。条山穴刺針は肩甲下筋刺針や大円筋刺針と同じような作用をすると思われた。  

条山穴透刺が、肩甲胸郭関節の緊張がゆるんで、外転時の肩甲骨上方回旋角が増大するという。凍結肩での外転障害は、肩甲上腕関節の大幅な可動性低下であっても、肩甲骨上方回旋運動性が良好ならば、強い凍結肩であっても、外転30°はできるから、箸をもって食事したり、トイレで尻を拭いたりはできるだろう。この時肩甲上腕リズムは、正常では、肩甲上腕関節:肩甲骨上方回旋=2:1だは、3:1とか5:1となるだろう。
一方高齢者では、肩甲上腕関節の可動性よりも肩甲骨上方回旋可動性が低下することが知られており、肩甲上腕リズムは1:1とかになるだろう。おそらく本来はこのような病態に対する治療として条山穴透刺が適するのではないかと思えた。

 

3.条山穴刺針の治効理由

条山穴を透刺するには6寸針もの長針が必要である。これは長すぎるので、筆者は条口から1寸、承山から1寸刺入を続けて刺入することにしたが、塗料効果はそれなりにあるようだった。さらに省略する者もいて、条口一穴から2寸ほど刺入しても、一定の効果は得られるようだ。条口から浅刺直刺して、
下腿三頭筋を刺激するのではなく、その深部にある後脛骨筋への刺針が必要な気がする。きちんと断言するためには、症例を多数こなして感触をつかむほかない。

陳潮宗氏の研究結果のように、条山穴刺針がもし肩甲胸郭関節の可動域を増すことが目的ならば、肩関節に関係する經絡走行という観点では、条口よりも承山刺激の方が重要となるだろう。承山と肩関節は、陽蹻脈で連絡しており、アナトミートレインでの浅層バックラインでも連絡している。

 

朝目覚めて、思わず背伸びする時、体幹から下肢は弓成りに反らし、両腕はバンザイするよう挙上させる体位となるが、このような原始的姿勢反射も、上腕挙上と下腿筋の収縮が関係していることが推察できるからである。


4.症例:凍結肩患者に対する承山運動針の効果

現在通院中の右凍結肩患者(55際、女性)に対し、椅坐位で患側の承山に2寸#4で2㎝刺入し、肩関節外転運動を実施すると70°→75°となった。抜針せずに条口から2寸#4で2㎝刺入すると、外転運動を実施すると75°→80°程度となった。承山穴刺針と条口穴刺針の凍結肩に対する優劣は不明であるが、ともに同程度の効果をみた。その後、患側上にした側臥位で承山と条口個々に刺針してみたが、体位が悪いのか、すでに坐位で一度肩関節周囲がゆるんだ直後だったのか、ともにそれ以上に改善効果は得られなかった。条口→承山への透刺を行うことは実際的な治療として無理な話だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 


結髪・結帯制限の針灸治療理論

2024-07-27 | 肩関節痛

1.結髪制限・結帯制限の運動分析

結髪制限とは、肩関節の屈曲+外転+外旋の複合動作であり、結帯制限とは、伸展+外転+内旋の複合動作でありともに肩関節障害での代表的なADL制限である。
凍結肩を別とすれば、肩関節障害は、結髪・結帯制限複数の関節運動の主動作筋とくに肩腱板の障害によって起こるとしてよいだろう。下表×印は緊張状態にある筋という意味で、これを引き伸ばそうとする動作で痛みと運動制限を生ずる。結髪・結帯を構成する3方向の運動うち、障害動作に関わるのは、外旋・内旋制限の関与が最も強いとみなすことにして、分析を先行させてみた。  

       
 

なお外転制限×は、棘上筋腱に続く肩腱板部、および三角筋停止部の筋腱付着部症によるものであり、結髪・結帯動作制限の原因である過収縮筋の過緊張とは病態が異なる。なお外転制限についても触れているが外転制限については、下のブログで説明した。

肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0

 

 

2.結髪・結帯制限にかかわる筋

上表では、結髪制限に強く関与するのは内旋筋である大円筋と肩甲下筋であり、結帯制限に強く関与するのは外旋筋である小円筋と棘下筋であることを示している。これを断面図として表現すれば次の図と表を得ることができる。     

