ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

2003年秋、ホームページに掲載した記事  リーダーたちの群像~平松守彦・前大分県知事

2024年12月09日 00時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 ホームページ(当初は「大分発法制・行財政研究」。2024年12月上旬の公開終了までは「川崎高津公法研究室」)への掲載にあたって

  この論文は、月刊地方自治職員研修2003年10月号31頁から33頁までに、特集「リーダーの研究~自治体首長論」の一つとして掲載されたものであり、2003年8月の時点において執筆したものです。なお、雑誌掲載時は縦書きでした。この場を借りて、月刊地方自治職員研修編集部の友岡一郎氏に、改めて御礼申し上げます。

 なお、文中に登場する「大分県に望まれること」は、このホームページにも掲載しております。既に大分ジャーナルは廃刊になったようで、大分市内の各書店においても見かけなくなりました。私が助教授になってすぐに書いた論文(というよりは随筆に近い)が掲載された創刊号の中身は充実していました。それだけに残念です。

 

 長かった一時代

 六期二四年、四半世紀。―平成一四年八月五日、時の大分県知事、平松守彦氏が引退を表明してから、大分県内の報道機関が平松県政を回顧する時に、何度となく掲げた言葉である。

 これだけ長い期間にわたり、都道府県知事の地位にあり続けた者は、それほど多くない。戦後に限定すると、奥田良三氏(奈良県、八期)、中西陽一氏(石川県、八期)、蜷川虎三氏(京都府、七期)などの例はある。しかし、平成六年に中西氏が知事の座を退いてからは、平松氏の他、松形祐堯氏(宮崎県)、中沖豊氏(富山県)が、いずれも六期で最長となっていた。そして今年、四月に平松氏が引退し、八月には、現役で最高齢であった松形氏も知事の座を去った。

 近年、長の多選に対する批判が強くなり、多選自粛条例を制定する自治体も登場している。勿論、多選が直ちに地方政治に弊害をもたらす訳ではないという意見もある。平松氏は、一貫してその立場を取り続ける。しかし、現実の問題として、長の在任期間が長ければ長いほど、停滞感が漂い、腐敗などが起こりやすくなるのも事実である。少なからぬ国民が、このことを実感しているし、国際政治や歴史などの観点からしても、いわば経験知に属するであろう。

 平松氏は、在任期間中、一村一品運動、テクノポリス構想、大分自動車道および東九州自動車道の建設推進、豊の国ハイパーネットワーク構想、ワールドカップの誘致など、様々な課題に取り組んだ。これらによって、大分県に一定の前進をもたらしたことは否定できない。しかし、任期が重なるにつれて大分県の財政状況は悪化し、いまや、県債の発行残高は一兆円に届く勢いである。既に、このままでは平成一九年度に財政再建団体に転落するという見通しを、大分県自らが出している。しかも、県内では中核市たる県都大分市への一極集中が進行し、その大分市を初めとした各地域において中心街の空洞化が深刻な問題となっている。

 限られた紙数の中で平松県政二四年を振り返ることは困難であるが、ここでは、いくつかの点に絞って回顧を試みたい。

 一村一品運動と過疎化など

 平松知事時代の大分県と言えば、まずは一村一品運動である。平松氏は、第一期目からこの運動に取り組んできた。この運動は地域おこしの元祖と言うべき政策であり、九州の他県、さらには東アジア地域などにも影響を与えた。

 もっとも、平松氏自身も認めるように、この運動は県のオリジナルではない。原型は、既に日田郡大山町や大分郡湯布院町に存在していた。この二町で進められていた農業振興策が一定の成果を収めていたため、いわば県に拡大する形で始められたものである。

 一村一品運動は、市町村(一村)ごとに特産品(一品)が決められ(農畜産物や海産物が主なものだが、温泉などでもよく、一つに限られなくともよい)、これによってブランド商品を作り、地域振興を図るというものである。おそらく、過疎化進行の歯止めにしようという目的もこめられていたはずである。そして、基本的には各市町村住民の創意や工夫などに委ね、大分県は支援役を務めるというものであった。

 しかし、実際には、地域発想型というより、行政主導型で進められた。現知事の広瀬勝貞氏も、一村一品運動に高い評価を与えつつ、これまでは行政主導型であり、民間主導型に変えるべきであると明確に述べた(今年の六月議会における一般質問に対する答弁)。そして、大分県内の各地域の特産であるはずの一品が、大分県自体の特産品として扱われる傾向にあり、まさに大分県の宣伝手段と化していた感がある。一品が国の補助金獲得の手段に使われていたという事実もある(平松氏自身が明らかにした)。

 そればかりか、一般の県民の間では、一村一品運動への関心は相当に薄くなっていた。

 実際、一村一品運動を地域おこしの一つとして捉えるならば、成功したとは言い難い。ここ数年、大分県の過疎地域市町村指定率は全国一である。例えば、平成一一年度の過疎地域市町村指定率は約七七.六%であった。五八市町村中、四五市町村が指定を受けていたのである。翌年度に杵築市が指定から外れたが、高率であることに変わりはない。そして、今年の四月二一日時点において過疎市町村に指定されているのは四四市町村、指定率は約七五.九%で、第一位の座を保っている。この数字だけで全てを判断しうる訳でないが、多くの市町村において過疎化そして高齢化が進行し、一品の生産などに影響が出ていると容易に判断できる。

 逆に、人口、および経済基盤の多くが大分市に集中している。同市の人口は四四万人を超えているので、大分県の全人口の三分の一強が大分市に集中しているのである。そればかりでなく、最近建設された県施設(オアシスタワーや、W杯の会場にもなった大分スポーツ公園など)が大分市に集中している。これに対しては、他の市町村から強い不満の声も聞かれた。

 また、地域の産業振興という点においても、一村一品運動には疑問が残る。全国的な産品として定着した一品は麦焼酎など、少数にすぎない。しかも、それらは運動の初期に集中しているようである。総販売額は増加しているが、椎茸など、生産高あるいは販売額が減少している品目が多く、消滅した産品もある。九州各県と比較しても、大分県の農業粗生産額、一戸あたりの農家所得および農業所得は低く、平成一三年度における一戸あたりの農家所得および農業所得は、九州七県で最低の数字であり、農業粗生産額も下から三番目である〔九州農政局大分統計情報事務所『大分県農業の動向』(平成一五年三月)六四頁による〕。

 平松氏の地方分権論

 かつて、平松氏は「地方分権の旗手」として知られ、その地方分権論を、多数の著書などにおいて公表していた。また、全国初の広域連合である大野連合など、広域行政、さらに市町村合併を積極的に推進する姿勢を示した。

 しかし、宮城県や三重県、長野県、北海道ニセコ町など、いくつかの自治体で改革派の長が登場するようになり、旗手としての平松氏の影は薄くなった。平松氏自身は、こうした改革派の姿勢と一定の距離を置いてきた。それは、後に述べる政治スタイルと関係がある。

 彼の地方分権論は、道州制論の一類型を示すものである。簡単に言えば、現在の都道府県制度は国から権限や財源の委譲を受けるには十分な規模でないので、例えば「九州府」を置き、ここに権限を移す、というものである。平松氏にとっては、市町村合併は道州制を実現するための一段階にすぎない。そして、永田秀樹教授が指摘するように、この構想には地方自治の根幹であるはずの住民自治の要素が稀薄であり、皆無に近いとも言いうる〔永田秀樹「『日本合州国』の虚像と実像―平松知事の分権論に対する疑問―」大分大学経済論集第五〇巻第五号(一九九九年)一三〇頁を参照〕。

 地方自治には、地域住民の発意を尊重するという理念があるはずである。勿論、住民の主体性があっての話である。そうなれば、規模の大小はともあれ、地方分権を実のあるものにするには、単に国と地方との権限および財源の配分という問題に留まらず、住民自治、そしてそれに資する手段〔例えば、情報公開、住民参加の公正かつ透明な行政手続、説明責任〕が必要である。平松県政は、情報公開について大きく遅れをとった。また、住民参加の公正かつ透明な行政手続、および説明責任についても不十分であった(あまり関心が示されなかったと記すと行き過ぎであろうか)。今、地方自治、そして地方分権に求められるものはこれらであり、平松氏の地方分権論がそれらを軽視あるいは無視するものであるとするならば、論として不十分に過ぎるものと言わざるをえない。

 政治スタイル

 二四年間の平松県政を振り返ると、いくつかの特徴がある。ここで若干の点をあげる。

 一つめは、構想力である。一村一品運動といい、テクノポリス構想といい、ローカル外交といい、その豊かさには感心せざるをえない。また、それらを実行する能力に富んでいることも評価しうる。ただ、問題は、実行の際に検討を要するはずの様々な要素(財政など)にどこまで配慮を示してきたか、ということであろう。

 二つめは、大型イベントの多用、そしてそれへの動員である。行事への動員自体は珍しいものでもないし、必要でもある。しかし、平松県政においては、様々な場面において大掛かりなイベントが催され、県職員を初め、関係団体など多くの県民が動員された。一つだけ例を示すならば、平成一三年五月二四日、ワールドカップの会場となった大分総合競技場、通称ビッグ・アイの完工式の直後(同日)に行われた高校総合体育大会の開会式には、大分市内の全高校生、大分市以外の高校に通う二年生および三年生の全生徒、そして教職員の約三万七千人が参加した。同様の例は枚挙に暇がない。

 三つめは、大分合同新聞に最近掲載された回顧記事(後記を参照)の表現を借りるならば「民意に従うことが常に正しいかどうか」、「民意と先見性の溝をいかに埋めていくのか」という姿勢である。これが、彼の政治スタイルの根本ではないか、と思われる。

 勿論、私も、常に民意が正しいと考えていない。民意も誤ることがある。しかし、民主主義は、そもそも、権力が民意の御機嫌伺いをするような「パンとサーカス」の世界のものではない。権力を国民や住民が監視し、暴走を防ぐことにある。そして、先見性と民意とは別次元のものであり、両者を単純に対立させることはできない。この点からすれば、先見性だけで良い行政は生まれない。まして、いかに社会資本の整備や産業の育成が必要であるとは言え、その必要性は、行政が単独で決めればよいというものではない。表現に問題があるかもしれないが、先見性と民意を対立させる思考方法は、反民主主義的なもの、あるいは、民主主義の誤解に基づくものであると言いえないであろうか。

 「平松」後の大分県政に求められること

 広瀬知事は、就任以来、平松知事時代と一線を画す姿勢を示している。例えば、就任直後には、豊予海峡大橋構想の断念が表明された。結局、今年度の県予算において豊予海峡大橋の調査費は盛り込まれたが、大幅に減額されている。また、行財政改革、とくに行政評価システムや外部評価制度の導入などが打ち出された。

 以前、私は「すべてを行政が決定し、住民に対して一方的に理解を求め、場合によっては動員するという政策手法は、既に限界に達している、あるいは、通用しなくなっていると言いうるのではないであろうか。こうした方法は独善に陥りやすく、後世にツケを残しやすい。このことからして、今後、大分県には、科学的・合理的な政策決定および遂行、情報公開、さらに住民参加の一層の推進を求めたい」と記した〔拙稿「大分県に望まれること」大分ジャーナル創刊号(平成一四年五月)四五頁〕。今、大分県に求められていることは、長かった平松県政の足跡を短期集中的に、しかし丹念に検討し、冷徹な評価を下すことである。過去の業績ばかり強調し、反省を忘れることがあってはならない。

 (後記)

 平松氏自身の名義による著作などは多数にのぼるため、ここでは紹介を避けておく。なお、平松氏自身による県政の回顧が「回想・県政四半世紀」として、五月一日より七月一五日まで、断続的ながら大分合同新聞に連載された(計四〇回)。本稿においても、この連載記事から一部を引用し、また、参照しているが、煩雑になるため、引用に際しては明示を省略した。

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ホームページに2002年7月6日付で掲載した記事  大分県に望まれること~ある大学教授のつぶやき~

2024年12月08日 15時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 前書き:2000年6月3日より続けてきた私のホームページ「川崎高津公法研究室」が、2024年12月上旬に終了しました。3年半程更新できなかったことなどもあって、サーバー会社との契約解除および移転を検討していました。しかし、移転先が見つからなかったこと、私にとって使い易いホームページ作成ソフトが見つからなかったことなどから、とりあえず契約終了の上で一旦は「川崎高津公法研究室」を閉じることとしました。今後はこのブログ「ひろば 川崎高津公法研究室別室」一本で続けていきます。

