東京築地の魚市場が移転するというニュースを聞きましたが、ソウル最大の水産市場、ノリャンジンも移転の話があるらしい。
空港からホテルに行くタクシーが漢江の南のオリンピック大路を通っているとき、見慣れない巨大建物があるので、キサニム(運転手)に聞いてみました。
「ああ、これね。新しい水産市場だよ」
現在の水産市場のすぐ隣です。
「へーえ。じゃあ昔の市場はもうないんですか」
「いや、まだ引っ越してないよ。賃貸料が大幅に上がるんで、みんな移りたがらないらしいよ」
ということで、夕食はノリャンジンで食べることにしました。
Kさんとは、地下鉄1号線ノリャンジン駅で待ち合わせ。
時間になっても来ないのでおかしいなあと思っていたところ、9号線の改札で待っていたそうな。昔は、ノリャンジンには1号線しか走っていなかったのに、今は9号線も止まるんだそうです。ソウルの地下鉄はどんどん充実していきます。
「Iさんは少し遅れるという連絡がありました」
Iさんというのは共通の韓国人の友人で、今は観光ガイドをやっている。
「じゃ、先に始めていましょう」
市場の喧騒は、昔のままでした。無数の店がひしめき、通路を通り掛かる客たちを呼び止めます。
「あのハルモニ、まだいるかなあ」
ソウルに駐在していたころ、ノリャンジンに来れば必ず訪れる店がありました。カニ、エビ、貝を扱っていますがカニの品揃えがいい。渡りガニ、タラバガニ、アブラガニ、松葉ガニ、毛ガニ…。
「ここだ!」
見ると、私の知っているハルモニは店の奥の椅子に座って、うたた寝をしていました。
「あらまあ。久しぶりじゃないの。なんで最近来てなかったの?」
とはいっても、最後に来てからもう5年以上たっています。
「だって、今は日本にいますからね。たまの出張のときしか来られないんですよ」
「別の店で買ってるのかと思った」
「いや、私は浮気はしません」
飲み屋も魚屋も、一度決めた女の所に通い続ける義理堅さがあります。
「きょうはタラバガニがいいよ」
「いくら?」
「12万ウォン」
「ノムピッサヨ!(高すぎるよ)」
巨大なタラバガニを3人で食べきる自信はありません。それで、6万ウォンの小振りの松葉ガニにしました。
「刺身も食べましょうか。いい店を知っていますよ」
とK氏。韓国の魚屋は、とにかく新鮮なものがいいと思い込んでいるので、水槽から出してすぐにさばく店が多い。ところがその店は、「活け締め」という技術をもつ珍しい魚屋さんなんだそうです。
刺身屋さんはメインストリートから1本入ったところにありました。「兄弟水産」。そこでイシダイ、ヒラメ、ハマチ、メバルなどの高級魚の盛り合わせを一皿注文しました。
「食堂はどこ」
「ユダル食堂です」
「じゃあとで持っていくよ」
ユダル食堂は市場の地下にある食堂で、市場で買った素材を持ち込むと調理してくれます。そんな食堂がいくつもあります。
「ユダルというのは、木浦の近くに山の名前ですね」
漢字では儒達山と書くそうです。何度も来ていましたが、山の名前だということを初めて知りました。
カニが茹で上がるのを待つ間、ミッパンチャン(無料で出るおかず)で焼酎を飲み始めたところに刺身が届きました。
「Iさんは何時ごろに来るかなあ」
結局、「急な用事ができた」ということで、二次会から合流するという連絡がありました。
「これ、二人じゃ食べきれないね」
すでにメウンタン(辛い魚のアラ汁)も頼んでいたのです。
「刺身はポジャン(包装)にしてもらおう」
最後にケアルビビンバッ(カニの甲羅の中のカニ味噌とごま油、海苔をご飯にまぜた締めの逸品)でお腹を一杯にしたところで、タクシーで二次会に向かいます。場所は金浦空港のそば。距離はありますが日曜日の夜なので、20分ほどで着きました。
田舎町の小さな室内ポジャンマチャ(布張馬車)には、Iさんの仕事仲間の女性もいました。
「はい、これお土産」
「あら、刺身? 少ないじゃーん」
(おいおい…)
Iさんは日本語がとても堪能で、俗語も使いこなします。
お店はIさんのタンゴルチプ(行きつけの店)らしく、持込みに対して嫌な顔一つ見せません。
「豆腐キムチと…、ポンテギ」
「ポンテギかあ。なつかしいなあ」
ポンテギとは、蚕のさなぎ。繭の中身で、韓国ではこれをおやつや酒の肴としてよく食べます。路上の大鍋でぐつぐつ煮込んでいるのがおいしいのですが、飲み屋で出るのはたいてい缶詰。
「犬鍋さん、ポンテギ食べられるんですか」
今日初めて会った、Iさんの友だちが目を丸くします。
「ええ、食べますよ。自分で注文はしないけど」
「ポンテギが食べられる日本人に初めて会いました!」
会話は韓国語になったり日本語になったり。ずいぶん盛り上がったという記憶がありますが、例によって酒が回ったあとのことはよく覚えていません。でも、まだ地下鉄がある時間帯に帰ったのは確かです。
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懐かしいですね。
生き締めする店は、釣り仲間と行ったことがあるので、多分同じ店だと思います。新鮮すぎると身がコリコリしてイマイチですが、地元では刺身は歯ごたえを楽しむとか。
マニラでは、店の中で生の魚介類や野菜などを買って、同じお店で料理の仕方を指定して食べさせるお店がありました。
日本では、そういうお店はまだまだ少ないですね。
例の、絵の具のようなワサビは、最近少し改善されたように思います。