     
     
     
 外旋内旋の各2筋(計4筋)は、どの筋も起始を肩甲骨に、停止を上腕骨頭としている。
内旋筋は結髪制限に関与する筋で、大円筋(肩貞)と肩甲下筋(膏肓で肩甲骨-肋骨間に水平刺)になる。外旋筋は結帯制限に関与する筋で、小円筋(臑兪)と棘下筋(天宗)を結んでいる。
結帯・結髪制限では( )内で示した治療穴を使うのだが、これをどのように刺激するかは技術の問題になるので、稿を改めてブログにて記すことにする。


3.いろいろな運動制限

 
1)結髪・結帯制限の合併ケース


これまで結髪制限・結帯制限を個別にみてきた。その病態生理は「過収縮している筋を結髪や結帯動作で伸張させる際の痛みと可動域制限」と単純化して考察してきたが、伸張痛ばかりでなく、過収縮時痛もあるだろう。
もし過収縮時痛であれば、結髪動作制限時に使用することになる肩貞や膏肓水平刺は、結帯動作制限での治療穴になる。実際の病態は、過収縮時痛と伸張痛が混在することが多いと考えるので、上述した肩貞・膏肓水平刺・臑兪・天宗の4穴を同時に使用して運動針(運動制限のある動作を行わせる)のが実用となるだろう。
 
2)外転制限の治療

   
結髪動作(屈曲+外転+外旋)と結帯動作(伸展+外転+内旋)には、どちらも外転動 作が含まれているから、外旋と内旋治療とは別に、外転制限に対する治療を併用した方が  効果的かもしれない。

筆者は以前のブログ(肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0)で外転制限には、座位で腰に手をあてた肢位させ、肩髃から3㎝以上水平刺(床と平行に)するとよいことを説明した(他に3寸針を使って肩井から上腕骨頭大結節方向に深刺斜刺しても効果的だが難易度が高い)。
  

したがって、どのような腱腱板症状に対しても、前述した貞・膏肓水平刺・臑兪・天宗の4穴に、肩髃を加えて常用5穴とすることが実戦的な治療になると思われた。

 

 


肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.0

2024-07-26 | 肩関節痛

1.肩関節の外転運動の機序

 

①肩甲上腕関節において、凸面である上腕骨と比較して凹面である肩甲骨関節窩は比較的広い。これにより上腕骨頭が上下に辷る仕組みがある。
②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。固定させる役割は肩腱板(とくに棘上筋部)が担当する。回転軸を固定した後に、三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。③
③上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上の外転では、上腕骨大結節が肩峰に衝突するのでできない。
④上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度できるようになる。

2.棘上筋の退行変性の病態生理 

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 
上述したように上腕を外転させる機能があるのは三角筋中部線維と棘上筋である。この両者では、圧倒的に棘上筋と棘上筋につづく腱板部分が脆弱である。この部分は肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。現在でも筋腱付着部症(エンテソパチー enthesopathy)とよばれる病態の一タイプになる。 

筋が緊張し、短縮すると腱に加わる牽引力は増し、とくに構造的に脆弱な腱付着部に大きな負担が加わる。腱付着部に微小外傷が生じ、その発生と修復のバランスが崩れることで症状が引き起こされる。病態としては腱炎そのものである。

肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


 

4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

3.肩関節外転制限の針灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針

肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、本稿ではこの部に肩髃をとる。座位で患側の腕を自分の腰にあてがい、肩関節45度外転位とする。肩髃(大結節と肩峰間)を刺入点に刺針点とし、床に平衡に3㎝程度刺入すると、針先が棘上筋腱の虚血好発部(カリエのいう危険区域)に達する。
この肢位で刺針する理由は、肩を外転すると肩腱板の筋収縮により上腕骨頭が降下して肩関節腔が開き、刺入しやすくなるためである。以前筆者は、後述する<肩井の斜刺>に比べて効果が少ないと考えていたが、3㎝以上刺入(したがって寸6ではなく2寸針を使用)することで、治療効果を得ることが
できた。以前の2㎝程度の深さの針では針先が危険区域に達しなかったらしい。