 

 大分大学に着任して五年が経ち、少しずつではあるが、大分県、そして県内各市町村の状況が見えてきている。職業柄、他都道府県において行われている、新しい行政スタイルに向けての様々な取り組みや諸問題を概観することが多いが、大分県は、一部の市町村を除き、それほど顕著な動きを示しておらず、むしろ後景に退いているように思われる。行政の水準も、決して低いとは思われないが、高いほうに位置する訳ではない。

 目下、地方分権が声高に叫ばれており、独自の新税(法定外普通税や法定外目的税)、自治体憲法と言うべき「まちづくり基本条例」などの取り組みが、全国各地においてみられる。もっとも、中央官庁などの抵抗は今も根強い。それに加えて、全体として地方の財政状況は厳しい。地方分権改革の方向性にも少なからぬ問題点がある。国のみならず、否、或る意味において地方自治体はなおさら、順風満帆とは程遠い状況にあるが、住民参加を促進し、あるいは住民の多様な意思を(調整しつつ)汲み取る努力が続けられている。また、或る意味では右の前提であるが、自治体の財政状況などについて積極的な情報公開・提供に努めている所も多くなっている。

 大分県は、かつて、地方分権の旗手的な存在であったし、広域行政を積極的に推進する都道府県の代表的存在と目されていた。しかし、最近改善されてきたとは言え、情報公開については遅れをとっていたし、住民参加の公正かつ透明な行政手続がなされているのか、アカウンタビリティ(説明責任)が果たされているのか、という点についても、昨年秋に発覚した汚職事件などを振り返るならば、課題は多いと思われる。

 そればかりではなく、過疎化および高齢化の進行、大分市への人口および経済の集中、市街地(中心部)の空洞化の進行など、難題が山積している(勿論、ここにあげた事柄は全国的な課題である)。大分県の場合、ここ数年、過疎地に指定されている市町村の率は都道府県中第一位である。これは、一村一品運動のような、行政主導による地域おこし政策が十分な成果をあげたとは到底言いえず、むしろ多くの市町村の基盤を弱体化させたということを示している。また、道路整備に偏重した基盤整備が、公共交通機関の衰退、ひいては過疎化の進行と人口集中に拍車をかけたと考えられないであろうか(必要性を否定する訳ではない)。そればかりではなく、観光振興に取り組むにしても、公共交通機関が貧弱であるため、遠方からの観光客を見込めず、基本的には自家用車を利用する日帰りのお客しかしか呼び込めない、どうかすると通過点にしかならない、という結果に陥る。

 現在、全国的な大波となっている市町村合併についても、私は、これが地方の行財政改革に決定的役割を果たすものであるのか、疑念を抱いている。合併を進めるにしても、将来像を明確にしなければ、住民の理解を得られるとは思われないし、行政自身にとっても、目先の利益に目が眩み、長期的にみて選択を誤る、という結果につながりかねない。大分県にも、何が真のメリットなのか、何が必要となるのか、わかりやすい形で県民に示すことが求められる。

 ここまで記したことは、大分県、県内の市町村が抱えるもののうち、若干の例にすぎない。私は、これらの課題について総合的に解決するための有効な処方箋を即座に用意する能力を持っていない。しかし、すべてを行政が決定し、住民に対して一方的に理解を求め、場合によっては動員するという政策手法は、既に限界に達している、あるいは、通用しなくなっていると言いうるのではないであろうか。こうした方法は独善に陥りやすく、後世にツケを残しやすい。このことからして、今後、大分県には、科学的・合理的な政策決定および遂行、情報公開、さらに住民参加の一層の推進を求めたい。

 

 ■略歴  1968年7月5日、川崎市に生まれる。1992年、中央大学法学部法律学科を卒業。1995年3月、早稲田大学大学院法学研究科修士課程を修了。1997年3月、早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程を中退。同年4月より大分大学教育学部講師。同数育福祉科学部講師を経て、2002年4月より助教授、大学院福祉社会科学研究科の専任担当。また、2000年4月から、大分医科大学医学部医学科および別府大学文学部人間関係学科の非常勤講師を、2001年4月から、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所の共同研究員を兼任。

 「大分発法制・行財政研究」  http://www.h2.dion.ne.jp/~kraft/  (旧アドレスですが、そのまま載せています。)

 

  (あとがき)  この論文は 、ESN出版 から刊行された大分ジャーナル創刊号(6月号、2002.5.10)の44~45頁に掲載されたものです。雑誌掲載時は縦書きで、写真も掲載されていますが、省略しました。

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サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例 ―日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例―

2024年11月20日 18時35分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 始めに:以下は、私の「川崎高津公法研究室」に掲載しているものですが、都合により、こちらにも掲載します。かなり内容が古いことを御理解ください。

 

 近年、公営競技(競馬、競輪、競艇など)の場外券売場設置をめぐる紛争が、全国のいくつかの市町村において生じている。その中で、自治体(行政)と市民が一体となって反対運動を展開し、注目を集める所がある。大分県日田市である。 別府競輪場の場外事券売場(サテライト)を日田市に設置するという計画を巡り、平成八年秋以来、別府市と日田市が激しく争っている。これがサテライト日田問題である。一時は沈静化していたが、昨年六月七日、設置許可が当時の通商産業省から出されたことで再燃した。両市の対立はエスカレートする一方で、一二月九日には、日田市長、日田市議会議長、日田商工会議所会頭を先頭とし、日田市議会議員全員と日田市民による一七団体が参加した反対デモ行進が、別府市中心部で行われた(別府市民も参加した)。そして、今年二月五日、日田市は、この問題を扱った「市報べっぷ」平成一二年一一月号掲載の記事の訂正を別府市に対して求める訴訟を提起した。さらに、日田市は、三月一九日、経済産業省に対する設置許可無効等確認訴訟を提起した。

 この問題は、別府市議会の情勢にも大きな影響を与えている。昨年一二月の議会において継続審議とされたサテライト日田設置関連補正予算案は、今年二月に行われた臨時会において否決されたが、この議決の影響もあり、三月議会において、議会運営委員会委員の選任を巡って議会が空転し、議長不信任案が可決されるという事態が生じた。

 サテライト日田問題は、単に場外車券売場の設置の是非に留まらず、条例制定権の限界、まちづくりの進め方、市民意思の反映の仕方、市町村関係の在り方など、地方自治における重要な諸課題が凝縮されたものである。以下、この問題を紹介し、若干の問題点を検討する。

 1 設置許可までの経緯

 サテライト日田の設置計画が、設置許可申請者である建設会社から別府市に示されたのは平成八年七月である。別府市は、同社が建設した施設を賃借して場外車券売場の事業を営むこととなる。この計画を日田市が確認したのは同年九月である。日田市では、市民による反対運動が起こり、日田市議含も設置反対の決議を可決した。しかし、翌年七月末に設置許可の申請がなされている。

 設置計画は一時凍結されたようであるが、平成一二年になって設置計画が再び浮かび上がり、六月四日、日田商工会議所など一七の団体から成る「サテライト日田設置反対連絡会」が署名活動を行った。

 同月七日、通商産業大臣(当時)により、サテライト日田設置許可が出された。これを受け、一二日、日田市長および市議会議長が別府市役所を訪問し、設置反対の要望書を提出したが、別府市長が面会せず、両市の対立が激しくなった。その間、日田市長のイニシアティヴにより、「公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」(以下、本条例と記す)案が作成された。本条例案は六月二七日に日田市議会において可決された。同日、本条例は第四〇号として公布され、即日施行された。

 2  本条例について

 本条例は全五条から構成される。名称が示す通り、場外車券売場のみを射程距離に置いたものではない。提案理由においては「本市の目指すまちづくりの理念及び青少年の健全育成の観点」から場外券売場の規制をなすことという目的が打ち出されており、第一条においても「良好な生活環境を保全」するという目的が示されている。第三条は、設置者に対し、建築確認申請書の提出時点までに、市長に対して施設などの設置の申請をし、かつ市長の同意を求めることを義務づけている。これに対し、市長は、第四条により「施設等の設置が現在及び将来の日田市民の健康で文化的な生活環境の保全に資するものか否かの意見を付し、議会の同意を得て、これを決定する」。

 また、本条例第五条は、公営競技施行者に対しても「日田市内において当該競技の場外券を発売しようとするときは、日田市のまちづくりの基本理念を十分勘案し、市長の同意を得る」責務を負わせている。この規定によれば、サテライト日田が設置された場合、別府市は日田市長の同意を得なければ、事券を販売することができなくなる(但し、本条例に罰則規定はない)。

 しかし、この条例には、法的にみて問題があると考えられる。

 そもそも、地方公共団体が条例を制定しうるのは「法令の範囲内」においてである(地方自治法第一四条第一項。憲法第九四条も参照)。この点は「地方分権推進計画」においても確認されている(なお、拙稿「日本における地方分権に向けての小論」大分大学教育学部研究紀要二〇巻二号一九五頁も参照)。

 この点を踏まえ、本条例と自転車競技法との関係を検討する。

 場外車券売場の設置に関する根拠規定の自転車競技法第四条には、設置場所となる自治体の長の同意は設置許可の要件としてあげられていない。このことから、条例において、設置許可に際して市長の同意という上乗せ規制が可能であるという解釈もありうる。しかし、これは、同法第三条との関連を考慮に入れるならば、第四条の解釈として妥当でないと思われる。

 同法第三条第二項によれば、経済産業大臣は、競輪場の設置または移転の許可をなす前に、都道府県知事の意見を開かなければならない。また、同第三項によれば、経済産業大臣は、都道府県知事が意見を述べる前に公聴会を開いて「利害関係人」の意見を聴かなければならない。ここにいう「利害関係人」には、市町村長も含まれると解釈しうる。しかし「関係都道府県知事」であれ「利害関係人」であれ、許可に際しては同意を必要としていない。

 これに対し、第四条には、第三条第二項および第三項と同趣旨の規定がない。これは、場外事券売場の設置に関して、設置場所となる市町村(の長)の意見は「利害関係人」の意見として扱われることも予定されていないことを意味する。まして、第三条と同様に「利害関係人」の同意は予定されていないのである。

 このような構造である以上、自転車競技法は、場外車券売場の設置に関して上乗せ規制を予定していないものと考えざるをえない。

 なお、平成七年四月三日、通商産業省機械情報産業局長名で発せられた通達「場外車券売場の設置に関する指導要領について」の四は「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導すること」と規定する。これは設置者に対しての指導の基準であり、設置場所となる市町村の長を当事者とするものではない。

 また、本条例第五条についても、自転車競技法第七条によって競輪事業施行者に認められる車券販売権を制約しようとするものであり、自転車競技法の趣旨に反するし、行政手続の観点からも問題とされよう。

 従って、日田市の条例は、自転車競技法の趣旨に反するものであり、条例制定権を逸脱し、自転車競技法に違反するものと考えられる。

 かような問題を抱える本条例であるが、日田市のまちづくりの姿勢を明確にしたものであり、住民意思を汲み取るものとして評価しうる。また、他市町村に場外車券売場を設置しようとする際に当該市町村の同意を得る必要がないとする自転車競技法は、地元住民の意見を十分に反映させる仕組みを予定していないという点において、住民自治の観点からは問題視されなければならない。

 3  市報べっぷ掲載記事問題

 サテライト日田問題において両市の対立を決定的なものとしたのが、前述の「市報べっぷ」掲載記事である。これは、別府競輪の特集記事であり、競輪事業の必要性を訴えたものである。同記事には「別府市の考え方」という項目があり、その中には「②場外事券売場の通産大臣の設置許可まで、『サテライト日田』の場合三年を要した。反対するのであれば、日田市としては、本来、設置許可が出る前に、許可権者である通産大臣に対して明確な反対の意思表示をすべきだったのではないか」という記述がある。これに対し、日田市は「事実と異なる」として異議を申し立てた。日田市は、その後、別府市に対し、二度、訂正を求める内容証明郵便を別府市に送ったが、別府市は全くこれに応じなかった。そのため、前述の通り、日田市が別府市を相手取って訴訟を提起するに至った。別府市は、この記事について、いまだ見解を十分明らかにしていない。また、同市は、サテライト日田設置について、今年二月まで一度も日田市での説明会を行っていなかった。

