「できるのは通報だけ。もし、それが無駄になったら悔しくてやりきれない」。帰省の際、阪神間の市で民生委員を15年している母がもらした言葉です。
100歳以上の高齢者の所在不明、そして幼児虐待。幸い県内では、今年に入ってこうした問題は表面化していません。しかし他府県では、痛ましい大阪の2幼児放置死事件などがありました。そして住民や民生委員から連絡・通報があったのに、行政の対応が十分でなかったことが報道されています。
民生委員は児童委員を兼ね、厚生労働大臣の委嘱を受けて活動する特別職の公務員(任期3年)。報酬はありません。
母の場合を聞くと、750世帯の町内を2人で担当。週に1回、「災害時に身体の不自由な人、お1人で不安な方はいらっしゃいませんか」などと尋ねて歩き、毎月、活動報告書を市の福祉担当部署に出します。報告書の用紙(記入例)を見せてもらうと、「高齢者に関すること」「障害者に関すること」「子どもに関すること」など20項目以上もありました。
驚いたのが、市から担当エリアの住民名簿がもらえないということです。「どうやっているの」と聞くと、「地図を頼りに戸別訪問して話を聞き、自分なりの名簿を作って」と。問題点はと聞くと、(1)マンションは昼間いない人が多く夜は危ないから回れない。管理人がいないところは空白になる(2)家の人の言われるまま。調査はできない(3)特に虐待情報は、市に報告しても「こういう解決策を取りました」という連絡はなく一方通行--ということでした。
名簿がもらえない点や(3)は、「民生委員は地域のおじちゃんやおばちゃん。ずっと続けるわけでもない。抵抗感があるのは分かる」とも。「個人情報の壁」です。
もちろん高齢者や児童の安否が民生委員だけに委ねられているわけではありません。問題があると分かった家庭には児童相談所など、行政の専門部署が当たります。しかしこれでは「いのち」を守る連携は十分とは言えません。
大津市ではどうなのか、担当課に聞いてみました。県内に民生委員は約3000人。警察官の数を上回っています。大津市には約550人。「名簿なし」「一方通行」について聞くと、「名簿は行政から出さないが、歴代引き継がれているはず。それに担当エリアの転出入は世帯主・世帯の人数などを知らせています」と、そのサンプル用紙を見せてくれました。「一方通行」については「他の大半の自治体でも大津でもそうでした。でも民生委員から『その後どうなったか心配』という声が強く、大津では今年から、できる範囲で打ち返しをしようという方針転換を図っています」と教えてくれました。
制度はそれだけでは機能しません。血を通わせるには、工夫と連携、そして何よりも、「いのちを守ろう」という意識を共有することが必要でしょう。こうした動きが、他の自治体にも広がってくれればと思いました。
猛暑の8月。原爆が投下された「8・6」と「8・9」、終戦の「8・15」など、平和と「いのち」の大切さを思い起こす季節でもあります。その中で語られる「いのち」と、現在の高齢者や児童を巡る「いのち」とはつながっています。
毎日新聞 2010年8月23日 地方版
100歳以上の高齢者の所在不明、そして幼児虐待。幸い県内では、今年に入ってこうした問題は表面化していません。しかし他府県では、痛ましい大阪の2幼児放置死事件などがありました。そして住民や民生委員から連絡・通報があったのに、行政の対応が十分でなかったことが報道されています。
民生委員は児童委員を兼ね、厚生労働大臣の委嘱を受けて活動する特別職の公務員(任期3年)。報酬はありません。
母の場合を聞くと、750世帯の町内を2人で担当。週に1回、「災害時に身体の不自由な人、お1人で不安な方はいらっしゃいませんか」などと尋ねて歩き、毎月、活動報告書を市の福祉担当部署に出します。報告書の用紙(記入例)を見せてもらうと、「高齢者に関すること」「障害者に関すること」「子どもに関すること」など20項目以上もありました。
驚いたのが、市から担当エリアの住民名簿がもらえないということです。「どうやっているの」と聞くと、「地図を頼りに戸別訪問して話を聞き、自分なりの名簿を作って」と。問題点はと聞くと、(1)マンションは昼間いない人が多く夜は危ないから回れない。管理人がいないところは空白になる(2)家の人の言われるまま。調査はできない(3)特に虐待情報は、市に報告しても「こういう解決策を取りました」という連絡はなく一方通行--ということでした。
名簿がもらえない点や(3)は、「民生委員は地域のおじちゃんやおばちゃん。ずっと続けるわけでもない。抵抗感があるのは分かる」とも。「個人情報の壁」です。
もちろん高齢者や児童の安否が民生委員だけに委ねられているわけではありません。問題があると分かった家庭には児童相談所など、行政の専門部署が当たります。しかしこれでは「いのち」を守る連携は十分とは言えません。
大津市ではどうなのか、担当課に聞いてみました。県内に民生委員は約3000人。警察官の数を上回っています。大津市には約550人。「名簿なし」「一方通行」について聞くと、「名簿は行政から出さないが、歴代引き継がれているはず。それに担当エリアの転出入は世帯主・世帯の人数などを知らせています」と、そのサンプル用紙を見せてくれました。「一方通行」については「他の大半の自治体でも大津でもそうでした。でも民生委員から『その後どうなったか心配』という声が強く、大津では今年から、できる範囲で打ち返しをしようという方針転換を図っています」と教えてくれました。
制度はそれだけでは機能しません。血を通わせるには、工夫と連携、そして何よりも、「いのちを守ろう」という意識を共有することが必要でしょう。こうした動きが、他の自治体にも広がってくれればと思いました。
猛暑の8月。原爆が投下された「8・6」と「8・9」、終戦の「8・15」など、平和と「いのち」の大切さを思い起こす季節でもあります。その中で語られる「いのち」と、現在の高齢者や児童を巡る「いのち」とはつながっています。
毎日新聞 2010年8月23日 地方版