     
 

2)肩井から棘上筋腱への刺針

肩井から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入るが、これでは治療効果が得られない。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、肩井から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させるのがよい。側臥位または座位で行う。僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせる。この施術は3寸針を使った斜刺になる。治療効果は高い、強刺激になりやすいという欠点がある。なお本法では患者自身の手を腰に当てさせる必要はない。

 

 

 

 

3)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人や美容師などなど腕を長時間上げて作業することの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎(エンテソパチー)を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことも多い。前述の肩腱板の障害では「肩を上げる際の痛み」になるのに対し、三角筋の障害では、肩を上げ続ける肢位できない」というようになる。

本症も三角筋停止部の筋腱付着部症(=エンテソパチー)である。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。
臂臑(大腸):上腕骨外側の上(肩髃)から曲池に向かう線で上1/3。三角筋停止部。

「腕を長くは上げていられない」という特徴的な訴えになる。「鍼灸治療は痛む姿勢にして、痛む処を施術すればよい」というのが治療の定石なので、本例も施術体位に一工夫する。患者を椅子に座らせ、患側肩が正面にくるよう患者と直角位置に術者も座る。患者の患肢を術者の肩井あたりに載せる。この姿勢で腕を上げるよう指示し、術者はその腕を抑えることで。三角筋の等尺性収縮となり、その時生ずる運動痛(=圧痛点)である臑兪を施術するのがよい。

 

※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なる)

肩前(新穴)
上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。実際には上腕二頭筋長頭腱々炎はまれな疾患であり、肩前に圧痛が現れることは少ない。すなわち実際に肩前穴に治療点を求める機会はマレである。

肩髃(大腸)
教科書には「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴]と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。

肩髃穴は棘上筋腱が大結節に起始する部位なので、臨床で使う機会は非常に多い。

肩髎(三焦)
教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。本穴は治療穴としての使用意図が不明であり、実際に使用する機会は少ない。

 




膝関節痛の部位別針灸治療と考察のまとめ ver.1.6

2024-07-05 | 膝痛

私の膝関節治療の方法は、現在ではi以下の 1~4 のように場合分けされシンプルになってきた。これまでブログで発表してきたことなのだが、個々の技術の誕生には時間差が相当あるので、まとめて紹介することはできなかった。以上に加え近頃、膝蓋骨両縁(内膝蓋、外膝蓋)の痛みを訴える患者に対して効果的な方法を発見したので、5・6の項を追加し併せて説明する。

同種の内容に、筆者が3年前に発表した「膝OAに対する鍼灸治療 Ver.2.0」がある。これも併せてご覧いただきたい。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/870c279ba4b953cc9c8193fa0b273992

 

1.鶴頂の圧痛(+)時     <大腿直筋停止部症>

診察:膝蓋骨あたりに痛みを訴えた場合、仰臥位で膝を立てた状態で、膝蓋骨上縁(鶴頂穴)をさぐってみる。
治療:強い圧痛があれば、この姿勢で鶴頂に速刺速抜+施灸する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:大腿直筋の膝蓋骨停止部の筋膜症が、膝蓋骨前面の痛みを感じている。大腿直筋をできるだけ伸張させた体位で、その圧痛ある停止を刺激することで、大腿直筋が緩む。この治療機序は、生理学的にⅠb抑制を利用している。

 


2.内膝眼、外膝眼の圧痛(+)時   <膝関節包過敏>

診察:膝蓋骨下縁と脛骨がつくる左右の陥凹(内、外膝眼穴)を、押圧して痛む場合。
治療:立位にして圧痛ある内外膝蓋に直刺し、膝関節包を刺激。速刺速抜する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:内、外膝眼の直下には筋組織がない。直刺すると、皮膚→膝蓋下脂肪体→膝関節関節包と入る。しかしながら仰臥位で内、外膝眼に刺入しても針響はあまり起きない。というのは仰臥位では膝関節包はゆるんだ状態にあるため。立位にすると上体を支持しようとして四頭筋は収縮し、膝蓋骨が上に移動する。この時膝関節包も緊張する。
この状態で内外膝蓋に刺入すると、膝関節の奥に響くようになり、再現痛が得られ治療効果があかる。

