洋画を観に行けばお世話になる「日本語スーパーインポーズ」、いわゆる「字幕」「字幕スーパー」。この翻訳作業は大変なものがあります。僕もこの作業をした経験がありますが、英語を日本語に訳する以前に、例えば映画「JFK」を訳するなら、政治についての知識やその英語を知らないとお話しにならない。スポーツが題材になっている映画なら、専門用語だけではなくルールも知らないと、見る側を満足させる字幕を作ることは難しいのです。
英語を学んでいる皆さんは、同時に知識を広げ、教養を身に付けてほしいと思います。
日本は字幕先進国です。ほとんどの国で昔から、字幕ではなく吹替えで映画を公開しているのは、この字幕作りの困難さと無関係ではありません。ですから、ハリウッド俳優たちが宣伝のために来日した時は例外なく、自分の声が日本の観客に聞いてもらえていることに感激していました。
映画の画面の、スーパーを読む人間の能力には限界があります。早く消えたのでは読めません。しかし、セリフの方は次から次へと流れて行く。このテンポにあわせて、しかも読んでもらうためには、セリフを凝縮して短くする以外に方法はありません。洋画の字幕に現れる言葉は、元のセリフの二分の一近くになってしまうのです。
例えばオリジナルのセリフが、
「行かない方がいい。どう考えても君の為にならないと思う」
とあった場合、日本語の字幕では、
「行くな、君の為にならない」となるのです。
ちなみに日本で最初に公開されたスーパー入り洋画は、1931年公開、ゲイリー・クーパー主演の「モロッコ」です。
50~60年代の洋画スーパーは、1行13文字入っていましたが、僕の学生時代には1行11文字でした。その頃はフィルム画面の上下を切って、ビスタビジョンサイズで上映するシステムが映画館で取られていました。そのため上下の画面サイズが狭くなり、13文字入れたのでは窮屈だったのです。しかし、現在ではまた、1行13文字になっています。現在は、画面下の横字幕の場合、「セリフを話している時間が1秒に付き4字以内。画面下に1行13字以内、2行まで」が、標準になっています。
昔は3行の字幕を見たこともあります。普通の映画では、1本を見る間に1200~1500回くらいスーパーが入るのですが、名作「第三の男」は、2100回も入っていました!
スーパーインポーズで苦労することの1つに流行語があります。その時、その時代の流れによってかわる言葉ですので、翻訳家は常に最新の言葉を知っておく必要があります。また、汚い言葉がバンバン飛び出しますので、それを日本で許される範囲で訳し、言葉の雰囲気を伝えるのですから楽ではありません。
映画の字幕を見て、「あの訳は間違っている」「とんでもない訳だ」と不満を言う人は多いのですが、正しく訳していては字幕にできないという事情もあるのです。英語をじっくり学んでいる方や、英語上級者の方は、このようなことはご承知だと思うのですが、意外に文句を言う人達は多いのです。そこまで分かるのなら、字幕を読まなければ問題はないのですが・・・。
翻訳の細かい間違いはいくらでもあり、西部劇「捜索者」で、誘拐された子供がもう死んでいて、発見してきた主人公に、若者がその様子がどうだったかを尋ねる場面があります。若者に、ジョン・ウェインが
“Don’t ask me anymore!”
と怒るのですが、「俺に二度とものを頼むな!」という字幕になっていました。(ビデオでも!)「俺に二度ときくな!」とすべきですね。
これが吹替えになると、字幕翻訳とはまた違う苦労があります。文字制限は緩和されて、伝えることができる情報量は多いのですが、男性と女性、立場、年代が違えば言葉遣いが変わりますので、そういう「味」も出さないといけなくなります。
従って吹替えでは、「俺に見たままを話せと言うのか!」という、怒りとやるせない気持ちの出た吹替えになっていました。見事なものです。プロの翻訳というのは、奥の深い仕事ですね。
字幕と吹替えの1番の違いは、字幕用翻訳は、目で見て分かり易い表現を選びます。対象に、吹き替え用翻訳の場合は、音で聞いて分かり易い表現を選ぶということです。