 これらをはじめとして、サテライト日田問題に関する別府市執行部の一連の対応には、日田市側は当然のこととして、別府市議会や別府市民からも批判が浴びせられ、サテライト日田設置関連補正予算案が否決される原因にもなった。

 4  経済産業省に対する設置許可無効等確認訴訟の提起

 前述の通り、日田市は、経済産業省に対し、サテライト日田設置許可無効等確認訴訟を提起した。これは二月の日田市議会臨時会において同意されている。設置許可が出されたのは昨年六月であるから、行政事件訴訟法第一四条第一項により、設置許可取消訴訟を提起することはできない。そのため、無効等確認訴訟の提起に踏み切らざるをえなかった。

 この訴訟において、日田市側は、地元の自治体の同意を得ずに場外車券売場の設置許可を出すことは自治権の侵害であるという主張を前面に押し出し、自転車競技法第四条の違憲性を主張するようである。

 しかし、この訴訟について、日田市に設置許可の無効等の確認を求める法律上の利益を有すると認められるのか。とくに、法律上の利益については、自転車競技法の解釈上、また判例の傾向からみても、日田市に認めることは難しいと思われる。仮に訴訟要件を充たすとしても、設置許可に係る行政裁量、さらに自転車競技に係る立法裁量という壁にぶつかる。これを突破することは非常に難しいと思われる。

 但し、この訴訟が無意味であるかと問われるならば、否と答えなければならない。日田市の提訴は、地方分権が進められる中、地方自治体、そして何よりも地域住民が主体的にまちづくり(地域づくり)をすることを認めなかった(あるいは予定していなかった)従来の法体系(さらに行政)に対する重大な異議としての意味を有する。地方自治法第一条の二第二項にも「国(中略)住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない」と規定されている。されば、地域の声が十分に反映されない仕組みの法制度は、見直されなければならない。一大分県民として、今後の展開に注目したい。

 付記:本稿執筆に際し、日田市総務部企画課から貴重な御教示を得ました。ここに記し、御礼申し上げます。また、サテライト日田問題については、私のホームページ(http://www.h2.dion.ne.jp/~kraft/)でも扱っておりますので、参照していただければ幸いです。

 

 (あとがき1)

  この論文は、月刊地方自治職員研修2001年5月号27頁から29頁までに、特集「分権と条例制定権とまちづくり条例」の一つとして掲載されたものであり、2001年3月の時点において執筆したものです。私のホームページ「大分発法制・行財政研究」(現在は「川崎高津公法研究室長」に不定期連載していた「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」第24編までの総集編に近い内容ですが、改めて、ここに掲載いたします。なお、雑誌掲載時は縦書きでした。また、敢えて古いアドレスを掲載しています。

 2001年3月2日、日田市役所にて私の取材などに応じて下さった日野和則氏(当時、日田市役所企画課企画調整係長)、および、月刊地方自治職員研修編集部の中嶌いづみ氏および友岡一郎氏に、改めて御礼申し上げます。

〔あとがき2。2012年3月18日。〕

 この論文が発表されてから、早いもので11年が経過しようとしています。もう話題にものぼらなくなった、と思っていたのですが、西南学院大学大学院法務研究科教授の石森久広先生の著書『ロースクール演習行政法』(2012年3月、法学書院)の248頁以下に、「第20問  場外車券売場設置許可と地元地方公共団体」としてサテライト日田建設問題が取り上げられています。その中で、「事件当時、地元で事件の推移を見守った森稔樹教授」のこの論文が引用されています。お読みいただければ幸いです。

 〔あとがき3。2024年11月20日。〕

 この論文が掲載された月刊地方自治職員研修という雑誌は、私が大分大学教育福祉科学部に勤務していた時に大変御世話になったのでしたが、2020年3月号を最後に「休刊」となってしまいました。残念としか言いようがないのですが、サテライト日田問題など、大分県の話題について私が紹介させていただく機会を得られたことについて、今でも感謝しています。

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行政法の演習問題を掲載しておきます

2024年10月08日 00時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 以下は、私のホームページ「川崎高津公法研究室」に2004年9月3日付で掲載したものです。

 

 Ⅰ.行政手続

 ◎演習問題

 事例1:知事Yは、訴外Aに対して、温泉法第8条第1項に対し、温泉湧出量を増加させるための動力装置の設置を許可した。これを知ったXは、同じ温泉の湧出量が激減するなどの損害を被ったと主張して訴訟を提起した。本来であれば、この許可をなす際、同法第20条による温泉審議会を開催しなければならないが、本件においては審議会が開催されておらず、知事による審議会の意見聴取は持ち回りで決議されただけであった。裁判所は、これが手続上の瑕疵に該当することを認めた。この許可は無効か。また、取消しうるものであるか。

 〔参考:最二小判昭和46年1月22日民集25巻1号45頁。松江地判昭和341119日行集10112264頁は、持ち回り決議が違法かつ無効のものであるとした。これに対し、広島高松江支判昭和381225日行集14122242頁は、手続の瑕疵を認めながらも、許可そのものの無効原因にはならないとした。〕

 事例2:Xは、山口県内での個人タクシー事業免許を申請した。山口県陸運局長Yは、Xに対して聴聞を行ったが、道路運送法の要件に該当しないとして申請を却下した。この際、①処分の基準は公表されておらず、②Xに対し、主張と証拠の提出の機会を十分に与えていなかった。このような場合、Yがなした申請却下処分は適法か。

 〔参考:最一小判昭和461028日民集25巻7号1037頁。この判決は、行政手続法・行政手続条例の制定に大きな影響を与えた。〕

 事例3:山口県職員のAは、某日、外務大臣に対して、渡航先を中東の某国とする一般旅券の発給を申請した。これに対し、外務大臣は「旅券法13条1項5号に該当する」という理由のみを付してAの申請を拒否する処分をした。Aは、これを不服として出訴した。Aは、申請拒否処分に付された理由は全く具体性に欠けているから理由付記に不備があると主張している。この主張は認められるべきか。

 〔参考:最三小判昭和60年1月22日民集39巻1号1頁。情報公開について、最一小判平成4年1210日判時1453116頁も参照。両判決の結論はほぼ同じ趣旨である。〕

 

 Ⅱ.情報公開

 ◎演習問題

 事例1:最三小判平成151111日判タ1143229頁について、現在の山口県情報公開条例においてはどのような判断がなされるべきか。また、非公開(非開示)とされるべき情報にはいかなるものがあると考えられるか。

 〔参考:千葉地判平成9年8月6日判タ959162頁は、県立高校の校長の出張に関する記録のうち、給料表の種類欄および級・号給欄を除いた部分について公開を命じた。東京高判平成10年3月12日判例自治19074頁は、千葉県教育委員会による控訴を棄却し、最高裁判所も上告を棄却した。このような判断の代表的な例として、仙台地判平成8年7月29日判例自治15513頁がある。但し、公務の遂行に関する情報であってもプライバシーの観点からすれば公務員を別異に扱うことができないとする判決も多数存在する。その例として、知事の交際費について、最一小判平成6年1月27日民集48巻1号53頁がある。〕

 事例2:山口県情報公開条例第13条(国の情報公開法第8条)に該当し、存否に関する応答をせずに開示請求を拒否しうる情報には、いかなるものが考えられるか。

 

 Ⅲ.個人情報保護

 ◎演習問題

 事例1:東京高判平成16年1月21日判時185937頁について、現在の山口県個人情報保護条例においてはどのような判断がなされるべきか。試験問題の種類などに応じて検討する。

 (1)選択式の設問に関する部分について、山口県知事はこれを開示すべきであるか。

 (2)記述式の設問に関する部分について、山口県知事はこれを開示すべきであるか。開示すべきでないとすれば、いかなる理由によるべきであるか。

 (3)上記の判断は、いかなる記述式の設問に関しても妥当すべきものであるか。

 (4)解答用紙および問題ごとの配点と得点の開示は、試験制度の趣旨や目的に合致するか。他の試験についてはどうか(開示が制度の趣旨や目的に合致する試験は存在するか)。合致しないとすれば、その理由はどのようなものであるか。

 〔参考:東京地判平成15年8月8日判例集未登載は、争点とされた記述式問題が「受験者の主観的見解」を問うものではなく、語句を記入させる問題などと本質的に異ならないとして、原告の請求を認容したが、東京高判平成16年1月21日判時185937頁は原判決を取消し、請求を棄却した。一審判決については、法令解説資料総覧法令解説資料総覧2003年5月号(通巻256号)に掲載の拙稿がある。なお、本件は上告中。〕

 

 Ⅳ.行政事件訴訟

  (1)取消訴訟の対象

 ◎演習問題

 事例1:山口県A村にある企業Xは火薬製造業を営んでいる。或る日、Xの工場が火薬の爆発によって消失したので、Xは山口県知事に対し、工場の建築許可を申請した。消防法第7条の規定により、A村消防長Yの同意が必要とされるので、Xは記名押印を済ませた同意書を山口県のB土木事務所に提出した。しかし、翌日、YはB土木事務所長に同意の取消しを通告した。Xは、この取消しを不服として出訴した。Yは、消防長の同意が知事に対する行政機関相互間の行為であり、行政処分に該当しないと主張している。

 〔参照:最一小判昭和34年1月29日民集13巻1号32頁。同じような結論を出した判決として、成田新幹線訴訟に関する最二小判昭和5312月8日民集3291617頁がある。当時の運輸大臣と日本鉄道建設公団との関係であり、一応は、運輸大臣から成田新幹線の建設が指示され、日本鉄道建設公団が運輸大臣に工事実施計画の認可を申請し、運輸大臣が認可処分を出している。〕

 事例2:山口県は、都市計画法に基づき、下関市を中心とする地域を一体として都市計画区域に指定し、整備を行おうとしていた。このため、国土交通大臣の認可を受け、土地区画整理事業計画の公告を行った。しかし、事業が進捗しないため、山口県は事業計画を変更し、再び国土交通大臣の認可を受けた。これに対し、実施区域内にて建物を所有するX、賃借するXなどが事業計画の無効確認などを求める訴訟を提起した。XやXなどの訴えは訴訟の要件を充たしているか。

 〔参照:最大判昭和41年2月23日民集20巻2号271頁。都市計画法上の地域指定については、最一小判昭和57年4月22日民集364705頁を参照。〕

 (2)取消訴訟における原告適格(行政事件訴訟法第9条)

 ◎演習問題

 事例1:山口県内の某自治体にある遺跡は、駅前再開発および鉄道高架工事のための代替地の候補となっていた。そこで、山口県教育委員会は、文化財保護条例に従い、史跡指定解除処分を行った。これに対し、この遺跡を学術研究の対象としてきた県内の某大学教授Xらは、史跡指定解除処分の取消しを求めて出訴した。Xらの原告適格は認められるべきか。

 〔参照:最三小判平成元年6月20日判時1334201頁。この他、最判昭和33年8月18日民集13101286頁、最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁を参照。〕

 事例2:某月某日、国土交通大臣は、山口宇部空港から大連までの定期航空運送事業免許を某航空会社に与えた。これに対し、近隣住民のXは、騒音によって健康や生活上の利益を害されると主張し、この免許の取消しを求めて出訴した。Xの主張は認められるか。

 〔参照:最二小判平成元年2月17日民集43巻2号56頁。一応は法律上保護された利益説を採用するが……。〕

 事例3:企業Aは、X市内にB競輪場の場外車券売場を設置する計画を進めていた。これに対し、X市内の住民から反対の声があがり、X市議会も設置反対の決議を行った。しかし、A、およびB競輪場の管理者B市は計画を進め、2003年9月9日、国のY省から設置許可が出された。X市は、AおよびB市と何度も協議を行ったが、何の進展もなかったため、Y省大臣を相手取り、設置許可の取消しおよび無効等確認を求める訴訟を提起した。そもそも、地方自治体は抗告訴訟を提起しうるのか。また、この場合、X市には原告適格が認められるのか。

 〔参照:大分地判平成15年1月28日判例タイムズ113983頁、および法令解説資料総覧法令解説資料総覧2003年5月号(通巻256号)に掲載の拙稿。なお、福岡高等裁判所の段階で訴えが取り下げられた。〕

