ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

都営三田線途中下車(12) 西高島平駅

2020年07月29日 00時00分00秒 | まち歩き

 今回は、2006年9月21日から同月26日まで「待合室」の第185回「都営三田線途中下車(12) 西高島平駅」として掲載した記事の再掲載です。文章の一部を修正しています(基本的な内容の修正はありません)。なお、写真は全て2006年8月25日に撮影したものです。

 

 今回は「都営三田線途中下車(12)」 と銘打っていますが、はたして、このタイトルが適切であるかどうか、少しばかりの時間ではありますが、考え込みました。

  第一に、今回取り上げる駅は、私の通勤経路から外れています。三田線は目黒~西高島平の路線ですが、私が利用するのは目黒~西台です。西台駅で降りずに先に行ってしまうと、私にとっては途中下車にならないのです。もっとも、西台の次の駅、高島平を取り上げていますし、たまたま私が目黒~西台しか使わないだけなのであって、一般的には高島平や新高島平で降りても途中下車にはなる訳です。

 第二に、今回取り上げる駅は西高島平、東京の地下鉄で大江戸線、丸ノ内線の次に駅が多い三田線の終点です。ここで降りるということは、そもそも途中下車にならないのです。他の鉄道路線との連絡もない駅ですし、白金高輪や目黒と違って、ここから先が別の会社の路線として続いている、という訳でもありません。

 しかし、そうであるからといってこのシリーズで取り上げないと、結局、西高島平だけを取り上げないで終わることになりかねません。そこで、この途中下車シリーズで取り上げることとしました。

 東急目黒線の武蔵小杉から三田線直通の西高島平行きに乗りますと、1時間ほどで志村坂上に到着しますが、まだ途中です。西台まで1時間6分、さらに乗って、1時間10分で終点の西高島平です。目黒からですと51分かかります。

 名前の通り、ここは板橋区高島平にあります。高島平には西台、高島平、新高島平、西高島平の4つの駅がありますが、西高島平はまさに西の端のほうにあります。ちなみに、東の端にあるのが西台です。

 この電車(都営6300形)に乗って、西高島平まで来ました。目黒から西台までと、目黒から西高島平までとが同じ運賃で、しかも私はこの日に回数券を使っています。何となく、西高島平まで乗ってから大学まで歩いてみようと思い、ふらりとやって来た訳です。

 以前から、少し長い距離を歩きたくなることがあります。大学時代には友人と桜新町から自由が丘まで歩いたり、新橋か有楽町から銀座、京橋、日本橋を通って歩いたりしましたし、大阪の難波から心斎橋筋を北上して本町に出て船場から日本橋をまわって恵美須町まで歩いたりしました。大分大学時代には、当時の自宅から国道10号線を南下し、戸次から筒井交差点を経由して竹中駅まで歩いたこともあります。また、天神から六本松まで歩き、途中で道がわからなくなって鳥飼を経由して西新まで歩いたこともありました。今回は、同じ板橋区高島平の中だけを歩くので物足りないのですが、それでも三田線の西高島平駅から新高島平駅、高島平駅を経由して西台駅か蓮根駅まで歩くのと同じ距離になります。もっとも、駅間距離が短いことは認めなければなりません。

 文字通りの終着駅です。上のほうを通っているのは首都高速5号線で、左のほうへ走ると私の勤務先である大東文化大学板橋校舎のすぐそばを通って板橋ジャンクション、東池袋、飯田橋方面に出られます。右のほうに走ると戸田橋を越えて埼玉県内に入り、東京外環道路に接続します。関越自動車道や東北自動車道に出られる訳です。高島平インターチェンジもこの近くにあります。

 上の写真のようになっている駅を終端駅という言い方をすることがあります。大阪など他の都市の地下鉄は他社の路線と乗り入れることが少ないので、このような駅が多いのですが、東京の地下鉄ではこのようになっている駅が少ないのです。もっとも、皆無ではありません。銀座線の浅草、渋谷(留置線まで延びてはいますが)、丸ノ内線の池袋、荻窪、方南町、有楽町線の新木場、浅草線の西馬込、大江戸線の光が丘、そして三田線の西高島平が終端駅です。そして、他の路線と接続しない終端駅は、丸ノ内線の方南町、浅草線の西馬込、大江戸線の光が丘、そして三田線の西高島平の4つです。私は、この4つの駅を利用したことがあるのですが、いずれも不便でした。少し延ばせば他の路線と接続できるだけに、もったいないという気もするのですが、これには様々な事情があるのでしょう。

