ART&CRAFT forum

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『素材の話 1』 高宮紀子

2017-07-02 10:16:30 | 高宮紀子
◆写真1 ココヤシの帽子

◆写真2 クズ

◆写真3 

◆写真4

◆写真5

2005年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 37号に掲載した記事を改めて下記します。


民具のかご・作品としてのかご (23) 
 『素材の話 1』 高宮紀子

10年少し前、ハワイ大学であったかごのワークショップに参加しました。構内に植えられた植物を見て歩くのが面白かったのですが、偶然背の高いヤシの葉を剪定している場面にでくわしました。さっそく1本もらい、大きく長いのを引きずって宿舎に持って帰り、徹夜でかごや帽子を作りました。ココヤシの葉柄の軸に葉をつけたままで組んだかごを見たことがあり、自分でも作ってみたかったのです。
写真1がその時作った帽子です。5mぐらいの長さの葉の軸を縦半分に切り、その半分を使って葉をそのままにして、縁を組み、その後、材をまわしてトップを作り、次に材の端を縁に入れて完成するというプロセスです。奮闘したのですが、簡単そうに見えても、終わりや最初のスタートの時に工夫がいるとわかりました。あまりいい形にはならなかったのですが楽しい体験でした。
ヤシの葉は組むという作業にちょうどいい具合に葉が並んで生えています。平らで長い材がそのまま使えます。一枚あれば、かごの口から編んで底を三つ編みにして簡単にかごを作ることができる便利な素材です。日本にも同じヤシ科の植物の葉を使って作る民具がありますが、本州にはそんな便利な素材はありません。シュロの葉が使えそうですが、あまり厚くなく組んだ組織がしっかりしない。組みのかごのための平たいテープ状の素材を自然界で得ようとすると、樹木、樹皮などから加工して素材を作るということになります。
樹木の木部を割った材はスプリント、あるいはへぎ材と呼ばれ、粘りがあるものが使われます。また竹からも縦に割れる性質を活かして、薄い平たい材をとります。オカメザサやスズタケのような細い竹やツルのようにそのまま編めるものもありますが、マタタビのように木部を割ってかごを編む材料をとる植物もあります。
これらの方法で材をとるのには、まず加工の技術を習得するということが重要になってきます。中には何年もかかる修練を要するものもあります。その点、樹木、草類の外皮は簡単に剥ぐことができたり、少し手間をかければ自然に剥けるものがあります。もちろん繊維を抽出するのは大変ですが。
実用的なものでも現代的なかごであろうと、作品を具現化するのにはまず物質が必要です。現代的な個人の表現のかごであるならなお、素材と自分との関わりが重要になってきます。つまり、自ら探さねばならない。
実用のかごも同じプロセスが必要ですが、別の要素である大きさ、用途、丈夫さなどから、まずどんな素材を使うかということを決めて手に入れなければなりません。素材を売っているお店があればいいのですが、自然素材の多くは自分で採らなければならない。いわゆるハウツーもののかご作りの本を見てかごを編もうとすると大概、準備する素材でつまずいてしまうのがこの点です。
伝統的な素材の樹皮やツル、靭皮繊維などを採るのは都市ではとうてい無理ですから、代用の素材で作ることになります。そうなるとDIY店などで売っている紙バンド、紐類などが便利です。均一な性質で長く、大量に使えるというのは自然界で得るのはむつかしいからです。例えば竹を加工しようとすると、まず割る技術からして修練する必要があり、何年もかかることになります。
研究所でかごのクラスを教えていますが、大概素材の入手方法を聞かれます。思えば私も始めたころは自然素材でかごを作る体験がしたくて、材料を探し歩いたものでした。織り糸の場合でしたら特殊なものは自分で紡ぐという方法もありますが、かごの素材の原材料は流通していないので、情報が少ない。
でも現代的なバスケタリーの考え方なら、どんな素材をどう使うかが、作る人の考えや造形の個性につながるのですから、素材探しというのが一番重要だと思います。
去年よりかごのクラスに通っているYさんがクズの繊維の取り出し方を探しておられました。そしてインターネットで『大井川葛布』というホームページを見つけて紹介してくれました。そこにはクズの靭皮繊維をとりだす方法が書いてあり、地面さえあれば、なんとかできるというものでした。
まずクズのツルを収穫し、煮て室(ムロ)に入れて、ススキを被せるというのがその方法です。ススキについている納豆菌を使って発酵させて外皮を腐らせて繊維を取ります。クラスの中でもこの納豆菌というのが話題になりました。
その後、クラスのNさんが近くでクズがとれますよと声をかけてくれ、興味を持った人達とクズ採りツアーに行くことになり、思わず早く大井川の方法を試すことができました。私の実験は気温が下がってきたことが影響し、うまく発酵が進まず失敗してしまいましたが、何人かの人は発酵に成功し、美しい繊維をとることができたのです。写真2は採ったクズです。