 (3)取消訴訟における(狭義の)訴えの利益

 ◎演習問題

 事例1:山口県内において土地改良事業が行われていた。その地域内に住むXは、土地改良事業施行認可の取消しを求めて出訴したが、訴訟係属中に土地改良事業に関する工事や換地処分が全て終了し、原状回復は不可能となった。Xの訴えの利益は消滅したか。

 〔参考:最二小判平成4年1月24日民集46巻1号54頁。なお、建物所客命令に対する取消訴訟が提起されたが、その建物が判決時よりも前に除却された場合と比較すること。〕

 事例2:山口県職員のAは、山口市建築主事乙に対し、建築基準法第6条第1項に基づいて重量鉄骨の三階建ての住宅の建築確認申請をし、乙から確認処分を得た。これに対し、近隣住民の甲は、通路の構造などに問題があること、火災の危険があることなどを理由として、建築審査会に対して審査請求を行い、その裁決を得た上で確認処分の取消しを求めて出訴した。しかし、出訴の段階において、Aの建築物は完成していた。甲は訴えの利益が存在すると主張している。

 〔参照:最二小判昭和591026日民集38101169頁。検査済証の交付や違反是正措置命令には……。〕

 事例3:山口県議会議員の甲は、議会を除名された。このため、除名処分の取消しを求めて出訴した。しかし、係争中に議員の任期が終了し、県議会議員選挙が行われた。この場合、甲には訴えの利益が存在するのか、それともそれは消滅したのか。

 〔参照:最判昭和40年4月28日民集19巻3号73頁。また、放送局免許の競願者に対する拒否処分については、最三小判昭和431224日民集22133254頁がある。〕

  ◎その他の問題(行政事件訴訟法が適用されるものではなく、民事訴訟なのですが、便宜上、ここで扱います。)

 事例:甲市は、パチンコ屋、ゲームセンター、ラブホテルなどの建築を規制するため、条例を制定した。この条例によると、上記の営業を甲市において行おうとするものは市の同意を得なければならないとされていたが、業者乙は、甲市の同意を得ずにパチンコ屋を建築しようとしていた。このため、甲市は条例により、建築工事中止命令を発した。しかし、乙はこれに従わず、建設を続行したため、甲市は、乙を相手取り、この命令に従って建設を中止することを求める訴訟を提起した。さて、この事案については、どのような判断を下すべきであるのか。

 〔参照:最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(判時179878頁)、「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例」(昭和58年宝塚市条例第19号)第8条など。裁判所法第3条第1項に注意すること。〕

 

 Ⅴ.法律と条例との関係

 ◎演習問題

 事例1:屋外広告物法・条例に関する仙台市の事件(7月20日付河北新報。別紙)と同様の事件が山口県内において生じた場合、山口県屋外広告物条例(名称はともあれ、同種の条例)においては、どのように対処すべきであるか。主要駅周辺で違法なビラが多く、住民から多くの苦情が出ており、住民が自発的にビラをはがせるようにするためには、行政から住民への委任が必要か。

 事例2:「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」(別紙)。自転車競技法(昭和23年法律第209号)、競馬法施行令(昭和23年政令第242号)、小型自動車競走法施行規則(昭和25年通商産業省令第46号)およびモーターボート競走法施行規則(昭和26年運輸令第59号)との関係。日田市において実際に問題となったのは自転車競技法第4条との関係である。

 事例3:「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等に関する条例」と建築基準法、風俗適正化法などとの関係。

 

 〈2004年9月9日に私が担当した山口県職員研修において出題したものです。〉

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2002年7月20日に開かれた「地方自治講演会」のレポート 地方分権その他の問題のために

2024年10月01日 00時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 今回は、私が大分大学教育福祉科学部の助教授になったばかりの2002年7月21日付で私のホームページ「大分発法制・行財政研究」(現在の「川崎高津公法研究室」)に掲載した「『地方自治講演会レポート」です。22年以上経過しているものですが、何らかの参考にはなると思い、このブログに転載します。

 

 

「地方自治講演会」レポート

 

 このホームページを立ち上げてから2年程が経過します。様々な記事を掲載して参りましたが、講演会の内容を報告するというスタイルは、初めてのことです。少しでも様子をお分かりいただけるならば、幸いです。

 2002年7月20日(土曜日。海の日)、大分県と総務省が主催する「地方自治講演会」が、大分全日空ホテルオアシスタワー(大分市高砂町)5階孔雀の間で行われました。共催は、大分県市長会、大分県町村会、大分県市議会議長会および大分県町村議会議長会です。

 実は、私がこの講演会のことを知ったのは、前日(19日)のことでした。同じオアシスタワーの1階に、大分放送(OBS)のサテライトスタジオ「パルテ」があります。月曜日から金曜日までの13時から15時45分まで、パルテから生で放送される「三重野勝己  昼いちパラダイス」という番組に、この日、私がゲストとして登場しました。個人情報保護法案と住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)について、短いながら話をさせていただきました。放送後、別の用事を済ませるため、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所に向かいました。その研究所の事務局長氏から話を伺ったのです。大分県企画文化部IT推進課長名で出された「片山総務大臣の地方自治講演会のお知らせ」という文書のコピーもいただきました。これを見て、私も参加してみようと思ったのです。

 講演会は、大分県知事・平松守彦氏による「主催者挨拶」の後、総務大臣・片山虎之助氏による「地方分権改革の動向」、そして総務省大臣官房政策統括官・大野慎一氏による「電子自治体の推進」という構成でした。大分県の関係者、大分県内各市町村の関係者で会場は埋まっています。大分大学からの出席者は、私を含めて2名、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所にも関係している者だけだったようです。

 私は、市町村合併についての講演を2度行い、それを基にした論文を発表しているため、片山氏の講演に関心を持っていました。その内容を簡単に紹介いたします。

 氏は、地方分権改革に3つの柱があるという趣旨を語りました。1つ目が市町村合併、2つ目が住基ネット、そして3つ目が郵政改革法案です。このうち、直接的に地方分権改革と結びつくのは前二者です。

 市町村合併についての内容を整理すると、おおむね、次のようになります。

 これまで、大規模な市町村合併は2回行われました。最初の大合併は明治21年から翌年にかけて行われたもので、市町村(自然集落のようなものだと表現されていました)は71000ほどあったが、一気に15000ほどにまで統合されました。背景として、近代国家化があります。義務教育、戸籍事務などを市町村に担わせるのには、市町村の規模があまりに小さかったのです。この時の合併は、明治憲法下に相応しく、中央集権的に進められました。

 そして次の大合併ですが、昭和28年から始められました。それまでの間にも合併は進められ、当時は11000ほどの市町村がありましたが、4000弱にまでまとめられました。この時の背景は、第二次世界大戦敗戦(この言葉を、総務大臣自身が使っています)とそれに続く占領です。アメリカ型の地方自治制度が導入され、知事や市町村長も公選となりました。一方、学制改革が行われ、小学校に加えて中学校も義務教育化されます。そして、中学校についても市町村の事務となりました。新制中学校を維持するためには、それなりの規模が必要だと考えられたのです。この時の合併も、国や都道府県が主導する強制的なものでした。

 片山氏は、これらの合併と、現在進められている「平成の大合併」と、それぞれの間に50年間あるいは60年間という時間があることを指摘し、合併にも歴史の流れやパターンがあると主張しました。その上で、「平成の大合併」は、これまでと性質が異なる、と強調しました。どういうことなのでしょうか。

 今回の合併は、国や都道府県ではなく、あくまでも市町村が中心となるべきであり、都道府県は補完的な存在になるべきだというのです(ここで私は、これまでの地方自治法においても、基幹は市町村で、都道府県は広域的かつ補充的な存在であるという趣旨が規定されていたはずではないか、と思ったのです。勿論、現実は違っておりました)。

 そして、合併によって市町村が大きく、強く、元気になる、これが目的であるとを述べられました。別の言葉では、権限、税源、そして人間(この3つで「3ゲン」というのだそうです)が集まる市町村づくりに向かおうということになります。このために、市町村の合併はあくまでも自主的なものであって、国や都道府県が主導するものではないということを強調されています。都道府県は、既に合併のパターンを示していますが、これを計画として押し付けるのではなく、あくまでもパターンというたたき台であって、議論の出発点であるとするのです。また、国も、合併の「推進本部」ではなく、「支援本部」を設置しています。これも、あくまでも「自主的な」合併を促すという趣旨を表現したものということでした。

 一方、現在、と言っても、厳密にどの時点か不明ですが、市町村は3218にのぼります。これを最終的には1000にしようという方針が、この講演でも繰り返されました。

 市町村合併に際して、多くの飴が用意されています。鞭を用意したのでは自己矛盾になるからです(もっとも、全くと言ってよいほど鞭が用意されていないのかについては疑問ですが)。総務省としては、合併を進めた場合に地方交付税を10年間保障し、その後の5年間は激変緩和措置をとります。この他にも合併 債などの特例があります。他の省庁も支援策を多く出しています(これについてはかなり多くの例が挙げられたので書き切れなかったことをお詫び申し上げます。また、飴が多すぎて、その後が怖いという印象を改めて受けたことも記しておきます)。

 また、今でも住民の間ではトラブルなどが多いと思われる静岡市・清水市の合併(来年)について触れられました。この合併は政令指定都市を目指したものと言われています。片山氏は、両市が合併を済ませた段階で新市を政令で指定する意向を示す、と思われる発言をしました。さいたま市についても同様です(しかし、さいたま市は、合併してからもゴタゴタが多いと聞きます。道路標識に浦和、大宮、与野の旧市名が復活していますし、駅名も、大宮、浦和などは当然として、浦和美園などがそのまま残っています)。

 市町村合併と密接な関連を有するのが、地方財政です。現在、地方交付税の関連で言うならば、20兆円が地方交付税として支出されるのに対し、地方交付税のために入ってくるのは13兆円です。また、税収入について言うならば、歳入においては国:地方=6:4であるのに対し、歳出においては国:地方=4:6です。このギャップを埋めるために、地方交付税や国庫補助金などが充てられるのです。しかし、国税の中には、既に一定の割合が地方交付税のための原資とされるものがあります。これに着目すれば、むしろ税源を移譲したほうがよいということになります(財政力の格差も考慮する必要があるのは当然です)。例えば、上の例から5兆5千億を地方に移譲します。所得税の一部を住民税に移譲して3兆円ほど、残りは地方消費税を現行の1パーセントから2パーセントに変更します(国の消費税は4パーセントから3パーセントに改めます)。こうした片山氏の発言は、以前から総務省(旧自治省)が主張していたことでもありますし、地方分権推進委員会などでも、詳細はともあれ、提言されていました。

 そして、国庫負担金および国庫補助金の見直しについても言及されました。このうち、補助金のほうは、国の政策意向に左右される部分も大きいので、やむをえないものを除いて基本的にやめるべきであるという趣旨が述べられました。これも、地方分権推進委員会が最終報告などにおいて述べています。こういうものについては、地方の現場が一番よく知っているのであって、国がかかわる必要などないというようなことも述べられていたと記憶します。一方、負担金のほうは、社会保障、義務教育、公共事業など、国、地方のいずれにも関係するものが多いのですが、こちらのほうも整理合理化します。結局、補助金も負担金も整理合理化して、税源移譲につなげ、市町村の経済基盤の強化に充てるという趣旨が述べられました。

 そうすると、地方分権改革の下で、市町村合併が進められ、税源移譲なども進められるならば、税財政は地方税が中心となります。地方交付税は、どうしても足りない部分(所)のみに交付するということになります。総務大臣の講演にもありましたが、現在、地方交付税不交付団体は、都道府県レベルでみると東京都だけですし、市町村レベルでも僅かなものです。これは、本来は財政調整の手段であるべき地方交付税が、財源保障の機能まで担っていることを意味します。また、地方交付税の趣旨からしても異常な事態です。税源移譲などを進めて、地方交付税の機能を財政調整に純化させる意向が示されたことになります。このために、年末の予算編成までに具体案を作成し、3年から4年をかけて実行する方針も示されました。また、地方交付税そのものの見直し(算定基準の見直しなども含む)の方針も示されました。