 

3.鵞足の圧痛(+)時  <鵞足炎>

診察:仰臥位で鵞足部をつまんで(撮診して)、明瞭な撮痛がある場合
治療:撮痛点数カ所に印をつけ、この部に円皮針数カ所を置く
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。歩こうとすると鵞足が痛くて、実際には歩けない者であっても、治療直後から歩行可能になることもある。

アセスメント:鵞足部皮膚を走行するのは伏在神経(大腿神経の分枝で皮膚を知覚支配)で、この皮膚の痛みが症状をもたらしている。皮膚の痛みの有無は、押圧するより撮診するほうが把握できる。また皮膚の痛みなので、灸刺激または皮内針・円皮針の方が適している。


①エピソード紹介
私が日産玉川病院東洋医学内科研修生であまり臨床経験がなかった頃。同期M・Y君がいた。M・Y君はある日往診を依頼され、患者宅に行った。「立ち上がり際、膝の内側が痛く、動けない」という。鵞足炎と診断し、とりあえず圧痛ある鵞足部に皮内針をしてみたところ、患者は痛みなく立ち上がり、歩けるようなったので、他に何もせず帰ってきた」と私に自慢した。それ以来、鵞足炎には皮膚刺激というイメージができあがった。あれから約30年後、私の処にも膝痛で歩けないという往診依頼の電話がきた。高齢女性の患者宅に行き、診ると鵞足炎たっだ。皮内針治療を行い、症状は大幅に軽減した。

 

柏原修一氏による追試報告 
鵞足炎の痛みに対してパイオネックス貼付が著効した例(60才、男) 

現病歴:1週間前の作業中、転落防止用ハーネスにて右膝を強打。直後から立ち上がり動作で右膝内側に発痛。整外未受診。
所見:内出血、発赤、熱感、腫脹なし。右鵞足部、右内膝蓋部、右内側広筋筋腹部に圧痛あり。
治療:立位にて右鵞足部を擦診。発痛部にパイオネクス0.6mm貼付。同じく立位にて右内膝蓋及び内側広筋筋腹部に寸6-3にて単刺、得気。
効果確認:ベッドからの立ち上がり動作および歩行にて痛みが顕著に改善していることを確認し、治療終了。
所感:私は従来は経筋療法にて足趾の当該経絡の圧痛個所に皮内鍼を貼付する方法でそれなりの効果をあげておりましたが、今回先生の方法で顕著な直後効果を確認することができましたので、今後とも是非活用させていただたいと思います。

 

4.委中の圧痛(+)時  <膝窩筋腱炎>

診察:膝裏部中央が痛む者に対し、膝関節90度屈曲位にして膝窩(委中穴)あたりを深々と押圧した際、委中付近に2~3カ所膝窩筋の硬結があり、硬結を押圧すると非常に痛がる。これをもって膝窩筋腱炎と判断する。
治療:膝関節90度位(四つん這い、または膝立ち)にし、圧痛ある委中あたりの膝窩筋の硬結数カ所に刺針。速刺速抜。(体位的に不安定なので置針は難しい)
伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じになり、筋緊張部に刺入したという感触は得られず、当然治療効果もない。要するに膝窩筋を収縮させた体位で見いだした圧痛硬結に刺入すべきである。
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:膝窩筋の機能は、膝関節完全伸展位(体重は骨で支持しているので、筋への負荷は少ない)から膝屈曲動作へチェンジする際のスターターである。もし膝窩筋が存在しなかったらスムーズにひざが曲がり始めないので歩行動作はギクシャクしたものになる。膝窩筋が緊張した結果、膝の完全伸展しづらくなり、立位を保つために四頭筋の緊張を強いられることになろう。逆に四頭筋が過緊張状態にあれば、代償的に膝窩筋も筋腸することになる。

 


