犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

急行シリーズの短所

2011-06-24 23:30:15 | 言葉

 なぜ最初の『CDエクスプレス タイ語』は、発刊して10年も経っていないのに、改訂版『ニューエクスプレス タイ語』が出たのか。

 白水社の人に聞いたわけじゃないけど、理由は明らかです。初版の売れ行きが悪かったから。著者と白水社の担当者は、売れ行き不振の原因について、話し合ったことでしょう。そして、スキットの内容に問題がある、という結論に達したと思われます。

 初版のスキットは、タイに駐在員として赴任した日本人男性とタイの女子大生の物語。タイには多くの日本企業が進出しており、日本人駐在員も多い。その多くが男性です。だから、タイ語学習者の需要層として男性日本人駐在員を想定したのでしょう。

 しかし、タイへの赴任が決まった駐在員がタイ語を勉強するときにはたしてどうするか。書店で売っている学習書を買って勉強するかというと、それは疑問です。大企業なら、まず赴任前にベルリッツのような語学学校で勉強させるでしょう。もちろん、高額の授業料は企業持ちです。赴任後であっても、現地の語学学校に通うか個人レッスンを受けると思われます。

 むしろ、本書のように廉価にタイ語を学習しようとする層は、別にいると思われます。たとえば駐在員と一緒に赴任することになった家族。あるいはタイに旅行をして、タイ料理やタイ人が気に入り、リピーターになった人。何回も行くうちに恋人ができる場合もあるでしょう。これは女性もいれば男性もいる。男性の場合、ゴルフや風俗が目的の人もいるでしょうね。

 で、これらの人々の中で、市販の本を独学で勉強しようとする人がどれくらいいるか。出版社では読者アンケートなどの結果から、女性が多いという結論に達した。それで新版のスキットはガラリと変え、スキットの主人公を日本人女性にしたのではないでしょうか。

 その結果、売れ行きはどうなったのか。それはよくわかりません。ただ、私はこの学習書が売れ行き不振だとしたら、その原因はスキット内容以外のところにあると思われてなりません。

 もともとこのシリーズは、タイ語だけではなく世界のさまざまな言語の入門書として定評のあるシリーズです。構成はほぼ共通していて、最初に文字と発音を、CDを聞きながら学習します。その次にスキット学習を通じて文法と表現を学習する。まず「文字と発音」編で、文字を見れば発音できるようにし、スキット学習は文字が読める前提で学習が進みます(中国語の場合はピンイン)。

 ポルトガル語やスペイン語のように、文字が馴染みのあるアルファベットで、文字と発音の間に整然とした規則がある場合は学習がスムーズに進みます。しかしタイ語は別です。表音文字とはいっても、文字が摩訶不思議なタイ文字(たとえばこんな感じ→リンク)でできていて、発音も難しく、日本人にはなじみのない「声調」というものがある。文字と発音の関係はかなり規則的だけれども、その規則は恐ろしく複雑である。そんな言語の場合、最初の「文字と発音」編の学習だけで、文字を見て発音できるようになることは不可能です。

 「文字と発音」編ではタイ文字の発音を、CDの音声、そしてカタカナ表記と発音記号を通して学習します。発音記号には声調符号がついているので、ここから正しい発音を復元できます。しかし、スキット学習に入ると発音記号はなくなり、カタカナ表記だけになります。しかしカナ表記は、本書のまえがきでも指摘されているように、正しいタイ語の発音を表現するにはあまりにも不完全です。もちろんCDがついていますから、常にCDを聞きながら学習すれば、正しい発音はわかります。しかし、通勤途中で学習するときは、常にCDつきで学習するのは難しい。

 スキット中の単語の正しい発音を知るためには、巻末の索引を引かなければならない。そこには発音記号が記載されています。ただ索引を検索するためには、タイ文字の辞書における配列を暗記していなければならない。これは初学者にはハードルが高すぎます。

 初版では全20課のスキット学習の前半、10課まではカタカナ表記がついていました。しかし、11課以降にはそれがなくなります。この構成については、読者アンケートなどで苦情が多かったのでしょう。改訂版では最後までカタカナ表記をふるように改善されました。でも前述したとおり、カタカナ表記はタイ語の発音を示すのにあまりにも不完全。

 タイ語には9種類の母音と21種類の子音があります。それを限られたカタカナで表現することはできないうえ、このカタカナ表記には声調記号がついていない。タイ語では声調を無視して発音したら決して通じません。せめて、カタカナに声調記号を振ってもらえればよかったのにと思いますが(実際、他の学習書ではカタカナ+声調記号という表記法をとっているものもあります)、改訂版でも声調記号はありませんでした。

 したがって、このシリーズを最後まで学習するためには、タイ文字の発音をマスターする必要があり、そのためには他の、もっと詳しく文字と発音を解説してある本で学習してからでないと無理です。

 私の場合、このシリーズを購入したのはタイ語学習の初期でしたが、今説明した理由で、挫折。他の学習書で相当期間をかけて文字をマスターしたあと、あらためて本書に挑戦し、最後まで学習を進めることができました。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 新タイ語急行物語 | トップ | 刑事と警部 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

言葉」カテゴリの最新記事