予期せぬ劇症肝炎、そして生体肝移植からの壮絶脱出劇!
がんばれ!肝臓くん。。
ない
天板の研磨までは何とかしたものの、その先が一向に進まないテーブル作り。
もっと前なら、ほんの30分の時間を見つけて切ったり削ったりしていたものだが、今はそうもいかない。
気持ちの、余裕が無い。
体力が、無い。
そもそも、時間が、無い。
3無い状態ではなかなか進みようが、ない。
仕事第二、趣味第一、が理想としても、理想は理想のまま。
理想を現実に変えられる瞬間って、一生のうち、何度も味わえるものではないだろうけれど、それこそ
最近、仲間うちで交わされる将来設計の中では、仕事に関する転換点は自分で決めざるをえず、でもそこが
理想を現実にする一つのチャンスなのかな、とは思う。
まぁでも世の中のお父さん方、いつまで働けばいいのだろう。
働きながら、趣味とか、何か他の楽しみとか、うまく並行してできている人って、何割くらい居るのだろう。
考えてもみれば、
この世に生まれて、親が元気のいい頃に大きくなっていって、自分の家庭を持ってからは子育てに忙しく、
子供が親離れする頃には弱り始め、弱った頃に定年を迎え、運が良ければ少しの老後が待っていて、
もっと運が良ければ子や孫に看取られながら旅立つことができる。
人の一生、平均寿命とのバランスは抜群ではないか。
それもこれも健康であればこそ。
その、肝心の、健康が、無いんだなぁ、これが。
もっと前なら、ほんの30分の時間を見つけて切ったり削ったりしていたものだが、今はそうもいかない。
気持ちの、余裕が無い。
体力が、無い。
そもそも、時間が、無い。
3無い状態ではなかなか進みようが、ない。
仕事第二、趣味第一、が理想としても、理想は理想のまま。
理想を現実に変えられる瞬間って、一生のうち、何度も味わえるものではないだろうけれど、それこそ
最近、仲間うちで交わされる将来設計の中では、仕事に関する転換点は自分で決めざるをえず、でもそこが
理想を現実にする一つのチャンスなのかな、とは思う。
まぁでも世の中のお父さん方、いつまで働けばいいのだろう。
働きながら、趣味とか、何か他の楽しみとか、うまく並行してできている人って、何割くらい居るのだろう。
考えてもみれば、
この世に生まれて、親が元気のいい頃に大きくなっていって、自分の家庭を持ってからは子育てに忙しく、
子供が親離れする頃には弱り始め、弱った頃に定年を迎え、運が良ければ少しの老後が待っていて、
もっと運が良ければ子や孫に看取られながら旅立つことができる。
人の一生、平均寿命とのバランスは抜群ではないか。
それもこれも健康であればこそ。
その、肝心の、健康が、無いんだなぁ、これが。
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また今年もこの日が
いろいろなことを考えさせられる貴重な日、今日10月4日は、第二の命を戴いた日。
今年で肝臓移植手術から9年目。
さすがに9年も経つと、当時の記憶は薄れつつある。
そもそも当時の記憶が、かなりの範囲で欠落しているのだけれど・・・
男44歳、妻と子供、両親、祖母、いろんなものを背負って、一番頑張らねばならない時期での脱落。
絶対的危機で迎えた移植手術だった。
後に冷静に振り返ってみると、移植までに死ななかったことが奇跡、移植できたこと自体が幸運、もっと
言ってしまえば、社会生活に戻れたどころか、仕事復帰できたことが、本当に幸運だった。
たくさんの人に心配と迷惑をかけた。
移植手術は自己完結できないところに大変さがある。
そこに、手術に至るまでの、本人のみならず、医師、看護師、そして家族を巻き込んでの葛藤と苦悩がある。
移植手術というものが、いかに高度な手技を必要とするもので、それに携わる医師が、想像を絶する経験と苦労をしていること
医師と患者をつなぐコーディネーターが、昼夜を問わず、知力、精神力を駆使して連携を計っていること
術前術後の患者に対応する看護師、専門技師が職務がどれだけ苦労するか
保険の問題、病態の問題、金銭的なこと、どの程度の復帰が可能か、など、関わる課題がどれほどのものか
移植に向き合う、患者も、ドナーも、それぞれの家族も、みんなの人生にいかに影響が大きいかという現実
生体移植でのドナーが味わう恐怖と心体の負担は・・・それこそ患者には想像すらできないこと
知らないところで、家族中が多くの人に支えられていたこと