5.膝蓋骨内縁の圧痛(+)時 <内側広筋付着部症>

1)出端氏の考えた大腿膝蓋関節裂隙刺針<内膝蓋、外膝蓋>

※30年ほど前、出端昭男氏が「診察法と治療法」という本を医道の日本社から出版した。これは現代医学をあまり勉強してこなかった鍼灸師向けに書かれたようであって、初学者が独習するには適した本だった。しかし当時の本にありがちだか、本書にも取穴根拠には触れていなかった。すなわち疾患ごとの整形外科的病態生理の紹介の後、いきなりどこそこに鍼灸治療をするという結論を示すものだった。この膝蓋骨内縁の圧痛部への刺針は、<大腿膝蓋関節の間隙に入れるように刺針する。ただし直刺すると骨にぶつかるので、斜刺するようにする>と書いてあった。確かに、膝蓋骨の裏面は隆起しているので、直刺するとすぐに骨にぶつかるので斜刺するように書かれている。  
 内膝蓋圧痛(+)で大腿骨圧迫テスト(+)の者に対し、大腿膝蓋関節内へ斜刺を試みてみたが、効いた感触が得られなかった。

内・外膝蓋の圧痛出現理由は、大腿膝蓋関節症ということらしいが、膝蓋骨圧迫テスト時の痛みは、関節包を刺激しているわけではないので、これは筋性の痛みだろう。

 

 

2)外膝蓋、内膝蓋の圧痛は、外側広筋、内側広筋の付着部痛か

膝蓋骨圧迫テストでは大腿膝蓋関節の状態をみるが、ガリガリとした術者の指に伝わる感覚は、大腿膝蓋関節の不適合を意味するが、圧痛は四頭筋の伸張痛由来だろう。

大腿四頭筋の膝蓋骨停止部は、膝蓋骨直上にある。では内側広筋・外側広筋の膝蓋骨停止部はどこになるだろうか。以前私は下血海・下梁丘だと考えていたが、そうではなく、内膝蓋・外膝蓋ではないかと考えるようになった。

内膝蓋や外膝蓋の圧痛点を術者が強圧した状態で、膝関節の自動運動を10回程度で行わせる。その後立たせ、治療前の痛みとの違いを比較させる。軽くなっていれば、強圧した部に運動針を実施。変化ないようであれば、内側広筋上の別の圧痛を見出し、同様の施術を実施。

あるいは直接、仰臥位で膝を伸ばした肢位で、内膝蓋または外膝蓋に刺針。そのまま膝をゆっくり屈曲させると、内側広筋と外側広筋が伸張されるので、運動針効果が併用され効果が増強される。


3)内膝蓋、外膝蓋刺針の奏功アセスメント

内側広筋の部分的筋緊張により、内側広筋が短縮して膝蓋骨内側縁を引っぱり上げた状態。これにより膝蓋骨の位置がずれ、大腿膝蓋関節の不適合に発展した。治療により、その逆の機序が働き、大腿膝蓋関節が適合するまでになったと推察した。外膝蓋の圧痛の場合も、これと同じ考えになる。

 

4.内側広筋、外側広筋のトリガー活性による放散痛

上のトラベルの図によれば、外膝蓋~下梁丘にある外側広筋上のトリガー活性化すると、大腿前外側から大腿外側にかけて広範な痛みが出現するよう示されている。


鍼灸師K.E氏は、ネット上で外側側副靱帯損傷に対し腸脛靱帯への運動針が効果あったと書いていた。腸脛靱帯は靱帯であり筋ではないので、トリガーは発生しないだろう。ただし腸脛靱帯の両サイドは外側広筋になるので、外側広筋に生じたトリガーが鎮静化できれば、外側側副靱帯あたりの放散痛は改善するだろう。しかしながら外側側副靱帯損傷という病態が存在しているのならば、放散痛軽減させただけでは、すぐに症状再発することだろう。

 


ハンター管症候群に対する陰包刺針の効果 ver.2.3

2024-07-04 | 下肢症状

 1.内転筋管とその役割

大腿神経は大腿前面の知覚と四頭筋筋力を支配するが、その一部は伏在神経となり、大腿内側下方で内転筋管(=ハンター管)に入る。
この内転筋管は、大腿内転筋群と内側広筋を2辺とするV字形の溝中にあり、互いの筋収縮により干渉しないための間隙にある管で、いわば配管配線のために設けられたスペースといえる。内転筋管内は大腿動・静脈と伏在神経が縦走している。このV字の溝にフタをするように、内側広筋から伸びた筋膜である広筋内転筋板が伸びている。
伏在神経は筋を支配することなく、大腿内側~下腿内側の皮膚知覚を支配している。すなわち浅層ファシアの障害と関わってくる。

