ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

1964年東京オリンピックが東京を壊した……

2025年01月18日 23時45分00秒 | 本と雑誌

 何年か前のこと、青葉台であったか、『エゴ 加藤和彦、『加藤和彦』を語る」という本を購入し、何度か読み返していました。或る事情で手放したのですが、昨年(2024年)、別の出版社から『あの素晴らしい日々 加藤和彦、『加藤和彦』を語る』として再出版されました。青葉台で知ったのですが、別の書籍を買わなければならなかったので見送り、今年になってから二子玉川で購入しました。

 その174頁に書かれていた、前田祥丈氏による言葉が、何故か強く印象に残りました。少し長くなりますが、引用の上で紹介しておきます。

 「はっぴいえんどが主題としていたのは、東京の戦後世代が抱く〈喪失感〉だった。彼らは、多感な思春期に東京オリンピックを体験していた。東京オリンピックは戦後復興した日本が高度成長に向かうジャンピングボードであるとともに、日本人が自信を回復したことを世界に宣言する祭典だった。

 しかし、東京の子供たちのなかには、ある日突然、遊び場だった空き地が広い道路になったり、自分の家や友達の家が取り壊されるなど、身の回りの風景が一変してしまう体験をした者も少なくなかった。彼らは、東京が未来に向かって大きく変わろうとしていることにワクワクしながらも、それまでの日常にあった風景を奪い去られてしまった喪失感を同時に痛感していた。

 人が成長するということは、子供の時代を喪失することでもあるというのは真理だけれど、東京オリンピックは、彼らにとって理不尽な通過儀礼でもあった。無理やりに子供時代の風景を奪われ、未知の世界に放り出された喪失感はトラウマとなるに十分なものであった。」

 私は東京オリンピックの4年後に生まれたので、勿論、体験などしていません。しかし、理由はわからないけれどもしっくりくるのです。昨今、東京のあちらこちらで行われている再開発を見ているからでしょう。同じことの繰り返しのようにも思えるのです。

 おそらくは前田さんが書かれたことと基本的に同じことを、まさにはっぴいえんどのメンバーであった細野晴臣さんは、もっと強い言葉で語っていました。細野晴臣・北中正和『細野晴臣インタビュー THE ENDLESS TALKING』(平凡社ライブラリー)を御覧ください(これも、残念ながら手放してしまいました)。

 だいぶ前、まだ刊行されたばかりの時であったと記憶していますが、妻が島崎今日子『安井かずみがいた時代』(集英社)を購入しました。後に集英社文庫として出版されましたが、文庫ではなく単行本です。妻の何十倍、何百倍も私が繰り返し読んでいました。加藤和彦と安井かずみが夫婦であったことは、それこそ小学生時代か中学生時代から知っていましたし、加藤和彦の音楽、安井かずみの歌詞は、至る所で聞こえてきたからです。ただ、それだけではなく、何か特別の物があったから、私は『安井かずみがいた時代』を何度も読み、所々に赤鉛筆で線を引いていたのでしょう。

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元旦の午前1時台、二子玉川駅 その2

2025年01月17日 00時00分00秒 | 写真

2025年1月1日午前1時台の二子玉川駅です。1番線および2番線のホームから、留置中(夜間滞泊中)の9020系9023Fと5000系5102Fを撮影しています。

まずは9020系9023Fのクハ9023(手前)と5000系5102Fのクハ5102です。

2基のパンタグラフを屋根に備えるデハ9423です。勿論、パンタグラフを下げています。

 手前は、9020系9023Fの下り側の先頭車であるクハ9123です。4時58分に、各駅停車大井町行きとして運転されますが、パンタグラフが上げられるのは何時何分でしょうか。さすがにそんな時間までこの駅にいる訳にもいきません。

 奥の5000系5102Fの7号車であるデハ5702、9号車であるデハ5902のパンタグラフも下げられています。こちらは5時0分に各駅停車南栗橋行きとして運転されます。4時台にはパンタグラフが上げられるのでしょう。

