文化庁メディア芸術祭・アニメーション部門大賞受賞おめでとうございます!!!
片渕さんもよくお話しされてますけど、ホントに数え切れないですね(^_^;
それだけこの世界に大きなインパクトを与えた作品なんだと...それを信じて応援してきたファンの一人として、この上ない喜びです(*´д`*)
さて...そんな記念すべき日の今日は、ついに地元の上映会でありました!(*^o^*)
所沢市民文化センター・ミューズ、その中ホール・マーキーホールでのイベント。
「第18回 ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち」と題して、栄えある初日一発目の上映!
ドンヨリとした雨模様でしたが、多くの観客が集ってました。やはり8割以上が女性で、中高年層という感じです。
当然、初見率は高いとみえ、オチとユーモアのあるシーンで笑い、後半は畳みかける苦悩と悲哀...そして終盤の希望と解放に強く反応しているのがよく判ります(^_^)
地域の上映会って、通常の映画館とは全く空気感が違って、独特のアットホームっぽさが良いなぁと思います。
皆どこか気軽さを伴って映画を楽しんでいる...ホールの広々とした感じと、音の反響具合もあるのかもしれません。
フワ〜っとした柔らかいものに包まれている感じですかね...とても居心地が良いんです(*^m^*)
地元の上映会という嬉しさもあったし、今回も行ってよかった...。
・・・
そしてついに鑑賞回数も60という数字になってしまいました...個人的にトンデモない数字です(^_^;
これだけ観ているとですね、同じ作品の筈なのに違って見えてくるんです...。
数回前からなんですが、こう言うと過剰かもしれないけどドラッグムービーみたいに感じてて、なんかトラップしている気分になってる時があるんですよ。
言い方を変えると、走馬燈のような...かもしれない。
人が死に際、その瞬間に人生が走馬燈のように...って言うじゃないですか、そんな感じなんですよ。
この作品、こうの史代さんの原作からしてそうなんですが、俯瞰(高所から下を見る)的なカメラアングルが多いんですが、なんだか死者の視線に思えるようにもなってきた。
例えば、すずさんの炊事シーン、防空壕にいるシーン、茶の間で食事しているシーンなどなど...。
その視線の主、思い当たるのは、すずさんの兄・鬼ィチャンこと要一さんです。
彼は徴兵され、戦地に赴いたまま連絡も途絶え、石ころになって帰ってくる。すずさん始め家族全員がその実感がなく、生きているのか死んでいるのか判然としないままの存在なんです。
でもこの作品「この世界の片隅に」全体がどこか鬼ィチャンの手のひらを舞台にしているようなところがあって、常に彼の視線を感じるんです...最後までね。
...で、最近どうも観ている私まで彼とリンクしちゃっているような感覚に、いつの間にかなってまして(^_^;
そういう感覚のせいか、フワフワ宙を漂うような気持ちで観ているみたいなんですよ。
なんだか危ない人みたいな書き方になっちゃいましたが、とりあえず60回に達した今の時点の気持ちを記しておきます(^_^;
片渕さんもよくお話しされてますけど、ホントに数え切れないですね(^_^;
それだけこの世界に大きなインパクトを与えた作品なんだと...それを信じて応援してきたファンの一人として、この上ない喜びです(*´д`*)
さて...そんな記念すべき日の今日は、ついに地元の上映会でありました!(*^o^*)
所沢市民文化センター・ミューズ、その中ホール・マーキーホールでのイベント。
「第18回 ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち」と題して、栄えある初日一発目の上映!
ドンヨリとした雨模様でしたが、多くの観客が集ってました。やはり8割以上が女性で、中高年層という感じです。
当然、初見率は高いとみえ、オチとユーモアのあるシーンで笑い、後半は畳みかける苦悩と悲哀...そして終盤の希望と解放に強く反応しているのがよく判ります(^_^)
地域の上映会って、通常の映画館とは全く空気感が違って、独特のアットホームっぽさが良いなぁと思います。
皆どこか気軽さを伴って映画を楽しんでいる...ホールの広々とした感じと、音の反響具合もあるのかもしれません。
フワ〜っとした柔らかいものに包まれている感じですかね...とても居心地が良いんです(*^m^*)
地元の上映会という嬉しさもあったし、今回も行ってよかった...。
・・・
そしてついに鑑賞回数も60という数字になってしまいました...個人的にトンデモない数字です(^_^;
これだけ観ているとですね、同じ作品の筈なのに違って見えてくるんです...。
数回前からなんですが、こう言うと過剰かもしれないけどドラッグムービーみたいに感じてて、なんかトラップしている気分になってる時があるんですよ。
言い方を変えると、走馬燈のような...かもしれない。
人が死に際、その瞬間に人生が走馬燈のように...って言うじゃないですか、そんな感じなんですよ。
この作品、こうの史代さんの原作からしてそうなんですが、俯瞰(高所から下を見る)的なカメラアングルが多いんですが、なんだか死者の視線に思えるようにもなってきた。
例えば、すずさんの炊事シーン、防空壕にいるシーン、茶の間で食事しているシーンなどなど...。
その視線の主、思い当たるのは、すずさんの兄・鬼ィチャンこと要一さんです。
彼は徴兵され、戦地に赴いたまま連絡も途絶え、石ころになって帰ってくる。すずさん始め家族全員がその実感がなく、生きているのか死んでいるのか判然としないままの存在なんです。
でもこの作品「この世界の片隅に」全体がどこか鬼ィチャンの手のひらを舞台にしているようなところがあって、常に彼の視線を感じるんです...最後までね。
...で、最近どうも観ている私まで彼とリンクしちゃっているような感覚に、いつの間にかなってまして(^_^;
そういう感覚のせいか、フワフワ宙を漂うような気持ちで観ているみたいなんですよ。
なんだか危ない人みたいな書き方になっちゃいましたが、とりあえず60回に達した今の時点の気持ちを記しておきます(^_^;