◆金沢健一《2,3,4》高さ核198cm/ステンレススティール/1996年
撮影:大谷一郎
2003年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 29号に掲載した記事を改めて下記します。
『手法』について/金沢健一《2,3,4》 藤井 匡
金沢健一は一貫して鋼鈑を素材として扱ってきた作家であり、その仕事は〈構成的な作品〉〈鉄と熱の風景〉〈音のかけら〉の三種類に大別される。(註 1)
これらはいずれも、熔接・熔断という鋼鈑のエッジ部分の加工作業から生み出される。最終的な提示こそ異なるものの、鋼鈑を面的に用いること、そして表面に手を入れない制作方法は共通する。作者は素材に手を加える部分を限定し、その存在感を残存させるのである。
こうした方法の背景には、鉄は「工業製品にもかかわらず、寡黙な中に強い意志を秘めた存在感を持っている」「作品は私の造形の意志と鉄の存在の意志との接点に生み落とされる」(註 2)との作者の認識がある。それは、素材は作者の表現に従属するものではなく、作者と素材とは対等であることを意味する。この意識から出発するゆえに、鉄の存在が覆い隠されるような加工は回避されるのである。
ただし、工業製品である鉄の意志は、木や石などの自然物とは同一視できない。目前の鉄に内在するのではなく、個々の鉄の固有性を超えたところで発揮されるものである。金沢健一のパターン化された作品を並置するインスタレーションは、こうした考察からもたらされると思われる。
〈鉄と熱の風景〉は、小さな鉄片を積み重ねながら、熔接で固定した作品群である。その内の二つを比較するとき、形態的には大きな違いは見当たらない。しかし、線熔接と点熔接との、熱変色の仕方が大きく異なる二種類が組み合わされることから、表面の在り方には大きな違いが発生する。
線熔接では、フリーハンドで描かれた水平線のような青-紫の変色が強い印象を与える。このため、繋ぎ目の直線的なエッジは後退し、二枚が連続するように感じられる。逆に点熔接の場合、側面の一箇所が小さな点として変色するだけであり、二枚を分節する鉄片のシャープなエッジが強く目に留まる。二種類の熔接を一つの作品の中で様々な順序で織り込むことで、多くのバリエーションを生み出すのである。
これらは展示の際、複数個が等間隔に並べられて壁に取りつけられる。このため、個々の差異は重要性の度合ではなく、単に差異として示されるだけである。こうして、〈鉄と熱の風景〉は全てが異なり、同時に全てが等価と見なされる。
同様に、〈音のかけら〉も各部分が等価であることを前提として成立する。
四角形あるいは円形の鉄板をフリーハンドによる曲線でいくつかに熔断する。次いで、その下に合成ゴムを敷いて床や台座から浮かせ、打楽器のように叩いて音を出す作品である。しかしながら、制作の目的は楽器のような正確な音階(価値基準)に測ることではない。大きさとかたちに応じた音が、全ての鉄片に等しく内在することに主眼が置かれる。
各音の等価な位置づけは、元々の四角形や円形を復元するように並べる展示方法からも伺える。ここでは、鉄片個々の形態ではなく、その間にある切断線の方が浮上する。こうすることで、ある鉄片の音と隣接する鉄片の音とが影響を与え合うことが視覚的に分かる。加えて、どの鉄片も全体の中の一部分に過ぎず、特権的な価値をもっていないことが分かるのである。
さらに、〈音のかけら〉では、参加者が描いた曲線に鉄板を切り抜いて、個々人の音をつくるワークショップも開催される。それは、このシステムに準拠する以上、誰が決定したどんな音でも等価であるからこそ成立するのである。
このように、〈鉄と熱の風景〉にしろ〈音のかけら〉にしろ、システム化された制作方法による、非中心的な体系が前提とされる。作品の意味=価値は、個々の作品を超えたところに存在するのである。そして、〈構成的な作品〉に見られる変化の過程は、こうした考察が深化される過程と軌を一にするものである。
