昼飯1号墳からすぐのところにあるのが史跡「昼飯大塚古墳」です。
大きすぎて、写真に納まりません。
こちらが全体像。
こちらの古墳はのぼることが許されています。
後円部から前方部を望みます。
わずか30分の空いた時間に、この古墳を見るために、こんな道を駆け抜けました。
あるいは、こんな風景も・・・
ちなみに、「昼飯」という名前は「ひるめし」ではなく「ひるい」ですので。
昼飯1号墳からすぐのところにあるのが史跡「昼飯大塚古墳」です。
大きすぎて、写真に納まりません。
こちらが全体像。
こちらの古墳はのぼることが許されています。
後円部から前方部を望みます。
わずか30分の空いた時間に、この古墳を見るために、こんな道を駆け抜けました。
あるいは、こんな風景も・・・
ちなみに、「昼飯」という名前は「ひるめし」ではなく「ひるい」ですので。
行きたかったのが、国の史跡「昼飯大塚古墳」だったのですが、そこに至る前に、小さな古墳が2つありました。
まず目に入ったのが、こちらの昼飯2号墳。
そして、すぐそばにあるのが昼飯1号墳。
こちらの古墳はのぼってはいけないそうです。
昼飯にある古墳に向って走っていると、突然、「ふみきりちゅうい」の看板が!
雑草が生い茂る中、確かに、線路があります。
名鉄の廃線の痕跡か・・・と思いましたが、よくよく調べてみると、このあたりに「西濃鉄道昼飯線」があったそうです。その廃線と思うのですが・・・
35分待って、ようやく美濃赤坂行きの電車に乗り込むことができました。
大垣から2駅、7分ほどで美濃赤坂駅に到着!
こちらが美濃赤坂駅側の終点マーク。
そして、こちらが美濃赤坂駅の外観。
急いで、目的の古墳に向います。
JR大垣駅から養老鉄道を見つけることができました。
赤坂支線の電車に乗り込むと、本当ガラガラ。
この車両には私のほかに1人しか乗っていませんでした。美濃赤坂から大垣に向かう電車には、それなりに乗客はいるのですが・・・
一昨日、大垣駅から美濃赤坂に向かったのですが、その際、赤坂支線の「3番ホーム」を見つけることができず、電車を乗り過ごすという「事件」がありました。
まず、大垣駅についたのはいいのですが・・・
5番線から3番線に乗り換えるだけなのに、その3番線が見つからなかったのです。まず、5番ホームを駆け上り、3番ホームと表示のあるエスカレーターを下ります。
どう見ても、左にあると思えるのですが、左のホームは4番線。
もう一度、見直すのですが、左じゃなくて、この電光板の時刻表示では右にも見えます。でも、右は2番線・・・
後ろなのか?と思って探すけれども3番ホームはなく、結局、4番ホームのかなり前方に3番ホームがありました。
電光板の下にはハトの死骸が・・・関係者のおじさんが処分されていました。。。
で、35分間駅で待つこととなるのですが、ようやく到着した電車がこちら。2両編成です。
そして、こちらが赤坂支線の大垣側の終点マーク。
本当、大変でした・・・
おととい、拙ブログのアクセス件数が9,502,267件となっておりました。
これも、ひとえに、皆さまのご愛顧の賜物と深く感謝しております。ブログ開設から5,055日で訪問者数は1,685,682人ということですので、一日平均、アクセスが1,880件、訪問者数が333人となっております。いただいたコメントについても8,093件を日数で割ると1日1.6件。自分の返事を勘案すると、1日1コメント弱を頂戴しているという計算でしょうか。
940万件が2018年5月26日ですので、30日で10万件のアクセスを頂戴したこととなります。大変ありがたいことだと感謝しております。書き綴った記事は15,585件。なかなか生涯学習に関する記事がかけず、申し訳なく思っております。
とはいえ、単身生活で空いた時間をすべて生涯学習に投下してしまうと、気が狂ってしまうかもしれません。1日1日、だましだまし、気を紛らわせて、ホームシックにかからないよう留意しながら、時が過ぎるのを待っているのが現状。
そんなこんなの「生涯学習の部屋」。益々「支離滅裂」になりつつありますが、これからも、ご支援賜りますよう、よろしくお願いいたします。