 二子玉川駅1番線に臨時電車が到着するのは1時38分か39分となっていたはずです。ただ、渋谷駅からの乗客が多かったのか、少し遅れて到着しました。1時41分か42分に発車したはずです。かなり乗客は多かったと記憶しています。

 0時45分頃に終わり、うちに帰ろうという訳ですが、元旦の午前1時台に臨時電車があるので、これを待とうということになりました。寒いのですが、この時間帯なら二子玉川駅に留置されている電車を見ることができるだろうと思い、改札を抜けて1番線および2番線のホームに出ました。

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元旦の午前1時台、二子玉川駅 その1

2025年01月16日 07時00分00秒 | 写真

 2025年は二子玉川ライズの109シネマズで迎えました。東急ジルヴェスター・コンサートのライヴヴューイングを見たためです。これまで一度もテレビ東京の生中継を見逃したことがないのですが、第1部も見てみたいということで、テレビではなく、ライヴヴューイングとなった訳です。次は渋谷のオーチャード・ホールへ行ってみたいものですが、カウントダウンの曲にもよるでしょう。

 0時45分頃に終わり、うちに帰ろうという訳ですが、元旦の午前1時台に臨時電車があるので、これを待とうということになりました。寒いのですが、この時間帯なら二子玉川駅に留置されている電車を見ることができるだろうと思い、改札を抜けて1番線および2番線のホームに出ました。

 3番線に、元は2000系2003Fであった9020系9023Fが留置されています。これが1月1日午前4時58分発、つまり始発電車の各駅停車大井町行きになります。1月1日になってから、溝の口駅から回送されたのかもしれませんが、詳しいことはよくわかりません。

 奥は4番線、田園都市線のホームです。のるるんのモデルである5000系が留置されています。これはおそらく、中央林間駅23時55分発、二子玉川駅0時32分着の各駅停車であったことでしょう。ここで留置され、2025年1月1日午前5時0分発、つまり始発電車の各駅停車南栗橋行きになります(もっとも、渋谷駅で急行に種別変更され、南栗橋駅には6時46分に到着します)。

 実は、このように二子玉川駅に留置される電車を見るのは初めてです。ついでに記せば、これまで56年半以上を生きてきましたが、始発電車に乗ったことは一度もありません。逆に、終電に乗ったことは何度かあります。

 5000系の5102Fの1号車、クハ5102でした。1月1日の何時頃かはわかりませんが、長津田検車区に戻るのでしょう。また、運転士さんと車掌さんも、二子玉川駅かその近くで仮眠をとり、始発に備えるのでしょう。 

 普段の終電である0時40分発各駅停車鷺沼行きの後、臨時電車として運転される渋谷駅1時25分発、二子玉川駅1時40分発の各駅停車中央林間行きが到着するのは、まだまだ先です。

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現職の大統領が拘束される

2025年01月15日 12時10分00秒 | 国際・政治

 今年(2025年)の正月三が日に、いきなりという感じでニュースが流れた時には驚かされました。結局は目的が果たされなかったものの、その後も一種の膠着状態が続き、ついに、今日、大韓民国の現職大統領が拘束されました。勿論、私は速報で知りました。

 大韓民国の歴史において初めてのことです。しかも内乱容疑ときています。現職の大統領が内乱を起こした、あるいは起こそうとしたということは、一般的に理解不能の領域でしょう。政権が内乱を起こされることはあっても、起こすことはないと考えますし、政権が内乱を起こすのは余程のことですから。

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ニュータウンを通る私鉄が不便になっていく……

2025年01月14日 00時00分00秒 | 社会・経済

 2025年1月12日の夕方に、京阪神地区の交通事情に関する記事で気になる記事2本が朝日新聞社のサイトに掲載されていたことは、昨日(2025年1月13日)に書きました。今回はもう1本の記事、「ニュータウン最寄りの私鉄でも異変 直通運転消えて『乗り換えが…』」(https://digital.asahi.com/articles/AST162JWVT16OXIE030M.html)を取り上げます。

