◆写真1
◆写真2
◆図 1
◆図 2
2005年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 38号に掲載した記事を改めて下記します。
民具のかご・作品としてのかご(24)『素材の話2・経木』 高宮紀子
2005年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 38号に掲載した記事を改めて下記します。
民具のかご・作品としてのかご(24)『素材の話2・経木』 高宮紀子
前号で素材の可能性について話しましたが、今回は素材が創作のヒントを与える、という話をしたいと思います。
今年の5月、韓国人アーティストと日本人のバスケタリー作家による交流展が石川県の金沢で開催されました。2003年に韓国で行われたのが最初で今回が二回目です。アーティストが韓国から来日することになり金沢の伝統工芸を見るいいチャンス、できたら一緒に見学に行きたいと思い鶴来の檜(ヒノキ)細工振興会に連絡しました。鶴来は、金沢の南部、北陸鉄道石川線で半時間ぐらい行った所にあります。最近、白山市となりました。檜細工はもともと白山の奥地、尾口村あたりで作られていたのですが、歴史を経て現在はこちらに移っています。数年前に横町うらら館という施設を訪ねたのですが、冬季の休館中で見学もできず、近くの観光物産の展示で笠とかごを見て帰りました。白山を仰ぐふもとでおいしい物もあり、また一度訪れたいと思っていました。
振興会会長の河岸さんの所で笠とかご作りを見学しました。昔は当地のヒノキを株ごと使いましたが、今は奈良県から建材の柱の余材を購入しています。厚さおよそ7mm、60cmの板を2~3週間水に浸けて電動カンナにかけて0.4mmぐらいの厚みのへぎ材を削ります。材はヒンナと呼ばれ、多少の厚みの違いがあり、製品の部分によって使い分けます。ヒノキは人の生活に深く関係してきた植物の一つです。外皮で屋根を葺き、内皮でかごや衣類を作り、船の板目に詰める縄も作られました。木部は建築、船材に、また割いて曲げ物、経木、笠などの編組品を作ります。
笠は組みで作られていて、雨の日も使うことができるそうで、昔は山と里の生業にかかせなかった物でした。鶴来では今も笠を雑貨屋で見かけます。笠の他、びくや箱ものなど、いろいろな形のものが現在は作られています。いつごろから、かごが作られたのかはわかりませんが、材が薄いので重い物を入れるというよりは光沢や形を楽しむものです。写真2はびくの形のかごですが、木曾でもイチイの同じ形のかごがあります。
以前、お風呂に入れて香りを楽しむヒノキのヘギ材を買ったことがあります。ヒノキの清潔感のあるテキスチャー、光沢が好きで、この材を使ってなんとか作品ができないだろうか、と考えました。面白そうな新しい素材を手にした時、たいがいのバスケットメーカーはそう考えます。珍しい素材ならなおさらです。しかし実際に組んでみると厚みがありすぎて、うまくいかず、問い合わせても薄い材が手に入らないということで断念していました。
それからしばらく経って、2001年からRevolving(リヴォルビング;回転するかご)シリーズを作り始めました。現在も続いていますが、最初、素材はケント紙の厚いのを割いて薄くして使っていました。どうしても作業中にできるしわが気になってきて柔らかい紙を数種試し、現在の再生紙に行き着いたのです。そんなリヴォルビングのシリーズも去年で14点目となりました。思ったより多くの作品が展開したのですが、10点を過ぎたころから、先が見え始めたような気がし、そろそろ展開は終わりかな、と思っていました。バリエーションの作品を作るのではなく、また他の要素を加えることはやめよう、唯一一個の形につながるアイデアを大切にしたい、そういう思いがありましたから、ただ材の数を増やして複雑にしたり、組み方を変えて作るというのは、やり方が違うと感じていました。それと、だんだん最終の形がどうなるか予想がつくようになり、作る喜びが無くなってきたのも事実です。ですが、ここで踏ん張って素材を変えてみようと思いました。それで鶴来の檜細工のへぎ材を試すことになりました。
違う素材で同じ組織プロセスを試してみる、というのは私の困った時のカミ頼みです。以前、かごの技術を学ぶのにかごを見ながら同じように作ってみるのがたいへん勉強になると教えられ、民具の一部や全体を見ながら作っていました。でも常に民具と同じ素材が手に入らないことが多い。違う素材でやってみるのですが、今度は使う素材の主張があって、いろいろな問題が起こります。かえって、この事が面白いと思うようになりました。それ以来、アイデアにつまずくと、素材を変えることで生じる変化を観察して元のアイデアを練り直す、ということを時々しています。
