私が「二刀流」という言葉を知ったのは、1970年頃、家にあった子ども用の伝記『宮本武蔵』を読んだときでした。
当時私は、毎週日曜日、近所の警察署の道場で剣道を習っていました。
佐々木小次郎との「巌流島の戦い」などに、胸躍らせたものでした。
当時発行され、ベストセラーになった『新明解国語辞典』初版(1972年、三省堂)は、二刀流を次のように説明しています。
にとうりゅう【二刀流】
左右の手に刀を一本ずつ持って戦う剣術の流儀。〔俗に、菓子も酒も好きなことにたとえられる〕両刀使い。
宮本武蔵が創始した剣術の流儀とともに、「菓子も酒も好きなこと」という俗語も載せています。
『新明解国語辞典』の弟分として同じ三省堂から刊行された『三省堂国語辞典』も、当初、『新明解』と大同小異な説明をしていましたが、2013年、大谷翔平が日本ハムに入団したあとに刊行された「第七版」では、新しい語義が加わります。
2014年三省堂国語辞典第七版
にとうりゅう【二刀流】
①⇒両刀づかい①。
②〔俗〕〈あまいもの/菓子〉も酒も好きな〈こと/人〉
③〔俗〕〔野球で〕投手でも野手でも活躍すること。
同じ版で「りょうとうづかい」を引くと、
りょうとうづかい【両刀遣い・両刀使い】
①大小のかたなを左右の手に持って戦う剣術(をする人)。二刀流
②〔俗〕二つの両立しにくいものごとを〈同時にする/ともに好む〉こと。また、その人「甘辛両刀使い」
ここから、「二刀流」「両刀使い」は、どちらも「剣術用語」または「甘いものと酒の両方が好きな人」という意味で使えるが、野球用語としては、「両刀使い」は使えず、「二刀流」のみが使われることがわかります。
2018年に大谷翔平は大リーグに移ります。そのあとに刊行された「第八版」では…
2022年三省堂国語辞典第八版
にとうりゅう【二刀流】
⇒両刀づかい。
「二刀流の創始者宮本武蔵・投手でも打者でも活躍する二刀流」
語釈はなくなり、用例のみが残りました。
「二刀流」が、「甘いものと酒の両方が好きな人」の意味で使われることが少なくなったことが示唆されます。
一方、野球用語としては、
「投手でも野手でも活躍すること」
という語釈が、
「投手でも打者でも活躍する二刀流」
という用例に取って代わられました。
これは、大谷翔平が大リーグに移ったことと関連があります。
2013~2017年の、日本プロ野球時代の大谷選手は、投手として登板しないときは、外野手として出場し、活躍することも多かった。
「投手でも野手でも活躍すること」という語釈が合っています。
ところが、大リーグに入ってからは、大谷は投げないときは、もっぱらDH(指名打者、守備はしない)として出場します。
なので、 「投手でも野手でも活躍すること」というよりも、「投手でも打者でも活躍する二刀流」というほうがふさわしい。
野球用語としての「二刀流」は、事実上、大谷一人のことを表しています。
高校野球では、投手・4番打者として連戦、連投し、打者としても活躍する例が今もあります。でもそれを「二刀流」とは言わない。
一方、プロ野球は久しく前から、投打が分業制になっています。
DH制を採用していないセ・リーグや、MLBの(2021年までの)ナ・リーグでは、投手は登板試合に打者として打席に立ちますが、降板した後は打席に立つことはなく、またローテーション上投げない試合で打者として出場することはない。
また、打席に立つ投手は、そもそもあまり打つ気がなく、三振したり、送りバントしたり、たまにまぐれ当たりのヒットが出る程度。
「打者としても活躍する」例は稀なのです。
ところが大谷は、投手として投げる試合でもDHとして打席に立ち、投手としては「降板」したあとも、DHとして試合が終わるまで打席に立ち続ける。また、登板のない日はDHとして出場し、シーズン中、ほとんど全試合をフル出場するのです。こんな選手は、大谷翔平選手しかいません。
投打分業制が確立しているプロ野球だからこそ、「二刀流」という特別な言葉で大谷選手を賞賛するのです。
MLBは、大谷の出現で、2020年、「二刀流」を正式に定義しました。
Two‐Way Player:メジャーリーグの公式戦で、投手として20イニング以上登板し、野手または指名打者として20試合(それぞれの試合で最低3打席)以上に出場すること。
ところで、「二刀流」以外に、「リアル二刀流」という言葉も使われます。
この言葉は、2021年の「ユーキャン新語・流行語大賞」1位に選ばれました。
はっきりとした定義はよくわかりませんが、「ふつうの二刀流」が「登板日は投手に専念する」場合を指し、「リアル二刀流」は、「登板日もDHとして試合の最後まで打席に立つ」ことを意味すると思われます。
三省堂国語辞典第八版の「リアル」の項がどうなっているかというと…
リアル
①ありのまま。自然のまま。「若者のリアルな声を聞く」
②現実をよくとらえているようす。写実的。「リアルな映像・リアルな質感」
③現実的。実際的。「リアルな判断」
④〔仮想ではなく〕現実〈に/で〉あるようす。また、現実。「リアルな世界・リアル〔=現実の生活〕が充実している・リアル書店・リアルの〔オンラインではない、対面の〕講義…」
⑤〔リアルに〕〔俗〕非常に。本当に。「リアルに頭が痛い・リアルにわからん」
「リアル二刀流」にぴったりとする語釈がありません。
数年後に改訂される「第九版」で、新しい語釈が加わることを期待します。
