今では見なくなった、昭和ならではの光景があります。昔のテレビドラマなどで新宿駅や東京駅が映ると、必ず目にする光景と言えば「公衆電話」でした。多くの人が受話器を握りしめ、急ぎの電話や田舎に帰る前の電話を入れていたものです。
携帯電話の普及によって、公衆電話、電話BOXさえ見なくなり、携帯電話が障害で使えなくなると連絡も取れなくなるという恐ろしい現代社会!今では家電なんて置いていない家ばかりですから。これは日本だけではなく、と言うよりテレマーケティングが発達していた欧米では売り込み電話が多過ぎて、日本よりも早く家電はあっても取らない!から、携帯電話へ移行していました。
だから、ほとんどの人が、こんな場所を目にしたことが無いと思います。
ここは昭和38年(1963年)の、国鉄大阪駅構内にあった「中央電話センター」です。
当時、市内公衆電話が33台、市外公衆電話が4台あり、日本一の規模を誇っていたのですが、それでも写真のような混雑ぶりでした。そもそも市内・市外と公衆電話が別々だったことをご存知の方が、今現在一体どれだけいるのでしょう?
いつでもどこでも使える携帯電話は本当に便利です。でも、歩きながら前も見ずゲームやSNSに没頭する行為は危険極まりないを超え、見ていて不愉快になります。許されるなら前も向かずに歩いている人に、どんどんぶつかってやりたくなります。電車待ちの最前列で画面を見る、自動車や自転車を運転しながら画面を見る。どう考えても、知能指数の低い「サル」の社会になりました。
「猿の惑星」とは、今の地球を指すのでしょう。本当に外を歩くのが危なくて仕方がない!