 

2.内転筋管症候群(=ハンター管症候群)

内転筋管の中で伏在神経が圧迫を受けて生ずる伏在神経神経絞扼障害を内転筋管症候群(=ハンター管症候群)とよぶ。これはタイツやスパッツなどで大腿内側を圧迫を続けると、内転筋管周辺の筋緊が伏在神経を絞扼した結果である。ツボでいう陰包(肝)
付近が障害部になる。この筋溝の底には大内転筋がある。症状は歩行時の大腿内側とくに陰包穴あたりの運動時痛で、伏在神経の走行部である下腿内側、膝内側の表在的なピリピリとした痛みが起こる。伏在神経は皮膚のみ知覚支配するので運動麻痺は起こらない。
陰包は、大腿内側の膝側から上1/3のところで、膝上4寸にとる。

 

3.陰包刺針肢位の試行錯誤
   
大腿内側の陰包あたりが痛むとの訴えはあまり多くない。陰包あたりを深々と押圧すると
圧痛を感じる程度のものがせいぜいだった。仰臥位させ、圧痛ある陰包にある程度深く刺入してみても、スカスカするのみでツボに命中した手応えはなく、響きも得られないことが大半だった。しかし陰包に強い圧痛があった場合、筋硬結に命中してズンとした響きが下腿内側に与えられることがあった。

どうすれば安定的にズンという下肢内側への響きを与えることができるかが問題であり試行錯誤した結果、治療側を下にしてのシムズ肢位で陰包刺針することがよいことをつきとめた。この肢位で陰包刺針するとツボが逃げないらしい。陰包を響かせるには意外に深く、3~4㎝の直刺を必要とする。この響きは伏在神経を刺激した結果なのか、広筋内転筋板を刺激した結果なのかどちらなのだろうか。知覚神経の伝導は上行性なので、陰包に刺針しても末梢側に響くことはないが、運動神経が下行性であり、広筋内転筋板を支配する運動神経のトリガーが活性化し、その放散痛が下肢に響いたと判断できる。

4.ハンター管症候群の針灸治験
 
1)症例1(40才、女性)
「右陰包あたりが痛む」と訴えるが来院した。陰包を押圧すると確かに圧痛があったので、前記のシムズポジションで寸6#2で陰包穴に直刺し、強い針響を得た。なお下腿内側や鵞足部に圧痛はなかったので、伏在神経の支流は問題ないようだった。大内転筋を中心に、5~6本集中5分間集中刺針して症状改善に至った。
 ことは難しいことなどから、大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激と判断した。
 
2)症例2(51才、男性)
数週間前から左陰包あたりが痛むと訴えて来院した。臥位で左陰包を軽く押圧すると、跳び上がるほど痛む。この患者はスポーツマンで筋肉質の身体をしている。整形医師の診察では、左内側半月板の外縁が少し削れているが手術するほどではないといわれた。確かに内膝眼・外膝眼にも圧痛があったが、内膝蓋や外膝蓋には圧痛がなかった。
以上から、本症はハンター管症候群であり、伏在神経の膝蓋枝まで反応が及んでいるものと診断した。
治療は、仰臥位で寸6#2で陰包に刺針するとズンと響いた。陰包を中心に5~6本集中置針で5分置鍼。他に内膝眼・外膝眼にも置鍼5分で治療終了した。

 

5.その他の伏在神経症状
 
伏在神経は、途中から大腿動脈と分かれ膝関節内側の表層に出て、次の2枝に分かれる。これらの皮膚痛が、内転筋症候群によるものであればて陰包刺激が適応となる。

 
1)膝蓋下枝

縫工筋を貫き、膝関節下内側の皮膚に行く枝。この枝が鵞足炎時の膝内側痛をつくる。鵞足部の鵞足穴や膝蓋骨内縁の内膝眼に圧痛があれば、伏在神経膝蓋枝痛を考慮する。鵞足の圧痛点には皮膚刺激である円皮針を貼る。内膝眼は皮膚が厚い部でかつ摩擦されやすい部なので、円皮針よりも灸刺激が適する。

