ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第42回 損失補償法制度 その2

2021年02月27日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 5.補償の内容

 〔1〕「正当な補償」とは?

 憲法第29条第3項によれば、損失補償の中身は「正当な補償」でなければならないのであるが、その意味については大きく分けると二つの見解が存在する。

 第一は、相当補償説である。この考え方によると、補償は、当時の経済状態において、社会国家の理念に基づき、客観的かつ合理的に算出された相当な額であることが必要であり、かつ、それで足りるということになる。

 第二は、完全補償説である。この考え方によると、私的財産の収用(など)の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくするような補償が必要とされることになる。

 かねてから、判例および憲法学の通説は相当補償説を採ると言われてきた。その代表とされてきたのが最大判昭和28年12月23日民集7巻13号1523頁(Ⅱ−248)である。これは農地改革(自作農創設特別措置法)に関する判決であり、自作農創設特別措置法による田の買収価格(公定)が問題となったものであるが、判決は「憲法29条3項にいうところの財産権を公共の用に供する場合の正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当な額をいうのであつて、必しも常にかかる価格と完全に一致することを要するものではないと解するを相当とする」と述べている。

 この判決の後、相当補償説を採ることを明示する判決の例として、次のものがある。

 ●最三小判平成14年6月11日民集56巻5号958頁

 事案:関西電力(被告、被控訴人、被上告人)は、和歌山県田辺市に変電所を新設する計画を立て、昭和43年に事業計画の認定を受け、同市内の土地を収用する旨の細目を公告した。しかし、この土地を所有する原告(控訴人、上告人)らと被告との間で行われた協議が不調に終わったため、和歌山県収用委員会は関西電力の申請を受け、昭和44年3月31日に、損失補償金の金額を決定するとともに権利取得の時期および明渡の期限を同年4月11日とする土地収用裁決を行った。これに対し、原告らは、この土地収用裁決が誤った土地調書に基づいて行われており、「適正な損失補償金額」に比して低廉に過ぎるとして、土地収用裁決の変更などを請求する訴訟を提起した。大阪地判昭和62年4月30日民集56巻5号970頁は原告らの請求を一部却下、一部棄却し、大阪高判平成10年2月20日民集56巻5号1000頁も控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、前述のように前掲最大判昭和28年12月23日を参照した上で、次のように述べ、上告を棄却した。

 判旨:①「憲法29条3項にいう『正当な補償』とは、その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって、必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではない」(前掲最大判昭和28年12月23日を参照)。

 ②土地の収用は、最終的に権利取得裁決により決定されるから、「補償金の額は、同裁決の時を基準にして算定されるべきである」。「事業により近傍類地に付加されることとなった価値と同等の価値を収用地の所有者等が当然に享受し得る理由はな」く、「事業の影響により生ずる収用地そのものの価値の変動は、起業者に帰属し、又は起業者が負担すべきものである。また、土地が収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであるが、事業認定が告示されることにより、当該土地については、任意買収に応じない限り、起業者の申立てにより権利取得裁決がされて収用されることが確定するのであり、その後は、これが一般の取引の対象となることはない」。「そして、任意買収においては、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格を基準として契約が締結されることが予定されているということができる」。

 ③以上の点などからすれば、土地収用法第71条の補償金額の規定には「十分な合理性があり、これにより、被収用者は、収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるような補償を受けられるものというべきである」。

 ▲しかし、土地収用に関する後掲最一小判昭和48年10月18日は完全補償説を採用しており、相当補償説が判例であるとは断言できない。

 そもそも、両説は完全に対立する関係にない。端的に言うならば、相当補償説は農地改革という特殊な事例について合憲性を理由づけるためのものである、と考えられる。そのため、財産権の侵害による損害への補償という点からすれば、相当補償説であっても完全補償を原則とすることになる。その点からすれば、実質的には完全補償説が妥当であるということになるであろう。 なお、完全補償説であっても、全く例外がないという訳ではないことには、注意が必要である。

 〔2〕完全な補償が必要とされる場合

 上述のように、仮に相当補償説を採ったとしても、原則としては完全補償が求められるのであり、公用収用の場合は、財産権の価値に見合った金額の保障がなされなければならないことになる。むしろ、問題となるのは、完全な補償とはいかなるものであるのかということである。

