笑顔でバレー

バレーボールの指導のことについて

子ども達のために

2010-06-19 22:51:15 | Weblog
 きょうはミカサカップという大会があった。我がチームは、初戦敗退という結果に終わった。練習の成果を少しでも出そうと言ってコートに送り出したが、相手の強くて速いサーブに押しまくられる展開に2セットとも6点をとるのがやっとだった。子ども達は、明らかに平常心を失い、集中力を欠いていた。ベンチとしては雰囲気を作ることすら難しいゲームだった。そんな状況では、今まで練習したことなどすっかりどこかにいっていたと思う。
 そういう状況で、指導者としてこれからどう子ども達を導いていったらいいのだろうかと考えていた。すると、白井一幸のブログに以下のような書いてあり、もう一度原点に見つめ直すことができた。その文章を紹介する。

『指導者らしさといえば、指示命令恫喝型をイメージする方が多くいますが、これでは選手のためにはなりません。
指導者は指導者らしくすることが大切なのではなく、選手のためになれるのかどうかが大切なのです。
怒ったり、教えたり、猛練習を課したりすることは、ある意味指導者としては、厳しい、理論家、情熱的と評価されます。
また指導者としては心地いいことも確かです。
結果に対して叱責すれば、選手は萎縮してミスを重ねます。
また問題点に対して教えれば教えるほど選手が受身になり、自分で考えたり創意工夫する事がなくなります。
そして猛練習を課せば課すほど、やらされる意識が強くなり、猛練習に耐えたり、消化することが目的となります。
結果を受け入れ、常に選手を励まし、前向きな声がけをすることは、選手が積極的にプレーすることにつながります。
問題点に対して教えるのではなく、選手が自らが考え、気づきを与えるには、見守ることや、一緒に考えたり質問をしてみることも大切です。
そして選手は上達するために練習が必要なことは、選手自身が一番よく知っています。
猛練習を課すことではなく、自らが猛練習に取り組むようになることが、上達という練習の本来の目的達成につながります。
向上心に溢れる選手は、自らが考え、行動を起こすものです。
指導者は選手の向上心、やる気を引き出し、育てることに意識を持つべきだと思います。
励まし、見守り、サポートすることは、指導者の動きとしては物足りないと考える方もいるかもしれません。
しかし選手の立場に立てば、このような指導者のほうがありがたいのではないでしょうか?
指導者が従来のような指示命令型の指導者らしさを目指すのではなく、指導者は指導者としてあるべき姿、選手にとってどうあるべきかが大切です。
その中には毅然とした厳しさも必要ですし、溢れ出る愛情も必要です。
結果ではなく、「全力を尽くしたかどうか」、「意識すれば出来ることに対して惜しみなく労力を払えるかどうか」に対して毅然とした厳しさを持ち続けることのできる指導者。
選手の成長をサポートできる、そして選手の成功を何より喜べる指導者。
これが目指すべき私の指導者像です。』

 もう一度、子ども達の成長のために何ができるのか、何をしなければならないのかを考えていかなければならない。日々努力。
コメント
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