 この記事の舞台は、大阪府最北端の駅、妙見口駅が所在する豊能町と、大阪府最南端の岬町です。

 まずは豊能町です。阪急宝塚線の川西能勢口駅(兵庫県川西市)を起点とする能勢電鉄の妙見線が通り、妙見口駅も同町にあります。2023年12月に、妙見口駅から少し離れた場所にあった黒川駅を起点とした妙見の森ケーブルが廃止されたことを御記憶の方もおられるでしょう。

 能勢電鉄を利用したことがないので、よくわからなかったのですが、2022年12月のダイヤ改正で能勢電鉄の運行系統が大きく変わりました。これが、豊能町のニュータウンの住民に少なからず衝撃を与えたようです。

 先程、妙見線は川西能勢口駅から妙見口駅までの路線である旨を記しました。現在も正式な路線区間に変わりはありません。また、能勢電鉄には、妙見線の山下駅から日生中央駅までの日生線という支線があります。このような路線図を見れば、少なからぬ人は、妙見線の全線通し運用が中心であろうと思うでしょう。

 しかし、2022年12月のダイヤ改正により、現在は妙見線が山下駅を境に分割されているような実態となっています。すなわち、川西能勢口駅発着の普通列車の大部分は川西能勢口駅から日生中央駅までの運行であり、一方で妙見口駅発着の普通列車の大部分は山下駅までの運行となっています。これでは、日生線が川西能勢口駅から日生中央駅まで、妙見線が山下駅から妙見口駅までであると勘違いされるかもしれません。

 能勢電鉄のサイトで確認してみたところ、妙見線の全線を通して運行される電車は、下りが平日に2本(川西能勢口駅5時18分発および23時54分)、土曜日・休日に1本(川西能勢口駅23時50分発)のみ、上りが平日に3本(妙見口駅5時10分発、5時28分発および5時47分発)、土曜日・休日に2本(妙見口駅5時10分発および5時32分発)のみとなっています。原則として、川西能勢口発日生中央行きの普通列車は山下駅で妙見口行きの普通列車に接続することになっていますが、時刻表をよく見ると接続のない列車もあります。妙見口発山下行きの普通列車も同様であり、原則として山下駅で日生中央発川西能勢口行きの普通列車に接続しますが、そうでない列車もあります。

 このような運行系統の変更のため、豊能町にある光風台、ときわ台の住民にとっては妙見線の利便性が失われることとなりました。川西能勢口駅で阪急宝塚線に乗り換える必要はあるものの、大阪梅田駅まで1時間もかからないからでしょう。

 しかし、能勢電鉄の乗降客は1990年代後半以降、減少が続いています。ニュータウンと言っても建設当時にnewであっただけで、しばらく経てば住民の高齢化が進みます。また、ニュータウンで育った若年層がそのニュータウン、さらに言えば郊外を出てしまうのでしょう。近畿地方にはニュータウンが限界集落に近づいてしまうという現象もあるようです。

 そうなると、鉄道会社としても従来の運行本数を維持できず、減便ダイヤということになります。能勢電鉄の場合は、日生線の利用客が多いということで、川西能勢口駅を起点または基準としてそちらへの直通運転が優先されたということでしょう。しかし、妙見線の光風台駅やときわ台駅の周辺に居住する人にとっては不便になったという訳です。また、山下駅での接続時間も、人によっては足りないという意見があります。

 能勢電鉄の沿線ではない場所にあるニュータウンも、大同小異というところでしょうか。

 上記朝日新聞社記事には岬町も登場するのですが、こちらはニュータウンの話ではありません。南海本線のみさき公園駅から多奈川駅までの多奈川線が取り上げられています。私はこの路線に乗ったこともないので、詳しいことは知りません。ただ、多奈川線の途中に深日港(ふけこう)駅があり、かつては淡路島への航路、徳島までの航路がありました。また、南海本線の起点である難波駅から多奈川駅まで直通急行が走っていたとのことです。しかし、大鳴門橋、明石海峡大橋のために航路はなくなりました。それが1999年のことで、多奈川線の利用客の減少が続くことになります。