 ●最一小判昭和48年10月18日民集27巻9号1210頁(Ⅱ―250)

 事案:原告2名(被控訴人・上告人)が所有する土地は、昭和23年5月20日建設院告示第215号に基づき、倉吉都市計画の街路用地とされた。昭和39年、鳥取県知事(被告・控訴人・被控訴人)は、土地収用法第33条に基づき、土地細目の公告を行った。倉吉都市計画の施行者である鳥取県知事は、原告所有の土地を取得するために原告2名と協議を行ったが不調に終わったので、当時の都市計画法第20条に基づき、建設大臣の裁定を求めた。同年、建設大臣は、原告2名の土地を収用する時期を損失補償に関する鳥取県収用委員会の裁決があった日から起算して15日後とする裁定を行った。同知事が同収用委員会の裁決を申請し、同委員会は損失補償額の裁決を行ったが、原告は、その裁決額が近隣における同類土地の売買価格よりも低廉であるとして訴訟を提起した。鳥取地倉吉支判昭和42年11月20日民集27巻9号1219頁は原告の請求の一部を認容したが、広島高松江支判昭和45年11月27日民集27巻9号1231頁は相当補償説を採用して原告の請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて控訴審判決を破棄し、広島高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等の被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものである」。従って、「完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもって補償するような場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するという」べきである。

 〔3〕完全な補償の中身

 ここでは、まず、公用収用について、土地収用法を例として取り上げ、解説などを試みる。

 同第69条は個別払いの原則を明示する。その上で、第70条は金銭補償を原則とする。但し、同第82条ないし第86条の規定による収用委員会の裁決があった場合には、現物補償も認められる。

 補償の対象となる権利は、同第71条により、収用の対象となる土地の所有権、またはその土地に関する所有権以外の権利(地上権など)とされる。こうした権利の価格に見合うだけの(つまり、過不足のない)補償が支払われなければならないのである。同第1項は「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額」を補償額とする。

 この規定から、基準時が事業認定の告示時であることは明らかであるが、問題は「相当な価格」である。土地の価格には時価、公示価格、路線価、固定資産税評価額がある。このいずれによることも可能であると思われるが、同項に「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した」とあるので、時価によって行うのが妥当であろう。もっとも、時価の評価にも複数の方法があるが、取引事例比較法が妥当であろう。

 なお、農地法第12条第1項は、同第11条第1項第3号にいう「対価は、政令で定めるところにより算出した額とする」と規定する。

 もう一つの問題は、実測の土地面積と公簿の土地面積との差である。土地区画整理事業における換地予定地指定処分や換地処分において問題となる。最大判昭和32年12月25日民集11巻14号2423頁は、 土地区画整理事業における換地予定地指定処分や換地処分において、実測の土地面積と公簿の土地面積とに差がある場合であっても、その換地処分において実際の土地の価額に相当する換地、清算金が交付されることから、両者の面積の差を無償で収用することにはならず、憲法第29条第3項に違反しないとする。また、換地処分について、最一小判昭和62年2月26日判時1242号41頁が合憲判決を下している。

 収用される権利の対価としての補償には、残地補償(土地収用法第74条)も含まれる。残地補償に収用損失が含まれることは当然であろう。問題は事業損失が含まれるか否かである。公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月閣議決定)第41条但し書きは、事業損失について補償しないとするが、判例の多くは事業損失を残地損失に含めている(最二小判昭和55年4月18日判時1012号60頁などを参照)。

 土地収用法は、収用される権利の対価としての補償のみならず、通損補償を規定している。通損補償は、移転料、調査費、営業上の損失など、収用によって通常受けると考えられる付随的な損失に対する補償である。土地収用法は、同第77条において移転料の補償を(同第78条ないし同第80条も参照)、同第88条において「離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失」の補償を定める。これらについては、土地収用法に算定基準が示されておらず(同第88条の2を参照)、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱により定められている。ちなみに、同第88条による補償は、財産権に対する補償というのみならず、生活(権)に対する補償の一端とも捉えられうる。

