テレキャス&ストラトの部屋

RolandのGT-001とzoomMS-50GでDAW制作を楽しんでいるよ

ギター弾きと高級レザースニーカー

2021年12月04日 | 楽器
私はニューバランスの靴が大好きなのだ

定番から少し変わったモデルまで色々と試してきた

最近になって気になっているのが同社のレザータイプ

このモデルはすでに生産完了になっており新品での入手が困難なのだ



私が狙っているモデルは996という細身のタイプ

オールレザーの高級感溢れるモデルなのだ

すでに同モデルの布のタイプを愛用している

最初に履いた感じは少し窮屈だが履き込むほどに馴染んでくるのだ

最初から楽に履ける靴はユルユルになってくる

少しタイトな感じがカッコいい

実際の値段は30,000円台なのだ

買えない金額ではないが・・・

普段履きのスニーカーとしては高級な部類だと思う

革製のスニーカーという部分に惹かれる

実は数年前に同社の激レアなレザースニーカーを履いていたのだ

誕生日のプレゼントで貰った品だった

それがレアな品であることを後に知ったのだ

日本に20足した入荷していないということだった

いくらしたのだろうか?

非常に柔らかく上品な革だった

ある意味で靴に不向きに感じるほど上質な革を使っていた

普段履きでガンガンに使ってボロボロになってしまった

靴もギターと同じだと思う

眺める靴など必要ないのだ

30,000円台のギターは気楽に買える

しかしながら同価格帯のスニーカーは微妙な感じ

何故だろうか?

頭の中に適正な価格というものが存在するような気がする

読者の皆さんは乗用車の適正価格をいくらだと感じるだろうか?

非常に曖昧でザックリした問いかけだが・・・

自分で使う為に買うという感じでイメージしてみていただきたい

10,000,000円の車を買えるだろうか?

実はそんな価格帯の車は普通に街に溢れているのだ

「なんか高級感がある車だなぁ・・」

車に詳しくない人が感じる価格がある意味の適正価格のように感じる

車にあまり関心がない人が家族使いの車に10,000,000を出すとか考え難い

ギターも同じなのだ

ギターに詳しくない人にギターの値段を尋ねてみてほしい

「ギターっていくらくらいすると思う?」

おそらく30,000円から100,000円くらいの間だと思う

実際に私も色々な人に質問したことがあるのだ

ギターに詳しくない人に300,000円以上の金額でギターを買ったと言い難い

「凄いギター買ったね~ 良かったね~」

という答えは期待できない

読者の中に既婚の方がいると思う

欲しいギターの値段を隠す事無く伝える事が出来るだろうか?

「欲しいギターがあるんだよね・・」

「値段? う~ん 40万円くらいかな?」

相手はどんな顔をするだろうか?

その逆も然り・・

「ねぇ 新しいバッグが欲しいんだけど・・」

「ブランド物なのよね・・ 40万円くらいよ」

「かなり安くなっているのよ バーゲン品なのよね」

緊張感が溢れる攻防戦なのだ

ちなみに私は平和の為にすべてにおいて購入金額よりも安く申告している

こういう嘘は大いにありだと思う

今回のレザースニーカーも色々な意味で迷っているのだ

欲しいという感情を抑えることは難しい

欲しい物が夢に出るようになったら末期症状だと思う

我慢は体に悪い

精神衛生上でも良くないと思う

私は買い難い物や迷っている品は『ご褒美』だと自分に言い聞かせて買ってしまう

頑張ったご褒美と買ってから頑張るご褒美がある

まぁ、この際どちらでも良い気がする

買った後に後悔はしたくない

その辺りはジックリと考えるのだ

ネットなどで情報を調べるほどに欲しい気持ちが盛り上がってくる

実は購入に向けて一歩踏み出しているところなのだ

色やサイズなどを色々と調べているところなのだ

買ってもいないのに靴に革用の保湿クリームを塗っているシーンをイメージしているのだ

我ながら末期症状が出始めていると自覚している

何かを買おうと思っている時は楽しい気持ちになる

ボーナスをすべて貯金では悲しすぎる

庶民のささやかな幸せなのだ😉 






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ブルースハープは庶民の味方だよね

2021年12月04日 | 楽器
雑用の合間にブログを書いているのだ

忙しいのは当たり前なのだ

時間は自分で作り出すもの

やる気になれば何でも出来る

少しブルースハープを練習していた


興味ある方も多いようなのだ

読者の皆さんから背中を押されたという感じ

ブルースハープとは商品名なのだ

ドイツのホーナー社の製品名ということになる

正式には10ホールズハーモニカと呼ばれているのだ

ハープと呼ぶことも多いがあのハープを連想する人もいるので面倒臭い

一般的にはブルースハープで通用すると思う

そもそも、言葉の響きがカッコいい!

