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『インドネシアの絣(イカット)』-イカットの染料(Ⅱ)特別な赤-前編 富田和子

2017-10-24 14:58:16 | 富田和子
◆カリウダ村のイカットと持参して染めた糸

◆ムンクドゥの木(ヤエヤマアオキ)

◆乾燥中のムンクドゥの根(バリ島トゥガナン村)


◆ムンクドゥの根を石臼と杵で細かく潰し、水を加えて絞る。色が出なくなるまで何度も繰り返す。太い根は芯を除き皮のみ、細い根はそのまま使用する。(スンバ島カリウダ村)

◆実習で染めた糸サンプル(インド茜100%×2回染明礬媒染)

[バリ島トゥガナン村の染色]
◆油は村内で作られている。殻を取ったクミリの実をモーター付きの木製の機械で粉砕し、小型の圧搾機で油を搾り出す

◆クミリの実
[クミリ]東南アジア原産の高木で、和名はトウダイグサ科のククイノキ。油桐の近縁種。実(核果)から油を絞って灯火に用いられ、キャンドル・ナッツとも言われる。インドネシアでは料理にもよく使われる。

◆かまどの灰を利用した灰汁

◆クミリで下染めされた糸(バリ島トゥガナン村)



◆クミリの油と灰汁を3対5の割合で混ぜた液に糸を浸し、42日間浸けておき、日に干す。絣括りを終えると別の村へ糸を運び、まず藍で染めた後、トゥガナン村で赤色を染める。赤く染める部分の絣括りを解き、バリ島ではスンティと呼ばれているヤエヤマアオキにクプンドゥンという媒染剤の役割を果たすと思われる樹皮を加え、気に入った色に染まるまで何回も染め重ねていく。

2008年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 49号に掲載した記事を改めて下記します。

『インドネシアの絣(イカット)』-イカットの染料(Ⅱ)特別な赤-前編 富田和子

 ◆赤を染める染料
 イカットの天然染料で最も代表的な材料は藍と茜の組み合わせであるが、日本で一般的に知られている多年草の茜(日本茜、インド茜、西洋茜など)とは違い、インドネシアの茜というのはアカネ科のヤエヤマアオキのことである。ヤエヤマアオキは沖縄以南に分布する小高木で、インドネシアではムンクドゥと呼ばれる。藍と同様に重要で代表的な染料であり、樹皮や根皮を染料として用い、オレンジ色~赤~赤茶色を染める。藍染めは葉を使用するため入手も容易であり、木綿にも良く染まるので、天然染料の中でも最も一般的であり、身近でかつ重要な染料となっている。一方、ムンクドゥ(茜)は木の生長を待ち、その根を大量に使用するため入手も困難である。その希少性から、かつては藍で染める青~黒は平民階級の色として、茜で染める赤(オレンジ色~赤茶色含める)は支配階級や特権階級の色として扱われていた。「ムンクドゥ」はインドネシア語の植物名で、バリ島では「スンティ」、スンバ島では「コンブ」、フローレス島では「ブル」というように地域ごとに呼び名は異なり、染め方も色合いもそれぞれではあるが、一般的には抽出は煮出すことをせず、ムンクドゥの根を細かく潰し、水を加えて絞り染液を作る。染める時にも加熱はせず、染液に数日間糸を浸した後干す。媒染剤として他の植物の樹皮や葉の乾燥したものを加えて染めるという点が共通する染め方であった。

スンバ島のカリウダ村のイカットは赤い色が最も鮮やかだと言われている。最初にそのイカットを見た時には天然染料とは思えない真っ赤な色に驚き、化学染料も使われているのではないかと疑った。2回目にその村を訪れた時に染めの工程を見せてもらえるように頼み、日本から持参した糸を染めてみた。1回の染色では、下染めもしていない糸は写真のように赤くは染まらず、イカットの色とはかけ離れたものであった。染め重ねたとしても真っ赤になるとは思えないが、町から遠く離れたこの村で化学染料が使われている気配は見えなかった。いったいどうしたらこのような赤を染めることができるのか…、説明を受けても納得がいかなかった。

 ◆木綿染め研究グループの試み
イカットを訪ねて、インドネシアに行き来するようになった頃、当研究所では草木糸染めクラスの卒業生有志による「木綿染め研究グループ」が発足していた。絹や羊毛に比べ、染まりにくい木綿を堅牢にいきいきと染めるための方法を模索する活動であった。1年目は今も草木で糸を染めている木綿の縞織物、館山唐桟の染め方を実習しながら150色を染め、加熱することなく水温でも充分に染まることを知った。2年目は唐桟の常温染法と従来の煮染法との比較をしながら、藍とのふたがけを加え、染色時の温度、時間、回数、濃度などが検討された。その結果、木綿は染め重ねることが重要であること、藍が多くの色を提供してくれることを再確認した。