 次に、2002年8月5日から稼働する住基ネットについての内容を整理すると、次のようになります。

 住基ネットは、国の一元管理システムなどではなく、共同ネットワークであり、全国的な本人確認のシステムです。最近、新聞などで批判的な報道がなされ、市町村議会の中には施行延期などを求める声もありますが、片山氏は、目的外使用はない、民間利用は出来ない、守秘義務がある、秘密は漏れない、そしてこの住基ネットは行政手続に際しての国民の負担を軽減するシステムであると述べました。とくに、延期を求める声に対して、大部分の市町村はそのような声を出していないということを理由にあげて、延期しなければならないようなものではないと述べました。なお、7月22日から、住基ネットの「試運転」が始まります。

 郵政改革法案についてですが、周知のように、これは郵政事業の公社化を目指すものです。これについても様々な批判があります。市町村にとっては、全国に2万局以上ある郵便局のネットワークがどうなるかという点に関心が向くはずです。公社化によってこれまでのネットワークを低下させないようにするということが述べられました。

 片山氏の講演は約40分間です。以上は、私のメモを基に再現したもので、氏の講演内容に忠実であることを目的としています。部分的に私の意見なども入っていますが、明確に区別したつもりです。

 続いて、大野氏が「電子自治体の推進」と題する講演を行いました。どういう訳か、報道関係者が退室しました。おそらく、片山氏の講演のほうがニュースなどの題材になりやすいということでしょう。中には、配布資料を置いて帰った記者も数名いたようです。

 30分間で、あらかじめ配布されている資料に沿った内容でした。ここに記すべき特別な内容はなかったのですが、配布された資料の名称を記しておきます。

 「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律案の概要」(書面みなし規定の存在が重要)

 「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の概要」(国税および地方税の電子納税のために必要な規定などを整備するなど、71の法律を改正することになるようです。)

 「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律案について」(この法律案は2002年6月7日に国会に提出されたのですが、実質的な審議は、この記事を作成した時点に至るまでなされておりません。)

 「電子化スケジュール」

 「電子署名を利用したオンラインによる申請・届出等のイメージ(1)」

 「電子署名を利用したオンラインによる申請・届出等のイメージ(2)」

 「共同アウトソーシング・電子自治体推進戦略」(次に示す資料とともに、大野氏が暗に強調したかったのではないかと思われる内容です。)

 「地方自治体におけるIT事業者へのアウトソーシング(イメージ)」

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電子自治体と行政法体系―導入部的・試論的な考察―

2024年09月30日 00時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 1.行政手続の電子化の意味

 政府が進めている構想の重要な一環として、電子政府の構築をあげることができる。また、これに伴う形で、電子自治体への取り組みも進められているところである。既に多くの論考において示されているように、電子自治体により、様々な手続が簡略化および迅速化し、ワンストップ・サービスあるいはノンストップ・サービスが可能になるなど、行政スタイルを一新する可能性ないし期待が語られている。

 しかし、これまで、電子自治体については、技術的な側面から、あるいは行政改革の視点などからトピックとして取り上げられることは多いものの、法的な、とくに行政法学的な視点から検討を試みた研究は、管見の限りではほとんど存在しない(電子政府についても同様である)。一方、電子政府・電子自治体の実現に向けての法整備は着々と進んでいる。このとき、電子自治体は、行政法理論といかなる関係に立つのであろうか。

 まず、情報伝達手段が電子化されたとしても、意思の伝達のあり方などの根本的な要素がすべて変更される訳ではない、ということを念頭に置かなければならない。例えば、電子商取引が活発化しているからといって、民法に定められる法律行為のあり方が完全に変わることはない。意思表示の方法が変わるのである。勿論、従来の法律では口頭あるいは書面しか想定されていないから、電子的手段による表示方法については、新たに規定を置かなければならない〔既に、「電子署名及び認証業務に関する法律」(電子署名法)、「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」(証券取引法、保険業法、割賦販売法などの改正に関わる)などが存在する。また、商業登記法も改正され、電子公証制度が創設されている)。

 行政手続についても、同様のことが言える。例えば、ここで申請を考える。従来は紙(書面)による申請が通例であった。これが電子的な手段による申請に置き換えられる。たしかに、見た目は大きい変化かもしれない。しかし、行政手続(あるいは、一連の過程)としては、根本的に同じ構造を保っている。そのため、行政手続法・行政手続条例などにおいて定義される申請、届出、処分などの用語に変化はないし、その必要もない。

 但し、これまでの法制度では、電子申請などに十分な対応をとることが出来ない。現在の行政手続法・行政手続条例など、行政手続に関連する法規は、そもそも、行政手続、とくに処分について必ずしも書面によることを求めない場合もある(行政手続法第8条などを参照)。また、要式行為である場合は、書面主義である。この場合の書面は紙を指すのであって、電子的伝送手段は想定されていない。

 そこで、法令による一定の修正などが必要となる。従来のままでは、オンラインによる行政手続を実現することができないからである。また、電子申請などを実現するためには、当然のことながら、基盤整備が必要であり、そのための法令の整備をも要する。

 

2.現在進められている法整備の体系的理解(試論)

 現在、政府は、電子政府および電子自治体の構築を進めるための法整備を進めている。これは、まだ完了した訳ではないが、現段階において、電子政府・電子自治体を構成する(すべき)法体系について、若干ではあるが私見を述べる。なお、紙数の関係もあるので、本格的な検討は機会を改めて行うこととしたい。

 まず、電子申請に着目した場合、第1段階として、基盤整備の段階における法令が存在する。その例として、住民基本台帳ネットワークの根拠となる住民基本台帳法(改正後のもの)をあげることができる。また、電子署名法は、電子自治体に限られたものではないが、基盤整備の段階を規律する法律としてあげることができよう。

 次に、第2段階として、行政手続法を根幹としつつも、オンラインによる行政手続(電子申請など)を実現するために、同法に修正を加える法律が必要となる。本稿執筆段階においてはまだ法律として成立していないが、行政手続法に修正を施すべき法律として「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」案が、今年の6月、国会に提出されている。この法律(案)によれば、「書面等」(第2条第3号)による行政手続について「電子情報処理組織」を用いた場合については、他の法律の文言に関わりなく「書面等により行われたものとみな」す(第3条ないし第6条)ことにより、申請、処分の通知などのオンライン化が図られることとなる。

 立法技術的には、行政手続法自体に同様の条文を追加することも可能であったと考えられる(1)。しかし、日本において個別分野の法律の存在を念頭に置いた場合、行政手続法の適用を除外する規定が多く、しかも「第○章の規定」というように包括的な除外規定も少なくないことからすれば、「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」案のような特別法を置くほうが容易であろう。各都道府県および各市町村の行政手続条例も、基本的には行政手続法と同様の構造を持っている。このため、今後、電子自治体の整備のための条例を整備する際にも、同様の条例を制定することになると思われる。

 上記の法律(案)を受けて各分野の法律に修正(変更)を加えるべきものとして「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」案も同時に提出されている。これにより、先行法令との調整が図られることになる。また、71の法律が改正されることになり、主務省令、手数料の納付方法、手続の簡素化などに関する規定が整備されることとなる。地方自治体についても、同種の条例を制定し、整備する必要が生じる。

 そして、第3段階として、電子申請を発端とする行政手続を円滑にするために必要な法令が必要となる。主なものとして、やはり今年の6月に国会に提出された「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律」案(本稿執筆段階)があげられる。これを受けて、印鑑条例などの改正が必要となるであろう。

 さらに、第4段階である。これは、電子申請に限られない、関連法としての位置づけである。個人情報保護法・条例、情報公開法・条例などの整備が求められる。この段階で、地方自治体の行政スタイルが問われることとなろう。これとの関連において、現在の電子政府・電子自治体への取り組みは、主に行政手続の電子化が中心となっているのであるが、電子自治体を推進するには、行政情報の公開、行政情報の利用促進を欠かすことはできない。そうでなければ、電子自治体を構築しても低い利用率に留まるという結末に陥りかねない。幾つかの地方自治体のホームページ設けられている電子会議室が、住民の意見、さらにニーズを知るためにも有用であろう(2)

 

3.電子申請の一般的課題―若干の例について―

 電子自治体を構築し、行政手続を電子化する場合、いくつかの一般的な課題がある。本稿では、若干のものを取り上げ、指摘しておきたい(法的問題に限られない)。

 (1)申請の書式

 あまり注意されていないことであるが、電子申請が可能になると言っても、一般国民・住民から度々主張される「書式」のわかりにくさ、あるいは面倒さが電子申請にも引き継がれるならば、申請の電子化の意義を半減させる。冒頭にも示したように、電子自治体の推進は行政サービスの改善を要請するものである。

 (2)文書の原本性の問題

 行政手続の電子化に伴い、文書管理規程に電子文書に関する規定を置かなければならない。しかし、電子文書は、紙文書に比して原本性を確保する必要性が格段に高い。容易にコピーすることができるうえ、原本性の確認が紙媒体よりも困難になるからである。

 このことを念頭に置いた上で、文書管理規程に盛り込むべき内容は、主なものだけをあげるならば、①電子署名電子認証(作成者による電子署名など)、②改変履歴の記録など、改竄の防止策、アクセスの制限、アクセスの記録(機密性の確保)、④記録媒体(文書の消失などを防ぐためである)、そして⑤保存管理期間(記録媒体とも関連する)、ということになるであろう。

 (3)業務改善(市町村合併との関係において)

 電子自治体構想を進めるとしても、現在の市町村の規模には大きな格差が存在する。そもそも、規模によっては電子自治体の構築ないし運営が困難だという市町村も存在するであろう。この点を念頭においてであろうか、総務省は「共同アウトソーシング・電子自治体推進戦略」において、複数の自治体が業務を共同化し、その上でアウトソーシングを図ることにより、コストの削減と民活の活用を実現するとしている。このことにより、①住民サービスの向上、②地方自治体の業務改革、③雇用の創出による地域経済の活性化、この3点が実現するという。果たして確実にそのようになるのであろうか。

 この点については、市町村合併の動向を注視しなければならない。合併が進み、市町村の広域化によって役所(役場)が遠くなって行政サービスが不便になるという懸念が、少なからぬ国民の間に存在する(3)。これに対し、電子自治体の構築により、住民へのサービスをインターネットに提供することによって利便性を維持ないし拡大させる可能性も存在する。そもそも、財政面などの問題もあり、現在の規模では電子自治体の構築ないし運営が難しいという場合もある。サービス低下の懸念を払拭するためにも、合併協議の際には、電子自治体の構築を重要な課題としなければならない。

 この他、電子署名をはじめ、行政手続の電子化などによって生じうる法的問題には様々なものがありうるのであるが、紙数の関係もあり、機会を改めて論じることとしたい。

 (1)  租税行政手続に関してではあるが、ドイツにおける法令整備などについて、拙稿「ドイツの電子申告制度における現状と課題」(税務弘報2001年1月号所収)も参照。

 (2)  拙稿「インターネットによる広報を考える―地方自治の視点から―」(広報2002年2月号 所収)も参照。

 (3)  拙稿「地方分権下の市町村合併」〔大分大学教育福祉科学部研究紀要24巻1号(2002年) 所収〕も参照。

 

 (付記)

 この論文は、2002年9月30日、大分県市町村会館にて行われた「第37回ハイパーフォーラム」(「市町村電子自治体研修」)で、私が行った報告「電子自治体と法について」の内容に、若干の修正を加えたものである。大分県発行(財団法人ハイパーネットワーク社会研究所編集)の雑誌「ハイパーフラッシュ」第25号(2002年11月)6~7頁に掲載されている。なお、雑誌掲載時には「第37回ハイパーフォーラム」の際の顔写真が載せられていたが、省略した。

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2002年に公表されたもの  「インターネットによる広報を考える—地方自治の視点から—」

2024年09月28日 00時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 昨今の情報技術の発展により、国、地方を問わず、行政のあり方は多少なりとも変化を余儀なくされている。電子納税申告制度の導入、さらに電子政府の構築により、行政手続の簡易迅速化が図られると考えられている。行政法学の立場からしても、行政手続法などにいかなる変化が生じるのかについて検討が求められており、電子政府などに対応した理論の構築が必要となっている(もちろん、私自身の研究課題でもある)。

 一方、最近では、大学教育において学生の理解度を高めるため、講義の工夫など、改善を求められることが多い。そればかりでなく、大学(およびその教員)には、地域に密着した教育、生涯教育なども求められる。