呼び名も大事だと思う


ギター弾きにはあまり馴染みがないと思う

そもそも吹いてみようと思う人が少ないと思う

並大抵の努力では吹けるようにならない

私が保証するのだ

YouTubeなどでプロが軽やかに吹いている姿に近づくまでには相当な時間が必要になる

そもそもギターとは使う部位は筋肉が異なる

ギターからウクレレは意外に容易だったりする

吹き物は難しい

しかしながら吹ければ相当にカッコいい

アコギが100倍楽しくなってくる


同じKeyでも最低でも3個のポジションが存在する

詳しくはネットで検索してみていただきたい

フォークソングの吹き方とブルースでは根本が異なる

ブルースではハーモニカホルダーを使用することはない

繰り返しになるが吹き方が異なる

私も何だかんだで10個は吹き壊している

内部のリードという金属が変形してしまう

ヤスリなどで修正することが出来るが一回だけ

基本はリード板の交換になる

基本はメーカーへの修理出しになる

修理費が本体の価格を超えることもある

つまり、買い替えが基本になるのだ

ある意味では不経済だといえる

そもそも本体の価格がそれほど高くない

高級品でも4,000円でお釣りがくる

売れ筋は2,000円台から3,000円台だと思う

一流のプロと同じ楽器が使えることが最大の魅力

それ故にハードルが高い

言い訳が出来ないのだ

「プロはもっといいギター使ってるからさ」

というよな情けない言い訳が出来ないところが潔い

趣味としても技術面ではハードルが高いが経済的には楽だと思う

庶民でも3,000円ならば何とかなる

安月給のお父さんの小遣いでも何とかなる

そもそも、趣味の楽器とはそうあるべきだと思う

誰でも気軽に始められる環境が望ましい

これはギターにもいえると思う

闇雲に値段が高いギターなど素人には無用だと思う

エレキ弾きがアコギを始めるならばこの程度のギターで十分


”高い楽器じゃないと良い音が出ない・・”

という何の根拠もない都市伝説を払拭するのが私の使命なのだ

私は単なる楽器好きなおじさんなのだ

楽器は本当に楽しい

一生続けられる趣味だと思う

そんな楽器の楽しさをもっと多くの人々に伝えたい

余計なお世話だと思うが・・・

そんな感情が溢れて止まらないのだ


安ければ安いほど良いと思う

安かろう悪かろうではダメだと思う

安くて高性能な楽器や機材を常に探しているのだ



色々な角度から楽器を検証しているのだ

何を楽しいか?と感じるのは人それぞれだと思う

しかしながら、遊び方の提案をすることは大いにありだと思う

最近はそういうブログや動画が減った気がする

相変わらず、楽器を買った、売ったという話に終始する

「だから何?」

と感じる人も多いのではないだろうか?

ちなみに私は他人の楽器の売り買いにはまったく興味がない

ブログのタイトルだけでお腹一杯になってしまう

もう少し突っ込んだ話が出来るギター弾きが増えれば良いと思う




便利な道具の面白い使い方などを発信できれば良いと思う

「使えて当たり前だよね?」

はダメだと思う

使えない人にも分かるような優しさと丁寧さが大事だと思う

レリック加工などについても踏み込んだ記事や体験談が欲しい


レリック加工がブームになっているが自分で行う人は少ないようだ

勇気と意欲を持ったチェレンジャーはいないのだろうか?

レリック加工のギターを買っても意味がない

他人がキズつけたギターには興味がない

「俺が散々使った奴だけど・・お前使うか?」

「結構、イイ声で鳴いてくれるぜ・・へへへ」

考え過ぎだろうか?

レリック加工は愛情の賜物だと思う

少なくとも私は愛情を持って作業に取り組むのだ

それ以外の感情は何もない



レリック加工を施したことで使用頻度がアップすれば成功

嫌いになって使わなくなれば失敗なのだ

他人の評価など、この際どうでも良いと思う

世のギター弾きはもっと自信を持った方が良い

自分の行動や演奏に自信を持つべきだと思う

自信を持てば迷いはなくなる

進むべき道が見えてくるのだ

進むべき道が見えないから無駄遣いをしてしまう

ギターとどのように接したら良いか?が分からなくなってしまう

結局、ギターから遠ざかってしまうのだ

弾かなければさらに苦手意識は高まる

負のスパイラルに陥る

好循環は偶然の産物ではない気がする

私は常に楽器との向き合い方を考えているのだ

何をすれば自分が楽しいか?