 そもそも、本来であれば、三田線は西高島平で止まってしまう路線ではなく、東武東上線の和光市まで延長し、さらに東上線の川越市まで乗り入れるべき路線でした。しかし、(よくわかりませんが)様々な事情があって、ここから先は延長できなかったのです。三田線が開業してから40年近くが経ちますが、長らく、この西高島平が終着駅でした。今後も、よほどのことがなければ延長はないでしょう。

 駅の南口に出ました。高島平、新高島平、西高島平の駅の外観はよく似ていて、看板を見ていないと勘違いしそうです。右側が高島平駅の方向です。この駅は、同僚と飲みに行った時など、時折利用するのですが、夜は本当に寂しい駅です。

 駅南口はごらんのようになっています。この先に笹目橋交差点があり、この駅付近の事情もあって、車の交通量が多い所です。埼玉県方面から来る車、そちらのほうへ行く車などが行き交っています。しかし、時間帯のせいかもしれませんが、駅前を歩く人はあまり多くありません。

 西高島平駅北口、高架下の飲み屋です。飲み屋と言えばおなじみの狸です。その隣のテナントが空いていたのですが、いつふさがるでしょうか。西高島平の場合、駅前の商店はかなり少なく、三田線では芝公園と並んで最も少ないほうの部類に入るでしょう。

 もう一度、三田線の行き止まり部分を。但し、今度は下の道路から撮りました。笹目橋交差点の信号待ちをしている車が連なっています。私も何度か、5代目ゴルフを運転しながら通ったことがあります。

 実は、小学生時代に、一度だけ三田線に乗り、西高島平まで来たことがあるのですが、その時について詳しいことは全く覚えていません。その後、1989年に半蔵門線が三越前まで延長するまで、何度か乗ったことがあるのですが、三田から神保町までの区間だけでした。

 川崎区の工場地帯のようにも見えます。歩いていて、水江町あたりでも歩いているのかと錯覚しそうでしたが、西高島平駅の北口です。右側に写っているのが駅で、左側はトラックターミナルです。西高島平から新高島平にかけて、流通の拠点あるいは中継点が集中しています。こんな風景ですが、何故か私には懐かしく感じられます。

 また駅の南口に出てみました。時間の関係もあって行くことはできませんが、区立の美術館と資料館の案内が出ていました。上から5枚目の写真にある道をまっすぐ行けば笹目橋交差点ですので、そこを左折し、しばらく歩きますと公園があります。東上線の下赤塚駅の方面も図には出ていますが、多分、下赤塚駅からでは遠いでしょう。東京大仏というものがあることも、この日に初めて知りました。

 高島平と言えば、団地の緑地帯ですが、西高島平の手前くらいで終わっています。写真は、この緑地帯の西の終点と言うべき箇所です。この緑地帯は、少なくとも昼間に歩いてみた限りで、防音などにそれなりの効果を発揮します。

 先ほど、西高島平から新高島平にかけては流通の拠点あるいは中継点が集中していると記しました。その象徴が、この板橋トラックターミナルです。西高島平駅のほうが近いと思いますが、新高島平駅から歩いていくこともできます。どちらの駅から歩いても同じくらいの時間でしょうか。この周辺には、有名企業の東京支店や配送センターも多く、同じ板橋区高島平にあっても高島平駅や西台駅の周辺とはだいぶ様子が違います。

 さすがに、関係者ではありませんから立ち入る訳には行きませんが、相当に広大な敷地のようです。業種も様々なようです。板橋区民など、多くの人々の生活を支える基盤の一つとなっています。小学校の社会科見学のコースとすればよいのではないでしょうか。実際にそうしているかどうかまでは知りませんが、社会科教育で取り上げる価値はあると思います。ちなみに、ここからもう少し東側、新高島平駅のほうへ歩くと板橋市場があります。


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