辞書の話~見坊豪紀①
三国がやばい
三国第八版の小確幸
左右の手に刀を一本ずつ持って戦う剣術の流儀。〔俗に、菓子も酒も好きなことにたとえられる〕両刀使い。
宮本武蔵が創始した剣術の流儀とともに、「菓子も酒も好きなこと」という俗語も載せています。
『新明解国語辞典』の弟分として同じ三省堂から刊行された『三省堂国語辞典』も、当初、『新明解』と大同小異な説明をしていましたが、2013年、大谷翔平が日本ハムに入団したあとに刊行された「第七版」では、新しい語義が加わります。
2014年三省堂国語辞典第七版
にとうりゅう【二刀流】
①⇒両刀づかい①。
②〔俗〕〈あまいもの/菓子〉も酒も好きな〈こと/人〉
③〔俗〕〔野球で〕投手でも野手でも活躍すること。
同じ版で「りょうとうづかい」を引くと、
りょうとうづかい【両刀遣い・両刀使い】
①大小のかたなを左右の手に持って戦う剣術(をする人)。二刀流
②〔俗〕二つの両立しにくいものごとを〈同時にする/ともに好む〉こと。また、その人「甘辛両刀使い」
ここから、「二刀流」「両刀使い」は、どちらも「剣術用語」または「甘いものと酒の両方が好きな人」という意味で使えるが、野球用語としては、「両刀使い」は使えず、「二刀流」のみが使われることがわかります。
2018年に大谷翔平は大リーグに移ります。そのあとに刊行された「第八版」では…
2022年三省堂国語辞典第八版
にとうりゅう【二刀流】
⇒両刀づかい。
「二刀流の創始者宮本武蔵・投手でも打者でも活躍する二刀流」
語釈はなくなり、用例のみが残りました。
「二刀流」が、「甘いものと酒の両方が好きな人」の意味で使われることが少なくなったことが示唆されます。
一方、野球用語としては、
「投手でも野手でも活躍すること」
という語釈が、
「投手でも打者でも活躍する二刀流」
という用例に取って代わられました。
これは、大谷翔平が大リーグに移ったことと関連があります。
2013~2017年の、日本プロ野球時代の大谷選手は、投手として登板しないときは、外野手として出場し、活躍することも多かった。
「投手でも野手でも活躍すること」という語釈が合っています。
ところが、大リーグに入ってからは、大谷は投げないときは、もっぱらDH(指名打者、守備はしない)として出場します。
なので、 「投手でも野手でも活躍すること」というよりも、「投手でも打者でも活躍する二刀流」というほうがふさわしい。
野球用語としての「二刀流」は、事実上、大谷一人のことを表しています。
高校野球では、投手・4番打者として連戦、連投し、打者としても活躍する例が今もあります。でもそれを「二刀流」とは言わない。
一方、プロ野球は久しく前から、投打が分業制になっています。
DH制を採用していないセ・リーグや、MLBの(2021年までの)ナ・リーグでは、投手は登板試合に打者として打席に立ちますが、降板した後は打席に立つことはなく、またローテーション上投げない試合で打者として出場することはない。
また、打席に立つ投手は、そもそもあまり打つ気がなく、三振したり、送りバントしたり、たまにまぐれ当たりのヒットが出る程度。
「打者としても活躍する」例は稀なのです。
ところが大谷は、投手として投げる試合でもDHとして打席に立ち、投手としては「降板」したあとも、DHとして試合が終わるまで打席に立ち続ける。また、登板のない日はDHとして出場し、シーズン中、ほとんど全試合をフル出場するのです。こんな選手は、大谷翔平選手しかいません。
投打分業制が確立しているプロ野球だからこそ、「二刀流」という特別な言葉で大谷選手を賞賛するのです。
MLBは、大谷の出現で、2020年、「二刀流」を正式に定義しました。
Two‐Way Player:メジャーリーグの公式戦で、投手として20イニング以上登板し、野手または指名打者として20試合(それぞれの試合で最低3打席)以上に出場すること。
ところで、「二刀流」以外に、「リアル二刀流」という言葉も使われます。
この言葉は、2021年の「ユーキャン新語・流行語大賞」1位に選ばれました。
はっきりとした定義はよくわかりませんが、「ふつうの二刀流」が「登板日は投手に専念する」場合を指し、「リアル二刀流」は、「登板日もDHとして試合の最後まで打席に立つ」ことを意味すると思われます。
三省堂国語辞典第八版の「リアル」の項がどうなっているかというと…
リアル
①ありのまま。自然のまま。「若者のリアルな声を聞く」
②現実をよくとらえているようす。写実的。「リアルな映像・リアルな質感」
③現実的。実際的。「リアルな判断」
④〔仮想ではなく〕現実〈に/で〉あるようす。また、現実。「リアルな世界・リアル〔=現実の生活〕が充実している・リアル書店・リアルの〔オンラインではない、対面の〕講義…」
⑤〔リアルに〕〔俗〕非常に。本当に。「リアルに頭が痛い・リアルにわからん」
「リアル二刀流」にぴったりとする語釈がありません。
数年後に改訂される「第九版」で、新しい語釈が加わることを期待します。
辞書の話~見坊豪紀①
三国がやばい
三国第八版の小確幸
やはりただものではありませんね。
ところで、「両刀使い」はWebの辞書ではbisexualを指すことが多いとありますね。
リアルと言えば、「リア充」の意味が分からなくて調べたことがありました。
本当に言葉は生き物ですね。
リア充であるためには、恋人がいたりすることが重要みたいです。