そんなことを漠然と考えているのだ

以前はYouTubeなどにその答えを探していた

最近は期待しなくなった

そこには私の求める答えはないことが分かった

楽しみは自分で見つけるものなのだ

私はすべて独学なのだ

ウクレレもブルースハープも独学で覚えた

自分の耳だけが頼りなのだ

特にハープの場合、教則本はあてにならない

肝心の口元が見えないのだ

吹いている部分が確認できない

教則本をあてにするならばKeyCを選ぶのだ

KeyCがハープの標準のKeyになる

しかしながら、ブルースを弾く場合には使い難いKeyになる

ギターで発想を広げる為のキーワードは『開放弦』

KeyAかKeyEが美味しい

私は自分のギタープレイにハープを寄せたのだ

Keyによって響きが異なるのも興味深い

リードが震え易いKeyがあるのも事実

使いやすさと使い回しなど色々と難しい部分も多い

生粋のハーピストは色々なKeyのハープを持っているのが当たり前

10本持っていても4万円でお釣りがくる

ガンマンのように専用のホルダーを装着してプレイするようだ

私にはそこまでの仰々しさは不要だと思う

というかKeyを使い分けるほどの引き出しがない

とりあえずは目の前のハープを自在に吹けるようになりたい

人間は欲張ってはダメなのだ

練習する目標があるのも良いことだと思う

吹ければギター弾きの武器になる

カバンにいれて何処へでも連れていける

旅先の海辺で吹けたらカッコいいと思う

いつになるのだろうか?





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ドラゴンテレキャスターとジミーペイジ

2021年12月04日 | 楽器
ペイジ師匠にとってドラゴンテレキャスは特別なギター

レスポールのイメージが強い氏だが・・

マニアの間ではむしろこのギターを代表に挙げる人も多い


レジェンドには伝説も多い

このギターにも色々なエピソードが詰まっている

このギターの成り立ちには盟友ジェフベックの存在が欠かせない

天才と天才の融合には心惹かれるものがある

ジミヘンとクラプトンも然り・・

ペイジ氏は美術学校の出身なのだ

絵が得意な人は音楽も得意であることが多い

工作とは区別したい

工作が得意な人はギターメンテに足を踏み入れることが多い

使う部分が異なるのだ

絵も音楽も『創造の産物』なのだ

その才能がない人にとって無から何かを創造することは無理なのだ

逆立ちしても努力しても無理なのだ

人間は諦めが肝心だということ

ペイジ師匠は天才なのだ

私も絵が好きだが私がペイントしたらもっと色が増えていると思う

センスがない人は色を塗りすぎてしまう

これは音楽にもいえる

不要な音をどんどんと詰め込んでしまう

少ない音数で最大限に魅力を引き出す

それがプロと素人の大きな違い

素人にも上手いプレイヤーは多い

しかしながら、独創性に富んだ人は少ない

どこまでいっても真似事なのだ

素人ギター弾きにもその人生の大半をコピーで終える人も多い

それでも飽きずにギターを続ける人はマシだと思う

普通の神経ではそんな自分に嫌気が差してしまう

コピー三昧の日々に飽きてしまうのだ

読者の皆さんは如何だろうか?

現在の自分のギターとの向き合い方に疑問を抱く人はまだマシだと思う

伸び代が感じられる

私はいくらギターを弾いても満足できない

自分の音にも満足しない

迷っているのだ


話をドラゴンテレに戻そう・・

このギターとの出会いは大きかった



私のギターライフにおいてアームレスのギターは必須


このサドルとの出会いですべての問題が解決した

ちなみにペイジ師匠はオリジナルのサドルで数々の名演を残した

特にピッチが甘いと感じたことはない

技術(指先のコントロール)の差なのだろうか?

