秦 ｖｓ 吉見～公娼と軍慰安婦

 あるコメンテイターから、面白いリンクを紹介してもらいました。

 ちょっと古いですが、昨年６月１３日のラジオ番組で行われた秦郁彦さんと吉見義明さんの対談。

 吉見さんは、１９９２年に朝日新聞がいわゆる従軍慰安婦問題で一大キャンペーンを繰り広げたときに、そのきっかけを作った学者。１９９５年に岩波新書『従軍慰安婦』を著しています。

 秦さんは、朝日新聞が従軍慰安婦強制連行の根拠とした吉田清治の証言が虚偽であることを暴いた学者で、１９９９年に新潮選書『慰安婦と戦場の性』を著しています。

 番組冒頭の紹介によれば、二人の直接対談は１５～６年振りとのこと。大阪出張の新幹線の中で、約一時間の討論を興味深く聞きました。リンクはこちら。でも、全部聞く時間のある人は少ないと思うので、以下にその要約を記します。犬鍋の要約は信用できないという方は、自分の耳でご確認ください。

司会：公娼と軍慰安婦の違いは？

秦：慰安婦は公娼制の延長線上にある。公娼制を監督したのが警察だったのに対し、軍慰安婦は憲兵と軍医が監督したのが違う。憲兵は秘密漏洩防止のために関与した。内地の遊廓で働いていた娼妓が、戦争で客の男性が戦地に行ったこと、戦地のほうが報酬が高かったことから軍慰安婦になったことをみても、延長線上といえる。

吉見：公娼と軍慰安婦はまったく別のものだ。公娼は民間業者が運営していた。軍慰安婦は、慰安所を作ったのも、女性を集めたのも（軍が選定した業者にやらせた場合もあるが）、規則や料金を決めたのも軍だ。利用者も軍人と軍属だけだった。

吉見：当時、国内では人身売買が違法ではなかったが、人身売買した女性を海外に連れて行くのは犯罪だった（国外移送目的人身売買罪）。内地の公娼制では、建前とはいえ自由廃業の規定があったが、軍慰安婦にはそれがなかった。公娼制も性奴隷制度だが、軍慰安婦制はさらに性奴隷制度の性格が強い。

秦：当時の公娼制が性奴隷だとすれば、現在、売春を公認しているオランダ、ドイツ、米国のネバダ州の売春婦も性奴隷になる。

吉見：人身売買によって売春をしているなら、性奴隷だ。

秦：志願した場合はどうか。

吉見：志願しているならは性奴隷とはいえない。

秦：志願かどうかを判定するのは難しい。マリー・ルイーズ号事件以後、身売り（人身売買）は法律で禁止された。そのため、表向きは人身売買の形をとらなかった。公娼の多くは親が娘を売るわけだが、親が金を借り入れ、娘が親の借金を返すまで売春させられた。娘には、事前に仕事の内容が伝えられていないこともあった。その場合、騙されたと感じるだろう。１９３６年の売春婦に対する動機調査では、９６％（秦の著書では９９．６％）が「家庭の事情」だった。娘は親に売られたと思いたくないし、言うに忍びない。

吉見：売春によって借金を返すというシステムは、人身売買だ。

秦：今もそれがある。ネバダ州に行ってそれを弾劾できるか。

吉見：もし人身売買なら弾劾されるべきだ。

秦：志願している場合のことを言っている。大審院の判決は、「嫌なら逃げてもかまわない、しかし債務は残る」というものだった。結局やめられない。やめたら親が借金を返さなければならない。

吉見：大審院の判決に問題がある。

秦：当時の人は大審院の判決に従わなければならなかった。

吉見：軍慰安婦制度は、人身売買を基礎にしている。騙したり、暴行や脅迫を使ったりした場合（法律用語で略取）は誘拐罪にあたる。占領地では、軍が権力濫用で地元の有力者に女性を出させたこともあった。軍慰安婦は、こうしたものをもとにした制度だから、性奴隷制度だ。


〈犬鍋コメント〉

　秦さんと吉見さんは一見すると真っ向から対立しているように見えますが、違いはそれほど大きくないと思います。吉見さんは、「公娼制と軍慰安婦はまったく別のもの」と言いながら、一方では公娼制も軍慰安婦もどちらも性奴隷制度であって、程度の差にすぎないと考えている。軍慰安婦を公娼制の延長線上のものと見ている秦氏とあまり変わりません。

　意見が決定的に異なるのは、公娼制や慰安婦を「性奴隷」とみなすかどうかです。

　吉見さんによれば、性奴隷の要件は二つあって、一つは「借金を売春によって返させるというシステム」、もう一つは「志願ではなく強制によるものである」ということです。

　秦さんは、女性が家族のために志願して売春で借金を返す例が、当時においても現代においてもあると言う。それが性奴隷になるのかどうか、吉見さんは答えていません。

　また、当時の公娼制を性奴隷というのなら、同じような例は当時の朝鮮にも、戦後のさまざまな国（韓国を含む）にもあったわけですから、「性奴隷」が日本の軍慰安婦に特有のものではなくなってしまいます。日本だけを糾弾したい吉見さんにとって都合が悪いように思えます。

（つづく）