2)内側下腿皮枝
下腿内側および足背内側の皮膚に分布。この領域の皮膚反応の探索には撮診法が適する。代表穴は三陰交・地機・築賓などであり、これらのツボ上の皮膚の撮痛反応を探る。治療は撮痛部に円皮針を貼る。
下腿陰経の圧痛というと泌尿器や産婦人科系の疾患を思い浮かべがちだが、それ以前に伏在神経痛であるかもしれない。伏在神経痛は内転筋症候群、鼠径部における大腿神経絞扼障害によることもある。

 

 

 


一筆書きからトポロジーへ ver.1.5

2024-07-01 | 雑件

この1~2ヶ月、他の先生方が執筆した奮起の会セレクション用テキスト整備に追われ、自分の鍼灸の追究ができていないことを苦痛に思う。当ブログに書くような内容も乏しくなった。たまには目先を変え、以前から興味があった<一筆書き>に関する知見を紹介する。

1.基礎編


ある図形が一筆書きできるかどうかの条件は、それぞれの角点に集まった線が、①すべて偶数か、②2本の奇数がある場合に限られる。①の場合、どの頂点から書き出しても一筆書きは成功するが、②の場合、どちらか一方の奇数の頂点から筆を出発し、最後に他の奇数の頂点を終点とするルートにして一筆書きは成功する。

2.応用編

問題1

一筆書きのコツは、前述した内容がすべてなので、これを理解した後は、次の問題も解けるはず。

問題1の解答

問題2

ヒント:どこから書き始めるかが重要。

 

問題2の解答

 

3.実地問題編

1)ケーニヒスベルグの橋渡り
①問題 ドイツの大哲学者カントが生まれた町として有名なケーニヒスベルク(現在のカリーニングラード)は、プレーゲル川にまたがったおり、18世紀の初頭には、下のようにこの川に7つの橋がかかっていた(実話)。その頃、この橋を全部ただ一度ずつ渡ることができるかどうかが、この町の話題になった。ある人は不可能だと言った。ある人は実際にやったらできたと言ったが、再現することはできなかった。

②解答
数学者のレオンハルト・オイラー(1707〜1783)がこの問題を取り上げて研究し、橋渡りが不可能であることを証明した。

 

A、B、C、Dは土地であって、橋に比べると当然その面積は広い。だがABCDの土地を頂点、橋を辺とすることで、橋渡りの問題は一筆書きの問題へと単純化できる。橋渡りの問題は、上の図が一筆書きできるか否かの問題に置き換えることができるが、頂点4カ所あるので、橋渡りは成功しないといえる。

 

③発展問題
ではこの橋渡りを成功させるにはどうすべきか、というとC-D,間に橋を一本新設すればよい。これにより、奇数の頂点は、AとBのみになる。Aを始点としてBを終点とする(またはその逆)道順が正解となる。

 

 

3)道頓堀の橋渡り

①大阪の道頓堀周辺には次のように多くの橋がかかっている。これらの橋を一筆書きの要領で、始点から終点まで渡りきることは可能か?

②解答

「ケーニヒスベルグの橋渡り」より複雑だが考え方は同じ。橋を結ぶ土地の関係を、トポロジー的に整理すると、次のようになる。角を構成する奇数の辺はA、B,G,Hの4箇所あるから一筆書きは不能である。ただしG-H(もしくはA-B)間に橋を新設すれば、奇数角が2箇所になるので、一筆書きは可能である。その場合、Aを始点としてBが終点(またはその逆)となる。

4.間中良雄のトポロジー(位相幾何学)

十二正経の基本的な経絡循環も一筆書きができて、これは筆者2024.6.14報告<奇経八脈・・・>で示した。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/06085ff4802003deee939ada19451657

この図を再掲載した。結局経絡を使った臓腑治療とは、赤い円内という体幹内ブラックボックスである六臓六腑の病変を、円外にある浅層経脈(通常学習する経穴走行)部分をを刺激し、リモート的に体幹臓腑を治療するという狙いである。