私はオリジナルのサドルを大切に保管しているのだ

いつでも元に戻せる用意がある

良いギターの改造は最小限に留めるべき



これは私の持論なのだ

巷にはかなりの高級ギターでも改造してしまう人がいるようだ

そもそもそのギターを選んだ意味がなくなってしまう

パーツの制約がない価格帯のギターにはストーリーがある

制作者の考えがギターに宿っているのだ

改造を加えることですべてのバランスが崩れてしまう

これは間違いない事実なのだ

このギターは決して高級ではないが計算され尽くしていると感じる

ピックアップのチョイスからすべてのパーツに至るまでストーリーがある

ペイジ師匠の監修の元で試作が繰り返されてきたという

カスタムショップの限定モデルは200万円を超えているそうだ

数量限定だが一切市場に流通しない

ペイジファンの本気を感じる

生粋のギター好きには信念があるのだ

一本筋が通っているものなのだ

読者の皆さんも一生付き合える相棒に出会っていただきたい

欲しいギターがあるならば迷わずに買った方がよい

すぐに飽きて売り買いするくらいなら買わない方が良いと思う

大事な部分はそこなのだ

ギターの購入金額ではないと思う

一生使っていけるならば数十万円のギターも悪くない

インドア派であるギター弾きの多くは意外に無駄遣いしない

ギター以外にお金を使うことが少ない

日々頑張っているのだ

自分へのご褒美も悪くないと思う

頑張っていない人はもう少し頑張ってから買った方が良いと思う

我慢は体に毒なのだ

まったく我慢出来ない人も考えものだが・・

良いギターに出会うと人生が変わる

良いギターとは何だろう?

”良いギター=値段が高いギター・・”