〈構成的な作品〉は、長方形に切断された鋼鈑(後にはステンレス鋼鈑)を貼り合わせた直方体を、複数組み合わせる作品である。これは、作者のキャリアの最初期から継続されているが、前述の二種類の作品を経て大きな変化を見せる。1996年に制作された〈比例〉シリーズ(註 3)からは、〈鉄と熱の風景〉や〈音のかけら〉と同一志向の、システム化された制作方法が採用されるようになる。
その最初期作品である《2,3,4》は、198×10×20cm・198×10×30cm・198×10×40cmの三つのステンレススティールの直方体を、各側面が直角・平行に隣接するよう組み合わせる作業から演繹される作品である。このようにシステムを決定した時点で、制作可能な数と各々の形態は自ずと決定される。作者は作業を機械的に実行するだけで、主体性を発揮する場は存在しない。
そして、展示の際には、個々が等間隔に見えるようインスタレーションされる。ここでも、〈鉄と熱の風景〉と同様、個々が等価に存在するよう配慮されるのである。システムに属する作品同士は単に違うだけで、優劣という価値は排除されることになる。
だが、それ以前の作品は別の志向に依拠する。「鉄の箱状の部分を自分自身の黄金比ともいえるプロポーションやバランスで構成」(註 4)した作品が制作されていたのである。《2,3,4》のようなシステムを設けない場合、同じく直方体の構成によるものであっても、直方体の大きさや比率、組み合わせ方、面同士が接する角度は限りなく存在する。ここでは、作者自身の責任において選択がなされ、主体的にひとつの構成が決定されることになる。
これらの作品は、展示に関しても〈比例〉シリーズと異なり、単体での成立を基本とする。しかしながら、水平・垂直を基調とする構成は、積み木のような可変性を意識させ、エッジで接する部分も視覚的な動勢を感じさせる。ここから、見る者は別の組み合わせの可能性を連想していく。単体の内に、可能性としての複数の像が含まれる印象を喚起するのである。
だが、実現されたものと可能性のままに留まったものの間には、作者の主体に基づいた明確な価値の高低が横たわる。それは、2:3:4という比率がタイトル(最大要因)として使用される作品とは決定的に違うのである。この変化こそが、鉄の意志が目前の鉄の中に物象化できない、という発見によって引き起こされたと思われる。
鋼鈑は工業製品であるため、同一の規格である以上はどの鋼鈑でも価値は等しい。この鋼鈑とあの鋼鈑との意志が異なる、ということはできない。この鋼鈑が作品に使用されるのは、偶然に手許に届いたという以上の意味をもたない。こう考えれば、どの鋼鈑を用いようとも等しい価値を体現する作品でなければならなくなる。
また、鋼鈑は製鉄所で圧延された時点で一律な質をもつ。その後、規格に合わせて切断されるときに中心-周縁が生じるのであり、ある箇所が中心と呼ばれるのは偶発的な出来事に過ぎない。したがって、鉄の意志を想定するならば、自身の手に届いた時点ではなく、切断以前に遡行して思考する必要がある。そうすると、一枚の鋼鈑の中ではどの部分の価値も等しいと考えざるを得なくなる。目前の鋼鈑の中心―周縁を自明視して、作品をつくりはじめることはできないのである。
このため、鉄の意志は目前にある鉄(オブジェクトレベル)を超越したところ(メタレベル)に想定せざるを得ない。そして、そのような素材の意志と作者の意志とが交差点に作品成立の基盤を置くならば、個々の作品=仮象を超越した場所にその意味は出現することになる。必然的に、作者の視線は個々の作品自体(オブジェクトレベル)にではなく、それらを統括するシステム(メタレベル)に向けられていくことになる。
金沢健一のシステム化された方法による作品、そしてバリエーションを併置するインスタレーションは、素材として自明視される鋼鈑の存在を掘り下げていく思考に導かれる。その作品は、トリッキーな視覚効果を求める作者の主知主義的な志向にではなく、鋼鈑を扱ってきた経験に由来するのである。
註 1 金沢健一「鉄がもたらしてくれたもの」『はがねの様相-金沢健一の仕事』川崎市岡本太郎美術館 2002年2月
2 前掲 1
3 このシリーズ名称は『金沢健一-構成する人-』(1997年、板橋区立美術館)の図録(挨拶文)にて用いられたものである。
