ソチ冬季オリンピック大会9日目の15日(現地時間)は、ルスキエ・ゴルキ・ジャンピング・センターにてスキージャンプの男子個人ラージヒル(HS=ヒルサイズ:140m、K点:125m)の決勝が行われました。日本からは日本選手団主将を務める葛西紀明選手を始め、伊東大貴選手、竹内択選手、20歳の清水礼留飛選手の4人が出場。1998年の長野五輪以来のメダル獲得の期待がかかったこの種目で、41歳の大ベテラン・葛西選手が大ジャンプを見せました!
1回目、日本のトップバッター・清水が21番目で登場。向かい風を受けた清水は、高いフライトでK点越えのジャンプ。130mを飛び、飛型点も5人の審査員のうち4人が「18.0」を出し、122.2点をマーク。37番目の竹内は、こちらもK点をはるかに超えるジャンプを披露。132.5mを飛び、126.5点を獲得。続いて登場した伊東は、ふわっと浮かせると、10mの向かい風に乗ってヒルサイズ近くまで持って行った。テレマークもしっかり入れ、飛型点も3人が「19.0点」の高得点を付けた。飛距離は137.5m、得点も128.1点をマーク。
1回目の終盤、葛西紀明が47番目に登場。低い姿勢から飛び出すと、距離をグングン伸ばしてヒルサイズ手前で着地!1回目からカミカゼジャンプが決まり、139mをマーク!飛型点も4人が「19.0点」をつけ、140.6点の高得点を挙げて2人を残して暫定トップ。そして、1本目の最後に登場したのは、ノーマルヒル金メダリストのカミル・ストッフ(ポーランド)。2冠への最初のジャンプは、葛西と同じく139m。着地の時にテレマークをしっかり入れており、飛型点で4人が「19.5点」、スイス人の審査員は最高点の20点。143.4点で葛西を上回って1回目トップ。
1回目終了時点で、ストッフが首位、葛西が2位につけ、セベリン・フロイント(ドイツ)が葛西と0.4点差で3位につける。4位にはノーマルヒル銀メダリストのペテル・プレヴツ(スロベニア)。伊東は8位と入賞圏内、竹内は10位、清水は15位で折り返し。
迎えた2回目、1回目25位だった地元・ロシアのドミトリー・ワシリエフがHSを超える144.5mのスーパージャンプを見せると、続くマリヌス・クラウス(ドイツ)も140mの大ジャンプを披露。
そんな中、1回目15位の清水が16番目でスタート。1回目同様ジャンプに高さがあり、距離も134mまで伸ばしてきた。着地もしっかりと決まり、本人も一本指を突き上げて納得の表情。飛型点も130点を挙げ、2本合計で252.5点を記録した。1回目10位の竹内は、鋭く飛び出したものの、強い追い風を受けて失速。122.5mとK点に届かず。飛型点も122.6点に留まった。23番目の伊東も追い風に泣き、K点手前の124mとスコアを伸ばせず。23人終了時点で暫定4位でメダルを逃した。
残り7人となり、伊東の次に登場したアンドレス・ファンネメル(ノルウェー)が132mを記録し、134.8点と飛型点を伸ばす。1回目に131.5mを飛んで5位のアンシ・コイブランタ(フィンランド)は、121.5mと失敗に終わる。27番目のプレヴツは131mを飛ぶ。追い風もなんのその、140.3点とスコアを伸ばし、2本合計274.8点を記録して暫定トップ。1本目3位のフロイントは129.5mと距離を伸ばせず。得点も272.2点とプレヴツを下回った。
そして1本目2位の葛西が29番目で登場。暫定2位のフロイントの得点を上回ればメダル確定となる勝負の一本は、低い姿勢&大きなV字、高さのあるジャンプでK点越え!追風ながら133mを記録し、飛型点ではロシアの審査員が19点をつけ、136.8点。2本合わせて277.4点とプレヴツの得点を上回り、暫定トップ&銀メダル以上を確定させた!残るは1本目トップのストッフ。金メダルを懸けたストッフのジャンプはややぶれる所があったが、130m台で着地。飛距離132.5mと葛西を下回ったが、飛型点135.3点をマーク。2本合計278.7点でストッフが金メダル。葛西は銀メダルだったものの、日本に16年ぶりのメダルをもたらしました。
男子ラージヒル結果
金メダル:カミル・ストッフ(ポーランド) 278.7点(139.0m、132.5m)
銀メダル:葛西紀明(日本) 277.4点(139.0m、133.5m)
銅メダル:ペテル・プレヴツ(スロベニア) 274.8点(135.0m、131.0m)
9位:伊東大貴(日本) 252.5点(137.5m、124.0m)
10位:清水礼留飛(日本)252.2点(130.0m、134.5m)
13位:竹内択(日本) 249.3点(132.5m、122.5m)
ソチ五輪日本選手団の主将・葛西紀明選手がやりました!男子ラージヒルで見事銀メダルを獲得です。1本目に139mの大ジャンプ、2本目に133.5mを飛びました。41歳8か月での表彰台は冬季五輪日本人最年長記録ですが、ジャンプ最年長メダリストにもなりました。ジャンプの個人種目のメダル獲得は、1998年の長野五輪ラージヒルの船木和喜さん(金メダル)、原田雅彦さん(銅メダル)以来となります。
優勝したポーランドのストッフ選手は、ノーマルヒルに続いての2冠達成。銅メダルのプレヴツ選手は今大会2個目のメダル獲得。伊東選手は9位と入賞を逃し、清水選手は2本とも130m台のジャンプで10位に入り、竹内選手は13位でした。なお、この種目には日本でもお馴染みのヤンネ・アホネン(フィンランド)と、シモン・アマン(スイス)が出場しましたが、アホネンは22位、アマンは23位でした。
7度目の五輪で個人種目のメダルを手にした葛西選手ですが、これまでのスキー人生は決して順風満帆ではありませんでした。初出場のアルベールビル五輪では成績が振るわず。リレハンメルでは団体で銀メダルを獲得するも、ノーマルヒルで5位。長野五輪では直前のケガで団体戦のメンバーから外れ、ソルトレイクシティとトリノで惨敗。バンクーバーではラージヒルで8位入賞とメダルに無縁の状態でした。
家庭事情も苦しいもので、父は病気を理由に仕事ができず、家計を支えていた母は火事で全身やけどを負って他界。妹は「再生不良性貧血症」という難病を患い、現在も闘病中。さらには1998年に地崎工業、2001年にマイカルと自分が所属していた会社のスキー部の廃部を2度も経験。現在は土屋ホームという北海道の住宅メーカーで選手兼任監督をしています。
そんな逆風だらけのスキー人生でしたが、昨年12月にW杯ティティゼー・ノイシュタッド大会で3位に入ると、今年1月にはオーストリアのバートミッテルンドルフでの個人第13戦フライングヒルで最年長優勝を達成。この活躍ぶりにヨーロッパでは「レジェンド」と呼ばれるようになりました。
家族の不幸、ケガと不振、所属先の廃部といった苦境を乗り越え、W杯最年長優勝、腰痛に耐えながらも五輪でメダルを獲得した葛西選手。日本選手団主将のプレッシャーをはねのけ、40代でメダリストになった彼こそ「中年の星」といえるでしょう。日本時間18日に行われる団体戦でもカミカゼジャンプで世界を驚かせてほしいです。