 これらを実現するための一手段として情報技術の活用が考えられる。私が「大分発法制・行財政研究」というホームページ(HP)を開設したのも、元来、日本国憲法(大分大学の教養科目)や行政法総論の講義ノート(または職員研修の草稿)などを公開するとともに、行政のあり方や人権などについて多くの方からご意見をいただき、議論や考察を深めるためである。開設以来、学生はもちろん、公務員、弁護士など様々な職業の方に利用していただいている。

 

広報の一手段としての地方自治体HPの意義

 

 広報の専門家でない私にとって、インターネットによる広報の課題について検討することは決して容易な作業ではないが、行政法学を専攻し、地方自治などを研究する者の立場から意見を述べてみたい。

 昨今、都道府県はもちろん、ほとんどの自治体がHPを運営している。いまや広報の重要な手段になりつつあることは言うまでもない。しかし、自治体HPを参照すると、その自治体の活動や政策、基本理念などが明確に示されているものから、単なる観光情報などにとどまっているものまで、千差万別である。

 このところ、電子政府構想に対応する形で電子自治体への取組が進められている。電子自治体は、端的に言えば行政手続の電子化による簡易化および迅速化を目指すものであるが、その場合、自治体のHPがいわば窓口となる。あるいは仮想的な役所と考えてもよい。しかもHPは、単なる窓口でもなければ、広報紙の代用品にとどまるものでもない。行政のあり方に関する住民などからの意見を集約する場、政策などに関して行政と住民とが議論をする場、そして住民同士の交流の場ともなりうる。

 このため、電子自治体には、情報公開と住民参加を確保し、いっそうの促進をなすことが求められることになる。もちろん、HPが広報の重要な一手段であることに変わりはない。というより、電子自治体が各地で実現されることで、広報の手段としての意義は高まることになるであろう。

 ここで、自治体HPの意義を述べてみたい。

 広報紙は、一地方自治体の行政活動、政策などに関する情報を、その地域の住民に分かりやすい形で提供するものである。HPも、基本的な役割としては広報紙と変わらない。しかし、広報紙が原則として一自治体の領域内にとどまるものであるのに対し、HPは、その領域にとどまらず、日本全国(さらには全世界)を対象とするものである。

 すなわち、HPを広報の一手段としてとらえた場合、対内的側面と対外的側面とが常に並存するということになる。したがって、HPを自治体の広報の手段として用いるには、両方の側面を高度な次元において調和させる必要性がある。これまで、多くのHPには対外的側面のみを重視する傾向があったと思われるが、対内的側面を軽視し、行政情報の提供に消極的な自治体HPは、内容に乏しく、その結果としてすぐに飽きられることとなろう。また、住民にとって有益な情報が少ないので、広報としての意味がない。広報は行政サービスの一環としてなされるはずであり、他の行政サービスに結びつかないようなものであるとすれば、十分な役割を果しているとは言い難いからである。

 

インターネットによる広報の課題

 

 インターネット網を活用して広報活動を行う場合、目的と対象が重要な問題となる。

 私は、大分県にある財団法人ハイパーネットワーク社会研究所の共同研究員として電子自治体構想に取り組んでおり、すべてではないが多くの自治体HPを参照している。電子自治体が現実のものになろうとしている現在、HPのレベルは、確かに上がっている。しかし、広報として何を目的とするのか、だれを対象とするのか、必ずしも明確になっていないものがある。特に、行政情報の公開や提供については、十分とはいえない。

 例えば、住民が生活する上で必要な情報が掲載されていないという例もある。救急病院の所在地や電話番号、ごみの収集日や捨て方などは、掲載してほしい情報の一つであると思われるが、こうした基本的なものさえ掲載されていないような例が多い。また、定住促進条例のあらましを掲載している自治体もいくつか散見されるが、実際に移住しようと考える人が参照しても、必要かつ十分な情報が提供されているとは言い難いように思われる。

 さらに、広報と深い関係を持つものとして、情報公開条例に関する情報がある。HPを参照しても、制度の存在自体は理解できるが、具体的な手続きや非公開(不開示)情報の類型など、肝心なことが、住民から見て分かりやすいとは思えないものが多い。そもそも情報公開条例が掲載されていない自治体もある。これでは制度自体の意味が半減するし、制度に対する自治体の態度、さらには行政の基本的姿勢に簸問を抱かせるようなものである。

 自治体によっては、教育や福祉の面などで注目に値する制度をつくり、運用しているところもある。しかし、こうした制度がその自治体のHPに紹介されていない場合が多い。マスコミによって全国的に紹介される機会が多いとはいえず、地域の新開や放送、あるいは専門誌で紹介されるにすぎないこともあるため、行政実務担当者や行政法学者などを除けば、地域住民にすら十分に知られないということも起こりうる。これでは、せっかくの新しい制度が住民に利用されない、あるいは評価されないという結果が生じても当然であろう。

 逆に、新条例を制定する際に、条例案の段階からHPで公開し、その自治体の住民、さらには全国から意見を聴取したという例もある。これは、HPによる広報の対内的側面と対外的側面とを上手く両立させたものである。また、首長の交際費をHPで公開し、交際費に対する住民の理解を得ようとする努力をしているところもある。ある自治体がいかなる政策に取り組んでいるのか、可能な限り積極的に公開する必要があるのではなかろうか。

 いくつかの自治体HPでは、独自の政策が積極的に公開されている。直接的にはその自治体の住民に向けられた情報である。例えば、バランスシートの公開。これは、住民に対して地方自治体自身の経営努力を積極的に示すものである。このほか、環境対策、入札情報、都市計画を公開する自治体もあり、こういうところほど、外部からの利用者も多く、自治体自身の活性化にもつながる可能性を高めている。

 行政改革などに率先して取り組み、情報公開にも積極的な自治体のHPは、そうでないところのHPよりも全体的に魅力がある。行政に関する情報が多く、国民・住民にとって使いやすいHPほど、利用者が多い。情報化は、必然的に情報公開を要請する。秘密主義は通用しない。逆に、情報量が少ないページは、利用者も減る。HPの利用者数が多いから直ちに観光など経済面においてプラスの影響が現れる、というわけではないが、長期的視点に立てば、その自治体の評価を高めることになるであろう。市町村合併の関係もあり、一概に言えないかもしれないが、地方分権改革においては、各自治体間における行政サービスの競争による住民生活の向上が予定されている。この点も念頭に置くべきである。

 もう一つの課題は、更新の頻度である(どの程度が適切かは、一概に言うことができない)。広報紙と異なり、HPには随時新しい情報を盛り込むことが可能である。そのため、住民にとって重要な情報を速く伝えることができるし、それが行政能力の一つとしてとらえられることにもなる。

 また、広報と表裏一体の関係にある、住民などからの質問や意見などへの対応について述べておきたい。

 自治体HPを利用する人の側から指摘されるのが、対応の遅さである(私自身、半年も待たされたことがある)。住民は、迅速かつ的確な回答を求めている。的確さが重要であることは当然であるが、電子情報化により、迅速さの価値がこれまで以上に高まる。遅い回答、さらに無回答は、対応の誠実さなどが窺われる原因にもなるし、さらには利用者が減る可能性が高い。結局、HP全体の評価や利用率を下げることになり、広報としての意義を損なわせる。

 

インターネットによる広報の可能性

 

 今後、電子自治体の実現との関係により、インターネットによる広報は、行政サービスの拡充(量のみならず、質が重要である)と同一の方向にあるものと思われる。もちろん、広報担当者などの技術力や関心度に依存する部分もある。

 既にいくつかの自治体において、インターネットを活用した先進的な試みがなされている。紙数の関係もあるので詳細な検討は避けるが、既に述べた対内的側面と対外的側面の高度なバランスを追求するための手段として、若干のものを挙げたい。 

まず、メールマガジン(メール配信サービス)である。各家庭に配布される広報紙に最も近い電子的手段であり、HPの更新状況を示すとともに、広報紙に代わりうる手段としても活用可能である。既にいくつかの自治体が、メルマガまたはメール配信サービスを活用している。もっとも、送信される内容については、まだ不十分なところが多く、課題も多い。しかし、広報の一環、そして情報公開・情報提供の一環として、活用の意義は十分にある。

 次に、電子掲示板(BBS)である。これからの地方自治において、住民自治の側面が強化されなければならないことについては、おそらく異論はあるまい。今後、電子自治体を構築する上で重要なものとして、住民参加の機会の提供がある。これを実現するにも様々な手段がありうるが、電子掲示板は最も有力なものであると考えられる。

 電子掲示板は、住民、その地域の出身者などの交流の場であり、意見表明の場、情報交換の場でもある。また、住民の需要を知る手段としても活用できる。さらに、直接的・主体的な広報活動ではないが、補助的手段として活用することが可能である(例えば、比較的費用のかからない観光向けの宣伝手段として利用できる。もちろん、電子掲示板に特有の課題もあることに注意しなければならない)。

 自治体HPで電子掲示板を設けている例は少ない。しかも、その電子掲示板に行政(役所)側も参加し、事務や政策などについて住民と議論をする、あるいは住民が提言を行うという例は稀である。しかし、パブリック・コメント制度など、応用の可能性は高い。電子掲示板のシステムなどにもよるが、その地方自治体の住民のみならず、幅広く意見を聴取することができるし、特定の政策などについての住民の理解を得やすくなるであろう。日本の行政手続法制度においては、行政による計画策定や行政立法などの手続きに関する規定が存在せず、これらに国民あるいは住民の意見を反映させることも予定されていないが、電子掲示板により、こうした手続きに住民が参加する機会を保障することも可能となる。

 このほか、情報技術の発展などにより、インターネット網を利用する広報には、更なる可能性が生まれるものと思われる。もちろん、技術上、あるいは法制度上の課題も少なくない。しかし、その点を克服した上で、積極的な活用が望まれる。将来的に構築されるべき電子自治体の一部として、いかに広報を通じて積極的な情報公開ないし情報提供を、そして住民参加の促進をなしうるかが、自治体の行政能力の重要な一要素となるであろう。

 

 

 あとがき1:この論文は、社団法人日本広報協会が刊行する月刊誌「広報」の2002年2月号(通巻第597号)40~43頁に、「広報論壇」というコーナーの論考として掲載されたものです。同協会編集部の中城貴之氏に、この場を借りて改めて御礼を申し上げます。

 あとがき2:私が大分大学教育福祉科学部の助教授になったのが2002年4月1日であり、その1か月程前の2002年3月10日に、私のホームページ「川崎高津公法研究室」(当時は「大分発法制・行財政研究」)に掲載しました。

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2001年に公表されたもの 「インターネットを使った地方自治体の広報活動」

2024年09月26日 00時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 現在、多くの自治体が自らのホームページを運用し、情報を発信している。ここで、ホームページは広報の一環(あるいは一手段)として位置づけられるはずである。しかし、多くの市町村(場合によっては都道府県も)のホームページからは、自治体の姿が、あるいは、自治体がいかなる行政活動を展開しているのか、見えてこない。観光協会か旅館のものと見紛うような内容のものが多く、住民に対する広報活動としては不十分にすぎる。大分県内でも、教育や福祉の面などで注目に値する制度を運用する自治体があるのに、こうしたことがホームページに掲載されていない。

 一方、自治体によっては、申請書をダウンロードできるようにするなど、サービスの向上に努めている所もある。しかし、それ以上に、自治体のホームページの評価を左右するのは、行政情報の多さ、そして国民・住民にとっての使い易さであろう。

 また、情報化は、必然的に情報公開を要請する。秘密主義は通用しない。情報量が少ないページでは、利用者も減る。ホームページの利用者数が多いということから、直ちに観光など経済面においてプラスの影響が現れる訳でもないが、長期的視点に立てば、自治体の評価を高めることになるであろう。市町村合併の関係もあり、一概に言えないのであるが、地方分権改革においては、各自治体間における行政サービスの競争による住民生活の向上が予定されている。この点も、念頭に置いてよいであろう。

 東京都は、外形標準課税導入の際、ホームページでかなり詳細な情報を公開した。ここで示された条例案の概要などには批判が寄せられたが、それだけ注目を浴びたのであり、或る意味では良い宣伝になった。また、北海道ニセコ町の場合、逢坂誠二氏(北海道ニセコ町長)のホームページにおいてまちづくり基本条例案が公開されていた。しかも、改訂される度に情報が追加され、意見が寄せられたのである。この他、千葉県市川市のように、市長の交際費をホームページで公開することによって、交際費に対する住民の理解を得ようとする努力をしているところもある。或る自治体がいかなる政策に取り組んでいるのか、可能な限り積極的に公開する必要性があるのではなかろうか。

