ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第36回 取消訴訟の本案審理、執行停止制度、取消訴訟の判決

2021年02月21日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.取消訴訟の本案審理

 〔1〕主張制限

 行政事件訴訟法第10条第1項は「取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない」と定める。これは、取消訴訟が主観訴訟であるためである。従って、公益や他人の利益にかかる違法を主張することはできない。

 また、同第2項は「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない」と定める。

 〔2〕違法判断の基準時

 取消訴訟の訴訟物である「処分」の違法性をどの時点で判断すべきなのか、という問題がある。このような問題が生ずるのは、処分時と判決時(厳密には口頭弁論終結時)との間に事実関係の変更や法律の改正・廃止がありうるからである。

 通説および判例〔最二小判昭和27年1月25日民集6巻1号22頁(Ⅱ―193)〕は処分時説をとるが、判決時説(口頭弁論終結時の違法性を判断するという説)も有力である。なお、いずれの説に立つとしても例外を認めざるをえないことには注意が必要である。

 〔3〕職権証拠調べ(行政事件訴訟法第24条)

 取消訴訟においても原則として弁論主義が妥当するが、当事者間に争いのある事実を証拠により認定する際に、当事者が適切な立証活動をしない場合がありうる。その場合には、当事者の申し出た証拠以外に、裁判所が職権で他の証拠を取り調べることができる。規定にあるように、裁判所の権限であり、義務ではない〔最一小判昭和28年12月24日民集7巻13号1604頁(Ⅱ-194)を参照〕。

 弁論主義は、民事訴訟において、訴訟の開始、審理の対象、および訴訟の終了について、当事者に自由な処分権限を認める原則をいう。

 〔4〕理由の差し替え

 取消訴訟の被告は、訴訟において当初の「処分」理由を別の理由に差し替え、または別の理由により追完することが可能か、という問題がある。

 一般論としては、理由の差し替えまたは追完が全面的に禁止されていない。しかし、当初の「処分」理由の付記について、理由の差し替えを認めるか否かについて議論がある

 「処分」理由が争点を決める場合については、当初の「処分」理由と同一性を有する範囲において、追完を認める。例として、或る公務員について、争議行為に参加したという理由で懲戒処分を行ったが、実はこの公務員が別の政治集会に参加していたという場合があげられる。

 さらに、「処分」理由が個別行為ではなく全体的な事情の評価による場合には、被告行政庁は、「処分」を維持するためにあらゆる理由を主張しうるとする判決が存在する。

 ●最三小判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(Ⅱ−188)

 事案:X社は、青色申告の際に本件物件の譲渡価額を7000万円、取得価額を7600万9600円、譲渡損を600万円弱とした。これに対し、Y(所轄税務署長)は、取得価額を6000万円であるとして1000万円の譲渡益を認定する旨の増額更正処分を行った。X社は異議申立ておよび審査請求を経て出訴したが、一審の段階でYは、仮に本件物件の取得価額がX社の主張通りに7600万9600円であるとしても、譲渡価額は9450万円であり、X社の申告遺脱分である2450万円は所得に計上されるべきであり、結果として増額更正処分には何らの違法も存在しないと主張した。京都地判昭和49年3月15日行集25巻3号142頁はX社の請求を一部認容したが、大阪高判昭和52年1月27日行集28巻1・2号22頁はYの控訴を認容してX社の請求を全て棄却した。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べてX社の上告を棄却した。

 判旨:本件において「Yに本件追加主張の提出を許しても、右更正処分を争うにつき被処分者たるXに格別の不利益を与えるものではないから、一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、Yが本件追加主張を提出することは妨げないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる」。

 ●最二小判平成11年11月19日民集53巻8号1852頁(Ⅱ−189)

