もみじ葉を 石灯籠に 灯したり
梅士 Baishi
博多は午後から雨になった。
朝は汗に濡れ、夕は雨に濡れる。
傘をさして走ると言うのも浮世絵風に絵になるのではないか。
深川の芸者と手に手を取って走るのであれば傘はいらない。
そういうのをしっぽりと濡れるというのだろうか・・・。
風流というのはよいものである。
ビジネス教育の一角に茶道を入れている。
表千家なのだそうである。
自分は斜め線家の家元を上段に構えているのだが、受けない。
本当は平戸松浦藩に伝わる大名茶、鎮心流を心得たかったのだ
が、学習院大学に入り込んで、九州にはお家元がばあちゃんしかい
なくなったのである。
表千家というのはいろいろと作法があるらしく金がかかるという。
斜め線家は、単純である。
単純な作法が多分主流になると思う。
だいたい、現代人は正座が長く持たない。
要は、心を鎮め、微妙な茶の入れ具合の中に情緒を楽しむという
具合でよいと思う。
千家にこだわることもなかろうから、禅那流宗家を名乗ろうか・・・。
茶碗は自分が手ひねりした楽茶碗を使う。
楽とは日常に使うという気楽さを言う。
風流の心得である。
客をもてなすのに、茶碗を手びねりして焼き、もてなす心意気を良
しとするのである。
禅那流宗家のもてなしの心と無我空の境地を楽しむことを持って
極意とする。
いわば、悟りを楽しむ茶である。
お道具自慢なんて無用のこと、作風を語るを持って良しとする。
茶道に裏表があってはならぬ。
茶道とは死ぬことと見つけたり。
これからは禅那流宗家の極意に学ぶべし・・・。
さて、今朝の気温も10℃、冬が足踏みしている。
銀杏はすっかり黄色に染まり、葉を散らしている。
葉を散らし終わると、本格的な冬になる。
冬の花は雪と山茶花である。
紅白の風景も風流である。
南アフリカ建国の父というべきネルソン・マンデラ元大統領が先週
六日の金曜日に、95歳の高齢で亡くなったという。
その四時間後に霊言が収録され、来週月曜十六日には緊急出版
されるという。
27年間もの投獄生活に耐えたというのも尋常ではない。
信仰と愛国の精神が貫いたに違いない。
それにしても、イギリスの植民地支配の罪は重い。
その罪はいまだに拭われてはいない。
南アフリカからも植民地の不条理が色濃く残っているという。
人心は乱れ、犯罪の巣窟だと言う。
植民地時代の白人は利権を放棄して出て行くべきなのだ。
それが植民地支配の終わりというべきである。
日本はそのように訴えるべきである。
太平洋戦争のけじめであろう。
日本が独立国家となり、植民地支配の苦しみを引きずっているア
ジア、アフリカをしっかりと自立させる責任があるであろう。
【 日本の植民地自立解放の責任 】
ヨーロッパは、プロテスタント革命と産業革命の成果を上げた。
産業革命は植民地獲得競争と軍事力競争の中から生み出された
ものだろう。
日本は平和ボケした江戸時代にあって、産業革命には至らなかった。
産業技術革命は軍事競争の中から生まれる。
太平洋戦争は日本の技術力の高さを証明したものであった。
結局は米国の資源力、政治力に圧倒されて降参した。
しかし、欧米の植民地支配時代に終止符を打つという聖戦であっ
たならば、その責任を全うすべきである。
その第一が、日本独立の覚悟と日本軍再興である。
第二が大東亜共栄圏構想のリニューアル実現であり、TPPと、日
本に弓弾く恩知らずの中国・韓国を除くアジア諸国との間で安全保
障条約を締結してゆくことである。
第三が、アジア、インド、中東、アフリカの独立植民地諸国を指導し
て、植民地の残滓を払拭することである。
日本は太平洋戦争で負けたことを反省しつつも、植民地解放の偉
業についても仕上げを進めながらも、偉大な犠牲として、歴史に報告
するべき責任がある。
日出づる国日本が救世主の降臨という栄光を受け、新文明建設と
いう新たな使命をいただいているのである。
いつまでマスコミ左翼、公務員左翼に汚辱され続けているのか。
彼らに説得は無用である。
日本を牢獄につないできた輩である。
断固として制裁し、排除することである。
もはや、許せぬと思う。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
幸福実現党応援隊・ 梅士党