 そのためでしょう、2023年10月に南海電気鉄道がダイヤ改正を行い、多奈川線についてはおよそ4割減というダイヤのスリム化を行いました。岬町議会は見直しを求めて南海電気鉄道に対して要望書を提出したのですが、ダイヤの決定権はあくまでも南海電気鉄道にあります。多奈川線の利用実績が向上しない限り、岬町が望む方向でのダイヤ改正は行われないでしょう。

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大阪府の路線バス事情の一端

2025年01月13日 11時00分00秒 | 社会・経済

 昨日(2025年1月12日)の夕方に、京阪神地区の交通事情に関する記事で気になる記事2本が朝日新聞社のサイトに掲載されていました。いずれも「ニュータウンのいま」という連載の中の記事です。今回はそのうちの1本、2025年1月12日16時0分付の「路線バス廃止は大阪の郊外でも 『お金では解決できない』その事情」(https://digital.asahi.com/articles/ASSDW23GNSDWOXIE01ZM.html)を取り上げます。このブログで金剛バスを何度も取り上げた者としては、気になる事柄です。また、首都圏でも同様のことは起こりうるのです。

 上記記事で取り上げられているのは、まず大阪府の交野市です。京阪交野線とJR片町線(一般には学研都市線と言われていますが、正式には現在でも片町線です)が通っています。記事には「京阪電鉄やJRが走り、大阪市中心部まで20~30分」と書かれていますが、これは片町線のことでしょう。同線の終点は大阪環状線との乗換駅である京橋駅ですし、その京橋駅からJR東西線に直通し、北新地駅で降りれば大阪駅や梅田駅との連絡扱いで他社線と乗り換えられるからです。交野線であれば、枚方市駅での京阪本線との乗り換えが必要になります。

 それはともあれ、交野市には京阪バスが運行されており、京阪の交野市駅やJRの河内磐船駅を起終点にする路線があります。しかし、京阪バスは、同市内の路線のうち、4つを2025年3月に廃止することとしています。京阪バスのサイトには、東急バスと異なって営業所毎の路線図がないので(京阪バスの場合は分割されたりしています)よくわからないのですが、交野南部線(JR片町線の星田駅や京阪の交野市駅から妙見口のほうに向かう路線)が廃止の対象になっていることは確実のようです。

 京阪バスの路線図と交野市の地図とを見比べると、交野市の南部に妙見東、南星台など、いかにもニュータウンという場所があるのがわかります。その辺りの路線バスがなくなってしまうのは、住民にとってはたまったものではないでしょう。寝屋川市に向かう路線や急行バスは残るそうですが、路線の数が減るということは本数も減るということですから、不便になるのは変わりがありません。

 同市のニュータウンは1970年頃に開発されたそうですから、こうした所の分譲地を購入して居住した人が20代であったとすると今は70代、30代であったとすれば今は80代となります。地形のためか、自家用車の利用率は高かったようです。これは首都圏の多摩ニュータウンなどでも同じでしょう。しかし、住民が高齢になれば、自家用車の運転を控える、あるいは控えざるをえなくなります。路線バスが当たり前のように走っていた時には自家用車を利用する住民が多かったが、高齢化していよいよ路線バスが必要になった時には路線バスが廃止されるというのは皮肉でもありますが、実は因果応報的な話です。失礼な表現と思われることは承知していますが、記事に書かれている民生委員経験者の女性のコメントを読めば誰でもそう考えることでしょう。親孝行と路線バスは似たようなものである、とも言えるかもしれません。

 京阪バスが4つの路線を廃止するのは、御多分に漏れず、運転士不足です。実は過去に、採算が合わないために廃止するという話があったのですが、交野市は支援などをしていました。つまり、不採算であるだけなら沿線自治体による補助金などの支援が得られる可能性も高いし、実際に沿線自治体が支援をして路線バスを維持させてきたのですが、運転士不足ではどうしようもないということなのです。2024年8月に京阪バスが交野市に対して路線の廃止を通告した際に、交野市都市まちづくり部の次長氏は、記事の表現を借りるならば「『交渉で何とか存続できる次元ではない』と悟った」、「お金を出せば解決する話ではなくなってしまった」と語っています。そう、金さえあれば何でもできるということにはならないのです。