知らないところで、たくさんの人に復帰を願って頂いていたこと
生き長らえた意味
その後の暮らし方
できることとできないこと
感じていること、感じられないこと
伝えること、伝えられないこと、伝えなければならないこと
知っておくこと、知るべきでないこと
そして、何よりも、ドナーを始め、感謝してもし切れないたくさんの人がいること
これらは、
恥ずかしいけれど手術前にはわからなかったことだ。
自身の余裕の無さは、命の危険を見て初めてわかる。
だからこそ、知っておいてほしいことは伝えなければ、と思う。
いい部分も、負の部分も、「ありのままに」。
術前術後、自分が一番知りたかったことは、移植の手技でも無ければ費用のことでもなく、患者さん自身の
心の持ちようであり、ドナーさんの思い、家族の関わり、そういったことだった。
もう一度、あの経験をしろと言われると、もう・・・絶対に。
だからこそ、これからも伝えられることは伝えていこうと思う。
どれだけ生きられるかわからないけれど、どうせ一度失くした命、いつかは訪れる最期の時まで、精一杯お伝えしていこう
と思っています。
きっとブログの最後は、妻に託します。
今年で肝臓移植手術から9年目。
さすがに9年も経つと、当時の記憶は薄れつつある。
そもそも当時の記憶が、かなりの範囲で欠落しているのだけれど・・・
男44歳、妻と子供、両親、祖母、いろんなものを背負って、一番頑張らねばならない時期での脱落。
絶対的危機で迎えた移植手術だった。
後に冷静に振り返ってみると、移植までに死ななかったことが奇跡、移植できたこと自体が幸運、もっと
言ってしまえば、社会生活に戻れたどころか、仕事復帰できたことが、本当に幸運だった。
たくさんの人に心配と迷惑をかけた。
移植手術は自己完結できないところに大変さがある。
そこに、手術に至るまでの、本人のみならず、医師、看護師、そして家族を巻き込んでの葛藤と苦悩がある。
移植手術というものが、いかに高度な手技を必要とするもので、それに携わる医師が、想像を絶する経験と苦労をしていること
医師と患者をつなぐコーディネーターが、昼夜を問わず、知力、精神力を駆使して連携を計っていること
術前術後の患者に対応する看護師、専門技師が職務がどれだけ苦労するか
保険の問題、病態の問題、金銭的なこと、どの程度の復帰が可能か、など、関わる課題がどれほどのものか
移植に向き合う、患者も、ドナーも、それぞれの家族も、みんなの人生にいかに影響が大きいかという現実
生体移植でのドナーが味わう恐怖と心体の負担は・・・それこそ患者には想像すらできないこと
知らないところで、家族中が多くの人に支えられていたこと
知らないところで、たくさんの人に復帰を願って頂いていたこと
生き長らえた意味
その後の暮らし方
できることとできないこと
感じていること、感じられないこと
伝えること、伝えられないこと、伝えなければならないこと
知っておくこと、知るべきでないこと
そして、何よりも、ドナーを始め、感謝してもし切れないたくさんの人がいること
これらは、
恥ずかしいけれど手術前にはわからなかったことだ。
自身の余裕の無さは、命の危険を見て初めてわかる。
だからこそ、知っておいてほしいことは伝えなければ、と思う。
いい部分も、負の部分も、「ありのままに」。
術前術後、自分が一番知りたかったことは、移植の手技でも無ければ費用のことでもなく、患者さん自身の
心の持ちようであり、ドナーさんの思い、家族の関わり、そういったことだった。
もう一度、あの経験をしろと言われると、もう・・・絶対に。
だからこそ、これからも伝えられることは伝えていこうと思う。
どれだけ生きられるかわからないけれど、どうせ一度失くした命、いつかは訪れる最期の時まで、精一杯お伝えしていこう
と思っています。
きっとブログの最後は、妻に託します。
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長~いテーブルを作る.その1
自宅新築とともに購入したソファー、さすがに21年も使っていると、座面のバネは凹み、背板は陥没、表面のカバーに至ってはボロボロで、既製品のカバーをかぶせて
使っている現状。
子供たちがまだ小さかった頃は、ソファーは格好の遊び場で、その上で飛んだり跳ねたり、もうトランポリン状態。
そのソファーを見るにつけ、妻の
「もう、誰もウチに呼べない。テーブルと椅子、早く作って。」
我が家の場合、買って!ではなく作って!
