コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

春期研修会 2回目

2006-05-16 23:44:15 | ミニカウンセリング
今日は2回目。前回欠席のMさんがミニカン初参加。代わりに2名の女性がお休みだった。当初欠席されるかもしれないと聞いていたM先生も参加され、総勢11名。

最初は逐語録検討。前回のカウンセラーとクライエントが交代して、私がクライエント役として話した逐語録だ。
すでに録音したときから10日経っているので、その時の気持ちから離れている自分は、結構客観的に聞いていた…いや、やはり当時の気持ちを思い出している感じのほうがしっくり来るか。
今回、検討の前にM先生から初参加の方たちに向けた検討の留意点を話していただいたが、「内容の段落ではなく、そこに流れる主題の段落」を大事にすることを教えていただいた。その点では、私の話は話題は大きく3つに分けられるが、前半の二つに流れる主題は一つ。「カウンセリングによって刺激を受け、気付く楽しさ」
それを二つの事例で表明していた。
そのことを話しきったことでもう一つ、話をしている中で気付いてきた「自分の身体の不安」が顕れてきた。最後の数分はそのことに言及しだしたのだが、時間ぎれでうやむやになってしまった。

あとでカウンセラーの感想を聞かせてもらったのだが、普段から良く知っている間柄なのでその「身体の不安」に驚かれ、カウンセラーとしてより知人として心配になったということだ。申し訳ないと共に、勿体無い気持ち。

後半の実践は、初参加のMさんとペア。彼とは冬のエンカウンターでご一緒したので、私からすすんでペアを申し込んだ。最初に私がカウンセラーで10分間の実践だったが、彼は沈黙で過ごした。以前なら、あるいは他の場なら、その沈黙のうらにある気持ちを問いたくなったであろうが、今、カウンセリングの学びをしている私は「10分間はMさんの時間」という前提を尊重したく、沈黙を選んだMさんを尊重したかった。そしてその気持ちに従い、表情や手の動きを見せてもらいながら10分を過ごした。後の分かち合いで、その気持ちを聞かせていただいたのだが、私への警戒感があったということだ。私自身への警戒感と言うよりは、エンカウンターの時の私の態度に対するもののようで、そのことをそのままMさんの気持ちとして受け止めている私がいた。ただ、一つの課題として大事に考えて行こうとは思っている。
交代して今度はクライエントとして話をしたが、昨日の出張で見るからに疲れが残っている私は、そのことを話させてもらった。初めて実践される方なので、少し配慮しようと言う気持ちもあったのだが、「底にある主題」から外れないようにしようと言う気持ちだけ残し、後は自由に話した。聞いてもらってるなという感じが安心できたので、結構しゃべった気がする。身体の疲れは取れないが、聞いてもらったことで「疲れてることを気にしている自分」というところを受け入れられたので、気分はいい。

帰ってからお風呂に入り、ビールをいっぱい飲みながら遅い夕食を食べた。
ちょっと落ち着いてブログを書くことが出来たが、今回の逐語録でも話し、Mさんからも指摘された、私のカウンセリングでの態度と言うことについて、今一度考えてみたいと思う。今は書かないが、少しずつ書いていずれアップしようと思う。