 京阪バスの運転士不足は慢性的なもので、別に京阪バスに限らず、日本全国のバス会社の多くに共通しています。京阪の場合は、2016年度末において運転士が990人でしたが、2024年度末には829人に減ります。新規採用も難しい状況で、京阪バスの「運転手の平均年齢はこの8年間で47.7歳から52.3歳に上昇するという」のです。ここまできたら、交野市だけで解決できるような問題ではなくなります。まして、働き方改革による残業時間規制が重なっているのです。

 なお、京阪バスが2025年3月に廃止するのは、交野市だけでなく、枚方市、守口市、門真市、八幡市(京都府)の路線の一部も含まれています。京阪本線の各駅から枝分かれするようにバス路線を伸ばすという、従来であれば当たり前であった交通体系は完全に過去のものになりつつある、と言わざるをえません。また、ついでなのか何なのかよくわかりませんが、記事には「阪急バスも24年9月で大阪府に接する京都府大山崎町で路線の大部分を廃止した」と書かれています。

 さらに、記事には寝屋川市の事情も書かれています。ここからは自家用有償旅客輸送の話になるので、このブログでは取り上げません。ただ、自動車運転免許を所持する者、とくに公務員であれば、誰でも自家用有償旅客輸送の担い手となりうることは記しておきましょう。今後、市町村の公務員になるためには普通自動車運転免許の所持が必須となる時代も来るかもしれません。

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違う駅名ですが

2025年01月12日 12時00分00秒 | まち歩き

まずは東京都中央区東日本橋3丁目先にある、都営浅草線の駅です。

次に、東京都中央区日本橋横山町にある、都営新宿線の駅です。

 地図で見ると、両駅は、設置場所が異なるもののかなり近い場所にあります。中央区東日本橋3丁目と同区日本橋横山町は隣接しているので、当然です。

 御存知の方も多いと思うのですが、両駅は、名称が異なるものの、乗り換え駅であり、運賃計算などでは同一駅として扱われます。ただ、改札口は別であり、乗り換えには多少の時間を要します。ちなみに、馬喰横山駅の名称は、日本橋馬喰町と日本橋横山町とを合わせたものです。

 東京の地下鉄には、同一駅として扱われるのに路線によって名称が違う駅が他にもあります。一体どこがそうであるのか、また、実際に乗り換えるとなればどのようなことになるのかは、皆さんで味わってみてください。私は、まだ全てを体験していませんし、そのつもりもありません。

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秦野市で初の……(続)

2025年01月11日 00時00分00秒 | 法律学

 秦野市の略式代執行の話を2025年1月8日12時0分付で記しました。今回は続篇です。

 朝日新聞2025年1月9日付朝刊19面(神奈川・川崎)14版に「危険な空き家を代執行で撤去へ 秦野市初 県内5例目」という記事が掲載されていました。この記事によると、1月7日、秦野市は、同市水神町にある空き家について略式代執行を行ったということですが、少し読んだだけで「これはかなり深刻な問題だ」とわかります。

 秦野市には幼い頃に何度か行ったことがあるのですが、土地勘は全くないので地図を見てみたところ、小田急小田原線の秦野駅の北西、水無川を渡って秦野市役所からそれほど離れていない場所で、北は国道246号沿いとなります。町内には東海テック、東海精機工業などがあります。

 記事によると、空き家は1972年3月に建築された軽量鉄骨の2階建てです。2007年に所有者が亡くなられた後に放置されてしまい、秦野市は法定相続人を探し当てたのですが、この法定相続人が2021年に相続を放棄したことにより、所有者不明となった、とのことです。所有者不明というより所有者消滅と表現するほうがよいかもしれません。