子供の教科書棚も
TV台も
そんなこんなで、自作する羽目になったものだ。
とは言うものの、デザインやサイズなど、既製品では絶対手に入らないものが、格安で(材料費と自分の手間賃だけで)手に入るの
だから、時間さえあったなら、自分で作るに限る。
で、問題は時間。
時間が、ない。
テーブルと椅子を、しかもどうせなら長いテーブルを作ろうと、思い立ってから早や 3、4年。
妻に尻を叩かれながら・・・
で、
つい先日、ある事情があって、椅子の方だけ買ってしまった。
ずっと二人で気になってたヤツ。
でも家に届くのは1ヶ月後。
ならば、ということで、せめてテーブルだけでも作ってしまおうと、できれば椅子が届く前に、と。
時間見つけて、
材料、買いました。
長尺材が多いので結構高く、それでも全部で19本、しめて15000円強。
買えば14、5万はするだろうから、1/10程度か。
さてこれから、やすり掛けに切り出し、接続部の加工、着色、組み立て、仕上げ、とやることはたくさんある。
特に、8フィート材は、車庫から2階に上げるのに、単材のままでないと上げられないので、真っ先にサンダー処理。
で、上げてみた。バラバラのまま。居間に。
で、でかい。
使っている現状。
子供たちがまだ小さかった頃は、ソファーは格好の遊び場で、その上で飛んだり跳ねたり、もうトランポリン状態。
そのソファーを見るにつけ、妻の
「もう、誰もウチに呼べない。テーブルと椅子、早く作って。」
我が家の場合、買って!ではなく作って!
子供の教科書棚も
TV台も
そんなこんなで、自作する羽目になったものだ。
とは言うものの、デザインやサイズなど、既製品では絶対手に入らないものが、格安で(材料費と自分の手間賃だけで)手に入るの
だから、時間さえあったなら、自分で作るに限る。
で、問題は時間。
時間が、ない。
テーブルと椅子を、しかもどうせなら長いテーブルを作ろうと、思い立ってから早や 3、4年。
妻に尻を叩かれながら・・・
で、
つい先日、ある事情があって、椅子の方だけ買ってしまった。
ずっと二人で気になってたヤツ。
でも家に届くのは1ヶ月後。
ならば、ということで、せめてテーブルだけでも作ってしまおうと、できれば椅子が届く前に、と。
時間見つけて、
材料、買いました。
長尺材が多いので結構高く、それでも全部で19本、しめて15000円強。
買えば14、5万はするだろうから、1/10程度か。
さてこれから、やすり掛けに切り出し、接続部の加工、着色、組み立て、仕上げ、とやることはたくさんある。
特に、8フィート材は、車庫から2階に上げるのに、単材のままでないと上げられないので、真っ先にサンダー処理。
で、上げてみた。バラバラのまま。居間に。
で、でかい。
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内定式
今日、長男くんの就職内定式が東京のホテルで行われている。
グループ全体での行事。
いわゆる「大企業」という所で働いた経験の無い自分としては、それだけでも羨ましい。
ただ、それだけ責任も大きいはずで、大変な事も辛い事も、これから父をはるかに上回っていくことだろう。
長男くんのこれまでの人生の半分は、父の大病と共にあった。
それを通して見聞きしたこと、感じたこと、たくさんあっただろうし、反発もしたし、受け入れてもくれた。
そんな中で、少しでも何か感じられることがあったなら、それを今後の人生に役立ててほしい。
本当のスタートは来春、でも社会人への心構えは、もう始まっている。
グループ全体での行事。
いわゆる「大企業」という所で働いた経験の無い自分としては、それだけでも羨ましい。
ただ、それだけ責任も大きいはずで、大変な事も辛い事も、これから父をはるかに上回っていくことだろう。
長男くんのこれまでの人生の半分は、父の大病と共にあった。
それを通して見聞きしたこと、感じたこと、たくさんあっただろうし、反発もしたし、受け入れてもくれた。
そんな中で、少しでも何か感じられることがあったなら、それを今後の人生に役立ててほしい。
本当のスタートは来春、でも社会人への心構えは、もう始まっている。
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