 事案:逗子市民のXは、Y(同市監査委員)に対し、同市情報公開条例に基づいて住民監査請求に係る文書の公開を請求した。Yは公開拒否処分を行ったが、その理由は、本件文書が「市又は国の機関が行う争訟に関する情報であり、公開することにより、当該事務事業及び将来の同種の事務事業の目的を喪失し、また円滑な執行を著しく妨げるもの」であり、同条例第5条(2)ウの定められる非公開事由があるというものであった。Xは公開拒否処分の取消を求めて出訴した。Yは、一審の段階で請求の対象となった文書が同条例第5条(2)アの非公開事由に該当するという主張を追加した。横浜地判平成6年8月8日判例地方自治138号23頁はXの請求を認容した。Yは控訴したが、東京高判平成8年7月17日民集53巻8号1894頁は控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、Yの上告を認容し、原判決を破棄して事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「本件条例9条4項前段が、前記のように非公開決定の通知に併せてその理由を通知すべきものとしているのは、本件条例2条が、逗子市の保有する情報は公開することを原則とし、非公開とすることができる情報は必要最小限にとどめられること、市民にとって分かりやすく利用しやすい情報公開制度となるよう努めること、情報の公開が拒否されたときは公正かつ迅速な救済が保障されることなどを解釈、運用の基本原則とする旨規定していること等にかんがみ、非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。そして、そのような目的は非公開の理由を具体的に記載して通知させること(実際には、非公開決定の通知書にその理由を付記する形で行われる。)自体をもってひとまず実現されるところ、本件条例の規定をみても、右の理由通知の定めが、右の趣旨を超えて、一たび通知書に理由を付記した以上、実施機関が当該理由以外の理由を非公開決定処分の取消訴訟において主張することを許さないものとする趣旨をも含むと解すべき根拠はないとみるのが相当である。したがって、Yが本件処分の通知書に付記しなかった非公開事由を本件訴訟において主張することは許されず、本件各文書が本件条例5条(2)アに該当するとのYの主張はそれ自体失当であるとした原審の判断は、本件条例の解釈適用を誤るものであるといわざるを得ない」。

 

 2.執行停止制度

 執行停止制度は、行政事件訴訟法(および行政不服審査法)に定められる仮の救済制度の一つである。この制度を理解するための前提として、行政事件訴訟法第44条により、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為に仮処分の制度が適用されないこと、および、同第25条第1項が執行不停止の原則を定めており、原告が取消訴訟を提起しても、行政行為(など)の効果が停止される訳ではないことを理解しておいていただきたい。

 〔1〕行政事件訴訟制度における仮の権利救済制度としての執行停止制度

 裁判所は、原告側からの申立を受けて、行政行為(など)の効果を一時的に停止させる、すなわち執行を停止させる決定を出すことができる(同第2項)。

 〔2〕執行停止の要件(同第2項〜第4項)

 (1)本案訴訟が適法に係属していること。

 (2)「処分、処分の執行又は手続の執行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある」こと(第2項):原状回復が困難である場合、金銭賠償が不可能な場合は勿論、これらが可能であってもそれらだけでは損害の填補がなされないと認められるような場合も含む(東京高決昭和41年5月6日行裁例集17巻5号463頁を参照)。

 ・裁判所は「損害の回復の困難の程度を考慮」し、「損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質を勘案」しなければならない(同第3項)。

 実際に認められたものとして、集団示威行進申請拒否処分がある。これに対し、可否の評価が分かれたものとして、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制令書による強制送還がある。

 ●最三小決昭和53年3月10日判時853号53頁

 事案:外国籍のXが訴訟の遂行を目的として日本への上陸許可を得た。Xは3回の在留期間更新許可を得たが、4回目の許可は受けられず、神戸入国管理事務所から退去強制令書を発付された。Xはこの令書発布の取消しを求めて神戸地方裁判所に訴えを提起し、執行停止の申立ても行った。神戸地方裁判所は送還部分のみ本案判決言渡時まで停止するという決定をなし、大阪高等裁判所もこの決定を相当と判断した。Xは、送還部分のみの停止では、X敗訴という本案判決が出された場合に直ちに令書が執行されることになるとして、最高裁判所に特別抗告を申し立てた。

 決定要旨:たしかに、Xが本国に強制送還されれば、Xが自ら訴訟を追行することは困難になるが、訴訟代理人による訴訟の追行は可能であり、Xが法廷に直接出頭しなければならない場合に、改めて日本に上陸することが認められないという訳ではない。従って、令書が執行されてXが強制送還されたとしても、Xの「裁判を受ける権利が否定されることにはならない」。

 (3)「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが」ないこと(同第4項)