 同第75条による工事費用の補償(条文に列挙されている事項から「みぞかき」補償ともいう)は、論者によって見解が分かれるが、残地に関するものであるため、ここでは通損補償に含めない。同第76条による残地収用請求権についても同様である。

 なお、公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日中央用地対策連絡協議会理事会決定)第28条第2項は、建物の移転などに伴って木造の建築物に代わり耐火建築物を建築する場合など、建築基準法などの法令によって必要とされる施設の改善に関する費用を補償しない旨を定める。

 宇賀克也『国家補償法』(1997年、有斐閣)439頁は、「少なくとも、当該費用の支出が早まったことに対する利子相当分は、『通常受ける損失』(収用88条)ないし『通常生ずる損失』(一般補償基準43条)として補償されるべきであろう」と述べている。

 (1)金銭補償とその限界

 損失補償は、金銭によってなされることを原則とする。しかし、前掲最一小判昭和48年10月18日において示唆されているように、必ずしも金銭補償によらなければならない訳ではない。土地収用法第70条も、金銭補償の原則を採りながら、一部について現物補償を認める。

 そればかりか、「被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することを」えない場合が多い。近隣に同等の代替地が存在しない場合、または、存在するが補償金によっては取得できない場合がある。また、営業の廃止に対する補償〔公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱第31条第1項第4号、公共用地の取得に伴う損失補償基準第43条第1項第4号〕や離職者に対する補償〔公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱第46条、公共用地の取得に伴う損失補償基準第62条〕については、前者が2年間の収益(所得)相当額、後者が1年間の賃金相当額とされており、転業や再就職が困難であるような者については問題が生じうる。以上は、財産権に対する補償というより、後に取り上げる生活(権)補償というべきものが多く、離職者に対する補償や少数残存者補償については土地収用法には規定がない。

 代替地の取得については、公有地の拡大の推進に関する法律が存在し、特定公共用地等先行取得資金融資制度が存在する。しかし、これらにも制約がある。また、努力義務規定ではあるが、公共用地の取得に関する特別措置法第46条は、収用の対象者など「特定公共事業の用に必要な土地等を提供する者が現物給付を要求した場合において、その要求が相当であると認められる」場合に、その要求に応ずることを求めている。

 (2)文化財、史跡、名称の保護、景勝地の保存などを目的とする場合

 公用収用に該当する場合、損失補償に関する規定が存在しても、実際に補償が支払われている例がほとんどない。そのため、対象や算定基準については、後に示すような問題がある。「第41回 損失補償法制度その2」において取り上げた最一小判昭和63年1月21日判時1270号67頁(福原輪中堤訴訟)は、輪中堤の文化財的価値は市場価格の形成に影響を与えず、経済的・財産的な損失に該当するものではないと判断している。なお、この判決においては、精神的損失も損失補償の対象にならないものと考えられているのであろう。

 (3)地域・地区を指定し、土地の用途に関して法律上の制限を課す場合

 既に述べたように、このような場合には損失補償が不要とされている。

 ■公用制限の場合は、ほとんど実例がないこともあって、対象や算定基準について定説がない。原田・前掲書276頁は、次の三つの説をあげている。

 第一が、相当因果関係説である。これは、名称の通り、公用制限がなされたことによって生じる損失のうち、相当因果関係内にあるものの全てについて補償をなすべきであるとする考え方である。不法行為に基づく損害賠償請求と同じ考え方である。この説によると、積極的な損害の部分、地価低落分は勿論、逸失利益も補償の対象となりうる。実際のところは、逸失利益のみが対象とされることになる。

 宇賀・前掲書462頁は「逸失利益説と称したほうがよいかもしれない」と述べる。

 しかし、この考え方は実際に採用されていない。相当因果関係の判断などが、結局のところ請求者の主観的な判断に委ねられがちであり、過大な評価となりがちであることが指摘される。そのため、申請権の濫用として請求を認めない判決が多い。