 気になるのは撤去費用でしょう。国は約350万円を負担し、秦野市は約440万円を負担したとのことです。

 今後とも、このような例が全国各地で頻出することになるものと思われます。そればかりか、家屋または土地が所有者不明であるまたは所有者消滅という状態は、現在の法制度においては完全に解決することなど不可能であろうと思われます。というのは、今回の事案は個人所有の家屋でしたが、既に法人格が消滅した法人が所有の名義のままとなっているという例が少なくないからです。

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東急1000系1012F&1017F

2025年01月10日 00時20分00秒 | 写真

久しぶりに、東急池上線を走る1000系の写真をあげておきます。最近、またラッピング編成が増えたのですが、今回は撮影できなかったのが残念です。

〔旗の台駅(IK05)〕

 まずは1012Fです。こちらはオリジナルの、ステンレス地に赤帯です。但し、この編成と1013Fは、各車両の末尾の数字が揃っていません。1012Fは、五反田側からクハ1012—デハ1212—デハ1313となっており、現在は「緑の電車」となっている1013Fは、五反田側からクハ1013—デハ1213ーデハ1312です。これは、8両編成から3両編成化する際に、貫通扉の位置を合わせるために、車両を入れ替えたのでしょう。ちなみに、左に少しばかり写っているのは、2代目7000系7111Fです。

〔戸越銀座駅(IK03)〕

 左は先程の1012F、右はリヴァイヴァル塗装の1017Fです。御丁寧に東京急行電鉄を意味するT.K.K.まで復刻されています。ただ、以前にも記したのですが、この塗装、というよりラッピングは1000系に似合わないように思われます。初代5000系の登場する前の旧3000系の塗装なのですが、似合わないラッピングは東急らしくありません。一刻も早く、池上線および東急玉川線のイメージアップのためにも、やめることをお薦めします。

〔戸越銀座駅(IK03)〕

そんなことを書きながらも、編成の全車両が写っているものをあげておきましょう。手前からクハ1017ーデハ1217—デハ1317となっています。

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運転士不足で減便ダイヤ まだまだ続く

2025年01月09日 00時00分00秒 | 社会・経済

 RKK(熊本放送)の2025年1月8日11時32分付「熊本電鉄 運転士不足で “2月から減便” 始発最大30分繰り下げ・終電最大55分繰り上げに」(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rkk/1653961?display=1)で知ったのですが、熊本電気鉄道のサイトに「『列車』ダイヤ改正のお知らせ(2025年2月3日)」(https://www.kumamotodentetsu.co.jp/news/202501072315.html)という記事が掲載されており、やはり2024年問題あるいは2023年問題は続いていると思いました。

 熊本電気鉄道の記事には「今回のダイヤ改正は、運転士の退職に伴い、現行ダイヤの維持が困難となったことから現行ダイヤから便数を減らしたダイヤでの運行を行う必要が生じたものです」と書かれています。RKKの記事にはもう少し詳しく書かれており、2024年に7人在籍していた常勤の運転士のうち、3人が今月と来月に相次いで退職するため、減便せざるをえなくなったということです。7人という数字も厳しいものと考えられるのですが、3月までには4人しかいない訳です。RKKの記事の書き方では非常勤の運転士がいるようにも読めるのですが、どうなのでしょうか(あまり聞いたことがないのですが)。熊本電気鉄道の記事によれば、3年ほど前から定数(これが何人かは不明です)を「下回る運転士での運行を行って参りました。その間、採用活動を行い補充を行うも採用した運転士を上回る離職者が発生し、慢性的な運転士不足の状態となっておりました」、「2024年12月に入り、新たに運転士からの退職の申し出があり、現行ダイヤの維持が難しくなったことを受けダイヤを改正する必要が生じたものです」とのことです。また、「例年2月に入ると通学のお客様の一定数が登校されなくなることを受け、ご利用のお客様への影響を最大限軽減する必要があることから、2月よりダイヤを改正するものです」とも記されています。おそらく、沿線にある大学(熊本大学、崇城大学、九州ルーテル学院大学)を念頭に置いているのでしょう。