申し訳ないがあまりにも発想が貧困過ぎる

良いギターとは自分に合ったギターという意味

そのギターを抱えることでイメージやパフォーマンスが広がるギター

そういう意味なのだ

それが廉価なギターも構わないと思う


自分に合っているならばそれで良い


身の丈に合わない高価なギターに苦戦している人を見ると痛々しさを感じる

自己満足の世界から抜けきれない苦しさを感じる

メーカーの都合が良いカモになっている

まぁ、そう層が市場を支えていることも事実

メーカーや楽器店にとっては上客なのだ

お金を使わない人には興味がない

お金を使ってくれる客さんこそが良い客という理論が成り立つ

良いギターと機材があれば良い音が出ると確信している

所謂、その手の都市伝説はいまだに根強く残っている

意外にもレジェンドたちが愛用したギターは普通なのだ

今でこそヴィンテージなどと呼ばれているが当時は普通のギターだった

後に成功して高価なギターを手に入れるもメインで使うは普通のギターなのだ

このドラゴンも59年製の普通のテレキャスだった

ペイジ氏の手によって伝説のギターに昇華した

ヤードバーズの時代からテレキャスを愛用していた

ツェッペリンの初期にはすべてこのギターとスプロの小型アンプで演奏した

ライブもレコーディングもすべてこのギターだった

ピックアップや配線なども無改造だったようだ

改造は塗装を剥いでペイントしたこと

ステージで目立つ為だったと語っている

ミラーを貼り付けた時期もあった

ミラーボールのような効果を狙ったようだ

ペイジ好きの私もミラーを貼り付けたいとは思わない

ステージのプロの真似をする必要はない

しかしながら、このドラゴンのペイントには心惹かれる

テレキャスが好きというよりはこのギターが好きなのだ

所謂、生粋のテレキャスのキンキンした音は苦手なのだ

黒テレもこのギターを基準にセットアップしているのだ


結果的に廉価な材が太くマイルドな音を送出することになった


テレキャスの音は太いのだ

アームレスということでレスポールと比較されることも多い

そもそもハムとシングルでは異なる

シーンによってはハムの音が埋もれてしまうことも多い

色々な意味で太いシングルが有効であることをペイジ氏は知っていたのだ

後にこのギターはロック系で用いられるテレキャスの基準になった

単音のリフに対応できるテレキャスは色々な場面で便利なのだ

レスポールで抱えていたモヤモヤした感情を払拭することができた

ペイジ氏もこのギターにダダリオを張っていた



時期によってアーニーボールと使い分けていたようだ

ひとつ言えることは天才は普通を好むということ

道具に変化を求めない

これはジミヘンやクラプトンなどの他の天才にも共通している

天才や達人は凝った道具を嫌う

意外にも素を好む

クラプトンなどは一時期はアンプに直で弾いていたそうだ

ジミヘンもペイジ師匠も極力エフェクトを好まない

現代のプロにもいえるが派手なペダルボードを好む人ほど上手くない

すべてが機材頼みなのだ

何をもって上手いと判断するかは微妙だが・・

個人的にそういうスタイルは好きではないということ

シンプルな機材から繰り出される多彩な音に心惹かれる

憧れるのだ

ギター弾きは自分自身が楽器の一部であるべきだという持論がある

徹底的に弾き込んだ先に待っている至福の時間を夢みて日夜ギターを弾いている

ペイジ氏がレスポールに移行した流れには諸説ある

ジミヘンの存在が大きかったようだ

友人であるクラプトンもジェフベックもジミヘンを真似るようにストラトに持ち替えた

それまではギブソン派だった

詳しくはネットで検索してみていただきたい

ハムバッカーで数々の名演を残した

ジミヘンの出現はそれらをすべて超えてしまった

すべての原点は真似から始まる

ジミヘンに憧れてストラトを使ったことは良かったと思う

各々の進化を遂げるのも天才の証

単なる真似事にならない偉大さを感じる

一方でペイジ氏はそんな流れに反発したのだ

そもそも氏はフェンダー派なのだ

シングル好きだった

「ジミヘンがフェンダーなら俺はギブソンを使う」

天才が故の意地なのだと思う

後に氏はレスポールのローをカットした仕様に変更した

独自のピックアップの配線レイアウトを編み出した

現在では多彩な配線の組み合わせが存在するが当時は珍しかった

ストラトのセレクターが3ポジションだった時代なのだ

要するにレスポールのルックスでシングルのような音を狙った

氏が目指していた音は紛れもなく音が太いドラゴンテレだった



天才ジミヘンをリスペクトしながらも微妙に反発心を抱いていた

そんな心の表れがギター選びに出ているのだと思う

そこまで踏み込んでギターを知るとより楽しさも増す

自分が何故そのギターが欲しいのか?

何故そのギターが必要なのか?

それが言い当てられない段階では購入は尚早だといえる

買い物行動にもそれなりに理由付けが必要なのだ

理由が明確ならば財布の紐も緩む

自分が進むべき道が決まれば散財も終わる

良い音は独創的な発想から生まれるのだ

闇雲に機材を買い換える前のレジェンドの伝記でも読んだ方が良い

私は迷うと常々そう自分に言い聞かせているのだ



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訪問者数10,798人を達成したよ

2021年12月04日 | 楽器
昨日は訪問者数が10,000人を超えたのだ

訪問者数10,798人(3,073,825人中7位

閲覧回数23,171回

という結果だった

今年最大のプレゼントなのだ😉 

「嘘だろ? ギターブログで10,000人?」

という方も多いと思う

『gooブログランキング』で検索してみていただきたい😉 😉 



今までの最高記録は3,200人だった

第一期緊急事態宣言の時期だったと記憶している

いつもは外で活動している人たちが自宅で悶々としている時期と重複する

廉価のアコギが爆発的に売れた時期とも重なる

色々な意味で異例だったような気がする

今回はさらにその上をいく結果だった

訪問者数10,000人超えは私にとっては異次元の世界なのだ

理由は何か?

ブログのトップページで『話題のブログ』として取り上げられたのだ

その宣伝効果は凄まじい

先日のアコギとブルースハープの記事が取り上げられた


音源があるわけでもなく他愛ない記事だったように思う

スタッフが意図的に選んでいるのか?

機械がランダムに抽出しているのか?

その辺りの仕組みは分からない

私にとっては『大当たり』なのだ

「こんなギターブログがあるんだね・・」

と多くのブログ好きに知ってもらったことは収穫だった

その数%がリピーターになれば良いと思っているのだ

私には何の欲もない

微々たる広告収入などを狙っているわけでもない

ギターという楽しい趣味をもっと多くの人に知ってほしいだけなのだ

「俺もギター始めてみようかな?」

「僕も久しぶりにギター弾きたくなってきた」

新規の人も再開する人も応援したい

音楽を聴いているだけの受け身から弾くという能動的な姿勢に変わるだけで世界は変わってくる

他人が運転する車の助手席に乗っている人が実際に免許をとって自分で運転することにも似ている

”自分で何かを行う・・”