4 金沢健一「金属彫刻を手がけて」『ZOCALO』№35 1991年5月
撮影:大谷一郎
2003年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 29号に掲載した記事を改めて下記します。
『手法』について/金沢健一《2,3,4》 藤井 匡
金沢健一は一貫して鋼鈑を素材として扱ってきた作家であり、その仕事は〈構成的な作品〉〈鉄と熱の風景〉〈音のかけら〉の三種類に大別される。(註 1)
これらはいずれも、熔接・熔断という鋼鈑のエッジ部分の加工作業から生み出される。最終的な提示こそ異なるものの、鋼鈑を面的に用いること、そして表面に手を入れない制作方法は共通する。作者は素材に手を加える部分を限定し、その存在感を残存させるのである。
こうした方法の背景には、鉄は「工業製品にもかかわらず、寡黙な中に強い意志を秘めた存在感を持っている」「作品は私の造形の意志と鉄の存在の意志との接点に生み落とされる」(註 2)との作者の認識がある。それは、素材は作者の表現に従属するものではなく、作者と素材とは対等であることを意味する。この意識から出発するゆえに、鉄の存在が覆い隠されるような加工は回避されるのである。
ただし、工業製品である鉄の意志は、木や石などの自然物とは同一視できない。目前の鉄に内在するのではなく、個々の鉄の固有性を超えたところで発揮されるものである。金沢健一のパターン化された作品を並置するインスタレーションは、こうした考察からもたらされると思われる。
〈鉄と熱の風景〉は、小さな鉄片を積み重ねながら、熔接で固定した作品群である。その内の二つを比較するとき、形態的には大きな違いは見当たらない。しかし、線熔接と点熔接との、熱変色の仕方が大きく異なる二種類が組み合わされることから、表面の在り方には大きな違いが発生する。
線熔接では、フリーハンドで描かれた水平線のような青-紫の変色が強い印象を与える。このため、繋ぎ目の直線的なエッジは後退し、二枚が連続するように感じられる。逆に点熔接の場合、側面の一箇所が小さな点として変色するだけであり、二枚を分節する鉄片のシャープなエッジが強く目に留まる。二種類の熔接を一つの作品の中で様々な順序で織り込むことで、多くのバリエーションを生み出すのである。
これらは展示の際、複数個が等間隔に並べられて壁に取りつけられる。このため、個々の差異は重要性の度合ではなく、単に差異として示されるだけである。こうして、〈鉄と熱の風景〉は全てが異なり、同時に全てが等価と見なされる。
同様に、〈音のかけら〉も各部分が等価であることを前提として成立する。
四角形あるいは円形の鉄板をフリーハンドによる曲線でいくつかに熔断する。次いで、その下に合成ゴムを敷いて床や台座から浮かせ、打楽器のように叩いて音を出す作品である。しかしながら、制作の目的は楽器のような正確な音階(価値基準)に測ることではない。大きさとかたちに応じた音が、全ての鉄片に等しく内在することに主眼が置かれる。
各音の等価な位置づけは、元々の四角形や円形を復元するように並べる展示方法からも伺える。ここでは、鉄片個々の形態ではなく、その間にある切断線の方が浮上する。こうすることで、ある鉄片の音と隣接する鉄片の音とが影響を与え合うことが視覚的に分かる。加えて、どの鉄片も全体の中の一部分に過ぎず、特権的な価値をもっていないことが分かるのである。
さらに、〈音のかけら〉では、参加者が描いた曲線に鉄板を切り抜いて、個々人の音をつくるワークショップも開催される。それは、このシステムに準拠する以上、誰が決定したどんな音でも等価であるからこそ成立するのである。
このように、〈鉄と熱の風景〉にしろ〈音のかけら〉にしろ、システム化された制作方法による、非中心的な体系が前提とされる。作品の意味=価値は、個々の作品を超えたところに存在するのである。そして、〈構成的な作品〉に見られる変化の過程は、こうした考察が深化される過程と軌を一にするものである。
〈構成的な作品〉は、長方形に切断された鋼鈑(後にはステンレス鋼鈑)を貼り合わせた直方体を、複数組み合わせる作品である。これは、作者のキャリアの最初期から継続されているが、前述の二種類の作品を経て大きな変化を見せる。1996年に制作された〈比例〉シリーズ(註 3)からは、〈鉄と熱の風景〉や〈音のかけら〉と同一志向の、システム化された制作方法が採用されるようになる。
