ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第38回 国家補償法

2021年02月23日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.国家補償法(制度)=損失補償法(制度)+国家賠償法(制度)

 国家(および公共団体。以下、原則としてまとめて国家と表現する)の活動により、私人の権利や利益が侵害されることがある。このことによる被害を補塡し、私人を救済するための制度を国家補償法(制度)という。

 私人の被害には、大別すれば二つの場合がある。

 第一に国家の適法な活動による損失である。この損失を補塡するための法(制度)を損失補償法(制度)という。

 第二に国家の違法な活動による損害である。この損害を賠償するための法(制度)を国家賠償法(制度)という。

 いずれの場合についても、私人を救済しなければならない、すなわち、私人の財産権に対して何らかの補塡を行わなければならないという点においては共通する。そのため、最近は、損失補償法(制度)と国家賠償法(制度)とを合わせて国家補償法(制度)と称することが一般化しつつある。

 もとより、損失補償制度と国家賠償制度は、性質を異にし、憲法上の根拠や理論の発展という点においても異なる。

 

 2.国の活動が適法な場合

 国は、土地収用法に基づく土地収用など、適法に私人の財産権を制約ないし剥奪する活動を行うことがある〈財産権以外の人権については問題がある〉。この場合、適法な活動に基づく適法な人権制約ではあるが、放置すれば公平負担の理念に反するため、私人の損失を補填する必要がある。そこで損失補償制度が存在する。

 損失補償制度の憲法上の根拠は第29条第3項である。これは一般的な根拠であり、第40条は刑事補償の根拠である。行政法学においては憲法第29条第3項を念頭に置いて考察する。最近では、土地収用法をはじめ、少なからぬ法律において損失補償に関する規定が用意されているが、仮にそのような規定が法律にない場合には、直接、同項を根拠として損失補償を請求することができる。

 ●最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁(河川付近地制限令違反事件、Ⅱ―252)

 事案:被告人であるY1(株式会社)の代表取締役であるY2は、宮城県知事の許可を受けずに名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。別の被告人であるY3も名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。これらの事実が河川付近地制限令第4条第2項などに違反するとして、被告人らは起訴された。一審判決(仙台簡裁昭和37年8月31日刑集22巻12号1411頁)は被告人らを罰金刑とし、控訴審判決(仙台高判昭和37年11月30日刑集22巻12号1416頁)も被告人らの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷も上告を棄却した。

 判旨:①「河川附近地制限令4条2号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令4条2号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件とするものではなく、したがつて、補償に関する規定のない同令4条2号の規定が所論のように憲法29条3項に違反し無効であるとはいえない」。

 ②「同令4条2号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといつて、同条があらゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当然に受忍すべきものとされる制限を定めた同令4条2号およびこの制限違反について罪則を定めた同令10条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない」。

 ▲この判決のポイントは、次の点にある。

 ①河川附近地管理令第4条第2項に定められる財産権の制限は、公共の福祉のための一般的な制限であり、特定の人に特別な財産上の犠牲を強いるものではないから、損失補償を要件とするものではない。

 ②法律に損失補償に関する規定が存在しないからといって、直ちに違憲無効となる訳ではない。

 ③法律に損失補償に関する規定が存在しない場合には、実際に受けた損失を主張立証した上で、憲法第29条第3項を直接の根拠として損失補償を請求しうる。

 そして、損失補償は、経済的自由権への侵害に対する補償の性質を有し、必ずしも訴訟を経なくてよいため、受益権または国務請求権としてではなく、経済的自由権の一環として扱われることになる。

 

 3.国家の活動が違法な場合

 法律による行政の原理に従う限り、国家が違法な活動を行うことは許されない。しかし、現実には違法な活動がなされ、そのために私人の側に損害が生ずる こともある。そうであれば、私人に対する賠償の必要性が生じる。ここに、国家賠償法(制度)の存在理由が存在する。

 国家賠償法(制度)の憲法上の根拠規定は第17条である。

 現在では国家賠償法が存在するのでとくに問題とならない。しかし、日本国憲法制定後で国家賠償法が施行される前の事件については問題となった。法律がない場合には憲法第17条を直接の根拠として国家賠償請求をなしえない、とするのが通説であった。すなわち、同条はプログラム規定であるということになる。最三小判昭和25年4月11日集民3号225頁も、同条についてプログラム規定説を採っている。

 そして、国家賠償請求権は受益権または国務請求権として扱われ、主に訴訟を通じての請求による。また、損失補償と異なり、経済的自由権に限られず、生命、身体、名誉なども対象に含まれる。

 

 4.国家補償の谷間

 例えば、予防接種による死亡事故のように、国(および地方公共団体)の活動自体は適法であるが、違法な結果が生じた場合など、上記〔2〕にも〔3〕にも該当しない場合がある。例えば、文化財の修理自体は適法であるが損失が生じた場合などである。文化財保護法などのように、立法的に解決している例もあるが、規定が存在しない場合などにどのように理解すべきなのか。 すなわち、このような場合に求められるのは損失補償か国家賠償か、という問題が存在する。

 かつて、故今村成和教授は〔4〕を結果責任に基づく国家補償と呼び、〔2〕を適法行為に基づく財産権侵害に対する損失補償、〔3〕は違法行為に基づく権利侵害に基づく国家補償と呼んだ。これは現在も通用しており、この講義でも今村説に基づいているが、〔4〕を必ずしも結果責任の問題としてまとめきることはできないのである。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 国家補償法」として2020年12月22日00時03分00秒付で掲載し、修正の上、2021年2月17日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月26日掲載(「第26回 国家補償法制度、国家賠償法第1条」として)。

            2017年11月01日、第27回に繰り下げ。

            2017年12月20日修正。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第37回 取消訴訟以外の抗告... | トップ | 第39回 国家賠償法の構造/... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

行政法講義ノート〔第7版〕」カテゴリの最新記事