 また、広報と表裏一体にあるのが、住民などからの質問や意見などへの対応である。利用者の側から指摘されるのが、対応の遅さである。住民が求めるものは、迅速かつ的確な回答である。的確さが重要であることは当然であるが、電子情報化により、迅速さの価値がこれまで以上に高まってくる。自治体によっては、掲示板システムを利用した「質問コーナー」を置いていることもあるが、遅い回答、さらに無回答は、対応の誠実さなどが疑われる原因にもなるし、さらには利用者が減る可能性が高い。結局、ホームページ全体の評価や利用率を下げることになり、広報としての意義を損なわせる。

 さらに、広報活動としては、ホームページのみならず、メールマガジン(メール配信サービス)の活用、そして電子掲示板の活用(これは直接的な広報活動ではない)があげられる。

 とくに、メール配信サービスは、形態的にも広報誌に最も近い。既に、三重県や川崎市がこれを活用している。また、電子掲示板の活用としては、「藤沢市市民電子会議室」が参考となる。これは、電子自治体構想の在るべき姿を示すものとしても重要な意味を持っている。地方自治における住民参加を進展させる意味においても、電子掲示板システムの(さらなる)活用が検討されてもよい。

 

 〔付記1〕この論文は、大分県発行(財団法人ハイパーネットワーク社会研究所編集)の雑誌「ハイパーフラッシュ」第20号(2001年8月)9頁に掲載されたものである。お読みいただければおわかりかもしれないが、この論文は、「インターネット広報」「平成13年度大分県広報広聴研修会」(2001年6月29日、地方職員共済組合別府保養所「つるみ荘」)第2部会「インターネットを使った広報」の草稿〕を大幅に短縮したものであり、論文「インターネットによる広報を考える—地方自治の観点から—」〔社団法人日本広報協会刊行・月刊誌「広報」2002年2月号(通巻第597号)4043頁(「広報論壇」)〕の基になったものでもある。

 〔付記2〕私は、まだ大分大学教育福祉科学部の講師であった2001年4月より、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所の共同研究員として、電子自治体研究プロジェクトに参加していました。今回掲載した論文は、共同研究員となって間もない頃に書いたものです。その後、2002年4月1日に大分大学教育福祉科学部助教授、2004年4月1日に大東文化大学法学部の助教授となり、2007年4月1日に教授となりましたが、同研究所の共同研究員であったのは教授昇進の前日までです。

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2001年に作成した草稿 「インターネット広報」

2024年09月25日 05時00分00秒 | 川崎高津公法研究室(ホームページ)掲載記事

 はじめに:これは、2001年6月29日、地方職員共済組合別府保養所「つるみ荘」において行われた「平成13年度大分県広報広聴研修会」第2部会「インターネットを使った広報」において行った講演の草稿です。時間的余裕がなかったこともあり、途中、メモ程度のままという箇所もあります。

 

 予定項目など

  Ⅰ  はじめに

 Ⅱ  インターネットによる広報の意義

    (1)e-Japan構想との関連

      電子政府・電子自治体構想→電子行政手続(電子申請、電子申告)

    (2)情報公開との関連

      ホームページを使った積極的な情報公開→自治体の外部的評価

    (3)行政改革との関連

    (4)住民参加、他地域住民との交流

      北海道ニセコ町町長・逢坂町長のホームページ:ニセコ町総合計画など

  Ⅲ  何を目的とするのか、誰を対象とするのか

    これまでのホームページ:観光協会のホームページ?(自治体の姿が見えない)

    観光だけの内容では、積極的な評価を受けない?(誰を対象にしているのか)

    自治体の取り組みを積極的に示す必要性

    (例)行政改革、環境対策、入札情報、都市計画

    住民に向けた自治体サービスの広報→利用手続の簡便化など

  Ⅳ  メールマガジン(メール配信サービス)の活用

    例.財務省、川崎市、三重県、臼杵市長のホームページ

    ホームページの更新状況を示すとともに、広報誌に代わり得る手段としても活用可能

    課題:予算、技術

  Ⅴ  電子掲示板の活用

    直接的な広報活動ではないが、補助的手段としての活用

    住民、出身者などとの交流の場、意見表明の場

    住民のニーズを知る手段(電子メールを送るよりも、掲示板への書き込みのほうが楽)

    観光向けの宣伝手段としても活用できる

    パブリック・コメント制度の活用へ(発展段階)

 

Ⅰ  はじめに

  この度、大分県企画文化部広報広聴課の西本泉氏より、当研修会に関する御依頼を受けた。その趣旨として、インターネット網を利用した自治体の広報活動、その一般的潮流や傾向の解説があげられていた。私は、広告プランナーでもなければデザイナーでもない。自らのホームページを運用しているとはいえ、技術的なことについては全くの素人である。単に、行政法学を専攻し、大分大学に勤務して法律学関係の講義を担当するという立場にあるにすぎない。しかし、仕事柄、国の省庁をはじめ、行政関係のホームページを利用する者として、一般人的な観点に立って電子的広報活動に関する意見を述べることはできる。

  また、今年度、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所からのお誘いを受け、共同研究員として、電子自治体構想に関する研究に取り組むこととなった。

  昨今、国の省庁が運営するホームページを参照すると、内容の充実度に驚かされることがある。審議会の議事録、法令などの資料が幅広く公開されるようになっており、政府の政策・取り組みの一端を知ることができるようになっている(しかし、日本は遅れているほうである)。また、経済産業省は、既に電子的行政手続(電子申請)に着手しており、国税庁も、試験段階を経て、ようやく電子納税申告を来年度からスタートさせる。

  それに対し、自治体のホームページを参照すると、自治体の活動、政策、基本理念が明確に示されているものから、単なる観光情報などに終わっているものもあり、千差万別である。しかし、広報という点からすれば、多くの市町村のホームページが住民向けの広報という要素を持ち合わせているとは言えないのが実情である。少なくとも、私が大分県内の市町村のホームページを参照する限り、そのように思われる。あるいは、住民に向けて発信していると思われるページがあったとしても、構造上、参照しにくいという難点を抱えているものもある。

 しかし、後に述べるように、国は、e-Japan戦略を打ち立て、電子政府構想を前面に出している。ここには、「電子商取引」や「教育及び学習の振興並びに人材の育成」などとともに、「行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の促進」があげられている。これには行政改革、さらには構造改革との関連もあるが、行政情報化の先進国であるアメリカ、スウェーデン、シンガポールの例を見ていると、行政サーヴィスに一層の(と記しておく)利便性が求められているからであると言いうる〔IT戦略研究会編『「eジャパン戦略」で日本はこう変わる!』(2001年、オーエス出版社)43頁にも、「行政サービスのIT化は、情報公開、国民や住民の利便性が行政機構の合理化から強く求められているものです」と記されている〕。ホームページなどを利用する自治体の広報活動のあり方を検討する場合、電子政府構想を念頭に置かなければならない。国だけの問題ではないからである。地方自治体についても、電子自治体構想の導入が求められている。これからの広報活動は、電子政府・電子自治体と無関係ではありえない。しかし、多くの自治体のホームページを見る限り、「住民サイドからみると役所のIT化の利便性は感じられません。窓口業務や我々がインターネットを通じて役所の連絡や何らかの申し込みができるかというと、そうした具体的なインターネット活用は行われていません。インターネットの活用で積極的な市長さんが市長宛の電子メールを受け付けているくらいです」という指摘には、同感せざるをえない〔IT戦略研究会編・前掲書44頁〕。勿論、この点については、法律的な整備も必要である。そうであるとは言え、地方分権改革が曲がりなりにも進展している現在、インターネット広報についても、単に法律の整備を待つばかりでなく、積極的な、かつ独自の取り組みが求められると思われる。

  そこで、拙いながらも、インターネットを利用した広報活動について、私なりの意見を述べて参りたい、と考える次第である。

 

Ⅱ インターネットによる広報の意義

  (1)e-Japan構想との関連

  電子政府・電子自治体構想→電子行政手続(電子申請、電子申告)

  (2)情報公開との関連

  ホームページを使った積極的な情報公開→自治体の外部的評価

  (3)行政改革との関連

  (4)住民参加、他地域住民との交流

  北海道ニセコ町町長・逢坂町長のホームページ:ニセコ町総合計画など

 

Ⅲ 何を目的とするのか、誰を対象とするのか

  行政法学を専攻し、地方自治などの研究をする者の立場から見ても、そして一住民の立場からしても、インターネット網を活用する広報活動という場合、目的と対象が重要な問題となる。しかし、先にも述べたように、多くの市町村のホームページ(場合によっては都道府県のものを含む)からは、自治体の姿が見えてこない。もっと記すならば、自治体が誰に対していかなる情報を発信しようとしているのか、見えてこないのである。

  このことと関連して、私は、昨年(2000年)12152139分付で、岐阜県が主宰する「全国地域情報化懇談会」のホームページ〔http://mmcf.softopia.pref.gifu.jp/〕にある「自治体ホームページ品評会」のコーナーに「市町村ホームページの意義は?」という題で投稿した。私の問題意識などを示しておく意味で、以下、抜粋しておく。

  「『自治体ホームページ研究の理論的基礎』と関連するかどうか自信がないのですが、以前から気になっていることを記します。/仕事柄、大分県内市町村のホームページを参照する機会が多いのですが、若干の例外を除いて、判で押したように観光案内しかなく、失望しています。/市町村がホームページを公開しているのですから、やはり、住民向けの情報、統計、市町村政の方向が見えるものを作って欲しいと思っています。人口統計が載っていればましなほうかもしれません。/また、条例を掲載しているホームページが少ないのも考え物です(大分県内で条例のページを設けている市町村はありません)。川崎市、京都市などが条規集ホームページを持っておりますが、せめて情報公開条例くらいは載せて欲しいものです。/やはり、ホームページは市町村の「顔」になるのですから、観光案内だけでなく、市町村の取り組みや姿勢などを積極的に見せるような内容を期待します。」(/は、原文改行箇所)

  上記コーナーは、「ほとんどの地方自治体がホームページを開設する今日、分かりやすい行政情報の提供の手法はどのようなものがあるのか。魅力ある自治体ページを紹介しながら、よりよい情報提供のあり方を検証します」ということを目的にしているが、その後の投稿がないことから、魅力ある自治体のページが僅少である(あるいは、皆無である?)ことを示しているのかもしれない。そうであるとすれば残念なことである。

  とくに過疎地域と言われる市町村にとって、ホームページの内容が観光協会と見紛うようなものとなることは、或る意味においてやむをえないかもしれない。しかし、広報という点から考えるならば、むしろマイナスである。「この自治体には行政能力がない」という偏見を助長する結果に終わる危険性が高くなるからである。実際、大分県内でも、教育や福祉の面などで注目に値する制度を運用する自治体があるのに、こうしたことがホームページに掲載されていない。これでは、住民に利用されない、評価されないという結果が生じても当然であろう。

  それどころか、自治体の住民が生活する上で必要な情報、例えば救急病院の位置、電話番号などが掲載されていないというような例もある。ごみの収集日や捨て方など、掲載して欲しいものの一つであると思われるが、こうしたものも掲載されていないような例が多い。

  東京都は、外形標準課税導入の際、ホームページでかなり詳細な情報を公開した。ここで示された条例案の概要などには批判が寄せられたが、逆にいえばそれだけ注目を浴びたのであり、或る意味では良い宣伝になった。また、北海道ニセコ町の場合、後にも取り上げるが、逢坂誠二氏(北海道ニセコ町長)のホームページにおいて条例案が公開されていた。しかも、改訂される度に情報が追加され、意見が寄せられたのである。この他、千葉県市川市のように、市長の交際費をホームページで公開することによって、交際費に対する住民の理解を得ようとする努力をしているところもある。或る自治体がいかなる政策に取り組んでいるのか、可能な限り積極的に公開する必要性があるのではなかろうか。

  また、定住促進条例のあらましを掲載している自治体もいくつか散見されるが、実際に移住しようと考える者が参照しても、必要かつ十分な情報が提供されているとは言い難いように思われる。もう一つあげるならば、情報公開条例である。ホームページを参照しても、制度の存在自体は理解できるとは言え、具体的にどのような手続をとる必要があるのか、ということなど、肝心なことが、住民から見てわかりやすいとは思えない。そもそも、情報公開条例が掲載されていない場合が多い。これでは情報公開制度自体の意味が半減する。この他の点についても同様である。