その最初期作品である《2,3,4》は、198×10×20cm・198×10×30cm・198×10×40cmの三つのステンレススティールの直方体を、各側面が直角・平行に隣接するよう組み合わせる作業から演繹される作品である。このようにシステムを決定した時点で、制作可能な数と各々の形態は自ずと決定される。作者は作業を機械的に実行するだけで、主体性を発揮する場は存在しない。
そして、展示の際には、個々が等間隔に見えるようインスタレーションされる。ここでも、〈鉄と熱の風景〉と同様、個々が等価に存在するよう配慮されるのである。システムに属する作品同士は単に違うだけで、優劣という価値は排除されることになる。
だが、それ以前の作品は別の志向に依拠する。「鉄の箱状の部分を自分自身の黄金比ともいえるプロポーションやバランスで構成」(註 4)した作品が制作されていたのである。《2,3,4》のようなシステムを設けない場合、同じく直方体の構成によるものであっても、直方体の大きさや比率、組み合わせ方、面同士が接する角度は限りなく存在する。ここでは、作者自身の責任において選択がなされ、主体的にひとつの構成が決定されることになる。
これらの作品は、展示に関しても〈比例〉シリーズと異なり、単体での成立を基本とする。しかしながら、水平・垂直を基調とする構成は、積み木のような可変性を意識させ、エッジで接する部分も視覚的な動勢を感じさせる。ここから、見る者は別の組み合わせの可能性を連想していく。単体の内に、可能性としての複数の像が含まれる印象を喚起するのである。
だが、実現されたものと可能性のままに留まったものの間には、作者の主体に基づいた明確な価値の高低が横たわる。それは、2:3:4という比率がタイトル(最大要因)として使用される作品とは決定的に違うのである。この変化こそが、鉄の意志が目前の鉄の中に物象化できない、という発見によって引き起こされたと思われる。
鋼鈑は工業製品であるため、同一の規格である以上はどの鋼鈑でも価値は等しい。この鋼鈑とあの鋼鈑との意志が異なる、ということはできない。この鋼鈑が作品に使用されるのは、偶然に手許に届いたという以上の意味をもたない。こう考えれば、どの鋼鈑を用いようとも等しい価値を体現する作品でなければならなくなる。
また、鋼鈑は製鉄所で圧延された時点で一律な質をもつ。その後、規格に合わせて切断されるときに中心-周縁が生じるのであり、ある箇所が中心と呼ばれるのは偶発的な出来事に過ぎない。したがって、鉄の意志を想定するならば、自身の手に届いた時点ではなく、切断以前に遡行して思考する必要がある。そうすると、一枚の鋼鈑の中ではどの部分の価値も等しいと考えざるを得なくなる。目前の鋼鈑の中心―周縁を自明視して、作品をつくりはじめることはできないのである。
このため、鉄の意志は目前にある鉄(オブジェクトレベル)を超越したところ(メタレベル)に想定せざるを得ない。そして、そのような素材の意志と作者の意志とが交差点に作品成立の基盤を置くならば、個々の作品=仮象を超越した場所にその意味は出現することになる。必然的に、作者の視線は個々の作品自体(オブジェクトレベル)にではなく、それらを統括するシステム(メタレベル)に向けられていくことになる。
金沢健一のシステム化された方法による作品、そしてバリエーションを併置するインスタレーションは、素材として自明視される鋼鈑の存在を掘り下げていく思考に導かれる。その作品は、トリッキーな視覚効果を求める作者の主知主義的な志向にではなく、鋼鈑を扱ってきた経験に由来するのである。
註 1 金沢健一「鉄がもたらしてくれたもの」『はがねの様相-金沢健一の仕事』川崎市岡本太郎美術館 2002年2月
2 前掲 1
3 このシリーズ名称は『金沢健一-構成する人-』(1997年、板橋区立美術館)の図録(挨拶文)にて用いられたものである。
4 金沢健一「金属彫刻を手がけて」『ZOCALO』№35 1991年5月