しかし、ヒノキのへぎ材がずっと気になっていたものの、へぎ材の幅が1cmしかないことが問題でした。2本をテープの上に張って広くしたものの、こんなことやりたくないな、で断念。問い合わせても幅があるものはできないと言われ、ヒノキの材と私の関わりもここまでか、と思っていたのですが、その後、ひょんなことから経木を作っている所と連絡がつき、少し送ってもらいました。最初はヒノキの経木がほしい、とお願いしたのですが、どうしてもヒノキだと幅の広いものは粘りが無く割れてしまうそうで、松の経木を送ってくれました。添えられた手紙には、今までいろいろな樹木で経木を作ったが、松は粘りがあります、とありました。
不思議なことにバスケタリーの方法で作品を作るようになって、次々に物事がつながっていく、という現象に遭遇してきました。今回もそのようです。松の経木はなるほど、薄くても割れにくいし、光沢がありました。そもそも食品を包む薄いものですから、なるべく厚く削ってもらったのですが、作品の材料としては薄い方がいいということが後でわかりました。
リヴォルビングのシリーズには、組みという技法を元のところで、分解してみたい、という動機がありました。それは組むプロセスにも現れています。組み組織を作る時は、2方向の材が同時に組みあい、それぞれの材の進む方向は同じです。でも私の方法では、並ぶ材の進む方向は交互に反対になっていて、しかも同時ではなく1本ずつ、時間差で組みあいます(図1を参照)。全体から言えば、新聞紙の束に紐を縦横にかけて、中央で締めるという力関係に似ています。素材に紙を使うのは同じ幅の材を取るのが簡単ですし、押しピンで留めることができる、そして後から1本を通すということも可能、ということからでした。
紙と変わらないと思っていたのですが。経木で同じ方法を試してみると、やはり問題が起こりました。後から材を既にできた組んだ材に潜らせると、たちまち裂けてしまい、進めなくなりました。それで、同じ方向に材を進ませて、全体を組みの組織で包む、というように変えました(図2を参照)。それでも問題はもう一つ起こりました。
どんどん巻いていくと外側の材は僅かですが、伸びなければ層の間に隙間があいてしまいます。紙の場合はある程度伸びたのだろうと思いますが、経木の場合は、紙と違い柔軟性が無いため、一周するとどうしても、ゆるみができました。紙の場合はピンで留めることができましたが、経木は、ピンの穴が縦方向にずれて裂けてしまいます。分かっていたはずの事、経木は木なのだ、ということが結果でした。
その後、なんとか一つ作品ができましたが、(写真1右のRevolving six elementsKyougi)隙間があまり開かないように幾度も巻きなおし、時間がかかってしまいました。それと一つ不満も残りました。それは紙の作品で感じていたこと、材が解けそうになる危うい感じが気になってきたのです。そこでもう一回、経木で作ることになりました
今度はどういうことが起こっているのかじっくり観察しながら作ってみました。隙間がどうしても開くのは、それは端の角(写真で三角形の所)と中心側との高さの差だと思いました。層になってくると角の所がどうしても低くなって、それより高い中心側との間が開いてきます。そこで角を丸くしないで三角になるよう、隅を押さえてみたのです。数回押さえると、なんとなく三角形の形にしっかりしてきて、少しですが距離が出て隙間が多少解消されました。そのまま巻いて作ったのが、写真1の左の作品です。同じ方法ですが、右の作品とは違い、層を薄く作っています。作り終えてから、前の作品と並べてみました。作っている時は気づかなかったのですが、前回の作品で三角の所はへこんでいますが、今回のは三角の所が出っ張っています。これは予期しなかったことで驚きました。そして最後はヒノキの経木で組んで、釘をさしこんでみたのです。僅かですが次の作品を展開する方向が見えました。
前回、現代バスケタリーでは、素材をどう使うかということ自体も作る人の考えを表すチャンスだと書きました。これに加えたいのは、一つの素材や技術と自分との関係を深めるという行為を諦めずにずっと続けることでいつか納得する作品につなげる、そういう長い時間が必要だということです。一見展開が難しそうなアイデア、新鮮味のない素材、に対して自分がどうやったら興味を持てるようになるか、そういうことを考えるのは楽しい時間ですが、それを積み重ねるのはちょっと忍耐がいります。新しい素材のおかげで、リヴォルビングもまた続けていけると思います。経木で作ることで、これから何を見ることができるのかが楽しみです。