 一方、熊本電気鉄道の記事には「現行ダイヤではコロナ禍以後、お客様の回復に合わせ慢性的な遅延が発生していることを受け、ダイヤの間隔に余裕を持たせることで適正な運行を目指し、列車の安全運行を更に向上させることも併せて行います」とも書かれています。

 その上で、2025年1月7日付で熊本電気鉄道のサイトに、熊本電気鉄道株式会社鉄道事業部名義の「『列車』のダイヤ改正について」(https://www.kumamotodentetsu.co.jp/news/uploads/eeabc6991fe61e22b63e05199bc2e8cf5381cf04.pdf)という文書(以下、文書とのみ記します)が掲載されており、内容が書かれています。全部を引用する訳にもいかないので、一部のみを紹介します。

 まず、藤崎宮前駅から御代志駅までの運行系統(厳密には、藤崎線全線と菊池線の北熊本駅から御代志駅までの区間)ですが、「朝ラッシュ時(6時30分~9時)と夕ラッシュ時(16時~20時)」については、現行の15分間隔から20分間隔に、「昼間(9時~16時)と夜間(20時~21時)」については、現行の30分間隔から40分間隔に変わります。

 次に、上熊本駅から北熊本駅までの運行系統(菊池線の残りの区間)ですが、こちらは終日、現行の30分間隔から40分間隔に変わります。但し、13時台のみ30分間隔が維持されます。これは「北熊本駅での接続列車調整のため、30分間隔」とのことです。

 始発電車、終電車については詳しく触れませんが、基本的には始発電車は繰り下げ、終電車は一部を除いて繰り上げです。

 やはり気になるのは運行本数です。次のようになります。

 平日(月曜日〜木曜日):159本から121本に減ります。

 金曜日:161本から121本に減ります。

 土曜日;148本から97本に減ります。

 日曜日・祝日:120本から91本に減ります。

 付け加えて、藤崎宮前駅から御代志駅までの運行時間も、現行の26分から31分に変わります。他方、上熊本駅から北熊本駅までの運行時間は9分のままです。

 さて、減便ダイヤが実施された後に、果たして増便されることはあるのでしょうか。文書には「現在、新たな運転士や運転士見習い者の募集を行っているものの、運転士の応募がなく、更に運転士見習い者が免許を取得するには 1 年以上の日数を要することから、当面の間は今回の新ダイヤの継続が必要と考えております。その後、運転士の補充が完了した場合には改めてダイヤの構成を検討するものです」と書かれています。熊本市周辺は、最近、豊肥本線の乗客増も増えたと報じられていますので、熊本電気鉄道の乗客も増えたのでしょうか。私が熊本電気鉄道を利用したのは一度か二度しかないので、詳しいことはわかりませんが、あまり乗客はいなかったと記憶しています。このブログには、2003年3月23日に上熊本駅で撮影した写真2011年8月8日に藤崎宮前駅で撮影した写真同日に上熊本駅で撮影した写真を掲載していますので、この両日に利用しているはずです。

 文書を読んで「?」と思ったのは、「今回の2月時点でのダイヤ改正に伴う減便によるお客様の積み残し等は発生しないと考えており、今年度中の代行バスの運行等、代替え輸送の予定はございません」と書かれている点です。先程の熊本電気鉄道の記事には、再び引用させていただくならば「現行ダイヤではコロナ禍以後、お客様の回復に合わせ慢性的な遅延が発生していることを受け、ダイヤの間隔に余裕を持たせることで適正な運行を目指し、列車の安全運行を更に向上させることも併せて行います」とも書かれています。「慢性的な遅延が発生している」ということは、積み残し等はないということでしょうか。また、減便ダイヤ実施後に積み残しはないとしても遅延はないのでしょうか。2月および3月は、大学の講義期間ではないので通学客は減るでしょう。ただ、4月以降はどうでしょうか。

 今回は熊本電気鉄道を取り上げましたが、既に他の私鉄で同様の減便ダイヤが実施されましたし、今後も生じる可能性が低くないものと思われます。

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