上図は十二正経の全体的走行を示したものだが、経絡のトポロジー性については省略されている。十二正経を三陰三陽区分中の4経絡に限定すれば、各経のトポロジカルな特徴を表現可能である。以下の図は、一例として12経絡における2順目の心経→小腸経→膀胱経→腎経の経脈を示したものである。臓腑そのものと、破線部分の経絡は体幹深層にあるので直接刺激できない。臓腑病変では実線の表在経絡を刺激して、リモートで体幹深層の病変をいかに治療するかを企図するものといえる。


 
一筆書きは,「線がつながっているか」が重要で,途中の線が曲がっていようが,線が短いとか長いかは関係ない。これはつながりの具合を示す幾何学である<トポロジー>の発想である。日本語では位相幾何学という。線の長短は関係なく、単にA地点とB地点が連結しているかを問題とするという考え方は、今日においては電気配線回路図にみることができる。

 
 経絡は、基本的に身を上下に流注しているが、症状部位に対する刺激(局所治療)とは別に、症状部位から数十㎝も離れたれた部位を刺激して、これを経絡的治療とすることもある。これが経絡治療の特徴になる。
 赤羽幸兵衛は左右の手指先の井穴、そして左右の足指先の井穴それそれ12穴の知熱感度を測定し、同じ経絡の熱知覚の左右差を問題視した。これを発展させのが間中良雄で、手指の同経の知熱感度の感受性の違いだけでなく、手と足の三陰三陽区分での井穴の感受性の違いを問題視した。さらに左指先井穴の知熱感度の総和と右指先井穴の知熱感度の総和を比較したり、また左足先井穴の知熱感度の総和と右足先井穴の知熱感度の総和を比較した。井穴データを種々の演算処理により特異的現象の発見に努めた。これらの演算は今日ではパソコンを使えば容易だが、今から40年前のことであれば処理に随分と手間がかかったことだろう。


ここで間中喜雄先生の構想されたトポロジーについて解説する。

 本解説の原本は「M.I.D.方式について 赤羽知熱感度測定法知見 捕遺」間中喜雄、板谷和子(北里研究所附属東洋医学総合研究所)、日本東洋医学会誌、第26巻第4号(1975)による。
なお現在でも、ネット検索で調べることができる。

1)赤羽知熱感度測定法について
1950年、赤羽幸兵衛は、手足の井穴を知熱感度測定法(手足の「井穴を線香の火で叩き、何回で熱く感じたかを記録)を発表し、これを知熱感度測定法とよんだ。左右の井穴の最大倍数の一組を問題視し、その経過に治療の重点を置いた。
 たとえば点火した線香の叩打数が、膀胱経井穴で54(左)対40(右)で、大腸経の井穴が3(左)対12(右)であるとすると、絶対数は膀胱経が異常に多いにもかかわらず、大腸経の左右比が4倍である天に意義をおき、これを治療対象にするというのである。
 そこで著者らは統計学者に依頼し、赤羽法の原法にしたがって得た数字の左右相関指数を統計処理してもらったが、はっきりした相関性を示す指数が得られなかった。

2)M.I.D.(赤羽知熱感度測定データのカテゴリー別分析)
 本来的に中国古来の經絡概念は、左右というカテゴリーだけですべてを律するという狭い規範は示していない。陰陽、表裏、手足などの相互干渉の法則性を規定している。
 そこで井穴の左右差のみを比較するのではなく、陰陽別、左右別、手足別などのカテゴリー別に整理して、その状況を調べることにし、これをM.I.Dとしてまとめた。M.I.D.とは、Meridian Imbalance Diagram (直訳で經絡不均衡図)の意味である。
 各種疾患について約150例以上の測定データを集積し、さまざまな傾向が得られたが断言できる段階にはない。まだ予備実験の段階であり、今後確かめていかねばならない問題が多くあった。コンピュータを使えば各データの特徴や傾向をさまざまな角度から調べられるだろうが、井穴知熱感度のデータそのものが信頼性に足るとはいいづらい。

※知熱感度測定法が左右差の是正のみを治療方針とすることは、私自身も違和感を感じ、すでに以下のようなブログを発表済みである。

井穴知熱感度データの新たな解析法(2017.6.21)

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/02e50d1f7f7ae685c1c14816eb038bf6