 川崎市や京都市などの場合、条規集のページがあり、これを上手く利用することにより、あらゆる行政機関の、少なくとも基礎的な部分を得ることができる。勿論、住民の全員が条規集を使いこなせるとは言いえない。しかし、将来的には電子自治体構想などの役に立つ。

 断っておくが、私は、自治体ホームページで観光情報を一切扱うな、と主張している訳ではない。しかし、このような話は、住民にとってはどうでもよいようなものである。少なくとも、利用者は観光情報だけを仕入れたいがためにホームページを参照しているのではない。要は、ホームページというものが多面的かつ双方向的なものであり、それを活かさない手はない、ということである。住民は、行政の側が思っている以上に進んでいる、と考えておいたほうがよい。そうでないと、手痛い目に遭うかもしれない。

 いくつかの自治体のホームページにおいては、独自の政策が積極的に公開されている。直接的にはその自治体の住民に向けられた情報である。例えば、臼杵市のバランスシートの公開である。細かいことを言うならば、バランスシートの内容に批判があろうが、住民に対して自治体自身の経営努力を積極的に示すものとして、大分県外からも高い評価が与えられている。この他、環境対策、入札情報、都市計画などが公開されているという自治体が存在するが、こういうところほど、外部からの利用者も多く、自治体自身の活性化にもつながっている。

 行政改革に率先して取り組んでいる自治体のホームページは、そうでないホームページよりも全体的な魅力が高い。行政に関する情報が多く、国民・住民にとって使いやすいホームページほど、利用者が多い。情報化は、必然的に情報公開を要請する。秘密主義は通用しない。情報量が少ないページは、利用者も減る。ホームページの利用者数が多いからといって、直ちに観光など経済面においてプラスの影響が現れる訳でもないが、長期的視点に立てば、自治体の評価を高めることになるであろう。市町村合併の関係もあり、一概に言えないのであるが、地方分権改革においては、各自治体間における行政サービスの競争による住民生活の向上が予定されている。この点も、念頭に置いてよいであろう。

 多くの自治体がホームページを開設する場合、広報の一環として、あるいは一手段として位置づけているはずである。そうであるとするならば、インターネットという、基本的には全世界に開放されている空間であるとは言え、まず対象とされるのはその自治体の住民である。この点において、従来の広報誌と変わるところはない。相違があるとすれば、住民だけではなく、その自治体に居住しない者からも絶えず利用なり監視なりがなされるということである。広報は行政サービスの一環としてなされるはずであるから、他の行政サービスにむすびつかないようなものであるとすれば、十分な役割を果しているとは言い難い。

 現在、多くの自治体がホームページを開設している。しかし、これは第一段階にすぎない。とりあえず開設したというだけのことである〔白井均=城野敬子=石井恭子『電子政府』(2000年、東洋経済新報社)259頁も参照〕。例えば、公民館の予約などをホームページから行えるようにする、役所・役場から遠い所に住んでいる住民のために、可能な限り役所・役場に出向かなくても行政手続を行えるようにする。これは電子自治体の目標であるが、いきなりここまで行かなくても、申請書をダウンロードできるようにするなど、住民に向けての自治体サービスの広報が充実する必要があると思われる。

 また、後の問題とも関連するが、広報と表裏一体にあるのが、住民などからの質問や意見などへの対応である。利用者の側から指摘されるのが、対応の遅さである。住民が求めるものは、迅速かつ的確な回答である。的確さが重要であることは当然であるが、電子情報化により、迅速さの価値がこれまで以上に高まってくる。自治体によっては、掲示板システムを利用した「質問コーナー」を置いていることもあるが、遅い回答、さらに無回答は、対応の誠実さなどが疑われる原因にもなるし、さらには利用者が減る可能性が高い〔別府競輪場のホームページにある「質問コーナー」が典型的である。なお、この注は、講演の時には読み上げていない〕。結局、ホームページ全体の評価や利用率を下げることになり、広報としての意義を損なわせる。

 

Ⅳ  メールマガジン(メール配信サービス)の活用

 或る論者によれば、「ゆりかごから墓場までノンストップ・ワンストップのサービス提供」が電子政府・電子自治体の目標の一つである〔詳細は、白井=城野=石井・前掲書257頁を参照〕。これには5段階がある。第一段階は、先に記したホームページの開設である。それから「双方向のコミュニケーションの開始」→「掲載情報量やサービスの質向上」→「ワンストップ・ノンストップ化」→「届け出や申請手続きの受付け」となる。電子政府・電子自治体構想は、この5段階を短期間で達成しようとするものであるが、意外に見落とされやすいのが第二段階の「双方向のコミュニケーションの開始」ではないか、と思われる。しかし、広報という点からすれば、この第二段階こそ、避けて通れないものである。双方向性というところに注目していただきたい。

 広報の手段として、メールマガジン(メーリングリストのシステムを用いることが多い)またはメール配信サービスの活用も考えられる。というより、各家庭に配布される広報誌に最も近い電子的手段は、メールマガジンまたはメール配信サービスである。これらは、ホームページの更新状況を示すとともに、広報誌に代わり得る手段としても活用可能である。勿論、ホームページとの連携が必要である。

 既に、私の知る限り、財務省、川崎市、三重県、臼杵市長のホームページが、メールマガジンまたはメール配信サービスを行っている。財務省の場合は、大臣会見の概要、様々な統計資料などの新たな情報が、ほぼ毎日のように配信される〔メールで送信できる容量には限りがある。また、受信者側にとっても、あまりにバイト数の多いメールは、無駄な時間を必要とするなど、望ましいものではない。そこで、全ての資料をメールで送付するのではなく、多くの場合は追加された情報が掲載されているページのアドレスが記載される。そのアドレスをクリックすることにより、情報を得ることができる〕。

 川崎市の場合は、審議会の情報、入札情報など、かなり多くの内容が配信される(現在は1か月に1回の割合)。三重県の場合は、民間のメールマガジン「まぐまぐ」を利用したものであるが、川崎市と比べれば情報量が少ない。また、臼杵市長のホームページの場合は「週間うすき市長」として、原則として毎週月曜日に配信される。こちらは、「コアラ大分」のシステムを利用しており、トップページそのものが配信される。

 課題は、予算と技術、そして頻度であろう。まず、予算についてであるが、メールマガジンまたはメール配信サービスについては、無料とするのが望ましいであろう。広報の一環、情報公開・情報提供の一環なのであるから、当然である。現に、財務省、川崎市、三重県、臼杵市長のホームページは、いずれも無料である。そのため、自治体側は一定の負担を覚悟しなければならない。もっとも、一定の機材さえあれば、印刷などの手間を省けるので、費用の問題はそれほど大きいものでもないものかもしれない。また、技術については、三重県のように民間のサービスを用いるという手もある。さらに、頻度であるが、ホームページ自体の更新との関係からしても、情報の新鮮さが鍵である。

 

Ⅴ 電子掲示板の活用

 電子掲示板は、住民、出身者などの交流の場であり、意見表明の場、情報交換の場でもある。また、住民のニーズを知る手段としても活用できるであろう。また、自治体の側による直接的・主体的な広報活動ではないが、補助的手段として活用でき、比較的費用のかからない観光向けの宣伝手段としても活用できる。

 多くの自治体ホームページには、意見募集として電子メールのアドレスを記し、電子メールソフトを起動して意見を聴取する方法が採用されている。また、大分県庁、大分市、日田市のように、電子メール送信用のページによるアンケート方式を採用しているところもある。この方法であれば、電子メールソフトを起動する時間などが不要となるために、意見聴取には都合がよい。基本的には電子掲示板と同様のシステムを用いるため、CGIスクリプトなど、設定に問題があるが、単にメールアドレスを記入し、利用者のパソコンでメールソフトを起動させるよりはよいサービスと言いうる(電子メールを送るよりも、掲示板への書き込みのほうが楽だからである)。また、電子メール送信用のページによるアンケート方式は、パブリック・コメント制度の活用にも発展させることができる。

 自治体のホームページで掲示板を設けている例は少ない。大分県内では中津市と日田市、臼杵市長のホームページだけであるし、他の都道府県をみても、岐阜県の全国地域情報化懇談会のような例を除けば、逢坂氏のホームページ、鹿児島県名瀬市などしかない。

 この意味において、神奈川県藤沢市役所が財団法人藤沢市産業振興財団などと共同で運営している「電縁都市ふじさわ」〔http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/〕は、注目に値する。このホームページには、市報「広報ふじさわ」や「図書館蔵書検索」、「診療情報案内」など、市民生活に必要な情報を盛り込んだコンテンツが存在する他、「藤沢市市民電子会議室」が存在し、市役所側が提示した政策などについて市民が意見を述べ、市側と意見交換をしたり、提言を行ったりすることができる。発言するためには登録が必要であるが、藤沢市民に限定されていないので、誰でも参加できる。

 この市民電子会議室が、「藤沢市地域IT基本計画」〔http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/~denshi/〕の策定にも関与していることは、特筆に価する。

 また、もう一つの例として、逢坂誠二氏のホームページをあげておく。ニセコ町は、町長、行政職員、そして住民の協力が協力し合うことにより、画期的とも言いうるまちづくり基本条例を作り上げた。この条例が制定されるまでの間、逢坂氏が自身のホームページにおいて条例案の作成状況などを公開していたことを忘れてはならない。これは、住民、さらには外部の者からも積極的に意見を聴取し、交換していたということを意味する。このホームページには実名投稿を原則とする掲示板が備えられており、観光客による町営施設への苦情なども書き込まれる。また、ニセコ町総合基本計画の策定に関しても専用の掲示板を設け、住民や行政、さらに外部の者と意見交換をしている。このような姿勢が、先進的な行政を推進するのに役立っているとともに、外部からの評価を高くし、例えば観光の促進にも役立っているということを記しておきたい。

 大分県では、やや形を異にするが、日田市のホームページにある掲示板が同様の役割をしている。サテライト日田問題で俄然注目を浴びた同市の掲示板であるが、同市を訪れようと考えている者もこの掲示板を利用している。ここで、市民などが意見を記し、観光客が帰宅後などに印象を書くことによって、他の利用者にも宣伝的な効果をもたらすのである。勿論、行政上の問題を論議するのでもよい。場合によっては、住民でない者からも意見などを聴くことができるであろう。

 また、最近、旧自治省が市町村合併に関して行っていたように、パブリック・コメント制度が注目されている。これについても、電子掲示板システムの応用により、比較的容易に導入しうることを指摘しておきたい。

 但し、掲示板には、幾つかの問題点があることも否定できない。

 最も大きな問題は、いわゆる荒らし行為など、悪質な投稿であろう。これについては、あらかじめ、削除基準などを或る程度明確に示すとともに、管理者による断固たる措置が求められる。しかし、基準の策定には困難が伴う場合がある。投稿に対する削除行為が法的にどのようなものであるのかという点も問題となりえよう。しかし、掲示板利用者にとって、よほどの例外を除けば、悪質な投稿を除外することは、必要である。藤沢市市民電子会議室や全国地域情報化懇談会〔ここの掲示板に書き込まれた内容は、メーリングリストの形態で登録者全員に送付される〕のように、閲覧は自由であるが発言の際には登録をしておくという制度、実名記入を義務づけておき、ハンドルネームの使用については内容の如何に関わらず削除するという制度も一法である。ただ、これらの方式を採用すると投稿数が減少することも否めない。

 また、CGIなどの技術的側面である。この設定については、少々の技術的知識を要する。また、サーバーによってはCGIの使用が制限されている場合もある。掲示板の様式によっては、かえって使いにくく、逆効果ということもある。

 さらに、過去ログの問題もある。サーバーの容量、保存の手間などである。実際、電子掲示板は、一定の投稿数を超えると、古いものから自動的に削除されていくので、掲示板への書き込みの頻度に応じて、絶えず過去ログを保存しなければならない。しかし、これは或る意味でやむをえないことである。

 

 あとがき:これは、2001年7月4日に、私のホームページ「川崎高津公法研究室」(当時は「大分発法制・行財政研究」)に掲載したものです。

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