が大事なのだと思う

他人の演奏に文句を言う人の多くは微妙・・

外野から色々と言うのは簡単なのだ

実際に行うことの難しさを知っている人は他人を攻撃しない

上手い下手に関わらず、ギターの音を出す奥深さを知っている人はギターを弾く人を素直に応援できる

買い物でストレスを発散する方法はあまりお勧めできない

結果的にそれは違ったストレスを生むことになる

「結構良さげな楽器買ったのに・・何か違うな」

「レアな機材を取り寄せたのに・・・何か違う」

根拠のない散財は終わりが見えないない

終わりは自身の満足なのだ

私も買い物をする

しかしながら、必要最小限の買い物なのだ


ギターを弾く為に必要な物だけを買う



それが便利だと思えば道具も試してみる


そして実際に使って良いと感じる物だけを当ブログで紹介しているのだ

正直な話、買ってみてダメな製品も多々あった

基本的に悪い意見は発信しないことにしている

私の心の中でおさめておくのだ

一方で良いと感じる物は積極的に推したい


実売で3,000円台のヘッドフォンと30,000円に満たないMTR

合計で30,000円チョイだと思う

ちょっとした廉価のギターの値段と同じくらい

ギターの楽しみ方が劇的に変わる

最近は一人焼き肉や一人鍋などが流行っているようだ

ギターも一人で楽しむ時代になった

他人の都合や好みに自分を寄せることもストレスになる

MTRは無地のキャンバスに絵を描くことに似ている


少しでもギターを弾ける人はとりあえず自分の音を録音することを強くお勧めしたい

間違いなく世界観が変わると思う

録ることでギターとの向き合い方が変わってくる

ギターと最小の機材があればそれでOK

消耗品は乾電池、自宅ならばそれも不要ということ

パソコンがなくても大丈夫

本機で完結できるのだ

データが一杯になればカードを買い足せば良い

ハーモニカも孤独な練習なのだ


下手ならば尚更・・

しかしながら、録りながら練習することで楽しくなってくる

音楽の理論は最小で良いと思う

理屈を頭で覚えるよりも感覚として体で感じるのだ


ギターを弾いていると直面するのがKeyとスケール

特にスケールは重要だと思う

アドリブを弾くのも作曲をするのもスケールの知識が不可欠になる

繰り返しになるがその知識は最小限で良いと思う

知識としてスケールを学んでいる人は広がらない

良い意味で脱線できない体質になってしまう

私はエレキもアコギもウクレレもハーモニカもすべて

自分の耳頼りなのだ

ジャッジは自分なのだ

「この音の並びってカッコいいなぁ・・」

「この和音って響きがいいよねぇ・・・」

そこに理屈や理論は存在しない

作曲の際に決めるコード進行も過去に弾いた曲の寄せ集めだと思う

特に意識はしていない

自然に指が動いてしまうのだ

最終的なジャッジは読者の皆さんということになる

ネットに音源をアップしてみるのだ

そんな繰り返しで今日に至るのだ

最近はパソコンを使った本格的なDAWが少し面倒臭くなってきた

作曲というよりはギターやその他の楽器の音を味わいたい

そう思えるようになってきた

アコギやウクレレは体でも音を感じる

エレキならば、アンプから聞こえるその音に神経を集中させる

現状の自分のプレイにはまったく満足していない

まだまだ無限に伸び代を感じているのだ

つまり、現状でダメだと感じるのは楽器のせいではない

自分がダメなのだ

私はそう解釈している

そんな中でも日々僅かに伸びや変化を感じる

練習や研究の成果を実感できた時には至福を感じる

弾き難い楽器は潔く淘汰する

必要な物は迷わず購入する

それが私のギターライフの核になっている

良くも悪くも今の私には迷いがない

何をするべきか?

次にすべきことが見えている

足りないものは時間と気力

気力が落ちている時にも楽器に手が伸びる

弾きたい気持ちが萎えることは皆無なのだ

所謂、創作意欲のような物が萎えることはある

作っている最中に先が見える時には潔く中断してしまう

「俺って何の為に創ってるんだろ?」

良くあるのだ

少し気が重い時に手が伸びるのはアコギ


廉価のアコギは良き相棒なのだ

気負いや気兼ねがない

もともと多くを期待していない

”1万円台のギターにしては使える・・・”

それ以上を望まない

その他の楽器にも多くを望まない

”外でガチャガチャ弾きたいなぁ・・”

というコンセプトで選んだ楽器は気楽なのだ


レリックありきで選んだテレキャスは狙い通りだった


思う存分レリック加工を楽しんだ

唯一無二の楽器を手に入れることが出来るのも楽しい


廉価のギターとは思えない風格になった

いまだにレリックに関する過去記事へのアクセスも多い

興味ある方は過去の記事を参照していただきたい

流石に高価なギターにレリックを施すのは勇気が必要になってくる

ストラトは現状維持なのだ

自然の流れ(塗装の焼け)をジックリと楽しんでいるのだ







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