クズはツル性の草本です。ツルを半乾燥させてかごを編むということも行われていますが、大井川の方法は発酵させて薄くて細い繊維を得て、葛布の織糸とするものです。
今回のツアーで採ったクズが太くて靭皮繊維層が発達していたのがよかったのだと思いますが、発酵させずに生のまま割く方法でもいろいろな素材ができるということもわかりました。
まず生のままで割いてみると、簡単に半分に裂けます。裂ける時に音がするのですが、この音が心地よいという人もいるぐらい特徴のある音です。そうすると半分ずつが二つできます。それぞれの真ん中には白いスポンジ質の隋があります。ここには繊維はありません。
クズが太いものであればということですが、外皮のみを剥すことができます。太いものですと外皮も厚く、編み組みにすることが可能です。これは植物が水分をあげている時期でないとできませんが、季節によっては簡単に剥れる場合と、靭皮繊維層と一緒になって木部から剥れる場合があります。写真3は外皮に靭皮繊維がついたもの、写真4は残った木部です。真っ白い部分が見えますが、これが髄の部分。これは発酵させると残りません。強くなく、すぐ切れてしまうところです。
木部も柔軟で編むことができるものがあり、幅の細い材にしたのが写真5の左、右は外皮を剥した靭皮繊維です。この繊維層はそのまま編んだり組んだりすることもでき、繊維をばらして縄になうことも可能です。
発酵させると、これらの層がより複雑に別れます。例えば、靭皮繊維と外皮の間に一枚の薄い透明で光沢のある膜のような部分がとれる。これはさほど強い繊維ではありませんが、よるとちゃんと縄になる、そういう部分がありました。それと発酵の具合をどの時点で止めるかというのも面白い実験だということがわかりました。発酵が進むと腐ってしまい、丈夫な繊維はとれません。
このようにクズをどういうふうに加工するか、また発酵させるかによっていろいろな素材を得ることができます。織り糸としては、むつかしくても、かごの素材としては使えそうです。
一つの植物からいろいろな形状、柔らかさの素材を得ることができたわけですが、それは予めクズという植物が伝統的な繊維植物だから、ということを知っていたからです。他の植物については自分で実際にやってみて調べなければなりません。実際やってみるといろいろとわかってくる、そういうところが“知る”ということの面白さです。
クズの経験がきっかけになり、私自身ももっと身近な植物について調べておきたいと思うようになり、今年になってから、クラスの皆さんのお家の周辺や地域にある素材を試してもらうことをお願いしています。これまでに面白いものがたくさん出てきています。
先日はジンチョウゲの皮をクラスで剥いてもらいました。ジンチョウゲは属が違いますが和紙の原料になるミツマタなどと同じジンチョウケ科の仲間です。枝がミツマタのように生えていて間が短いのですが、外皮を剥くことができました。中にはファミリーが一緒でも全然違う性質であることもありますが、今回の場合は似ていて靭皮層もあることがわかりました。それなら、ということで、次のクラスには参加者の方が持ってきたいろいろな庭木や散歩の途中の道で得た植物がずらり並びました。シュートという徒長した枝も外皮が剥けるのでは、と試した方もおられ、柿やレッドロビンなど、ぜったい剥けないと思っていた物も新しい枝なら可能であることもわかってきました。またシンビジュームの葉を持ってきた人もいて、いままで知らなかったけれど、繊維がたくさんありそうなものが身近にあるということがわかってきたのです。こういった素材は、どちらかというと長くて大量にあるというものではありませんが、短いものでもつないで使う、よって縄にすることができれば使えるのです。
以上のように植物を調べて知る、というのは編む前の段階です。繊維質があるかないか、縄になえるかどうかなどを調べて、見慣れた植物を新しい素材にすることへの可能性を探る。同時に対象となった植物からいろいろな情報を受け取ります。色やテキスチャーといった表面的なこと以外に、加工の可能性やその柔軟性に関連したこと、中には造形につながったりするチャンスがあるかもしれない。そうなるとこれは編む前の段階ではあっても、すでに制作のプロセスに入っているとも言うことができます。個人の体験が核になった自分の作品に展開できるチャンスかもしれないのです。また、自分だけの素材を作ることにも発展するかもしれません。
同じことがそれ以外の人工素材においても言えるはずだと思います。最初に紹介したヤシの葉で帽子ができた、その素材と技術との関係は伝統的なかごの関係ですが、個人的な方法でそのような関係を見つけることができれば、ほんとうの意味での新しいかごになると思います。


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