 第二が、財産価値低落説である。これは、公用制限がなされたことによって生じた財産の価値の下落分を中心として、それに通常生じる損失の補償を加えた分を補償すべきであるとする考え方である。東京地判昭和57年5月31日行裁例集33巻5号1138頁がこの説を採用しており、前掲最一小判昭和48年10月18日も同様の考え方を採る。しかし、これについては、価値の下落分を算定することが困難であること、さらには、公用制限がなされたことによる不利益が地価の下落として現れない場合もあることが指摘される。

 第三が、実損補填説である。これは、損失補償の請求者が実際に支出した金額のうち、公用制限が具体化されたことによって無駄となる調査費や準備日などの積極的損失を補償すればよいとする考え方である宇賀・前掲書465頁も参照。東京地判昭和61年3月17日行裁例集37巻3号294頁がこの考え方を採ると言われる。

 なお、占用許可の撤回に際して、最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁は、「第41回 損失補償法制度 その1」既に述べたように、財産権の対価としての補償を不要とする考え方を採った。しかし、工作物の収去費、代替地購入の調査費、整地費、営業上の損失などは、財産権の対価と言えないものであるため、それらについての損失補償は認められると解される余地がある(東京高判昭和50年7月14日判時791号81頁を参照)。

 (4)生活補償について

 憲法第29条第3項は、基本的に財産権に対する補償を定めている。しかし、問題は、財産権の補償のみでは従前と同程度の生活を維持しえない者が生じることである。例えば、都市において土地を収用された場合、補償金を得ても近隣に類似の土地を求めること自体が難しいし、収用前と同一の事業を行うことが困難な場合も多い。また、ダム建設により、村落が収用されて水没する場合など、仮に土地や建物に関する補償がなされたとしても、生活の再建が困難であることも多い。このような場合に補償を与える場合を生活(権)補償という。これに関する規定の例として、都市計画法第74条が存在する(同条は、生活再建のための補償というより、斡旋に関する規定であるが)。また、既に述べたように、土地収用法第88条も、生活(権)補償の色彩を帯びた規定である。

 この他、水源地域対策特別措置法が、土地の権利者以外に事実上の影響を受ける者をも対象とした上で、生活補償の範囲を広げている。また、大都市地域における住宅及び住宅の供給の促進に関する特別措置法、国土開発幹線自動車道建設法第9条、琵琶湖総合開発特別措置法第7条がある。しかし、いずれも努力義務規定であり、権利性が否定されている。

 生活(権)補償は、これまで、憲法上の根拠に基づくものではないとされていた。これに対し、最近、学説においては生活(権)補償を憲法に根拠づけられた補償として理解しようとする動きが見られる。その内容はまだ熟していないと思われるが、根拠としては、憲法第29条第3項に求める説、第25条(および第14条)に求める説芝池・前掲書217頁など、第29条と第25条の双方(および第14条)に求める説が考えられる。いずれの説が妥当であるかを判断することは容易でないが、同条の補償が財産権に対する補償であると理解されていることからすると、第29条第3項説は不十分であろう。また、第25条についてプログラム規定説または抽象的権利説が主流であることからすると、第25条説では生活(権)補償の権利性を主張することが難しくなる。結局、第29条・第25条併用説が妥当であろう。

 この点についての唯一の判例である徳山ダム訴訟(岐阜地判昭和55年2月25日行裁例集31巻2号184頁)は、憲法第29条第3項の「正当な補償とは、公共のために特定の私有財産を収用または使用されることによる損失補償であり、それはあらゆる意味で完全な補償を意味するものではなく、当該収用または使用を必要とする目的に照らし、社会的経済的見地から合理的と判断される程度の補償をいう」とした上で、「ダム建設に伴い生活の基礎を失うことになる者についての補償も公共用地の取得に伴う一般の損失補償の場合と異ならず、あくまでも財産権の補償に由来する財産的損失に対する補償」のことをいうとした。そして、水源地域対策特別措置法第8条に定められる生活再建措置規定は、憲法上の要請ではなく、補償とは別個の行政措置であると述べている。この判決によれば、生活再建措置は憲法第29条第3項にいう「正当な補償」には含まれないこととなる。

 

 ▲第7版における履歴:2021年02月27日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第28回 損失補償法」として)。

            2017年11月01日、第29回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。


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