2年間の活動の中で浮上した問題は「赤」の染め方であった。前述の染色条件に加え、抽出方法、下染めによる有機媒染方法、糸の精練方法にも検討は及んだが、いきいきとした赤色を堅牢に染めることは難しかった。そこで3年目は今でも天然染料で木綿糸を染めているインドネシアのイカットに注目した。インドネシアの茜の染め方では特に印象に残った事がいくつかあった。

※染める前に糸を精練している様子がないこと
※赤の色素成分は直接木綿には染着しにくいため、クミリという木の実で下染めをしていること
※媒染剤には化学薬品を使わずに、身の回りの樹皮や葉などから調達すること
※数ヶ月、あるいは数年間という長い時間を掛け、濃い染液で繰り返し染め重ねているらしいこと

 研究グループでは、限られた時間の中でできることと、今後に活かせることという点で、糸の精練と赤色を染めるための下染めについて実習を試みた。

糸の精練に関しては、末精練と精練済の糸で比較すると未精練の方が濃く染まることがわかり、8人のメンバー全員が同じ結果を得た。現地でも精練をしているのが見られないこと、「染織α」に掲載された『精練漂白による木綿の草木染め比較』*1)で、未精練の糸が最も濃く染まっていたことなどを考え合わせ、それ以降、精練はしないことにした。

 バリ島で入手したクミリで下染めされた糸を見ると、たっぷりと油を含みベトついた手触りで糸の色は黄変している。実に含まれている油やタンパク質が重要なのではないかという見解が出て、次の4種類の下染めを実習することにした。

※タンニン酸…一般的な有機媒染の常法として。
※クミリ…現地から持ち帰り、どんな感じかをつかむために。
※種実類…今後の参考のために、クミリの代用になりそうな[油+タンパク質]を豊富に含んでいるものとしてクルミ、椿の実、松の実、落花生、大豆、ゴマ、ひまわりの種の7種類を選んだ。

※油類…さらに液体の植物性油4種類、椿油、ごま油、菜種油、オリーブオイルも加えた。
タンニン酸とクミリは8人全員で、種実類と油は1人が1~2種類を分担して実習した。

それまで現地でクミリでの下染めを見たことはなかったので、手元の資料を頼りに染めてみた。糸と同量のクミリを擦り潰し、灰汁と混ぜ糸を2~3日浸けたあと、1週間天日に干すという方法で、他の実も同様に、また油は糸の半量を灰汁と混ぜ使用した。染料は、ヤエヤマアオキ(ムンクドゥ)は手に入りにくいので、引き続き手に入る染料であり、メンバーも苦戦しながら染めていたインド茜で染めることにし、それに伴い、染色温度は煮染法で行うことにした。 その結果、染着濃度の高いのは、油類 >クミリ・種実類 >タンニン酸の順であった。 これはインド茜以外の染料でも同様で、8名全員の一致した結果だった。色合いについては、タンニン酸は黄味がかった色になり、クミリを含む種実類には若干濁りがみられた。クミリとタンニン酸は全員が同染料、同条件で染めたにも関わらず色の違いが現れた。8人の染め手がいれば8通りの色になるということで、種実や油の種類による比較には至らなかったが、濃度、赤の色相、透明感という点では油が最もすぐれていた。[油+タンパク質]が重要だろうと考えていたメンバーにとってこの結果は予想外だった。精製された油を使えば良いのなら実に簡便である。しかし、タンニン酸では染色後の糸の風合いは変わらないのに対して、種実類は固くなり、油脂類はいつまでも滲み出てくるような油と匂いが気になった。種実類は脂肪が主成分だがその他の成分も含まれている。それらの有用性もあるかもしれない。この時点でのメンバー間の結論としては、理論的ではないが染め比べた感触では、油だけではなく種実全体をつぶして使用するほうが良さそうだということに落ちついた。

◆ バリ島トゥガナン村の染色の下染
 この実習において、バリ島で入手した糸を一緒に染めてみたところ驚くほど濃く赤く染まった。果たしてこれはどのようにクミリで下染めされたのだろうか。翌年現地で調べてみた。そして、私たちの予想はあえなくくつがえされた。
 バリ島東部に島の先住民であるバリ・アガ族の人々が暮らす集落のうちのひとつ、トウガナン・プグリンシンガン村がある。この村では「グリンシン」と呼ばれる木綿の経緯絣が織られている。グリンシンを織るための糸は先ずクミリで下染めされるが、そこで登場したのは何と油だった。「油+何か」が必要なはずだと思い込んでいた私にとってこの事実は驚きであった。確かに実習の結果を見ても油で下染めをした糸が最も濃く染まっていた。   では、なぜ油が良いのだろうか。いったい油はどんな役割を果たすのだろぅか…。
(つづく)


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