今回の品は、輪島塗源氏物語『宿木』四方盆です。
21.4 x 21.5 ㎝、高 2.3㎝。明治―戦前。
沈金技法で、和歌と絵が刻まれています。
宿りきと
おもいいてすハ
このもとの
旅寝も
いかに
さひし
からまし
「宿り木と 思い出でずは このもとの 旅寝もいかに 寂しからまし」
源氏49帖『宿木』の一場面です。
この巻では、源氏の子、薫を中心に様々な人間模様が描かれています。この歌は、薫が浮舟について尋ねようと、晩秋、宇治の弁の尼(八宮の老女房)を訪問した時に詠まれたものです。
尼からいろいろな話を聞き、その夜は山荘に泊ります。やがて夜が明け、薫は歌を詠みます。
「宿りきと 思い出でずは このもとの 旅寝もいかに 寂しからまし」
(昔泊った宿と思い出さなかったなら、この木の下(宇治山荘)の旅寝もどんなに淋しかったことでしょう)
薫の独白にも似たこの和歌に対して、弁の尼が詠みます。
「荒れ果つる 朽木のもとを 宿りきと 思ひおきけるほどの悲しさ」
(荒れ果てた朽木のもとを、昔泊まった家と覚えていて下さったのが悲しいです)
薫の詠んだ歌に、第49帖『宿木』の題名が由来します。
それにちなんでか、今回の盆には、幹に別の木が生えた松の木が描かれています。
ん!宿り木は、まん丸に近い形では?
図鑑を調べてみると、これは、よく見られる丸いヤドリギではなく、松に寄生するマツグミという宿り木であることがわかりました。
ですから、これでOKですね。
が、ここで再び?
第49帖『宿木』のこのくだりに、松は全く出てこないのです(^^;
「宿り木の・・・」の歌は、次のような一節のあとに来ます。
「木枯しの堪へがたきまで吹きとほしたるに、残る梢もなく散り敷きたる紅葉を、踏み分けける跡も見えぬを見渡して、とみにもえ出でたまはず。いとけしきある深山木に宿りたる蔦の色ぞまだ残りたる。こだになどすこし引き取らせたまひて、宮へと思しくて、持たせたまふ。」
(木枯らしが、たえ難いほど吹き抜けるので、木の葉も残らず散って、敷きつめた紅葉を踏み分けた跡も見えない光景を見渡して、すぐにはお帰りになりません。たいそう風情ある深山木にからみついた蔦の色がまだ残っています。この蔦だけでもと、少し引き取って折られました。宮へとお思いだったのでしょう、それをお持ちになりました。)
ここでのポイントは、蔦ですね。秋の日、木の葉が散って裸の木々に絡みついた鮮やかな蔦。
やどりぎ(寄生木)は、植物に寄生、半寄生、着生する木々の総称で、ヤドリギ、ツクバネ、マツグミなどとともに、蔦も含まれるそうです。
蔦の別名は、「宿り木」。本物の寄生木ではないですが、木の幹、枝を借りて成長するのでこのように呼ばれるのでしょう。
ですから、今回の盆に描かれた松とマツグミの絵は、ハズレということになります。
そこで、手元にある源氏絵「宿木」を較べてみました。
源氏絵『宿木』。21.5x25.7㎝、江戸中期。
確かに、薫とおぼしき若者が、蔦の一枝を取ろうとしています。
今回の「宿木」は、色づいた蔦のことだったのですね(^.^)
ただ、蔦が絡まった木の葉はまだ青々しているし、足元にはびっしりと散りばめられた紅葉が描かれていません。晩秋の雰囲気が出ていない・・・・・絵師の手抜きですね(^^;
薫を見つめる弁の尼も、やけに若い(^^;