 (4)「本案について理由がないとみえ」ないこと(同第4項)

 〔3〕執行停止の内容

 「処分」自体の効力の停止、執行の停止、および手続の続行の停止がある。

 〔4〕執行停止の効果

 ①明文の規定はないが、効果は将来に向かってのみ発生する〔農地買収計画について、最三小判昭和29年6月22日民集8巻6号1162頁(Ⅱ-200)を参照〕。

 ②第三者効(同第32条第2項←同第1項の準用)

 ③拘束力(同第33条第4項←同第1項の準用)

 〔5〕執行停止制度の限界

 執行停止の決定は原状回復の機能を有するが、回復すべき原状がない場合に執行停止の利益は存在しない(同第33条第4項の規定に注意!)。例えば、免許申請拒否処分の場合、仮に執行停止決定をしても、行政庁には申請に関する審査義務が発生する訳ではないので、執行停止決定の利益はない(免許取消処分と異なる)。

 〔6〕執行停止の決定に対する即時抗告(同第25条第7項。同第8項に注意すること!)

 〔7〕内閣総理大臣の異議(同第27条)

 内閣総理大臣は、執行停止の申立てがあった場合、または執行停止の決定がなされた場合に、異議を申し立てることができる(異議には理由を付さなければならない)。この異議がなされたときには、裁判所は、執行停止をすることができない。また、執行停止の決定がなされたときには、裁判所はこの決定を取り消さなければならない。

 

 3.取消訴訟の判決

 〔1〕訴訟の終了方法

 (1)訴えの取り下げ

 取消訴訟についても認められる。

 (2)和解

 通説は、取消訴訟について否定説を採る。

 (3)判決(終局判決)

 原則的には「民事訴訟の例による」(同第7条)のであるが、特例がある。

 〔2〕判決の種類

 (1)却下判決

 訴訟要件が揃っていない場合の判決である。民事訴訟にいう訴訟判決と同じと考えてよい。

 (2)棄却判決

 訴訟要件が揃った上で、原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がない場合の判決である。民事訴訟にいう本案判決の一種であると考えてよい。

 (3)認容判決

 原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がある、すなわち、取り消すべき瑕疵があると認める判決である。これも民事訴訟にいう本案判決の一種と考えてよい。処分を取り消すことになる。なお、行政事件訴訟法第30条を再読すること。

 (4)事情判決

 本来であれば原告の請求に従って処分または裁決を取り消すべきであるが、取り消すと公の利益に著しい障害を生ずる場合に、請求を棄却しつつも処分又は裁決の違法を宣言する判決をいう(同第31条)。形式的には棄却判決である。

 〔3〕認容判決=取消判決の効力

 原告の請求が認容される旨の判決が確定すると、次のような効力が生ずる。

 (1)形成力

 取消判決により、「処分」の効力は、それがなされた時点に遡って消滅する。

 (2)第三者効

 行政事件訴訟法第32条に定められており、原告と対立関係にある第三者については取消判決の効力が及ぶ。これを第三者効という。原告と利益を共通にするが訴訟には参加していない者に第三者効が及ぶか否かについてはついては、議論がある。なお、行政事件訴訟法第22条が第三者の訴訟参加を定め、同第24条が第三者再審の訴えを定めている点にも注意を要する。

 (3)既判力(民事訴訟法第114条)

 取消判決が確定すると、当該事案について再び裁判所が判断することはない。すなわち、取消判決は裁判所を拘束する。これを既判力という。その主観的範囲は訴訟当事者およびその承継人に及び、客観的範囲は訴訟物に及ぶ。

 (4)拘束力(行政事件訴訟法第33条)

「処分」を取り消す判決が出されるならば、行政庁は、判決の趣旨に従って行動するという実体法上の義務を負うことになる(同第1項)。これを拘束力という。すなわち、拘束力は、行政庁に対する効力であり、また、その他の関係行政庁に対する効力でもある(同第2項も参照)。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 行政不服審査法(2)」として2020年12月20日10時15分00秒付で掲載し、修正の上、2021年02月21日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年11月01日掲載(「第25回 取消訴訟の本案審理、判決」として)。

            2017年12月20日修正。


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